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婚約破棄が目標です! 落ちぶれ令嬢ですがモフモフを愛でたいのでほっといてください

夏目みや / 著
一原ロコ / イラスト
ISBNコード 978-4-86669-625-6
定価 1,430円(税込)
発売日 2023/11/29
ジャンル フェアリーキスピュア

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内容紹介

モフモフたちの後押しを受けて、この窮地を乗り越えてみせます!
動物たちに愛される訳あり令嬢とツンデレ令息が織りなす、ワン&ニャンラブコメディ!
叔父一家に屋敷を乗っ取られ、結婚までさせられそうなアステル。こうなったら動物看護師だった前世の知識を使いペットサロンを開業して自立しよう! 支援者となってくれたのは侯爵家の嫡男ラウル。いかめしく威圧感たっぷりな彼は実はツンデレ。ブサかわ犬やお喋りオウム、お転婆にゃんこたちに囲まれるうち、あれ? モフモフにいじられて楽しそう? 動物たちの後押しで二人の距離は近づいていく。しかし従妹と婚約者が何かと邪魔をして!?

立ち読み

 そして舞踏会当日。
 まずは普段着のまま、フェンデル家に出向く。我が家にドレスが届けられ、舞踏会に出席すると知られるとレティが騒ぎだすからだ。自分も連れていけとわめくに決まっている。そして思い通りにならないと、私を妨害してくる。
 そんないつものパターンを回避すべく、普段の様子と変わらぬまま、何食わぬ顔で屋敷を出発した。
 もちろん、今日もドロシーを連れている。最近ではドロシーもすっかりフェンデル家が気に入っているのか、カゴを見せると自分から進んで入るようになった。きっとイスやピーターにモコ、皆に会いたいのだろう。
 フェンデル家に到着すると着替えの部屋に通される。
 フェンデル家の衣裳部屋はかなり広く、全身をチェックできる鏡面も大きい。
 使用人が三人がかりで私の着替えを手伝ってくれる。
「アステル様、素敵なドレスですわ」
 見せられたのは、光沢のきいた緑色の生地のドレス。手触りが柔らかくなめらかだ。
 フリルギャザーが素敵で、随所にホワイトのレースとビーズで花の刺?が施されている。
 鮮やかな色合いのドレスは高級感があり、華やかな印象に仕上がっている。
「このお色は、今の流行りですわ」
 メイドたちが口々に褒め称えてくれ、照れくさい。
 髪を結い上げてもらい、化粧を施す。鏡にうつる姿がまるで自分じゃないみたいだ。
「とてもお綺麗ですわ」
 ここまで綺麗に着飾ったのは人生で初めてかもしれない。
「ラウル様も驚くと思いますわ」
 そうかしら? 少しはマシになったと思ってくれたらいいのだけど——。
 彼の反応を見るのが怖いなと思いつつ、部屋を出る。
 ラウル様は先に階下で待っているはずだ。エントランスフロアに足を向けると、こちらに背を向けているラウル様が見えた。その肩にはピーターがとまり、羽を休めていた。
 ピーターってば、すっかりラウル様に慣れたわね。いつも肩に乗っているし。
 ドレスの裾が長く、踏みつけやしないかとヒヤヒヤする。
 ゆっくりと階段を下りていると、ラウル様がパッと振り返った。
 私を視界に入れ、顔を前に突き出し、凝視している。こんなに見つめられていると恥ずかしい。
 やがてサッと視線を逸らすと口元を手で覆った。ピーターが不思議そうに首を傾げている。
 慣れない正装だから、どこかおかしいのかしら。
 その時、ドレスの裾を踏んでしまう。
「あっ……!」
 あと数段で下り終えるところで、バランスを崩した。
 前のめりに倒れ込みそうになった時、フワッと石?の香りがした。
 広い胸にギュッと抱えられ、なんとか倒れずにすんだ。
