書籍詳細

最下位魔女の私が、何故か一位の騎士様に選ばれまして2
ISBNコード | 978-4-86669-732-1 |
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定価 | 1,430円(税込) |
発売日 | 2024/12/27 |
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内容紹介
立ち読み
やがて一度に五十人は入れそうな広大な浴槽が現れた。壁には獅子の頭を模した彫刻があり、その口から大量のお湯が注がれている。
(わーっ! 気持ちよさそー!)
いそいそと浴槽に向かい、肩までちゃぽんとお湯に浸かる。だがほっと一息つく前に、濃い湯気の向こうから聞き覚えのある「あら?」という声が聞こえてきた。
「リタさん。あなたも来たんですの?」
「リ、リーディア……」
そこにいたのはタオルで髪を覆ったリーディアで、リタはなんとなく気まずさを覚える。それとなく離れた位置に移動していると、リーディアが「ふふん」と話しかけてきた。
「そろそろ、新しいパートナーにも慣れてきた頃かしら?」
「はあ、まあ」
「最初のうちは難しいかもしれませんけど、どんな相手とも合わせられるのが優秀な魔女というものですわ。ランスロット様の時と同じやり方ではなくて、その方にあった戦い方をしないと一流とは言えませんわよ」
(あれ? 意外と優しい……)
てっきり、「わたくしはもうとっくにランスロット様との戦い方を体得しましてよ。きっとこれから先もずっと、ランスロット様はわたくしをパートナーに選ばれるでしょうね! おーっほっほっほ!」と高飛車な笑いを聞かされると思っていたリタは、ひとりぽかんとする。
そういえば学園にいる間は終始ランスロットにべったりな彼女だが、この移動中はあまり彼と絡んでいない気がした。
(パートナー……ねえ)
そこでリタは彼女の元パートナー――セオドアのことを思い出した。
「リーディア、その……以前のパートナーは大丈夫なのかしら?」
「……どういう意味ですの?」
「セオドアさん、困っているんじゃないかなって」
その名前を聞いた途端、リーディアは「むっ」と眉をひそめた。
「あなたには関係ないことですわ」
「それはそうなんだけど、でもほら、一方的にパートナーを解消されたらびっくりするというか。セオドアさん、リーディアのことすごく大事に思っていたみたいだし……」
いつものリタであれば、ここまで突っ込んだ話をしようとは思わなかっただろう。
ただあのパーティーの夜――『リーディア様がそれで幸せになられるのなら、自分は構いません』とつぶやいた彼の顔が、どうしても忘れられなかった。
(だって、後悔してほしくないし……)
誰よりも傍にいて、誰よりも好きだったのに、最後まで思いを伝えられなかった。
そうして結局、相手に好きな人ができて――そんな自分とセオドアの境遇を重ねてしまい、リタの口調につい熱が入る。
「もう一度、二人で話すことはできないかしら。きっとセオドアさんだって――」
「――彼は、わたくしのことなんてどうだっていいのですわ」
「え?」
返ってきたリーディアの言葉に、リタは思わずぱちくりと瞬いた。だが聞き間違いではなかったらしく、リーディアはやや苛立った様子で続ける。
「一方的とおっしゃいますけどね。わたくしはちゃんと『解消したくなければこのままでいてあげても良い』と申し上げましたわ。それなのにあの男、『リーディア様のお望みのままに』と言ってあっさり引き下がったのです!」
「それはきっと、リーディアのためを思って」
