書籍詳細
乙女ゲームに転生したら、悪役令嬢が推しを攻略していました。仕方ないので諦めて自由に生きようと思います。
ISBNコード | 978-4-86669-634-8 |
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定価 | 1,430円(税込) |
発売日 | 2023/12/27 |
ジャンル | フェアリーキスピュア |
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電子配信書店
内容紹介
立ち読み
「あなたとはふたりきりで語り合いたかったの。だから誰も呼んでいない。……この意味、あなたなら分かるわよね?」
「……」
黙り込む。
初対面の私とふたりきりで話し合いたい理由なんて、思い当たる節はひとつしかなかった。
——やっぱり、ゲームとか転生とか、そっち系の話をするために私を呼んだ……?
ということは、彼女も私を転生者だと確信しているのだろう。
とはいえ、これらは全て私の推測でしかない。全く違う話という可能性だってゼロではないのだ。
——少なくとも自分から転生云々の話題を振るのはやめておこう……。
もし向こうが気づいていなかったら、自分から墓穴を掘ることになる。
それは嫌だ。
自分のスタンスについて考えていると、リリスが私を促した。
「さ、座ってちょうだい。あなたとは腰を据えてじっくり話したいから」
「……はい」
示された席に腰掛ける。
リリスは対面の席に座ると、優雅にティーカップを取り、一口飲んだ。
「あなたもどうぞ。人払いをしてあるから、お茶会が終わるまで、誰もここには近づかないわ。だから遠慮も要らない。お互い、正直なところを話しましょうよ」
「……正直なところ、ですか……」
「分かっているのでしょう? 私がどうして初対面なはずのあなたをここに招いたのか。分からないはずないわよね」
「……」
無言で、紅茶を飲んだ。
もう殆ど答えは出ていると思ったが、確証がないのに私から話すのは得策ではないと思ったのだ。
何も言わない私に業を煮やしたのか、リリスが「もう」と唇を尖らせる。
「警戒しているのかもしれないけれど、分かっているからその警戒は無駄よ。あなたも私と同じ、日本からの転生者なのでしょう? ねえ、ヒロイン役のローズベリー・テリントン?」
「私、は……」
軽く告げられ、息を呑む。
「言いづらいのなら、私から話してあげるわ。……私はね、十才の時に転生前の記憶を取り戻したの。その時にここがゲームの世界で、自分が悪役令嬢という役どころであることを知ったわ。好きなゲームの世界に転生できたのは嬉しかったけど、まさか悪役令嬢だなんて思わなかったから驚いちゃった。だってこのゲームって、悪役令嬢は大体どのルートでも死ぬでしょう?」
「……」
予測はしていたが、やはり彼女は私と同じ転生者だったようだ。
しかも十才という幼い頃に記憶を取り戻している。
悪役令嬢に転生したと知った彼女がどれほど絶望したか、リリスの口調から伝わってきた。
「私、死にたくないから頑張ったの。皆に嫌われないように生きようって。だって、大体攻略キャラに嫌われることで悪役令嬢ってひどい目に遭うでしょう? それを回避するには攻略キャラたちに好かれるのが一番。そう考えたわ」
実に真っ当な方法だ。
嫌われると死ぬから嫌われないようにする。私でも多分、その手段を選ぶだろう。
「攻略キャラは五人。そのうち、私が会ったのは三人よ。公爵のテレスに騎士団長のプラート。そして執事のミナート。ゲームが始まるのは先だけど、早くから行動を起こすことで、話を変えられる可能性に賭けた。そして私は勝ったの。ゲームが始まるはずの日、世界にはなんの変化も起こらなかった。ゲームは始まらなかったのよ……」
これまでどれだけの苦労をしてきたのだろうか。
語るリリスの顔には苦悩が滲んでいた。
「色々あったけど、こうして今に至っているの。……ローズベリー・テリントン。あなたも私と同じよね? 私と同じように転生した記憶がある。違うかしら」
「……そうよ」
敬語を取り払い、肯定を返した。
ここまで話を聞いて、私だけ何も言わないというのはフェアではないと思ったからだ。
