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あなたを愛することはない? それは私の台詞です!!

月神サキ / 著
まろ / イラスト
ISBNコード 978-4-86669-722-2
定価 1,430円(税込)
発売日 2024/11/27

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内容紹介

「仲良し夫婦、全力で演じてやろうじゃない」
「それは頼もしい」
犬猿の仲の2公爵家に婚姻命令が出てしまい!? つよつよ令嬢と毒舌頭脳派次期公爵のケンカップルラブコメディ!
名門エスメラルダ公爵家とロードナイト公爵家は長年いがみ合う犬猿の仲。なのにエスメラルダ家の令嬢・ステラは国命でロードナイト家のアーノルドと結婚することに! 断固拒否したいが忠誠を誓う陛下の期待に応えないのは公爵家の恥! 毒舌合戦をしながら表向きは仲良し夫婦を演じ、裏で離婚を狙って浮気するよう仕向けるがうまくいかない。ところが仲違いの原因である100年前の婚約破棄事件の真相を追っていくうちに気持ちに変化が表れて!?

立ち読み

「……やっぱり離婚しかないわよね」
 このままロードナイト公爵家にいたところで、私の扱いが良くなる可能性はゼロだし、私もここで居場所を作ろうとは思えない。
 となれば、取れる方策は離婚一択。
 しかし、国王命令で結婚したのに、やっぱり離婚しますは難しいだろう。
 離婚するにはそれなりの理由というものがいる。
 これは仕方ないと思ってもらえるような理由。それはやっぱり――。
「浮気」
 ポツリと呟く。
 そう、アーノルドが浮気をすれば全部が解決すると気がついたのだ。
 いくら国王命令だったとしても、不貞を働いた者と結婚生活は続けられない。
 離婚の正当な理由になるし、皆、私に同情してくれるはずだ。
 浮気された可哀想な公爵夫人。それは当然、離婚にもなるだろうと――。
「……私が可哀想って思われるのは腹立たしいけど、でも、離婚するのに手段は選んでいられないわね」
 アーノルドに泣かされて可哀想なんて言われた日には暴れる気しかしないが、目的はあくまでも離婚。そのためなら多少の『可哀想』も甘んじて受け入れようではないか。
「肉を切らせて骨を断つ。同情されるのはムカツクけど、離婚できて万々歳だし、全面的にアーノルドが悪いわけだから、エスメラルダ公爵家が悪く言われることもない。陛下だってそれは仕方ないと思って下さるはずだわ。……ええ、これしかない」
 万が一にも私が悪いなんてことになっては困るのだ。
 私は完璧な被害者でなくてはならないし、そのためにはアーノルドに浮気をしてもらわなくてはならないのである。
「でも、どうすれば浮気してくれるのかしら」
 問題はそこだ。
 何せ今のアーノルドは、早朝から夜まで働き詰め。
 それが終われば自室で公爵家の仕事をしていて、私生活を楽しむ余裕なんてどこにもない。
 その状況でどうすれば浮気できるのか。
 アーノルドが無類の女好きとかならそれでも大丈夫なのかもしれないが、彼に浮いた噂はひとつもない。
「ちぃっ! 女遊びのひとつくらいしてなさいよ。甲斐性がないわね」
 自分の夫には絶対に言わないであろう台詞を舌打ちしながら言う。
 今のアーノルドにはそもそも異性と出会うことすら難しいのだ。つまり、私がお膳立てをしてやる必要があるということ。
「自然な感じで、可愛い女の子と出会わせればいいのよね。アーノルドが積極的なタイプでないのなら、肉食系女子を宛てがうのが手っ取り早いか……」
 社交界にいる、男好き……いわゆる肉食女子として有名な令嬢たちを思い浮かべる。
 彼女たちは総じてイケメンが好きで、あと、人の男を取るのが好きだ。
 アーノルドなら、次期公爵という地位に新婚ホヤホヤ、顔もそれなりに良いということで、彼女たちのお眼鏡に適うのではないだろうか。
「ふむ……悪くないわね。セッティングの場としては……やはりお茶会を企画するのが一番かしら」
 アーノルドが屋敷にいるタイミングを狙って、お茶会を開くのだ。
 お茶会は貴族女性の嗜みのようなもの。
 特に上級貴族ともなれば、毎週お茶会を開く猛者だっている。
 公爵夫人となった私がお茶会を開く。極々自然なことである。
「うわ……」
 自分で公爵夫人と言って、鳥肌が立った。
 ――ロードナイト公爵夫人とか、ないわ。
 慌てて腕をさする。
 ダメだ。やはり拒否感が強い。
 これは一刻も早く離婚しなければならない。
 私は決意し、これぞと目をつけた令嬢たちに早速お茶会の招待状を送ることにした。

