書籍詳細
バッドエンド回避のため、愛する前世の夫から逃げ回っています
ISBNコード | 978-4-86669-640-9 |
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定価 | 1,430円(税込) |
発売日 | 2024/01/29 |
ジャンル | フェアリーキスピュア |
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電子配信書店
内容紹介
立ち読み
「ジュリエッタさん、今日は告解室に入っていただけますか?」
「わかりました」
告解室というのは、信者が赦しを乞う秘跡の間だ。
ひとつの部屋が壁一枚で隔てられ、小さな窓で繫がっている。窓は位置的に顔が見えないようになっており、見えるのは胸元から下のみだ。
片方に信者が、もう片方に聖職関係者が入る。
通常、告解室には教会の責任者が入るのだが、フェニーチェ修道院は人手不足。
特に今日は結婚式が三件も入っているので、院長は大忙し。シスター・ボーナも子ども達の世話があるため、私に任されたわけだ。
告解室で話を聞くというのは、神に信者の声を届ける大切な仕事である。見習いの私が入っていいのかとも思うが、ここの院長先生はいい意味で大らかというか、適当というか、とにかく世渡り上手だ。
誰が告解室に入ろうと、神様は平等に話を聞いてくださる、というのが彼の言い分であった。
ばあやにはシスター・ボーナの手伝いをするように頼み、私はひとりで告解室の中へと入った。
誰もいない間は、本を読んでいいと言われている。告解室のテーブルの下には聖書ではなく、冒険ものや恋愛ものなど、多岐にわたる本が揃えられていた。これらも、院長の趣味だという。
どうせ、礼拝の日以外は誰もやってこないだろう。
そう思って本を手に取ったのに、腰かけた瞬間、信者側の扉が開いた。
「――誰か、いるだろうか?」
声を耳にした瞬間、跳び上がるほど驚いた。
なぜかと言えば、声の主はバルトロマイだったから。
低いけれど、聞きやすい品のある声と話し方。
前世から変わらない彼の特徴を、聞き間違えるわけがない。
「いないのか?」
「お、おります」
返事をしたのと同時に、バルトロマイは用意してあった椅子に座ったようだ。
モンテッキ家を象徴するような深紅の騎士服が、窓を通して見える。
惚れ惚れするほどの立派な胸板だけが、私の視界に飛び込んだ。
ああ、神よ。なぜ、彼を私の前によこしてくれたのか――。
至近距離にいるだけで、くらくらと目眩を覚えそうだ。
「相談事があるのだが」
「好き!!」
「ん? 今、なんと言った?」
「な、なんでしょうか、と言いました!!」
危ない。声を聞いただけで、好意が爆発してしまった。
落ち着け、落ち着けと心の中で繰り返す。
まず気になったのは、皇帝派であるモンテッキ家のバルトロマイが、教皇の息がかかった教会になぜ足を運んできたのか、という点である。
「あの、あなた様はモンテッキ家の御方ですよね?」
「そうだが、なぜわかった?」
「いえ、その、お召し物が赤だったので」
「ああ、そうだったな。もしや、立ち入りが禁止されていたのか?」
「いいえ、いいえ、どなたでも大歓迎です!」
「歓迎?」
罪を告白する部屋なので、歓迎という言い方はおかしかっただろう。
彼を前にして、私は酷く舞い上がっているのだ。少し落ち着かなければならない。
ごほんごほんと咳払いし、心を落ち着かせる。
開き直って、院長の言葉をそのまま伝えた。
「神様は分け隔てなく、どんな方の声であろうと聞き入れてくださいます」
「そうか」
なんでもバルトロマイは、友人の結婚式に参列するために、ここへやってきたらしい。
