書籍詳細
人間不信の冷徹陛下をよしよししたら「愛犬の生まれ変わり」に任命された件
| ISBNコード | 978-4-86669-838-0 |
|---|---|
| 定価 | 1,430円(税込) |
| 発売日 | 2026/03/27 |
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内容紹介
立ち読み
ヴァージルに連れられて彼の部屋に戻ったときには、すっかり空は茜に染まっていた。
「……ひどい目に遭ったな、レティ。今日はもう休め。ドレスは一人で脱げるな?」
寝台に下ろされたレティは、そう言って離れていこうとする彼の腕をつかんで引きとめた。
「どうした? 何か甘いものでも持ってこさせるか?」
「今はいいです!」
申し出を辞退し、彼の目を見つめて問う。
「先ほど、ケイレブ様に『世話になったな』って……どういう意味ですか?」
まるで別れを告げるような言い方だった。
淡い青の瞳が揺れ、ゆっくりとまたたきをしてから、ヴァージルは静かに答えた。
「……そのままの意味だ。これまで助けてもらったことには感謝している。だが、おまえを危険に晒す人間を、おまえのそばには置いておけない」
「っ、本当にお別れの言葉だったんですか!? ダメですよ! あんなに陛下のことを大切に思ってくれている人を捨てるなんて!」
レティの言葉に、ヴァージルはキュッと唇を引き結んでから、ポツリと言った。
「……だからだ」
「え?」
「ケイレブは、あの悪趣味な企みを知っていた。おまえを劇場に連れていく前に、私に直接知らせることもできたのに、わざわざ言伝にしたのは危機感を煽るためだ」
グッと眉をひそめ、苦々しげにヴァージルは続ける。
「私が煮え切らぬから、荒療治をしようとしたのだろう」
「荒療治?」
「そうだ。そのせいで、おまえをあのような目に遭わせた。本当にすまない」
そう言って俯くように頭を垂れ、深い溜め息をひとつこぼす。
「……本当に、もっと早くに、腹をくくって告げるべきだった」
そう、悔いの滲む声で呟いた後。
ヴァージルは覚悟を決めたように顔を上げ、レティの左手を取ると、その場に片膝をついた。
「陛下!?」
「おまえを愛している」
「っ、え……あ、はい! 存じております! なにせ私は陛下の愛け――」
「違う」
ひたりとレティの目を見つめ、彼は告げた。
「女として愛している」
「……っ」
レティが言葉を失うと、ヴァージルはバツが悪そうに眉をひそめ、けれど、視線をそらすことはなく想いを語りはじめた。
「……最初は本当に、犬として愛でているつもりだった」
日に日に愛しさが増していくのがわかったが、その中身が徐々に変わっていったことには気付かなかったのだという。
「だが、おまえの幼馴染から『一人の女として愛しているわけではないのなら、番の座を譲れ』と言われたとき。おまえの隣にあの男がいるのを考えてみて……たまらなく不快だった。いや、不快などという言葉では生温い。自分も人間なのだと実感するほど、激しく、醜い気持ちを抱いた」
そうなって、ようやく気付いたのだそうだ。
「おまえに犬ではなく、妻としてそばにいてほしいと思っていることに……だが、言えなかった。散々、『おまえは犬だ』と言っておいて、今さら『一人の女として愛している』などと、どの口がという話だろう? ……はっきり、『嫌だ』と拒まれてしまったしな」
