書籍詳細

王子様に外堀埋められて元の世界に帰れません
ISBNコード | 978-4-908757-76-1 |
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定価 | 1,320円(税込) |
発売日 | 2017/03/27 |
ジャンル | フェアリーキスピンク |
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電子配信書店
内容紹介
立ち読み
宿の自分の部屋。そのベッドに腰掛け、玲奈は一人悶々と悩んでいた。
つい先程、ようやくと言っていいかは分からないが、無事瘴気を全て消し、お役目から解放された。今夜は最後の宿泊。明日には王都へ戻ることになる。
定住地などないと嘯いていたオルテガもホッとした顔をしていたし、セトも「これでようやく研究に没頭できる」と嬉しそうだった。
パーティーは明日で解散。皆、別れてしまう。もちろんその皆の中には、国の王太子であるクリスも含まれるのだ。
(……このままお別れ、か)
ベッドに腰掛けながら、ぶらぶらと足を動かす。
元々クリスは、無理を言って付いてきてもらったメンバーだ。旅が終われば、おいそれと声をかけることもできなくなるだろう。下手をすれば、帰るまで会うことすら叶わなくなるかもしれない。
王太子という彼の身分を考えればそれも当然と言えた。
それは嫌だな、と玲奈は自らのつま先を見つめながら思った。
好きな人と会えなくなってしまうのは辛い。
クリスと恋人になりたいなんて望んだりはしないけれど、もう会えないというのは嫌だなと思った。
(クリス……)
いつも優しくしてくれた、すっかり好きになってしまったクリスを玲奈は想う。
彼の言動を愛情から来るものだなんて勘違いしたりはしない。うっかり惚れてはしまったが、そこまで自分が愚かだとは玲奈は思いたくなかった。
あの優しい声と眼差しは玲奈だけに向けられているものではない。
クリスが優しいのは彼がそういう人だから。もしくは、玲奈が聖女だからだろう。
世界の命運を握っていると言っても過言ではない玲奈に気分良く仕事をさせるために、ああいうことをわざと言っている可能性だってゼロではないのだ。
(いや、クリスはそんな人じゃない)
すぐにぶんぶんと首を振った。玲奈に真摯に向かってくれたクリスの態度にはどこにも?はなかった。聖女である玲奈の機嫌を取るために——なんてそんなことあるはずがない。
彼の示してくれた行動は、そんな義務だけでできるようなことではなかった。
(やっぱり、クリスは優しい人だから……ただ、それだけ)
そう思い、玲奈はだけど、と思ってしまう。
(このままお別れなんて嫌だな……)
特にこれが最後かもしれないと思うのならなおさら。
「思い出が欲しい……」
日本に帰る時、こちらの世界のものは何一つ持って行けないらしい。神官長からはそう聞いていた。何を持っていても何を身につけていても無駄。帰れば服装も全て込みで、元の状態に戻っているらしい。そういうものだと言われ、玲奈はなんとなく納得はしたのだが、その時以来、より自分がこの世界の異分子であることを強く意識するようになってしまった。
(私は何も持って帰れない。何も残せない。ただ、必要だから呼ばれただけだもの。用事が終わったら帰るのは当然のこと。だけど——)
記憶を消去されないというのだけがせめてもの救いだった。
玲奈が日本に帰っても、マールディアスという世界の中でクリスたちと旅をした記憶は玲奈の中に残る。それは時が経てば薄くなり、やがて消えてしまうものかもしれないけれど、記憶くらいしか持って帰れないというのなら、それを大事にしたかった。
「一度だけ……一度だけ、だから」
ぼそり、と玲奈は小さな声で呟いた。
記憶しか持って帰れないのなら、せめて思い出を。
そう望んだ彼女が出した結論は、通常の玲奈なら決して選択しないもの。
玲奈は現実主義者であると同時に、責任感が強く、倫理観が強いという一面も持っていた。
そんな彼女が普段なら絶対に選ばないであろう選択は——。
「今夜だけでいい。一度だけでいいから好きな人に——クリスに抱いてもらいたい」
だった。
◆
「婚約者の女性には本当に申し訳ないけど……」
一度だけだから、と玲奈はまだ会ったことのないクリスの婚約者に手を合わせた。