皇帝派の者達は教会で結婚式をせず、街のいたる所にある聖堂で結婚式をする。だが、客としての参列だけであれば教会に出向くこともある。
どうやらバルトロマイには教皇派の友人がいるようだ。前世では、私以外の教皇派を酷く嫌っていたのだが。
彼自身も、すべてが前世と同じとは限らないのかもしれない。
結婚式は一時間半後である。早く来すぎたので、暇つぶしに告解室へやってきたのだろう。
せっかちなところは、相変わらずだ。
「それで、お話とは?」
「なんと説明していいのかわからないのだが――」
バルトロマイは落ち着いた声で話し始める。
「俺は生まれてから、必要なものはすべて両親からもたらされ、十分なくらいの教育を受けた。それなのに、心の奥底で、何かを熱望するような〝渇き〟を覚える瞬間がある。その感情は抱いてはいけない罪のようで、感じるたびに罪悪感が湧き上がり、どうしたらいいのかわからなくなる」
ときおり、我慢できないほど欲するあまり、物に当たってしまうようだ。
「今日も、無意識のうちに扉を破壊してしまった」
「まあ!」
ありあまるような腕力も、前世と変わらないようだ。
元夫も怪力の持ち主で、意識して動かないと、この世のものというものをことごとく壊してしまう。
うっかり馬車のステップを踏み壊したり、テーブルを叩いただけでヒビが入ったり、着替えの際に上着を破ってしまったりと、そういうことが日常茶飯事だったのだ。
それも今思い返せば、愛おしく思えるのだから不思議だ。
と、幸せに浸っている場合ではない。彼の話を聞かなければ。
「その……何か思い通りにならず、悩んでいるのですか?」
「思い通りにならない? そんなことはないはずだが」
たしかにバルトロマイはモンテッキ家の嫡男として生まれ、何不自由なく育てられた。
実力を見込まれて、皇帝を守護する近衛騎士隊の一員としても選ばれたと言う。
未来有望としか言いようがない彼には、手に入らないものなどないのだろう。
「最悪、何を欲しているのか、わからなくてもいい。せめて、心を落ち着かせる方法だけでも知りたい」
何かあるだろうか、と聞かれ、すぐにピンと思いつく。
「絵を描いてみるのはいかがでしょうか?」
前世で、夫は絵を描くことを趣味にしていた。家族からは絵を描くなどくだらない、と言われて筆を折ったのだが、画家顔負けの腕前だったのだ。
ふたりで密会しているとき、元夫は私の絵を描いてくれた。
そんなときの彼は穏やかになり、とても静かだったのを思い出す。
きっと、絵を描くことで彼の心に安寧が訪れていたのだろう。
今世でも、もしかしたらこっそり絵を描いていたのかもしれない。そう思って提案してみたのだが、想定外の反応だった。
「絵? この俺が?」
「は、はい」
「絵など、一度も描いたことがないのだが」
「な、なんですって!?」
上流階級に生まれた者ならば、芸術の一環として絵を習う。それなのに、バルトロマイは生まれてこの方、筆を握ったことがないらしい。
「家庭教師から習わなかったのですか?」
「ああ、まったく」
派遣される家庭教師が前世と別人であれば、授業内容も変わってしまうのかもしれない。
ここで私は気付いてしまう。
バルトロマイには前世の記憶などないようだ。
あったら、絵を描いたことがないなんて、言うはずがない。
それに、返された言葉のニュアンスから、絵を描いて心を落ち着かせるなんてありえない、とも言っているような気がした。
ただ、それだけで諦める私ではなかった。彼にとって、絵を描くという行為はパズルの欠けたピースに違いない。そう信じて訴える。
「でしたら、騙されたと思って、一度、絵画に挑戦してみてくださいませ! きっと、心が落ち着くでしょうから!」
