書籍詳細
錬金術師さまがなぜかわたしの婚約者だと名乗ってくるのですが!?
ISBNコード | 978-4-86669-686-7 |
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定価 | 1,430円(税込) |
発売日 | 2024/06/27 |
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内容紹介
立ち読み
「リーサさま。我々は当初、あなたは手違いでこの国に来てしまった無力な少女という認識でした」
宰相がそう言うと、ルニアーナ国の人たちも頷いた。
「しかしながら、先日は錬金術省に行かれて、大変な速さで回復薬をお作りになった、とのことですね」
「ええ、まあ」
「そしてさらに、どこからか大変質の良い薬草を手に入れて、錬金術省でかなりの量の回復薬を調合することができましたね」
なんだか尋問されているような気になったので、わたしはポーカーフェイスを保ちながら少し首を傾げて「さて?」という表情をした。宰相は不満げな顔で続ける。
「そして、聖女ナツコの大怪我です。リーサさまがナツコさまに顔を合わせてものの数分のことで、なにがどうなったのかまったくわからないまま、瞬時にナツコさまのお怪我が完治したそうですね」
しましたねー。よかったですねー。さすがは情報通の宰相さん、伊達にナオミさんのお父さんをやっていませんね。忍びの者を配下にしているのでしょう。
でも、わたしは懸命に表情を保って、また首を傾げた。
「神の慈悲、神の奇跡、聖女ナツコと天使リーサへの神の祝福……そのような話にしたいようですが、どう考えても、上級回復薬を使ったとしか思えません」
奈都子お姉さん、アランさん、ナオミさん以外の皆さんは、激しくうんうんうんうんと頷いている。
全然ごまかされていないようだが、それは想定内だ。
えー、それってなんですかー? と言うように、わたしはこてんと首を倒して、とぼけたような表情で宰相を見た。ついでに、にこっと笑ってみせた。
ひげの宰相さんは、今度は深いため息をついた。
「リーサさま、ディアライト殿、差し支えない範囲でかまわないのです。情報を提供してもらえないでしょうか? もしも、リーサさまが持つ『箱庭』という神よりの祝福の力で上級回復薬が作れるとしたら、これは大変なことになるのです。我が国だけではなく、他国も巻き込んだ事態になるでしょう」
「え、どうしてですか?」
一応わかってはいるが、とぼけて聞いてみる。
「リーサさまを拉致監禁して一生上級回復薬を作らせよう、などと考える不届きな輩に狙われることが、充分に考えられるのですよ」
ええ、それは絶対に嫌ですね。ルニアーナ国にも他の国にも、利用されるのはまっぴらごめんなのです。
「それでは、わたしからお話しさせていただきますね」
緊張するけれど、ここからはわたしががんばって交渉し、有利な条件を引き出さなければならない。もちろん、後ろ盾であるアランさんと聖女の奈都子お姉さんと、腹心の侍女であるナオミさんの援護はあるけれど、すべてを任せて後ろに隠れていてはいけないと思うのだ。
「わたしが神さまからいただいた加護の力で、薬草、及び極薬草を手に入れることができ、回復薬と上級回復薬を作ることができる、という皆さんの推測は肯定させていただきます」
ほおおうっ、という声にならないため息のようなものが部屋に広がった。
「現在、お世話になっているこの国の窮状を理解していますので、加護の力で手助けをすることはやぶさかではありませんが、聖女としてこの国のためにやってきた奈都子お姉さんとは違い、わたしはこの身を削ってまで尽くそうとは考えておりません。また、わたしにできる限度を超えた回復薬の提供を強制された場合には、即、停止させていただくつもりです」
『わけがわからずこの国にやってきて、のほほんと過ごしている女の子』のわたしがはっきりと要求を主張したので、会議室のメンバーは戸惑っているようだ。