「わたくしのことを大切に思うのであれば、いきなり他の男と組むと言われて、はいそうですかと引き下がる方がおかしいでしょう! だからわたくしは宣言通り、ランスロット様のパートナーに立候補したのです!」
(ええと……これって――)
ぷんすかと頰を膨らませるリーディアを前に、リタはしばし頭の中を整理していた。もしかして、いや違うかも、でもやっぱり――と逡巡したあと、一つの結論に辿り着く。
「リーディア……セオドアさんのことが好きなの?」
「すっ……!?」
真っ白な湯煙の中、リーディアのすっとんきょうな叫びが浴室内にこだまする。びっくりしたリタがそちらを見ると、彼女の顔は分かりやすく真っ赤になっていた。
「そっ、そんなはずありませんわ! たっ、たかがパートナーでそんな――」
「でも、さっきの言い方だと引き留めてほしかったのかなと」
「わ、わたくし用事を思い出しましたの。お先に失礼いたしますわ!」
そう言うと、リーディアはバタバタと慌ただしく浴室から出て行ってしまった。ぽつんと取り残されたリタは何度か目をしばたたかせたのち、顎ギリギリまでお湯に浸かる。
(これは……どうしたら……)
セオドアに伝えるべきか。だがあの四角四面な彼があっさり信じるとは思えない。とはいえリーディアにもっと素直になるよう促すのは、それ以上に難しいだろう。
(うーむ、若いっていいわ……)
自身の本来の年齢をあらためて思い出し――リタはしみじみと目を閉じるのだった。
その後、十分ほどしてローラが大浴場に現れた。
しかしその時にはリタはすっかり温まっており、恐縮する彼女に断りを入れて先に浴室をあとにする。先ほどの個室に戻ると女性たちが待機しており、仕上げのオイルや香水を吹きつけられたのち、真っ白なナイトドレスを着せられた。
女性使用人たちにお礼を言い、リタは外の回廊でひとりローラを待つ。
「ふう……気持ちよかったぁ……」
晩春とはいえ夜風はまだ少し肌寒く、火照った頰を適度に冷やしてくれる。ナイトドレスに使われている絹布(けんぷ)も最高級のものらしく、腕や足に触れるひやりとした感触が心地よかった。
やがてどこかから甘い花の香りが漂ってきて、リタは「そういえば」と首を巡らせる。
(中庭、近くでは見てなかったわ。ミリアが設計したと聞いたし、せっかくだから行ってみようかしら?)
回廊を出て、中庭にある植え込みの奥へ。
夕方は赤銅(しゃくどう)色に輝いていた庭園だったが、今は月光が降り注いでいるせいか青や白といった寒色系の色合いに変化している。花垣に沿って歩いて行くと目の前に立派な噴水が現れ、リタは噴き上がる透明な水をうっとりと見上げた。
「綺麗……」
噴水の中央には愛の女神・アロレイアの彫刻が飾られており、月明りに照らされた凜々しくも美しい横顔にリタはしばし見惚れてしまう。
すると背後から「リタ?」と馴染みのある声で呼びかけられた。振り返ると、そこには剣を携えたランスロットが立っている。
「ランスロット、どうしてここに?」
「どうしてって……お前こそ、こんな時間に何してるんだ」
「何って、お風呂から出たところだけど」
「そ、そうか……」
はてと小首をかしげるリタを前に、ランスロットはなぜかもごもごと言いよどんだ。だがすぐに真面目な表情になると、「こほん」と咳(せき)払いする。
「春とはいえ、まだ夜は冷え込む。そんな薄着で出歩くんじゃない」
「薄着って……結構しっかりした生地だけど」
「いやだからそういう無防備な……違うそうじゃなくて――だ、だいたいこんな暗いところ、どんな奴(やつ)が潜んでいるか分からないだろ!」
「会ったのは今のところランスロットだけだけど……」
「くっ……」
反論できず歯嚙みするランスロットを見て、リタは再び疑問符を浮かべる。
(い、いったいなんなの?)
