書籍詳細
私のことが大好きな最強騎士の夫が、二度目の人生では塩対応なんですが!?1 死に戻り妻は溺愛夫の我慢に気付かない
ISBNコード | 978-4-86669-617-1 |
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定価 | 1,430円(税込) |
発売日 | 2023/10/27 |
ジャンル | フェアリーキスピュア |
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電子配信書店
内容紹介
立ち読み
舞踏会当日、私は普段以上に身支度に気合を入れ、会場である伯爵邸へとやってきていた。
パトリスが頑張ってくれたお蔭で外見だけは完璧だけれど、私自身はあの日——路地裏でルアーナ様に出会してしまった日から、心は晴れないままだった。
(イーサンに会うのが、怖い)
ずっと会いたいと思っていたのに、二人が一緒にいる姿を見てしまったり、イーサンがルアーナ様を好きだったりした時のことを考えると、怖くて仕方なくなってしまう。
「アナスタシア、死にそうな顔をしているじゃない。またレイクス卿と何かあったの?」
そんな私のもとへやってきたニコルは、呆れたような笑みを浮かべ、背中を叩いた。
「聞いてくれる? じ、実は——……」
そうして先日の件を話したところ、なぜか「ぷっ」とニコルは吹き出す。
「ど、どうして笑うの? ひどいわ!」
「だって、いつもあんなに堂々としていたアナスタシアがこんなに卑屈になっている姿なんて、初めて見たんだもの。あまりにも可愛くて」
ごめんなさい、と謝罪の言葉を紡いだニコルは私の手を取り、そっと両手で包んだ。
「それにね、アナスタシアの感情が色々見られて嬉しいの。あなたはずっと、自分の本当の気持ちを隠しているように見えたから」
彼女の言っていることは、間違っていない。
過去の私は両親の思い描く「フォレット侯爵家の娘」「淑女の鑑」でいようと心がけていたし、自分の気持ちなんて誰かに伝えたところで未来は変わらない、無駄だと思っていたから。
「ニコル……」
そんな風に思ってくれていたと知り、胸が温かくなる。ありがとうと伝えれば、ニコルは「お礼を言われるようなことはしていないけど」なんて言って笑う。
「それと、あっちにレイクス卿がいたわよ」
ニコルは綺麗に形が整えられた水色の爪で、人混みの中を指差す。
「ありがとう。私、イーサン様のところへ行ってくるわ」
「ええ。頑張って」
歩き出してすぐに遠目にイーサンの姿を見つけ、心臓が高鳴る。ついさっきまでは怖い、なんて思っていたのに、自分がこんなにも単純な人間だとは思っていなかった。
やはり高身長で美しい彼はとても目立ち、会場中の人々の視線を集めている。
今日の彼は白地に濃紺と金の刺?が入った正装を着こなしており、片耳に髪をかけていた。その姿は子どもの頃から好きだった絵本の王子様みたいで、黄色い悲鳴を上げそうになる。
(な、なんて格好良いの……!)
非の打ちどころのない美貌に、ぎゅっと心臓を鷲?みにされたような感覚がした。
どう声をかけようとか色々考えてきたというのに、イーサンの姿についつい見惚れて立ち尽くしているうちに、彼のもとへ一人の女性が近づいていく。
そして二人は楽しげに話をし始め、私はその場から動けなくなってしまう。
「……っ」
先日路地裏で見かけた、ルアーナ様だった。
何度も想像してしまっていた光景よりもずっと、実際に二人が並び立つ姿はお似合いで、仲が良さそうで、胸の奥がじりじりと焼けるように痛む。
私は今回の人生で、あんな風にイーサンと話したことなんてない。当たり前のように笑顔を向けられたことなんてない。
既にイーサンが彼女を好きになっていたらどうしよう、と考えるだけで息苦しくなる。
「アナスタシア」
そんな中、ふと腰にするりと腕を回され、後ろに抱き寄せられる。
「……テオドール」
振り返った先には予想通りの姿があり、周りの女性達がきゃあ、と声を上げた。彼にこうして会うのは告白されて以来で、どきりとしてしまう。
とはいえ私は先日、路地裏でテオドールを一方的に見かけたばかりだった。
「ああ、彼を見ていたんだ?」
「え、ええ……」
私の視線の先にイーサンがいたことに気付いたらしく、少しの気まずさを感じていると、テオドールはくすりと笑った。
「でも、君以外の女性と親しそうだね。どんな関係なんだろう」
意地の悪い言い方だけでなく、ルアーナ様を知らないような口ぶりに違和感を覚える。先日はあれほど親しげな雰囲気だったのに、むしろ彼女からイーサンの話を聞いていないのだろうか。
「テオドール、ルアーナ様を知らないの?」
そう尋ねれば、テオドールは一瞬だけ目を見開いた後、すぐにいつも通りの笑みを浮かべた。
「僕は知らないな。アナスタシアの知り合い?」
思わず「えっ」と言いそうになったものの、慌てて口を噤む。
(どうして?を吐くのかしら? 私に知られたくないとか?)
