書籍詳細
ディーナの旦那さま
ISBNコード | 978-4-86669-049-0 |
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定価 | 1,320円(税込) |
発売日 | 2017/11/27 |
ジャンル | フェアリーキスピンク |
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電子配信書店
内容紹介
立ち読み
「——んっ、ぅ、ん……」
寝室に灯る小さなランタンが、ディーナの火照った顔と裸身を照らしている。
カミルに組み敷かれたディーナは、両手で口を覆い、嬌声を抑えようとしていた。
「どうした? 声を出したいなら、好きに出せ」
申し訳程度の膨らみをやわやわと揉みながら、カミルが意地悪く口角を吊り上げた。彼は寝台に入るなり、ディーナだけ手早く脱がせてしまったが、自身の着衣はまるで乱していない。
自分だけ裸身を晒しているのにいっそう羞恥を煽られ、ディーナは耳まで赤く染めて必死に首を振る。
こうしてカミルの手によってじわじわと与えられる快楽は、魅了をかけられた時よりずっと幸せで気持ちいいと感じるのに、すぐ理性を失ってそれに溺れられはしない。
カミルに抱かれるのは初めてでもなく、すでに散々な痴態を晒している。
今さらという気もするのだけれど、甘ったるい媚びたような自分の嬌声は、未だに恥ずかしくてたまらなかった。
半端に残っている理性と羞恥が邪魔をする。淫らな声をあげ、快楽へ耽るのを開き直らせてくれない。
もっとも、カミルは魅了に頼らずとも、相手に快楽を植えつけるのに苦労する風でもない。いつも執拗な愛撫でディーナをグズグズに蕩けさせ、容易く抵抗を崩して散々喘がせる。
(旦那さまは長く生きてて知り合いも多いだろうし、魅了をかけるのは好きじゃないみたいだから……こういうことだって、慣れているんだろうけれど……)
ついそんなことを考えてしまった瞬間。チクリと胸が痛んでディーナは動揺する。
カミルは吸血鬼らしく整った容貌をしてはいても、酷い性格ではなく、やたらに魅了をかけて淫蕩に耽ることもしない。
それなら、彼を個人的によく知って惹かれる女性もさぞ多かったと思うが……。
だったら、それがどうしたというのだ。
カミルの女性経験を気にするなど、それこそ恋人気取りというものではないか。
(浮かれすぎないって、決めたばかりじゃない)
ディーナは胸中で己を叱咤する。
今日、ディーナが帰宅すると客の姿はすでになく、カミルも客のことなど口端にも乗せなかった。手早く夕食を作って一緒に食べて、いつも通りに過ごしたが、浮かれすぎないようにしなければと思うと、どうしてもぎこちなくなってしまう。
カミルが気づいていないようなのが、まだ幸いだ。
(私は旦那さまを愛してるけど、もう十分良くしてもらっているもの。だから、精一杯お仕えするだけで……)
気まずさに視線を彷徨わせていると、不意に胸の先端を強く摘ままれた。
「んぁっ!」
痛みと紙一重の強い刺激に、ディーナは小さな悲鳴をあげて喉を反らす。
「上の空とは余裕だな。もっと激しくした方が良いか?」
ディーナの顎を?んでこちらを向かせたカミルは、とびきり底意地の悪い笑みを浮かべており、色香の滴る声に背筋が震えた。
カミルが首筋に顔を埋め、薄い皮膚を強く吸い上げられる。かすかな痛みが走り、赤い花弁のような痣がまた一つ刻まれたのを察した。
「んっ……す、すみません……」
狼狽えながら手をずらし、無意識にいつもの癖で胸を覆い隠そうとした。
すると、苦笑したカミルに手首を?んで引き?がされてしまう。
「さっきから様子がおかしいと思えば……仕方ない奴だ。気にするなと何度言えばわかる」
どうやらカミルは、ディーナが相変わらず悩みの種にしている胸のことを考えていたと、誤解したらしい。
喉を鳴らして笑うと、カミルが硬く尖って色づいた胸の先端を、ぬるりと舐めた。そのまま口に含み、熱い舌で弄られる。
「あっ! あ……ふ、ぅ……」
先ほどまで指で弄られ続けていたそこは、真っ赤に熟れてひどく過敏になっていた。舌先で円を描くように押しつぶされ、軽く歯を立てられると、たまらない愉悦が走って敷布から背が浮く。
