書籍詳細
赴任先は異世界? 王子の恋人役は秘書のお仕事ではありません!
ISBNコード | 978-4-86669-559-4 |
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定価 | 1,430円(税込) |
発売日 | 2023/03/27 |
ジャンル | フェアリーキスピュア |
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電子配信書店
内容紹介
立ち読み
すると再びヴィルフレッドが、手をギュッと握ってくる。
「……桃香、まさか逃げようとか思っていないよね?」
ギクリと身が竦む。
「アハハ、マサカ、ソンナワケナイジャナイデスカ」
我ながらぎこちない棒読みになってしまった。
目を泳がせれば、今度は腰に手を回され強引に体を引き寄せられる。
周囲から「キャァ〜」という悲鳴が聞こえた。そちらに視線を向ければ、何人ものご令嬢が、涙目で桃香を睨んでいる。
「ヴィ、ヴィルフレッドさま! ち、近づきすぎじゃないでしょうか?」
「桃香が逃げようとするからだろ。……言っておくけれど、今日私が君と踊るということは、既に公爵夫妻に伝えてあるんだからね。今さらパートナーの変更などできないよ」
強く言われて、そうなのかと思った。
考えてみれば、ヴィルフレッドは二曲目に踊ると順番が決められている賓客である。当然ダンスのパートナーも申告されているはずで、急な変更は周囲を混乱させるに違いない。
「それに、ダンス初心者の君に合わせて、二曲目のダンス曲は難易度の低いものを選んでもらってあるんだよ。そこまでしてもらって逃げるなんて許されないだろう?」
ヴィルフレッドは、とても美しい笑顔を桃香に向けた。
コクコクと桃香は首を縦に振る。たしかに、そこまで配慮されていては、彼と踊らぬわけにはいかなかった。
「よかった。……ああ、ちょうど主役ふたりのダンスが終わったようだね。さあ、行くよ」
腰に回った手に体を押されれば、歩きださずにおられない。内心ビクビクしながらも、表面上は笑って桃香は会場の中央に立った。
ご令嬢と、一部年配のご婦人方からの視線がますます厳しくなる。
桃香は、こんなときいつも唱える呪文を小声で呟いた。
「観客は芋、観客は芋、観客は芋————」
背筋を伸ばし、上を向きポージングを決める。そして、ヴィルフレッドと顔を合わせようとすれば————なぜか「プッ」と吹きだされた。
美貌の第三王子さまは、息を殺して笑い続けている。
「ヴィルフレッド殿下?」
「悪い、……でも、周囲を芋に見立てるなんて、笑わずにいられないだろう?」
こっちはそれどころではない!
キッと上目遣いで睨めば、ヴィルフレッドの頬がほんのり赤らんだ。
「まったく……君は、小心なのか大胆なのかわからないね」
間違いなく小心者の自信があるのに、勘違いも甚だしい。
「ヴィルフレッドさま!」
「ああ。悪い。……さあ、踊ろう」
ヴィルフレッドが軽く頷けば、待ってましたとばかりに室内楽団が演奏をはじめた。
自然な流れで手を引かれ、最初のステップを踏む。
思うより緊張せずに動けた。
きっと、直前のヴィルフレッドとのやりとりに気をとられていたせいだ。
(ひょっとして笑ったのは、私の緊張をほぐすためだったのかしら?)
