書籍詳細
最愛キャラ(死亡フラグ付)の嫁になれたので命かけて守ります
ISBNコード | 978-4-86669-048-3 |
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定価 | 1,320円(税込) |
発売日 | 2017/11/27 |
ジャンル | フェアリーキスピンク |
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電子配信書店
内容紹介
立ち読み
——なんで、なんでこんなことに。
床に敷いた敷物の上にぺたりと座り込み、鏡を見ながら蘭珠はため息をついた。
まじまじと鏡を見つめれば、そこに映るのは小さな顔。冷静に見れば、とても可愛らしい顔立ちの女の子だ。黒目がちの大きな瞳は、びっしりと睫に囲まれていた。小さな鼻は形がよく、唇は紅で彩られている。
見事な艶を持つ黒髪は、先ほどまでは編み込みや輪をいくつも作った複雑な形に結い上げられ、そこには頭が重くなるほど大量に黄金の髪飾りが挿されていたけれど、今は解かれてまっすぐに流れ落ちている。
——落ち着いて考えなきゃ。
言い聞かせてはみるが、まだ事態を完全に把握できているというわけではない。
鏡の縁を両手で?んではぁっとため息をついた。
結局あの後、蘭珠が大泣きしたことで景炎との見合いはお開きになってしまった。医師が呼ばれ、甘ったるい薬を飲まされて、そのまま寝所に送り込まれた。
付き添っていた侍女達は眠いと言って追い払ったけれど、こんな状況で眠くなるはずもない。
——昨日の夜は『六英雄戦史』を読んでいたはず……なのに、今、ここにこうしているということは。
鏡の縁を?んだまま、蘭珠は考え込む。
——こちらの世界に来てからの記憶は……たぶん、全部ある。
もちろん生まれたばかりの頃のことを覚えているわけではない。
一番古い記憶は三歳の誕生祝いの時。国王である父の膝の上で、大好物のお菓子を口に入れてもらったところ。
それから、公主として何を学んだかも覚えているし、今朝侍女に起こされた時のことも覚えている。
——だけど。昨日まで、日本にいた……のも覚えてる……。
大学の講義は昨日は休みだったから、一日アルバイトを入れていた。カフェのアルバイトは予定の時間に上がって帰宅。家族と夕食を食べて、お風呂に入って、いつものようにベッドに転がって『六英雄戦史』の新刊を読んで——。
それなのに、気がついたら登場人物である陽蘭珠——しかも八歳の頃の姿になっているということは、読んでいた本の世界に赤ん坊として生まれ変わってしまったということなのだろう。
『六英雄戦史』とは、蘭珠が愛梨として生きていた頃、ものすごいヒットしていたライトノベルのタイトルだ。
滅びた王国の血を引く英雄、林雄英。そして、大陸に存在する五つの王国出身の英雄達。魅力的なキャラクター達と複雑に絡み合った謎。
幾分硬派な作りで、最初の人気はほどほどといったところだったけれど、コミカライズされたことをきっかけに原作も爆発的なヒットをすることになった。ちょうど物語はクライマックスを迎えており、あと数冊で大陸を統一するのではないかと予想されている。
劉景炎は雄英に剣を教える師匠であり、兄のように慕われる、いわゆるお兄ちゃんキャラであり、特に人気が高いキャラクターだった。作中、雄英をかばって死亡するシーンは作中屈指の名シーンとされている。
愛梨は、コミカライズされる前からの熱烈なファンだった。きっかけは、友人が貸してくれた原作の一巻。
その中にあった、たった一枚の挿絵。
国境の貧しい地域に現れた盗賊団。村人を守るべく、必死に剣を手に戦う林雄英と仲間達の前に現れたのが、国境警備隊を率いた景炎だった。それが彼の初登場シーン。
少人数の手勢のみであっという間に賊を蹴散らした彼は、林雄英に手を伸ばす。
『よく頑張ったな』
と言って馬上から微笑む景炎は、雄英少年に強烈な印象を残した。そして、愛梨の心にも。
夢中になって読み進めていた間、雄英が王国を再興させ『王』となった暁には景炎が彼を支えるのだと信じ込んでいた。けれど、愛梨の予想に反し、景炎は物語半ばで命を落とす。