「ごめんなさい。だけどクリスを奪おうとか、そんなこと思っていないから。お願いします。一夜だけ、あなたのクリスを貸して下さい……」
自らの倫理観に押しつぶされそうになりながら、それでも玲奈は自らの立てた計画を止めなかった。何も持って帰れないのなら、せめて自らの身体に彼の跡を残したかったのだ。
初めての性行為は痛みを伴うと聞く。その痛みと、玲奈に触れた最初の人としてクリスを思い出に残しておきたい、そんな風に考えたのだ。
「身勝手だってことは分かってる。だけど……」
クリスに断られる可能性だって十分にあり得る。
勘違い女の相手はできないと、見損なったと蔑まれるかもしれない。
だけど、もうクリスと会うことはないのかもしれないと思えば、その侮蔑の痛みを考慮してでも彼に抱いてもらえる可能性に賭けたいと玲奈は思っていた。
宿の一階にある食堂スペースにクリスを呼び出し、良かったら二人で打ち上げをしようと誘う。
笑顔で承諾してくれたクリスに、わざと強い酒を何杯も勧め、必死で酔わせた。
事前に調査し、出してもらった酒はその名も『魔物殺し』。この世界で非常に高い度数を誇るアルコールだった。
匂いだけでも酔ってしまいそうなほど強烈な、どんな酒豪でも一発で沈めるというその酒を、クリスは玲奈が勧めるままに何杯も飲み干した。
ふらふらと酔った様子を見せるクリスに安堵し、良かったら自分の部屋で休むかと折を見て誘いをかけると、呆気ないほど簡単にクリスは頷いた。
「……そうだね。少し酔ってしまったみたいだ。君の部屋で休ませてもらえるかな」
「う……うん」
玲奈はアルコールを一滴も飲んでいない。彼女はジュースをちびちびと飲みながら、ひたすらクリスに酒を勧めていたのだ。
いよいよか、と緊張しながらクリスの頼みに応じて、彼に肩を貸す。
一緒に階段を上り、奥にある玲奈の部屋へと入った。
「……ベッドに横になるといいと思う。水、持ってくるから」
「ありがとう。そうさせてもらうよ」
素直にクリスはベッドに横になった。やはり酔っているのだろう。今夜のクリスは妙に素直で、全てが思う通りに運んでいた。——今のところは。
コップに水を汲んだ玲奈は、横になっているクリスにそっと声をかけた。
「クリス? お水、持ってきたけど……」
返事がない。もしかして眠ってしまったのだろうかと玲奈は焦った。
抱いてもらおうとここまでしたのに、このまま眠られてしまっては意味がない。
どうしようとおろおろしていると、クリスがベッドから身体を起こし、玲奈を見つめてきた。
「……ありがとう。貰うよ」
「あ……起きてたんだ」
良かった——と喉元まで出そうになったが堪えた。
クリスに水を渡し、玲奈は自然な感じでその隣に腰掛ける。
「……」
「……」
どちらも何も言わなかった。いつもなら何でもない沈黙が今日だけは何故か辛い。だけどこのまま黙っているだけでは何も始まらないのも玲奈は理解していた。コトンとクリスがコップを置いた音がする。
何か言わなければならないと玲奈は必死で口を開いた。
「あの、ね。クリス……酔ってる?」
少し間を置いて、クリスから答えが返ってきた。
「……うん、そうだね。かなり強い酒だったみたいだから……下手をすれば今夜の記憶を失ってしまうかもしれない……」
「そ、そう……」
やった、といっそガッツポーズでも取りたい気分で玲奈は相槌を打った。
どうやらクリスはかなり酔っているらしい。それも記憶を失いそうなほど。とてもそんな風には見えなかったが、父や母が以前二人で話していたことを玲奈は思い出していた。
『部長がなあ……。顔色とか口調とか全然変わらないのにさ、性質の悪いことに大概次の日、何を話したかとか全部忘れてるんだ。絶対あれ、酔ってるんだよな……』
『たまにいるものねえ、お酒を飲んでも顔に出ない人って。酔ってるのに顔に出ないから、余計飲まされちゃって、本人ぐでんぐでんなのに周りには理解されないってやつなのね』
『だからさ、部内では部長が飲んでる時は、絶対に約束系はしないようにってのが暗黙の了解なんだ。ほぼ確実に忘れられるからな』
『それより、あまり飲ませないようにした方がいいんじゃないの?』
『それがさ、あの人酒好きなんだよな……。顔に出ないからどれくらい飲んでるのかも分からないし、止められない。本当面倒臭い……』
『あらあら、ご苦労様』
こんな話をしていたのだ。
(きっとクリスもその部長タイプなんだ……!)
