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猫かぶり姫と天上の音楽3

もり / 著
由貴海里 / イラスト
ISBNコード 978-4- 86669-070- 4
定価 1,320円(税込)
発売日 2018/01/27
ジャンル フェアリーキスピュア

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内容紹介

ずっとこの先も、私はあなたの傍にいたいんです!
大国マグノリアの皇帝ルークとの甘い生活も束の間、花は「神の国」と呼ばれる宗教国サンドル王国に狙われてしまう。「癒しの力」を持ち「ユシュタルの御使い」と呼ばれる花を手に入れようと、サンドルの王太子が動き始めたのだ。莫大な魔力を持つルークと、謎めいた「神の御力」を発揮する王太子。呪われた王家の予言に花は……。「ハナが余の生涯ただ一人の妃であることに変わりはない」溺愛しすぎな麗しき皇帝と魔力ゼロの花に、再び試練が訪れる!
「俺はハナを愛しているが、そこまでの気持ちがない?」
「もも、もちろんありまっす! 溢れ返って溺れそうなほど!」
「だが、溺れてはくれないんだな」

立ち読み

「ハナ様、申し訳ありませんが、今からお召し替えをしていただけますでしょうか?」
「え? はい……?」
 今日は特に何も予定はなかったはずなのにと思いつつ、素直に従って着替えた花は、鏡に映った自分の姿を見て目を丸くした。
(あれ? この恰好って……???)
「あの、これはいったい……?」
 なんだかとても楽しそうに見上げているセレナとエレーンに疑問を投げかけた花だったが、二人は微笑むばかりで答えは得られない。
「あまりお待たせしてはいけませんわね。さあ、ハナ様」
 結局、花は不思議に思いながらもセレナに促されて居間へと戻り、そこにいた人物を目にして驚愕した。
「ルッ——陛下!?」
「ハナ」
 花に優しく微笑みかけるルークの姿があまりにも違うのだ。
 美麗な顔はいつもと変わってはいないのだが、髪色がプラチナブロンドからよくある茶色に、瞳の色も金色から少し濃い琥珀色へと変わっている。
 また衣服も普段の豪奢な装飾が施されたものから、花がセルショナードでリコたちと旅をしていた時にリコが着ていたような、一般貴族の略装を身に纏っていた。
「その姿も可愛いな」
 驚いて茫然としている花にかまわず、ルークはその?に軽くキスを落とした。
 花もまた、若い貴族令嬢たちが街へと遊びに行く時のような、あまり目立たない簡素な衣服に着替えていたのだ。
「陛下……あの、これは……」
 戸惑いを隠さない花にルークは悪戯っぽく笑いかける。
「街へ行こう」
「え?」
「今からならちょうど昼食時だ。街の食堂で何か食べよう」
「それは——」
「大丈夫だ」
 皇宮から離れても大丈夫なのかと心配の言葉を口にしようとした花を、ルークは穏やかに遮った。
「今はリカルドと……ハナのお陰でかなり力に余裕が生まれている。だから、少々皇宮から離れたとしても何も問題はない」
「……本当に?」
「ああ」
 ルークの言葉に、花は込み上げる涙を必死に堪えた。
 ずっと——何十年も皇宮から出ることが叶わなかった、それほどに負担を強いられていたルークが街へと出ることができるのなら、ルークが少しでも義務から解放されて息抜きができるのなら、これほどに嬉しいことはない。
 涙を浮かべながらも嬉しそうに微笑む花を見て、ルークは少し困ったように微笑み返すと、今度は唇に少し長めにキスをした。
「へ、陛下……」
