書籍詳細
私のことが大好きな最強騎士の夫が、二度目の人生では塩対応なんですが!?2 死に戻り妻は溺愛夫の我慢に気付かない
ISBNコード | 978-4-86669-666-9 |
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定価 | 1,430円(税込) |
発売日 | 2024/04/26 |
ジャンル | フェアリーキスピュア |
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電子配信書店
内容紹介
立ち読み
「来週、二日ほど屋敷を空けることになりそうです」
そしてそう告げられた瞬間、私ははっと顔を上げた。
(陛下とヴァリス大森林に狩りに行くんだわ!)
私が子どもみたいに駄々をこねて同行する約束をもぎ取って行った狩猟旅行の日が、近づいていることに、ようやく気が付く。
そこで私はランドル卿からイーサンと私がなぜ婚約に至ったのかを聞いて涙し、彼への好意を自覚したのもこの旅行がきっかけだった。
「そうなのね。どこへ行くの?」
「……少し仕事の予定がありまして」
「…………?」
一応、答え合わせをしようとイーサンに尋ねたものの、彼はぼんやりと濁すだけ。
前回は「陛下やランドル卿と一泊二日で狩りに行く」とはっきり話していたため、少しの引っかかりを覚えてしまう。
同時に私はふと、一番大事なことを思い出す。
(そうだわ、あの日はキリムに襲われて……!)
イーサン達が狩りをしている間、森の入り口付近のテントで待機していた私達のもとに、キリムという魔物が現れたのだ。
あの場に残っていた騎士達も長くは持たないだろうと絶望する最中、急ぎ戻ってきてくれたイーサンが倒してくれた。
彼のお蔭で事なきを得たけれど、あれは人生で三番目に恐ろしい体験だった。
「……あ」
そして、気付いてしまう。イーサンは私を心配して護衛騎士に緊急連絡用の魔道具を持たせていたから、あの場にすぐに駆け付けられた。
つまり私がキリムに襲われる現場にいなければイーサンは陛下達と狩りを続けたままで、助けは間に合わず、あの場にいた人々は命を落としてしまう可能性が高い。
彼らとはほとんど関わりはないものの、このまま見過ごして大勢の人が亡くなってしまえば、私は一生後悔するだろう。
(でも、今のイーサンは過去のイーサンと違って私を溺愛してはいないし、同じように魔道具を持たせるとは限らないのよね……)
とはいえ、私が事前に魔道具を準備しておいて「何かあったら助けに来てほしい」と懇願すれば、優しい彼は聞き入れてくれるはず。
本当は「あの場所は危ないから行かないでほしい」「待機場所を変えるべきだ」と伝えられたら良いけれど、何の根拠もないまま他人の私が陛下の参加する旅行に口を出せるわけがない。
(とにかく今回も一緒に行くしかないわ)
そう心に決めた私は、グラスを置いてイーサンへ視線を向けた。
「どこへ行くの?」
「仕事です」
「場所は?」
「少し離れた場所です」
「誰と?」
「仕事関係の方々とです」
「…………」
私も行くと言いたいだけなのに、イーサンはなぜか頑なに詳細を教えてはくれない。
不思議に思いつつ絶対に行かなければと思った私は、強硬手段に出ることにした。
「もしかして、陛下と一緒に狩りに行くんじゃない?」
「……どうしてそれを」
「ちらっと噂で聞いたの。私も一緒に行ってもいい?」
「絶対にだめです、必ず俺一人で行きます」
「えっ」
無理やり一緒に行きたいという流れに持っていったものの、今度は全力で断られてしまった。
(どうして? 以前と違って、イーサンに恋愛感情がないから?)
困惑してしまいつつも、ここで諦めてはいけないと再び駄々をこねることにした。
「あなたがだめだって言うなら、他の人に連れてってもらうわ」
「……本気で言っているんですか?」
「騎士団の他の人にお願いしてでも絶対に行くんだから!」
侯爵家を離れた私は陛下や陛下の周りの人々に相手にされないだろうし、頼れるのは陛下と同行する一部の騎士団員くらいだろう。
「は?」
イーサンの声が、ワントーン低くなる。端整な顔には苛立ちの色が浮かんでおり、私に対してこんな態度を取る彼は初めて見た。
私が訳の分からない我儘を言っていることに、腹を立てたのかもしれない。
それでも大勢の人の命がかかっているのだから、こちらも譲れなかった。
「どうしてあんな森に行きたがるのですか? 自然と触れ合いたいのなら、別の場所をすぐに手配しますから、そちらへどうぞ」
「イ、イーサンこそ、どうしてそんなに嫌がるのよ!」
素っ気ない言い方をされてしまい、心の中で涙を流しながらも負けじと言い返す。
するとイーサンは一瞬、ぐっと怯む様子を見せた後、静かに口を開いた。
「……危険だからです」
「えっ?」
「あなたを危険な目には遭わせたくない」
「…………」
本来、ヴァリス大森林には魔物はほとんど生息していない。たまに目撃されるのも弱い小さなものばかりで、だからこそ安全な狩り場として陛下まで使われている。
過去の人生でキリムが迷い込んできて現れたのは、本当に稀で不運だった。
(それなのに、どうしてイーサンは危険だなんて言うの?)
