書籍詳細
私はこの家に必要ないようです。でも皇太子妃になるなんて聞いてません!
ISBNコード | 978-4-86669-618-8 |
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定価 | 1,430円(税込) |
発売日 | 2023/10/27 |
ジャンル | フェアリーキスピュア |
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電子配信書店
内容紹介
立ち読み
朝の門前は混み合っていて、王都内から通う生徒も多いため、たくさんの馬車も停まっている。
いつもはもう少し早く出るので、屋敷から通っている生徒たちと遭遇することはなかった。
でも今日は起きるのが遅くなってしまったこともあって、すでに多くの生徒たちが登校しているようだ。
その中でもひと際豪華な馬車が、他の馬車を押しのけるようにして前に進み、学園の入り口近くに停まる。
ちょうど学園に入ろうとしたリゼットの、すぐ隣だった。
何気なく視線を向けたリゼットは、それがオフレ公爵家のものだと気が付いて、慌てて視線を逸らした。
マリーゼに会いたくはなかった。
会えば、必ずリゼットに悪意を向けてくる。
関わらないのが一番だ。
けれどマリーゼは、わざとリゼットの傍に馬車を停車させたらしい。従者の手を借りて馬車から降り、手が触れるほどの距離にリゼットがいることを確かめると、まるでリゼットに突き飛ばされたかのように、その場に転がった。
「きゃあっ」
「マリーゼお嬢様!」
高く上がる悲鳴に、驚いた様子で駆け付ける従者の声。この従者はマリーゼのお気に入りで、いつもリゼットに冷ややかな視線を向けていた。
きっとふたりは、予め打ち合わせていたのだろう。
周囲の視線も、当然こちらに集まる。
「え……」
突然のことに、リゼットは立ち尽くした。
きっと他の生徒からは馬車が死角になって、何が起こったのかわからなかったに違いない。
ただ、マリーゼが突き飛ばされたかのように転がって、その視線の先にリゼットがいただけである。
リゼットは疎んじられていて、マリーゼは愛されている。
それだけで、充分だった。
「……お姉様?」
弱々しく震える声は、いつもの演技だとわかっているリゼットにも、悲痛に満ちているように聞こえた。
「どうして?」
青い瞳に、涙が溜まっていく。
しかしこの哀れな様子も、白い?を伝っていく涙も、すべて演技なのだ。
周囲から向けられる悪意の視線よりも、自分を貶めるためにここまでするマリーゼが恐ろしくて、リゼットは逃げることもできずに立ち尽くしていた。
「マリーゼ!」
凍り付いたような空間を破ったのは、地面に倒れたままのマリーゼに駆け寄るレオンスの声だった。
「大丈夫か?」
「レオンス様……」
マリーゼはレオンスの姿を見ると、助けを求めるように手を伸ばした。けれどリゼットの視線に怯えたように、すぐにその手を下ろしてしまう。
かまわずにマリーゼを抱き起こしたレオンスは、怒りに満ちた視線をリゼットに向ける。
「何のつもりだ? 異母妹を虐げるのが、そんなに楽しいのか?」
「……っ」
憎しみをはっきりとぶつけられて、リゼットは息を呑んだ。
今までのレオンスは、誰かを特別扱いすることはなかった。
婚約者のリゼットでさえ、押し付けられたものだと渋々受け入れていたのだろう。けれど今は、マリーゼのために本気で怒っている。リゼットから離れた一年ほどの間で、レオンスにとってマリーゼは、それほどまでに特別な存在になっていたのだ。
レオンスとマリーゼには、正妻の子ではないという共通点がある。
もちろんゼフィールは、異母弟を虐げるような人ではない。
けれど優秀な異母兄と比べられ続けたレオンスは、生まれにも少し負い目を持っていたのだろう。
それが、マリーゼへの同情に拍車をかけたのは間違いない。
「私では……」
自分は何もしていないと言おうとしたリゼットだったが、レオンスがそれを信じてくれないことは明白だ。彼は完全にマリーゼの演技に騙されている。
「私ではありません」
