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落ちこぼれ花嫁王女の婚前逃亡

岡達英茉 / 著
m/g / イラスト
ISBNコード 978-4-86669-715-4
定価 1,430円(税込)
発売日 2024/10/30

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内容紹介

王太子殿下、溺愛はこっそりでお願いします!!
嫁いだ先で待っていたのは甘すぎる溺愛!? だけど周りは危険がいっぱいでバレるわけにはいかないんです!
偉大なる聖王国の第二王女であるにもかかわらず魔力を持たないために、王家の恥さらしと虐められてきたリーナ。戦争終結の証として厄介払い同然に元敵国の王太子ヴァリオのもとへ嫁ぐことに。しかし、冷たいと思っていたヴァリオは、実はリーナが以前新年祭を一人ぼっちで過ごしていたときに出会い、淡い思いを寄せた青年だった! 技術大国の王太子妃として、また両国の友好のために尽くそうとするが、リーナを羨む聖王家が陰謀を企て始め!?
「参ったな。そっちこそずる過ぎるだろ。なんなんだ、その可愛過ぎる反応は」

立ち読み

「キャロ……リーナ?」
 声が掠れるほど驚いているようなので、私もうろたえてしまう。気になって視線を上げ、正面に立つヴァリオと、そのまま吸い込まれるように初めて目が合う。
 ヴァリオは目を見開いて私を覗き込んでいた。
 見覚えのある顔だ、と思った。
 肖像画と似ていたからではない。むしろ、あの絵とはまるで似ていない。
(肖像画と似ているんじゃなくて、この人は……)
 見覚えのある姿とは、髪形はおろか髪の長さまで違う。それにこんなに豪奢な服は着ていなかった。
 でも輝きを放つようなアクアマリンの瞳は、見間違いようがない。何より目が合うなり、私達の間にあった互いの警戒心が一気に崩れるのか分かった。
「えっ? まさか、ルーファスさん……? 貴方なの?」
 声をかけた直後、ヴァリオがローテーブル越しに手を伸ばし、私の膝上のティーカップを片手で押さえる。驚き過ぎて傾いたティーカップからは、紅茶が溢れる寸前だった。
 慌ててティーカップをソーサーごとローテーブルに戻す。
 再び目を上げると、ヴァリオは目を瞬いて側頭部を押さえていた。
「リーナなのか? これは何が起きてるんだ?」
「ルーファスさんこそ、なぜそんな格好を? どうしてここに?」
「俺……、私は聖王国から来るキャロリーナ王女を自分の妃に迎えるために、ここにいる」
「私は、ダルガンのヴァリオ王太子殿下に嫁ぎに、ここに来ました」
「――私がそのヴァリオなんだが」
(嘘、そんなはずない! 王太子が一人で祭りに来るはずないもの)
 待てよ、と思い出す。あの時感じた不自然な点が急に思い出されて、今度は全く不自然ではなかったのだと、逆に納得させられる。ルーファスは聖都に連れと来たと言っていたし、度々男性二人組と出くわした。彼らはもしや、護衛だったのではないか。
 とはいえ、今目の前にいるヴァリオが偽者の可能性もある。
 ダルガンは持たざる者の私が気に入らなくて、本物の王太子を隠して、私を騙(だま)しているのではないか?
「ルーファスさんは髪が短かったのに、どうやって?」
「あれはカツラだったんだよ。名前も、ヴァリオじゃ聖王国では珍しい名前だから、君に名乗るのに聖王国らしい名前にしたんだ」
 こんなに都合の良い話があるだろうか。
 ヴァリオは目まぐるしく思考を巡らせているせいか、視線をあちこちに彷徨わせて言った。
「そうか。キャロリーナ王女の誕生日は、新年祭の二日後だったな。だからあのリーナは、聖王一家に興味もなくて、けれど一等地に空き家を所有していたのか!」
 私は驚きすぎて脱力したように隣に腰を下ろすヴァリオを見た。まだ私は、状況を理解できていない。夢でも見ている気分だ。
「ほ、本当にルーファスさんが王太子殿下なのですか? こんなことって……!」
「ルーファスが王太子なのではなくて、王太子がルーファスになっていたんだよ」
「でも、事前に送られた肖像画とはまるで別人です。丸々とされて、親指を立ててらして……」
「親指なんて立てるものか。山を背景に、馬にまたがる姿を描いてもらったぞ。私も仕上がりを確認したが、よく似ていて肖像画として申し分ない出来だった」
 そんな。では私が手渡されたあの絵は、なんだったのか。
(まさかミーユが嫌がらせのつもりで、絵をすり替えたのかしら?)
