書籍詳細
じゃじゃ馬皇女と公爵令息 両片想いのふたりは今日も生温く見守られている
ISBNコード | 978-4-86669-538-9 |
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定価 | 1,430円(税込) |
発売日 | 2023/07/27 |
ジャンル | フェアリーキスピンク |
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電子配信書店
内容紹介
立ち読み
「三年魔法科所属、クロム・サウィン。本日付けで生徒会書記として着任しました」
なんと言って良いのか分からない私を余所に、クロムがハキハキとした声でオスカーに告げる。
オスカーは頷き、私を見た。
「驚いたかな。彼が最後の生徒会役員のクロム・サウィンだ。これから卒業までの間、ここにいる四人で生徒会を運営することになる。皆、協力してやっていこう」
力強い声に、それぞれが返事をする。
まさかクロムが来るとは思っていなかった私は、すっかり頭が混乱していた。
何せ彼はとにかく戦うことが好きな人なのだ。
手合わせをしていた時に、放課後はずっと鍛錬で、自室でも筋トレは欠かさないという話だって聞いていた。
そのクロムが自分の大事な時間を削って、生徒会役員になる?
どうしたって信じられず、首を傾げていたが、そんな私にクロムが近づいてきた。空いていた私の隣の席に腰掛ける。
「ディアナ」
「……クロム。あなたが生徒会役員になるなんて思ってもいなかったわ。あなたは優秀な人だけど、役員に興味なんてないと思っていたし」
私の言葉を聞き、クロムは「否定はしない」と頷いた。
「実際、興味があるわけではないんだ。今まで何度も断っていたし。だけど——君がいるって聞いたから」
「えっ……」
今、私は幻聴を聞いたのだろうか。
聞けるはずのない言葉が聞こえ、己の聴力を真剣に疑った。
間抜けにポカンと口を開け、クロムを見る。彼は目を細め、柔らかく笑った。
「君が、いるからだ。ディアナ。君がいない放課後は思いの外堪えた。だから引き受けたんだ」
「……」
「君がいないと鍛錬する気にもなれない。こうしてまた君と過ごすことができて嬉しく思っている」
「えっと……え?」
私の目の前にいるのは誰なのだろう。
言われた言葉が本気で理解できなかった。
いや、だってクロムだし。
筋トレと手合わせのことしか考えていないと言っても過言ではない人が、鍛錬する気にもなれないとか言い出すなんて天変地異の前触れか何かかと思ってしまった。
好きな人に対して酷いことを言っているかもしれないが、実際クロムはそういう人なのだ。
一に戦い二に筋トレ。そんな人が私がいないと駄目だ……みたいなことを言い出すだろうか。
「……あなた、誰? よく似ているけどクロムのニセモノ?」
「ぶふっ……!」
ついつい心の声が漏れてしまったのだが、それに反応したのは黙って私たちの様子を見ていたオスカーだった。
彼は堪えきれないといった様子で噴き出し「思った以上に面白い反応だったね」と肩を揺らして笑っている。
クロムはといえば、目を丸くし、それから苦笑した。
「酷いな。俺がニセモノのはずないだろう。正真正銘本物のクロム・サウィンだ」
「そうは見えないから言っているんだけど……。じゃあ、何か悪いものでも食べた? それともどこかに頭をぶつけたりしたとか……」