それでも否定しないのは、認めたようなものだ。否定はしておかなければと言ったが、それがさらにレオンスの怒りを煽ったようだ。
「謝罪もしないとは。自分で謝れないのなら……」
「きゃっ」
乱暴に突き飛ばされ、思わず悲鳴を上げる。
レオンスは、倒れた衝撃ですぐに立ち上がれずにいたリゼットの頭を、無理やり地面に押し付けた。
「マリーゼに謝罪しろ」
「……っ」
乾いた土がリゼットの?を汚す。
?まれた髪が痛かった。
まさかレオンスが、ここまでするとは思わなかった。
あまりにも乱暴な扱いに涙が滲む。
昔は少し我儘ではあったが、こんなに横暴な人ではなかったはずだ。
この状況を仕組んだマリーゼさえも、驚いて目を見開いたままだ。
興味本位で様子を伺っていた周囲の人たちも、レオンスの激しさに驚き、そっと視線を逸らす。
ここで下手に目立って、怒りが自分に向くかもしれないことを恐れているのだろう。
「学園内で暴力行為とは……」
張り詰めた空気の中。
呆れたような声がどこかから聞こえてきて、周囲の視線がそちらに集まる。
レオンスの手が緩んだので、リゼットも声の主を見上げた。
(あ……)
陽光に煌めく銀色の光が見えた。
ゆっくりと歩み寄ったエクトルは、マリーゼと、地面に転がるリゼットを順番に見た。
そして最後に、まだリゼットの頭を?んだままのレオンスを見て、端正な顔立ちに嫌悪の色を滲ませた。だがそんな表情でさえ、見惚れるほどだ。
いつも薄暗い図書室で見ても整っていた顔立ちは、明るい光の下で見ると、言葉を失うほどだった。
あのレオンスでさえ、彼の前では霞んでしまうだろう。
彼にもそれがわかったらしく、忌々しそうに、目の前まで歩いてきたエクトルを睨もうとした。
「この国での女性の扱いは、これが普通なのか?」
けれど、冷徹な声と視線に気圧されたかのように、後退した。それによってようやく解放されたリゼットは、痛む身体をゆっくりと起こした。
エクトルはレオンスのように、声を荒らげたわけではない。
それでも、彼の言葉から滲み出る静かな怒りに、レオンスは完全に呑まれている。
思えば第二王子であるレオンスに、これほどはっきりと敵意を示した者は今まで誰もいなかったのだろう。
国王陛下はレオンスに甘く、ゼフィールはそうするほどレオンスには関心がなさそうだ。
レオンスは今まで、自分に逆らえない者ばかりに囲まれてきたのかもしれない、とリゼットは考える。
そんなリゼットも、エクトルから目を離せずにいた。
いつも気怠そうな様子をしていたからわからなかったが、彼の雰囲気はこの国の王太子であるゼフィールと似ている。
存在するだけで周囲を威圧していた。
ひとつだけ違うとしたら、ゼフィールが動とするならば、エクトルは静の雰囲気を持っている。
普段が物静かな分、その怒りはゼフィールよりも恐ろしいかもしれない。
エクトルは思わず後退したレオンスを一瞥すると、地面に倒れたままのリゼットに手を差し伸べた。
「立てるか?」
「……は、はい」
思わずその手を取ってしまったが、袖口から覗く手首は細く、やはり父を彷彿とさせる。リゼットは、なるべく彼に負担を掛けないように自力で立ち上がる。
そんなリゼットにエクトルは僅かに苦笑しながらも、その手を離さなかった。
「ありがとうございました。あの、どうしてこちらに?」
彼が図書室以外の場所にいることが珍しくて、リゼットは状況も忘れて思わずそう問いかける。
「資料室を探していた。もし知っていたら案内してくれないか?」
「はい、もちろんです」
ちらりとレオンスを見ると、彼はリゼットではなく、エクトルを見つめている。
マリーゼも同じだ。
邪魔をされたことに怒りを覚えているというよりも、この状況を理解できずに困惑しているように見える。ならば、今のうちに立ち去った方が良いだろう。
それに、もうすぐ授業が始まってしまうが、髪も乱れているし制服も汚れてしまった。授業にこのまま参加するのは無理だろうと、リゼットは彼の申し出に頷いた。
「こちらです」
エクトルを案内するために、この場から立ち去る。