「そこまで言うのならば……わかった」
意外や意外。バルトロマイは私の意見を静かに受け入れてくれた。
「その、絵というのは、いったいどんなものを描くんだ?」
「絵に決まりはございません。好きなものを、なんでも描けばいいのです」
「好きなもの、か……」
バルトロマイが今、何が好きなのか猛烈に気になる。
けれども、これ以上関わることは危険だろう。
そろそろお開きにしよう。そう思って、締めの言葉を口にする。
「あなたに、神からのご加護がありますように」
「感謝する」
バルトロマイは立ち上がると、颯爽と去って行った。
パタン、と扉が閉まる音が聞こえると、盛大なため息が零れる。
まさか、バルトロマイがやってくるなんて、誰が想像しただろうか。心臓が口から飛び出てくるかと思った。
はあ、はあと息を整えていたら、テーブルの上にぽた、ぽたと水滴が落ちる。
至近距離でバルトロマイに会った影響で、涙でも流してしまったのか。
そう思っていたのだが――違った。
真っ赤な水滴は、間違いなく鼻血だろう。
「わ、わたくしったら、なんてことを!!」
慌ててハンカチで拭き取り、止血して、事なきを得た。
バルトロマイの過剰摂取で、体が異常をきたしてしまったのだ。
十八年もの間、好きな人を絶っている状態だったので、無意識のうちにとてつもなく興奮していたのかもしれない。
知らぬ間に、私は恐ろしい体質になっていたようだ。
鼻血が止まってホッとしたのも束の間のこと。想定外の訪問者が現れる。
『――よう、ジュリエッタ』
花瓶に太陽光が当たってできた影がうごめき、真っ黒いウサギの姿が浮かび上がる。
「アヴァリツィア!? あなた、どうしてここに!?」
『お前が悪行を働いたから、出ることができたんだ』
「なっ――!」
見た目はかわいいウサギなのに、声は老人のようにしゃがれている。おまけに、額からは角が生えているのだ。
彼はただのウサギではない。カプレーティ家の者に代々取り憑く悪魔の一体である。
悪魔は全部で七体存在するらしい。
そして私にはこの〝アヴァリツィア〟という名の悪魔が取り憑いているのだ。
彼は私が行った悪行を糧とし、こうして姿を現す。
「わたくし、なんにもしておりませんけれど!」
『悪行を働いただろうが。鼻血を垂らすほど、若い男に執着を見せるなんて、みっともないったらないぜ』
「そ、それは……!」
たしかに、『元夫の幸せを願う会』を発足したのにうっかり出会ってしまい、興奮して鼻血を流すなど、はしたないとしか言いようがない。
「それにしても、ここは神聖な教会だというのに、あなたはどうして平気ですの?」
『言われてみればそうだな。普通の教会は息苦しくてたまらなくなるのだが……。まあ、それにも勝るほど、お前が悪行に関わろうとする力が強かったってことだな。さすが、カプレーティ家の娘だ』
褒められてもぜんぜん嬉しくない。
それよりも誰かに悪魔の気配を悟られたら大変だ。アヴァリツィアをはたきで追い払う。
「ここから出ておいきなさい!」
『おい、バカ! 暴力反対!』
「容赦しません!」
アヴァリツィアはしばし抵抗していたが、埃を払うように連続で叩くと消えていなくなる。
ホッと胸をなで下ろしたのは言うまでもない。
◇◇◇◇◇
「ばあや、あれはなんですの?」
「勝利を捧げる“愛の誓い”ですよ」
騎士が結婚を申し込むときや、妻や家族に愛する気持ちを伝えるときにするものだという。勝負に勝ったら、愛が本物だというわけだ。
その騎士は見事に勝ち、想いを寄せる女性の名を叫んでいた。
「リア・マセッティ、どうか私と結婚してください」
それを聞いてばあやが耳打ちしてくれる。
ここで立ち上がって手を振り返したら、晴れて両想いとなるわけだ。
