書籍詳細
前世の記憶のせいで、なかなか結婚できません
ISBNコード | 978-4-908757-07-5 |
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定価 | 1,320円(税込) |
発売日 | 2016/06/27 |
ジャンル | フェアリーキスピュア |
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内容紹介
立ち読み
「クリスティアナ……もう起き上がっても平気なのか?」
そう言いながら階段の下まで来たのは、ルーファスだった。
返事をしなきゃと思うのに、ルーファスの顔を見たら『あの出来事』を思い出してしまい、声が思ったように出なかった。
鏡がなくとも、?が、耳が赤くなるのがわかった。
それに対しルーファスは、まったくと言っていいほどいつもと変わらない。
あれは夢だった……そう思っていても、つい意識してしまう。
だって私があんな夢を見たっていうことは、私はルーファスとそういった関係を望んでいるということ? 従兄妹であり上司で部下。そうじゃなくて、その……キスをするような関係を?
思考の渦に嵌まってしまい、何も答えない私を不審に思ったのか、ルーファスが心配そうに見ている。
「どうした? やはりまだ具合が良くないんだろう? 部屋に戻ろう」
そう言ってルーファスは私を当然のように抱き上げる。
「ル、ルーファス!? なんのつもり?」
「病み上がりだし、足に怪我をしていたからな。無理をさせるわけにはいかないだろう」
「大丈夫! もうなんともないから」
こう答えるしかない。これ以外の答えだと抱っこのまま部屋へ直行だ。
抱っこから解放されるには、元気だと、治ったと主張する以外の道は残されていなかった。
「……本当に?」
ルーファスは信じていないようだ。
「熱も下がったし、もう平気だよ! だから下ろして!」
私の言葉に渋々だがルーファスは従い、そっと私を床に下ろしてくれる。
ホッとしたのもつかの間、私のおでこに手を当てる。熱を測っているようだ。……今の私にそんなことされたら熱が上がるって!
「少し顔は赤いが、まあ熱はないようだな。どうする? 階下に行くか?」
「もちろん! ……自分で歩いてね」
また抱っこされては大変だと、慌ててつけ加えると、ルーファスは苦笑を浮かべながらも私にそっと手を差し出してくれた。
「ティアナらしい」
そりゃルーファスに抱っこしてもらうのを断るなんて暴挙に出るのは、私くらいだと思う。他の人ならお金を払ってでもしてもらうんじゃないかな?
……もちろん、私だってして欲しくないわけじゃないし憧れるけど、多分恋愛経験値の低い私の心臓は持ちそうにありませんので断念します。
そっと彼の腕に自分の腕を絡め階段を下りていると、ルーファスがいたずらっぽく笑いながら言う。
「こうしていると、思い出すな」
「……どっちを思い出しているのかしら?」
私はじっとりとルーファスを見つめる。
ルーファスにエスコートしてもらったのは、再会したパーティーの日とオペラデートの日だからだ。きっと彼の表情からして、パーティーのことでも思い出していたのだろう。
案の定何も答えないルーファス。
ルーファスをこうして意識してしまった今となっては、あの一件は恥ずかしすぎる。穴があったら入りたいくらいである。
一階の食堂には、木製のテーブルと椅子がたくさん並んでいた。その椅子の一つをルーファスは引いてくれた。
「ここに座るといい、まだ疲れているだろう? 何か温かいスープでも食べるか? 食欲があればだが……」
「お腹ペコペコ……」
「それでこそティアナだ」
私の言葉にルーファスは笑うと、自らこの宿屋の女将さんと思しき女性のところへ向かって歩いて行く。
なんだか妙な視線を感じて辺りを見ると、魔術師や騎士たちが全員凍りついていた。
「え? 皆さんどうしたんですか?」
挨拶も忘れ、そう問いかけた私に誰も返事を返さない。新手のいじめか何かかと思いそうになった頃、ようやくルイスが口を開いた。
「っと、ごめんごめん。ちょっと皆ブラックウェル長官の意外な一面を見てしまって混乱してるんだ。親友の僕ですら本物かどうか軽く疑ったくらいだからね」
「意外な一面? 何がです?」
私の質問にルイスは少し考え込んだあと、誤魔化すように笑ってみせた。
「んー……そっか、なんでもない。クリスティアナちゃんにはいつも通りなんだよね?」
「え、まあ……」
少し優しい気もするが、まあ普通は病み上がりの者をいたぶりはしないだろう。少しは優しくするものだ。
もう少し詳しく話を聞きたいが、女将さんが湯気の立つお皿を持って来た。
「あらあら! お嬢さま、良かったお目覚めになられたんですねえ。どうぞ、少しずつですよ。熱いから気をつけてくださいましね」
目の前に置かれたホカホカと湯気の立つ薄い黄金色のスープを見て、とりあえずどうでもよくなった。だって三日間、水と薬以外何も食べてないのだ。
「ありがとうございます! 美味しそう……いただきます!」
私は女将さんの言う通り、少しずつ口に運ぶ。じんわりとした温かさが身体の中から伝わってくるようだ。
「すっごく美味しいです」