 顔を上げるとラウル様が心配そうに見つめている。
「大丈夫か」
 今日のラウル様はいつもと違って髪を後ろに撫でつけている。大人の魅力を感じ、ドキドキする。
 礼を言いたくても緊張と気恥ずかしさで、とっさに声が出ない。口をパクパクさせ、自分でもわかるぐらい顔が真っ赤になっている。
 なにも言えずに固まってしまい、ラウル様も首から上が徐々に赤くなってきた。
 無言で?を染めあう私たち。
 ラウル様はグッと私の両肩を?むと、倒れ込んでいた私の体勢を整えた。
「き、気をつけるんだ」
「あ、ありがとうございます」
 そわそわして落ち着かず、恥ずかしくて、彼の顔が見られない。
 やがてラウル様は視線を横にずらしたまま、ボソッとつぶやいた。
「よく似合っている」
「えっ?」
「そのドレスだ」
 顎でグッとしゃくられて、褒められたのだとようやく気づいた。
「ありがとうございます。こんなに素敵なドレス」
「……アレだな」
 ラウル様は必死に言葉を選んでいるのだろうか。眉間に皺を寄せ、悩んでいる様子だ。
 なにを言われるのだろう。変に期待してドキドキしてしまう。
「まるでカナブンのようだ」
 言った途端、ラウル様の顔がパッと輝いた。
「カナブン……?」
 カナブンってアレだよな、緑色の光沢が鮮やかな虫。
 視線を下げ、ドレスの色をまじまじと確認する。言われてみれば、確かにカナブン色だわ。
 でもこれって、素直にお礼を言うべきなのかしら。悩むところだ。
 ラウル様が照れくさそうにしているところをみると、きっと彼なりに必死に言葉を選んでくれたのだろう。良い意味で受け取ろう。ポジティブに。
「ありがとうございます、嬉しいです」
「………………すぎるだろ」
 にっこり微笑むとサッと視線を逸らし、なにかをボソッとつぶやいた。
 その時、シャンデリアにとまり、羽を休めていたピーターが下りてきた。
「アステル、アステル!!」
「あら、ピーター」
 私の肩に止まったピーターは上機嫌で叫んだ。
「アステル、カワイスギルダロ」
「えっ?」
 パチパチと目を瞬かせる。ピーターったら、いきなりどうしたのだろう。
「アステル、カワイスギルダロ! カワイスギルダロ!!」
 連呼するピーターに微笑んだ。
「ありがとう」
 その時、ヌッと手が伸びてきたと思うと、ピーターの首がギュッと?まれた。
「なにを言っているんだ!! 黙らないと串焼きにするぞ」
 ラウル様は?を真っ赤に染めながら、こめかみを引きつらせている。なぜ、いつもよりムキになっているのだろう?
「ラウル、アホ——!」
 だが、ピーターも負けずに反論する。
 このままではらちが明かないと思い、ピーターをそっと撫でた。
「いい子だからお留守番していてね。ドロシーやイスやモコと待っていて」
 声をかけると理解したようで上機嫌に返答する。
「ピーター、オルスバン——!!」
 そして部屋に向かって飛びたった。
「あいつは……!! なぜああもお喋りなんだ」
 ピーターの飛び去る姿を見つめていたラウル様が口をへの字に曲げた。
「まあ、楽しくていいじゃないですか。毛も生えてきましたし」
 フェンデル家に来てからというもの、ピーターが自分で毛を抜く行為を見たことがない。きっとここの環境が彼にとって幸せなのだろう。
 ラウル様も時折ピーターと衝突し、串焼きにするだの言ってみたり、首を?んでみたりはするが、きちんとみずから世話を焼いている。
 一度、預かることを了承したら、決して見放さない人なのだ。
「次にピーターが無駄なお喋りをしたら、寝ているアレンの枕元に置いてきてやる」
 世話を焼いている……んだよね?
 そう思うことにした。
「では、行きましょうか」
 声をかけるとそっと腕を差し出された。エスコートしてくれるらしい。その腕に寄り添い、私たちは出発した。