 それしか考えられない。思えばあの時、ミーユは私の反応をつぶさに観察していて、ずいぶん愉快そうにしていた。
 でも、本当にここにいるルーファスがヴァリオ王太子なのだろうか?
「それなら王太子殿下。殿下の守護獣を見せていただけますか? 本当にヴァリオ王太子なら、黒豹の守護獣を呼べるはずです」
 これなら、誤魔化しがきかない。黒豹の守護獣は珍しく、同じ者は滅多にいない。
 だがヴァリオは大きく頷いた。
「分かった。守護獣を呼ぼう」
 ヴァリオが宙を睨み、小さな声で呼びかける。
「ボーグ、出てこい」
 どうやら守護獣の名前はボーグというらしい。
 ヴァリオと私が座るソファのすぐ側の空間に、突然金色の光の線が現れる。眩しい光の線の割れ目から、空間を裂くように黒い二本の獣の前脚が飛び出し、続けてすぐに大きな黄色の目を持つ頭が出てくる。そのまま黒い豹が全身を現すとともに、光の線は消失し、豹は前脚から着地した。
 しなやかな体躯に、毛並みの良い美しい豹だが、大きさは予想以上だった。
 無意識にソファの一番端へと遠ざかる。
 呼び出してと頼んだのは私だが、いざ目の前に姿を現すと、黒豹はとんでもなく大きくて大型犬よりも体格が良い。
 毛並みはどこまでも黒く、塗れ羽色を体現したように艶がある。
 黒豹は口を大きく開けて欠伸(あくび)をしてから、まるで甘えるようにヴァリオに駆け寄った。
(嘘でしょ、来ないで! つ、爪! 爪がまるで凶器だわ……!)
 呼べと頼んでおいて自分勝手だが、欠伸をした時に覗いた牙が、恐ろしくて仕方ない。結構体温が高いのか、ヴァリオの膝に前脚を乗せ、甘えて顔を撫でてもらっているが、熱がこちらにまで伝わる。
「わ、分かりました……! 疑ったりしてごめんなさい。貴方は間違いなく、ヴァリオ王太子殿下です」
 話している間にも、黒豹が私の存在に今しも気づいたかのようにこちらへ顔を向け、金色の目をすがめる。守護獣が人に危害を加えることはないが、それでも体がすくんでしまう。
 ヴァリオは黒豹の頭をグリグリと撫でた。
「私の妃になる、リーナだよ。私と同じく、大事にしてくれ」
 私の妃――。その言葉が光の速さで私の胸に飛び込んでくる。
 妄想すらしなかったこの事態に、興奮で震えて仕方がない手を、ギュッと組んで自分の胸に押し付ける。
 どうしてルーファスがここにいるのか、と不思議に思ったけれど、そうじゃない。こうなると今度は、なぜヴァリオ王太子が聖都の新年祭にいたのかが気になってしまう。
(そうか。ルーファスさんは言っていたじゃないの。大バルコニーのお出ましを見に来たって。だから、あの時アンヌやミーユを気にしていたんだわ)
「ひとまず整理させてください。つまり、去年殿下はご自分の妃になる王女に興味を持たれて、聖王国に忍び込んで新年祭にいらした。そして私にルーファスと名乗って、誕生日ケーキを買ってくれて私をお祝いしてくれて……」
「――君ともっと一緒にいたくて、強引に観光案内をさせた」
 私が話している最中に割り込んだその言葉が、私の心臓を大きく跳ねさせる。
「でも、見たこともないし、たぶん噂も流れてこなかったような第二王女との結婚が正式に決まって、殿下はまた新年祭に合わせて聖都に行かれた。それで――」
「待てよ。――ということは、君が逃げたいと言っていた結婚は、結局私との結婚だったのか……。なんてことだ。聖都であの時、私から逃げる手助けをしていたとは」
 ヴァリオが今更気がついたように、微かに仰(の)け反って天井を仰ぐ。
