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公爵さまは女がお嫌い!

秋桜ヒロロ / 著
涼河マコト / イラスト
ISBNコード 978-4-86669-100-8
定価 1,320円(税込)
発売日 2018/04/27
ジャンル フェアリーキスピュア

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内容紹介

《一緒になるなら君がいい……結婚するなら君がいいと言っているんだっ!》
『訳あり令嬢』ティアナが嫁ぐ予定の相手は、女嫌いと有名な公爵さま! 公爵——ヴァレッドは女であるティアナに嫌味と皮肉をぶつけるけれど、ティアナはこの結婚にとっても前向き。「大丈夫! 私、衆道には理解がありますの!」「はぁ!? 何の話だ!?」実はヴァレッドは女嫌いというより、昔のトラウマで女性への偏見をこじらせているだけ。けれどティアナの超前向き思考と純粋な好意に振り回されるうち、次第に彼女を意識するようになっていき——

立ち読み

「臭い」
 ヴァレッド・ドミニエル公爵は出会うなり、いきなりそう言った。
 顔合わせにと用意された部屋で、歓迎の挨拶を述べるでも、長旅を労うでもなく、彼は口元を覆いながら二人に向かってそう言い放ったのだ。
 黒い髪の毛にアメジスト色の双眸。通った鼻梁に男らしい輪郭。
 高い身長に軍人のような体躯を持つ彼は、その綺麗な顔を歪めてティアナとカロルを見比べる。
「お前だな、侍女。香水臭い。すぐに体を綺麗にして来い。お前もだ、女、臭いがうつっている。二人とも一度湯船に浸かってこい」
「お、女……。臭い……」
 カロルは拳をプルプルと震わせて、まるで信じられないものを見るような目でヴァレッドを見上げる。
 ひきつった顔を隠すことも忘れて、彼女は怒りに耳まで真っ赤にさせていた。
 それでも怒声を発しないのは、それが許される相手ではないからだ。
 相手はテオベルク地方一帯を領地として任されている公爵である。
 テオベルク地方といえば、このジスラール王国の中でも一、二を争う広大な土地だ。
 そんな相手に一介の侍女であるカロルが声を荒らげるというのは本来ありえないし、そんなことをすれば、主人であるティアナに叱責が及ぶかもしれない。
 カロルは何度も吐き出しそうになる怒りの声を、ぐっと押し込めた。
 その時だった。耳を劈くような甲高い声とともに、一人の男が扉から転がり込んできた。そして、ヴァレッドとティアナ達を隔てるように間に滑り込み、ヴァレッドを壁際まで追いつめた。
「ヴァレッドさまー!? なぁに一人でお会いになっているんですか!? 貴方が一人でお会いになったら禄なことにならないと申し上げたはずです! せっかく来てくれた花嫁を追い返したいんですか!?」
「二人とも執務室から離れたら仕事が滞るだろう? 俺が一人で会えば済むことだ」
「済まないからこうやって私が来たんでしょうが!」
 淡いモスグリーンの髪の毛に片眼鏡を掛けた細身の男がヴァレッド相手に詰め寄る姿を、ティアナとカロルは呆然としたまま見つめる。
 眉間に皺を寄せ、詰め寄るその姿に、カロルもそれまでの怒りを忘れて、二人のやり取りを見守っていた。
「馬鹿なんですか、貴方は! またあのお見合い地獄に戻りたいんですか!?」
「……それは嫌だ」