そうだとすれば、なんとも心憎い気配りである。
その後のダンスもヴィルフレッドの巧みなリードで、桃香は練習通りに踊れた。クルリクルリと回転すれば、レースをあしらったロングドレスの裾がフワリフワリと翻る。
(まるで、ファンタジー映画のお姫さまになったみたいだわ)
————実際には、勇者の秘書なのだが。
夢心地で踊っていた桃香だが、そう思ったせいでちょっと現実に戻れた。
そう、これは仕事の一環。今日の桃香の目的はメヌと話をすることなのだ。
浮ついていた心を引き締めた桃香は、踊りながら視線でメヌを探した。
しかし、目立つはずの赤髪長身の騎士団長は見当たらない。
なにせ、グリード公爵家やその親戚には赤髪は多い。見つけたと思えば別人で、桃香は内心焦っていた。
「……気もそぞろだね」
キョロキョロしていたのが悪かったのだろう、ヴィルフレッドが不機嫌そうに指摘する。
とはいえ、その声は極上のイケボで、耳のすぐ近くで囁かれた桃香は、ビクッとした。
「……あ、すみません。……その、グリード騎士団長が見つからなくて」
「メヌならダンスのあとで必ず会わせてあげるよ。だから、今は私に集中して」
一緒にダンスをしている相手がよそ見をしていては、面白くないに決まっている。
反対の立場なら、自分だって不機嫌になると思った桃香は、メヌの捜索をいったん諦めた。
しっかりヴィルフレッドと向き合って、彼の顔を見つめる。
美貌の第三王子さまは、嬉しそうに微笑んだ。たいへん眼福な笑顔である。
「ああ、いいね。その調子だ」
超至近距離で褒められてしまえば、桃香の頬は熱くなる。
(だって、だって! 好みのイケメンなんだもの!)
ヴィルフレッドの顔にもずいぶん慣れてきたと思っていたのだが、今日の笑顔はまた格別。
そう思うのは桃香だけではないようで、周囲からダンスの曲に混じって、女性陣のうっとりとした声が聞こえてきた。
「ああ、今日の殿下はいつにも増してお美しいと思われませんか?」
「本当に。まるで太陽の化身のごとく輝いていらっしゃいますわ」
「あれほど麗しい笑顔を見るのは、はじめてです!」
やはり、いつも以上にヴィルフレッドの美貌は冴えているらしい。
百パーセント同意して、心の中で頷く桃香だが、頷けない声も聞こえてきた。
「————それにしても、あの女性は邪魔ですわね」
「見かけない顔ですけれど、どちらのご令嬢なの?」
「ほら、あの黒髪。勇者さまの使用人ですわよ」
勇者の使用人————いや、間違ってはいないが。
「ええっ! どうして使用人ごときが、ヴィルフレッド殿下と踊っているのですか?」
「きっと彼女がどうしてもと言ってヴィルフレッド殿下に強請ったのでしょう。お優しい殿下は断れなかったに違いありませんわ!」
「まあ! なんて図々しい!」
「勇者さまの使用人でしかないくせに!」
「勇者さまのご威光を借りて好き勝手するなんて!」
違う! 絶対、違う!
断固抗議したいのだが、絶賛ダンス真っ最中の今は無理だった。
(どのご令嬢が話しているのかしら? 顔を覚えてあとで訂正しないと————)
首を伸ばして確認しようとしたのだが、ヴィルフレッドに邪魔される。
「こら、またよそ見をしようとしているね」
桃香の視界を遮るように、ヴィルフレッドは自分の顔を近づけてきた。
とたんにボルテージが上がる周囲の声。
「キィィィッ! あんなにヴィルフレッド殿下に近づいて!」
「ま、ま、ま、まるで、キスするみたいじゃない!」
「離れなさい! 使用人風情が!」
たしかにこの距離は近すぎる。これでは、周囲に誤解してくれと言っているも同然だ。
「あ、あの! ……ヴィルフレッドさま」
桃香は困り切ってヴィルフレッドを見つめた。
「大丈夫。ごちゃごちゃと五月蠅い外野は、あとで私が黙らせておくから。それよりこっちに集中してほしいな」
腰に回っていた手にグイッと力を入れられて、体ごと近くに引き寄せられた。
どうやら、桃香がちょっとの間でもよそ見するのが気に入らないらしい。
(かまってちゃんなの?)