他の可能性をつらつらと挙げていくと、ますますオスカーの肩が大きく震えた。
「ディ、ディアナ……さすがにそこまで言うと、クロムが可哀想だよ」
「い、いやでも! クロムよ? あの戦いと鍛錬のことしか興味のないクロムがこんなこと言うはずないじゃない!」
「いやまあ……私も一瞬どこの誰とは思ったけど」
「そうよね!?」
最早この変貌は、イメチェンとかそんなレベルではない。そこでハッと気がついた。
「そうか……私、夢を見ているのね。ええ、そうとしか考えられないわ! ……いたっ!」
勢いよく自らの?を抓るも、当たり前だがとても痛い。
現実としか思えない痛みに襲われ、私は涙目でクロムを見た。
「……?でしょ、本物なの?」
「いや、だからさっきからそう言っているのだが」
「だって信じられなくて……」
「そう思われるのも無理はないが、信じて欲しい。俺は俺で何も変わっていない。ただ、これまでとは違い、思っていたことを素直に口に出しているだけだ」
「それ、めちゃくちゃ変わってるから……!」
何か心境の変化でもあったのだろうか。
別人になったかのような変貌ぶりについていけなかった。
クロムが眉を下げる。
「愚かな自分に気がついたんだ。二度と同じ過ちを繰り返したくない。そのためには、自分の想いを素直に吐き出すのが一番だと思った。俺が変わったようにディアナには見えるかもしれないが、ずっと心の中で思うだけだったことを言葉にしているだけなんだ。俺自身は変わっていない。……ディアナ、信じてくれるか」
「……え、ええ」
すっと目線を上げ、こちらを見てくるクロム。
視線が合ってドキドキしたし、声は見事にひっくり返った。
クロムがフッと表情を緩め、笑みを浮かべる。
「良かった。信じてもらえて嬉しい。——ディアナ。君には本当に迷惑をかけた。今まで俺の手合わせに付き合ってくれてありがとう。いつも俺の都合に君を付き合わせてばかりだったが、これからはそんな独りよがりな真似はしない。君を困らせたいわけではないんだ。ただ、俺は君と一緒に過ごす時間が楽しくて——」
「待って待って待って! これ以上は無理!!」
クロムの口から紡がれる、攻撃力の高すぎる言葉の数々に撃沈した。耐えきれずストップをかける。
未だかつて、これほど威力の高い攻撃を受けたことがあっただろうか。
昔何度も涙した、戦いの師匠による悪魔の如き特訓も、今のクロムの言葉ほどのダメージを私に与えなかった。
あの特訓は今でも時折悪夢として夢に見るが、実は大したことなかったのだな、なんて思ってしまうほどである。
「ディアナ?」
「い、いえ、なんでも……ないの……ご、ごめんなさい」
突然叫び声を上げた私に、クロムが心配そうに声をかけてくる。それに?を引き攣らせながらも返事をした。
ちなみにオスカーは、最早隠す気もなく、声を上げて笑っている。
腹立たしいが、私が第三者だったら絶対に笑うだろうなと思うので文句も言いづらい。
——うう、うううう。
心臓が、全力疾走した時のようにバクバク言っている。
クロムが、私が疲弊していたことに気づいてくれたのは、正直嬉しい。それについてわざわざ謝ってくれたのも、気遣いの言葉をくれたのも有り難く受け止めたいと思う。
だけど、だけどだ。
今までなんの栄養も与えられなかったところに多量の養分を投入されても困るのだ。私の心が追いつかない。
いや、嬉しい。嬉しいのだけれど!