私は彼女の目を見つめ、静かに口を開いた。
「私が転生に気づいたのは、つい最近。あなたたちが城でイチャイチャしているのを見て思い出したの。ゲームのヒロインに転生したってね。とは言っても、ゲームが始まらなかったのは少し考えれば分かる。だから今まで通り普通に生きていこうって決めたの。それだけ、なんだけど」
「……やっぱり転生者だったのね。私はね、前の夜会で気づいたの。あなたが転生者だって」
「前の夜会?」
「ほら、あなた、陛下にエスコートされてきたでしょ……」
「ああ……」
思い出し、頷く。悪いけど、言わせてもらった。
「それ、あなたにエスコート相手を取られたからなんだけど。あの日の私のエスコート相手はテレスだったのよ。それが当日になって急にキャンセルされて」
「え、そうなの? テレスからは『実は自分にはエスコート相手がいないのだ』って聞いていたんだけど、?だったのね」
「テレス……」
リリスに気を遣わせたくなかったゆえの方便だったのだろうが、テレスのやり方にちょっと眉が中央に寄った。幼馴染みだからといって、私のことを蔑ろにしすぎである。
溜息を吐いていると、リリスがおそるおそる話しかけてきた。
「ねえ」
「何?」
「その、私のことはどう思っているのかしら」
「あなたのこと? どういう意味?」
首を傾げる。リリスはソワソワと実に落ち着きのない様子だった。
「……私、悪役令嬢でしょ? その私が今、ここにいることについて、なんだけど」
「? 無事に生き延びて良かったわねって思っているけど。私だってゲームだからなんて理由で殺されたくないもの。あなたが無事、死の運命を免れたこと、喜ばしいと思うわ」
「本当に?」
「?を吐いてどうするのよ」
本気で分からず告げると、リリスはホッとしたように息を吐いた。
そうして笑う。まるで憑き物が落ちたかのような邪気のない笑顔だった。
「良かった。あなたは悪いヒロインじゃないのね」
「悪いヒロインって……」
「ほら、たまにいるじゃない。攻略キャラは全部自分のもので、現実とゲームの区別がついていないタイプ。一時期日本で流行ったでしょう? 悪役令嬢が主役で、それを邪魔するヒロインの話……」
「ああ、ライトノベルの悪役令嬢もの……」
彼女の言いたいことを察し、頷いた。
日本では、一時期『悪役令嬢』を主人公としたものが大いに流行ったのだ。そしてその場合ヒロインの扱いは、それこそ『悪役令嬢』のようになっていることが多かったのである。
「たまに、ヒロインが良い子の場合もあるけど、大体は『どうしてゲーム通りに進まないの!?』『美形は皆、私を取り合うのが当然でしょう!?』って癇癪を起こすようなタイプとして描かれることが多かったじゃない。……もしかしてあなたもそれかなって、少し考えていたの」
「……それは、くびり殺してやりたいと思うくらいには嫌なタイプの女ね」
「あなたは違うって?」
じっと私を見つめてくるリリスに、首を竦めて答えた。
「私は逆ハーレムに興味はないし、ゲームと現実を混ぜこぜにしたりもしない。さっきも言ったでしょう? 今まで通り暮らしたい。それが私の望み。そこに?はないわ」
「……そう」
「大体、逆ハーレムというのなら、それはあなたの方じゃない。テレスにプラート、そしてミナートもでしょう? 三人の男に現在進行形で取り合われている女性に疑われても、複雑な気持ちにしかならないんだけど?」
「そ、それは……!」
リリスがカッと?を赤らめる。
「し、仕方ないのよ。嫌われないようにしようと思ったら、どうしても……」
「別に責めてないし、あなたの好きにしたらいいんじゃない? でも、ミナートもなんてすごいわね。彼、確かあなたの義弟でしょう? この世界の法律的にはアリだけど、あなた自身もミナートと結ばれてOKだったりする?」
「そんなわけないでしょ! 私、ミナートだけはお断りなんだから!」
「おおっと」
思ったよりも強い否定が返ってきて驚いた。
リリスが己の身体を守るように抱きしめる。
「義理でも半分血が?がっているのよ? 無理、絶対に無理よ。倫理的にもあり得ない」
「……じゃあ、なんで惚れさせたの」
無理だと言うのなら、恋愛感情を抱かせなければよかったのに。
そう思いながら聞くと、リリスが項垂れながらも答えてくれた。
