書籍詳細
最下位魔女の私が、何故か一位の騎士様に選ばれまして1
ISBNコード | 978-4-86669-641-6 |
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定価 | 1,430円(税込) |
発売日 | 2024/01/29 |
ジャンル | フェアリーキスピュア |
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内容紹介
立ち読み
「お待ちください!!」
(——っ!!)
その声の正体に気づいたリタは、思わずその場で硬直する。
案の定——ランスロットが駆け寄ってきた。
「やはり……ヴィクトリア様……」
(あああっ……!)
ランスロットは倒れた巨木と土壁に覆われた図書館を見て、すぐに状況を理解する。
「もしや、これはあなたが?」
「ええと、まあ、その……」
「ありがとうございます! あの、ところでこっちに魔女候補が来ませんでしたか? 茶髪で小柄で、なんかいつもあわあわしている感じの」
(いつもあわあわってなによ!)
思わず言い返したくなったが、リタはすっと明後日の方向を指し示した。
気持ち、声のトーンだけ落としてみる。
「彼女なら、教師を呼びにあっちに行ったわ」
「そう……ですか。……良かった、てっきり一人で無茶しているのかと」
(ううむ……鋭い)
でもなんだか胸の奥が温かくなり、リタはつい口元をほころばせてしまう。
するとランスロットが勢いよく頭を下げた。
「あ、あの! せ、先日は大変、失礼いたしました……」
「えっ?」
「突然、あなた様の手を握るなど騎士の——いえ、紳士としての風上にも置けぬ行為でした。本当に申し訳ございません」
「い、いえ、別に……」
「憧れのヴィクトリア様にお会いできたことに感激して、つい我を忘れてしまいました。そのうえあのような、み、身の丈に合わぬ申し出までしてしまい……」
(うう、調子が狂う……)
普段の自信満々、余裕綽々ぶりはどこへやら。
まるではじめて異性をダンスに誘う少年のように、耳の先まで真っ赤にしているランスロットの姿を見て、リタは若干の罪悪感を覚えてしまう。
「あの時のことはどうかいったん、お忘れください。……騎士見習いの自分にはあまりに過ぎた願いであったと深く、深く反省しております」
彼なりに、いきなりのプロポーズは思うところがあったのだろう。
どうやら前回のようにはならなそうだ——と安堵するのもつかの間、ランスロットはまるで騎士が忠誠を誓うかのように胸に手を当て、リタの前に恭しくひざまずいた。
「名乗り遅れました。ぼくはランスロット・バートレットと申します。生まれたその瞬間から、あなたの騎士となることを目指してきた男です」
「は、はあ……」
(三歳からさらにさかのぼってる……)
ゆっくりと顔を上げ、握手を求めるかのようにリタに向かってまっすぐ手を差し出す。
その体勢のまま、とんでもないことを口にした。
「よくよく考えてみれば、出会ったその日に結婚を申し込むというのは、あまりに不誠実すぎました。ですのでまずは、ぼくとデートしていただけないでしょうか!? そうしてお互いのことを知ったうえであらためて、プロポーズをする機会をいただきたく!!」
「だからなんで!?」
さっきの反省どこ行った、と言いたくなるのをぐっと堪え——。
きらきらした瞳で見つめてくるランスロットを前に、リタは自らの?がひくひくと引きつっているのをはっきりと感じ取っていた。
件の合同授業のあと、ローラはすぐに医務室へと運ばれた。
がむしゃらに拳を振るったせいで、彼女の腕や手の筋繊維はずたずたになっていたらしい。そのうえ炎の効果付与による熱傷が激しく、しばらく治療が必要となった。
当初はローラによるパートナーへの暴行傷害、器物破損、および危険魔法の使用(炎の効果付与は調整が難しいため、直接人体にしてはならないとされている)のみが問題視されていたが、ランスロットが「騎士候補が先に暴力を振るった」と証言。
さらにローラの体から多数の傷やあざが見つかったことで、騎士候補が日常的に暴力行為を働いていたことが判明。教師陣と倫理委員会が一時騒然となった。
結果、パートナーの騎士候補は退学。
ローラは被害者であったということもあり、二週間の謹慎を言い渡されたのだった——。
翌日、昼休み。
リタは裏庭に呼び出されていた。
目の前にいるのは、珍しく深刻な面持ちのランスロット。
「——で、どうすればいいと思う?」
(知らんがな……)