最初は私を連れていかないための口実だと思ったけれど、イーサンは本気で私を心配するような表情を浮かべている。
「大丈夫よ。護衛も大勢連れていくし、身を守る魔道具もたくさん持っていくから」
それでも私も折れずに「お願い」と真剣な表情でイーサンを見つめると、彼はしばらく悩む様子を見せた後、溜め息を吐いた。
「……分かりました。絶対に俺の言うことを聞いてくださいね」
「ええ! 分かったわ、ありがとう」
「ここで断っても、俺に黙って勝手に参加しそうなので」
「あら、よく分かったわね」
とにかく参加できそうで胸を撫で下ろしつつ、当日までに過去のことを細かく思い出し、キリムの対策をしっかり練らなければと固く決意した――のだけれど。
◇◇◇
「……な、なんで……?」
あっという間に迎えた狩猟旅行の二日目、私はテントの中で頭を抱えていた。
(何もかもが、前回の人生とは違う)
そう、いざヴァリス大森林へイーサンと来たはいいものの、一日目、イーサンは私に大勢の護衛を付けた後、森の中へ行って夜遅くまで戻ってこなかった。
前回は二人で森の中を散歩したり、一緒に食事を取ったり楽しく過ごしたからこそ、戸惑いを隠せなかった。やはり私とイーサンの関係が変わってしまったからなのだろうか。
『一日中、森の中で何をしていたの?』
『少し、散歩をしていただけです』
『……あなたって本当に噓が下手よね』
『…………』
イーサンはやはり何かを隠しているようだけれど、私に話すつもりはないようだった。
腕の立つ騎士を大勢連れてきたし、とにかく明日イーサンに連絡用の魔道具を渡して、犠牲を出さないようにしながら彼の助けを待つしかないと考えていた、のに。
翌日の今日、待機場所として案内された場所は、前回とは全く違う場所だった。
キリムが現れた場所とは離れていて、拍子抜けしてしまう。
(本当に、どうしてなの……?)
分からないことばかりとはいえ、この場所にいればキリムが現れる可能性は限りなく低いはず。
誰も危険な目に遭うことがないのなら良かったと、ほっと安堵した。
「……でも、万が一ってこともあるわよね」
そう思った私は椅子から立ち上がり、出発前のイーサンのもとへ向かおうとしたところ、入り口でばったりテントの中へ入ってこようとするイーサンその人に出くわした。
何か私に用事があったのだろうかと思いながら、まずはお願いをしようと口を開く。
「ねえ、イーサン。何かあったらこれを――」
「アナスタシア様、何かあったらこれを――」
すると見事にイーサンと声が重なり、お互いに差し出した手には全く同じ通信用の魔道具が乗せられていて、二人して固まってしまう。
「…………」
「…………」
こんな偶然があるのだろうかと思いながら顔を上げると、イーサンも困惑しているようだった。
「え、ええと、何かあった時に助けに来てもらえたらなって思ったの。私が無理を言ってついてきたくせに、こんなお願いをするのもどうかと思うんだけど……」
「いえ。俺も同じことを考えていたので、良かったです」
イーサンはそう言うと、自身の持っていた魔道具を私に渡した。ペアで使うもので、セットで売られている同じものを使わなければならない。
「ありがとう、あなたもどうか気を付けて」
「はい。何かあったらすぐに連絡をしてください」
「ええ」
イーサンは小さく微笑むと、陛下のもとへ向かっていく。
その背中を見つめながら、私は嬉しさが込み上げてくるのを感じていた。
(……ちゃんと、心配してくれた)
本当は前回と同じ場所に来て、過去と関係が変わっていることに寂しさを覚えていて。
『あなた以外に興味がないので』
『これから先も、アナスタシア以外に触れることはありません』
この場所での思い出やイーサンから向けられた愛情を思い出す度、胸が痛んだ。
それでも、たとえ形だけの婚約者としての心配だったとしても嬉しくなってしまう私は、どこまでも単純なのだろう。
「よし、あとはここで戻ってきたイーサンを笑顔で出迎えないと」
軽く頰を叩いて、気持ちを切り替える。
そして今回こそは彼にとっても楽しい狩猟になりますようにと祈りながら、パトリスにお茶でもしようと声をかけた。