 馬車に揺られてしばらくすると、会場となる屋敷が見えてきた。
 馬車を停め、外に出ると風が吹き、少しヒヤリとした。
「あっ、ラウル!!」
 はしゃいだ声が聞こえ、振り返る。
「やあ、アステル。ピーターは元気かな」
 アレン様はちょうど到着したばかりらしく、近寄ってきた。
「ああ、おかげさまでな。元気すぎて生意気でお喋り。お前にそっっっっくりだ」
「はははっ。元気でなによりさ。胸の毛は生えた?」
 ラウル様の嫌みも華麗にスルーを決めたアレン様が私に質問する。
「少しずつ生えてきたんですよ! それに、羽根を抜く姿は一度も見ていません」
「そりゃあ、良かったよ。やっぱりフェンデル家は環境がいいんだね」
 ホッとしたようでアレン様は胸を撫で下ろした。
「僕は寂しい思いをさせてしまったからさ。今ではフェンデル家でたくさん友人もできたようだし、ラウルというオモチャもいるし……」
「おい、誰がオモチャだ」
 すかさずツッコむが、アレン様は屈託ない笑みを浮かべるのみだ。
「もう行くぞ」
「あっ、もう少し待ってよ。レイモンドは先に着いているはず」
 言っている側から人影が見えた。
 レイモンド様は私たちに気づくと、軽く手を上げた。私の前に来て、にっこり微笑む。
「すごく綺麗な人がいると思ったらアステル嬢じゃないか。今日は特に素敵だよ」
 歯の浮くような台詞をサラッと口にできるのが、レイモンド様らしい。
「ありがとうございます」
「ラウルもアステル嬢のドレス姿を見て、ドキッとしたんじゃないか?」
 レイモンド様がバッとラウル様に視線を向けた。続いてアレン様も勢いよく、ラウル様に顔を向ける。二人の視線が集中し、ラウル様は口ごもる。
「いや、俺は……」
 先ほどまでの勢いはどこへやら。モゴモゴと口ごもる。なので私がすかさず口を挟んだ。
「ラウル様が準備してくださったのです」
 そう言うと彼らはラウル様を冷やかし始めた。
「やるねーラウル。流行りの光沢が入った緑のドレスを用意するなんて」
「ラウルにしてはセンスがいいじゃないか。あのラウルにしては」
 アレン様とレイモンド様はニヤニヤしている。
「おい、どういう意味だ」
「でもすごく似合っているよ、アステル。緑は癒しだよね。自然の草原のイメージ」
「ああ、爽やかな芽吹きをイメージする、アステル嬢にぴったりの色だ」
 口々に褒めてくれてくすぐったい。
「で、ラウルはどうなの? アステルのドレス姿を見て感想はないの?」
 アレン様に問われ、思わず口を挟んだ。
「ラウル様も似合っていると言ってくださいました。まるでカナブンのようだ、って」
「カナブン……」
「それは虫……」
 それまで微笑んでいた皆の空気が凍りつく。
「ラウル……それはないよ」
「ああ……ないな」
 レイモンド様とアレン様は憐れむ眼差しをラウル様に向ける。レイモンド様にいたっては手で顔を覆ってうつむき、深いため息をついた。
「もう少し、女性を褒める言葉を学ぼうか?」
「カナブンはないだろう、カナブンは」
 二人に責められ、ラウル様はわたわたとたじろぐ。だが、すぐに胸を張り、堂々と言い放つ。
「緑色に光り輝く羽を持つ、立派な褒め言葉だ。カナブンに失礼だろう」
「いやそれはむしろ、アステルに失礼だの間違いだろ」
 間髪を容れずにツッコむレイモンド様に深くうなずくアレン様。
 彼らのかけ合いは面白くて、笑いそうになる。
 ダメよ、笑っては……。
 そうは思ったが堪えきれず噴き出した途端、皆から視線を浴びる。
「すみません、楽しくて」
「アステル嬢……カナブンにたとえられて怒るどころか、笑うだなんて。君は本当に心が広い女性だ」
 レイモンド様も肩を震わせて必死に笑いを堪えていたが、ふと顔を上げて時計を確認した。
「さあ、そろそろ会場に行こう」
 レイモンド様の一言で、皆で会場に向かった。