 レナードやセレナなど、まだ周囲に人がいることを思い出した花は顔を赤くして、力ない抗議の声を上げた。
 それを意に介した様子もなく、ルークは花の?に手を添えて何事かを呟いた。
「……今のは?」
 何だかよくわからないのだが、何か今までと自分が違う気がして花は自身を見下ろした。
 そして目の前のルークもまた何か違う気がして、首を傾げる。
「俺とハナの気配をかなり弱めた。街では目立たないほうがいいからな」
「気配を……弱める……」
 ユシュタールの人々は自身の持つ魔力をオーラのように纏っている。
 魔力が強いとそれだけ気配も強く現れ、近しい人には香りのようにうつるので、花がセルショナードでリコたちに匿われていた際には、花が纏うルークの気配を隠すために色々と苦労したのだが——。
「……気配って簡単に隠したりできるんですか?」
「ん? ああ、ある程度の魔力がある者なら自身の気配くらいはな」
「そうですか……」
 ある程度と言っても、おそらくルークやディアン、ザックくらいの力の強さは必要なのだろう。
 納得したように呟いた花は、なぜか急にニッコリ笑ってルークを見上げた。
「それで今まで陛下は女性関係を知られることがなかったんですね?」
「………何の話だ?」
「アンジェリーナ様がおっしゃっていました。陛下もディアンも女性の気配を上手く隠してしまわれるって」
「……」
 相変わらず花は微笑んでいるのだが、その真意が読み取れず、困惑したルークは思わず目を逸らし、そのまま傍で固まったように直立しているレナードへ視線を向けた。
 しかし、当然ながら、レナードにこの微妙な空気を緩和する術があるはずもない。
 母の名前が出たことですでに動揺していたレナードは、さらにルークの視線を受けて限界に達した。
「し、しまった! もうこんな時間か! そ、それでは、私は予定が予定しておりますので、これにて失礼です!」
「……」
「……」
 動揺しすぎたレナードは、白々しさを超えた怪しい発言をして逃げてしまった。
 その後に訪れた気まずい沈黙。
 それを破ったのはセレナだった。
「ハ、ハナ様、あの……付添いを連れていない若い娘は悪漢に狙われやすいので、必ず陛下のお傍にいらっしゃってくださいませ」
「あ、はい。わかりました。気をつけます」
 ようやくいつもの笑顔で答えた花に安堵して、ルークは気を利かせたセレナに感謝するように軽く頷いた。
 そして強く花を抱き寄せる。
「では、行こう」
「え?」
「それではハナ様、お気をつけて行ってらっしゃいませ」
「あ——」
 まさか転移して街へ行くとは思っていなかった花はルークの言葉に驚き、見送るセレナとエレーンに挨拶も返せないまま、青鹿の間——皇宮を後にしたのだった。
「ハナ、大丈夫か?」
 街中の人目に付かない路地裏に転移したルークは、腕の中の花へ心配そうに問いかけた。
「……はい。大丈夫です」
 いつもの穏やかな笑みを浮かべて頷いた花は、ルークの腕の中から覗いた賑やかな街の様子にその瞳を輝かせた。
 ルークは色々な意味で安堵して嬉しそうな花を腕から解放すると、その華奢な手を握った。
「では、さっそく行こうか?」
 花はルークに手を引かれて、路地裏から雑踏の中へと紛れ込んだ。
 初めて歩くサイノスの街——その大通りには、目立つように色とりどりに飾り付けられた露店が立ち並び、その奥には様々な店が軒を連ねている。
 そんな活気に溢れた華やかな街をルークと一緒に手を?いで歩いているなど夢のようで、興奮が抑えられない。
(はお! は、初めての! で、ででで、デートです! ルークと手を?いでます! ご飯のいい匂いもして、人がいっぱいで、どどど……どう、どう——!?)