「安心しろ、これだけ感じやすければ十分だ」
カミルが満足そうに口角を上げ、敏感な先端を舐め、周囲の膨らみを柔らかく揉む。もう片側の頂きも指で弄られると、下腹部が切なく疼いた。
まだ今日は一度も触れられていない秘所から、トロリと熱い蜜が零れて敷布を濡らしていく。
快楽を教え込まれたそこが切なく疼き、刺激が欲しいと訴える。
ジンジンと身体の奥に響く火照りに苛まれ、ディーナは太腿を擦り合わせるが、カミルは執拗に胸だけを弄り続ける。
「あ、あ……や、やぁ……」
いやいやと頭を振り、ディーナは身悶えた。
身体の中で中途半端に燻り、渦巻いている熱が、辛くてたまらない。秘所からは蜜が溢れ続け、腰が勝手に揺らめいてしまう。
しまいに耐え兼ねて、ディーナは胸に吸いつくカミルの髪をかき抱き、縋りつくような泣き声をあげた。
「は……旦那さま、ぁ……そこばっか……やぁ……」
頭の中が痺れきって、欲求を上手く言葉にできない。カミルが顔を寄せ、唇が重なった。
ゆっくりと表面を擦り合わせる口づけは、次第に深くなっていく。絡めた舌から響く淫靡な水音に、ディーナはゾクゾクと背を震わせた。
差し込まれた彼の舌に、自分から夢中で舌を絡め、唾液を嚥下する。
口づけながら、濡れた秘所を指でなぞられた。熱く潤んだ中に指を一本ズプリと沈められる。
「ん、ふ……ぅ……あっ、ああっ!」
大きく喘いだ拍子に唇が外れた。焦らされていた蜜壺は、浅ましいほどヒクヒクと蠢いて、カミルの指を食い詰める。
指を増やして愛液を?き出すように抜き差しされ、ディーナはビクビクと全身を引きつらせる。燻っていた生殺しの快楽が、急速に膨れ上がっていく。
「あ、あ、ぁ……」
ぐちぐちと中を?き回しながら、敏感な花芽を指先で押され、ディーナは大きく背を反らして昇りつめた。
「はぁ……は、はぁ……」
グッタリと寝台に身を落とし、荒い呼吸を繰り返していると、大きく脚を開かされた。
カミルが衣服を脱ぐのが見え、快楽の余韻でひくひくと痙攣している秘所に、熱い塊が押しつけられる。
「あ……」
思わず小さな声を漏らすと、唇をペロリと舐められた。赤い瞳が、ディーナをしっかりと見つめている。
「言え。どうして欲しいんだ?」
情欲を宿した視線と低い声に、ゾクゾクとディーナの肌が粟立った。理性が蕩け、欲求のままに掠れた声を絞り出す。
「ぁ……だんなさま……欲しい……」
狭く熱い粘膜の中に、猛った屹立を埋めていく。
「は……ぁ、ぁあ………」
カミルの身体の下で、ディーナが艶めいた声で啼きながら、シーツを強く握り締めた。ざわめく襞が、待ち焦がれていたように雄へ吸いついて絞り上げる。
油断するとすぐに果ててしまいそうで、カミルは眉をひそめた。
考えてみると、泉から生まれて性行為では繁殖できない魔族が、無意味な性行為の器官や欲求を持っているのは不思議だ。
吸血鬼の場合は、獲物を狩る手段にそれを利用しているからまだわかるとしても、この場合は明らかに違う。
カミルは血を欲する時期ではなく、ディーナを抱く行為を純粋に楽しんでいた。
?を染めて大粒の瞳を潤ませている蕩けた表情も、半開きの唇から零れる浅い呼吸も、カミルの中の雄を刺激して止まない。
全て収めてしまうと、カミルはディーナの額に口づけを落とし、ゆっくりと揺すり始めた。
「あっ! あぁ……だんな、さま、ぁ……っ」
ディーナが喉を反らし、淫らに濡れた声で喘いだ。細い足がカミルの腰に絡んで、強請るように引き寄せる。
奥から溢れ出る蜜の熱さと、雄をきつく締めつける柔らかな壁の気持ちよさに、眩暈がした。
実のところ、魅了なしで女を抱いたのはディーナが初めてだ。
昔はそれこそ、魅了をかけて吸血するしか手段を知らなかったから、せめて合意でと娼婦を買ったりしていた。
しかし、血液を薬品処理するような特殊知識ならともかく、魔族は泉から生まれた時点で、ある程度の基礎知識を持っている。
同族はより強い快楽を得る為に魅了を乱用していたが、吸血の必要がなければ、魅了を使わないで女を抱けるとは知っていたのだ。
知っていたが、カミルの好奇心と情熱は世界を回る旅や技術の会得へ向けられ、吸血の必要がなければ女が欲しいとも思わなかったから、実行してみなかっただけだ。
もっとも、この地に落ち着いてディーナに会うまでもそうだったから、女に興味がなかったというよりも、単に好みの相手に会わなかっただけかもしれない。
