書籍詳細
生まれ変わったら結婚しようと約束しましたが、どうかなかったことにして下さい
ISBNコード | 978-4-86669-700-0 |
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定価 | 1,430円(税込) |
発売日 | 2024/08/28 |
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内容紹介
立ち読み
「……まずはお礼を言わせて。昨日はありがとう。一緒に遠乗りができたのは楽しかったし、前世の話ができたのも嬉しかった。得難い時間だったわ」
「それはオレも同じだ。お前と昔のことを語れるのは嬉しい」
柔らかい笑みを浮かべながらアスラートが告げる。その目はどこか懐かしむようで、やはり彼は私の前世を重要視しているのだろうと察してしまった。
――まあ、それは私もなんだけど。
彼がナギニでなければ、私がヒルデでなければ、今、私たちはここでこうしていない。つまりはそういうことなのだ。
だからこそ、一緒に居続けることはできない。
「プロポーズの返事をさせてもらうわね。気持ちはとても嬉しい。でも、受けることはできないわ」
「なっ……」
アスラートがソファから腰を浮かせる。その顔は驚愕に満ちており、よもや求婚を断られるとは思っていなかったことが伝わってきた。
そんな彼に告げる。
「ごめんなさい。でも、私たちは、たぶん今の私たちだけを見てくれる人と一緒にいる方が良いのよ。そしてあなたにはそういう人がすでにいる。気づいていないだけで、側にいるのよ」
だから私のことは諦めて欲しい。そう言うと、アスラートはカッと目を見開いた。
「今を見る、だと? もしかしてお前が言っているのは姉のことか? それなら前にも告げただろう。あいつはオレに興味がないし、それはオレも同じだ」
声音は真剣で、彼が本心からそう思っているのが伝わってくる。
だけど違うのだ。だって私は昨日、姉本人から彼への恋心を聞いてしまっているから。
私は首を横に振り、立ち上がった。
「そう思っているのはあなただけ。人は変わるの。時間があれば、感情はいくらでも変化する。それにお姉様は私と違って、今のあなたを見ている。あなたに――アスラートに相応しい人よ。だからきちんと向き合って差し上げて」
「おい!」
「話はこれだけ。時間を取ってもらって悪かったわね」
「カタリーナ!」
顔色を変え、詰め寄ってくるアスラートを躱す。彼に視線を合わせ、口を開いた。
「お姉様とお幸せに。ナギニとヒルデの話はここまでよ。私も私の幸せを探すわ。じゃ、短い間だったけど楽しかった」
「おい、待て! カタリーナ!!」
「待たない。もう私に話すことはないもの」
扉に向かう。アスラートが追ってきたが、私は彼の目の前で扉を閉めた。
「おい――!」
「さようなら」
最後に見たアスラートの顔は、驚愕と絶望に彩られていた。
せっかく求婚してくれたのに、酷いことをしてしまった。でも、きっと彼なら私の言いたいことも分かってくれるだろう。
過去を振り払い、今を生きようとしてくれるはずだ。姉と共に。
――ズキン。
「っ」
心臓のある場所を手で押さえる。
突き刺すような痛みが私を襲っていた。
どうしてだろう。
彼の手を離すと決めたのは私のはずなのに、何故、こんなにも心が痛むのか。
「感傷に浸っているだけよね、きっと」
そう結論づけ、歩き出す。
私にできることはした。
あとはふたりが上手くいってくれることを祈るだけ。
「うっ……」
それだけのはずなのに、何故か涙が溢れてくる。
心が叫ぶ。
本当は手放したくなかったのだと言っている。
「そんなの分かってるわ。でも、無理だったのだもの」
私は姉が幸せになることを邪魔したくないし、アスラートにだって幸せになって欲しい。
そしてそのためには、私が身を引くのが一番だった。ただ、それだけのことなのだ。
過去に囚われすぎている者同士が一緒にいても、未来は明るくないと思うから。
彼には自由に生きて欲しい。姉と一緒に。
涙をゴシゴシと手の甲で拭い、平気な振りをする。
こうしていれば、きっとそのうち『振り』も『真実』になるような、そんな気がした。
「さようなら」
酷く追い詰められた顔でカタリーナが告げる。
目の前で扉が閉められた。
それを開けて追いかけるのは簡単なはずなのに、彼女の顔がそれをすることを強く拒否していてできなかった。
「……」
フラフラと近くのソファに腰掛ける。
たった今、カタリーナに言われた言葉が信じられなかった。
求婚は受けられないということ。
自分ではなく、姉のことを見てくれと言って、去っていったこと。
全てが悪夢のようで、吐き気がした。
「殿下?」
扉が閉まった音で、カタリーナが帰ったことに気づいたのだろう。
隣の部屋で待機させていたミツバたちが戻ってきた。
「……カタリーナ様は?」
ミツバが小声で聞いてくる。その顔を思いきり睨んだ。
「ひっ……」
「余計なことを言うな。黙っておけ」
「はっ、はいぃ……」
小さくなるミツバ。兄を押し退け、ヨツバが言った。
「どうしました、殿下。カタリーナ様はプロポーズのお返事に来られたのでは? その様子を見るに……断られたようですが」
「黙っておけと言っただろう」
断られたと他人の口から言われ、腹立たしい気持ちになった。
断られた。そう、オレは断られたのだ。
昨日の感じなら、絶対に受けてくれたであろうプロポーズ。それが突然、今日になってひっくり返った。
その理由がどこにあるのか、聞かれなくても分かる。
「くそっ、あの女……」
サリーナだ。
カタリーナがオレの求婚を断る理由なんて、あの女以外にあるわけがない。
きっとオレの知らない間に、あの女がカタリーナに余計なことを吹き込んだのだ。
昔から真に受けやすいカタリーナはそれを信じた。
真相なんてこの程度のものだろう。
「何がお姉様とお幸せに、だ。ふざけやがって」
その姉こそが、オレとカタリーナを引き裂いた元凶だというのに、彼女はそれに気づきもせず、身を引いた。
誰もそんなこと望んでいないというのに。
そういうところは、ヒルデだった頃のままだ。
気が弱く、強く出られると退いてしまう。
昔のオレは、そういうところも可愛いと思っていたが、今は腹立たしい限りだ。
何故退くことを選んだのか。
オレはこんなにもカタリーナに手を伸ばしているというのに!