先ほどもそうだし、よくよく考えれば、出会ってから今までずっとヴィルフレッドにはそういう傾向があった。
(こんなにカッコいいイケメンなのに、かまってちゃんとか困ったものね。……ま、まあ、そういう可愛いところは嫌いじゃないんだけど)
とはいえ、やはりダンスの最中によそ見をする桃香の方にも非があるのは間違いない。
「わかりました。グリード騎士団長と周囲のご令嬢たちの件、しっかりお願いしますね」
「ああ、任された」
その言葉に頷いて、桃香は今度こそダンスに集中した。
なんだかんだといって、ヴィルフレッドとのダンスは心躍ったのだ。
(————いや、たしかにダンスは楽しかったけれど)
それから三十分ほど後。
パーティー会場に面した庭に設置されたテーブル席に、ぐったりと桃香は座っていた。
大きな噴水を中心に、整えられた花壇が幾何学的に配置された庭は、たいへん美しい。
でも、今の桃香には、その景色をゆっくり眺めるような心の余裕がなかった。
「————ごめん。調子に乗りすぎたね。大丈夫かい?」
そんな桃香のすぐ近く。ヴィルフレッドが心配そうに立っている。先刻より飲み物を持ってきたり椅子にクッションを置いてくれたりと、甲斐甲斐しく彼女を世話していた。
しかし、その気遣いさえ、今の桃香には忌々しい。
グッと拳を握りしめ、顔を上げた。
ここは一言 ————いや、二言 も三言 も言ってやらなきゃ気がすまない。
「……いくらなんでもダンスを立て続けに三曲踊るのは、初心者には厳しいです!」
恨めしそうに睨めば、ヴィルフレッドはシュンとして項垂れた。
「うん。それは反省しているよ」
殊勝そうに謝ってくる。
「私がきちんと踊れるのは、最初の一曲だけだって知っていましたよね?」
桃香とダンスの練習をしたのはヴィルフレッドだ。誰より彼が桃香の実力を知っている。それなのに彼は、一緒に踊った一曲目のダンスが終わり二曲目がはじまる前に離れようとした桃香を引き止めたのだ。そのまますぐに二曲目を踊りだされて、桃香はすごく焦ってしまった。
「大丈夫。とてもうまく踊れていたよ」
優しく褒めてくれるが……問題はそこじゃない!
「どうして一曲目でやめてくれなかったんですか? しかも、そのまま続けて三曲目まで一緒に踊るだなんて————」
普通、未婚の男女は、よほど親しくない限り続けてダンスはしないのが、社交界の暗黙の了解だそうだ。同じ相手と続けて踊るのは、婚約者か家族くらい。そうでなければ恋人同士なのだと桃香は聞いている。
二曲どころか三曲も続けて踊ったヴィルフレッドと桃香は、当然会場中の注目を集めた。
(もしも視線で人が殺せるのなら、私はヴィルフレッド殿下に憧れるご令嬢たちの視線で、百回は死んでいたわ)
誇張などではない。本気でそう思える殺意だったのだ。
「あんなことをして、私と殿下が恋人同士だと誤解をされたらどうするんですか!」
怒鳴る桃香から、ヴィルフレッドはオドオドと視線を逸らす。
「……あ、う、うん。そうだね」
「そうだね、じゃありません。間違いなく誤解されましたよ!」
「そうとは限らないんじゃないかな。誤解しない者もちょっとくらいはいるかもしれないし」
「誤解しない者がちょっとじゃダメでしょう!」
「いや、その……ダメとばかりは————」
桃香に怒鳴られたヴィルフレッドは、しどろもどろになりながらパクンと口を閉じた。
後ろめたそうな彼の様子に、桃香はピン! とくる。
「……ひょっとして、わざと誤解させましたね?」
ヴィルフレッドは、乾いた笑みを浮かべた。
「マサカ、ソンナ」
いつかの桃香と同じくらい棒読みのセリフだ。
「ヴィルフレッドさま!」
「ごめん!」
これ以上誤魔化せないと観念したのだろう。ヴィルフレッドは、勢いよく頭を下げてくる。
「————でも、君と踊るのが楽しくて離れたくなかったのは、ホントだよ。それが、続けて踊った一番の理由なんだ。これについては、聖騎士の名にかけて誓ってもいい! ……ただ、あまりに楽しすぎたから、この後で他のご令嬢たちと踊るのかと思ったら……嫌になったんだ。だから、どうせならこのまま続けて踊ってしまえば、いいんじゃないかと思いついたんだよ。そうして私と君の仲をアピールすれば、もう他のご令嬢たちと踊らないで済むだろう?」
懸命に言い訳するヴィルフレッドの、言い訳が言い訳になっていない。
そう言われれば、以前ヴィルフレッドは令嬢たちとのダンスが苦痛だと言っていた。
「……要は、私をご令嬢たちの虫除けにしたんですよね」
「ごめん!」