死んでも教えるつもりはないが、初めて魅了を使わずディーナを抱いた時、最初は内心かなり緊張していた。
そして、ディーナの恥じらいながら乱れていく姿に、すぐ夢中になった。
魅了を使えば、相手が誰でも手軽に強い快楽を得られる。便利な力を持っているのだから普通に抱く意味などないと同族は言っていたが、カミルはそこでも意見が違ったようだ。
ディーナが羞恥に戸惑いながらもカミルを受け入れ、快楽に溺れていく様子は、たとえようもなく興奮を煽られた。
魅了のせいで、意思とは無関係に誰でも構わないと縋りつかれるより、遥かに好ましい。
かくして新しい愉しみを見つけてしまったカミルは、毎晩熱心にディーナを抱いているわけだった。
ディーナはどこをどうされるのが好きかなど、すでに知り尽くしている。感じる場所を雄の先端で擦り上げると、高い嬌声をあげてディーナが身を震わせる。
ひくつく内襞のもたらす愉悦に、カミルも陶然としながら目を細めた。快楽に達するディーナは、いつ見ても可愛い。
まだまだ細い身体を抱きしめて唇を塞ぐと、ディーナがおずおずと背中に手を回した。小さな手が、しばし戸惑うようにカミルの背中を彷徨ってから、きゅっと抱き返してくる。
特にそれだけの、強い性感を促す行為でもないのに、こうして抱き返されるといつも恍惚に背が震えた。胸の奥にじわりと温かいものが広がって、幸せだと心から思う。
カミルはディーナの脚を抱え直すと、いっそう激しく動き出した。絡みつく媚肉の動きに逆らってギリギリまで引き抜き、最奥を強く穿つ。
「ひっ、あ、あああっ!」
カミルにしがみついたまま、ディーナが身体を強張らせる。
「ほら、イけ」
奥をこね回しながら耳朶を甘?みすると、内部の締めつけがひと際強まった。
「あっ、ん、ぁ——っ!!」
しがみつくディーナの腕に力が籠もり、足先が何度も宙を蹴った。内壁が痙攣を繰り返す。
「は、はぁ……っ、はぁ……」
自分の腕の中で、ディーナが快楽の余韻に胸を喘がせているのが、たまらなく興奮した。感じすぎたのか、目尻から溢れた涙が火照った?を濡らしてさえいる。
ディーナのこんな顔は、自分以外の誰にも見せたくない。独占欲がふつふつとこみ上げてくる。
思うさま乱れさせ、カミルのことしか考えられなくなるまで快楽に堕としてやりたい。
知らずにゴクリと喉が鳴り、衝動的に唇を奪った。舌をこじ入れ、息もつかせぬほど口内を蹂躙する。
どれだけ?がっても飽きない。触れ合うほどに、もっと欲しくなる。ディーナの中で一度果てても放しがたくて、続けて何度も貪るように抱いた。
しまいに、崩れるように眠ってしまったディーナの身体を、カミルは濡れタオルで丁寧に拭ってやった。
時おり、ディーナの瞼がピクンと動くが、疲労しきった彼女は目を覚ますこともなく、そのまま健やかな寝息をたて続ける。
ふと、呼吸に合わせて上下する胸の、赤く腫れた先端へカミルは視線を落とす。
(このままで十分だと言っているんだがな……)
小柄で細いディーナにはバランスが良く、感度も申し分ない。もっと慣らせば、胸だけでもイけるようになるんじゃないかと、不埒な想像が浮かんでくる。
しかしディーナは相変わらず、胸は大きければ大きいほど良いのだと、頑なに信じ込んでいるようだ。コンプレックスというものは、他人がどうこう言って解消できるものではないから、仕方ないのかもしれないが。
思えば、夕方に帰宅した時から、ディーナの様子がどうもおかしかった。
旅人で街が賑やかになっていて驚いたとか、夜猫商会の料理が美味しかったなどと話し、いつもと変わらぬよう懸命に努めているが、どこかぎこちなかった気がする。
夜猫商会の店員相手ではありえないが、誰かに体形を揶揄でもされたのかもしれない。
特に、今のオルヴェストには、遺跡探索者の荒くれ男が急増しているのだ。そうした手合いは女癖が悪いのも多く、できればディーナを一人で街に行かせたくはなかった。
それが、口実をつけて使いに行かさざるを得なかったのは、剣を受け取りに来る注文客の問題だ。客のハーピー青年は夜猫商会の定員で、しかもよりによって接客係。ディーナとは顔見知りである。