リア・マセッティと呼ばれた女性はすぐに立ち上がり、手を振っていた。
会場内は温かい拍手に包まれる。
「馬上槍試合にはこういう場面もあるのですね」
「ええ、そうなんです。恋人や婚約者が参加する女性は、愛の告白があるのではないか、とドキドキしているそうですよ」
ご令嬢方が馬上槍試合を楽しみにしていた理由を、今になって知ったわけだ。
早く終わってくれ、と内心思っているところに、バルトロマイが登場した。
相手は一度勝ち抜いた、彼よりも体が大きなモンテッキ家の騎士である。
勝利を確信しているのか、その騎士も愛の誓いの恰好を取っていた。
客席にいる派手な出で立ちの女性が立ち上がって、ぶんぶんと手を振っている。
反応を返すには早すぎるのではないか。なんて思っていたら、彼女の髪を引っ張るご令嬢が現れた。ばあやは呆れきった様子で、今起こっていることを解説してくれる。
「ジュリエッタお嬢様、あの男、愛人と婚約者、両方を誘っていたようですね」
「まあ、なんて最低ですの」
先に立ったほうが愛人だと言う。愛の誓いのルールをいまいち理解していなかったのだろう。
モンテッキ家の騎士は試合開始が言い渡されるのと同時に、馬の腹を強く蹴る。
驚いた馬は突進するようにバルトロマイのほうへ向かっていく。
それに対し、バルトロマイは手綱を引いた。すると、馬は前足を大きく上げ、後ろ足だけで立つという恰好を見せる。
興奮し、突撃していた馬はその様子に驚いて、足を止めた。
バルトロマイは馬を走らせ、すれ違いざまに相手が握っていた槍を叩き落としていた。
言わずもがな、バルトロマイの勝利である。
愛の誓いは婚約者と愛人、どちらの女性にも捧げられることはなかった。婚約者のほうは泣き出し、愛人のほうは白けた表情で煙草を吸い始めている。
婚約者の父親らしき男性が、この結婚は破談だ! と叫んでいた。
なんというか、身から出た錆、としか思わなかった。
一方、会場の空気は白けるどころか、バルトロマイの巧みな馬術で大いに盛り上がっているようだ。私も、勇敢な戦いっぷりを前に、うっとり見入ってしまった。
「ジュリエッタお嬢様、モンテッキ家の嫡男の馬術、敵ながらすばらしいものでしたね。馬が跳び上がって後ろ足だけで立つ体勢なんて、初めて見ましたよお」
「ええ。あれは“クールベット”というポーズで、とても難易度が高いと聞きました」
「やっぱり、そうなんですね~」
その後もバルトロマイとイラーリオは順調に勝ち進み、想定もしていなかった状況となる。
最終試合は、彼らふたりの戦いだったのだ。
モンテッキ家の猛犬と、カプレーティ家の狂犬の戦いである。
ふたりともここまで勝ち進んできた騎士なので、皆の期待を一身に背負っているようだった。
「ジュリエッタお嬢様、イラーリオお坊ちゃんとバルトロマイが戦うのですって。どっちが勝つと思いますか?」
「それは――どうでしょう? 戦ってみないとわかりませんわ」
なんて答えたものの、十中八九、バルトロマイが勝つに決まっている。
たった三年だけ、教皇庁で修業を積んだ元チンピラのイラーリオに負けるはずがないのだ。
心の中でバルトロマイに、手加減なんてせずに早く終わらせてくれ、と訴えながら見つめる。
そんな彼が、予想外の行動に出た。
拳を握った手を胸に当てて、槍を掲げる。
「あれは――愛の誓い!?」
ぎょっとして、思わず口にしてしまう。
バルトロマイはこの会場に、愛の告白をしたい相手がいるようだ。
胃の辺りがスーッと冷え込むような、不快とも不安とも言い難い複雑な感情に襲われる。
私の心模様を示すように、天気が悪くなってきた。
先ほどまで晴天だったが、いつの間にか曇天が広がっている。
この気持ちはいったい――?