それから二時間半ほどして、読書をしていた私はテントの外が騒がしいことに気が付いた。
「……何かあったのかしら」
本を閉じてテントの外に出ると、大勢の使用人が慌ただしい様子で駆け回っている。
「どうしたの?」
「どうやら、とある騎士の息子の姿が見えなくなったようなんです」
「なんですって?」
近くにいたメイドに話を聞いたところ、家族で今回の狩猟旅行に参加していたものの、少し目を離した隙に六歳の男の子がいなくなってしまったという。
現在も手分けをして捜しているけれど、未だに見つかっていないらしい。
「まあ子どもの足ではそう遠くには行けないでしょうし、この森は安全ですから」
「……っ」
彼女同様、この場にいる人々からはあまり危機感が感じられない。命を脅かす魔物がいないと思われているからなのだろう。
(けれど、違う)
この森の中にはキリムがいるはず。心臓が嫌な音を立て、早鐘を打っていく。
「……ねえパトリス、腕の立つ護衛を二人呼んできて」
「えっ? どうかされたんですか?」
「いいから早く! お願い!」
私の切羽詰まった様子が伝わったのか、パトリスは頷くとすぐに走っていった。
(万が一、キリムがいた場所まで迷い込んでいたとしたら……)
そう考えると居ても立っても居られなくなり、やがて護衛がやってくると、私は「子どもを捜してくる」と言ってあの場所へと向かう。
危険な魔物がいないと誰もが思っているため、引き止められることはなかった。パトリスも一緒に捜すと言ったので、他の護衛達と待機場所のあたりを捜すようお願いしておいた。
近くまで行って様子を見て、そこに子どもがいなければキリムを避けて戻ってくればいい。
(どうか私の杞憂で終わりますように)
そう祈りながら、森の中を走っていく。
何かあった時のために、パンツスタイルで靴も底の低い動きやすいものにしておいて正解だった。
護衛達には「少し気になる場所がある」としか説明していないものの、それ以上は何も聞かずについてきてくれている。
「はあっ……はあっ……」
「アナスタシア様、大丈夫ですか」
「ええ」
平気だと返事をしたものの、肺のあたりや脇腹が痛い。運動不足と体力のなさが恨めしくなり、無事に帰った後は日常的に運動をしようと決める。
そうしているうちに、前回の待機場所――キリムが現れた場所の手前に到着した。
少し離れた場所から見たところ、開けた地面の上にはキリムの足跡はなく、まだこの場には現れていないことが窺える。
子どもの姿もなく、ほっと安堵した時だった。
「……ぇん……ぅえー……」
かすかに聞こえてきたのは子どもの声で、はっと顔を上げる。護衛達にも聞こえていたようで、彼らもあたりを見回している。
「――あ」
やがて木々の間から、涙が流れる両目を手で覆いながら小さな男の子が現れた。
「うえぇん……おかあさん……」
「……っ」
男の子はふらふらとキリムが現れた場所へ近づいていき、私はその場から駆け出す。
側へ駆け寄ると、私の姿を見て男の子はほっとした表情を浮かべた。
「もう大丈夫よ、お母さんのところへ戻りましょう?」
「っうん……」
目の前にしゃがみ込んで、頭を撫でているうちに泣きやんでくれる。
この子を連れて急ぎ元の待機場所へ戻るため、護衛達に声をかけようとした時だった。
草木が揺れる音がして慌てて振り向くと、そこにいたのは愛する彼で。
「アナスタシア様、どうしてここに……」
彼の姿を見て困惑する私同様、イーサンも信じられないという表情を浮かべている。
けれど、この場に彼が来てくれたことに心底安心していた。
あれほどの恐ろしい魔物を、イーサンは一瞬で倒してのけたのだから。
(もうこの場所まで来てしまった以上、倒してもらった方が安全かもしれない)
私はぎゅっと両手を握りしめると、イーサンを見上げた。
「もうすぐこの場所にキリムが現れるかもしれないの!」
そう告げた瞬間、イーサンははっと息を呑む。
「なぜ、それを……」
「えっ?」
そしてこんな突拍子もない話に対して困惑するどころか、なぜか思い当たるような顔をする。