訳が分からず、彼のもとに近づこうとする。
すると二人の間にあった噴水から突然、リィンという甲高い音が響き渡った。
「!」
弾かれたように顔を上げる。見れば透明だった噴水の水が淡い青色に輝いていた。さらに飛び散る水しぶきが小さな球体へと様変わりし、光の玉となってふわんと空中に浮かぶ。
それらは次々と夜空に生まれると、やがてゆっくりと二人の頭上に降り注いだ。
「すごーい……」
おそらくこれが『青の魔女』――ミリアが凝らした趣向なのだろう。
目の前に広がる美しい光景に、リタは満面の笑みでランスロットに話しかける。
「ね、すっごく綺麗」
「……ああ」
「まるで光の雪が降っているみたい――」
リタは目の前に落ちてきたそれを確かめようと、そっと両手を差し出す。だがわずかな風でふわっと逃げてしまい、リタは「ああっ」と小さく声を上げた。
(結構難しいかも、もうちょっとで――)
ナイトドレスの裾を翻しながら、何度もジャンプして懸命に手を伸ばす。するといつの間にかすぐ近くに来ていたランスロットが、リタの頭上ですばやく片手を動かした。
リタがぽかんとしていると、その手をゆっくりと下に下ろす。
「……これでいいのか?」
開かれた手のひらにあったのは、完璧な正十二面体の結晶だった。
見る角度によって変わる流動的な青い輝きがあり、リタは思わず彼の指先を引っ張ってその子細を確かめようとする。
「ありがとう! いったいどんな魔法か見てみたくて――」
「――っ!」
だがリタが手を包み込もうとした直後、ランスロットはいきなり自身の腕を引っ込めた。結晶はころんと下に転がり落ち、リタが慌ててキャッチする。
「ちょっ、危ないじゃない。もし割れるものだったら――」
むうと頰を膨らませながら、リタはすぐにランスロットの方を見上げる。しかし彼の顔が真っ赤になっていたことに気づき、思わず目をしばたたかせた。
「ランスロット、大丈夫?」
「なっ、何がだ!?」
「いや、顔赤いから熱でもあるのかなと」
「――っ!」
ランスロットは息を呑み、片手で顔を隠しながらじりじりとリタとの距離を取る。そうしてある程度離れた位置から、もう一度「リタ」と呼びかけた。
「俺は……ヴィクトリア様が好きだ」
「なっ、なに!? 突然」
いきなり本気の口調で告白され、リタはびくっと飛び上がる。
一方ランスロットはそんなリタの動揺に気づかないまま、どこか思い詰めた表情で自分の思いを口にした。
「あの大人びた微笑みが好きで、クールな眼差しが好きで、誰にも負けない強さと気高さが好きで……本当に、あの方のすべてが大好きなんだ」
「そ、そう……」
「あの方の騎士になりたくて、あの方の隣に立ちたくて、今まで精いっぱい努力してきた。……努力、してきたんだ……」
(……?)
ランスロットの声が途端に弱々しくなり、リタはどうしたのだろうと眉尻を下げる。するとランスロットはこちらを見据えたまま、ぎゅっと唇を嚙みしめた。
やがて覚悟を決めたかのようにゆっくりと口を開く。
「それなのに、俺は――」
しかしその続きはガサガサガサ、という激しい葉擦れの音にかき消された。驚いたリタがそちらを振り返ると、植え込みの向こうからアレクシスがひょっこり顔を見せる。
「ああ、ここにいたんだ」
「アレクシス!? どうしてここに」
「ローラが捜してたよ。早く行ってあげた方がいいんじゃないかな」
それを聞いたリタは「あっ!」とすぐさま口元を押さえた。わたわたしながらランスロットの方に向き直る。
「ごめんランスロット、さっきよく聞こえなくて」
「……いや、いい。さっさとローラのところに行ってやれ」
「う、うん」
あっさりと送り出され、リタは急いで先ほどの回廊に戻ろうとした。するとアレクシスがすれ違いざまにリタを呼び止め、脇に抱えていた上着をそっと両肩に掛けてくれる。
「ア、アレクシス?」
「そんな格好じゃ湯冷めするよ。ほら」
「あ、ありがとう……」
上着を手繰り寄せながら、リタはバタバタと中庭をあとにする。
その途中、あらためて手を開いたが、光の結晶はいつの間にか消えてしまっていた。
同時に先ほどのランスロットを思い出す。
(びっくりした……。突然どうしたのかしら……?)