自嘲めいた口調で言われて、レティは、どういうことかと首を傾げて、あっ、と気付く。
「あの、お披露目の夜のことですか?」
彼に押し倒されて泣いたのを「女扱いされた」ことを嫌がって泣いたと思ったのだろう。
「そうだ」
頷く彼に、レティは慌てて訂正しようと口をひらいて、そっと手で制される。
「安心しろ。抱いたりはしない」
「え?」
「手放す気はないが、嫌われたくはないからな」
レティの手を握る指先に、そっと力をこめてヴァージルは呟く。
「おまえには、できるだけ……できるのなら、いつでも笑顔でいてほしい。だから、ずっと婚約のままで結婚する気もなかった」
「……どうしてですか?」
「余計な負担をかけて、おまえの笑顔が消えるのが怖かったからだ」
「余計な負担?」
「……そうだ。以前、『地位も名誉もぜんぜん欲しくないどころか、むしろ重荷』だと言っていただろう? レティにとって私の妻の座は、この上ないほどの『重荷』になる。そう思ったのだ」
気まぐれに確保している婚約者の間はまだしも、本当に結婚してしまえば、周囲はレティに過度な期待をかけるだろう。
王妃としてふるまい、王妃としてヴァージルを支え、その身を捧げ、次代の王を生み出せと。
「人の好いおまえのことだから、周囲の期待に応えようと無理をするのではないかと心配だった。……まあ、無理やりに結婚しておいて、今さらだがな」
フッとまた自嘲めいた笑みを浮かべた後、ヴァージルは睫毛を伏せ、小さく息をついてから顔を上げる。
そして、あらためてレティと向きあい、告げた。
「レティ、犬でも人でも、おまえが楽な在り方でいい。おまえの好きな愛され方で、おまえを守り、愛する。だから、私のそばにいてくれ」
それは甘い愛の告白というよりも、捨てられまいとすがるような、痛々しいほどの真摯な想いが詰まった懇願だった。
その言葉の重みを受けとめるのに精一杯で、レティはすぐに言葉が出てこない。
――ぜんぜん、気付かなかった。
レティが「純粋な犬」のふりを続けている間、自分一人が片恋に苦しんでいるつもりでいた間、ずっとヴァージルもレティを想い、思い悩んでいたのだ。
――やっぱり、私、ズルかったわね。
そして、とてもバカ。
ヴァージルがこれほど想ってくれていたなら、今日レティがいなくなってどれほど案じ、襲われている姿を目にして、どれほど胸を痛めたことだろう。
苦しみに気付かず、むしろ増やして、こんなできの悪い生き物が王妃になるなんてありえない。
そう思ってしまうけれど……。
「……まあ、嫌だと言っても今さらだがな」
黙りこむレティに焦れたのだろう。
ヴァージルはレティの手をあらためて握りなおし、その上に左手を重ねて包みこみ、しっかりと捕らえると唇の端をつり上げた。
「どういうつもりにせよ求婚に頷いた以上、おまえはもう、二度と私から離れられない。恨むなら、己の軽率さを恨むのだな!」
世にも美しい強がり顔で放たれた、なんとも高慢な宣告に、思わずレティは目をみはり、パチリとまたたいたときには、ふふ、と笑みがこぼれていた。
「もう、なんですか? その子供みたいな脅しは」
「……脅しではない。本当のことだ」
レティの言葉に眉間に皺を寄せて返しながらも、ヴァージルの淡い青の瞳には安堵めいたものが浮かんでいる。
きっと、レティが笑ったから。
嫌われたわけではないと思えたのだろう。
――まったく、変なところが、子供のままでいらっしゃるんだから!