「本当に、今思えば私ったらなんてことをしたのかしら。まさかダルガンの王太子殿下が、あの時目の前にいたルーファスだとは気づかずに、結婚から逃げだそうとしたなんて!」
 ヴァリオが手を伸ばし、私の腕にそっと触れた。
「君がどうなったかずっと気になっていたんだ。川下りの船に乗った後、どこかで見つかってしまった?」
「船を降りたら船着き場にすでに追手がいたんです。私のために骨を折ってくれたのに、ごめんなさい。ルーファスさんの誠意を無駄にしてしまって、ずっと申し訳なかったんです」
「いやいや、そこは謝るところじゃないな。今はリーナが聖王国の王女としてここに来てくれて、本当に良かったと思っている」
 ヴァリオは首を傾けて、私を至近距離から覗き込んだ。その瞳の美しさに引き込まれるように見つめ合う。彼は一度視線を下に逸らし、抑えた声で呟いた。
「今だから言えるけれど、ルーファスは誠意だけで行動したいい奴じゃないんだ」
「と、仰いますと?」
「不幸な結婚から逃げてほしかったのは本当だ。でもそれとは別に、俺は君を――他の男に渡したくなかったんだ」
「で、殿下……」
 顔をもう少し上げれば、鼻が触れ合いそうになっている。近距離でのこんな台詞は反則だ。照れ臭すぎて、頬がジンジンと熱くなっていく。でも言わせてばかりではだめだ。私もこの際、あの時言えなかったことを伝えたい。
「私も、言っていなかったことがあります。本当はルーファスさんが結婚してしまうのが、凄く嫌だったんです。――な、なんで私が……ルーファスさんの奥さんになれないの、って……」
 ヴァリオが目をゆっくりと見開き、そうして目尻を穏やかに下げながら、滲むように微笑む。
「本当に、俺達は同じだったんだな。――同じ気持ちだった」
 そう言いながら、ヴァリオが首を更に傾け、彼の額がこつんと私の額に当てられた。びっくりしたのと同時にドキドキしたけれど、よけずにそのまま彼と額をくっつけたまま目を閉じる。
「俺達は、とんだ間違いを犯していたな。勝手に惹かれ合って、悩んで傷ついたりして」
 ヴァリオの低い声が脳(のう)髄(ずい)を直撃するようで、自分の心臓の音が聞こえそうなほど、舞い上がってしまう。
「リーナ。キャロリーナ王女。――凄く、綺麗だよ。その銀色のドレス、とても君に似合っている」
 ヴァリオの台詞が嬉しくて感動したのも束の間、急にお腹に温かなものが押し当てられたと思って目を瞠(みは)ると、私と彼の間に金色の目を持つ黒い豹がヌッと割って入ってきていた。
 叫び出しそうになるのを、なんとか堪える。
 黒豹のボーグが、額をくっつける私達を不思議そうに観察しているのだ。
 次いで艶のある黒い毛並みの大きな前脚が、私の膝の上に無遠慮に乗せられる。
 極限の恐怖に、呼吸がままならない。
 弓なりに仰け反ってヴァリオから離れ、そっと黒豹の前脚を払う。すると黒豹は長い尾を優雅に振り、ヴァリオの足元に丸くなった。丸くなったといっても、十分大きいのだが。
 ヴァリオは黒豹から私に再び視線を戻し、爽やかな調子で言った。
「リーナも守護獣を見せてくれ。――使節団達から、キャロリーナ王女の守護獣はトカゲだと聞いている」
 思わぬお願いに、面食らう。
 ヴァリオは私と結婚するのだから、隠したり見栄を張ったりする必要はない。けれど、私の守護獣を披露するのは、とても抵抗があった。今まで、聖王城では皆の嘲(ちょう)笑(しょう)の的になってきたから。
 だがヴァリオは期待に満ちた笑顔で、アクアマリンの瞳を輝かせて私を見ている。
 私が目を合わせても怒らない彼なら、大丈夫だろうか。
 深呼吸をしてから、両腕を広げて胸の前に出す。
「トッキー。出てきてちょうだい」