先日、二人が一緒にいるところを間違いなくはっきり見たというのに。
けれど言いたくないことを無理に聞くつもりもないし、それ以上は触れないでおくことにした。
「ねえ、テオドール。少し離れましょう?」
そして私はそっと自身の腰に回るテオドールの腕を押したものの、びくともしない。むしろ先ほどよりもきつく抱き寄せられ、困惑してしまう。
「どうして?」
「どうしてとかじゃなくて、普通に考えて良くないもの」
「そうかな」
テオドールは笑顔で首を傾げ、私を離す気がないのが見て取れる。年頃の婚約者でもない男女がこんな距離感でいると周りから誤解されることくらい、聡い彼なら分かるはずなのに。
これではまたゴシップ誌に好き勝手書かれてしまうし、たとえイーサンが何も思わなくても、私自身がこんな風に異性と触れ合っているところを彼に見られたくはない。
だからこそもう一度、強く言って離してもらおうとした時だった。
「——え」
不意に後ろから腕が伸びてきたかと思うと、テオドールと引き離すように抱き寄せられる。
大好きな香りと温もりから、すぐに誰なのか分かってしまった。
(どうして)
見上げた先にはイーサンの姿があって、息を呑む。彼に抱きしめられているのだと改めて理解した途端、全身が一気に熱を帯び、指先ひとつ動かせなくなった。
「……イーサン、様?」
なんとか消え入りそうな声で名前を呼ぶと、イーサンはぐっと唇を?み私の腕を?んだ。
そしてそのまま私の腕を引き、どこかへ向かって歩き出す。
(な、何が起きているの? どうしてイーサンが、こんな……)
つい先ほどまでルアーナ様と話していた彼がなぜ私のもとへ来てくれて、こんな行動を取っているのかさっぱり分からない。
それでもイーサンが触れてくれて、一緒にいられるだけで嬉しくて仕方なかった。
背中越しにテオドールの声が聞こえたけれど、私はもうイーサンから目を逸らせず、早足で歩く彼の後を必死についていく。
「…………」
「…………」
やがて会場の外に出て、イーサンは人気のない廊下で足を止めた。
それから少しの沈黙の後、「申し訳ありません」とだけ静かに呟く。
けれど手首は?まれたままで、そこから全身に熱さが広がっていくようだった。
「あの……どうして……」
「…………」
私の声もひどく震えていて、恥ずかしくなる。
イーサンは何も言わず俯いており、せっかく彼に会えたのに、気まずい雰囲気のままなんて絶対に嫌だった。
「も、もしかして嫉妬ですか?」
そう思った私は自分だって余裕がないくせに、場の空気を変えようと冗談を口にしてしまう。
けれどすぐに、なんてつまらない馬鹿なことを言ってしまったのだと内心頭を抱えた。彼は間違いなく、私が困っていたから助けてくれただけだというのに。
「……っ」
それなのになぜか、イーサンの顔は更に真っ赤に染まった。
「……身体が勝手に動いたんです。本当にすみません」
「え」
否定をしないどころか謝られたことで、馬鹿げた冗談が期待へと変わる。
まさか、と胸が弾むのと同時に彼は再び謝罪の言葉を口にして、どこかへ行ってしまう。
その場に一人残された私は、イーサンに触れられていた手首にそっと触れた。
(ど、どうしよう、嬉しい……)
ルアーナ様と一緒にいたのに、私のもとへ来てくれたことも嬉しかった。
親しいことに変わりはなくとも、ランドル卿からは恋人ではないと聞いているし、私が入り込む余地があるのかもしれない。
そう思うと、まだまだ頑張れる気がしてくる。
「……嫉妬、だったらいいな」
私の馬鹿な勘違いだったとしても、それでいい。イーサンに触れられ、言葉も交わせたのだ。
今日はもうこの幸せな気持ちのまま過ごさせてもらおうと思った。
「あら、アナスタシア……ってどうしたの? 今度は顔が真っ赤よ」