 知らずルークの手を握る手には力が入り、興味深く辺りを見回す花の胸は高鳴る。
「ハナ、少し落ち着け」
「はう!?」
 伝わる花の興奮をなだめるように、ルークは?いだ花の手の甲をゆっくりと親指で優しく撫でた。
 そのくすぐったいような、痺れるような感覚に震えが走る。
 花は深呼吸を繰り返して気を落ち着けようと努力しながら、恥ずかしそうにルークを見上げた。
「……ルーク?」
「ああ。……それでいい」
 問うように呼びかけた花に応えたルークは、少し歩みを緩め、握った花の華奢な手を持ち上げて口づけた。
「ルーク!」
「ハナにその名で呼ばれるのが好きだ」
 耳まで赤くした花を見下ろして微笑むルークに、上手く言葉を返すことができない。
 このままきっと心臓が飛び出してしまう。
 それほどに花の胸はキュッと締め付けられたように甘く苦しかった。
「ど、どこへ……向かっているんですか?」
 かろうじて出てきた言葉はありきたりの質問だったが、ルークは気にした様子もなく答えた。
「とりあえずは昼食にしよう。この先に昔よく利用した食堂がある。今は息子に代替わりしたらしいが、味も変わってないと聞いた。今からならそれほどには混んでいないはずだ」
「それは……すごく楽しみです!」
 立ち並ぶ露店など心惹かれるものはたくさんあるのだが、やはりルークの——好きな人の楽しそうな過去に触れることができるのは嬉しい。
(それにしても……)
 花は先ほどから、かなりの視線を感じていた。
 それも特に女性から。
 見惚れるようにルークを見つめた後に突き刺さる視線が痛い。
(ええ、おっしゃりたいことはよくわかります。どうもすみません)
 感じる視線をわざわざ確認しなくても、女性たちの頭の中は覗けなくても、考えていることは間違いなくわかる。
 それでも落ち込んでしまうのは仕方ない。
「ハナ、どうかしたのか?」
 しかし、ルークに心配をかけてしまったことに慌てて、花は取り繕うように微笑んだのだが、間近にあるルークの顔は髪や瞳の色素が変わってもやはり美麗すぎてうろたえてしまう。
「——ルークは……カッコ良いです。良すぎです」
「そうか?」
 顔を赤く染めて言う花を見て、ルークは不思議そうに眉を寄せた。
 前から薄々感じてはいたが、ルークはどうやら自分の容姿に関心がないらしい。
 お妃候補の令嬢たちは皇帝という地位だけでなく、その容姿にも惹かれているのだろうし、きっとそれらも関係なくルーク自身に惹かれている人もいるはずだと花は思うのだが、それを口には出さずにルークを独り占めしている自分は卑怯なのではないかと胸が痛むこともあった。
 でもこれだけは譲れない。
 温かなルークの手に縋るようにギュッと力を入れると、ルークは立ち止まって?いだ手とは別の手を花の柔らかな?に添えた。
「ハナは可愛い。可愛すぎる」
「く、こっ——!」
「くこ?」
 ルークの言葉を聞いた花は、身体中の血液が顔に集まっているのではないかと思うほどに顔を熱くしており、思考も停止しそうになる。
 上手く呼吸さえできない。
 それでも喉に詰まった息と同時にどうにか言葉を絞り出した。
「ここっ、これがバカップルって奴ですね!?」
「……バカップル?」
「いえ……すみません。何でもないです。ちょっと憧れてただけなんです」
「……そうか」
 相変わらずルークには花の言葉の意味が理解できなかったが、いつも通り気にしないことにして、再び花の手を引いて歩き始めた。
 それから雑多な通りを抜けて道を一本脇に入ると、街並みは少し落ち着いた雰囲気に変わり、そこに素朴な趣の食堂があった。
 ルークは花の背に手を添えて店内へと導き入れると奥に空席を見つけ、そこまで花を連れて行き椅子を引いた。
 完璧な紳士だ。
「……ありがとうございます」
 皇宮では皇帝という立場上決して有り得ないルークの行動に花は驚いて、小さな声でしかお礼を口にできなかった。
「ハナは特に苦手なものはなかったな? 注文は任せてもらっていいか?」
「はい。お願いします」
 今度ははっきりとルークに答えて、花は失礼にならない程度に店内を見回した。