「今現在、手元にある上級回復薬は三つ。ひとつはわたしが、ひとつは聖女奈都子お姉さんが、そしてひとつが錬金術師長のアランフェス・ディアライトさんの管理下にあります。神さまのお力で、それぞれを持つ三名以外には存在すら感知されず、もちろん使用することも不可能となっています」
他の人には使わせない。次にできたら、ナオミさんには持たせるつもりだ。
「聖女ではないわたしがこの国で為すことは、わたし自身が幸せに暮らすこと。神さまの眷属よりそう言われています。そして、その眷属はわたしが安全で楽しく暮らすことの手助けをしてくださっています。もしも他国の者がわたしの自由と幸福を奪うような真似をすれば、眷属も黙っていないでしょう。すなわち、天罰が下る可能性が高いのです」
「天罰、だと?」
宰相が言った。
皆を脅すような発言をしなくてはならないので、息をつくために言葉を止めると、アランさんがテーブルの下でわたしを励ますように手を握ってくれた。
わたしは一同を見回した。
「神さまって、おおらかというかアバウトというか、力が大きすぎて人間には予想がつかない行動を取ってしまうってご存じですか?」
その場にいる者は顔を見合わせたが、神官長のおじさんと副神官長のお兄さんは激しく頷いているので、思い当たることがあるようだ。
「わたしが危惧しているのは、天罰が……下手すると、この世界全体に下りかねないってことです」
「……恐ろしい話ですが、充分にあり得ます」
神官長が低い声で肯定した。
「ですので、わたしが上級回復薬を用意できることは、絶対に他国には口外せず、聖女の怪我が治ったことは奇跡だと言い張ってくださいね」
わたしは顔面蒼白になった皆さんに、にっこり笑って言った。
「この世界に来てまだ数日ですが、アランさんもナオミさんもとても親切にしてくださって、わたしも居心地よく暮らしています。だから、また他の世界に飛ぶなんてことはしないで、ここで暮らしていきたいと思っているんです」
「……そうか。天使リーサは、この世界が滅んでも別の世界に行ける、ということなのか」
宰相のおじさんは、震える声で言った。
「わたしも奈都子お姉さんも、この世界が浄化されて、人々が安全に、幸せを感じて生きられたらいいと願っています。世界を滅ぼしたくないんです。ですから、最悪な状況を引き起こさないために、拉致監禁といった事態を招くようなことはしないでください」
わたしと奈都子お姉さんが頷き合うと、相槌を打つようにどこからか『こーん』という狐の鳴き声が聞こえた。どうやらお狐ちゃんが加勢してくれているようだ。
「も、もも、もちろん、他国に天使リーサの秘密を漏らすようなことはいたしません!」
『拉致監禁』というワードを出して、おそらくわたしの行動を制御し、回復薬を作らせようと考えていた宰相は、予想外の流れに声を震わせながら言った。
「しかしながら、やはり、リーサさまの安全を守るために我々は万全を尽くそうと考えている次第でございます。たとえばですね、王族や公爵などの身分の高い人物と婚姻を結び、他国から手出しができないようにするとか……」
「異議あり!」
大きな声で宰相の発言を遮ったのは、もちろん、わたしの婚約者のアランさんだ。だが、宰相は彼を睨みつけた。
「ディアライト錬金術師長、事態は変わったのだ。リーサさまはこの国にとって大変な重要人物なのだぞ」
「いくら事態が変わろうとも、我らの婚約は変わらない」
宰相はぐぬぬぬぬと唸った。
「ディアライト伯爵家には、確かに国境を守る力がある。しかし、天使リーサを他国の思惑から守るとなると、いささか力が足りないのではないか?」
アランさんは目を細め、宰相を鼻で笑った。
「宰相、わたしの実家の事情など関係がないだろう。リーサを守るのはこのわたしだ。だからわたしと正式な婚約を結び、早急に結婚するべきだと考えられる」
