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入れかわり失敗から始まる、偽者聖女の愛され生活 ※ただし首輪付き

さき / 著
Shabon / イラスト
ISBNコード 978-4-86669-684-3
定価 1,430円(税込)
発売日 2024/06/27

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内容紹介

入れかわりに失敗したのに、どうして私が聖女の妹ポジションに!?
国家転覆を狙ったはずが、クセ強聖女や王子達に愛でられる賑やか王宮ライフが始まりました。
聖女アマネと入れかわり、国家転覆を企てる――。そんな過酷な任務を命じられて、この三年間そのためだけに生きてきた私。聖女と瓜二つの顔を与えられ、全ての情報を頭に叩き込み、いよいよ王宮に侵入するが――アマネ本人に捕まり何故か気に入られてしまった! しかも、第二王子レナードからはステラと名付けられた上、嫁にしたいと言われる始末。偽者のはずが聖女の妹ポジションに収まった、記憶無し少女のハチャメチャ王宮ラブコメディ!
「いずれ俺の嫁になるんだから、いざって時にも戦えて当然だろ」

立ち読み

『聖女アマネの妹』としてステラの生活が始まり、一ヵ月が経過した。
 突然現れた妹など普通ならば怪しんで当然なのだが、誰もが「アマネ様の妹なら」とステラのことを受け入れている。
 聖女の地位の高さと、それほどまでにアマネがこの国に貢献しているということだ。
 ステラにとっては人に首輪を着けて姉妹愛を押し付ける厄介でしかない女だが、これがなかなかどうして人望は厚い。外交の手腕も長けているし、なにより異世界の知識というのが類を見ないもので、彼女の発想、そして実現させる才能と技術は名実共に世界唯一なのだ。
 そんなアマネの人望と貢献、そしてサイラスとレナードが同意しているというのも周囲が納得する要因であった。
 とりわけレナードに対しては警備面での信頼もあり「何かあってもレナード様がいらっしゃるから」と話す者は多い。
(人望ねぇ……。どうして己に関する決定を他人への不確かな感情にゆだねられるのか)
 よく分からない、と考えながらステラは王宮の一角を歩いていた。
 屋内はおろか敷地内も含めて自由な行動が許されており、その範囲内であれば首輪も締まらないという。だからといって出歩く気にはならず、もっぱら与えられた自室とアマネ達のいるところの往復である。
 本音を言えば部屋に引き籠って今後の打倒アマネ計画を立てたいところなのだが、それをしたところ「ステラちゃんと会えなくてお姉ちゃん寂しい」とアマネが部屋に入ってくるわ、それと一緒にサイラスとレナードまで来るわで騒々しくなったのだ。
 これなら自ら部屋を出た方がマシだ……、と、有耶無耶のうちにベッドでアマネに寝かしつけられながら思ったのは記憶に新しい。