真剣な表情のランスロットを前に、リタは「帰りたい」と切に思った。
冬が近づいてきたためか、ローブを羽織っていても少し肌寒い。
「頼むから真剣に考えてくれ! このデートが俺の一生を左右するかもしれないんだぞ!」
「いやまあ、普通でいいんじゃないですかね……」
「馬鹿、相手はあの、伝説の魔女ヴィクトリア様だぞ!? ありきたりで凡庸なデートなんかして、つまらない男だと思われたらどうする!」
(この時点でだいぶ面白い人になってますけどね……)
騎士科成績一位の超・優等生。類まれなる美貌に人並外れた運動神経。
真面目で努力を惜しまない勤勉な性格。おまけに次期公爵。軍神エルディスの化身かと称賛される彼が——このざまである。
(リーディアが見たら、ショックで寝込むんじゃないかしら……)
相談の内容はほかでもない。ヴィクトリアとのデートだ。
もう二度と、絶対に、何があってもランスロットの前に素の姿で現れないと誓っていたのに、まさに最悪のタイミングで見つかってしまった。
(逃げようとしたら、メモだけ押しつけられるし……)
今もリタのポケットには、ランスロットが書いた『エルディスの月、第二休養日、午前九時、王都の大噴水の前でお待ちしております(いつまでも)』という紙がしまわれている。
「王都観光がやはり定石か? しかしヴィクトリア様は長く王宮に住まわれていたから、すでにあらかた行き尽くしているかもしれないな……。ならばどこか景色の良い——ケイガンダル雪原かラーシア砂漠はどうだろう? あと少々時間はかかるが、国境沿いにあるムソンの湖もいいかもしれん。馬車で片道二週間ほどかかるが」
(どこまで連れてく気!?)
まさか泊まりがけのデートを想定しているとは思わなかった。
本気で準備し始めたらまずいと、リタはさりげなく方向転換を図る。
「で、でも魔女様は以前、自分のことを秘密にしてほしいって言ってましたよね? 王都巡りとか馬車での長距離移動は目立ってしまうのでは……」
「む。そうか」
「そもそも来るか分かりませんけど、ご自宅に招いてこっそりくらいの方がいいんじゃないですかね? 来るか分かりませんけど」
「自宅? 俺の家か」
「は、はい。それがいちばん、人目に触れる機会は少ないかなって」
元より行くつもりはないのだが、と言いたくなるのをぐっと堪え、リタは笑顔で提案する。
ランスロットはしばし悩んでいるようだったが、ようやく「一理ある」と頷いた。
「確かに、あまり長い時間お連れして疲れさせるのは良くないだろうからな」
「うんうん」
「しかし実家か……。ヴィクトリア様に楽しんでいただくには、最低でも宮廷料理人を招いてのフルコース、同時に宮廷音楽家による演奏会は必須だな……」
「うん?」
「名うての画家を呼んで、ヴィクトリア様の肖像画を描かせるのはどうだ? いや、しかし人目をはばかっていらっしゃるのにそういったことは……。最近人気のある劇作家に脚本を書かせ、舞台役者を招いて演じさせるというのもあるな。ふむ、その場合はヒロインをヴィクトリア様の当て書きにさせて、俺が騎士役というのも——」
(や、やめてー!!)
ふふふと怪しい笑いを浮かべるランスロットに対し、リタはぶんぶんと首を振る。
するとランスロットが、リタの着ていたローブにふと目を留めた。
「そういえばそのローブ、学校指定のだよな?」
「え? う、うん」
「……。ヴィクトリア様がまとわれていたものと、すごく似ている気が……」
(ま、まずい……!!)
前回は運良く気づかれなかったが、今回はランスロットがちょっと冷静(?)だったせいか、顔以外の部分も観察する余裕があったらしい。
「きっ、気のせいじゃないですかね!? ほら、先生方も似たようなのを着ているし、そんなに特殊な形でもないですし!」
「……確かに。まあ、もう少し丈が短かった気もするしな」
(それは身長をいじっているからです……)
だがランスロットの疑惑は止まらず、さらに「ん?」と眉根を寄せる。
「それに今考えれば、声がお前にすごく似ていた気がする」
「ソンナコトナイトオモイマスケドー」
「どっから出してんだその声」
(うっ……声帯は呪文に必要だから変えられない……)
意外と鋭いランスロットの指摘に対し、リタは適当な理屈を持ち出した。
「ほら、世界には自分と同じ顔の人が三人はいると言いますし。声なんて骨格が似ていれば、多少は近くなると思いますけど」
「骨格……」
するとランスロットは、突然むぎゅっとリタの両?を?んだ。
驚きで言葉も出ないリタをよそに、そのまま真顔でふにふにと指先を押し動かす。
「…………」
(は、恥ずかしいんですけどー!?)