「いくら師長であるとはいえ、一介の錬金術師が国を相手に天使リーサを守りきることができるというのか?」
「敵対するものをすべて滅してよいのなら、余裕でヤれるが?」
「なっ……」
宰相が絶句していると、騎士団長が手をあげて発言をした。
「あー、忌憚ない意見を述べさせてもらう。ディアライト殿と剣で戦ったら俺でもかなわないかもしれないし、この男は騎士団全体を敵に回しても普通に勝ち抜いて他国に逃走すると思う」
防御魔術師団長も手をあげた。
「はい、わたしからも。魔力が豊富なディアライト閣下ご本人が、錬金術省で開発した錬金魔導具を使ったら、その高い火力で我が国の結界は間違いなく破られますね」
攻撃魔術師団長も手をあげた。
「ディアライト錬金術師長の錬金魔導具には、うちらの攻撃魔術と互角の攻撃力があることはご存じですか? 彼はこの王都くらいなら壊滅状態にできますよ」
宰相は口をあんぐりと開けてから、アランさんを指差して叫んだ。
「……こ、こやつは、そんな危険人物だったのか!」
騎士団長が肩をすくめて言った。
「なにを今さら、だな。現場の人間ならば皆知っているぞ、宰相。天使と聖女と同じくらい敵に回しちゃ駄目な奴が、ディアライト殿だ。見方を変えれば、天使の護衛にこれほどの適任者はいないってことだな」
宰相が絶句して、国王夫妻となにやら視線で語り合っているので、わたしはアランさんに囁いた。
「アランさんって、そんなに強いの?」
「ああ、強いぞ」
どこからどう見ても荒事には向かなそうな、知的な美形錬金術師長が、麗しい笑顔を見せて囁き返した。
「わたしの強さはきっと、リーサに出会い守るためのものだったのだ」
「えっ」
アランさんに手を取られて、わたしは驚きの声を上げた。
「愛するものを守るために、わたしはさらに強くなれる」
手の甲にちゅっとキスをしたかと思うと、アランさんが立ち上がりわたしをお姫さま抱っこした。
「ええっ、アランさん、こんな人前で……」
助けを求めて奈都子お姉さんを見ると「お幸せにー」と肩をすくめられてしまった。
「わたしは誰の前でもリーサへの愛を誓えるが、リーサはどうなのだろうか? プロポーズの返事をこの場でもらいたいのだが。もしや、わたしのことをそれほどは好きでないのか?」
「……んもおおおおおおーっ! アランさんの馬鹿!」
この世界に落ちてきて不安でいっぱいだったわたしを受け止めようと手を伸ばしてくれたのは、アランさんだけだった。その後も、わたしみたいな平凡な女の子のことを大切にしてくれ、結婚したいと言ってくれた。仕事が忙しいのに頻繁にわたしのところに来てくれて、いろいろ気にかけてくれて、いっぱい話をしてくれたから、異世界に来た不安や寂しさをあまり感じずに過ごすことができた。だから、わたしの答えはひとつだ。
「アランさんのことが大好きです」
「その言葉が聞けて、わたしがどんなに嬉しいか、わかるか?」
グリーンの瞳を甘くきらめかせて、この国で最強の錬金術師長は言った。
「リーサ、愛している。一生わたしの側にいてくれ」
「アランさん……わたしも愛してます」
そのまま、今度はちゃんと自分の意志で、わたしとアランさんはキスをした。
「うわああああ、恥ずかしいよう」
なんてこった、ついつい盛り上がってしまい、衆人環視の中でちゅーしちゃったよう。そして、アランさんは照れて真っ赤になるわたしを見て「リーサ、可愛い、食べてしまいそうに可愛いな、わたしの天使」なんて言って喜んでしまい、ものすごくご機嫌でにっこにこになり、いつも以上に美形オーラを振りまいていて眩しいよう。
奈都子お姉さんとナオミさんはデレデレなアランさんを温かい目で見守ってくれているけれど、他の人たちにはかなりの衝撃だったようだ。
「ディアライト閣下がおかしくなった……」
「ああいうキャラじゃないだろう。本当に本人なのか? いや、あの無駄な美形っぷりはまさしくディアライト閣下そのものだが」
「我が国の重要人物が、あんなに残念な男だったとは」
酷い言われようですね!