女将さんにそう言うと、とても嬉しそうに笑ってくれた。
「良かった! 王都のお貴族さまだってお聞きしていたんで、そんな高貴な方のお口に合うか心配だったんですよ!」
「口に合うか心配だなんて……とても美味しいです。他のお料理も早く食べたいくらいです」
「あらあら! 嬉しいこと言ってくれるじゃないの! そうだ、これも食べれるようなら食べてごらん、今朝取りたての新鮮そのものさ」
女将さんが小皿に入った果物をくれる。スーシャと呼ばれる甘く柔らかい果実で、ここでは体調の悪いときに食べる物の一つだ。
このスーシャの実、初めは黄色いが熟していく内に赤くなる。目の前にあるスーシャは真っ赤で見ただけで甘いというのがわかった。
「食べれるだけでいいからね、無理はするんじゃないよ」
「はい。ありがとうございます」
「あらら、嫌だよ私ったら! お嬢さまに対して無礼な口を利いちまったよ! 斬られちまったりしないかねえ?」
少し不安げな表情を見せた女将さんに、私は笑って告げる。
「ここにいる人たちは皆大丈夫ですよ」
王都にいる血統主義者の貴族たちならアウトかもしれないが、ここの人たちは多分大丈夫な気がする。知り合って十五日程度の者もいるが、そういった腐った考えの者はいない。
「あら、そうなのかい? 嬉しいねえ。皆あんたたちのようなお貴族さまなら、私たちも助かるんだけどねえ……っと、ごめんよ。そろそろ夕飯の支度に取りかかるね。お嬢さまが食べれるくらい、トロットロに煮てあげるから、楽しみにしてなよ」
女将さんはそう言い残し、足早に厨房へと歩いて行った。
なんともパワフルな女将さんだ。
私はゆっくりとスープを味わう。本当にお世辞抜きで美味しい。夕食も楽しみだなあ……なんてことを考えていると、ルイスが私の横に座る。
「ティーナちゃん、でもホント元気になって良かったよ……心配してたんだ。何しろ部屋にお見舞いに行こうとしても、ルーファスが絶対に入れてくれなかったし。酷いだろう?」
……そんな理由があったのか。薄情者だなんて思って悪かったわ。
「あ、ごめんね食事中に! ほらほら、食べて食べて」
そう言われても、何かみんなの視線を感じて食べ辛い。レディとは本来人前でパクパク物を食べる姿を見せるべきではないのだ。
病み上がりとはいえ起き抜けのみっともない姿に加えて一人で食事……その絵面を客観的に見たとき、私はこれ以上食べるのを躊躇した。
これこそ今更だろうが、ルーファスにこれ以上変な姿を見せたくない。少し前までは考えもしなかった自分の思考に戸惑いつつも、そうかこれが恋なのかと生まれて初めての感情を抱いた。
だがそんな乙女に目覚めた私を知るはずもない悪友の一人であるルイスは、不思議そうに私を見たあと、フォークを手に取ると、スーシャの実に突き刺し、私の顔の前に持って来る。
「ほら、遠慮せずに。あーん」
楽しそうにキラキラした緑色の瞳を私に向け、笑顔でスーシャの実を差し出している。
「じ、自分で食べますので……」
ルイスの手からフォークを奪おうとすると、ひょいとかわされてしまう。
「やだなあ、遠慮しないでいいよ」
そんな私たちのやり取りを、少し離れた場所にいる騎士と魔術師たちがじっと見ているのがわかる。なぜならさっきまでザワザワと話し声がしていたのに、今はピタリと止んでいるからだ。
騎士たちの間で、私とルイスの間に変な噂が流れているのを知った今、下手なことはしたくない。ルイスがどうこうというよりも、その噂がルーファスの耳に入り誤解されたくなかったからだ。
「ほら、クリスティアナちゃん、あ—ん」
「何をやってるんだ、お前は!」
そう言って椅子に座っているルイスを呆れたように見下ろしているのは、いつの間にか戻って来ていたルーファスだ。その双眸は冷たい。
「何って、見てわからない? 最近街の恋人たちの間でこういうの流行ってるんだって」
ルイスの言葉にルーファスの眉間のしわが深くなる。
「なら本当の恋人とやるんだな。ティアナを巻き込むんじゃない」
「えー、今僕に恋人がいないこと知ってるくせにいけずだなあ。一回くらいいいじゃん、減るもんじゃないしさー、ねー? そう思わないクリスティアナちゃん?」
ルイスは未練がましく、手にしたスーシャを振りながら言う。
「っ! ……あ」
私が何か言うよりも早く、ルーファスが……食べた。
ルイスの右手をがしっと?むと、そのまま強引に自分の口に運んで食べた。フォークの先にあったスーシャの実は消え、ルイスはつかの間呆然としたのち、お腹を抱えて笑い出した。
「ルーファス! 君って奴は——っく、あはははははっ、や、やめてくれよ! 僕を呼吸困難で殺す気かっくくくくはははは!」
豪快にお腹を抱えて笑うルイスを冷めた目で一瞥したルーファス。周りの者たちは見てはいけないものを見てしまったとばかりに、全員がこちらに背を向け壁に向き合って並んでいる。
「くそっ」
小さく吐き出したルーファスに、私は思わず笑ってしまう。
「ルーファスでもそんなことするんですね」
「……まさかティアナは俺がしたくてああしたとでも言いたいのか?」
「ううん、ありがとう。助かりました」
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