やがてランスロットは「フッ」と口の端に笑みを浮かべて手を離した。
「確かにな。俺から言い出してなんだが……どう考えてもお前と、あの美しく聡明なヴィクトリア様が似ているはずがなかった」
(こ、こいつー!)
今すぐ変身解いてヴィクトリアになってやろうか!? という憤りを抑えつつ、とりあえず正体がバレることはなさそうだとリタは安堵する。
それにしても普段は色々と洞察力に長けたランスロットなのに、どうしてヴィクトリアのこととなると途端にポンコツになるのだろうか。
ようやく納得したのか、ランスロットがいつになく爽やかに礼を言った。
「やはり、女性の意見を聞いておいて正解だったな」
「は、はあ……」
「ちなみに参考として聞きたいんだが、お前が今まででいちばん楽しかったデートはどんなものだったんだ?」
まさかの質問に、リタは「はあっ!?」と声を裏返す。
「そ、そんなの、どうだっていいじゃないですか!」
「俺はそもそもデートの経験がないからな。女性側がどういったことを喜び、どういったことを嫌がるのかを知っておきたい」
「したことないんですか!? デート……」
「ああ。騎士になるための鍛錬が忙しくて、そんな時間はなかったからな」
(い、意外……。いや、でも逆にそれっぽいか……)
ランスロットの無言の圧に押され、リタは「うむむ」と眉根を寄せる。
だが思い出されるのは、苦い失恋の思い出ばかりだ。
「じ、実は私もなくて……」
「そうなのか? でも好きな奴くらいはいたんだろ?」
「それはいましたけど……」
彼のことを思うと、今でも胸の奥がずきずきと痛む。
もう——三百八十年も前のことなのに。
「振られたんです、私」
「…………」
「その人のことが好きで、なんとか役に立ちたくて、この先もずっと一緒にいられるように頑張ってました。でもその人は突然現れた他の女性を好きになってしまって——だからデートなんて、したことないです」
リタの告白を聞き、ランスロットは返事に窮しているようだった。
だがこくりと唾を飲み込むと、慎重に言葉を発する。
「その……悪かったな。軽率に聞いて」
「……いいえ。もう、ずっと昔のことなので」
「どれだけ時間が経ったかは関係ない。重要なのは……そのことで今もまだ、お前が傷ついているということだ」
「……!」
その言葉にリタは思わず顔を上げる。
ランスロットの青い瞳が、まっすぐこちらを見つめていた。
「俺が言ってもなんの慰めにもならないと思うが……。もし俺が、その好きな奴だったら——きっとお前の方を選ぶと思う」
「えっ?」
「だってその、振られるまではずっとそいつと一緒にいたんだろう? 一生懸命、自分なりに努力して……。俺なら絶対気づくし、いつも傍にいてくれたお前を大切にしたい——と思うだろうから……」
ぱりん、と胸の奥で何かが割れる音がした。
同時にリタの目から、大量の涙がぼろぼろと溢れ出す。
(どうして……そんなこと、言ってくれるの……?)
仕方なかった。意味なんてなかった。どうしようもなかった。
伝説の魔女だなんだと褒めそやされても、好きな人一人振り向かせられない自分が惨めで、ひたすらに尽くしたことが馬鹿みたいで、情けなかった。
でも誰かを恨みたいわけでもなかった。
それなのに。
どうして今になって、そんな、優しいこと——。
「……ヴヴ……」
「リタ!?」
突然泣き出したリタに気づき、ランスロットがぎょっとする。
目に見えて取り乱すと、リタの前でおろおろと両手を上げた。
「す、すまん! 俺が悪かった! もう何も聞かないから!」
「ぞ、ぞうじゃなぐでぇ……」
リタも必死に堪えようとするが、いっこうに涙が収まらない。
ぐすっと洟をすするその背中を、ランスロットがよしよしと撫でてくれた。
その手のひらの温かさに、リタはふと昔のことを思い出す。
(そういえば……前にも誰か、こんなふうに……)
『——ぼくなら、ずっと一緒にいた相手を選びます』
『だから——』
時刻は夜。焚火の前。
橙色の炎に照らされた顔と、足元で揺れる小さな光の環。
(……誰、だっけ……?)
続く言葉が思い出せず、リタは結局またみっともなく泣き崩れるのだった。
◇
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