「なら大人しくなさっていてください。貴方が、いくら女性がお嫌いでも、言って良いことと悪いことがあります! いいえ、間違えました! 貴方の女性に対する発言は、決して本人には言ってはならないことばかりです! あのお見合い地獄に戻りたくなければ、口を噤んでください! 今すぐ!」
「…………」
「よろしい」
 あっという間にヴァレッドを言い負かしたその男は、片眼鏡を指で上げ直しながら一息ついた。そして、先ほどとは打って変わった声色でティアナ達に恭しくお辞儀をしてみせる。
「申し遅れました。私、ドミニエル公爵家の家令を務めさせていただいているレオポールと申します。この度は主人が大変失礼いたしました。ティアナ様、その侍女の方におかれましても、この度の長旅で心身共にお疲れになったことだと思います。夕食の方は後で部屋にまで運ばせますので、どうぞ今夜はゆっくりお休みになってください。明日には歓迎の意味を込めた晩餐を用意していますので、それまではご自由にお過ごしくださいませ」
「はい。お気遣い痛み入ります」
 そうティアナが返すと、レオポールは満足げににっこりとほほえんだ。
 その間もヴァレッドはティアナの方を胡乱げに見つめている。
 まるで文句を言い足りないとでもいうような顔だ。
 そして話も終わり、ティアナ達も部屋から出て行こうとした時だった。
 ヴァレッドは数十枚束になった紙を懐から取り出し、それをティアナに押しつけた。
「規則書だ。この屋敷で生活するのならそれは守ってもらおう。明日の晩餐会までに目を通しておけ」
「ちょ、ヴァレッド様!」
「はい。わかりましたわ!」
 元気よく返事をしながら、ティアナはその紙の束を胸元で大事そうに抱えた。
(こんな分厚い規則書を用意してくださるなんて、ヴァレッド様は本当に心のお優しい方ですわ! 私がこの城で困らないようにと、心配りをしてくださっているのですね!)
 もちろんヴァレッドにそんなつもりは毛頭ないのだが、ティアナは彼の行動を勝手にそう解釈し、感動で身を震わせた。
 その思いが表情にも表れていたのだろう。主人の行動に再び怒声を発しそうになっていたレオポールも、彼女の嬉しそうな顔を見て思わず黙った。
 ヴァレッドも片眉を上げて値踏みするような視線を彼女に向けている。
「ヴァレッド様の良き妻になれるよう一生懸命頑張りますので、どうかこれからもご指導、よろしくお願い致します」
 ティアナが片手で渡された書類を持ちながら、空いている方の手でスカートを持ち上げ、淑女の礼を取る。
 そんな彼女に向けられたのは、恐ろしい程に侮蔑が籠もった視線だった。
「そうやって媚びても、俺は新しいドレスも宝石も買ってやる気はない」
「あら、必要ありませんわ。私、家から必要なものは持ってきていますの。お気遣いありがとうございます。ヴァレッド様はお優しいのですね」
「……その殊勝な態度がいつまで続くか見ものだな」
「殊勝だなんて、私にはもったいないお言葉ですわ。でも、嬉しいです。ありがとうございます!」
「…………阿呆なのか?」
 暴言と言っても過言ではないその言葉を笑顔で受け流す彼女に、ヴァレッドは思わずそう零した。
 そして、まるで答えを求めるかのように彼女の隣にいるカロルに視線を送る。
 視線を向けられたカロルはゆっくりと首を振り、呆れたような声を出した。
「いえ。ティアナ様は人より少しだけ、すこーしだけ、前向きすぎるのです」
「……そうか」
 眉間に皺を寄せたまま、ヴァレッドはまるで見たこともない生き物を見るような目で、ティアナを眺めた。

