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彼女こそ運命の人だ!と面識のないイケメンに宣言された令嬢は私です

秋灘 才 / 著
一花 夜 / イラスト
ISBNコード 978-4-86669-706-2
定価 1,430円(税込)
発売日 2024/09/27

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内容紹介

「彼女こそ、私の運命の人だ! 私は絶対に彼女と結婚する!」侯爵令息レスターに、舞踏会で突然宣言された伯爵令嬢ソフィア。彼は顔よし身分よしのスーパーエリート。一方ソフィアは、恋愛には興味0で領地経営に邁進する地味令嬢。……いや、私たち今日が初対面ですよね? どういうこと!? 何かの間違いですぐに撤回されると思いきや、なぜか侯爵家はノリノリで、そのまま縁談が進むことに。戸惑うソフィアに熱い視線を向け、レスターは驚くべき告白をする。「私は――私は、頭が悪い」え、今なんとおっしゃいましたか? 有能令嬢とちょっぴりポンコツな侯爵令息、こんな出会い方をするはずじゃなかった2人のハートウォーミングな恋物語。

立ち読み

「レスター様」
 目を合わせて名前を呼ぶと、先ほど綺麗に隠された不安が、また一瞬だけ垣間見えた。
「私、寄りたいところがあるのですが、一緒に行ってもらえませんか?」



 エルサ通りは、ほぼ貴族専用と言える高級店が並ぶ通りだ。その二本横の通りには、若い貴族のカップルや裕福な平民が利用する、小洒落た雑貨店等が並ぶルース通りがある。私の目的地はそこにある時計店だった。
 店内に入ると、この店の主力商品がずらりと並んでいる。
「懐中時計?」
「そうですよ。結構有名なんですが、ご存じないですか?」
 そう問うと、困ったような顔ですまない、と謝られてしまった。レスター様はこのお店をご存じないらしい。
 懐中時計を持つのは男性が多いが、店内にいる客は女性客二人とカップル一組だ。それが有名である理由を示唆するものだが、レスター様には特に説明せずに見覚えのある店員へ声をかける。
「こんにちは。お願いしていたものを受け取れるかしら」
「エルダン様。もちろんです、すぐにご用意致します」
 そう言って店の奥に入った店員は、すぐに品物を持って出てきた。
「こちらがご依頼の品でございます。もし不調が生じましたら、修理も承っておりますのでお持ちくださいませ」
「ええ、ありがとう」
「またのご利用をお待ちしております」
 店員の爽やかな笑顔に見送られて店を出ると、そのまま一旦馬車へと戻る。
「レスター様、お話ししたいことがあるので、どこか落ち着ける場所に行きたいです。お薦めはありますか?」
「……エルサ通りのカフェもあるが、込み入った話ならうちへ来るか?」
「急によろしいんですか? ご迷惑でなければ、お願いしたいです」
「ああ、構わない」
 御者に行き先を伝えたあと、レスター様は何か聞きたそうにこちらの様子を窺っていた。少し俯き気味のその表情は芳しくない。どうやら私からのお話に対して、良くない想像を働かせているらしい。
 どちらかというと身分や容姿や、色々なものが劣っている私の方が不安になりそうなものだが、レスター様とは逆に、今の私は今後に不安を感じていなかった。それは私の能力と私への思い、両方の面でレスター様が私を必要としていると、言葉でも態度でも伝えてくれるからだ。だから私は今安心して、彼の隣に立つことを受け入れられる。
 始まりは私から望んだ訳でもなく、レスター様が好きだった訳でもなかった。
 それをレスター様はわかっているから、きっと不安が拭えずにいる。得られたと思った好意を、少しの失敗で簡単に失うのではと危惧しているのだ。
 私自身初めて人を好きになって、どう関係を築いていくのが正解かなんてまるでわからない。けれど、伝えることを怠ってレスター様を苦しませたくないし、レスター様にも、気持ちを隠して私の都合の良いように振る舞って欲しくはなかった。
 そんな関係は、きっといつか破綻してしまうから。
 隣に座るレスター様の肩に、甘えるように頭を預ける。レスター様が私を大切にしてくれるように、私もレスター様を、大切にしたかった。



