書籍詳細
猫かぶり姫と天上の音楽
ISBNコード | 978-4-908757-37-2 |
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定価 | 1,320円(税込) |
発売日 | 2016/10/27 |
ジャンル | フェアリーキスピュア |
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内容紹介
立ち読み
その夜、花は誰に見せるでもなく、反省文を書いていた。
今までどんなに腹が立っても我慢して、ルークの邪魔をしないように『皇帝陛下のご側室』を演じていたのに、ついかっとなってしまった。
ルークは気にしないだろうとわかってはいる。
しかし、今まで以上に貴族たちから花への批判が高まってしまったら、それだけでも煩わせてしまうと、申し訳ない気持ちでいっぱいだったのだ。
そこに、ルークが現れた気配がして振り向くと、いきなり抱き上げられた。
「ルーク!?」
驚く花にかまわず、ルークはそのまま長椅子へと腰を下ろした。
いったいどうしたのかと花はうろたえたが、何も言わずにただ抱きしめてくるルークに、花も静かに抱き返した。
「すまない、ハナ。もう大丈夫だ」
しばらくして、ルークが囁いた。
その顔を見れば、穏やかな笑みが浮かんでいて、言葉通りに「大丈夫」だと思える。
それでも花は、いつも以上に心を込めて歌った。
どうやら歌の内容に関係なくルークを癒せるらしいとわかってからは、最初の歌だけでなく、色々な歌を歌っているのだが、今日はゆっくりとした歌にした。
少しでもルークにリラックスしてほしい。
そんな気持ちからの選曲だったのだが、歌い終わるとルークがぼそりと呟いた。
「お前は本当に不思議な奴だな」
「何がですか?」
突然の言葉に、花は首を傾げた。
「魔力の器はないのに、生成することはできるなど、器用というか、奇妙というか……」
「奇妙って何ですか!? 奇妙って!」
考え込んで言ったルークの言葉に、思わず花は勢いよく返していた。
花なりの気遣いも、奇妙と言われて台無しである。
だが、ルークの言葉も仕方がないものであった。
魔力には三つの要素、《器(うつわ)》《生成力》《制御力》が必要となる。
《器》とは、魔力を溜め込むためのものであり、《器》が大きければ大きいほど、溜め込む魔力も大きくなるので、それだけ魔力も強くなる。
そして、《生成力》とは、その名の通り、魔力を生成する力だ。たとえ《器》が大きくても、魔力を生成する力がなければ《器》は満たされないので、魔力も大きくはならない。
最後に《制御力》だが、先に述べた《器》や《生成力》がいくら大きくても、この《制御力》がなければ、魔力は使いこなせないので宝の持ち腐れとなる。
この三つが上手くバランスが取れて初めて、その人物の魔力の強さとなるのだ。
ただし、例外がある。
ある程度強い魔力の持ち主は、魔力のやり取りができるので、《器》が大きければ、《生成力》が多少なくても他から補うことができる。
そのため、皇宮に住まうものは、皇宮に満ちた魔力を己の《器》に自然と補っているのだ。
花は歌うことによって、魔力を生成することができるようだ。しかし、溜め込む《器》がまったくないため、そのすべてを《器》の持ち主——ルークに与えるのだった。
また花の生成する魔力はとても心地よいので、それを取り込んだルークは心も体も癒されていくように感じた。
「もったいないな、それだけ魔力を生成できるのに」
本当に惜しい、というようにルークは呟いた。
それから、ふと何かを思い出したように笑う。
「そういえば、今日ドイルたちにずいぶん面白いことを言ったそうだな」
「ええ? 何で知ってるんですか?」
「忠義に厚い(、)侍従たちが、嬉々として広めていたようだぞ」
驚く花に、ルークは貴族たち三人のもとの主従関係を嫌みっぽく揶揄して答えた。
通常、侍従は主人の会話の内容を漏らしたりはしない。主人の秘密は徹底して守る。
それが為されないのは、侍従が主人に忠誠心を抱(いだ)いていないからだ。
それに、花がドイルたちをやり込めたことがよほど面白かったのだろう。
「ええ……」
こんなに早くルークの耳に入ってしまうなんてと、花は不満そうに頬を膨らませた。
「しかし、人柱とはいい考えだな」
にやりと笑うルークに、花はさらに頬を膨らませた。
楽しそうなルークを見ていると、あの反省はいったい何だったのかと思ったが、そこで考えついたことに花はくすりと笑った。
「いっそのこと、私が《果て》に行って歌い続ければ、この——」
「ダメだ!」
何気ない花の言葉は、突然激しい感情をあらわにしたルークに遮られてしまった。
花を抱きしめるルークの力は息もできないほどに強い。
「絶対にダメだ……」
繰り返す声には、怒りと悲しみ、苦しみが滲んでいる。
「ルーク……」
自分の言葉がルークを傷付けてしまったことを感じて、花はひどく後悔した。
「ごめんなさい」
花の声は震えてかすれていたが、それでもルークの背を撫でる手は優しかった。
温かな手の感触に慰められて、ルークは冷静さを取り戻すと、慌てて腕の力を弛めた。
途端に花のほっとする気配が伝わる。
ルークにとって、もはや花のいない世界など考えられなかった。それほどに花はルークを癒し、支えてくれているのだ。
「ハナ……俺は、お前が好きだ」
ルークは溢れ出す感情のままに、花への想いを口にした。するとルークを温めていた優しい手の動きがぴたりと止まる。
(——これは卑怯だ)
柔らかな体からは驚きと動揺が伝わり、ルークは腕を下ろすと、花に触れないように向き直った。
そしてもう一度告げる。
「俺はハナが好きだ」
花は耳まで真っ赤になって俯いた。
(ルークが……私を好き?)
花は聞き間違えたのかと一瞬耳を疑ったが、改めて告げられた真っ直ぐなルークの言葉に信じざるを得なかった。
だけど何を返せばいいのかわからない。
ルークの気持ちはすごく嬉しい。「すごく」という表現では表せないほどに。それでも、どうすればいいのかわからない。
伏せた顔を上げることもできず黙り込んだ花を見て、ルークは小さく息を吐き出した。
「ハナ、混乱させてすまない。これからも最初に言った通り『表向きだけの側室』でかまわない。ただ……」
ルークはそこで言いよどんだ。上手い言葉が見つからず、ありのまま、心からの願いを口にする。
「傍にいてくれ、ハナ。傍にいてくれるなら、それだけでいい」
その切望の滲んだ声に、花は頷くことしかできなかった。何度も何度も黙って頷く。
ルークは大きく安堵の吐息を漏らすと、立ち上がった。
「もう遅い、寝るぞ」
その言葉に花も続いて立ち上がり、寝台に入った。
しかしその日の花は、いつものようにすぐに眠ることはできなかったのだった。
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