書籍詳細
その若き皇帝は雇われ皇妃を溺愛する
ISBNコード | 978-4-86457-308-5 |
---|---|
定価 | 1,320円(税込) |
発売日 | 2016/04/27 |
発売 | ジュリアンパブリッシング |
お取り扱い店
電子配信書店
内容紹介
立ち読み
「結婚したときは、僕の背が君の肩ぐらいまでしかなくて、誓いの言葉は言ったけどキスはしなかった」
「陛下……」
「君が帰って来たら、絶対最初にしようと決めてたんだ。本音を言えば、ちゃんとした結婚式をやり直したいところだけどね」
大きくなった手が、シュザンナに掛けたベールを上げる。彼女の肩に手を置いて、頭ひとつ分よりも高い位置から、ゆっくりと顔を下げて静かに唇を触れ合わせた。
触れ合った唇は、小さく震えてまた静かに離れる。青い目がシュザンナを見た。
「初めてだから、緊張したよ」
「……そうなのですか?」
「ん?」
「あの、私がいない間に……」
シュザンナの尋ねようとしたことをアルフレートは察して、目を見開いた。なぜそんなことを聞こうとする。
「シュザンナ」
「あの」
「君以外にいるわけがないよ」
「陛下……」
シュザンナの?が朱を刷(は)いた。視線を下げる様がアルフレートには愛しくて、その目を追って顔を覗き込む。
「どうしてそんなことを聞くの?」
「あの、陛下は……もう大人になっておられます……。他に女の方がいても不思議はないと、思っていたので……」
「君以外に、いるわけがないよ」
小さくアルフレートは言った。シュザンナはますます顔を伏せる。
アルフレートはシュザンナを抱き寄せた。胸の中にくる皇妃が愛しい。夢ではない。確かにシュザンナがいる。
「シュザンナは僕の初恋で、君以外の人となんて考えられなかった。最近じゃ、世継ぎがどうのと言われて、それもそうかと思ったりもしたけど、僕は最初から最後までシュザンナがよかった。二
十歳になるまで待ってくれなんて言って、うるさい奴らを黙らせてみたけど、本当に二十歳になるまで君が戻れなかったらどうしようかと真剣に悩んでいたよ」
「陛下……」
「僕と、ちゃんとした夫婦になって欲しい。僕のところに帰って来てくれたと、確かめさせて欲しいんだ」
シュザンナの目から涙が溢れた。アルフレートがずっと待っていてくれた。寵姫がいるのかもしれないという疑いを持ってしまっていた自分が恥ずかしい。
「陛下」
「ん?」
「《ちゃんとした結婚式》を、ありがとうございます」
「……うん」
アルフレートは?が熱い。こんなにもシュザンナを求めていたのかと自分が滑稽だ。シュザンナの手を引いて、ベッドに誘う。ベールを外して、見つめ合った。黒い髪を撫でる。九年前、少しだけ触ったことがあった。庭を走っていて転んだアルフレートは足首を捻ってしまい立てなくなったのだ。シュザンナは躊躇(ためら)わず彼を背負う。恥ずかしいから下ろしてと頼むアルフレートに『駄目ですよ。ほら、しっかり捕まって』と言った。そのとき、その髪に触れた。
少しも変わらない。水分を多く含む、きれいな黒髪だ。
「シュザンナ、好きだよ」
小さく告げて、キスをした。震える指でシュザンナの服を解く。あんなに二人きりになりたいと言ったのに、いざなってみると怖い。上手く振る舞えないかもしれないことに恐怖している。
シュザンナは?を染めて、恥ずかしさのあまりに抗(あらが)いそうになる手に力を入れて耐えた。ゆっくりと服を脱がされる。胸が露わになったとき、耐えきれなくて手でそこを隠した。アルフレートの手が止まる。
「シュザンナ、怖い?」
アルフレートの囁(ささや)く声を聞く。シュザンナは目を閉じた。躊躇いながら手を外す。アルフレートが、彼女を静かに押し倒した。背中にシーツの感触が冷たい。上半身を大きな手のひらが撫でる。
「クラウスに色々聞いたけど、なんだかよく分からなくなってきちゃったな。……よくなかったら、ごめん」