 こぢんまりとした店構えとは逆に奥行きがあって意外と広い店内は、板張りの床と壁、それに頑丈そうな木材でできたテーブルと椅子が並べられ、それぞれのテーブルの上には小さな空き瓶に数輪の野花が挿して置いてあり、素朴な空気の中に柔らかさをも醸し出している。
 そして、まだお昼前だというのにテーブル席もカウンター席も多くの客で埋まっており、花と同じように男性に連れられて訪れたらしい女性客の姿もあった。
 ルークが注文してからすぐに運ばれてきたのは、イギリスの大衆料理のフィッシュアンドチップスのような料理で、ワンディッシュ式に豪快に盛り付けられたものだった。
 周りを見ても皆同じ料理のようで、どうやらこのお店の定番料理らしい。
 そして何より、昼間だというのに皆が水代わりに葡萄酒などを飲んでいる。
 地球にもランチの際にワイン等を軽く飲む習慣のある国はあるが、どうもこの世界の人々はアルコールに強いらしく食事の際には当然のように酒類が出てくるのだ。
 しかも、お酒をまったく飲まない花が匂いだけですぐに気付くほどに、アルコール度数が高いものが多い。
「あの……ルークもお酒がいいんじゃないですか?」
 花に付き合ってなのか、ルークもレモネードのような柑橘系飲料を頼んだらしい。
「いや、別にかまわない。それより食べられそうか?」
「はい」
 嬉しそうに答えた花はルークに倣ってビネガーソースを料理にかけると、一口サイズにナイフで切り分けて口へと運んだ。
「おいしい!」
「そうか、なら良かった」
 思わず感嘆の声を上げた花に、ルークは安堵したように微笑んだ。
 昔、花がイギリスへ留学した際にうんざりするほど寮で出されたものと違い、しつこい油っぽさがなくあっさりとして、それでいて香辛料が利いていて香ばしく食欲をそそられる。
「これ……何のお肉なんですか?」
 興味深そうな花の問いに、ルークはニヤリと笑って訊き返した。
「知りたいのか?」
「い、いえ……やっぱりいいです」
 やはり世の中には知らないほうが良いこともあるのだろうと思い、慌てて引き下がった花を見たルークは、今度は楽しそうに笑った。
「マダラだ」
「え?」
「マダラの肉だ」
「ええ? ……ルークは意地悪です」
 からかわれていたことに気付いた花は、少し拗ねたような声で答えた。
 ルークは未だに楽しそうに笑いながら、それでも謝罪するようにテーブルの上に置かれた花の手を優しく撫でる。
「マダラはかなり珍しい魚だが……そもそも、海から遠く離れたこのサイノスではあまり海魚を食べることはできない。それをこの店では独自の取引先から仕入れているらしく、割と安価で提供してくれるから人気があるんだ」
「なるほど」
 ルークの説明を聞いた花は先ほどのことも忘れ、納得して頷いた。
 二人は食事をもう終わらせるところだったが、気が付けば店内は先ほど以上にかなり混み合い、給仕の若者が忙しそうに立ち働いている。
 カウンターの奥では店主が絶えず鍋を振り、その隣では奥さんらしき女性が揚げ物をしていた。
 その時、花たちが座っているテーブルの空いている椅子へ、酒が入っているらしいグラスを持った男がどっかりと腰を下ろした。
「悪いが、相席いいか?」
 もうすでに座っている男に花は戸惑って目の前のルークを窺うと、ルークは一瞬周りに視線を向けたものの、すぐに男へと冷たい視線を投げかけた。
「俺たちはもう出るから、かまわない」
 ルークの返事を聞いた花は、残っていた飲料を飲もうと慌ててグラスを手にした。
 その花の右手小指に男はちらりと視線を向け、それからルークにのっそりと顔を近付け、花には聞こえないように小声で話し始めた。
「兄ちゃん、政略結婚だったのか? それだけ男前ならもっと良い女と結婚できただろうに、もったいねえな……。なあ、上手い商売の話があるんだがどうだ? 見たところ、どっかの貴族の次男坊くらいだろ? それで、あの嫁さんの家に婿養子に入ったのか?」
 ルークは男の不愉快な言葉を顔色一つ変えずに聞いていた。