彼の死に動揺したファンも多く、もし、彼が死んでいなかったらという『if』設定の二次創作が溢れかえった。
その一方で、『劉景炎を死なせないためにはどうすればよいのか』と真面目に検証する一派も現れて、愛梨はそこに全力で突っ込んでいった。
作中、雄英達が知り得た情報を元に、
『一巻で起こる黒河の戦いを回避してはどうか』
『いや、それでは雄英が英雄としての一歩を踏み出すことができない』
『三巻で起こる応周の戦い——雄英初の負け戦——を勝利に導いてはどうだろうか』
『それには兵の数が少なすぎる』
『では、兵を集めるにはどうしたらいいのだろう』
などなど。しまいには『いっそのこと、景炎を警護という名目で辺境に追いやった皇帝——景炎の異母兄龍炎——を暗殺してはどうだろう』と物騒な案まで飛び出した。
こんな風に毎晩のようにSNS上で議論を戦わせていたから、物語中で語られていた年表については完全に頭に入っている。
——でも今の時代だと、まだ、本編始まってないんだもんね……。
先ほど彼の顔を見た瞬間、一気に記憶が押し寄せてきて混乱したけれど、冷静に考えれば、物語が始まるのは今から十年先だ。蘭珠が嫁ぐのも大体その頃。
それにしても、と鏡から視線を逸らし、自分の身体を見下ろす。視線の先にあるのは小さな手。爪の先は赤い染料で染められている。
今は寝衣なのだが、先ほどまでは襦という日本でいうところのシャツやブラウスにあたる衣に重ねて長裙をはき、帯は胸のあたり、高めの位置で結んでいた。上からさらに長い衣を重ね、ストール——ひらひらとした被帛という布を腕にかけて、正装していたのだ。
今身に着けている寝衣も、先ほどまでの装いも、上質の絹で仕立てられていて八歳の幼女が身に着けるには豪華な品だ。
——蘭珠は公主だから……この程度の品に囲まれているのも当然なんだろうけど。
陽蘭珠は、景炎の妻として作中に登場する。特に重要なキャラクターというわけでもない。影も薄く、景炎死去の後は彼を弔うために姿を消した。英雄である景炎の妻にはふさわしくないと、どちらかといえば嫌われるキャラクターであったような覚えがある。
——なら、愛梨の身体はどうなったんだろう……。
気になったけれど、なんだか、嫌な想像しかできない。魂がここにあるということは、肉体は空っぽになっているというわけで。
——たぶん、死んでるんだろうな……。
どんな死に方をしたのかまでは考えたくない。一瞬遠い目になったけど、そこからは全力で目をそらすことにした。
——まあいい。いや、よくはないけど、現実を見るしかない。今、私がいるのは『六英雄戦史』の世界。私は陽蘭珠……。
蘭珠の中には、愛梨としての記憶と蘭珠としての記憶が混在している。
八歳の身体に十八歳の魂が入っているという状況は混乱せざるを得ないけれど、当面なんとか乗り切るしかない。
——ってそれどころじゃなかった!
先ほどまで対面していた劉景炎は、蘭珠の夫になる予定、というか物語の世界ではそうだった。
隣国大慶帝国の特使である大慶帝国の皇弟に連れられた景炎は、婚約者になるかもしれない蘭珠の顔を見に来たのである。
——どうしようどうしよう。
彼との対面の途中であったけれど、縁側から転がり落ちた蘭珠がパニックに陥ったことで、中止になってしまった。
「ねえ、誰かいる? 景炎様はもう帰っちゃった?」
慌てた蘭珠の声に、侍女が入ってくる。そして「今日はお帰りになりましたが、改めてお会いしようとのことでした」との返事を聞いて、蘭珠はほっとしたのだった。
侍女を呼んだ時には、景炎は滞在する宮に引き上げていたけれど、翌日、蘭珠とゆっくり話をするためにもう一度来てくれた。
——やっぱり格好いいなぁ……。
昨日と同じ部屋で改めて対面する。蘭珠はうつむきながらも、視線だけでちらりと彼の顔を確認した。
昨日は紺の袍を着ていたけれど、今日は鮮やかな緑の袍に茶の帯を締めている。
蘭珠が知っている彼は、二十代に突入したところだったけど、この美少年がこのまま成長したらものすごくいい男になるであろうことは容易に想像できた。