 オルフィルド邸に着くと、急な訪れにもかかわらず、優秀な使用人達はあっという間に受け入れ準備を整えてくれた。
 以前も案内された薔薇のテーブルに、以前とは違い、近く並べて置かれた椅子に腰掛ける。前回は視界に入るように待機していた使用人も今は見えず、あの時も二人きりで怖い思いをしないように気遣われていたんだなと、今更ながらに気がついた。
「ソフィア?」
 そんなことを考えていると、レスター様に名前を呼ばれた。隣を見ると不安の色が覗くエメラルドと目が合う。
「これを」
 そんなレスター様に、私は先ほどお店で受け取ったものを渡した。綺麗に包装された箱の中身は、もちろん懐中時計だ。
「私に……?」
「ええ、どうぞ開けてみてください」
 私の言葉を受けて、まるで風に揺られて木漏れ日が舞うように、その瞳にさっと喜色が差した。噛み締めるように丁寧に包装を剝がすレスター様を、可愛いなぁと思いながら見ていると、やっと中の箱にたどり着き、そっと蓋が開けられた。
 中から出てくるのはシンプルなデザインの懐中時計で、蓋の部分と中の時計盤には、私の瞳の色に似たブルーサファイアが一粒ずつあしらわれている。
「ファルラン時計店は、恋する女性に人気なんですよ。恋人に自分の目の色の宝石をあしらった懐中時計を贈ると、ずっと一緒に時を過ごせると言われているんです」
「ずっと、一緒に……」
「だから私は、レスター様にこれを贈りたかったんです。受け取って、いただけますか?」
 そう問いかけると、レスター様は衝動を堪えるようにぐっと胸を押さえた。
「……嬉しい。すごく嬉しい。ありがとう、ソフィア」
 こちらに向けられたエメラルドの双眸は少し潤んでいて、それが例えようもなく美しかった。自然と、笑みが浮かぶ。
「私もレスター様が好きなんですよ。だからこれからも一緒にいられるように願って、この時計を贈りたかったんです。実は、蓋の裏に二人の名前も彫ってもらってしまいました」
 そう伝えると、レスター様は時計を慎重に箱から取り出して、カチリと蓋を開けた。
「運命の人レスターへ ソフィアより愛を込めて」
 そこには、そう彫られているはずだ。
 彼女こそ私の運命の人だ、というレスター様の一方的な言葉で始まった関係だったけれど、今は私も同じ言葉を返せる。それを伝えたくて、彫ってもらった言葉だ。
「ああ、本当だ。……はは、知らなかった。嬉しいと、嬉し過ぎると。涙が出る、ものなんだな」
 くしゃりと顔を歪めたレスター様。その頬を涙が伝って、驚いて思わず手を伸ばす。
 そっと指先で涙を拭うと、綺麗なエメラルドの双眸が、痛みと熱を湛えてこちらを見つめた。
「出会いを、やり直したいと何度も思った。なんで、ただ普通に声をかける、その当たり前ができなかったのかと。情けなくて、申し訳なくて、仕方がなかった」
 血を吐くような悲痛な声だった。
「理性をなくしていた間のことは、そのくせ、いやに鮮明に記憶には残っていて。運命の人だと叫ぶ己を、八つ裂きにしてしまいたいと、何度も何度も思った。なのに」
 不意に言葉を詰まらせて俯くレスター様に、私はその頬を包み込むように両手を当てて、そっと視線を合わせた。
「あの時は驚くばかりでしたが、今はレスター様の〈運命の人〉が私なら嬉しいと思います。確かに普通ではありませんでしたが、あの出会いが、私達の始まりでした。始まりから今まで、レスター様が私を尊重して、大切にしようとしてくれたことは、ちゃんと私に伝わっています。だからもう、そんなに苦しまないでください」
「ソフィア……」
「それとも、もう私のことを運命の人だとは言ってくれないんですか?」
 少しおどけてそう言うと、レスター様は緩く首を振って、そして私を抱き寄せた。
「そんな訳がない。こんなにも、愛おしいと思うのに。ソフィア以外と歩む未来なんて、もう想像すらできない」
「なら、もう気にし過ぎてはダメですよ」
 あやすようにぽんぽんと背中を叩くと、ふっと微笑み交じりの吐息が返ってきた。
「ああ。どうしようもなく苦しい記憶だったのに。ソフィアはそれを、こんなにも優しい思い出に変えてくれるんだな」
 抱きしめていた腕を緩めて、レスター様は私と目を合わせた。
「ありがとう、ソフィア。私を赦してくれて。私も貴女にふさわしい男になれるよう、今以上に努力する。だから貴女が苦しい時や悲しい時は、私を頼って欲しい。……頼りないと思うかもしれないが、私だけは絶対に、貴女の味方になる」
「レスター様が味方になってくれるなら、何も怖くないですね」
「ソフィア……」
 レスター様の瞳から翳りがなくなったことが嬉しくて、思わず笑みが溢れる。そんな私を見て、レスター様は困ったように目を泳がせた。
「レスター様?」
「その、」
 言い淀んだレスター様は、しばし逡巡してから、こちらをそっと窺い見た。
「貴女が……」
「?」
「貴女があまりにも、愛らしいから、その。口付けたいと、そう思ってしまった」
「なっ!」
 予想もしなかった言葉に、一気に頬が熱くなるのがわかる。鏡を見るまでもない。絶対に、顔は真っ赤になっているだろう。
「す、すまない」
 レスター様もほんのりと頬に赤みが差していて、なんだか女の私よりも色っぽい気がする。
 予想だにしない展開に狼狽え過ぎて、思考が追いつかない。意味もなく視線を彷徨わせたり、手を組み直したりしていると、そっとその手にレスター様の手が重なった。恐る恐る視線を上げると、困ったような顔をしたレスター様と目が合う。
「すまない、無理強いする気も、急かすつもりもないんだ。困らせて悪かった」
「い、いえ。その、全然嫌ではないんですが、えっと、ただ、は、初めて、なので」
 こういう時、どうして良いのかわからないのだ。混乱のまま言葉を紡いでいると、レスター様の手がそっと頬を包んだ。
「私もだ。初めてのキスも、最後のキスも、私はソフィアがいい」
 そう言って微笑むレスター様の瞳が、びっくりするほど優しくて。それを見ていると、混乱していた心が、すとんとあるべき場所に収まった気がした。
 頬に添えられた手に、自分の手を重ねる。
「私も。初めても、最後も、レスター様がいいです」
 自然と浮かんだ笑みに、レスター様の微笑みがさらに甘さを増した。近づいてくるエメラルドの双眸が眩しくて、目を閉じる。
 やがてゆっくりと慎重に重ねられた唇は、柔らかくて、温かくて、切なくなるほど優しかった。
 そっと温もりが離れて目を開けると、満たされた笑みを浮かべるレスター様が、熱を失わない瞳で私を見つめていた。その熱に引き寄せられるように、再び唇が重なる。互いの気持ちを確かめるように、もう一度。満たされるのに、足りなくて。何度も重ね合い、深め合う。
 と、慣れないキスにカチッと互いの歯が当たってしまい、びっくりして我に返った。同じように驚いた顔のレスター様が目の前にいて、なんだかそれが無性におかしくて、二人でくすくすと笑い合って。
 幸せ過ぎて、なんだか泣きそうになった。


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