書籍詳細
契約結婚した途端夫が甘々になりましたが、推し活がしたいので要りません!
ISBNコード | 978-4-86669-619-5 |
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定価 | 1,430円(税込) |
発売日 | 2023/10/27 |
ジャンル | フェアリーキスピュア |
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内容紹介
立ち読み
エミリオの印象がかなり上方修正された観劇。その後も、彼は色々な場所に私を誘ってくれた。
好印象を抱いている相手とのお出かけだ。
どれもとても楽しかったのだけれど、相変わらずエミリオの甘々攻撃は続いており、それだけは心臓に悪いし、勘弁して欲しかった。
今日もエミリオの視察の仕事についていったのだけれど、その帰り、彼に近くの湖に行ってみないかと誘われた。
「湖?」
「ああ。今の季節、湖畔に花が咲いていてな。ちょうど見頃を迎えているのだ」
「へえ」
「ここから十分ほど行ったところにある。寄り道というほどの距離でもないし、行ってみないか?」
「ええ、是非」
花を見るのは好きなので、頷く。
連れて来られたのは王都のすぐ近くにある大きな湖で、側には色とりどりの紫陽花が咲いていた。
「綺麗……」
「普通に見るだけでも美しいが、せっかくだ。ボートに乗るぞ」
「え、ボート?」
手を引っ張られ、蹈鞴を踏む。
驚く私を尻目に、エミリオはボート乗り場へと連れて行った。
大きな湖なので、ボートの貸し出しをしているのだ。
実際、何艘かのボートが湖に出ている。
エミリオはさっさと手続きを済ませると、ふたり乗りのボートに乗り込んだ。訳が分からないまま、私も同乗する。
エミリオが慣れた手つきでオールを使ってボートを漕ぎ出した。
「わ……」
ボートが動き出す。ボートに乗ったのなんて生まれて初めてだったので驚いた。
思った以上に揺れる。
「ひ、わ、わ、わ……」
「大人しくしていろ。落としたりはしないから」
「わ、分かってるけど……」
エミリオの落ち着きぶりを見ていれば大丈夫だというのは分かるが、何分初めてのことで勝手が分からない。
彼がオールを漕ぐたびにボートは勢いよく進み、そのたびに船体が揺れるのが怖いのだ。
それでも十分もすればさすがに慣れる。湖の真ん中まで来た頃、エミリオが言った。
「ほら、見てみろ」
「え……わ……」
エミリオの示す場所を見て、目を丸くする。
湖畔の木々が水面に、まるで鏡のように映っていた。
緑色の葉や、その中に咲く小さな花が鏡面に美しく揺らめいている。
日の光を浴びた水面はキラキラと輝いていて、あまりに幻想的な風景に、思わず見入ってしまった。
「素敵……」
「ボートから見るこの景色がオレは一番好きなんだ。普通に紫陽花を見るのもいいが、水面に映し出された木々もなかなかおつなものだろう?」
「本当……すごく綺麗」
この湖で、何故ボートが貸し出されているのか分かった気がする。
こんな風景が見られると知れば、誰だってボートに乗りたくなるだろう。意外と乗っている人数が少ないのは、多分、あまり知られていないからなのだろうなと思った。
ぼうっと水面を見つめる私にエミリオが言う。
「この景色をお前に見せたかった」
エミリオに目を向ける。彼は私を真っ直ぐに見つめていた。
「エミリオ……あの……」
「だが、水面に映る木々よりも、それに見入るお前の方が美しいな。キラキラと瞳が輝いて、吸い込まれてしまいそうだ」
「……」
口説かれているのかと思ってしまうような台詞に一瞬で顔が赤くなる。
心臓がバクバクと脈打ち、痛いくらいだ。彼の目は優しく蕩けるように私を見つめていて、まるで小説の挿絵のシーンか何かかと思ってしまった。
——だ、だから心臓に悪いんだって!