——どきどきする……今日は失敗しないようにしなきゃ。
記憶が戻ったばかりで、まだ心と身体が一致しない。
ちらりと膝の上に目をやれば、爪を赤く染められた小さな手。そのまま視線を前方にやったら、膝の上に置かれた景炎の手が目に入った。
昨日は、あの手が蘭珠を抱え上げてくれた。あの時はそんな余裕もなかったけれど、今改めて見たら、彼の手が大きいことに気がついて、ふわぁっと顔が熱くなる。
「蘭珠、怪我は大丈夫か?」
「……うん」
名前を呼ばれて顔を上げる。今の返事はどうかと思ったけど、彼は気にした様子も見せなかった。
蘭珠が泣き出したのは、打ち付けた肘が痛かったからではない。前世の記憶を思い出したからだけれど、それを口にしてもきっと彼には理解してもらえない。
「そうか、それならよかった。ほら、手を出せ」
彼がにっこりと笑って、また心臓が跳ねる。
どぎまぎして言う通りにすると、手のひらに載せられたのは、珊瑚を使った髪飾りだった。彼の指先が手のひらをかすめた瞬間、体温が上がったような気がする。
「……これは?」
「叔父上がくれた。女が泣いたら、玉をやるとすぐに泣き止むって言ってた」
しれっとした顔で景炎は笑う。
——わあ。
蘭珠は、彼の顔から目が離せなくなった。
記憶が蘇ってからはろくに彼の顔を見ることもできなかったけれど、笑うとますます格好いい。整った顔立ちは一見近寄りがたく見えるのだが、笑顔はとても親しみやすいのだ。
手のひらに乗せられた髪飾りに目を落とす。
玉、というのは宝石や宝石を使った美しい品のことを指す。たしかに珊瑚の髪飾りはとても綺麗でうきうきする……けれど。
——こんな美少年にどういう教育してくれちゃってるのよ——!
思わず心の中でつっこんだ。でも、嬉しいのも本当だったから、できる限り無邪気さを装って礼を述べた。
「ありがとうございます、景炎様」
——今の私は、八歳……八歳。
と言い聞かせながら。
◇◇◇◇◇
「——蘭珠、お前は美しいな。感じている姿も、可愛らしくていい——もう、濡れてきたか」
「だからっ、そういうこと、言っては……!」
感じて気持ちよくなれば、その場所が蜜を零すことくらい知っているけど、それを言葉にされるのは違うと思う。
「それもっ、いやっ!」
片方の頂を甘?みされるのと同時に、もう片方をくいっと中に押し込まれた。左右の頂から流し込まれる感覚に、蘭珠は腰を跳ね上げた。
そのとたん彼の膝で秘所を擦り上げられてしまい、送り込まれた新たな感覚に悲鳴じみた声が上がった。
「ごめんなさい……違う、いや、じゃなくて……私、おかしい……から……」
「おかしくはない。小さなことは気にするな。俺は、お前がどんな意図を持って嫁いできたのだとしてもお前を大切にする」
その言葉が終わるのと同時に、口づけられる。今、彼と唇を契るのは、これから先、全てを分かち合うと約束するのと同じ。
「何も考えるな。目を閉じろ——これは嫌か」
「……いえ」
蘭珠が目を閉じると、景炎は乳房に触れていた手を脇腹へと滑らせてきた。
お腹の奥の方がきゅうっとなって、蘭珠の唇からはため息が零れる。
再び、硬くなっている胸の頂が口内に吸い込まれる。舌先で弾かれ、しゃぶられ、身体の中にじりじりとした熱がこもっていく。
「んっ……くっ……景炎……さ、まぁぁっ」
ぴんと硬くなった頂を指先で弾かれれば、こらえきれずに腰が跳ねた。
秘所に押し当てられた膝に擦りつけると、そちらからもじわりとした感覚が送り込まれてくる。
ためらいながらも、揺れ始めた腰は止まらなかった。
「ああっ、私……あ、あぅっ」
彼の手がゆっくりと蘭珠の身体を撫でていき、ますます快感が強くなっていく。
膝の裏に景炎の手が入り込み、大きく脚を開かれる。立てた形になった膝の間に、彼の顔が沈み込んだ。
反射的に閉じようとした膝は、彼の肩によって阻まれる。濡れそぼった場所にふっと彼の息が吹きかけられて、自分がどれだけ濡れているのかを改めて知らしめられた。
彼の肩を膝で締めつけると、脚の間から彼が苦笑いする気配がした。
「ほら、こうすると——いいだろ?」
「やぁぁぁんっ」