 そうして王宮内を歩き、一室の前で足を止めた。
 扉にはレナードの名前が記されている。彼の執務室だ。一応の礼儀として扉をノックすれば、「入れ」と簡素な返事があった。
 低い声。幾分警戒の色が感じられるのは警備を担う役割からか。ゆっくりと扉を押し開いて中に入れば、机に向かい仕事をしていた彼が顔を上げてこちらを見た。
「なんだ、ステラか。どうした」
 相変わらず声は低く、警戒を隠そうともしていない。むしろ警戒の色を強めて鋭い眼光で探るように睨みつけてきた。
 言葉で訪問理由を尋ね、そして視線では噓偽りを見逃すまいとしているのだ。
 真正面からぶつけられる警戒心をステラはさして気にも留めず「仕事中に失礼」とだけ返しておいた。
お姉ちゃんアマネを見てないか? お姉ちゃんあいつの部屋に行ったんだが姿がなくて……、うぅううう」
「強制で姉呼びさせられて不服なのは分かるが、いい加減慣れろ。唸るな」
「慣れなくてはと思う反面、慣れたら終わりだという気持ちもする……、うぅうう」
「まぁ、分からなくもないな。それで、アマネを探してるんだったか。あいつなら兄貴と遠乗りに行ったぞ」
 レナードの話を聞き、そういえば、とステラはアマネが乗馬好きだということを思い出した。
 愛馬を可愛がっており、時に自ら手綱を握って草原を駆ける。女性にしては珍しい趣味だが、その一面もまた聖女としての特別視の一因になっているという。
 馬を走らせ黒髪を風に揺らす姿は凜々しく高貴さを感じさせる……、そんな賛辞が国民からあがるらしい。
 それを踏まえ、入れかわった際には怪しまれぬよう定期的に遠乗りに出るようにも言い渡されていた。
 その際には護衛のためサイラスかレナードが同行するのが決まりとなっているが、アマネが選ぶのはいつも……。
「置いていかれたのか、残念だったな」
 ニヤと笑みを浮かべてステラが告げれば、レナードの眉間に皺が寄った。
 警戒というより不服と言いたげな表情。「煽るな」と言い捨てる声にもどことなく不機嫌そうな色が交ざっている。睨みつけてくる眼光はより鋭い。
 だが彼は一度深く溜息を吐くと気持ちを切り替えたのか、「それで」と話を改めてしまった。
「どうしてアマネを探してるんだ?」
 問われ、ステラは特に隠すこともないと「これだ」と己の首元に手を添えた。
 姉妹愛のネックレスこと首輪。今のところ名前の刻印やお洒落なチャームは回避出来ており、シンプルな鉄の塊である。
 そんな首輪を軽く揺らせばカチャと金具が音を立てた。聖女の特殊技術なのか見た目に反して重さは感じず、苦しさもない。平時は着けていることを忘れてしまうぐらいだ。
 ……だけど、
「なんだかさっきからこれが締まってる気がするんだ」
「締まってる? お前、まさか何か企んでるんじゃないだろうな」
「いや、誘拐を企てたり脱走しようとするともっと分かりやすく締まってくる。さすがに呼吸は出来るけど、不快に思うぐらいにはきつい。あぁ、でも、寝込みを襲おうとした時は息が詰まるぐらいには締まった」
「誘拐だの脱走だの、挙げ句に寝込みを襲うだの、物騒なことをさらっと言うな」
「突然部屋に押しかけてきたかと思えば勝手にベッドに入り込んだ末に『お姉ちゃんが子守歌を謡ってあげる』なんて言い出して一分で鼾をかいて寝られたら誰だって襲いたくなる。他はともかく、あの時の私は悪くない!」
「……気持ちは分かるが、そういう時は俺か兄貴を呼べ、部屋から引きずり出すぐらいはしてやる。それで、普段とは首輪の締め付けが違うのか?」
 レナードの視線がステラの首元に向けられる。
 平時は着けているのを忘れてしまいそうなほど軽く、それでいてアマネに危害を加えようとすると締まる、ステラにとっては忌々しいことこのうえない首輪。悔しいが防犯としての効果は抜群だ。
 そんな首輪が一時間ほど前から徐々にきつくなってきていた。
 最初は肌に触れているのを意識させる程度に、次第にその感覚が煩わしくなり、今はたとえるならば首元の詰まったきつい服を着ているような感覚にまでなっていた。
 息苦しいとまでは言わないが不快だ。そう説明している間にもまた僅かに首輪が締まった。
 喋ることは出来るが、喋っている最中に締められると言葉が詰まってしまう。それほどまできつくなっているということだ。
「なるほど、それであいつを探してたのか。だが一時間前に遠乗りに出たばっかりですぐには戻ってこないぞ。……ん?」
「まだ戻ってこないのか……。まったく、人の気も知らないで勝手なお姉ちゃんだ。……そんな、女って単語も駄目なのか。うぇ、またちょっと締まった」
 首輪の性能と締め付けにステラが愚痴るが、対してレナードは何やら考えるように黙り込んでしまった。
 彼の視線はいまだステラの首元に注がれている。警戒の色を宿して睨みつけていた表情が次第に引きつったものへと変わり、僅かに上擦った声で「おい」と話しかけてきた。
「アマネの奴、遠乗りに出かけたが、その前に首輪の設定は変えて行ったんだろうな?」
「設定?」
「逃亡防止にアマネから離れたら締め付けるって言ってただろ。それは、アマネが自ら遠ざかった場合は無効なんだよな? 少なくとも今だけは無効になってるんだよな?」
 嫌な予感がしているのか引きつった表情で尋ねてくるレナードに、ステラは首輪に触れたまましばらく考え……、
「さぁ?」
 と答えた。
 もっとも、声を出そうとしたタイミングでまた首輪が締まったので「うぇ」という間の抜けた声になってしまったのだが。
 その瞬間、レナードが勢いよく立ち上がり、そのままの勢いでステラを担ぐと部屋を飛び出していった。