ヴィルフレッドは、もう一度深々と頭を下げた。自分の顔の前で両手を合わせて、拝んでくる。
桃香は頭を抱えた。
「……ひょっとして、三曲目のダンスのあとで、フラついた私を衆人環視の中で横抱きにしたのも、虫除けの一環ですか?」
「それは違うよ! 君の体調が心配だったんだ!」
桃香が疑えば、必死に否定した。
「君に無理させたのは私だから————」
「それでも、横抱きでなくとも、手を貸してくださるとか体を支えてくださるとか、そういう目立たない方法があったはずです!」
既にその前にダンスを三曲続けざまに踊ったという段階で、目立たない云々は手遅れだったような気もするが————いや、それはそれ! これはこれ! である。
「君を一刻も早く休ませてあげたかったんだ!」
体は休めても心はまったく休めなかったのだから、むしろ逆効果だ。
それでも個室に連れこまず、周囲から見える休憩場所に桃香を運んだところだけは、少しは評価できるのかもしれない。
(ふたりっきりで部屋になんて入ったら、なんて噂されるかわかったもんじゃないわ)
……まあ、遠目に見られている今の現状も、頭が痛いのだが。
桃香は視線をパーティー会場に飛ばした。そこには、大きなガラス窓にへばりつかんばかりにして、興味津々にこちらを眺める紳士淑女が目白押しになっている。
誰も庭に出てこないところを見ると、ヴィルフレッドが接近禁止とでも言ったのかもしれないが、彼らの目に自分たちがどんな風に映っているのか、とても心配だった。
(私が、ヴィルフレッドさまを傅かせて我儘言っているように見えているんじゃないかしら?)
そう思った桃香は、とりあえずテーブルを挟んだ目の前の椅子を指さす。
「ヴィルフレッドさまは、さっきからバタバタしすぎです。いい加減そこに座ってください」
「でも桃香、君は先ほどからなにも食べていないじゃないか。私がパーティー会場から軽食をとってくるよ。少しは食べ物を胃に入れた方がいい」
ヴィルフレッドはそう言うと、パーティー会場に戻ろうとした。
「いいから、黙って座りなさい!」
桃香はピシャリと引き止める。これ以上ご令嬢方に誤解されるような言動をしてほしくない。
「でも————」
「いいと言っているでしょう!」
それでもまだ甲斐甲斐しくお世話をしてこようとするヴィルフレッドを、桃香は一喝した。
王子を手足のように扱き使う人間だと思われたらどうするのだ?
「……わかったよ」
ようやくヴィルフレッドは、諦めて腰を下ろしてくれた。しかし、なぜか指示した前の席ではなく、桃香のすぐ横、隣の席に腰かけてくる。
文句を言おうとした桃香だが、せっかく落ち着いたところをまた立ち上がられても面倒だと思い、諦めた。
ついついため息が、口をつく。
「桃香、ごめん。でも私は————」
謝りはじめたヴィルフレッドを、桃香は手で遮った。
「もういいです。今さら否定しても走りだした噂は止められないでしょうから。……私も覚悟を決めました。この際、虫除け役でもなんでも務めさせてもらいます。————でも、タダじゃありませんからね! この代価はきっちり払ってもらいますよ!」
桃香の言葉を聞いたヴィルフレッドは、信じられないというように目を見開いた。
「え……いいのかい?」
「よくはありませんが……まあ、私なら他の貴族のご令嬢と違って、後腐れなく関係解消できますものね」
桃香は、異世界からきた勇者の秘書だ。こちらの世界になんのしがらみもないのも後腐れない理由のひとつだが、なにより、いずれはこの世界からいなくなる存在。期間限定の虫除けとしては最適なのだろう。
桃香の異世界赴任期間は魔王討伐終了までの予定だが、それが長引くようなら途中交代もありえると思っている。
(うちの会社の海外赴任って、だいたい三、四年なのよね。もちろん、ここは海外じゃなく異世界だけど……きっと同じくらいだと思うわ)
この世界から存在自体がなくなる人間なら、後腐れなんてありようもない。
そう考えてヴィルフレッドは自分を虫除けにしたのだろうと思った桃香は、うんうんと頷いた。なんとも傍迷惑な考えだが、合理的なのは間違いない。
そんな桃香の隣で、ヴィルフレッドはみるみる顔色を悪くした。
「違う! 私はそんなつもりではなくて————」
「だったらどんなつもりなのですか? 私を虫除けにするメリットなんて、それくらいしかないですよね?」
桃香は、不思議そうにたずねる。
「メリットとか、デメリットとか、そういうことじゃなくて————」
では、いったいどういうことなのだろう?