そうに違いない、と玲奈はぐっと拳を握った。
しかし、実際のところ、玲奈に酔っ払いかどうかの正しい判断ができるはずがなかった。
何故なら玲奈は酒を飲んだことがない。マールディアスでは十八歳は成人扱いで、更に飲酒の年齢規制などないが、日本ではアルコールが許可されるのは二十歳になってから。
いずれ日本に帰るのだからと、玲奈はこの世界に来ても、一滴も酒を口にしなかったのだ。
つまり、酒を飲むという感覚がどういうものなのか、伝聞で知ってはいても、経験としては知らないのだ。クリスが酔ったと言えば、「そうか、酔ったのか」と簡単に信じ込んでしまうくらいには。
とにかく、クリスが計画通り酔っ払ってくれたことを確信した玲奈は、ごくりと唾を呑み込んだ。
いい加減、覚悟を決めなければとクリスを凝視する。
「レイナ……?」
玲奈の不審な態度が気になったのか、怪訝な声でクリスが玲奈に視線を合わせてきた。その赤い瞳がいつもとは違い、熱に潤んでいるように見えるのは、クリスが酔っているからに違いない。
(いける、今なら何とかなる! 酒に酔った勢いってことで忘れてくれるはず! というか忘れてっ! お願いっ!)
いつまでも悩んでいたって、ただ時間が過ぎていくだけだ。玲奈は今にも挫けそうになる気持ちを奮い立たせ、えいやとばかりにクリスをベッドに押し倒した。
真っ赤な顔でのしかかってくる玲奈を、クリスが驚きの表情で凝視する。
「レ、レイ、ナ……? ど、どうしたの?」
大きく目を見開き、玲奈を見つめてくるクリス。そんなクリスに玲奈は必死の思いで言った。
「わ、私……あの、あのね! ク、クリスのことが好きなの!」
破れかぶれだった。もうどうにでもなれという気持ちだった。
「え……?」
突然、玲奈から告げられた言葉に、クリスは全ての動きを止め、ただただ玲奈を真っ直ぐに見つめた。その瞳が揺れている。
「ほ、んとうに? レイナ。?じゃなくて?」
確認を求めるような声に、玲奈は顔を赤くしたままこっくりと頷いた。
「前に、クリスから聞かれたことの答え。……私はクリスが好きだから死んで欲しくなかった。そして好きだから、今、こうしているの」
以前、宿の中庭でクリスに問いかけられたこと。その答えを告げ、玲奈はクリスの唇に己の唇を思いきって重ねた。ファーストキスだった。
「んっ……」
もしかしたら拒絶されるかもと思ったが、クリスは玲奈を拒否したりはしなかった。むしろ積極的に唇を押しつけ、自らを押し倒してきた玲奈に両手を伸ばし、強く抱きしめてきた。
(良かった。キスは許してくれたみたい)
安堵した玲奈は、自らの唇と合わさっているクリスの唇の感触に神経を集中させた。
これが最初で最後のクリスとの口づけかもしれないと思うと、どんな些細な感覚でも忘れずにいたかったのだ。
クリスの薄い唇は少しひんやりとしていて、だけど玲奈の温度が移ったのか、やがて熱くなってきた。ちゅ、ちゅと何度も唇を互いに押しつけ合う。
嫌がられていないという事実が、玲奈をいつになく積極的な行動へと駆り立てていた。
唇の触れ合うリップ音が寝室に響く。
互いを抱きしめながらの接吻は心地よく、玲奈は陶然としながらクリスとの甘美なキスに酔いしれていた。
「ん……ん……」
次第にキスの感覚が長くなってくる。最初は押しつけ合うだけだった拙いキスは、やがてどんどん深いものへと変わってきた。
クリスが舌を出し、玲奈の唇をペロリと舐める。玲奈が押し倒していたはずなのに、いつの間にか、体勢が逆になっていた。玲奈の背中にはリネンの柔らかい感触が当たり、その上にクリスが覆い被さっている。
「ん……ふ……んっ」
——もうこれだけで十分かもしれない。
甘いキスが続けられる中、玲奈はぼんやりと思考の濁った頭で思った。
だけどクリスの方に火がついてしまったのか、彼は一向に玲奈との口づけを止めようとはしなかった。ちゅ、ちゅ、と何度も何度も飽きることなく、それこそ酔ったような表情で玲奈を見つめ、口づけを続けてくる。
「んっ……あ、クリス……」
このままでは唇が腫れ上がってしまいそうだ。そう思った玲奈はクリスを止めようと、キスの合間に口を開き、少し止まって欲しいと訴えようとしたのだが——。
まるで待っていたかのように、クリスの舌が玲奈の口腔に侵入してきた。それは凶暴なまでの熱さで玲奈を翻弄する。
「んっ……んんっ!?」
ぬるりとした未だ感じたことのない感触に、ぼんやりと靄がかかっていた玲奈の頭が急速にはっきりとしていく。肉厚の舌が口内を舐め回す未知の感覚に、玲奈は咄嗟に暴れ出した。
