書籍詳細
万能女中コニー・ヴィレ6
ISBNコード | 978-4-86669-649-2 |
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定価 | 1,430円(税込) |
発売日 | 2024/02/27 |
ジャンル | フェアリーキスピュア |
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電子配信書店
内容紹介
立ち読み
3 超・危険区域
木扉の先にあったのは、大広間への入口だった。
きれいに磨かれた床は、黒と白の菱形の大きなタイルが交互に並んで模様を描く。天井には明かりの灯る大きなシャンデリア。壁際は殺風景だが、まるで舞踏会場のようだ。
キンコンカンコーン!
甲高い鉄琴の音が響いてきた。
[あ〜、テステス……オッケェ〜っす……ゴホン!]
どこからか聞こえてくる若い男の声。
[え〜二名様、十階へようこそ! アッシは奇才の魔道具職人ランチャーっす!]
コニーは耳を澄ませて声の出所を探すが、この場に誰かがいる様子はない。
[ここから先は、〈ドキワク超デンジャラスゾ〜ン〉となるっすよ! 製作者としては、ゲーム感覚で楽しんでもらいたいっす〜!]
「何のためのゲーム……?」
ヴァイザーの下で胡散臭げな顔をするコニーに、アイゼンが言葉を返す。
「敵の娯楽に強制参加、ということでは?」
声はテンション高く説明を続ける。
[上の階へ行くには、曲に合わせて光るタイルをステップするだけっすよ! 奥の扉をタッチできれば、このフロアはクリア完了っす! 制限時間は一曲分!]
キンコンカンコーン!
鉄琴が鳴り終わる。まだ大広間に入らず入口の手前にいた二人は、ぎょっとする。
一瞬で広い床は底が抜けて、はるか下にボコボコと煮えたぎる真っ赤な溶岩池が現れた。不自然にも菱形のタイルが一枚分だけ残り、宙に浮いている。そこへピアノによる演奏が流れ始めた。
コニーも知っているワルツだが、やけに間延びしたテンポだ。すると、先ほどのタイルは光を発し、ぴかぴかと曲に合わせて点滅——一歩ずつ進むように移動しながら道を作ってゆく。
魔法の鎧で保護されているコニーは特に暑さを感じないが、この場はかなりの高温らしく、アイゼンの涼しげな顔には汗が流れている。
「あの光る所を足場にして行くしかないようですね。ヴィレ、跳ぶ準備を」
「……ワルツ……」
嫌な記憶がよみがえる。三年ほど前、主の妃を迎えにいくため、詰め込みで侍女教育を受けた。その際にワルツも習ったが、唯一の不合格。冷や汗が出る。
「ヴィレ、大丈夫ですか?」
光るタイルの道は後ろの方から消えてゆき、三歩分だけ残った。そのまま一歩分繰り出すごとに、後ろの一歩分が消える。躊躇してる場合ではない! これはダンスじゃない。ただのステップ、タイルを踏むだけ——
「いえ、何でもありません! 行きましょうっ」
「——では、今度は私が命綱に」
何かを察したらしいアイゼンが、コニーの左手をとった。
「この曲は三拍子です。私に合わせて足を出してください」
「お願いします!」
◇◇◇◇◇
コニーを追いかける巨人を止めるべく、魔法剣と魔獣槍で攻撃する二人。
巨人は彼らを叩き潰そうと、執拗に両腕を振ってくる。不吉な灰筋交じりの黒髪を振り乱しながら、時折、涎とともに口から紫煙をこぼして——
「その槍! 全然、攻撃が効いてないじゃないか!」
リーンハルトの文句に、アベルも言い返す。
「そっちこそ! 人のこと言えないだろうがっ」
「肉が分厚過ぎるんだよ! 心核にまったく刃が届かない! 槍の方が確率的にはイケるだろ!?」
「目玉はついてるのか!? あの腕の動きが速過ぎて、間合いに入れん!」
だからこそ、両者ともに魔法武器を飛び道具的に使い、閃光の刃を飛ばして斬りつけているわけなのだが——それでも、あの肉の分厚さに阻まれてしまう。しかも腕の動きだけがやたら俊敏で、一瞬見えなくなることも近づけない要因だ。
リーンハルト自身も何度か魔法剣で直接攻撃を——と思ったものの、悉く失敗。悔しいが、実力的には彼の方が上手だと分かっている。だから、「槍の方が」と言ったものの、あっさり断られてしまい焦燥が募る。隙さえ出来ればあの巨人を倒す糸口もあるのに——やはり、早々にアレを使うしかないのか? とリーンハルトは思う。
突然、ぴたりと巨人は動きを止めた。コニーの入った西側の建物を、白目部分のない闇のような漆黒の目でじっと見つめている。そして、お前らの相手は飽きたと言わんばかりに背を向けて、三つの棟が連なる真ん中までのしのしと近づき——その壁を覆う草木を、太い腕で薙ぎ払い始める。
「何で……まだ、あいつはコニーを狙ってるんだ!?」
「大方、高位精霊の鎧が邪魔で、先に片付けるよう命令されているんじゃないか? 影王子に」
「早く止めないと! 陛下からの秘密兵器は!?」
「超・高濃度の魔力玉だ!」
アベルは籠手の内側に巻きつけておいた小袋を引っ張り出した、そのとき——
ドォン ドォン ドーン!