離れて様子を伺っていた周囲の人たちも、エクトルの容貌で、彼がユーア帝国の人間かもしれないと思ったのだろう。下手に関わったら危険だと思ったのか、レオンスの友人らも、マリーゼの友人たちも、誰も口を出そうとしなかった。
誰にも咎められないまま、学園の中に入る。
そのまま資料室に案内しようとしたリゼットだったが、エクトルが険しい顔をしていることが気になって、足を止める。
「あの……。少し休まれますか?」
そっと尋ねると、エクトルはしばらく沈黙した。
「……ああ」
どうするか迷っていた様子だったが、やがて静かに頷いた。
リゼットはエクトルを連れて、資料室ではなくいつもの図書室に向かった。そこから休憩室に移動する。ここならば、ゆっくりと休めるだろう。
いつもひとりで昼食を食べている場所だが、ソファは広くて柔らかく、カーテンもきっちり閉められるようになっているので、休むには良い場所だ。それなりに広いので、ゆっくりできるだろう。
けれどここを、他の生徒が使っているのを見たことはなかった。
この図書室は、教室からかなり離れている。ほとんどの生徒は、学年問わず交流できる談話室か、中庭を選ぶのだろう。
リゼットは先に休憩室に入り、カーテンをすべて閉める。
エクトルはそんなリゼットの行動に何か言いたそうだったが、何も言わずにソファに座った。すぐには倒れ込まなかったので、早めに休んでよかったのかもしれないと、ほっとする。
「先ほどは助けていただいて、ありがとうございました」
そんな彼に丁寧に頭を下げて、助けてもらったお礼を告げた。
彼が通りかかってくれなかったら、どうなっていたかわからない。
レオンスはたしかに我儘で少し横暴なところはあるが、あんなに乱暴な人だとは思わなかった。
地面に押し付けられ、髪を?まれた恐怖を思い出して、組み合わせた両手が震えた。
「これで、先日の借りは返した」
そんなリゼットに、エクトルはぽつりとそう言う。
彼が倒れ、その介抱をしたときのことを言っているのだろう。
ただリゼットはその場に居合わせ、当たり前のことをしただけだ。目の前で具合の悪そうな人がいたら、放っておく人の方が少ないと思う。けれどそれを彼が「貸し」だと思っているのなら、素直に頷いた方が良い。
「はい。本当にありがとうございました」
だから余計な言葉は口にせず、もう一度頭を下げた。
「……あれは誰だ?」
リゼットが素直にエクトルの言葉を受け入れたからか、彼はソファに寄りかかったまま、そう問いかける。
「私の、異母妹です」
ゼフィールと親しいのならば、当然レオンスのことは知っているだろう。
だからマリーゼのことだと悟り、リゼットはそう告げた。
「異母妹か。あれは、いつもあんなことを?」
それがどれを指す言葉なのかわからず、リゼットはしばらく沈黙した。
リゼットの婚約者であるレオンスに、庇われていることだろうか。
迷いに気付いたのか、エクトルはさらに言葉を重ねた。
「自分でわざと転んでおいて、泣き出したことだ。馬車に隠れて向こう側からは見えなかったようだが、こちら側から見れば、あれが自演だとすぐにわかった」
冤罪で責められているのがわかったから、エクトルは助けてくれたのだろう。
彼と言葉を交わしたのは、倒れたときに助けた以来だが、不正や冤罪を嫌う公正な人のようだ。
だから、自演でリゼットを陥れようとしたマリーゼを、不快に思っている様子だった。
「異母妹は私を嫌っているので、あんなことをしたのだと思います」
どこまで話したら良いのかわからず、ただマリーゼの行動の理由だけを告げた。
よく知らない他人の家庭の事情を語られても、困るだけだ。
「そうか。だがゼフィールの異母弟が、あれほど乱暴だとは思わなかった。さすがに見過ごせない。今日のことは、ゼフィールにも告げておく」
「……はい」
リゼットは静かに頷いた。
他の誰かに自分の境遇を知られてしまうのは恥ずかしいが、エクトルが言っていたように、マリーゼを守るためだったとしても、レオンスの行動は行き過ぎていた。
権力を持つ立場であるだけに、このままでは配下を虐げるような人間になる可能性がある。きっとゼフィールもそう考えるに違いない。