濡れそぼった花弁を指がつっと撫で上げ、とたん走ったすさまじい刺激に、背筋が痺れたようになる。
もう一度撫で上げられて、慎みや恥じらいといったものを忘れ去った嬌声が響く。
背筋をしならせて、蘭珠は敷布を握る指先に力を込める。こんなにも感じてしまうなんて、自分の身体はどこかおかしくなっているのに違いない。
濡れた花弁の間を、何度も何度も彼の指が撫でてきて、指先が少しだけその間に潜り込んでくる。
「んっ……く、ん、あぁっ」
違和感を覚えたのは一瞬のこと。きっと指の第一関節までしか埋められていないであろうに、はしたなくなった蜜壁は、その指先だけでも逃すまいと締め付ける。
中を探るように指を揺らされたら、身体がますます痺れてきた。
「あっ……景炎様……あっ、あぁぁんっ」
濡れた指先がぐっと中に押し込まれると、蜜壺がうねって、奥へ奥へと導こうとする。
根元まで指が埋め込まれて、蘭珠は安堵の息をついた。体内に埋め込まれたそれを、内壁はひくひくとしながら締め上げる。けれど、それだけではまだ、足りない。
指では届かないもっと奥の方が、切なく疼いて蘭珠を悩ませる。
「んっ……あ、あ、あぁっ……お願いっ……」
もう、自分でも何をねだっているのかわからなかった。指が中で揺らされて、感じる場所を見つけ出そうとする。
彼の動きに合わせて、腰をうねらせると、また違う場所が疼くのを感じた。
もっとも敏感に快感を得るための器官。そこがじくじくと疼いて、蘭珠を悩ませる。
そこを親指の先にかすめられれば、けたたましい声が寝所の空気を震わせた。
ずきりとした愉悦。めまいを起こすような悦楽。
「景炎様……お願い、もっと……もっと、して、ください……」
はしたない願いを口にしているのはわかっている。それはわかっていたけれど、口にしないではいられなかった。
先ほどまで感じる場所を彼の膝に擦りつけていたように、自分から腰を浮き上がらせて敏感な芽を彼の親指になすりつける。
「蘭珠」
不意に名前を呼ばれて、蘭珠はうっすらと目を開いた。彼が顔を上げて、こちらを真正面から見ている。
不意に羞恥が押し寄せてきて、身体の下で皺になっていた寝衣を引き寄せ、それで目を覆った。
「申し訳……私、ごめんなさい……」
溢れかけた涙を寝衣に吸い込ませようとした時——景炎の手がその寝衣を?ぎ取った。
「お前は悪くない——ただ、こんなにも素直に感じていると示すのが、とても可愛らしく見えただけだ」
その言葉が信じられなくて、寝衣を取り戻すべく手を伸ばす。けれど、景炎はその寝衣を遠くへと放り投げてしまった。
「いいんだ。そのまま——もっと声を聞かせろ。お前の乱れる声が聞きたい」
言うなり、彼の顔がもう一度脚の間に沈み込む。
今度は、花弁の間に息が吹きかけられたかと思ったら、舌で左右に開かれた。そうしておいて、彼はその奥に隠れている芽を見つけ出し、そこに舌を這わせてくる。
「あっ——あ、あぁぁぁっ!」
今まで与えられていたのとはまた違う快感に、蘭珠は声を張り上げた。
気持ちいい。彼の舌が触れたところからどろどろに蕩けていきそうだ。
下から上に弾き上げられるのもいい。左右に転がされるのもいい。舌の先で円を描くようにくるくると刺激されると、意識が飛びそうになってしまう。
◇◇◇◇◇
「——蘭珠、鈴麗、離れてろ!」
景炎がそう叫ぶなり、二人をかばうように立ち塞がる。
男の剣を景炎が受け止め、上段から斜めに斬り下ろす。悲鳴と共に男が馬から転がり落ちた。さらに新たな敵に斬りかかるも、そこで異変が発生する。
剣を打ち合わせたとたん、景炎の剣が根元からぽきりと折れた。
とっさに腰に下げていた短剣を抜いて応じるも、圧倒的に不利な状況にあるのがわかる。
「——景炎様!」
蘭珠は自分の持っていた剣を、彼に向かって投げつけた。きっと彼なら、今の声が何を意味しているのか察してくれる。
果たして彼は、ちらりと目をやったかと思うと蘭珠の投げた剣を右手で捕った。
祈るような気持ちで、両手を胸の前で組み合わせる。
景炎は流れるような仕草で、目の前の男に切りつける。二人目の男が地面に倒れ込む。
——景炎様……!