「あ、の、馬鹿女ぁ!!」
 背後から聞こえてくるレナードの怒声に、ステラは馬に揺られながら頷いて賛同した。
 彼に担がれて部屋どころか建物を飛び出し、そのまま彼の愛馬に一緒に乗せられ、走り出して今に至る。
 手綱はレナードが握っており、ステラは背後から彼に抱えられながら馬に揺られていた。
「おい、大丈夫か!? 苦しくないか!」
「……少し楽になった」
「楽に……。そうか、近付いてるんだな。あいつら、やっぱりあの場所にいるのか……!」
 レナードの言葉にステラは疑問を抱き、道の先を見通すように視線をやった。
 次第に街並みは自然が増え、今は家屋が点々としている。もうしばらく進めば広大な草原が広がっているだろう。
 国内の地図はあらかた覚えている。もっとも、これはステラとしての記憶ではなく、アマネと入れかわってもバレないよう『アマネが覚えているであろう地図』としての記憶なのだが。
 そんな脳内の地図と道を照らし合わせ……、
「あぁ、お姉ちゃんアマネとお前達が出会った場所……っ!!」
 と、話の最中に言葉を詰まらせた。咄嗟に口元を押さえる。
 それに気付いたレナードが馬を走らせたまま「おい!」と声を掛けてきた。手綱を片手で持ち、空いた腕でステラの体を抱きかかえる。
 彼の手が首に触れた。首を絞める……のではない。大きな手は締め付けから少しでも解放させるように首輪を押さえている。
「また締まったのか? もうすぐ着くからあと少し我慢を」
「舌を嚙んだ」
「……は?」
「舌を、嚙んだ」
 揺れている中で話をしたから思いっきり舌を嚙んでしまった。
 そう説明してベェと舌を出して見せれば、レナードが一瞬目を丸くさせた。だが次第に話を理解していったのか彼の表情がなんとも言えないものに変わっていく。
 その果てに発せられた「もう何も喋るな」という声はいまだかつて聞いたことのないほどに低い。唸り声とさえ言えるほどだ。
「くそ、心配して損した……。そもそもなんで俺が心配しなきゃならないんだよ……」
「難儀な性格だな」
「お前が言うな。もう何も喋るな。少しぐらい首輪で苦しんで舌を嚙め」
 自棄になっているのか、もしくは己の現状への八つ当たりか、命じてくるレナードの声は今日一番低い。
 これに対してステラは今は大人しく従っておこうとし、ふと道の先に見覚えのある姿を見つけた。
 開けた草原。そこに二頭の馬が止められており、少し離れた場所にアマネとサイラスが並んで座っている。
 二人はこちらに背を向けており、遠目でも距離が近いと分かる。触れそうなほどに近付き、それどころかサイラスの手がアマネの肩に触れている。割って入るのを躊躇わせる空気だ。
 だが今のレナードにはそんな空気など関係ないのだろう。むしろ彼からしたら二人の間に漂う空気が良ければ良いほど腹立たしいのかもしれない。手綱を握る手がわなわなと震えている。
 その気配を感じ取ったのか、単に足音を聞いたか、アマネとレナードがほぼ同じタイミングで振り返った。
「よぉ、お二人さん。楽しそうなところ邪魔して悪いな」
「レナード、どうしたんだ? ステラまで連れて」
 突然の乱入にサイラスが不思議そうに視線を向けてくる。
 彼の隣に座るアマネは自分達の距離が近いことに今更気付いたのか慌てて立ち上がり、白々しくステラを呼んで近付いてきた。
「可愛いステラちゃん、お姉ちゃんがいなくて不安になって探しに来たの? ごめんね、いつも一緒にいようって約束したのに」
「約束してない」
「そんなに拗ねないで。でも、どうしてわざわざ探しに来たの?」
 サイラスとアマネがそれぞれ理由を尋ねてくる。
 それに対して、ステラはレナードと顔を見合わせ……、
お姉ちゃんお前が遠くに行くから私の首輪が締まったんだ」
「アマネが遠くに行くからこいつの首輪が締まったんだ」
 と、声を揃えて言ってやった。
 次の瞬間、長閑な草原にアマネの甲高い悲鳴が響き渡った。