アルフレートが胸に唇を寄せた。触れられたところに痺れのような感覚がする。手のひらで優しく揉みながら、先端を吸う。
「う……、あっ」
シュザンナの口から声が漏れた。アルフレートは自身も服を取り去る。皇妃の首筋に唇をつけて、舌で肌を撫でた。
「あ、あっ、陛下……待って……こんなこと、しては……」
シュザンナが言う。彼女は混乱したくないのに混乱していた。愛されていると喜んだ女の部分が、すぐにアルフレートを弟のように見ていた姉の部分に取って代わられる。彼は九歳の子どもではないと分かっているのに、アルフレートと裸で抱き合うことに強烈な違和感を覚えるのだ。恐怖と言い直してもいい。とても悪いことをしているような気がする。
アルフレートの動きが止まった。顔を上げて視線を合わせる。
「陛下……」
「シュザンナ、僕は子どもではないよ。ずっと待っていたんだ。君が戻ってくると知ってから、おかしくなるくらいに。ものすごく雰囲気が変わっていたらどうしよう。大人になってるシュザンナに、相手にしてもらえなかったらどうしよう。会ったらきっと落ち着いてなんかいられない。嫌がられたらどうしよう」
「陛下」
「どうしよう、どうしよう。そんなことばかり考えてた。今も、止められてしまって、どうしたらいいのか分からない。初めてなんだ……」
「わ、私も初めてです……。それに、陛下が変わってしまわれて……、男の人になってしまわれて……。私の知らない陛下で……怖いのです」
シュザンナは言った。言ってしまってから、後悔に視線を下げる。これではアルフレートを責めているようだ。どうすればいいのか分からない。
アルフレートは大人になりたかった。シュザンナを守ることができる大人に。だが、まだ足りない。まだ大人になりたかった。なのに、当のシュザンナがそれを怖いという。想像しなかった言葉に困惑した。時間は戻せないし、伸びてしまった背は縮まない。低くなった声が高くなることもない。夫婦になれる身体になったアルフレートを喜んでくれると思っていたのに。
「……僕が、嫌?」
「そうではありません! そうではなくて、私……」
シュザンナは言葉に詰まる。子どもではないアルフレートに戸惑っている。アルフレートの手が?に触れた。目を見ると求められている。
九年前、シュザンナはアルフレートに恋をしてはいなかった。幼い皇帝が、誰かの傀儡(かい らい)にならないようにクラウスに雇われた皇妃だった。可愛い弟のように彼を見ていた。
だが、どうなのだろう。弟のように思い続けていたならば、彼に寵姫がいるかもしれないと覚悟する必要はなかったのではないか。若い娘に敵わないと思う必要はなかったのではないか。知らない女と睦まじく歩くアルフレートを遠くから眺めていていいはずではなかったか。皇妃としての対外的な役割を果たせれば良いのではなかったか。
けれど、出迎えてくれたアルフレートが抱きしめてくれた腕をどう思った? 二人きりになりたいと言うアルフレートを、ベールを掛けてくれたアルフレートを、夫婦になりたいと言うアルフレートを。
シュザンナは自分の中にある感情に名前をつけることができなかった。ただただ戸惑った。シュザンナを一途に想い続けたという《大人の姿のアルフレート》に。
「僕が七歳も若いのが、駄目なのかな」
「え?」
「頼りない?」
「ち、違います!」
「じゃあ、どうして!」
「陛下……」
「分かるよ。シュザンナにとって、僕は弟みたいなものだった。僕にとっては初恋だったけどね。大好きだったよ。こんなに優しい人がずっと側にいてくれるんだって。僕に力がなくて君を手放さなくてはならなくなって、絶対に取り戻すと誓った。何年経っても、どんな女性を紹介されても、僕はシュザンナがよかった。今日やっと会えて、はっきり分かった。やっぱり僕はシュザンナに恋をしている。早く、本物の妻にしたい」
この続きは「その若き皇帝は雇われ皇妃を溺愛する」でお楽しみください♪