胸にこみ上げる少しの呆れと大いなる愛しさに任せて、レティは口をひらいた。
「……陛下。私も陛下のこと、一人の男の人として好きです」
その言葉に、ヴァージルが息を呑む。
みひらいた彼の目に映るレティは、少しだけ不安げだが、やわらかく微笑んでいる。
レティだって、好きな人に嫌われるのは怖い。
でも、嘘をついたままでは、彼の愛を受け取れないから。
「それも結構前から自覚していたのに、陛下に嫌われたくなくて、裏切り者になりたくなくて、『ただの犬』のままでいようと、ずっとごまかしていました……ごめんなさい」
深々と頭を垂れると、痛いほどの沈黙が広がる。
「……そうか」
やがて、ポツリと聞こえたヴァージルの声に滲んでいたのは、裏切られた怒り――などではなく、抑えきれない歓喜だった。
「そうか、『ただの犬』でいたいというのは、そういう意味だったのか……気付かなかった。本当におまえは、犬の才能があるのだな」
くしゃりと目を細め、頬をゆるませて、嬉しくて仕方がないといった様子に、レティは目をまたたかせる。
「え……怒らないんですか?」
「ああ。昔の私ならば、誰も信じられなかった頃ならば、どんなささいな裏切りでも受け入れられず、腹を立てて拒んでいたかもしれぬが……今は違う」
ふ、と笑ってヴァージルは言った。
「こんなにも嬉しい裏切りというものも、あるのだな」
しみじみと噛みしめるように。
「ありがとう、レティ」
もう一度、人を信じさせ、裏切りさえも許せるほど愛させてくれて。
口に出しては言われずとも、そう言われたような気がして、レティは胸が温かくなる。
「……いえ、どういたしまして!」
頬をゆるめて答えると、ヴァージルはますます笑みを深めて、つないだ手をそっと引き寄せた。
レティもニコニコと笑いながら、抗うことなく身を任せる。
その結果、気付けば彼の腕の中、すっぽりと閉じこめられていた。
「ふふ、あったかいですね!」
犬だった頃の気安さで、彼の胸にすり寄ると「ああ」と目を細めて彼が頷く。
犬だった頃のようにやさしく背を撫で下ろされて、レティは心地好さに目をつむる。
やがて、ゆっくりと下りてきた大きな手がするりと腰に巻きついたところで、レティは、あれ、と目をまたたかせた。
腰の曲線に沿うようにひたりと添えられた手。
やんわりと肌に食いこむように力がこめられた指先に、いつもと違う、色めいた意図がこめられているような気がして。
「……レティ」
そっと呼びかける声は、犬だった頃に聞いたものと同じようにやわらかく、けれど、あの頃にはなかった甘やかな熱が混ざっている。
「っ、はい、陛下」
「おまえも私を男として慕っているのなら、おまえを女として求めてもかまわぬな?」
犬にでもしていい口付けより、その先まで求めても。
コクンと喉を鳴らして、レティはおそるおそる問い返す。
「……これ、頷いたら、どうなる感じですか?」
「抱く」
あまりにも直截すぎる返答に、レティの頬が熱くなる。
「っ、もっとぼかしてくださいよ!」
「抱きたい」
「だからっ」
「レティ」
夢のように美しい微笑を浮かべ、どこか甘えるように呼びかけられて、レティは言いかけた文句を呑みこむ。
「初恋が叶って、今、私はなかなかに舞い上がっている」
「っ、そ、そうなんですね」
「ああ。だから、このままおまえを抱けたなら、この上なく幸せだろうと思う」
「……ズルいっ、それはズルすぎます!」
そんな風に甘えてくるのは、眠っているときだけだと思っていたのに。
起きているときにまで素直になるなんて反則だ。ただでさえ、好きな人の頼みなのに。
――可愛くて、拒めないじゃない!