「この通りわたしたちは相思相愛だ。ということで国王陛下、正式な婚約をする許可をもらいたい!」
わたしが照れている間に、抱っこの姿勢を崩さないままのアランさんがこれからの段取りについて堂々と発言した挙句、見事に正式な婚約が整った。
恥ずかしくて顔を覆った指の隙間から、国王陛下が「早く、さあ急いでそこにサインを!」とアランさんに急かされて結婚誓約書にサインをする姿が見えた。顔色がちょっと悪かった。
淡い緑の髪に美しいエメラルドグリーンの瞳を持つという癒し系カラーのアランさんだけれど、顔が整いすぎているから真顔だと怖い。
彼は国王陛下を見下ろしながら言った。
「わたしはもちろん、この国の錬金術師長として国の安全と平和のために働いていきたいと思っている。しかし、国よりもリーサが優先だ。この国がリーサの利益に反する存在になるようであったら、躊躇せずにリーサを取ることを断言しておく」
「ディアライト錬金術師長、頼むから、少しは躊躇してはもらえぬか? わしはこの国が滅ぶような未来を迎えたくないのだ。決して天罰を受けるようなことにはならぬようにするゆえ、万一の時にはぜひとも時間をもらいたい」
ますます顔色が悪くなった国王陛下が震える声で頼んでいた。
婚約のなんだかんだで話がかなり横道に逸れて、そのまま高速道路に乗って爆走してしまったので、本来の道に戻ることにする。
「ええと、話の続きをしましょう」
椅子に戻ったわたしは言った。
「のちほど上級回復薬をおふたり以外の人物には使用できないようにした上で、国王陛下と王妃陛下にひとつずつお渡しします。国の象徴でもある王族に万一のことがあると、ただでさえ不安定な国状が悪化する恐れがありますので、必要とあらばためらいなく使ってくださってかまいません」
「ありがとう、感謝する」
国王陛下が頭を下げたら、なぜかアランさんと側に控えるナオミさんが満足そうに頷いた。
「もうひとつお話があります。実はですね、わたしはもう一種類、とても効果のある薬を持っているんです」
わたしは木の入れ物を取り出した。これは箱庭でアドリンに作ってもらったもので、中にはハンドクリーム風万能薬が入っている。
蓋を開けて見せると、半透明の黄色いジェルクリームはほんのりと光を発した。神力と魔力と精霊の祝福がたっぷり含まれているからかな?
「これは、皮膚に塗って使う回復薬で、通常の飲むタイプのものでは消せなかった傷跡が消えます。騎士団長さん、よかったら傷跡に塗らせてもらえますか? 騎士の勲章とかで消したくないのなら、無理強いはしませんけど」
実は、ナオミさんの傷で実証済みなのだ。
この腕が立ちそうな美人侍女さんの身体には、引き攣って変色した傷跡が無数に走っていた。今は王宮で働くくノ一系侍女だけれど、以前は戦線に立って勇敢に戦っていたらしい。
無惨な傷跡を見せながら「リーサさま、戦士は男性だけではないのですわ。けれど、戦場で命を散らした同胞たちのことを考えれば、このような身体になっても長らえているわたしは幸せなのでございます。ただ……この身体を殿方には見られたくありませんので、一生独身でいるつもりなんです」と笑うナオミさんを見たら、なぜだか泣けてきてしまった。
男女で差別をするつもりはない。
けれど、やっぱり、女性がこんな傷跡を抱えていたら駄目だ。
というわけで、わたしは「リーサさま、ご無体な、あーれー」と、どこかで聞いたような悲鳴を上げるナオミさんのドレスをひん剝いて、薬を全身に塗ってあげました。
もちろん「よいではないか、よいではないか」と言うのがお約束です。
無残な傷跡が消えて、シミひとつない美しい肌に戻ったナオミさんが、しばらく鏡を見てから号泣し始めたので、つられて一緒に号泣してしまったのもお約束ですよね。
「かまわんぞ、騎士の勲章は傷跡ではなく剣の腕だからな。好きなだけ試してみてくれ」
騎士団長が立ち上がってわたしに左腕を出した。
「ずいぶんときらびやかな薬だな。これが俺の一番目立つ傷跡だが……おい、ディアライト殿、なんで邪魔をするんだ!」