ディーナは詮索好きな性質ではないが、察しが良く物事は注意深く見る方だから、フードなどで顔を隠してもまずバレる可能性が高い。あの剣の注文主が菓子屋の店員と知ったら、いくらなんでも不思議に思うだろう。
ディーナは夜猫商会を、ごく善良な有名菓子店と信じきっており、あれがこの国の薄暗い部分で大きな勢力を誇るマフィア組織だなんて、まるで知らないのだから。
オルヴェストくらい大きな街ともなれば、賭場に娼館、いかがわしい品を扱う店や盗品古物商などが揃う場所が自然と発生し、そこを仕切って利益を得る組織ができる。
大半の善良な市民は知らない、いわゆる裏社会だ。
この国では現在、二つの大きなマフィア組織が支部を張り、ほぼ同等の縄張りを陣取っていた。
片方は『夜猫商会』もう片方は『アルジェント貿易』と、双方とも表向きにはまっとうな商い看板を掲げている。
国内に乱立していた小規模な組織を呑み込み続け生き残った、二大組織だ。
大きな街の裏側は大抵どこも、この二組織のどちらかが完全に支配しているか、半々に陣取っている。
オルヴァストでも、二つの組織が表向きの支店を構え、裏では時おり衝突しながらも均衡を保っていた。
『夜猫商会』の頭首は、魔族の九尾猫で、『アルジェント貿易』を統べるのは人間の侯爵だ。
夜猫商会の部下には個人の力量に長けた魔族が多く、アルジェント貿易は、人間の貴族社会により広い?がりを持っている、とそれぞれ違った部分で強みがある。
しかし、どちらの頭首も普段は王都に住み、王宮内や軍にも口聞きができる点は同じだ。
公にはされないが、この国で討伐対象となっている吸血鬼や人狼も、この二組織のどちらかへ、毎年一定の金額を納めていれば、討伐されることはなかった。
報酬目当てに誰かが憲兵へ通報しようとも、書類の段階ですみやかに廃棄される。
もっとも、それが通じるのは王国正規の憲兵のみで、個人の賞金稼ぎなどはこの限りでない。だが、派手に暴れまわったりしなければ、賞金など最初からかけられないし、そんな馬鹿をやらかす者には、組織の方で先に刺客を送り込んでくる。
ちなみに夜猫商会の頭首は、カミルに武具の発注を紹介できる、数少ない者の一人だ。カミルがどちらに所属しているかは、言わずもがなである。
かつて世界を旅していた頃に知り合った夜猫の頭首は、絶対に善人ではないものの、それなりに気持ちのいい悪党だ。カミルが黒い森を棄てた時、組織専属の武具師にならないかとも勧めてきたが、カミルにその気がないと知ると、それ以上は強要もしなかった。
それ以来、カミルは夜猫にしかるべき代金を払い、代わりにこの地での安泰を買っている。そして時には、頭首がこれと見込んだ相手に、武具を作ることもあるという関係だ。
ディーナは、カミルがここで静かに暮らせているのは住民の好意を得ているからだと思っているし、表向きにはそういうことになっている。
下手なことは知らない方が厄介事に巻き込まれずに済むから、カミルはディーナのこうした誤解を解こうとはせず、夜猫商会についてもただの菓子店で通している。
それどころか最初は適当な理由をつけて、あの店には近づかせないつもりだった。
しかし、偏屈なカミルが唐突に小間使いを雇ったと聞き、どんな娘かと、夜猫の頭首が興味津々になってしまったのだ。
享楽的な頭首のことだ。下手に隠せば、多忙な癖にここまで押しかけてきかねない。
なので、絶対に余計なことは言うなと、夜猫商会の店員に念押しをしたうえで、ディーナに菓子を買いに行かせ、容姿や性格などを頭首に報告させたのである。
まぁ、その時に買ってきた菓子を、ディーナがあまりに嬉しそうに食べるから、それからも時おり菓子を買ってこさせるようになってしまったわけだが。
(……何があったかは知らんが、体型くらいでそう落ち込むこともないだろうに)
カミルは軽く息を吐き、自分の身体も手早く拭く。ぐったりと起きる気配のないディーナに新しい寝衣を着せつけてから、片手で抱きかかえた。
この寝台は、吸血鬼だけが作れる魔道具でもある。簡単な操作で、乗せている布類の汚れを綺麗にできるので、ディーナも初めて見た時は大層驚いていた。
瞬く間に、体液で湿ったシーツからマットレスまで全て、汚れが蒸発して乾く。
綺麗になった寝台にディーナを横たえ、丁寧に毛布をかけてから、カミルはその隣に潜り込んだ。