「ご、ごめんなさい。突然の供給に耐えきれなかっただけだから」
「? どういう意味だ」
「……なんでもないの」
「ふっ……ふふっ」
オスカーの笑いを?み殺すのに失敗した音が気に障るが、最早指摘する余裕もない。
数日ぶりに会ってみれば今までとは別人のように私に甘く対応するクロム。
すっかり変わってしまった彼にどう対応すれば良いのか分からず、助けを求めるように扉付近に立つフェリを見る。
「……」
フェリが無表情のまま肩を震わせているのを見て、誰も助けてくれないのだなと私はがっくり肩を落とした。
◇◇◇
「クロムが甘々になって、ついていけない……」
彼が私と同じく生徒会に所属するようになってひと月ほどが過ぎた。
クロムはすっかりスタイルチェンジが身についたのか、私に対し、分かりやすく好意を滲ませながら話しかけてくるようになった。
態度が変わったと言ってもあのクロムのことだ。それは一時だけの話で、しばらくすれば元の彼に戻るだろうと甘く見ていたのだけれど、どうやら彼の決意は固いらしく、相変わらず私を悶絶させるような言葉を吐いてくるのだ。
「事務仕事はあまり好きではないが、君と一緒に過ごせるのなら楽しいと思える」
とか、鍛錬をしなくていいのか聞いた私に、
「君が生徒会室で殿下と一緒に過ごしていると考えると、気もそぞろになる。それくらいなら君の顔を見られるここに来る方がいい」
なんて、今までの彼なら絶対に言わなかったであろう言葉を大盤振る舞いしてくるのだ。
その度に私は身悶え、心の中で「うああああああああ!!」と可愛くない叫び声を上げる羽目になっているのだけれど、問題は私がそんなクロムになかなか慣れないところだ。
甘い言葉を聞くと、堪えきれない羞恥が襲ってきて、その場から逃げ出したくなってしまう。
確かに手合わせばかりの毎日は嫌だと思っていたし、その頃と今のどちらが良いのかと聞かれれば今と答えるしかないのだけれど、恥ずかしさだけはいつまで経ってもなくなってはくれなかった。
「はあ、はあ、はあ……クロムの攻撃力高い……」
自室のソファにもたれ掛かりながら、ボソリと呟く。フェリが呆れを滲ませた声で言った。
「何を仰っているんですか、嬉しいくせに。ダメージを受けるとか言いながらもお顔がにやついていることに気づいていないとでもお思いですか。全部バレバレですからね」
「だって! あのクロムが私に、戦い以外の……ううん、甘い台詞を言ってくれるのよ!? そんなの堪能しない方がおかしいでしょ!?」
強く訴える。
これまで長く不遇の手合わせ生活が続いていたのだ。
そこにやってきた濃度の高い幸福。嬉しいに決まっている。
「ク、クロムはこんなに私を喜ばせて……その……私のことが好きなのかしら……」
普通に考えれば、なんとも思っていない相手に甘い思わせぶりな言葉を言ったりはしないだろう。
クロムは私のことを憎からず思ってくれている。そう考えて間違いないはず。
だが、フェリは冷静に言った。
「どうでしょう。何せあのクロム様ですからね。唐変木が甘くなったところで、根本が変わるとも思えません。真実思っていることを言っているだけ。深い意味はない……という線も十分あり得るかと」
「……ありそう……!」
「唐変木は所詮、唐変木です」
きっぱりと告げられた言葉に震え上がった。
確かにあのクロムなら、無自覚でやらかしているだけというのは大いにあり得る話だった。
「じゃ、じゃあ私、過度な期待はしない方がいいわよね……」
「そうですね。決定的なことを言われるまでは静観の構えというのが、一番ではないか、と」
「そうするわ」
下手なことをして自爆するような羽目にはなりたくない。
迂闊な行動は取るまいと固く決意した。
そしてその次の日。
放課後、恒例となった生徒会室での仕事中、ふとオスカーが口を開いた。
「そういえばクロムは、卒業後の進路をどう考えているのかな。まだ卒業まで時間はあるけど、そろそろ先を考え始めてもいい頃だろう? 城で働く気はあるのかい?」
自分の味方になり得る優秀な人材を取り込むのは、将来国王になるオスカーにとって大切なことだ。
私には、彼を婿に貰い受けたいという野望があるので、フーヴァルに持って行かれては困るのだけれど、正体を隠している状況では文句も言えない。