それは豪速の殴り込みだった。建物の壁を殴ってぶち壊す巨人。
「しまっ——」
「コニーは!?」
やつは巨大な手を瓦礫に突っ込み、動かなくなった憑物士を?み出している。手の平で何かを確かめるようにつつき、一体ずつ指で弾き落としている。
二人はコニーがその場にいないかと、息を呑んで見つめた。巨人はきょろきょろしながら首を傾げ、一度落とした死骸を、また拾い集め出した。
「——コニーはいないみたいだ。瓦礫の下敷きになっていたら、アレが見つけただろうし」
リーンハルトは、ほっと小さく息をつく。
「あまり時間も経ってないから、まだあの辺にいるかと思ったんだが……うまく逃れたのか」
アベルも安堵し、小袋から銀細工の二枚貝を取り出した。
「魔力を漏らさない魔道具の入れ物だ。よって開封も一度きり」
「開ければ、敵に感知される可能性もあるってことか」
魔力のある者は魔力を感知できる。強い魔力ならなおのこと。〈不浄喰らい〉の動向を視界に入れつつ、緊張しながら二枚貝を開ける。中には二つの魔力玉があった。大粒の宝石のように美しい、六角形にカットされたオレンジ色の玉と、雫型の白緑色の玉が。巨人の様子を窺うも、こちらに対する反応はない。やつは拾い上げた死骸に、フウーッと唇を突き出し息を吹きかけていた。
瘴気で死体を腐らせている……?
その不審な行動に眉を顰めながら、アベルは口早に伝えた。
「陛下からはひとつだと聞いていたのだが……この白緑玉は、イバラ殿の魔力色だな」
「万が一に備えて、裁定者が用意したものかも知れないね」
「——ネモフィラは、これまでも執拗に黒蝶を排除しようとしていた」
「高位精霊のバックアップを受けたコニーには、強い警戒心と憎悪を抱いているはずだよ」
「「この白緑玉はコニーに——」」
同じことを考えていたらしい。台詞が被ったことに、ムッとして互いが口を閉ざす。
続きは言わなくとも分かる。これは彼女に渡すべきだと。
アベルは魔力の補?をすべく、オレンジ色の魔力玉を魔獣槍に叩きつけて割る。しかし、〈超〉高濃度の魔力だけあって、すぐに吸収は出来ないらしく——槍全体を包むように球状の光膜が現れた。彼の手を離れてふわりと浮き上がる。球の中で、夕陽に照らされたように光る波が揺らめき、少しずつ穂先に吸収されてゆく。
二枚貝についた銀鎖を剣帯に巻きつけながら、アベルは言った。
「目の前にいる〈不浄喰らい〉が、イバラ殿が倒したものと同レベルだとは限らない。だが、アレに迫る魔力は持っているだろう」
巨人はもごもごと口を動かしている。腐った死骸を?張っていた。また屈みこんで死骸を拾っている。好物なのか、こちらの存在もすっかり忘れているようで、餌漁りに夢中だ。
魔力玉の気配にも気づいてないのか、問題にならないと思っているのか? 今が攻撃を仕掛けるチャンス——だが、魔力補?はまだかかる。
東側の朽ちた建物からざわめきがする。リーンハルトは舌打ちした。
「雑魚が出てきた!」
「魔力玉に釣られたのか!」
アベルは剣帯に提げていた長剣を抜く。刃先にフィア銀を塗布したものだ。やってきた十体ほどの半人半獣どもを、リーンハルトと共に狩ってゆく。やつらを片付けた頃には、魔獣槍を包んでいた光膜はだいぶ小さくなり、穂先にまるく留まるのみ。
「あと少しで魔力の補?は終わる。雑魚が来たら相手を頼む」
アベルの言葉に「分かった」と、素直に引き受けるリーンハルト。