まったく見当もつかない桃香を見て、口をハクハクと開け閉めしたヴィルフレッドは……やがて、ガックリと肩を落とした。
「……私が悪かった」
まったくもってその通りである。
そうは思ったが、まさか正直に口にするわけにもいかず、桃香は沈黙を守った。
「私は、君に誤解されても仕方のないことを言ってしまった。……今さらどう言い繕っても信じてもらえないだろうけれど……でも、本当に私は、君を捨てたり別れたりする前提で、君に側にいてほしいわけでないんだ。後腐れないだなんて、思いもしていない。……ただ、純粋に……そう。私はずっと君とダンスを踊っていたかっただけなんだ」
ポツリポツリと訴えてくる姿は、どこか頼りない。まるで途方に暮れている子どものようだ。
ただそれだけで、彼の言葉のすべてを信じてやりたくなるのだから、困ったものである。
(ものすごく罪作りな人だわ)
ヴィルフレッドの言葉に嘘はないのだろう。
桃香という、自分の身分や立場を考えずに一緒にいられる相手を得た彼は、きっと思いの外その関係が気楽で楽しいのかもしれない。
(今まで、私みたいな女性はいなかっただろうし……それに私だって、最初は面倒な相手だなと思ったけど、慣れれば案外話も合うし一緒にいて楽しいなって思うもの)
桃香の存在は、ご令嬢方に対する虫除けになる。しかし、そのメリットだけで、ヴィルフレッドは桃香と一緒にいるのではないのだ。それをわかってほしくて、彼は言葉を重ねているのだと思われた。
(それくらいわかっているんだけどな)
桃香は、心の中でクスリと笑う。
桃香だって、ヴィルフレッドに対し多少の好意は持っている。
そして、それはきっと彼も同じはず。自惚れなんかではなく、今まで過ごした時間を振り返り、桃香はそう思った。
(好意のある相手に、打算でつき合っているなんて思われたくないものね)
言葉の尽きたヴィルフレッドは、心配そうにチラリチラリと桃香を見ている。
仕方ないなあと、桃香は思った。
今、目の前のこの王子さまを元気づけられるのは、桃香だけ。だったら手を差し伸べてやるのもやぶさかではない。
(————だからといって、じゃあ無償で協力してあげるかっていうと、そういう結論にはならないんだけどね)
相手が自分にメリットを求めるなら、自分も相手にメリットを求める。ウィンウィンの関係こそが、営業の基本だ。
(私は営業じゃなく、秘書だけど!)
「ヴィルフレッドさまを信じてもいいですよ」
「え? 本当かい!」
桃香の言葉に、ヴィルフレッドはパッと顔を上げた。
桃香はニッコリ笑う。
「はい。でも信じることと代償をいただくこととは、別問題です。————ということで、早速最初の代償として、この場にグリード騎士団長を呼んできてください」
ビシッと告げれば、ヴィルフレッドは金の目をパチパチと瞬かせる。
「……今、ここに、メヌを?」
「ええ。最初からダンスが終わったら会わせてくれる約束でしたよね? さあさあ、さっさと行って連れてきてください」
しっしと手を振れば、ヴィルフレッドはガクンと肩を落とす。
「それは約束していたけれど……ここまでの会話の流れで、ここでメヌを呼ぶのかい? もっといろいろ私に聞きたいこととか、話したいこととかがあるのが普通なんじゃないのかな? もう少し私に感心を向けてくれてもいいような————」
「いいから、行きなさい!」
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