「思った以上にチョロかったのよ。私はただ、普通に接しただけなの。悪役令嬢リリスは、虐めることでミナートの恨みを買うでしょう? だから虐めないで普通にしようって。それだけなのに——」
「惚れられちゃったの?」
「……」
無言で頷くリリスに、さすがに気の毒な気持ちになった。
普通にしていて惚れられたのでは、どうしようもできないと思ったからだ。
「……可哀想」
「なんだったら、あなたにあげるわ」
「要らないわ。言ったでしょ。今更ヒロインをする気はないの」
せっかくヒロインをしなくて済んだのに、攻略キャラと恋愛などしたくない。
首を横に振って断ると「あなたが貰ってくれればよかったのに」とブツブツ言われた。
「そう言われてもね。そもそもミナートは私の推しではないし」
「あ、それ。聞きたかったの。あなたの推しって誰?」
「え……それ、聞く?」
「聞きたいに決まってるじゃない!」
弾んだ声で言われてしまった。
話の流れ的にも誤魔化せないと悟った私は、仕方なく口を開いた。
「……騎士団長よ」
「え、プラート?」
「……そう。爽やか敬語キャラが性癖なの」
こくりと頷く。
途端、リリスが申し訳なさそうな顔になった。
「ごめんなさい。私、あなたの推しだなんて知らなくて……」
自分が攻略してしまったも同然のことを言っているのだろう。私は慌てて否定した。
「謝らないで。大丈夫だから。私、推しは応援したいタイプで、恋愛感情は持っていないから」
「……そうなの?」
「ええ。確かに、ゲームが始まるのならプラートを選んだとは思うけど、現実はそんなことにはならなかったし、何より彼はあなたのことが好きみたいだもの。それを今更どうこうしようって気持ちはないわ。私、推しの幸せを願えるタイプのオタクだったから」
「そう……良かった」
リリスがホッと胸を撫で下ろす。そうして顔を上げると「私はね、国王陛下が推しなの」と告げた。
「え、国王陛下? まさかの攻略キャラ以外!?」
予想外すぎる言葉に驚きを隠せない。リリスは頷き「日本に生きていた時も、国王ルート実装をメーカーに何度もお願いしていたくらいなの」と言った。
「彼、本当に私の好みで。どうして攻略キャラじゃないのか、本当は隠しキャラで、どこかに彼に至れるルートがあるんじゃないかと、必死で探したもの」
「……当時、そういう人が多かったって話は知ってるわ」
それが、まさか目の前にいる人物だとは思わなかったけど。
世間は広いようで狭いものだと実感した。
「そっか……陛下が推しなの……」
「ええ、それでね。さっきの話に戻るのだけれど」
「戻る?」
なんの話だ。
本気で分からず、首を傾げる。
リリスはカッと目を見開き、私に言った。
「陛下は私が狙っているのに、なんで夜会で踊っているのよ!! あれを見た時は、本気で血の涙が出たかと思ったんだからね!」
鬼気迫る勢いに気圧されながらも、私はどうどうと彼女を宥めた。
「いや……だから……それは、エスコート相手がいなくなったからだって言ったじゃない」
「馬鹿にしないで! それくらいで陛下が、エスコート役を買って出て下さるものですか! エスコート相手がいないなんて理由で一緒に踊ってくれるのなら、私だってひとりで夜会に出るわよ!」
「は、はあ……」
顔が怖い。彼女がギロリと私を睨みつけてくる。
「あなたと踊っている時の陛下、すごく楽しそうだったし。あんな顔、今まで見たことなかったわ。それで気づいたのよ。ゲームとも全く違う行動を取るヒロイン。あなたも転生者なんじゃないかって……」
「す、すごいこじつけ。ゲームは始まらなかったんだから、違う行動を取ったとしたって普通なのに」
「うるさいわね。結果的に合っていたんだからいいじゃない!」
「雑だなあ」
どうして転生者だとバレたのだろうと思ったら、すごく強引なこじつけだった。
それで当ててくるのが怖すぎる。
「陛下は近いうちに私が攻略しようと思っていたのに! だってここはゲームでも現実でしょう!? 憂いをなくしたら本格的に頑張ろうって考えていたのに、まさかのあなたが!!」
口調から、どうやら彼女がガチ恋勢であることが分かった。
ゲームでは攻略できなかった国王を、この現実の世界では攻略しようと考えていたのだ。
彼女に敵視されるのはごめんなので、必死に告げる。