クリームを塗ろうとしたわたしと騎士団長の間に、アランさんが立ちはだかった。
「わたしの可愛い婚約者に、むさ苦しい男の腕を触らせたくない。錬金の天才であるこのわたしが懇切丁寧に塗ってやろう。ありがたく思え」
「ちっともありがたくねーよ! やめろ、なんか嫌だから、自分で塗る!」
「なにを照れている」
「照れてねーよ! やめろ、この女顔」
「貴様……ついでに脱毛してやろうな」
「痛えっ!」
どうやらこのふたりは仲良しさんのようだね。
そして、目が笑っていない笑顔のアランさんに腕の毛をむしられた騎士団長の腕は、傷跡がすっかり消えてツルツルになった。
「これは……すごい効果だ……信じられん……神の奇跡が俺の腕にも起きたとは……」
腕を撫でながら、騎士団長が言った。
「騎士団長さん、この薬をいくつかお分けしますので、ぱっと見て傷が目立つ人から塗ってもらえますか? 傷跡を気にしている人を優先でお願いします」
「……天使リーサよ、感謝いたします。勇敢な騎士ほど、見るも無惨な傷跡を持っているのです。決して口には出しませんが、特に女性の身には辛いものだと思います」
うん、それはよく知っているよ。ナオミさんの涙は忘れない。
「それからこちらの薬をひとつ、王妃さまに管理していただきたいのです」
わたしの合図でナオミさんが進み出て、王妃陛下の前に塗る万能薬を置いた。そして、奈都子お姉さんが説明をする。
「わたしも使ってみましたが、この薬は顔や髪に擦り込むと艶と潤いをもたらしますので、化粧品としても使えるんですよ。王族というのはその国の象徴であり、国民の心の拠り所となります。ですから、王妃さまはルニアーナ国の母であり、国の花であっていただきたいと考えます」
王妃陛下は戸惑った様子で言った。
「でも、天使リーサ、この薬が必要な者は他にたくさん存在しているのではないかしら?」
「大丈夫、万能薬は必ず必要な人に行き渡るようにします。王妃さま、華美になって欲しいというのではありません。この国の母として、美しく健やかなお姿で国民を導いて欲しいのです」
「天使リーサ、あなたという方は……ありがとうございます」
王妃陛下は薬の入れ物を手にすると「わかりました。わたしはこの国の王妃としてふさわしくあるため、こちらを使わせていただきます」と微笑んだ。
こうして、会議は終了し解散となった。
「それではリーサ、部屋に戻って結婚式の段取りを話し合おう」
わたしをエスコートしようと腕を差し出しながら、アランさんが言った。国王陛下が婚約の書類にサインしてからとても嬉しそうだ。
もちろん、わたしも嬉しいけどね。
でも、さすがに今夜は結婚式の夢を語る元気がない。アランさんの腕に手を添えながら「もう疲れちゃったから、申し訳ないけどそういうのは明日にしてもらってもいいですか?」とお願いした。
「もちろんだ、気がつかなくてすまなかった。リーサは華奢だからな、体力がなくても仕方がない。リーサの健康が最優先だ、部屋に届けさせるから回復薬を飲みなさい。今夜は薬草の葉のサラダを出すように厨房に知らせておこう」
貴重なお薬と薬草だけどいいんですか?
わたしと違って、錬金術省でブラック勤務を平然とこなすアランさんは、とても体力があるようだ。まさか剣術まで極めているとは知らなかった。いつ鍛錬してるのか不思議だ。
「正式な婚約者となったことだし、リーサはこのままわたしの屋敷に住むことにするのはどうだろうか?」
「いいえ、結婚式を済ませるまでは、別に暮らしたいと思います。お堅いと思うかもしれないけど、わたしはそういうことについては、おばあちゃんにしっかりと躾けられたの」
「そうか……それでは仕方がないな。さすがは天使を育てた方だ、大変しっかりした女性だったと思われる」
天国のおばあちゃん、両親が事故で亡くなってからわたしを立派に育てあげてくれてありがとう。理衣沙はイケメン錬金術師長の花嫁になります……って、違うじゃん!