私もまたそんなイーサンに戸惑った瞬間、背後から「どすん」という聞き慣れない嫌な音がして、すぐに視線を向ける。
するとそこには七つの頭と七本の角、七つの目を持つ魔物――キリムの姿があった。
前回の人生で見たものと全く同じ恐ろしい姿に、ぞくりと鳥肌が立つ。
(やっぱり、現れた)
震えて声も出ない男の子を、キリムから隠すように抱きしめる。
イーサンはそんな私に「大丈夫です」と声をかけた。
「すぐに倒しますから」
冷たい眼差しをキリムへと向けたイーサンは剣を抜き、地面を蹴った。
「グアアアア!」
次に瞬きをした時にはもう、一番手前にあったキリムの頭は落とされていて、地面を揺らすような断末魔の叫びがびりびりと鼓膜を震わせる。
次々と確実に頭を落としていくイーサンの姿を、私だけでなく護衛の二人も腰に下げた剣の柄を握ったまま、黙って見つめていた。
この場での加勢は、かえって彼の邪魔になると判断したのかもしれない。
「……すごい」
あっという間にイーサンは全ての頭を落とし、キリムの巨体は大きな音を立てて地面に倒れた。
前回よりも間違いなく早くて、彼が以前よりも更に強くなっている気がした。
やはり今回も彼の圧倒的な強さに呆然としていると、複数の足音がこちらへ近づいてくる。
「ロナルド! ああ、良かった……!」
「おかあさん……っ」
母親らしき女性が駆け付け、男の子をきつく抱きしめる。涙ながらに無事を確かめる姿に、ほっと胸を撫で下ろした。
(誰も怪我せずに済んで、本当に良かった)
前回とは違って誰一人負傷せずに済んだことで、全身の力が抜けてしまう。
そんな私の身体を、後ろから抱きしめるようにイーサンが支えてくれた。腹部に回された左腕や背中越しに伝わってくる体温に、胸が高鳴る。
(ち、近い……じゃなくて!)
ついときめいてしまったものの、今の状況を思い出した途端、冷静になってしまった。
突然「キリムが現れる!」と言い出して、本当に現れるなんておかしいにもほどがある。
どう誤魔化そうかとぐるぐる必死に言い訳を考えていると、イーサンは私の手を引いてどこかへ向かって歩き出した。
「ね、ねえ、どこに行くの?」
「…………」
私の問いに答えてはくれないイーサンはやがて、人気のない森の中で足を止め、口を開く。
「……なぜ」
今にも消え入りそうな、イーサンらしくない声は震えていた。
イーサンは困惑する私から離れて向かい合う形になると、そのまま私の両腕をきつく摑んだ。
その顔はひどく真剣なもので、戸惑ってしまう。
「なぜ、キリムが現れると分かったんですか」
「え、ええと、それは……」
いくら考えたところで、この状況を上手く逃れる言い訳なんて思いつくはずがない。
もうここは本当のことを冗談めかして言って誤魔化そうと、へらりとした笑みを浮かべる。
「実は私ね、人生をやり直しているから未来のことが分か……」
けれどそこまで言いかけて、私は言葉を途切れさせた。
「……っ」
イーサンが両目を見開いて息を呑み、ひどく動揺している様子を見せたからだ。
そして私から両手を離し、まるで距離を取るように一歩後ずさった。どこか怯えているようにも見えて、思わず伸ばしかけた手を自分の胸元に引き寄せる。
「イーサン……?」
なぜこんな反応をされているのか分からない。くだらない冗談だと笑ってくれるだろうと思っていたため、困惑してしまう。
イーサンは私から目を逸らさず、まるで時が止まったように動かない。どうしたらいいのか分からず不安で落ち着かない気持ちを抱えたまま、イーサンを見つめ返すことしかできない。
それから私達の間にはしばらく重い沈黙が流れた、けれど。
「アナにも、前世の記憶があったんですか……?」
やがて掠れた声でそう尋ねられた瞬間、頭が真っ白になった。
(私に「も」って、どういうこと……?)
心臓がこれ以上ないくらい早鐘を打ち、呼吸をするのも忘れてしまう。
――だってそんなの、まるで。
「……もしかして、イーサンにも記憶があるの?」
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