嫌だとは言わないし、顔立ちが恐ろしく整っているので眼福なのだが、直接攻撃は辛いのだ。
できればもう少し離れたところから観察させてもらえれば素直に楽しめると思うのだけれど、彼は私に向かって言っている。しかも冗談ではなく本気で言っているのが伝わってくるから、どうしたって意識してしまうのだ。
——か、顔のいい人は得よね……。
ボートに乗っての甘い台詞。普通の人なら笑ってしまうところであっても、エミリオが言うと恐ろしいほど決まってしまう。
そしてふと、気がついた。
——なんか、今の私たちって、本物の夫婦みたいじゃない?
しかも結構なイチャイチャ系の。
——いやいやいや、あり得ない、あり得ない、あり得ない。
必死に思考を打ち消す。
「……どうした?」
「な、なんでもないの!」
顔を赤くしたままアワアワし始めた私に、エミリオが怪訝な顔で聞いてきた。それをなんとか誤魔化す。
だって、こんなことエミリオに言えるはずないではないか。
——ああ、早く解放されたい。
逃げ場のない今の状況が辛い。
私は一刻も早く、この時間が終わってくれることを心から祈った。
◇◇◇
——そんな生活が続き、なんだか感覚が麻痺してきたかもしれないと思い始めたある日、私は自室でひとり悩んでいた。
悩みの内容は、ここのところずっと思っていること。それは——。
「……最近の私たちって、絶対に本物の夫婦にしか見えないよね」
これである。
一緒に視察についていって、そのあとに甘々デートとか、誰が見たって仲のいいイチャイチャ夫婦だと思うだろう。
前にも感じたことだが、最近特にそう思うことが多くなっているような気がしていた。
「いやいやいや、私たちはただの契約結婚の関係でしかないんだけど」
だが、それにしては一緒に出かける頻度も高いし、距離もすっごく近いような気がする。
「……」
考える。
最初は視察のあとに『付き合ってくれたお礼』としてカフェやなんやらに出かけていた。だけど最近は普通にお出かけとして誘われていることが多い。
美味しいケーキを出すカフェがあるらしいから行ってみないか、とか、近くの丘でピクニックをしないか、とか。
「うん? うん?」
首を傾げる。
エミリオのことは好きなので、特に忙しいとかではない限りはハイハイと付き合っていたが、どう考えてもおかしい。
別に仲がよくて悪いわけではないのだが、私たちは契約関係にあるだけだぞ、と今更ながらではあるが思ってしまう。
「そうよ。私たちはお互い都合がいいから結婚しただけ。それだけの関係なんだから」
事実を言葉にする。
何故か胸がツンと痛んだ。涙が滲み出てきて、ギョッとした。
「え、え?」
まるで契約結婚の間柄であることを悲しんでいるかのような自らの反応に、自分が一番驚いた。
どうして嘆く必要がある。
私は今の生活を悪くないどころか、最高だと思っているのに。
それは心から言えることで、だからこそ自分が泣いた理由が分からなかった。
「……気にしても仕方ないわ」
ゴシゴシと目を擦る。
泣いても何かが変わるわけでもない。
紛らわしい涙は消してしまって、楽しいことでも考えよう。
そう思ったところで、昨日、ドモリ・オリエの新刊を買ったことを思い出した。
三ヶ月ぶりの新刊は、シリーズものではなく、読み切りだったのだ。
王子様と貴族令嬢の恋愛模様を描いた話。
ドモリ・オリエが描く王侯貴族たちは、実際その立場にいる私から見てもリアリティーに溢れていて説得力があり、?くささが全くなかった。
だから読むのも楽しいのだけれど、やはりドモリ・オリエはどこかの貴族だったりするのかもしれない。
「それならもしかしたら、どこかの夜会で会っているかもしれないわね」
貴族社会は広いようで狭いから、会ったことがあっても不思議ではないのだ。
一体誰がドモリ・オリエなのか気になるところだけれど、本人は隠したがっているのだ。それを暴くような真似はしてはいけない。
買ってきた本を持って、窓際の肘掛け椅子に腰かける。膝にブランケットをかければ、楽しい読書タイムの始まりだ。
「楽しみ」
真新しい本のページをめくる。
気を紛らわすには読書が一番。
すぐに私は本の世界に引き込まれ、その世界観に夢中になった。
◇◇◇
「……あれ?」
違和感を覚えたのは、読書を始めて三十分ほどが過ぎた頃だった。
ドモリ・オリエの新作は王道の恋愛もの。
