書籍詳細
不健康魔法使い、初恋の公爵閣下においしく食べられてしまう予定
ISBNコード | 978-4-86669-602-7 |
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定価 | 1,430円(税込) |
発売日 | 2023/08/28 |
ジャンル | フェアリーキスピンク |
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電子配信書店
内容紹介
立ち読み
「ジュリオ様……あの……」
「ん? どうかしたのか?」
ステラは、いつ訪れるかわからない衝撃にずっと警戒し続ける忍耐力など持っていない。彼が動くのを待つよりも、自分から切り出して勢いで抱かれてしまったほうがましな気がした。
座ったまま両手でスカートの布地をギュッと?み、意を決して口を開く。
「す、す、す……するなら、早くしてください……!」
「するって?」
ジュリオが目をぱちくりとさせた。なんのことだか、まったくわかっていない様子だ。「する」なんていう曖昧な表現では伝わらないのだろうか。
「契約のことです! 身を……捧げるって……約束しました」
「随分と思い切りがいいんだな? ……そんなに私に抱かれたいのか?」
「だ、だだ……だっ、だってそういう契約ですから! え……? あの? ……そういう約束ですよね?」
彼があまりにも不思議そうにするものだから、ステラはだんだんと自信を失っていった。
身も心も捧げる、という言葉に解釈の余地はあるのだろうか。一生懸命考えてみるが、思いつかない。
「確かにそう言ったが……」
混乱をよそに、ジュリオはステラの頭のてっぺんから足先までじっくり観察したあとに、さわやかな笑みを浮かべた。
「……ステラ、ごめん。君のその不健康そうな身体、まったく好みじゃないんだ」
「は?」
フケンコウソウ、コノミジャナイ——ステラは今、とても傷つく言葉を言われたのだろう。
呆然としているあいだに、ジュリオの手が伸びてきて、メガネが奪われてしまう。
彼はそのままクマになってしまったあたりに触れたり、?を軽く引っ張ったり、爪の先や手首の太さなどを確認したり、まるで医者のような行動を取った。
「仕事をしすぎなんじゃないか? 食事より研究を優先するのは人としてどうかと思う。目の下のクマはひどいし、肌の手入れもきちんとしていないじゃないか。……肌は白くてきめ細かいし、もとはいいはずなんだからとにかく生活改善しないと」
昨日から今後の彼との関係を想像し、ずっと悩み、緊張を強いられてきた。その悩みと緊張が、一気に彼への憤りに置き換わった。
「目の下のクマはジュリオ様のせいです! 昨日ぜんぜん眠れなくて、それで……っ」
自己管理ができていないのは重々承知だが、健康悪化の原因の一つはジュリオにあるというのに理不尽だった。
「昨日は読書に夢中だったはずでは? そうか、私に抱かれるかもって想像して眠れなかったというわけか。……わかりやすい?なんてついて、可愛いな……ステラは」
可愛いという言葉は使い方によっては褒め言葉にならないのだと、ステラは初めて知った。もちろんそんな知識を得ても嬉しくはなかった。
ステラの中にある憤りと羞恥心が最高潮に達していた。
「あぁ、そうですか! ならどうしろと? 掃除? 洗濯? それとも助手ですか? ——ま、まさか人体実験!?」
家事なら使用人を雇えばいいし、そもそも生活魔法を多用すれば必要ない。ステラが役立てることなど数えるほどしかなかった。
身も心も、という言葉が文字どおりの意味だとすると、人体実験の道具くらいしか思いつかなかった。もしジュリオが魔法の研究をしているのならば、確かに素養のあるステラは立派な被験体になれそうだった。
「いや、人体実験なんてしない。……とりあえず健康促進が君の仕事だ」
「健康促進……? なんのために? ほっといてください。結局、なにが目的なんですか? 私、勘違いで……恥ずかしい。もう帰りたい」
身体の関係を求められるわけでもなく、家事をするでもなく、被験体でもないのなら、なんのためにここにいるのか、よくわからなくなっていた。