ただ今回の主犯とも言えるマリーゼに関しては、エクトルは介入するつもりはないようだ。
異母妹だと告げたので、家庭内で解決する問題だと思ったのだろう。
話はここで終わりのようで、エクトルは沈黙した。
「あの」
今しかないと、リゼットは思い切って自分からエクトルに声を掛けた。
王太子にエクトルを陰から見守ってほしいと言われてから、ずっと考えていたことがある。
いくら王太子からの命とはいえ、見ず知らずの者が自分の周辺をうろついていたら不快だろう。こんな形になってしまったが、今日、彼と会うことができたらきちんと挨拶をしようと思っていたのだ。
「私はオフレ公爵家の長女、リゼットと申します」
きちんと名乗り、頭を下げる。
「今日は助けていただき、ありがとうございました。ゼフィール王太子殿下に申し付けられましたので、これからはときどきお傍に控えさせていただきます。私はお邪魔にならないように、離れたところにいますので……」
ゼフィールはエクトルのことを人嫌いだと言っていた。
拒絶されるかもしれないが、リゼットも王太子からの命令では引き下がれない。
エクトルは黙ってリゼットの言葉を聞いていたが、やがて諦めたように言った。
「……文句はゼフィールに言え、ということか」
「い、いえ。その……」
言葉には気を付けたつもりだが、要はそういうことになってしまう。
慌てるリゼットに、エクトルは少し表情を緩ませた。
「ゼフィールの依頼なら、仕方がないな。君もあんな場所に居合わせてしまっただけなのに、不運なことだ」
皮肉そうに言うが、その瞳はどこか悲しげだった。
自由にならない自分の身体に苛立つよりも、すべてを諦めているように見える。
「エクトルだ。ゼフィールの命令ならば、好きにすれば良い」
それだけ言うと、エクトルは疲れたように目を閉じてしまった。
父もよく、光が強すぎると頭痛がすると言っていた。朝の光は、エクトルにとって強すぎたようだ。
先にカーテンを閉めておいてよかったと、ほっとする。
「はい、エクトル様。よろしくお願いします」
拒まれなかったことにほっとしながらも、そう挨拶をする。
あとは、静かに休ませておいた方が良いだろう。
チャイムの音が鳴った。
どうやら授業が始まったようだ。
けれど、このままエクトルを置いて行くのは躊躇われる。
あまり調子は良くなさそうなので、誰かが来るまで傍にいた方が良い。それに、まだ資料室にも案内していない。
学園では先ほどのことも話題になっているだろう。
エクトルを理由にして逃げていることはわかっているが、できれば今日は、教室に行きたくなかった。
リゼットはエクトルを起こさないように気遣いながら、休憩室の一番端に移動した。
それから乱れてしまった髪を整え、制服の汚れを落とす。地面が乾いていたので、それほど大事にはなっていなかったようだ。それから荷物を確かめる。
今日は昼食にサンドイッチを作ってきたが、少し潰れてはいるものの、無事だった。
(貴重な食料が、無駄にならなくてよかった)
潰れていても食べられるが、さすがに土に汚れてしまったものは、衛生面からも食べない方が良いだろう。
もしそれで体調を崩しても、寝ていることしかできないのだから。
それから借りていたお菓子作りの本を取り出して、彼が目覚めるまでの間、読むことにする。初心者向けの本だが、色々なレシピが載っていて、見ているだけで楽しい。
作るのはなかなか難しそうだが、簡単なクッキーくらいなら作れないだろうか。
そんなことを考えていると、つい、時間を忘れて熱中していた。
「……菓子作りの本?」
「!」
驚いて顔を上げると、いつの間に起きたのか、エクトルがリゼットの読んでいた本を覗き込んでいた。
思っていたよりも長い間、本に熱中していたらしい。
美しい銀色の煌めきに、ほんの少しだけ視線を奪われる。
「あんなことがあった直後だというのに、落ち込んでもいないのか」
そう言われて、今朝のことを思い出した。
マリーゼに陥れられ、勘違いをした婚約者のレオンスに突き飛ばされてから、地面に押さえつけられた。