王子が令嬢を見初め、イチャラブなカップルになっていく様をニヨニヨとしながら楽しんでいたのだけれど、どうにも既視感があったのだ。
それはヒーローである王子とヒロインの令嬢が距離を縮めていく場面。
王子は令嬢を様々な場所に誘い、これでもかというほど甘い台詞を吐きながら、彼女の気持ちを自分の方へと向けていこうと頑張るのだけれど、その誘った場所が問題だった。
まず、ヒーローが令嬢を誘った場所は、牧場。
視察があるから一緒に来て欲しいと彼女に頼み、直轄地の牧場を訪ねたのだけれど、そこでふたりは牧場で飼われている猫と戯れ、楽しげに笑い合っていた。
「ん?」
どこかで聞いたことのある話だと思ったが、気にせず読み進める。
次に首を傾げたのは、牧場帰りにアフタヌーンティーを食べに行ったシーンだった。
ヒロインはマンゴーが好きなようで、ヒーローは彼女のためにマンゴーのアフタヌーンティーを事前に予約していた。それを彼女はとても喜んだのだけれど、そこでイチャイチャシーンがあったのだ。
ヒロインの?についたクロテッドクリームをヒーローが指ですくい取るという、ここは挿絵シーン間違いなしだと言いたくなる、絶好の甘々描写が。
だけど、それを読んでいた私は素直に萌えることができなかった。
何故って、つい数ヶ月前、同じ体験をした覚えがあったからだ。
牧場で猫と戯れたあと、マンゴーのアフタヌーンティーを食べる。あと、?についたクロテッドクリームを指ですくい取ってもらう。
全部エミリオとしたことである。
「いや……いやいや、偶然でしょ」
偶然と片付けるには一致するシーンが多すぎたが、デートプランとしては珍しくもないはず。
そう思い直した私は気にしないようにして続きを読み続けたのだけれど、そのあともすごかった。
ヒロインと観劇したり、ボートで湖に映る木々の景色を楽しんだり。
もういちいち私がエミリオと体験したことがそのまま、まるで見てきたかのように書かれているのである。
「??」
意味が分からなくなり、一旦本を閉じた。
何故、ドモリ・オリエの新刊に、私とエミリオのしてきたことがそっくりそのまま書かれているのか。
ひとつふたつ同じものがあったのなら、ギリギリ偶然と片付けることができた。だけど、ここまで色々なことが一致してしまうと、何かあるとしか思えない。
しかも一致するのはシーンだけではなく、そこで起こった出来事も、なのだ。
いつの間にか小説ではなく、他人の書いた自身の日記を読まされているような気持ちになっていた。
「……どういうこと?」
王子と令嬢の恋模様。ふたりが距離を縮める様々なデートシーン。
それがどうして全て私とエミリオのしてきたことと重なるのか。
しかも、台詞まで微妙に似ている気がする。
こんなの、その場にいた当事者でなければ絶対に書けないであろうと確信したところでハッとした。
——え、当事者?
「……ちょっと待ってよ」
この場合、当事者というのは私とエミリオのことを指す。
そして私の方に、これらの出来事を誰かに話した記憶はないのだ。
いや、妹には少し相談を兼ねて話したけれど、当然全部ではないし、ここには妹が知らないことも書かれてある。
となると、だ。
「エミリオが、ドモリ・オリエに情報を提供したか、彼がドモリ・オリエということになるんだけど……って、さすがにないわよね」
うん、ない。
王子が自身のプライベートを作家に切り売りするとは考えられないし、エミリオがドモリ・オリエだなんて、輪をかけてあり得ないと思う。
だってあのエミリオが複雑に絡み合う恋愛模様を何冊も書く作家とか。
第二王子として日々忙しく過ごしているエミリオが、人気恋愛小説家とか無理がありすぎるだろうと思うのだ。
「ははっ、ないない」
絶対に私の考えすぎだ。
間違いない。
そう思うのに、一度『もしかして』と思ってしまうと、完全に疑いを晴らすことができない。
だって、あまりにも書かれてあることが被っているのだ。
作家本人でなかったとしても、少なくともドモリ・オリエとなんらかの関係があるのではないか、なんて疑ってしまう。
「ない、ないない……うん、ない、よね?」
自分に言い聞かせるように何度も呟くが、どうにも納得しきれない。
特に、観劇について思い出してしまえば、今更ながら『どうしてチケットを手に入れられたのだろう』なんて疑問が湧き出てしまう。
——原作者だったから?