ふらふらとニコル達のもとへ戻った私は、今しがた起きた奇跡のような出来事を話した。
「それ、絶対に嫉妬よ! 脈ありだわ」
「ええ。間違いないです! 良かったですね、アナスタシア様!」
「ほ、本当……?」
「二人の美男子に取り合われるなんて、ロマンス小説みたいね」
みんな口を揃えてそう言うものだから、本当にそんな気がしてくる。私があまりにもしつこく好き好き言うせいで、イーサンも少しは気にしてくれるようになったのだろうか。
(だめだわ、浮かれて今なら空だって飛べそう)
今の私は絶対にだらしない顔をしていて、こんな顔をいつまでも晒すわけにはいかない。少し頭を冷やすためにも、化粧を直しに行くことにした。
「……よし、ばっちりだわ」
唇に濃いめの赤色を乗せ、鏡に映る自分の顔をじっと見つめる。再びイーサンの視界に入るかもしれないと思うと、常に気は抜けない。
イーサンの好みはルアーナ様みたいな色気のある女性かもしれないと思って、普段より大人っぽい化粧やドレスを意識したことは誰にも言わないでおこうと思う。
何度か深呼吸をして休憩室を出て、広く長い廊下を歩いていく。
「アナスタシア様、ごきげんよう」
「あら、久しぶりね」
やがて声をかけてきたのは、何度かお茶をしたことがある知人の伯爵令嬢だった。彼女が寄り添っている若い男性にも見覚えがある。
前回の人生で、二人は数ヶ月後に婚約した記憶があった。
今もとても仲睦まじい様子で、彼女達はその通りの未来を迎えるに違いない。
「……いいなあ」
無意識に口からはそんな言葉がこぼれ落ち、慌てて口元を手で覆う。
「えっ?」
「う、ううん。何でもないわ」
それだけ言うと、私は「またね」と笑顔を作り、二人に背を向けて再び歩き出した。
(——私達以外は、みんな変わらないのに)
それなのにどうして、私とイーサンの関係だけが変わってしまったのだろう。これまで何度も考えたけれど、やはり原因なんて分からない。
やがて会場であるホールが見えてきたところで、背中越しに声をかけられた。
「アナスタシア・フォレット様、ですよね?」
「はい、そうですが」
足を止めて振り返った先には見知らぬ令嬢がいて、一体何だろうと首を傾げる。
彼女は私の側へとやってくると、耳元に口を寄せた。
「レイクス騎士団長がお話があるそうです。お一人で来てほしいと」
「……えっ?」
つい先ほど別れたばかりのイーサンが私に、一体何の話があるのだろう。
けれど確かに私が出てくる時、会場の中にイーサンの姿はなかった。とにかく行ってみようと場所を尋ねれば「三階の奥から二番目の休憩室です」と教えてくれる。
「分かりました、ありがとうございます」
「いえ、それでは」
それだけ言うと彼女はその場を立ち去り、会場へと消えていく。
イーサンとどんな関係なんだろうと思いながら、私は早速その部屋へと向かうことにした。
「多分、ここよね……し、失礼します」
ノックをして部屋の中を覗いたものの、人気はない。イーサンはまだ来ていないようで、ドキドキしながら部屋の中へ足を踏み入れた途端、扉が勢いよく閉まった。
明らかに違和感のある閉まり方で、振り返ろうとした瞬間、視界の中で何かがぎらりと光る。
「————」
それが私の腕くらい太い毒蛇の魔物の赤い目だと気付いた瞬間、ひゅっと息を呑んだ。こんな魔物が王都にある屋敷にいるなんて、間違いなくおかしい。
この魔物は過去の人生でイーサンと森へ狩りに行った際、見たことがあった。
「ど、どうして……」
必死にドアを開けようとしても、ガチャガチャという音が響くばかりで、びくともしない。
外側から鍵をかけられ閉じ込められているのだと、すぐに悟った。
(最初から私を罠に嵌めるつもりだったのね……!)