 掌の真上の空間に金の裂け目が走ったかと思うと、そこから落っこちてきたのは私の守護獣のトッキーだ。
 猫を一回り小さくしたような大きさで、トッキー自身は呼び出された場所に見覚えが全くなかったからか、一瞬その丸い目を限界まで開けていた。丸い目をパチパチと瞬き、ノソノソと足を動かして私の肩まで移動を始める。
「本当にトカゲなんだ。トカゲの守護獣は初めて見たけど、小さくて可愛いな」
「これでも大きくなったんです。昔は掌に載るくらいの小ささでした。トカゲなので冬の間はたびたび冬眠するんですが、そのたびにちょっとずつ立派になっているんです。本当にちょっとずつですけど」
「冬眠する守護獣なんて聞いたことないぞ。トッキー、お前なかなか難儀な奴だな」
「冬眠の間は呼び出しにも応じないので、冬だけは困りものです」
「守護獣として、相当いかがなものかと思うぞ」
 ヴァリオはトッキーを食い入るように見たが、素直に驚いているだけで、馬鹿にしたような調子はなく、逆に私がその反応に驚いてしまう。
 トッキーは私の肩の上にやってきて、そこが定位置だと言わんばかりに止まった。だがそこでようやく黒豹の存在に気づき、眠そうな目を再び見開く。
 私とヴァリオ、そして黒豹に観察される中、トッキーはブルブルと震えながら、ゆっくりと後退した。肩から下りて私の背中にしがみついている。
 ヴァリオが噴き出した。
「主人を盾(たて)にしているな。守護する獣ではなく、守護される側のつもりだな」
「トッキーは気が弱いんです……」
「トッキー、俺のボーグはお前を食ったりしないぞ。出てきてくれ」
 ヴァリオが首を動かし、楽しそうに私の後ろを見る。だがトッキーは彼の視界から逃れようと、私の背中を更に下りて、背もたれと私の腰の間に収まると身を小さくしてそこから動かなくなった。
「面白いな」
「すみません。そのうち慣れてくれると思います」
 興奮がやっと収まった後は、ダルガンに着くまで気がかりだったことを、確かめたくなる。
 長くヴァリオの目を見過ぎていることに気づき、目を伏せながら尋ねる。
「あの……、聖王国にいる時に、ダルガンに届けられた私の肖像画を見て、殿下がご気分を害されたと使者から聞きました」
「ち、違う。私が怒ったのは、君の髪と瞳の色に対する使節団の物言いが、我慢ならなかったからだ。聖王国では持たざる者への差別が酷いとは聞いていたが、あれほどとは。そもそも、あの絵は君に似ても似つかなかったが」
 ヴァリオは懸命に否定しようとしているのか、慌てた様子で片手を顔の前で振った。
「でも、気に食わなかったから王城ではなくて離宮に、ここに迎えたんですよね?」
 ヴァリオは目を見開いた後で、大きな溜め息を吐いた。
「違うよ。実は、ダルガン人の中には、この結婚をよく思っていない者もいるんだ。だからすぐには王城に迎えず、王女や随行員達の様子を窺うことにしていたんだ。双方、万が一何かあってからでは遅いからね」
 たしかに、私達は二年前まで敵対国だった。
 今この時間も、私の持参した荷物の中身を調べられているのだろう。
 何より、先ほどの出会い頭に王太子の側近が、私の護衛騎士にケチをつけたことを思い出す。
「フィリップさん、でしたっけ? あの人も聖王国人を嫌っているように見えました」
 ヴァリオが肩を落として目を伏せる。
「フィリップは双子の兄がいたんだ……。二人一組でいつも俺の警護をしていて、俺の親友でもあった。だが、一昨年聖王国との戦いに行って……」
「その方は、――どうなったのですか?」
「……聖王国軍の火の玉に焼かれて、炭になって帰ってきた」