だからこそのあの席だったというのなら納得だけど——と思ったところでハッとした。
「違う! 違う違う違う!」
エミリオがドモリ・オリエなんてあり得ないと、さっき自分でも言ったではないか。
しかし、これはまずい。
なんらかの結論を得なければ、ずっと気になったまま日々を過ごすことになるだろう。
疑いの気持ちは大きくなり、そのうち爆発するのは目に見えている。
——気になる。どうしたって気になってしまう。
「……」
無言で肘掛け椅子から立ち上がる。
本を近くのテーブルに置き、ふらふらと自室を出た。
自分が今、何をしているのか、正直あまり自覚がない。
完全に無意識から来る行動だった。
そのまま二階の反対側にある部屋へ向かう。
エミリオの部屋は私とは正反対の方向にあるのだ。
更に言うなら、今日エミリオは出かけていて、帰りは夕方になると聞いている。
今、彼の部屋には誰もいない。
「……」
使用人と鉢合わせでもすれば我に返れただろうに、不思議と誰とも会うことなく、エミリオの部屋の前まで辿り着いてしまった。
ごくりと唾を飲み、ドアノブに手をかけ回す。何故か鍵はかかっていなかった。
ここを開ければ、私の疑問が解消されるかもしれない。
そう、開ければ全ては解決する——。
そう思ったところで、ようやくハッとした。
「わ、私、今、何を……」
慌ててドアノブから手を放す。
無自覚とはいえ、自分のしようとしていたことが信じられなかった。
他人の部屋に勝手に入ろうとするとか、あり得ない。
しかも互いの部屋に入らないというのは、契約結婚の条件にもあり、私自身それを重要視していたくせに。
自室は完全なプライバシー空間。それを覗かれるとか、とんでもない話だと今だって思っているし、もしそんなことをされたら離婚案件だ。烈火の如く怒る自信しかなかった。
そんな最低なことを無意識ながらもしようとするなんて、自分を思い切り殴りつけてやりたい気持ちでいっぱいだった。
「……私、最低」
自分がされて嫌なことを、人にしてはいけない。
当たり前のことだし、そもそも約束を破ろうなんて絶対にやっては駄目なのだ。
それなのに私は、自分の知りたいという欲望だけで彼の秘密を覗き見ようとした。
人として最低だ。
「……駄目。一度頭を冷やした方がいいわ」
自分が冷静でなかったことに気づき、ため息を吐く。
そもそも、エミリオがドモリ・オリエだなんて思いつき自体がおかしい。
いくらなんでも発想の飛躍がすぎるというものだ。
小説に書かれていたことは全てが偶然。
きっとそうであるに違いない。
エミリオとドモリ・オリエにはなんの関係もない。
それが真実で、それ以上の真実などあるはずがない。
「そう、そうよね。今日の私、ちょっとおかしいわ」
自室に戻って、使用人を誰か呼んで、ハーブティーでも淹れてもらおう。
そうすれば気持ちも落ち着くはずだし、馬鹿な考えも消えるはず。
そう思った——のだけれど。
「あ……」
先ほどドアノブに触れたことで、扉が開いてしまっていた。
キイと扉が音を立てて内側に開いていく。それを閉めようと慌てて手を伸ばし——体勢を崩した。
「うわっ……!」
見事にドアノブを?み損ねた私は、バランスを崩した拍子に部屋の中に転がり込んでしまった。
この続きは「契約結婚した途端夫が甘々になりましたが、推し活がしたいので要りません!」でお楽しみください♪