「クソッ! ……直接あの女に確かめる」
舌打ちしながらミツバたちに告げた。
ここで腐っていても現状は何も変わらない。
行動を起こさなければならないのだ。そして今起こすべき行動とは、姉であるサリーナに話を聞くことに他ならなかった。
一体、カタリーナに何を言ったのか、何故、たった一晩であんなにも頑なになったのか説明してもらわなければ納得できなかった。
「サリーナの部屋に行くぞ」
苛々した気持ちを隠しもせず告げる。
ミツバたちは「あー、やっぱり振られたんだ」「自信満々だったわりに情けないですね」と好き勝手に言っている。あまりにも腹が立ったので思いきりその背中を蹴りつけた。
◇◇◇
「どういうことだ!」
入室とほぼ同時に叫ぶ。
睨み付けると、オレを迎え入れたサリーナはキョトンとしていたが、すぐに思い当たったような顔をした。
「あらあら、いいざまね。アスラート王子。その顔はもしかしなくてもカタリーナに振られた?」
「こっのクソ女!」
察した、みたいに言われ、ピキリとこめかみに筋が走る。
今の言動だけでも分かった。
やはりサリーナが余計なことを言ったのだろう。
「昨日、カタリーナにプロポーズをした。受け入れてくれると確信していた。それが今日になって――」
「お断りされたの? あらまあ、情けない。女ひとり、捕まえられないなんて」
「お前のせいだろう!」
煽られているのは百も承知だったが、吼えてしまう。
サリーナはキャラキャラと笑い「座りなさいよ」と近くのソファを示してきた。
「誰が座るか。悠長に話をする暇などない。オレが聞きたいのはお前がカタリーナに何を言ったか、だ。あいつ、お姉様とお幸せに、なんて言ってきたんだぞ!」
「まあ。カタリーナってば、普段は我を通そうとするのに、肝心なところではそれを引っ込めちゃうんだから。あれかしら。やっぱり『アスラート王子のことを好きになっちゃった』って言ったのを気にしているのかしらねえ」
「何故、そのような噓を吐いた!!」
あっさりと告げられた言葉を聞き、頭に通っている神経が、数本纏めて切れた気がした。
サリーナがオレを好きなんてあり得ない。
それはこの女の態度を見ていればすぐに分かることだ。
案の定、サリーナは言った。
「別に良いでしょ。大体、私は言ったはずだけど? 徹底的に邪魔をするって。それでも構わないと頷いたのはあなたではなくて? アスラート王子」
「邪魔の仕方をもう少し考えろ!」
「嫌よ。どうせやるなら、一番効果的なのがいいもの。それに、あなたはカタリーナに本気なのでしょう? どんな邪魔をしても乗り越えてくれるのではなかった? それともそれは噓だったの? だとしたらがっかりだわ」
「噓なはずがないだろう! オレは本気であいつを愛している!」
売り言葉に買い言葉だと分かっていたが、黙ってはいられなかった。
サリーナがにんまりと唇の端を吊り上げる。
「そう、それなら、私が何を言おうと平気なはずでしょ。カタリーナを信じさせることができるはずだわ」
「……よく言う」
カタリーナがサリーナを大切にしていることを知っていて、その台詞を言うのだから、この女は大概性格が悪い。
最初に出会った時は、美しい外見をした大人しい王女だと思っていたが、とんでもなかった。
思い違いにもほどがある。
ギロリとサリーナを睨み付ける。
「このクソ女め……」
「お褒めにあずかり光栄だわ。あ、一応言っておくけど、実はあなたのことが好きとかいうオチはないから安心して。あなた、私の好みとは違うのよね。私はもう少し静かな男が好きなのよ」
「それはオレも同じだ。お前みたいな女、誰が……」
オレが好きなのは、カタリーナだ。
断じて、目の前にいる妹過激派女ではない。
「くそっ、余計なことしか言わないクソ女め。オレはカタリーナの誤解を解く。だからお前もこれ以上邪魔はするなよ?」
「嫌よ。どこまでも邪魔してあげるんだから」
「……チッ」
釘を刺したのに、断られてしまった。
しかし、これ以上この女に構ってはいられない。オレが気にするべきは、サリーナではなくカタリーナだからだ。
「邪魔をした」
聞きたいことは聞けた。もう用はない。
憎たらしい女に背を向ける。
こんな女に構っている暇はないのだ。
姉がオレを好きだとすっかり思い込んでいるカタリーナの誤解を解きに行かなければならない。
「頑張ってねえ~」
後ろから暢気な声が聞こえ、反射的にキレそうになったが、これでも世話になっている国の要人だと必死に我慢した。
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