「んっ! ……んんんっ」
だけど玲奈の上に覆い被さったクリスには、まるで通用しなかった。いつの間にかしっかりと玲奈を押さえつけ、玲奈の口腔を好き放題貪っている。
?裏に歯列。玲奈の全てを確認するかのようにクリスの舌は動き回る。そのたびに唾液が喉の奥に溜まり、玲奈はこんな時だというのにまるで歯医者にでもいるようだと思ってしまった。
(唾液をどうしたらいいのか分からないこの感じ、ちょっと似ているかも……)
こんなことを考えられるくらいだから、どうやら少しは落ち着いてきたらしい。玲奈はそっと力を抜き、大人しくクリスに身を任せた。
玲奈が抵抗をやめたことに気づいたクリスが、玲奈を押さえつけていた力を緩める。
舌が口内を這い回る粘っこい音が鼓膜に響く。不快だとは思わなかったが、玲奈は自分がどういう行動を取れば正解なのかが全く分からなかった。ただ受け入れるしかなくて、クリスの舌に翻弄されながら、玲奈はクリスにしがみつき、目をぎゅっと瞑って震えていた。
それが、クリスの舌が上顎に触れた瞬間、変わった。
なんとも表現しにくいくすぐったいような、気持ちいいような不思議な感覚が玲奈を襲ったのだ。
「んっ……!」
玲奈の反応をクリスは見逃さなかった。ここぞとばかりに上顎に舌を這わせ始める。くすぐるように舌先で刺激され、玲奈はびくんびくんとクリスにしがみつきながらも身体を跳ねさせた。
「はっ……あ……あ……」
甘い蕩けた声が玲奈の口からはひっきりなしにこぼれる。十分に上顎を嬲ったクリスの舌が、玲奈の舌に優しく絡んだ。舌先を擦り合わされる初めての感覚にまた、頭がぼうっとしてくる。
(ひゃっ……な、に? これ。気持ちいい……)
とろとろに融かされそうな気持ちよさに、お腹の奥が何故かじゅんと疼く。薄らと目を開くと、目を細め、幸せそうな顔で玲奈を見つめている赤い瞳と目が合った。
「あ……」
「レイナ……好きだよ」
(え?)
玲奈が自分を見ていることに気づいたクリスが、ようやく唇を離して柔らかく、だけどはっきりと告げた。驚きに目を瞠る玲奈に再度覆い被さりながら、クリスは言った。
「私も約束通り答えをあげる。私はね、他ならぬ君だから助けたんだよ。聖女だからじゃない。君を失いたくないから、好きだから助けたんだ」
熱の籠もった響きに、玲奈は嬉しいよりも先に戸惑いを感じた。
(クリスが私を好き? ?!)
そんな馬鹿なことあるはずない、と玲奈は咄嗟に否定した。
大体クリスには婚約者がいるはずだ。そんな彼が無責任に玲奈のことを好きだなどと言うはずがない。
そう思い、ハッと気がついた。
(あ、好きって仲間としてって意味か……)
危ない、危うく自分に都合よく勘違いしてしまうところだったと玲奈は胸を撫で下ろした。
クリスが、玲奈を恋愛的な意味で好きだなどと、そんなことあるはずがない。
それにこれはあれだ、情事中の戯れ言というやつに違いないと玲奈は深く理解した。
そうだ、きっと真に受けたら後で痛い目を見るというアレだ。クリスは酔っているし、もしかしたら玲奈を婚約者と混同してキスしている可能性だってないとは言えないのだ。
(大丈夫、私は勘違いなんてしない……だから……)
情事中の言葉遊びのようなものだと理解しているから、だから今だけはクリスの言葉に浸っても構わないだろうか。明日になれば忘れる。夢を見たのだと思って忘れるから、と玲奈は再度目を瞑った。
そんな玲奈に、クリスが声をかけてくる。
「ねえ、聞いてる? こんなに甘いキスを何度も交わして、それで我慢できるほど私はできた男ではないよ。愛してる。君を愛しているから——ねえ、抱いてもいい? 君を全部、私のものにしてしまってもいい?」
脳髄を揺らすような甘い誘いの言葉に、玲奈はこくんと頷いた。
元々玲奈の方はそのつもりだったし、愛してる、なんて言われて彼女が断われるはずがなかった。
もちろん、酔ったクリスの戯れ言だということは理解しているし、この言葉だって本当は玲奈に向けられたものではないのかもしれないけれど、それでも愛しているという言葉は、玲奈には何よりも嬉しいもの。だから玲奈は勇気を出して言った。
「うん……。私もクリスが好き。だから、抱いて欲しい」
「レイナ……! ああ、ようやく、ようやくだ。ようやく君が手に入る」
玲奈の答えに、クリスは歓喜の声を上げた。泣きそうな響きに、玲奈はクリスを見上げる。
「クリス?」
「捕まえた……。私だけの君。もう、絶対に逃がさない」
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