「大丈夫、勘違いなんかじゃないから。ステラのことは、好みに育ててからおいしく食べるつもりだ。物事には順序というものがある。身体は最後でいいよ」
好みではないなどと失礼なことを言いながら、先ほどからやたらとステラに触れてくるし、いつかは食べるつもりだという。
一緒に暮らしていた頃、ステラは今よりももっと幼かった。彼はいつも、未熟なステラに合わせて、妹分がわかるような言葉を選んで話をしてくれていたはずだ。
彼の言いたいことを理解できなかったことなどこれまでない。
なぜ、たった数年でこんなにも意地の悪い人になってしまったのだろうか。
(結局どっちなのよ。契約がなければ殴ってやりたいっ! 好みの女性とお付き合いしたほうが効率がいいんじゃないかしら? 私でなきゃだめな理由なんて、どこにも……)
ふと自分の身体を見つめながら、ステラは彼の矛盾について思考を巡らせる。
服の上からでも平均以下だとわかる胸はまだこれから育つ可能性はある。けれど身長はもう伸びないだろうし、胸を成長させようと奮闘した結果、別の場所に肉がつく可能性だってある。
親身になってジュリオが育てようとしても、本当に好みの体型になるかはかなり疑問だった。
(でも私、モテないわけじゃないのよね……? 縁談は結構——あれ?)
そこでステラは重要な事実を思い出す。ステラと付き合いたいという男性はいないのに、意外にも結婚したいと望む者は多い。
魔法使いの家系に生まれた者は、一族の繁栄のため、高い魔力を持った後継者を求める傾向が強いせいだ。魔力量は両親からの遺伝が大きく影響するから、アナスタージ家の一人娘だったステラは結婚相手としてのみ人気があるのだ。
(育ててから食べる。それはつまり、妊娠と出産に耐えうる体力が欲しいってことでは? 愛していないけれど結婚相手としてちょうどいい……ってほかの男性と同じなのでは?)
なんとなく、答えにたどり着いた気がした。
ジュリオはほかの魔法使いたちと同じく、優秀な後継者が欲しいのかもしれない。そうだとしたら、最凶の魔法使いの直系で、一級魔法使いになるための試験を最年少で軽々突破したステラを望むのは当然の発想と言える。
(まさか本当に結婚するの……? 愛人にするつもりではなく契約結婚だったの?)
貴族の結婚観では、必ずしも愛情は必要ないという。好みではないのにいずれは身体の関係を持つつもりでいること、そして先に健康的な身体が必要だということ——すべての説明がつくような気がした。
「わかりました。健康促進に努めます」
結局予想だけで確信には至らないが、ひとまず猶予がもらえたらしい。
「ものすごく不本意だと顔に書いてあるが?」
「そんなことはありません」
ステラとしては、もちろん不本意だ。けれど、契約があるためすました態度でごまかした。
「じゃあ、昼食の用意でもしようか? ステラも手伝ってくれ」
(中略)
「ステラ。これからは仕事が終わったら基本的にこの屋敷に寄るように」
リビングルームのソファに座り食後の紅茶を一杯飲み終えたところで、ジュリオはそんなことを言い出した。
「え……毎日ですか?」
これから毎日ジュリオに会うのかと思うと、ステラは身構えたくなった。同時に、ここに住めという命令ではなかったことに安堵もしていた。
とりあえず彼は、ステラを家に帰してくれる気があるらしい。
「一人にしたらパンしか食べないんだろう? 騎士団の任務もあるから、遅くなる日は手紙を出すよ。それから、これも渡しておく」
困惑しているステラをよそに、ジュリオが紙袋を押しつけてくる。それなりに重そうなものが袋の中でカチャカチャと音を立てる。なにか、瓶のようなものが複数入っているようだった。
「なんですか、これ……?」
「最高級の洗髪剤、美容液、それから手荒れに効果的なクリーム。……いいね? 君が誰のものかよく考えて行動するように」
自分でも手入れを適当にしてしまっている自覚のあるステラは、余計なお世話だと感じつつも拒否できなかった。
ステラはもう自分自身のものではなく、ジュリオのもの。だから、ジュリオの望むままに見た目に気を使わなければならない。艶のない髪や荒れた指先は彼の好みからははずれているから、改善する義務があるのだろう。