ああもう、と溜め息をついてから、ふふ、と笑ってレティは答えた。
「幸せになってほしいので、いいですよ! 求めてください!」
「……ありがとう」
キュッと抱きしめられて、ひどく嬉しそうな彼の声が耳元で聞こえたかと思うと、レティの視界が縦に回る。
やわらかな衝撃が背を打って、目をつむってひらいたときには、愛しい人に組み敷かれていた。
「……レティ」
目と目が合い彼が名を呼び微笑んで、レティが微笑み返すより早く、世にも美しい顔が近付いてきて唇を奪われる。
「……ん」
最初は軽く重ねるだけ、ほんのりと押しつけられて離れるかと思いきや、また重なる。
今度は唇でやさしく食まれて、かと思えば、唇に軽く歯を立てられる。
いつかのお返しのように。もしくは、感触を確かめるように。
「っ、ふ」
やわく噛んで、唇で食んで、チロリと舐めて、じっくりと味わうように口付けられる。
決して痛くはない。くすぐったさと、むず痒さ、甘ったるさが混じった不思議な感覚だった。
「犬にでもしていい」口付けとも、まるで違う。
――これが、人の口付けなのね。
レティがそんな感慨を抱いたところで、もう外側は充分と思ったのか、濡れた舌が唇のあわいを割って忍びこんでくる。
「……っ、ん」
ちゅくりと舌先がふれた瞬間、甘い痺れが頭の後ろに響く。
舌の表と裏をなぞられて、ゾクゾクさせられたかと思えば、やわらかく滑る舌で扱くように搦めとられて、むず痒いような心地好さに背が震えた。
――人の口付けって、こんなにすごいのね……!
甘くて幸せで、深まるほどに心も身体も蕩けていくようだ。
ギュッとつむっていた目蓋の緊張が解け、レティは気が付くと、もっととねだるように彼の首に手を回していた。
どれくらいそうしていただろうか。
口付けがほどけて、濡れた音を立てて舌が離れたときには、レティの身体からは力が抜け、反対に息はすっかり上がっていた。
深い口付けをするのは初めてで、気付けば夢中になっていたため、どうやって息をしていたのかも覚えていない。
もしかしたら途中で息をとめていたのかもしれない。
どうやらその予想は正しかったようで、はあはあと肩で息をするレティを、ヴァージルは愛でるようにながめた後、フッと目を細めて囁いた。
「……こういうときは鼻で息をしろ」
「っ、しているときに教えてくださいよ!」
窒息したらどうするつもりだったのかとレティが抗議すると、彼はますます愛おしそうに笑みを深める。
「すまない、私も夢中で気遣うゆとりがなかった」
「っ、またそんなズルいこと言って! そうやって素直に甘えたら、なんでも許されると思ったら大間違いですからね!」
「許してはくれぬのか?」
わざとらしく悄然とした顔をされて、レティはグッと言葉に詰まる。
「……今回は許します」
「ありがとう。次も頼む」
やはりぜんぜん反省していなかったらしい彼は、レティが渋々許した途端、そんなことを言うと、レティが怒りだす前にドレスに手をかけた。
「……ぁ」
胸に並んだ飾りのリボン。その陰に隠れたホックをプチリと外され、レティは小さく息を呑む。
ひとつ、またひとつと外されるほどに、瞬間的な怒りは甘ったるい羞恥へと変わっていく。
――うう、いつもは着ていないものなのに、脱がされるのって恥ずかしい……!
抗いたい気持ちと、でも脱がないと先に進めないという気持ちがせめぎ合い、そっとヴァージルを見上げて目が合った瞬間。
淡い青の瞳に灯る熱に押されて、後者が勝った。
恥ずかしくても、好きな人と先に進みたくて。
それからシフトドレス一枚に剥かれるまで、レティは犬でも人でもなく、借りてきた猫のように、おとなしくされるがままになっていた。
「……脱がせてもいいか?」
シフトドレスの襟ぐりに手をかけ、広げながらヴァージルが問う。
――今さら聞きます!?
呆れるものの、考えてみたら犬時代のレティの標準装備はこれなので、ここまでは脱がせるうちに入らないと思ったのかもしれない。
「……どうぞ」
レティが恥じらいに睫毛を伏せつつ答えると、小さな礼の言葉と共に、シフトドレスを引き下ろされた。
襟ぐりのギャザーが胸のふくらみをかすめて淡い痺れが走り、ん、と喉を鳴らすと、一瞬彼の手がとまり、次の瞬間、一気に腰までずり下げられる。
お尻で引っかかってグッと引っぱられた後は、スッとつま先まで引き抜かれ、レティはキュウリグサ色のリボンを着けただけの生まれたままの姿となった。
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