魔獣槍の先端に、スーッとオレンジの光膜は吸い込まれて消えた。アベルは柄を?むと巨人の背後へと回り込んだ。
高位悪魔憑きの〈心核〉は多く、性能の優れた魔法武器をもってしても、こちらの勝機はないに等しい。故に、〈黒きメダル〉を狙う。それは悪魔を地上に?ぎ留める楔。壊せば契約が切れて、悪魔は自動的に地涯に送り返される。あの厄女中マルゴに憑いていた黄色い靄のように。
魔力のないアベルに、はっきりとした視認は出来ないが——〈高エネルギーの集まる場所〉と、その〈独特な波動〉を感じ取ることは出来る。瘴気溜まりの〈心核〉同様に、不快さを感じる部分だ。集中して見れば、大体の位置も?める。
——〈黒きメダル〉があるのは首の左後ろだ。
〈心核〉の位置も確認したが、全身に散らばるようにある。
——攻撃の余波である程度は消滅できるだろうが……やはり、すべては無理だな。
確実にやるため射程距離を測りながら少しずつ近づく。やつはまだ餌に夢中だ。
意を決して、槍に攻撃魔法をまとわせた。いつもとは桁違いの威力を肌で感じる。大きく振りかぶって投擲——その瞬間、くるっと巨人は振り返った。
気づかれた!?
ボッ!
的が逸れた。〈不浄喰らい〉の頭の上半分が、木っ端みじんに吹き飛んだ。
「くっ、仕留め損ねた!」
攻撃魔法の強烈な余波は、さらに上半身に散らばる〈心核〉までも、連鎖的に内部爆発しながら破壊してゆく。青白い蛇肌のあちこちに穴が開き、黒血が大量に噴き出す。
「ゴゥオウオオオオオオオオ——!?」
巨人の頭に残った口が吼える。
ダダダダン! ダダダダン!
狂ったように足踏みをして、地面や建物を揺らす。頭部を両手で探りながら、上半分がないことに気づいて一層、暴れる。やつの右肘が西側の建物にヒットして、三階の壁が崩れ落ちた。廊下の隅に白緑鎧の騎士が——コニーがいる。
その気配を察したのか、巨人の腕が彼女に伸びた。阻止しなくては!
「戻れ、魔獣槍!」
しかし、自我を持つ槍を呼ぶも戻って来ない。
「コニー!」
リーンハルトが駆けていくのが見えた。巨人の右足に向けて魔法剣を振るう。足首の半分以上、深く斬りつけることは出来た。そこに集っていた大量の〈心核〉も一瞬にして消滅したのを、アベルは感じ取った。だが、敵は頑丈だった。バランスを崩すどころか、憤怒に任せ、その巨大な踵でリーンハルトを蹴り飛ばしたのだから。
「ゴゥオウ! グオオオ——!」
苛立つように吼えながら、〈不浄喰らい〉は拳で建物の壁を殴り始める。コニーが逃げるのが見えたが——瓦礫の雨は容赦なく、アベルの上に降り注いだ。
気がつくと、アベルは奇跡的に瓦礫が作った隙間に倒れていた。
少し頭がふらふらする。最初に地下へ落ちた時に冑を失くしていたので、瓦礫の破片が頭に当たったのかも知れない。立つスペースはないが、膝付き状態で起き上がることは出来た。真っ暗な中、全身を触ってみて、軽い打撲と切り傷程度で済んだのだと知る。
運が良かったが——完全に閉じ込められたようだ。周囲の瓦礫を押してみるが、びくともしない。魔獣槍はいくら呼んでも戻らないし、咆哮と地震はまだ続いている。巨体ゆえに〈心核〉は残ってしまったらしい。一筋の光が漏れる瓦礫の間から外を覗く。
数メートル先に銀細工の二枚貝が落ちているのが見えた。落としてしまったらしい。
あいつはどこだ……?
巨人は建物の壊れた部分から手を突っ込み、何かを探しているようだった。
まだ、執念深くコニーを狙っているのか……!