「……はい、わかりました」
そういう契約だと言い聞かせ、ステラは紙袋を受け取る。
「だいぶ不満そうだが?」
「いいえ、不満などありません」
不満というか、根底にあるのはジュリオに対する不安だ。
身も心も捧げるという契約をしても、心はすぐに変わることなどできないのだから、少しくらい態度に出ても仕方ないとステラは思う。
「まぁいい。とりあえず君の出入りは自由だから、私の帰宅より前にたどり着いたら適当にくつろいでいるといいよ」
そう言われても、鍵もないのにどうやって入ればいいのか——少し考えてからステラは答えに行き着いた。
「鍵は、額の……」
思わず額に手をあてる。おそらくこの屋敷の扉にあるのは物理的な鍵ではなく、魔動式の鍵だ。
ステラは最初にこの屋敷を訪れたとき、住人として登録されたのだ。
「そう、君はいつでも自由に入れる。ちなみに……本、読み放題だ」
嬉しい提案だったが、それだけで警戒心を解いたらあとで痛い目を見そうだった。
「わかりました。……では、今日はもう帰っていいですよね?」
持ち帰る前提の洗髪剤などを渡されたのだからそういう意味だと考えたステラは、ソファから立ち上がる。
ジュリオはじっとステラを見つめるだけで、なかなか答えをくれなかった。
視線が合うと逃げたくなる。だからステラは返事がないことを了承と見なし、一歩扉のほうへと踏み出す。
「待って。……そんなに帰りたい?」
帰りたいというか、逃げたいというのがステラの本音だった。
「……そ、そんなことは……」
けれど、本音を言ったら契約違反だからはぐらかす。
ジュリオはステラの内心を見透かしているのだろうか? 急に不機嫌になってしまった。
「そう。そんなことはない……帰りたくないってことだな? だったら……このまま帰すのはやめておく」
腕が強く引かれて、気づいたときには彼の膝に座らされている状態だった。
「ちょ、ちょっと……! ジュリオ様!?」
唐突な行動に驚いて、ステラはビクリと身を震わせた。今日何度目かの動悸が始まるが、これまでとは比べものにならないほど激しいものだった。
渡されたばかりの袋は奪われ、ソファの端に適当に置かれた。
自由になった両手で、ステラは必死に抗う。けれど、ジュリオとの力の差は圧倒的で、逃れることはできそうもなかった。
「まだ食べないとは言ったが……契約を忘れられても困る。ずっと警戒していて、野良猫みたいじゃないか」
契約を持ち出されると、それ以上抵抗できなくなってしまう。
これはステラが一切心を開いていないことへの罰なのかもしれない。
今の彼は、笑っているのに、少し恐ろしい。悪い人なのだと悟らせるような表情は、昔のジュリオなら絶対にしなかったはずだ。
彼の本質が変わってしまったのか、それともこれまで妹分のステラには見せなかっただけなのか、どちらだろうか。
結局のところ、ステラが今のジュリオを理解していないという事実は変わらない。
「だって、そのうち……」
どうせまた離ればなれになる——そう思うから、昔のように心を許すことなどできそうもない。
二年前のあの日以前のステラは、世間知らずだったがゆえに、自信に満ちあふれた少女だった。
自分の存在を消してほしいと願うほどの羞恥心は、ジュリオから教わった。
あの感覚をもう一度味わうのが怖くて、だから自分の心を守るために変わるしかなかったのだ。
「ステラ」
「……!」
ジュリオは真摯なまなざしを向けてくる——少なくともステラにはそう見えてしまう。そんな目で見つめられる理由はないのだから、きっと勘違いだ。
綺麗な青い瞳に見つめられると居心地が悪くて、ステラはギュッと目を閉じた。
すると予告なく、唇に温かいものが押し当てられた。
(……私、キス……されて……)
愛人になる覚悟をしてきたはずなのに、今はそんなことはすっかり忘れ、彼から逃げたい気持ちでいっぱいだった。
けれど、いつの間にか後頭部が押さえ込まれ、叶わなくなっていた。
「……ん!」
唇が無理やりこじ開けられて、ジュリオの舌が入ってくる。
(これが……キス……?)