「わ、私、彼を攻略する気なんて」
「?! ばっちり、がっつり攻略していたじゃない! さすがはヒロイン様よね!!」
「……あ、あのね、三人攻略している人に言われたくないんだけど」
「してないわよ! まだ、誰ともエンディングは迎えてない!」
「え、逆ハーレムルートでは……?」
「違うわよ!! というか、逆ハールートなんてないでしょ!」
力強く否定されてしまった。でも、そうか、違うのか。
そのわりには、どの男性たちもリリスのことを本気で好いているような気がしたけれど。
最早、手遅れのように私には見えたが、彼女曰く違うらしい。
「私、死なないように、嫌われないようにって必死に攻略キャラたちと交流を持っていたから、陛下とは殆ど話したことがないの。でも、ようやく殺されないで済みそうだと確信できたタイミングで、あなたが陛下の隣にいるんだもの! あれを見た私の絶望が分かる?」
「……だから、それは私の意思ではなかったのだけれど」
「うるさいわね! 羨ましいのよ! 私は推しが自分以外と仲良くしているのが許せないタイプなんだから!」
「ええ……」
彼女の目は爛々と光っており、本気で言っているのが伝わってくる。
なるほど。夜会の時、リリスに睨まれたのはこのせいか。
理解はできたが、これで今、私が国王から求愛されていることを知れば、何を言われるか分かったものではなかった。
——だ、黙っていよう……。
誠実ではないかもしれないが、怖いのだ。
私の方に国王と結ばれる気はないので、許して欲しい。
彼女を宥めるように口を開いた。
「で、でも、陛下はもう少ししたら、結婚イベがあるでしょう? ほら、あの隣国から妃を迎える話。ゲームが始まっていなくても情勢的に妃を迎えるのは確実だと思うから、今、私と仲が良いように見えても、私が彼とどうにかなることはないと思う」
「……そのイベントは確かに知っているけど」
ムッと口を尖らせたが、私に対する悋気は少し収めてくれたようだ。正直、嫉妬に燃えるリリスは怖いので、あまり彼女を怒らせたくない。
なんとか落ち着いてくれないかと思っていると、彼女は忌々しげに言った。
「ゲームではないんだもの。結婚イベなんてブチ壊してしまえばいいのよ」
「うわ……」
「私と彼の幸せを阻むものは許さない。結婚なんてさせるものですか」
声の端々から彼女の本気が伝わってきて怖い。
さすが死のルートをことごとく躱し、生き残ってきた猛者である。貫禄が違いすぎる。
私はどうどうと彼女を宥めた。
「お、落ち着いて。で、でもほら、国王の結婚って軍事同盟を結ぶのが目的でしょ? 同盟が結ばれなければ戦争で負けるし、結婚させないっていうのは難しいと思うけど」
落ち着かせるように考えを告げる。彼女はとても不服そうな顔をした。
「そう? なんとでもなるんじゃない?」
「ならないって。それにあの方、国益になる結婚をやめるなんてことはしないと思う。国のために己を殺せるタイプだし」
ゲームでも現実でも、彼はそういう人だ。
普段は軽いノリだが、仕事のことになると真面目だし、心から国のことを案じ、平和になるよう考えているのは間違いない。
「そうね……まあ、それはその通りだわ」
渋々ではあるが、リリスも同意した。ほんのり?を染めながら言う。
「そういうところも推しポイントのひとつでもあるしね。でも、確認させて? あなた、本当に陛下を攻略する気はないのね?」
「も、もちろん」
目が怖い。
視線だけで人を殺せるのではないかと思いつつも頷くと、彼女は「それならまあ」とようやく溜飲を下げてくれた。
「……正直、ゲーム通りに進むっていうのは、ギリギリ我慢できるのよ。でも、私と同じ転生者であるあなたとくっつくのだけは駄目。だって転生者なら私がいるでしょう? 誰よりも彼を愛し、求めている私が。彼は私と結ばれるべきなのよ」
「そ、そうね」
間違いなく本気で言っている。
だって、目がこの上なく真剣だから。
——これがガチ恋勢……。
彼女を見ていると、私など単なるエンジョイ勢でしかないのがよく分かる。
私は怯えつつもお茶会を終え、彼女の屋敷を後にした。
この続きは「乙女ゲームに転生したら、悪役令嬢が推しを攻略していました。仕方ないので諦めて自由に生きようと思います。」でお楽しみください♪