たしかにエクトルの言うように、普通の令嬢ならば、ショックを受けて屋敷にこもってしまっても仕方がないほどのできごとだった。
けれどリゼットは、マリーゼが自分を憎んでいることも、レオンスが心の底から自分を疎ましく思っていることも知っている。
レオンスに突き飛ばされたのだって、今朝で二回目だ。
だから、それほど衝撃的なことでもなかった。
「初めてでは、ありませんから」
思わずそう答えてしまい、エクトルの顔が険しくなったことに気が付いて、慌てて謝罪する。
「……申し訳ございません」
「なぜ、謝る?」
「私の発言が、良くなかったのかと」
「たしかに不快に思ったが、君に対してではない。被害を受けた側が謝る必要はない」
リゼットが被害者であり、レオンスとマリーゼが間違っている。
マリーゼの本性を知っているのはリゼットだけということもあり、そう言ってくれたのは、エクトルが初めてだった。エクトルはリゼットのために、怒りを感じてくれたのだ。リゼットはこのときに、王太子の命令だからではなく、自分の意志で、エクトルのためにできるだけのことはしようと決めた。
「それにしても、この間も今日も、俺の状態がわかっているかのような行動をした。その理由は?」
「……私の父は、六年前に亡くなっています」
懸命に言葉を選びながら、リゼットはエクトルに説明をした。
「父は、あまり身体が丈夫ではなかったのです。眩暈がすると言って、よく倒れていました。そのときのことを、どうしても思い出してしまって……」
余計なことは言わず、ただ聞かれたことの答えだけを口にする。
「ああ、そういうことか」
その説明に、エクトルは納得したように頷いた。
「こちらの事情を知っていたのではなく、ただ親切にしてくれただけだったのか。たしかに君の視線は同情ではなく、気遣いや労りだった」
自分で勝手にしていたことだ。
それを、気遣いや労りと言ってくれた。
「父が亡くなったとき、私はまだ幼く、今ならばもっと父のために色々できたのではないかと、考えてしまって」
「そうだったのか。それなのに君の忠告を無視して、あんなことになってしまった。本当に怪我はなかったか?」
「はい。大丈夫でした」
そう答えると、エクトルは安堵したようだ。
彼を庇おうとしてリゼットが下敷きになってしまったことを、ずっと気にしていてくれたのかもしれない。
「この図書室にも、俺がいたせいで中に入れなかったのだろう? ここは学生のための場所だというのに、すまなかった」
「い、いえ。何日も通ってしまっていたので、怪しかったことは自分でもわかっております」
たしかに、険しい顔で見られたときは怖いと思った。
でもレオンスとマリーゼの行為に憤ってくれたり、こうして謝罪をしてくれたりするのだから、エクトルは人が嫌いなだけで、リゼットを嫌っていたわけではなさそうだ。
すまなかったと言われ、リゼットは慌てて立ち上がり、むしろ失礼だったかもしれないと、急いで座り直す。
そんなリゼットを見て、エクトルは笑った。
笑う彼の姿を見て、リゼットは胸が切なく痛むのを感じた。
父にも、こんなふうに笑ってほしかった。
苦痛に顔を顰めていた父の顔をまた思い出してしまい、泣きたくなる。
「君のような人ならば、俺も口うるさい護衛騎士よりも気が楽だ。時間が空いたときでかまわないから、傍にいてほしい」
そう言ってもらえて、思い出した父の姿に胸を痛めていたリゼットも、真摯に頷いた。
「はい。なるべくお役に立てるように頑張ります」
もし拒絶されても、王太子の命を果たすためにはエクトルの傍にいなければならなかった。それを本人に了承してもらえたのが嬉しい。
マリーゼに陥れられ、レオンスに突き飛ばされて、最悪の日になるはずだった。
それなのにエクトルに救われ、しかも傍にいることを許してもらえたのだ。
父が亡くなってからずっと、リゼットの身には悪いことしか起こらなかった。
けれど今、少しだけ明るい未来が見えたような気がする。
リゼットはカーテンの隙間から入り込む光に、目を細めた。
今日から何かが変わるかもしれない。
この続きは「私はこの家に必要ないようです。でも皇太子妃になるなんて聞いてません!」でお楽しみください♪