 舞踏会の会場は高い天井にシャンデリアがきらめき、とても豪華だった。白を基調とした壁紙に、金の燭台が輝いていてまぶしいくらいだ。
 着飾った男女が談笑し、楽師たちの奏でる音楽でとても盛り上がっている。
「私はちょっと水を飲んできますね」
 先ほど、ひとしきり笑ったので喉が渇いた。皆に一言断りを入れ、その場を少し離れた。
 舞踏会は立食形式になっている。テーブルの上には豪華な食事が用意されていた。
 すぐさま水の入ったグラスを見つけて取ろうとすると、脇からサッと手が現れた。驚いて手を引くと、取ろうと思っていたグラスを手にした男性と目が合った。
 フワフワの癖っ毛、人懐っこそうな笑みを浮かべている。
 私と目が合うとにっこりと微笑んだ。
「はい、どうぞ。水を飲みたかったのでしょう?」
 差し出されたグラスをまじまじと見つめた。
 この人はわざわざ私にグラスを取って、手渡してくれたのかな?
「ありがとうございます」
 とりあえず礼を言う。この人なりの親切なのかもしれない。グラスを受け取り、ぐびぐびと水を飲み干す。その間、視線をずっと感じていたが、気にしないふりをした。
「すごい、いい飲みっぷりだね」
「喉が渇いていたので」
 やけに馴れ馴れしいが、この人は誰だろう。警戒しつつもチラチラと視線を投げていると、相手はにっこりと微笑む。
「僕はダンテ家のフェアラート。初めまして……だよね」
「はい、そうです」
 舞踏会の場にはあまり顔を出さなかったので、私のことを知っている人は少ないだろう。
「そうだよね、こんなに綺麗な人なら一度会えば忘れないもの。——君の名前をうかがっても?」
 いきなり聞かれたが、名乗らないと失礼にあたるだろう。だが、名乗りたくない。なんだか面倒なことになりそうだと本能が訴えている。あいまいに微笑する。笑ってかわしたいところだ。
「君との出会いを祝福して、一曲捧げてもいいかい?」
「えっ?」
 はいと言う前に、彼は両手を広げ、天を仰ぐ。
「君は舞踏会に現れた緑の妖精、孤独な僕の心を癒してくれる運命の出会い〜」
 唐突に始まった一人ミュージカルに、ポカンとして口を開ける。
 その緑の妖精って、私のことなの?
 でも、緑の妖精と比べると、まだカナブンの方がマシだ。
 なんなの、この人。一人でクルクル回って踊っている。変なクスリでもやっているのだろうか。
 スススとゆっくり後退したら、すかさず相手に気づかれた。
「どうしたの、グリーンフェアリー?」
「いえ、私はカナブンですので」
 グリーンフェアリーってなんだよ。
 どうやら私は、話が通じない相手に捕まったようだ。困惑するが、相手は始終笑顔だ。
「もう少し話さない? 出会った記念に——」
 近づいてくる彼に顔を引きつらせていたところで、肩が?まれる。
 そのままグッと引き寄せられ、私と彼の間に割り込んだ人物がいた。
「久しぶりだな、フェアラート」
「ラ、ラ、ラウル兄さ……いえ、ラウル様!!」
「お前は相変わらず、変わっていないな。いや、成長していないというべきか」
 面白いことに、男性が目に見えて狼狽した。視線をさまよわせ、?が引きつっている。ラウル様は全身で彼を威嚇している。
「私の連れになにか用か?」
「いえっ!! いえいえ!! 滅相もないです、失礼しました!! 自分は消えますので、舞踏会をお楽しみください」
 シュバッと敬礼のポーズを取ると、一目散にまるで逃げるようにこの場から消え去った。
 その後ろ姿を見送り、?然とする。
「大丈夫だったか?」
 少しだけ照れくさそうに首の後ろをかきながら、ラウル様が声をかけてくる。
「私は大丈夫ですけど……今の方は知り合いですか?」
 質問すると眉間に深く皺を刻み、ムッとした。どうやらあまり思い出したくない相手らしい。
「昔の知人だ」
 それ以降、むっつり押し黙ってしまった。よほど嫌な過去でもあるのかしら。
 なんとか気分を盛り上げようと、背伸びをして手を伸ばす。
 そっとラウル様の眉間に指をピタッとつけた。
「眉間に皺が寄っていますよ。そんな顔しているとイスもピーターも怖がりますよ」
 笑って、と付け加え、眉間をグリグリと指で押した。ラウル様はグッと言葉に詰まり、真っ赤になった。
 そこでハッと我に返る。
 私ったら、皆がいる場でなんてことを……!! どうしよう、今さらこの手、引っ込みがつかない。
「ラウル!!」
 困惑していると、ラウル様に背後からガバッと抱きついてきたのはアレン様だ。
「二人して仲良しじゃないか。額をグリグリされちゃってさ」
「ば、バカ!! なにを言っている」
「僕もラウルにグリグリやってあげよっかなー!!」
「やめろ」
 再び二人で盛り上がり始めたので、サッと手を引っ込める。アレン様が来てくださって助かった。
 ホッとしたところで強い視線を感じ、振り向いた。
 そこには私を真っすぐに見つめているセドリックがいた。両腕を組み、仁王立ちしている。
 いつからいたのだろう。
 唇を真一文字に結び、目を吊り上げている。
 手にしたワイングラスの中身を一気にグッと飲み干すと、私に向かって顎をしゃくった。
 こっちに来い、と視線で訴えているのだ。
 その仕草にカチンとくる。
 なんなのよ、言いたいことがあるなら、直接自分から来ればいいじゃない。
 ラウル様とアレン様が二人で盛り上がっている中、側を離れた。私が動くとセドリックは背を向けて歩き出した。ついて来いと言っているのだ。人に聞かれたくない話なのだろうか。
 ちょうどいい。自分の口から再び、はっきりと告げよう。
 あなたと婚約はしません、と——。


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