ヴィクトリアへの告白を聞くたび、盗み聞きしているかのようでドキドキしてしまう。
リタは顔の火照りを払いつつ、ローラの待つ回廊へと走るのだった。
◇
リタがいなくなった噴水の前で、アレクシスがにっこりと笑った。
「ごめん、邪魔しちゃったかな」
「……どういう意味だ」
「勘違いだったらいいんだ。でも、リタに何か言おうとしていたのかなって」
「…………」
沈黙するランスロットをよそに、アレクシスは「じゃ」と踵を返す。だがすぐに振り返ると、眼鏡の奥の目をゆっくりと細めた。
「そうそう。もうバレてると思うけど、僕、リタのことが好きなんだよね」
「は!?」
「だから、半端な気持ちで手を出さないでほしいな」
「半端な気持ちって……」
「警告はしたから。それじゃあ」
そう言うとアレクシスはひらひらと手を振り、夜闇の中に紛れるようにして消えていった。ひとり残されたランスロットは、腰元に佩(は)いていた剣の柄(つか)をぐっと握りしめる。
(どいつもこいつも……なんなんだ!!)
アレクシス――リタと親しくしている関係でなんとなく一緒に過ごすことが多かったが、後期に入ってから若干性格が変わった気がする。ぼさぼさだった髪も気づけば整えられていたし、授業中も以前のような怯(おび)えた態度は見られない。
そのうえさっきの『宣戦布告』だ。
(警告とか、どうしていちいち俺に言ってくるんだ!? そんなの好きにすればいいだろうが!! 俺とリタはただの元パートナーで……。いや違うそうじゃない、そもそも大事なのはあいつの気持ちという話で――)
エドワードから試すような質問をされ、むしゃくしゃした気持ちを振り払うべく、中庭で剣の素振りにいそしんでいたというのに。
そこでタイミング悪く、風呂上がりのリタと遭遇してしまった。
制服でない彼女を見るのはあのパーティー以来だったし、薄暗がりの中という環境もあって、最初はどこの令嬢かと二度見した。
月明りを受けて輝く髪に、繊細で可憐な純白のドレス。
だが振り返った姿は間違いなくリタで、ランスロットは一瞬混乱してしまった。
(何が手を出すだ。あいつはそんなんじゃ……)
しかしアレクシスの言葉を否定しようとすると、なぜか先ほどの場面がよみがえってくる。
光の雪の中、飛び上がって嬉しそうにはしゃぐリタの姿。近くに立つと普段は感じたことのない甘い香りがして、波打つ髪が艶々と輝いているのが一目で分かった。
大きな緑色の瞳は愛くるしく、そのうえ無邪気にランスロットの手を摑んで――。
「あーっ!!」
両手で頭を抱え、ランスロットは勢いよくその場にしゃがみ込む。
雑念を駆逐しようとしたせいで、想像以上に大きな声が出てしまった。おまけに顔が熱い。
(違う……。俺はずっと、ヴィクトリア様一筋で……)
心の中で言い訳をしながら、必死にヴィクトリアのことで頭を埋め尽くそうとする。
絵本に描かれていた勇壮な立ち姿。伝説と呼ばれる所以となった素晴らしい魔法の数々。そして実際にお会いした時の、優雅な物腰に物憂げな微笑み――。
どれを思い出しても、心臓が痛いくらいにキュンキュンと締め付けられる。よし。
(大丈夫……。俺はまだ、ヴィクトリア様を愛している……)
気持ちを落ち着かせるかのように「はあ」と息を吐き出し、ゆっくりとその場に立ち上がる。だが頭上に広がる夜空を見た瞬間、先日のパーティーでの出来事を思い出した。
嵐に見まごうほどの強風がテラスに吹いて、驚いたリタを庇おうととっさに――。
「っ……!」
腕の中にすっぽりと収まってしまう小さな体。腕も腰も心配になるほど細くて、大きく見開かれた緑の瞳が宝石のようにキラキラと――。
(だめだっ……考えるなっ……!!)
思考を振り払おうと、ランスロットはぶんぶんと自身の頭を左右に振る。だがそのせいでさらに余計なことを思い出してしまい――。
(待てよ……? 俺は以前、あいつの顔、を……)
前期の中頃。ヴィクトリアと声が似ているのではというくだりから、リタの頰を手で摑んでふにふにと押してしまったことがあった。あの時は何も考えていなかったが、もしかしたら自分はとんでもないことをしてしまったのではないか――。
「あ――っ!!」
夜の中庭に、ランスロットの二度目の絶叫がこだまする。
旅はまだ、始まったばかりだ。
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