 抑えたヴァリオの声が痛ましく、想像するにあまりある残酷な戦死の状況に、声を失う。
 炭――。
 人が炭になったら、しかもそれが自分の大切な人だったとしたら、一体どれほど苦しい気持ちになるのかなど、私には想像もつかない。武力衝突の場に実際にいたことはない私は、友好や平和という言葉を、甘く考えていたのかもしれない。
 聖王国は、精鋭の魔術使いを軍隊に集めている。おそらく風と火の両方の魔法で、ダルガン軍に対峙(たい じ)したのだろう。
 ヴァリオは双剣と呼ばれる双子の軍人の側近がいることで有名だったが、フィリップと双子の兄のことだったのだ。フィリップが私に対して向けていた、あの冷たい態度の意味がよく分かった。
「貴方の大切な人を、ごめんなさい……」
 掠れる小声でなんとか謝罪するが、ヴァリオはすぐに顔を上げた。
「どうしてリーナが謝る? そんな必要はない」
「でも、私は聖王国の王女だから」
「もうすぐ、リーナは聖王国人ではなくなるだろう? ダルガンの王太子妃だ。聖王国がやることや、やったことに対して、二度と謝る必要はない。誰に対しても、だ」
「殿下……」
 ヴァリオは腕を組んで考え込んでから、言った。
 私達は無言で見つめ合った。
 やがてヴァリオは微笑を浮かべた。
 一度目を伏せ、少し言いにくそうに言った。
「正直言って、妃候補がアンヌ王女からミーユ王女になって、更にキャロリーナ王女になった時……、聖王国に馬鹿にされたと腹が立ったよ」
「そ、そうですよね。何度も相手が変わること自体が失礼ですし」
 馬車を降りた直後にヴァリオが王女達を非難していた言葉が脳裏に蘇り、浮かれていた気持ちが急速に落ちていく。
 だがヴァリオは私を真っ直ぐに見つめ、微笑を浮かべた。
「でも今は自分が、なんて幸運なんだろうと嬉しい」
 目尻が下がった優しい笑顔に、新年祭を一緒に過ごした時の彼を思い出す。
「リーナ。さっきは離宮の前で君に冷たくして、すまなかった。聖王国の和平が口先だけなんじゃないか、と疑う声もまだ大きいんだ」
「分かります。それでも、私は友好の大きな一歩になれると信じて、頑張ります。何といっても、殿下がルーファスさんなんですから」
 ルーファスは微かに肩をすくめ、自分に呆れたかのように首を傾けた。
「正直に言うと、リーナを逃がそうとしていた時、君をさらって自分の妃にしてしまうことができたらどんなに良いだろうと思っていたんだ」
 本当だろうか。嬉しすぎて胸の奥がキューンと疼(うず)く。まさかあの時、それすらも同じことを考えていたなんて。
「私は貴方と結婚できる女性が羨ましくて、勝手に焼きもちを焼いていました。ヴァリオ王太子がルーファスで、あの素敵で優しいルーファスが貴方で、天にも舞い上がるような気持ちです」
「たとえ夫がリーナにあの時、一緒に逃げようと言えなかった情けない男でも?」
「情けなくなんて、ありません。ルーファスさんは誰かと逃げないことで、婚約者のことを守ってくれたんです。むしろ、あの観光船までの私達の逃避行があったからこそ私は、その……貴方への気持ちをはっきりと……」
 ヴァリオが私と目の高さをピッタリと揃(そろ)え、私が言う勇気がなかった単語を代わりに言う。
「俺のことが好きだと言う気持ちを、はっきりと自覚した?」
「そう、それです」
 私達は自分達が思いつく限りの言葉で必死に誤解を解き、讃(たた)えあう様がおかしくて、くすくすと笑ってしまった。



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