少し離れた場所で、瓦礫が動いた。ややして、それを押しのけて、よろめきながら立ち上がる白金髪の男。白い騎士服にはあちこち赤い染みがついている。
魔獣槍の威力には劣るかもしれないが、あの魔法剣でも魔力玉は使えるはず。
「ダグラー! そこに落ちている魔力玉を使え! やつにコニーを追わせるな!」
コニーの危機だからこそ、そう叫ぶが——聞こえてないのか、彼はこちらを見向きもしない。魔法剣を握りしめたまま、地面を見つめるように項垂れている。
「……ダグラー?」
◇◇◇◇◇
「あなたは……」
落ち着いた印象で、どことなくイバラに似ている。八、九歳ぐらいだろうか。髪は?にかかるぐらい短く、大きな瞳。簡素な衣装から出た手足はしなやかで細い。本人の発する光で、全体が白っぽく見える。
〔白緑鎧の管理者なり〕
「あ、はい……ご無事だったんですね!」
人の形になれたことに驚きつつも、安堵の溜息を漏らす。精霊石が壊れて声も気配も消えていたので、最悪の事態も覚悟していたから……
「あの、ここはどこでしょう?」
〔城塞の裏側にある崖の洞窟〕
「塔から近い場所なんですね」
彼の話によると、ネモフィラとの戦闘で魔力切れが近づいた時、周辺で〈白緑の君〉の気配を強く感じたらしい。
「それって……イバラ様のことですね?」
〔是〕
そのまま彼が留まっていれば、精霊石も割れることはなかったのだが——あのままではいずれ、敵の前で身動き取れない状況になったという。
〔魔力残量が一パーセントを切ると、鎧の小さな破損が起こる。そのため、最低限の防御力を維持すべく〈修復作用〉が自動で働く。あのとき、敵の急激な攻撃力の上昇もあり、防御魔法の強化を連続したことで、瞬く間に三パーセントまでに減っていた。警告を出したが、契約者には聞こえてないようだった〕
——きっと、ネモフィラの攻撃を捌くのに集中していたせいだ。残量が十パーセントあると思っていた時には、残り僅かしかなかったのか……
〔鎧の〈修復作用〉は、最後に行った魔法形成後——放出した魔力の一割が逆流する。そのため、契約者は重度の魔力中りを起こすことになる。それだけは避けたかった〕
鎧は修復するけど、中のわたしは気絶したままになるからですね。攻撃力がアップし続けるネモフィラ相手では、これも一時凌ぎにしかならないわけで。小精霊もろとも、デッドエンド直行に。
そうなる事態を防ぐべく、助力を求めるためイバラの気配を探しに精霊石から出たのだという。
〔相談せず悪かった〕
彼は済まなそうに謝ってくる。
「いえ、こちらこそ警告を聞いてなくてすみません! 結果的にはお互い無事でしたし……それでイバラ様の気配、というのは見つかったのですか?」
さすがにこんな辺境に本人がやってくるとは思えないのだけど。あの方も契約で制限がかかっているからこそ、大事な鎧を貸してくれたのだし。
〔それについては——〕
このとき、少年の後方、奥の暗闇に光るふたつの目を見つけた。
あれ、さっきからいた……?
置物みたいに微動だにしない、大きな白い猫がどっしりと横たわっている。
こちらが気づいたのと同時に起き上がり、ゆっくりとした足取りで近寄って来る。かなり大きい。ボルド団長の相棒である青藍の狼よりもまだ大きいような……体長だけで四メートル近くある? 威嚇もないし敵意も感じない。太い四肢、長くて太い尻尾……猫科の猛獣だ。白に濃銀の花びらの紋様からして、雪豹っぽい。深く澄んだ青色の目をしている。怖さはなく、ただ綺麗だと思った。
——夢に出てきた猫の紋様と同じですね……
精霊の少年は知っていたのだろう、しれっと紹介してきた。
〔コレが橋から落ちた契約者を助けた〕
「小精霊様のお知り合いですか?」
〔否〕
猫みたいにお座りをした。まるで自分たちの会話を聞いているみたいに、じっと見つめてくる。
「白系の魔獣だから性質も穏やかなんですね」
〔否。聖獣なり〕
「……えっ!?」
聖獣は、精霊の棲む空の彼方〈天涯〉にいるとされている。魔法使いなどが召喚でもしない限り、地上に現れることはない希少な存在だ。
何故ここに? という疑問が当然ながら湧く。
雪豹は口からぺっと何かを吐き出した。白緑色の雫のような玉だ。
〔白緑の君が手がけし魔力玉……〕
精霊少年が探していた気配の元はこれだという。
「イバラ様のお使いで届けてくれたのですか?」
コニーの問いに、雪豹はこくりと頭を下げた。
「まぁ、わざわざありがとうございます……!」
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