◇◇◇

 アーノルド浮気作戦決行日となった、お茶会当日。
 私は使用人たちに一階にある談話室、そのバルコニーでお茶の準備をするように命じた。
 外の空気を感じ、庭の花々を眺めながらお茶会をするのはよくあることだし、お茶会はロードナイト公爵家とはなんの関係もない、女同士の付き合いみたいなもの。
 だからお茶会を開くと言っても特に反対されることはなかった。予定通りだ。
「本日はお招きいただきありがとうございます」
 やってきた令嬢たちは、五人。
 全員、社交界でそれなりに有名な人物である。
 男好きだったり、他人の男を寝取るのが趣味だったり、単純に地位のあるイケメンが好きという子もいる。
 今日のために、これぞという人たちを集めたのだ。彼女たちならきっと難攻不落のアーノルドだって攻略してくれるはず。
 私はそう信じていた。
「よく来てくれたわ」
 心から歓待し、彼女たちをもてなす。
 アーノルドは屋敷にいるので、ここぞというタイミングで遭遇させるのだ。あとはきっと彼女たちが上手くやってくれるはず。
 男好きで有名な女性、ミーア・ランティス侯爵令嬢が早速、何かを探すような素振りを見せた。
 たぶん、アーノルドがどこにいるのか気になっているのだろう。
 私はにっこりと微笑みながら彼女に尋ねた。
「どうしたの?」
「なんでもありませんわ。ただ、お屋敷のご主人にご挨拶するべきではないかと思いまして」
 ――ほほう。
 堂々たる返しに感心する。
 動揺するどころか、それが当然であるかのような態度を取れるのは素晴らしい。
 さすがは私が見込んだ女性である。
 ミーアの言葉に、他の女性たちも追随した。
「そうですわ。お屋敷のご主人であるアーノルド様にご挨拶しないわけにはいきませんもの。ステラ様、アーノルド様はどちらに?」
「私もご挨拶したいですわ。屋敷の主人に挨拶しないような無作法者ではございませんので」
 肉食系を思わせる言葉を聞き、心から満足した。
 獲物を狩る気満々の女性たちに笑顔で告げる。
「夫は今、仕事をしているので邪魔はできないの。でも、休憩する時は庭に出てくると思うからその時なら声をかけられるのではないかしら」
 うふふと笑う。
 彼女たちは今の会話で、皆がライバルだと察したようで、バチバチと視線だけで牽制し合っていた。ミーアが嘲るように、イケメン好きで有名な女性に言う。
「あら、あなたがアーノルド様にご挨拶するには、身分不相応ではなくて?」
 イケメン好きの女性は子爵家の令嬢で、この中では一番身分が低いのだ。
 ミーアの発言は、ライバルを追い落とすためだったが、子爵家の令嬢――レイテ・シンフィア嬢は強気に言い返した。
「アーノルド様はそのようなことを気になさる方ではありませんわ」
「そうかしら。子爵家の令嬢風情が公爵家次期当主に直接挨拶したいなんて、おこがましいと思うけど」
「それは……でも、アーノルド様ならむしろ礼儀がなっていない方を嫌がられるかと」
 確かにそうかもしれない。どうやらレイテの方がアーノルドについて勉強してきているようだ。感心しているとミーアは眉をつり上げた。
「まあ、あなたがアーノルド様の何を知っているというの?」
「少なくともあなたよりは知っていると思いますわ」
 女主人を放置して、その夫を巡った戦いが繰り広げられている。
 ついには他の三人も参戦し始めた。なかなかに醜い争いだが、私は非常に満足だった。
 これくらいガッツがある方が、アーノルドを落としてくれそうだと思えるからである。
「皆、落ち着いて。まずはお茶を楽しみましょう」
 皆の罵り合いを一通り楽しんでから笑顔で諫め、女主人としての役割をこなす。
 時折、いがみ合いを始める五人を宥めながら、お茶会を進めた。
 一時間が経過する。いよいよその時がやってきた。
 アーノルドが休憩がてら、庭に出たのを見つけたのだ。
 このチャンスを逃すわけにはいかない。
 ――くくっ、のうのうとしていられるのも今のうちよ!
 私は実にわざとらしく声を上げた。
「あら、あんなところに夫が」
「え」
「え?」
 案の定、令嬢たちが勢いよく食いつく。
 私は自席から立ち上がり、皆に言った。
「ごめんなさい。少し用事ができて、三十分ほど席を外すわ。皆は好きに過ごしてちょうだい」
 笑顔で部屋を出る。
 十分ほど経って、お茶会の会場に戻ってみれば、予想通りそこには誰もいなかった。
 皆、アーノルドのところに行っているのだろう。計画通りだ。
 実際、庭を見てみれば、令嬢たちが彼を取り囲んでいた。
 屋敷の主人に挨拶したくてとかなんとか言っているのが聞こえるが、目的がアーノルド自身にあるのは火を見るより明らか。
 外見だけは文句なしのアーノルドに、皆が目の色を変えている。
 私は皆から見えないように少し近づき、聞き耳を立てた。
 ミーアが挨拶をしているのが聞こえる。