ランタンを消した寝室は真っ暗だが、カミルの目はむしろ陽射しの中よりも暗闇の方がよく見える。
「ん……」
健やかな表情だったディーナが、眠ったまま唐突に眉をひそめた。
「ぅ……だんなさま……ぁ?」
何かを探すように手を彷徨わせ、舌足らずな寝惚け声をあげる。
「ここにいる」
珍しいなと思いつつ、苦笑して手を握ってやると、ディーナの口元がふわっと緩んだ。
「だいすき……ずっと、お傍に……」
かすかな呟き声に、カミルの心臓がドキリと跳ねた。
そのままディーナは深く眠ってしまったが、どうしても手を離す気になれなかった。
吸血鬼のカミルと違い、人間のディーナはいつまでも若い見た目ではいない。
だが、カミルが気に入っているのは彼女の中身なのだから、そこさえ変わらなければ、老いてもずっと好ましいはずだ。だから、胸の大きさくらいで悩むことでもないと思う。
(心配するな。お前の中身が綺麗な限り、死ぬまでずっと一緒にいる)
心の中で思わず呟き、次の瞬間にカミルはあることに気づいて息を呑む。
世の理は、何でもカミルの思い通りにはならない。意思とは無関係な別れ……『死』というものがある。そんな当たり前のことすら忘れていたらしい。
(身勝手・傲慢・恥知らず、か)
吸血鬼に関する一般評価を内心で呟き、深い溜め息をつく。
不名誉な評価を安易に受けたくはないが、ディーナへ随分と身勝手に接しているのに気がついてしまった。
ディーナに夜猫商会の実情を隠すだけでなく、いつも血を買っている闇医者の名前さえ教えていないのは、暗い危険な裏の世界から遠ざけ守ってやっているつもりだった。
だが、本当はそうじゃない。
彼女は街で顔見知りや友人はできても、買い物のついでに会えば話す程度のようだ。遊びたい盛りの年頃だろうに、休日にも出歩いたりはせず、家で読み書きの勉強をしている。
幼い頃からバロッコ夫妻の元で酷使されていたディーナは、学校に通わせてもらえるはずもなく、ここに来た当初はまるで読み書きができなかったのだ。
先日にも、ディーナがラズベリー摘みに行くと書き置きを残したからこそ見つけられたわけだが、特別な事件が起きなくたって、読み書きができるにこしたことはない。だからカミルも、初歩の教本を知り合いから貰ってきてやったり、質問されれば教えたりもしている。
ただ……ディーナが休日に出かけないのは、勉強以外の理由もあるのではと感じていた。
農場にいた頃、ディーナは使用人達からも酷い目に遭わされていたらしい。そのせいか、無意識に他人と距離をとる癖がしみついているようにも思える。
そしてカミルは、ディーナのそうした姿を見て、知らず知らずに満足心を覚えていたのだ。
ディーナは必要以上に知り合いなど増やさず、俺の傍にだけいれば良いじゃないか。
そんな考えが心の底にあったのだと今さら気づく。
(馬鹿なことをしていたな、俺は。不死でもないくせに……)
カミルは胸中で苦々しく呟いた。
怪我や日光で死ななくとも、吸血鬼にもいずれ寿命が来る。二百年か三百年ほど生きれば、その身体はある日突然、灰になって崩れてしまうのだ。
ほんの一瞬で、一言も発する暇も与えられず灰になる。
吸血鬼の寿命は百年以上もの間で個人差があり、老いという目に見える肉体の変化もなく、死を迎えるその瞬間まで寿命がいつ切れるかはわからない。
その為に、寿命が切れるという感覚にも鈍く、カミルもまるで意識したことはなかった。
何度か危険な目に遭った時は、死を意識もしたけれど、それもすぐ薄れてしまう。
だが確かなのは、カミルがすでに二百年以上も生きていることだ。
この身体は、もしかしたらディーナが寿命を終えるよりも長く持つかもしれないし、一時間後には朽ちてしまうかもしれない。
そして今カミルが死ねば、ディーナは唐突に一人きりで取り残されるわけだ。
本当にそれで良いのか……?
カミルは鎧窓の方へ顔を向け、窓の外にある天候を読み取る為に集中した。
明日は一日中、空に濃い雲がかかりそうだ。吸血鬼が日中に出かけても問題ないだろう。
(……お前が気に入っている。だから、できる限りのことをするとしよう)
それ以上の言葉を思いつけず、カミルはすやすやと眠るディーナの額に、そっと口づけを落とした。
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