 花は二人の邪魔をすることはせず、さり気なく視線を逸らして店内の賑わいを見ている。
「ハナ……悪いが、水を一杯もらってきてくれないか?」
「あ、はい。わかりました」
 ルークに申し訳なさそうに頼まれた花は、頷くとすぐに席を立った。
 その背を見つめるルークに、男は下卑た笑いを浮かべる。
「兄ちゃん、話がはええな。これからあんな女より——ッ!?」
 言いかけた男は声を喉に詰まらせた。
 ルークがテーブルに置いた男の手——そのわずかな指の隙間にナイフを突き立てたのだ。
 それは一瞬で、指先から危険を感じるまで男は、ルークが皿からナイフを取ったことにさえ気付かなかった。
「失せろ」
 たったそれだけの一言に、なぜこれほどの恐怖を感じるのか男にはわからなかった。
 男にとって目の前の若造はひと財産築けそうなほど綺麗な顔を持っただけの、大した魔力もないお坊ちゃんにしか見えなかったはずなのに。
 ルークは動かない男を目にして呆れたように大きく息を吐き出すと、ナイフを引き抜いて皿へと戻し、男の腰かけている椅子をテーブルの下から勢いよく蹴った。
 すると、椅子は見事に男の尻の下から滑り出て、頼る物のなくなった男は後ろへ無様に転がり倒れてしまった。
 大きな物音に店中の注目が集まり、よろよろと起き上がった男は青ざめた顔のまま、それでもルークに向かって「覚えてやがれ!」とお決まりの文句を吐き捨てて逃げ出した。
「どうしたんですか?」
 水を持って戻ってきた花に、ルークは何事もなかったように微笑みかけた。
「いや、何でもない。どうやらあの男はかなり酔っていたらしい」
「……そうですか」
 納得してはいないだろうが、それ以上は何も言わずに水を差し出した花から、ルークは礼を言ってグラスを受け取ると一気に飲み干して立ち上がった。
「行こう」
 代金は注文した時点で支払う仕組みなので、そのままルークは花の手を取って店を出ると、再び大通りに向かって歩き出した。
 そのままルークに手を引かれて戻った大通りは、様々な商品が並べられた露店とそれを眺めたり買い求めたりする客などで溢れ返り、花は再び胸躍る興奮にその瞳を輝かせた。
 この日は幸いなことに薄い雲が空を覆ってはいたが、真冬とは思えないほどに暖かく穏やかな日和で、外を歩くのもまったく苦にはならない。
「このまま露店を見て回るか? それともどこか別の場所に行ってみるか?」
「露店を見たいです!」
 それからルークと見て回った露店には食料品や日用雑貨、果ては護身用の武器や何だかよくわからないものまで売っていて冷やかすだけで十分に楽しかった。
 その中で、地球では中国で発達してアジアに広まったという螺鈿細工の小物を置いてあるお店に花は目を留めた。
(どちらかというと、この世界って西洋っぽいけどこんなものもあるんだ。……って、うわっ……高いなあ)
 表示された値段を見て思わず品物を置いた花に、店主がニコニコしながら声をかける。
「お客さん、これは東国のカラカングから仕入れた品ですからね。珍しくて値が張りますが、それだけの価値はあるものですよ。ご主人に買っていただいたらどうですか? ねえ、ご主人?」
「ああ、もちろんだ。ハナ、どれがいい?」
「ええ? でも……あの、私……」
 店主は花の指輪を見て、その背後から守るように立っているルークを夫と判断したようだった。
 だが花は『ご主人』との言葉に戸惑い、さらに値の張る物を買ってもらうことにもためらってしまった。
「でも……さっきもご飯をごちそうになったばかりで、いえ、それを言うならそもそも衣食住を保証してもらってて、幸せで、贅沢で、それに、えっと、だから……」
 顔を赤くしてうろたえる花を見てルークは苦笑した。
「ハナは俺の妻だ。妻を養うのは夫として当然なのだから何も気にする必要はない。それに幸い俺は……」
 そこで言葉を切ったルークは、今度はニヤリと笑って花にだけ聞こえるように囁いた。
「おそらく世界一の金持ちだから心配するな」
「ルーク……」

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