「ごめんねぇ、お姉ちゃんってば可愛い妹に酷い仕打ちを……。こんなのお姉ちゃん失格だわ……、やめないけど、お姉ちゃんであることはやめないけど失格だわ。失格だろうとやめないけど」
「嘆いてても残る自我の強さ」
「本当に悪かったよ。最近仕事が立て込んでて出かける機会が少なくてさ。久しぶりだから少し浮かれちゃって」
「はいはい、分かったよ。何事もなかったしもういいだろ」
 嘆きながら謝ってくるアマネにステラが呆れながら返し、苦笑しつつ謝罪をするサイラスの話にレナードが肩を竦める。
 賑やかとさえ言える状況に擦れ違った者達は不思議そうにこちらを見るが、二人の王子と聖女がいると分かるや誰もが恭しく頭を下げた。中には、それに加わるステラを見て「あれが噂の……」「本当にそっくり」と小声で話し合う者もいる。
 その声には警戒の色は全くなく、あるのは好奇心と敬意だけだ。
(警戒や侮蔑の視線は覚悟してたけど、真逆の要素で見られるのはなんだか落ち着かない……)
 妙な居心地の悪さを覚えつつ、行きと同じようにレナードが手綱を握る馬に揺られる。
 本当は一人で馬に乗りたかったのだが、それを話したところ「逃げるつもりか? 駄目に決まってるだろ」「僕はいいと思うよ。そうしたらアマネは僕の馬に乗ればいい」「お姉ちゃんと一緒に乗りたいのね。さぁおいで」という三者三様の返答をされてしまったのだ。
 それが順にレナード、サイラス、アマネなのは言うまでもない。これに対してステラはレナードとサイラスには返答し、アマネのみ無視をし、仕方なくレナードの馬に乗って今に至る。
「まったく……、なんで俺がこんな面倒なことを」
 背後から聞こえてくるのはレナードの愚痴。
 既に怒りは引いているようだが、どうやら怒りが引く代わりに疲労感が募ってきたらしい。声には覇気がなく、うんざりだという気持ちがこれでもかと込められている。
 そんな愚痴を聞きながら、ステラはふと考えを巡らせた。自分の体を支えるレナードの腕に視線を向ける。
 日々鍛えているだけあり逞しい腕。彼は王族として騎士隊を率いており、有事の際には自らも剣を持って戦うと聞いた。もっとも、この国が他国と争っていたのは随分と昔、歴史と言える時代のことなので彼が戦場に出たことはない。
 それでも国内の争い事を収めるために騎士は日々鍛えており、彼の腕の逞しさや背に触れる体軀の良さからそれを感じられる。
 思い返せば、自分を担ぎ上げる時も軽々としていた。
 彼はそのまま人を担いでいるとは思えない勢いで王宮を飛び出して馬に飛び乗ったのだ。
(レナードは私を助けてくれたんだよな……。それに、この名前も考えてくれた)
 もしもレナードが『ステラ』という名前を提案してくれなければ、あやうく『春風に誘われて舞い降りたハニーマフィン』として今日一日首輪の締め付けに苦しむところだった。
 そんな最悪を超えた地獄とさえ言える状況を想像すれば、今は比べるまでもなくマシだ。『ステラ』という名前も既に馴染んでいるし、首輪も元に戻った。ちゃんとアマネから遠ざかった時には締め付けないように設定を変える約束も取り付けてある。
 それらは全てレナードのおかげだ。
 となれば礼の一つでも言っておくべきなのかもしれない。
 そう考え、さっそく……、と礼を告げようとするも、言い出すより先に王宮に到着してしまった。
「ごめんねステラちゃん、お詫びにお姉ちゃんのデザート食べていいからね。なんだったらお姉ちゃんが食べさせてあげる。だから不甲斐ないお姉ちゃんを許して……」
「アマネ、ほら落ち着いて。とりあえず中に入ろう」
 いまだ落ち込んでいるアマネを宥めて、サイラスが彼女を連れて王宮の中へと入っていく。「先に行くよ」と苦笑交じりに告げてくる声と軽く手を上げる仕草は相変わらず爽やかだ。
 そんな二人の背が小さくなるのを見届け、ステラは今ならと考えて馬上でくるりと振り返った。背後から抱えられるように密着しているため振り返れば間近にレナードの顔がある。
 突然振り返ったステラに驚いたのか、彼の濃紺色の瞳が丸くなった。
「な、なんだよ。また舌でも嚙んだのか?」
「いや、礼を言っておこうと思って。……ありがとう」
 レナードの目をじっと見つめて感謝の言葉を口にする。
 彼はいまだ目を丸くさせたままで、呆然としたように「……は?」という声を漏らすだけだ。
 突然感謝されてわけが分からないのだろう。確かに突然すぎた。
「首輪のことに気付いて、すぐに馬を出してくれただろう? それに名前も考えてくれた。その礼は伝えておかないとと思って」
「そ、そう、か……。いや、気にするな」
「分かった。それなら気にしない」
 本人が気にするなと言っているのなら気にしなくて良いのだろう。そう判断し、ならばと馬からひらりと降りた。
 先程のサイラス同様に「先に行ってる」と声を掛けてレナードを置いて王宮へと向かう。特に彼を待つ理由も、ましてや振り返って様子を窺う理由もない。むしろこの騒動でお腹が空いているため、心なしか歩みはいつもより速い。
 ゆえに、レナードが馬上からなかなか降りなかったことも、ましてや彼がじっとステラを見つめていたことも、
「……なんだよ、あいつ、結構可愛いところあるじゃねぇか」
 そう小さく呟いたことも、生憎とステラは気付かなかった。


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