「初めまして。ミーア・ランティスと申します。今日は奥様のお招きで参りましたの。以前より、アーノルド様のことは存じ上げておりました。どうぞお見知りおき下さいませ」
 非常に熱心な態度だ。私と話していた時の十倍は熱量がある。
 ミーアからは、なんとしてもアーノルドを落としてやるという気迫が感じられた。
 他の女性たちも似たようなもので、なんとかアーノルドの興味を引こうと必死だ。
「よしよし、その中から好きな女を選んで浮気するといいわ」
 女性のタイプは色々で、ひとりくらいアーノルドが好きだと思える女もいるだろう。
 女性たちは皆、肉食系だけあり積極的なので、アーノルドが絆される可能性は十分すぎるほどあった。
「皆、上手くやってね」
 誰もいなくなった茶席で、ひとり紅茶を楽しむ。
 予告した三十分が経っても誰ひとり帰ってこなかったが、私は全く気にならなかった。
 それだけ獲物が気に入ったということなのだろう。
 手配した身としては大満足である。
 そうして上手く浮気の仕込みをした私は、上機嫌で自室へと戻ったのだけれど、何故か夜になって突然アーノルドが部屋を訪ねてきた。
「……ステラ、話があります」
「……何かしら」
 部屋に来るなんて珍しいと思いながらも、扉を開ける。
 当然、入室などさせる気はないので、廊下で立ち話だ。
「手短に頼むわね。私、あなたとする話なんてないの」
 関わりたくないと告げれば、アーノルドも「それはこちらも同じです」と言い返してきた。
「ですが、さすがに釘を刺しておかなければと思いまして」
「なんの話?」
 怪訝な顔でアーノルドを見る。
 アーノルドは蔑んだ目で私を見ていた。
「あなた、友人はもう少し選んだ方がいいですよ」
「は?」
 何を言われたのか、一瞬理解できなかった。
 友人は選んだ方がいい? それは一体なんの話だ。
「……話が見えないのだけれど」
「そうですか? ではもっと分かりやすく言ってあげましょう。既婚者に色目を使うような女をあなたは友人としているのですね」
「……」
 すっと真顔になった。
 なるほど、そういうことか。
 彼の冷え冷えとした口調の中に嘲りを感じる。
 間違いなくアーノルドは、昼間のお茶会について文句を言っているのだ。
 既婚者に色目。そういう言い方をするということは、今日の女性たちを彼は気に入らなかったのだろう。最悪だ。
 ――せっかく場を整えてあげたのに、もっとちゃんとやってよ!
 期待していただけに腹立たしい。
 内心、舌打ちしたい気持ちに駆られながらも、冷静に告げた。
「……別に彼女たちは友人でもなんでもないわ。あなたには分からないかもしれないけど、女には女の付き合いというものがあるのよ。友人だけをお茶会に招待しているようでは二流。今回の彼女たちは社交界に強い影響力を持つ人ばかりだったの。あなたには分からないでしょうけど」
 敢えて二度、同じ言葉を告げた。
 あの人選はわざとであることを強調したかったからだ。
 アーノルドは嫌そうに顔を歪めると「そうですか」と温度のない声で言った。
「よく分かりました。それでは二度とその女同士の付き合いとやらに、私を巻き込まないで下さい。無為に時間を取られ、非常に不愉快でしたので」
「あら、そうだったの。それは悪かったわね。何せ気づいた時には彼女たちはいなかったものだから。てっきり帰ってしまったものだと思っていたわ」
「白々しい」
「ふふ、なんの話かしら」
 私は関係ないという態を貫き、アーノルドから背を向ける。
「話がこれだけなら、私は部屋に戻るわ」
「ええ、終わりです。ああいえ、ひとつだけ」
「何?」
 振り返る。アーノルドが目を細め、こちらをじっと見据えていた。
「ご期待に応えられなくて申し訳ありません。残念ながら、彼女たちは私の好みではなくて。ああいや、もちろん、あなたに比べれば、皆、素晴らしい淑女たちだとは思いますが」
「っ!」
 私の思惑など分かっていると言わんばかりの物言いに、カッと頭に血が上りそうになる。
 ダメだ。
 ここで激昂すれば、彼の言葉を肯定するも同然。
 冷静に対処しなければ。
「――何を言っているのか分からないわ。それと、彼女たちと私を比べることに意味はないと思うの。だって私はあなたに興味がないんだもの」
「ええ、そうでした。私としたことがうっかり。もしかして、私に浮気でもさせたいのかなと思ったものですから」
 こちらを見つめる目が鋭い。
 尻尾を出すわけにはいかないので、慎重に発言した。
「まさか。どこの世界に、夫に浮気して欲しいなんて思う妻がいるのかしら」
「今、目の前にいると思うのですけどね。まあいいでしょう。あなたが二度同じことをする愚か者とは思っていませんが、一応。……二度目はありませんよ」


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