蘭珠の剣は、特別注文したものだから彼が普段使っているものより細く軽く短い。その不利さを彼はものともせずに、目の前の男達と互角の戦いを繰り広げている。
最後の男を斬り伏せたかと思うと、景炎は蘭珠の方へと振り返った。
「蘭珠! 大丈夫か!」
問われて、声を返そうとしたその刹那。
蘭珠の前に景炎が立ちふさがった。地面に突き倒されたかと思ったら、彼の手が翻る。
どうやら、まだ一人残っていたようだ。蘭珠に斬りかかろうとしたところを、景炎がかばってくれたらしい。景炎の剣が男の胸を貫く。
「——失敗した、な」
「景炎様!?」
蘭珠の前で、景炎が地に膝をつく。
彼の背中に、傷があるのに気がついて、蘭珠は悲鳴を上げた。
◇ ◇ ◇
急いで陣に戻って医師が呼ばれ、景炎の手当てが行われた。
「いいから、さっさとやってくれ」
一瞬意識を失いかけたものの、景炎はここまで自分で馬を御し、天幕の中は自分の足で歩いた。今も床の上に腰を下ろし、医師が手当てをするのに、完全に任せている。
「——さすがに、痛いな」
「痛いなで済ませないでください」
彼に付き添っている蘭珠の声の方が湿っている。
医師が傷口を縫い合わせている間も、景炎はかすかに眉間に皺を寄せただけだった。
彼を守るためにここまで来たというのに、守ることができなかった。
——いえ、私達が、来なければよかったのかもしれない。
翠楽の声に不吉なものを覚え、そのまま村を飛び出してきてしまった。危険を知らせようと駆けつけてきたけれど、むしろ、蘭珠達が彼の足を引っ張ってしまったのかもしれない。
——守ると、誓ったはずだったのに。
胸が、締め付けられるような気がする。
なぜ、もっと早く翠楽と皇太子の動きに気がつかなかった?
医師の手伝いをして、表情を隠してはいるけれど、自分が何の役にも立たないことを正面から突きつけられているようでいたたまれない。
手当てを終えた天幕には、血の臭いが立ちこめている。鈴麗が入り口を覆う布を巻き上げて、血の臭いを追い払おうとした。
「すまないが、お前達は外してくれないか」
医師が血にまみれた布や薬箱を持って立ち去り、天幕の中には蘭珠と景炎、それと端に鈴麗だけが残されたところで、改めて彼は問いかける。
「皇太子妃に何かあったのか」
「い……いいえ、無事だと思います。置いてきてしまったのですが……」
どこから話したものかと蘭珠はためらったけれど、結局最初から話すことにした。
翠楽の様子がおかしかったこと。
それだけではなく、翠楽が口を滑らせたことから何かあるのではないかと思い至ったこと。
「伝令を走らせてくれたらよかったんだ。とはいえ、この陣も襲撃を受けていたから、間に合わなかったかもしれないな。俺の剣にも細工がされていたようで、いきなり折れた」
景炎の説明によれば、蘭珠達がこちらに向けて馬を走らせていた頃、景炎の陣が襲撃されたそうだ。なんとか敵を退けたところで、剣を予備のものに替えた。日頃持ち歩いている愛剣は肌身離さず持っているが、こういう場では刃こぼれなどに備えて予備の剣が必要になることもある。
だがあの時、あまりにも簡単に根元から綺麗に折れたために何かあったのではないかと疑っているのだという。
「お前が剣を投げてくれたから助かったが、戦場で同じ状況だったらどうだろうな」
そう言われて、ぞっとした。もし、替えの剣がすぐに手に入らなかったら——景炎は死んでいたかもしれない。
「鈴麗、俺も限界だから誰も来ないよう見張っていてくれ」
「かしこまりました。誰も近づけないように、外で見張っております」
剣を手にした鈴麗が天幕の入り口へと向かう。
「——すまないな」
ぐらりと景炎の身体が揺れる。手当てを終えた後、苦痛を見せなかった彼が崩れたことに、蘭珠は激しく動揺した。
「景炎様——景炎様、死んじゃだめ!」
慌てて彼の身体を抱きとめる。
——嫌だ。こんなの、嫌……!
ここで彼が死んでしまったら、何のためにここまで来たのかわからない。
失いたくないのだ、彼を。
景炎が蘭珠の全て。ここまで、彼を死なせないことだけを考えてやってきた。
彼を失うことを考えたら、背筋が凍るような気がした。彼の身体に回した手に力がこもる。
「死んじゃだめ——あなたが死ぬのは、ここじゃないんだから!」
思わず自分の知る事実を口にする。劉景炎が死ぬのは、今ではない。
これから出会う林雄英をかばってのことで、蘭珠をかばってのことではないのだ。
「——お前、今、何を言った?」
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