「アランさん、ちなみに、おばあちゃんはまだ生きてますからね。おばあちゃんも神さまに他の世界に送られたから、そっちでおじいちゃんと暮らしているの。もう会えないけど、元気にしてるって聞いてるんだ」
「なんと、リーサさまはさまざまな世界に遣わされる神のお使いの血族でいらっしゃったか!」
これは、こっそりと近寄ってきて話を聞いていたらしい宰相のおじさんの言葉だ。急に叫ぶから驚いたよ。
「これはこれは、お見それいたしました」
頭を下げる宰相さんに「祖母は高齢なので、たぶん、お仕事は頼まれずに異世界で普通に暮らしていると思いますけど」と答えておいた。
わたしは結婚する気満々なアランさんに釘を刺す。
「結婚式は、奈都子お姉さんが浄化を進めて、ある程度国情が安定してからにしてください。まずは回復薬の用意を優先したいの。結婚式の準備に時間を使えないよ」
「そうだよ」
奈都子お姉さんが援護してくれた。
「わたしも精いっぱい浄化して魔物の湧きを抑えていくけどね、しばらくは厳しい戦いが続くと思うんだよ」
わたしたちの結婚に反対しなくなったお姉さんは、強い味方になってくれる。
「ディアライトくん、結婚式というのは女の子にとっては夢の晴れ舞台で、ドレスとかその他いろいろ、充分に準備をして臨みたいものなんだ。理衣沙は真面目で義理堅い子だから、前線で戦っている人がたくさんいるのに、頭の中をお花畑にして過ごせないんだよ。まずは瘴気と魔物をなんとかしようね」
わたしはうんうんと頷いて「お姉さんの言う通りです」と言った。
奈都子お姉さんの言葉を黙って聞いていたアランさんは「なるほど、了解した」と頷いた。
「浮かれてすまなかった。異世界より助けに現れたふたりが、これほどまでにこの国の平和を考えてくれているというのに……わたしは自分のことしか考えられなかった……」
沈痛な面持ちのアランさんに、わたしは慌てて言った。
「あのね、わたしもね、もちろん楽しみなんだよ。アランさんは、優しくて、頼りがいがあって、お仕事ができて、カッコよくて、アランさんの奥さんになれるわたしは幸せ者だよ」
「そんな風に思ってくれるのか、ああリーサ! 可愛すぎる!」
わたしはアランさんにぎゅうっと抱きしめられて、額と頰に激しく口づけられてしまった。
「うにゃあああああっ、ちょっ、アランさん!」
「リーサ、好きだ、愛している。もう一生離さない」
抱きしめられてもがきながら、わたしは「落ち着いて! アランさん! どうどう!」と叫んだ。
ここはまだ会議室なんですけど! みんながガン見してくるんですけど!
「リーサのためならなんでもするぞ。リーサの敵はこのわたしが殲滅する。リーサを邪魔する者はすべてこのわたしが……国土ごと消滅させる……ふふふ……」
アランさん、ありがとうね。
頼りになる旦那さまになりそうでとても嬉しいよ。
でもね、皆さんが顔面蒼白になっているから、物騒な愛情表現はそのくらいにしておいてね。
そして、奈都子お姉さんが「絵にかいたようなイチャイチャを見せられて、一杯飲みたい気分になってきたわ。今夜は飲むぞー、おー」と力なく言いながら帰っていったから、二日酔い対策用に回復薬を届けた方がいいと思うんだ。
***
錬金術師アランフェス・ディアライトは、廊下の隅で俯き、両手のひらで顔を覆った。
「くっ……油断すると、表情がだらしなくなってしまう。せっかく我が天使リーサに『アランさんはカッコよくて優しくて頼りになって仕事ができて人望も厚く、凜々しくたくましい素敵な男性だから、ぜひぜひお嫁さんにして欲しいな』と言ってもらえたのだから、そのイメージを崩したくない。しかし、可愛いリーサのことを考えるたびに、顔が……笑み崩れていってしまう。どうしたらいいのだ」
理衣沙はそこまで褒めていない。おそらくアランフェスが脳内で何度も理衣沙の言葉を再生しているうちに、彼の海馬にバグが起きたと思われる。
「ああ、リーサが可愛くて息の根が止まってしまいそうだ。しかし、わたしが死んだらあの愛らしい天使を手に入れようとする有象無象が寄ってくるだろうから、絶対に、命を落としてはならない。幸せな新婚生活のために、わたしはたゆまぬ努力をしなければならないのだ! なにしろ、新婚さんだからな、わたしと若妻リーサはわたしの屋敷で……いかん、期待と不安で心臓が苦しくなってきた」
妄想が暴走していた。
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