イーサンの名前を使って呼び出すなんて、悪趣味にもほどがある。
そしてあっさりと釣られ、一人でのこのこ出向いてきてしまった自分の愚かさも、心底嫌になった。犯人は今頃、こんな私を嘲笑っているに違いない。
再び魔物に向き直ったものの、もう逃げ場なんてなかった。
過去、イーサンはこの魔物に出会した際、軽く剣をはらうだけで倒していたことを思い出す。
けれど魔物との戦闘経験などない私に、この場を切り抜ける方法なんてないのは明白だった。
今日は舞踏会用のアクセサリーを身に付けているため、普段している護身用の魔道具だってない。
赤い両眼が、私を捉える。
魔物は床を這うように身を低くして、ゆっくりとこちらへ近づいてくる。
「や、やだ……来ないで……」
(怖い)
恐怖から身体が竦んで、足が震え、声が掠れた。
少しずつ距離が縮まり、私は必死に背中をドアに押し付けることしかできない。
一方の蛇は怯える私を嘲笑うかのようにふたつに割れた舌先を遊ばせており、捕食者と被食者という立場なのだと思い知らされる。
やがて私の足元まで近づいてくると、魔物は勢い良くこちらへ飛びかかってきた。
「くっ……!」
咄嗟に水魔法を使って防御したけれど、耐久性は高くない。
魔物もすぐにそれを察したのか、何度もこちらへ牙を?いて向かってくる。
「う、あ……っ!」
やがて水をすり抜けた蛇に首筋を思い切り?まれてしまい、鋭い痛みが広がった。
蛇を?んで離そうとしても強い力で?みつかれ身体に巻きついており、それは叶わない。
(無理に動いては毒が回るのも早くなるし、体力が削られていくだけだわ……)
抵抗しても無駄だとすぐに悟った私は、蛇から手を離すと壁に背を預け、座り込んだ。
今の私にできるのはとにかく少しでも長く生き伸びて、助けを待つことくらいだろう。
いつまでも会場に戻らなければ、ニコルあたりが気付いてくれるはず。
こんな状況なのに妙に私は冷静で、不思議と心は落ち着いていた。そしてそれは一度、悲惨な死に方をしたという経験のお蔭に違いない。
下半身ぺしゃんこよりはまだマシだ。
もちろん、こんな目に遭わないのが一番だけれど。
「はぁっ……はあ……」
毒が回り始めたのか、体温が上がっていくのを感じる。
呼吸は浅くなっていき、じんわりと嫌な汗が背中に滲み、心臓が早鐘を打ち始めていた。
『この魔物の毒は、拷問に使われる毒として最も有名なんです』
イーサンの言葉を思い出しながら、呼吸を整えるようにゆっくりと息を吐いていく。
まだ私が死に至るまでは、あと数時間はかかるはず。この毒は弱く、ゆっくりと死へ向かうとも言っていた。
ただその分、全身を刺すような痛み、苦しみは他の毒とは比べ物にならないとも。
(私を殺したいだけなら、もっと簡単な方法があったはず)
けれど、犯人はあえて手間も時間もかかる、そして一番苦しむ殺し方を選んだのだ。
——私に対して、強い憎しみを抱いていることは明確だった。
あれから、どれくらいの時間が経っただろうか。
「げほっ……う、ごほ、ゴホッ、あ……」
一秒が一時間に感じるほど、時の流れが遅い。全身が痛くて熱くて苦しくて辛くて、頭がおかしくなりそうだった。
おかしくなった方が楽だろうと思えるくらい、地獄のような苦しみを味わい続けている。
「う、ぁ……ああ……」
時折意識が飛ぶものの、結局痛みで目が覚めてしまうのだ。
一思いに殺してくれと願いたくなるくらい、辛くて仕方ない。
(でも、こんなところで死ぬわけにはいかない)
私はまだ、イーサンに振り向いてもらえていないのだから。
そして何の根拠もないけれど、次にまた命を落としたとしても、今回のように再び人生をやり直せない気がしていた。
(イーサンに、会いたい)
こんな時でも思い出すのは彼のことばかりで、視界が揺れる。イーサンも私がいなくなったのに気付いてくれているだろうか。
先ほどのことを思い出し、彼に触れられた手首にそっと触れる。
「……っ……」
けれど再び耐えきれそうにない痛みに襲われ、きっとまた意識を失うと目を閉じた時だった。
耳をつんざくような爆発音が室内に響き、ぼやける視界の端でドアが吹き飛ぶ。
「アナ!」
そして聞こえてきた声に、私は自身の耳を疑った。
——だって、こんなにも私にとって都合の良いことばかり起こるわけがない。
イーサンが私を助けに来てくれて、もう一度「アナ」と呼んでくれるなんてありえない。
「アナ、どうかあと少しだけ耐えてください……!」
それでも、私のもとへ駆け寄ってきたイーサンは間違いなく本物で。
すぐに首元に?み付いたままの蛇の魔物を殺して引き?がすと、私の身体を抱き上げてくれた。
「……イー、サン……」
彼が助けに来てくれたことが嬉しくて安心して、涙が溢れる。
イーサンの顔も今はよく見えないけれど、きっと泣きそうな顔をしているんだと思った。
「絶対に、助けます」
大好きだったイーサンの温もりと香りに包まれ、ひどく安堵した私はそのまま意識を手放した。
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