そんな心の声に応えたのは、額から角を生やした黒ウサギである。
『ふはははは! まるで茶番だなあ、ジュリエッタ』
私の膝の上に、カプレーティ家の悪魔、アヴァリツィアが現れる。すぐに手で払おうとしたが、回避されてしまった。
「ジュリエッタお嬢様、どうかなさいましたか?」
「あ――ゴミが、スカートに付いていたようで」
「まあ、そうでしたか。そういうときは、自分で払わず、このばあやに知らせてくださいな」
「あ、ありがとう。次からそうするわ」
アヴァリツィアは前の席に座る紳士の頭に座っていた。
私とばあやの会話をケタケタと嘲笑っているようだった。
悪魔の姿は私にしか見えない。そのため、言動には気を付けないといけない。
『お前、やっぱりあの男が“欲しい”んだな!?』
何を言っているのか。私は彼が幸せになることだけを望んでいる。前世のように、両想いになろうとは考えていなかった。
そんな私の心の声を察してか、アヴァリツィアは続ける。
『だったら、どうして奴が愛の誓いをした瞬間、酷く傷ついた表情を浮かべたんだ? あの男にお前以外の想い人ができたというのは、幸せへの第一歩のはずだったのに』
そうだ。アヴァリツィアの言う通りである。
私は彼の幸せを願いながら、自分も彼と幸せになりたい、と心のどこかで思っていたのだろう。
だから、バルトロマイに想い人がいると知って、ショックを受けたのだ。
バルトロマイの幸せだけでなく、心の奥底では彼の愛も欲していたなんて――。
「なんて強欲なの」
私のその一言は、歓声にかき消される。
何が起こったのかと顔を上げたら、イラーリオが胸に拳を当てて、槍を突き出す恰好を見せているところだった。
「イラーリオまで、愛の誓いを!?」
それはすなわち、互いに勝つと宣戦布告したようなものだ。
イラーリオのことだ。バルトロマイの行動を見て、逆上して行ったに違いない。
「いったい、なんてことをしてくれましたの?」
イラーリオに物申したくなった瞬間、彼が振り返る。
槍を私のほうへ向けて、口をパクパク動かす。
読唇術は心得ていないのだが、なぜか「待ってろ」と伝えようとしているのがわかってしまった。
まさかイラーリオは、私に結婚を申し込むつもりなのか。
彼が勝つなんてありえないが、私に求婚しようと考えていること自体もっとありえない。
互いに兜を被り、戦闘開始の合図が告げられる。
戦い始めた瞬間から、私はある違和感を覚えた。
黒い鎧をまとうイラーリオの姿が、ぶれて見えるときがあった。
目がおかしいのか、と目を擦ってみるも、状況は変わらない。
バルトロマイとイラーリオは、激しく打ち合っていた。
「な、なんですの!?」
何かがおかしい。
それに、バルトロマイの実力であれば、すでに勝っているはずだ。
それなのに、イラーリオ相手に少し苦戦しているように思える。
よくよく目を凝らしてみたら、イラーリオが黒い靄らしきものを従えているようにも見えた。
「あれはいったい――?」
◇◇◇◇◇
「バルトロマイ様、そろそろ休みましょう」
「あと少し」
「今日、一緒に眠るんですよね?」
耳元でそう囁くと、忙しなく動いていた手がぴたりと止まる。
「忘れていた」
「では、参りましょうか」
共寝なんて恥ずかしくてたまらないのに、私から誘ってしまった。あまりにも熱中して絵を描くので、止めるためには仕方がないのだ。
一度は夫婦の契りを交わし、夜を共に過ごした関係である。
けれどもそれから百年経っているので、とてつもなく新鮮な羞恥心が湧き上がってきていた。
寝室の灯りは即座に消し、ガウンを脱いで布団の中へと潜り込む。
バルトロマイも隣に寝転がっていた。
「ジル、寒いから、もっと近くに寄れ」
「い、いえ、わたくしは別に寒くはないので」
「別に取って食うわけではないから、安心しろ。結婚するまでは、何もしないから」
その言葉を信じ、バルトロマイのほうへ近付くと、優しく引き寄せられる。彼の胸の中にすっぽりと収まってしまった。
「やはり、体が冷え切っているではないか」
「バルトロマイ様はとても温かいですね」
「これが普通だ」
どうやら私は、彼からすれば信じがたいほどの冷え性らしい。布団に入ったのに、いつまで経っても体が温まらない、というのはありえないようだ。
「このようにお傍にいてドキドキして落ち着かないのに、どこかホッとしているわたくしもおります。果たして、眠れるのでしょうか?」
「安心しろ。俺も似たような状況だから」
バルトロマイは私の背中を優しく撫でてくれる。瞼を閉じると、眠気に襲われた。
まさか、こんな単純な寝かしつけに落ちてしまうなんて――と考えている間に、意識が遠のいていく。
そうしてそのまま深い眠りに誘われたのだった。
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