不思議と嫌悪感はなかったが、とにかく胸が痛かった。
愛されているはずもないのに、もう昔のような兄妹には戻れない。それを強く教えられて、苦しいのだ。
今の彼からは優しさも手加減も感じられない。ただ激しさだけが伝わってきて、どうしていいのかわからなかった。
ずっと胸の中がせつなくて泣きたい気分だというのに、だんだんとそうではない心地がどこからか生まれていく。
やがて宙をさまよっていた腕が?まれて、指同士を絡めるように手を?がれた。大きくて、硬い手が不安を取り払ってくれる気がしてステラも強く握り返す。
モゾモゾと身を震わせながら続けていくうちに、ふわふわとした感覚が強くなっていった。
彼を拒絶したい気持ちは変わらないはずなのに、それでもジュリオが与えてくれるキスがステラのすべてを肯定し、心の中にある負の感情を取り払ってくれるような、そんな気分だった。
(なに……? なんだか変……。お腹の中、ゾワゾワして……)
胸が痛いのも、頭がぼんやりするのもなんとなく理由が説明できる気がした。けれど下腹部に感じる妙な心地だけは、これまでの人生で似たような感覚すら味わった経験がない。
最初は気のせいだと思うようにして、どうにかやり過ごしていた。
それなのに一向に治まる気配がなくて、だんだん不安に駆られはじめる。気がつけば、ジュリオの胸を強く押してキスから逃れていた。
「ステラ?」
ジュリオが不満げな視線を送ってくる。
「……ま、待って。待ってください。お兄さ、……ジュリオ様、私になにをしたの?」
「なにって……、大人のキスだよ」
そんなはずはなかった。唇と唇が接触しただけでまったく関係のない下腹部がわずかに心地よくなるなんてどう考えてもおかしい。
自分のほうに原因がないとしたら、それはジュリオのせいだとしか思えない。
「違うっ! 魔法……使いましたか? なにか精神に作用するもの、使ったでしょう?」
ステラは他人の魔力や魔法の発動を敏感に察知できる。けれど、ジュリオならばステラの感覚を遮ってこっそり魔法を使えたのかもしれない。
非難の視線を向けると、当初不思議そうにステラを見つめていたジュリオの唇がわずかに震え出した。ついにはこらえきれずに笑い出す。
「……クッ、ハハッ。……バレてしまったか。大丈夫、数分で消えてくれるだろうから」
「大丈夫じゃありません! ひ、ひどい……だからこんな……」
「初めてなんだから気持ちいいほうがいいだろう?」
言葉にされると、ステラの羞恥心はもう限界だった。
やはり彼はステラの身体になにかしたのだ。そうだというのに悪びれる様子が一切感じられない。
開き直って、あまつさえ笑うのだから本当に性格が悪かった。
「……でも、私……身体が変になりそ……で……」
キスをやめてもまだ違和感は続いている。ジュリオが危険な行為をするわけがないと信じたい気持ちが強いステラだが、なにか身体に悪い麻薬のようなものだったらどうしようかと不安になってくる。
「つらい?」
「……つらい、お腹の中がゾワゾワして……。胸も痛くて……身体が熱い……なんでこんなにひどいことするの……? 意地悪ばかり……」
「大丈夫だから。落ち着くまで続きをしてあげよう」
拒否する間も与えず、ジュリオが体勢を入れ替えて、ステラをソファに押し倒した。すぐにキスが再開された。
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