余計なことをとオスカーを睨めつけつつ、クロムがどう考えているか知りたいのも本当なので彼の返事を待った。
クロムは、金額計算していた手を止め、少し考えてから慎重に答えた。
「そう、ですね。卒業後は軍部に入って身を立てたいと思っています。俺は次男なので、家を継げませんから、自分の食い扶持くらいは自分で稼がなければと」
——へえ。
すでに具体的なことを考えているクロムに感心した。
将来どうしたいと聞かれても答えられない。卒業まで一年を切っているのに、何も考えていない。そういう者は決して少なくない。
長男は家を継ぐことが第一となるから仕方ないが、次男や三男にも意外と多く、私の過去の見合い相手にも、私と結婚すればなんとかなるから何も考えていないという者たちが何人もいた。
その度に私は自分の将来すら他人任せで、己の頭で考えることができないのかと苛々したのだけれど、そういう人たちとクロムは違うと知り、嬉しかった。
とはいえ、彼にフーヴァルの軍部に入らせるつもりはないけれど。
クロムには私の伴侶になってもらわなくてはならないのだから、当然である。
オスカーが意味ありげに私を見てからクロムに尋ねる。
「ふうん。軍部に入ってくれるのなら私としては大歓迎だけど。君ほどの男なら、あちこちから婿入りの誘いがあるんじゃないのかい? どこかの家の娘と結婚して家を継ぐ。そういう予定はないの?」
「!」
ある意味、私が一番聞きたかったところだ。
全神経をクロムに集中させる。彼はオスカーの問いかけに、首を横に振って答えた。
「そういう予定は全く。いえ、お声がけはいただいているのですが、俺はそんな気持ちにはなれなくて。できれば、自分自身の力で未来を切り開きたいのです」
「へえ。じゃあ、結婚して婿入りというのは考えていない?」
「はい。そのつもりはありません」
きっぱりとクロムが答える。
「別にその生き方を否定するわけではありませんが、俺自身は妻の生家に頼るような真似はしたくないと考えています。ですから結婚というのはあまり……」
「そうか。フーヴァル中にいる、君を娘の婿にと狙っている貴族たちが落ち込みそうな話だね」
「申し訳ありません」
軽く頭を下げるクロム。そのまま彼はオスカーと話を続けたが、私にそれを聞くだけの余裕は残されていなかった。
何せ、ものすごくショックを受けていたから。
彼の『婿入りしたくない』『妻の生家に頼りたくない』という言葉。
それは端から聞けば、立派だと褒められる台詞なのだろうけど、彼を己の伴侶として迎えたいと思っている私には、己の願いを否定されたも同然だった。
……分かっている。
別にクロムは私を拒絶したわけではない。
彼は私の事情なんて何も知らない。
私がメイルラーン帝国の皇女で、次期皇帝だなんて考えてもいないはずだ。
私が婿となる人物を探しに来ていることだって告げていないのだから、私が傷つくのも彼を責めるのもお門違いだと分かっている。
それでも、胸が痛かった。
婿入りなどごめんだと言わんばかりの彼の表情が、全てを物語っていたから。
彼は本気で婿入りする気がないのだ。
自分ひとりで生きていこうと、決めている。そんな風に見えた。
「……」
「ディアナ?」
耐えきれず立ち上がる。突然、立ち上がった私にクロムが怪訝な顔を向けてきたが、私はなんとか笑顔を取り繕った。
「……ちょっと、外の空気を吸いたくなっただけ。少ししたら戻るから心配しないで」
言い捨て、生徒会室を出る。もちろん私の護衛であるフェリもついてくる。それは分かっていたし、彼女は私の事情を知っているから追い返すつもりはなかった。
むしろついてきてくれて良かったと思ったくらいだ。
「……クロム。婿入りは考えてないんだって」
人影のない中庭。
立ち止まった私は、後ろについてきているだろう人物に向かって口を開いた。
案の定背後から声が返ってくる。
「そうみたいですね。まあ、クロム様は姫様の事情をご存じないのですから、仕方ないでしょう」
「ええ、分かっている。分かっているの。でも——」
胸に渦巻く失望を拭えない。
まるで告白する前に振られてしまったような気持ちだ。
「私がメイルラーンの次期皇帝で、夫となる人物を探しているって知ったら、クロムはどう思うのかしら」
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