◇◇◇◇◇

「これにしましょう!」
「それを買うのか?」
「ひゃっ! ヴァレッド様!」
 話を終えて戻ってきたヴァレッドがそう声をかけてきて、ティアナはこれでもかというほど驚いた。子ネズミのように飛び上がれば、目の前の彼は視線を和ませる。
「は、はい。カロルにお土産を買って帰ろうかと思いまして」
「お土産? 君はあの侍女とずいぶん仲がいいな」
「それを言うなら、ヴァレッド様もレオポール様と仲がいいですわよね。まるでご兄弟のようですわ!」
「まぁ、実際兄弟のように育ったしな」
 昔を思い出しているのか、懐かしそうに目を細めるヴァレッドをティアナは嬉しそうに眺める。慈しむようなその表情はまるで恋人に向けるようなものだと考えて、ティアナははっとした。
「まさか! ヴァレッド様……」
「どうかしたのか?」
「いいえ、何でもありませんわ!」
 必死に首を振るティアナの様子はどこからどう見ても『なんでもない』ようには見えない。
 染めた頰を両手で包みながら、ティアナは身体をくねらせた。
(もしかして、ヴァレッド様はレオポール様のことを!?)
 その瞬間、ティアナの脳内に蘇ったのはヴァレッドのあの噂だった。
『男色家』
 めくるめく禁断の世界の扉を開けたような、そんな気分になったティアナは、頰をさらに上気させ、予習をしてきた男色の知識を必死で思い出す。
 そうして、ヴァレッドとレオポールの関係に想いを馳せた。
 男同士ということもさることながら、主従という関係も彼らを阻む壁となるだろう。
 そして、ヴァレッドはもうすぐティアナと夫婦になる予定である。
 自分が一番の障害となる事実にティアナは拳を握りしめた。
(ヴァレッド様大丈夫です! 私、お二人の関係を応援いたしますわ! あんなに優しいヴァレッド様が、私が嫁いできたせいで不幸になるなんて、あってはならないことです!!)
 ティアナは領地のことを教えてくれるといったヴァレッドのことを思い出し、握りこぶしを胸に掲げたまま、大きく頷いた。
 決意に満ちた瞳でヴァレッドを見上げれば、アメジスト色の瞳が呆れたように眇められている。
 その不機嫌そうな視線にティアナはまたはっとした。
 ヴァレッドとレオポールが両想いだという確証はない。もしかしたらヴァレッドの片想いかもしれないのだ。
 そもそもヴァレッドの気持ちだって、ティアナの勘違いかもしれない。
 ティアナはそのことに思い当たり、窺うような声を出した。
「ヴァレッド様はレオポール様のことをどのように想ってらっしゃるんですか?」
「レオか? まぁ、優秀な奴だと思っている。仕事も速いし、正確だ。元々はあの屋敷に仕えていた庭師の息子で、本人も庭師を目指していたんだがな。俺が爵位を継ぐ時に家令として仕えてくれないかと口説き落としたんだ」
「……口説き落とした、ですのね?」
「ん? あぁ」
「ヴァレッド様はレオポール様を大切に思ってらっしゃるのですね!?」
 熱のこもった視線を向けられて、ヴァレッドは一歩後ずさる。
「質問の意味がわからない」
「答えてくださいませ!」
「……そうだな。家族のように思っている。大切な奴だ」
「まあぁ! 家族のようにですか!?」
 突然の愛の告白にティアナは顔を真っ赤に染め上げた。
『家族のように』と言うのは、きっと恋い慕う男女が夫婦になるのと同じようなものだと、ティアナの頭はヴァレッドの言葉を華麗に変換させる。
 一方、そんなつもりでその言葉を口にしていないヴァレッドは、百面相をしているティアナに窺うような声を出した。
「君が顔を赤くしている意味がわからないんだが、何かまた勘違いしていないか?」
「いいえ。勘違いだなんて! 先ほど確信したばかりですわ!」
「だから、何を?」
 ヴァレッドは背筋に伝う汗を感じながら、怖々とそう聞いた。
「ヴァレッド様とレオポール様は想い合っているのでしょう?」
「はぁ!? お、想い合ってる!? 何の話だ?」
「恋愛の話ですわ! 私、お二人はとってもお似合いだと思っております!」
 まるで慈しむような瞳をヴァレッドに向けて、ティアナは微笑む。
 ヴァレッドはそんな彼女に頰を引きつらせた。
「なんでそんな勘違いをっ!? 第一、レオは男だぞ!?」
「わかっております! ヴァレッド様の恋路には難がおありなことも! このティアナ、ヴァレッド様の恋を全力で応援する所存です!」
「違う! 俺とレオはそんな関係じゃない!」
「隠さなくても大丈夫ですわ! 私、衆道には理解がありますの! 想い合う二人に性別は関係ないですわ!」
 そのティアナの声に辺りがにわかにざわついた。ヴァレッドは慌ててティアナの腕を引く。しかし、彼女は梃子でも動かない。
「ティアナ!」
「まあ、嬉しい! ヴァレッド様が名前で呼んでくださったの初めてですわ!」
「何に喜んでいるんだ! 行くぞ!」
「あら、ダメですわ! 私これ買わないといけませんもの! 窃盗になってしまいます! あと、私もお揃いのものが欲しいのです!」
 ティアナの手にあるのはステンドグラスのような花のオーナメントだ。
 ヴァレッドはそれをティアナの手から奪い取ると、焦ったように早口でまくし立てた。
「わかった! 買ってやる! 買ってやるから早くここから離れるぞ!」
「お金なら持ってきていますから大丈夫ですわ。お財布は、えっと……」
「店主――!! これと同じものを二つくれ! 大至急だ! 頼む!」

◇◇◇◇◇

 暗い夜道をティアナはヴァレッドに抱えられたまま進んでいく。
 互いに口を噤んだまま、視線さえも交差しない。そんな状態がもう十分以上も続いていた。
 そんな永遠に続くかのような重苦しい沈黙を最初に破ったのは、他でもないティアナだった。
「ヴァレッド様、すみませんでした」
 申し訳なさそうに頭を垂れるティアナを一瞥して、ヴァレッドは目を細めながら低い声を出す。
「君のその謝罪は何に対するものだ?」
「何に、ですか? それは、勝手に行動してご迷惑をかけてしまったことに対して……」
「そんなことはどうでも良いっ!」
 ぴしゃりとそう断じられてティアナは身体を震わせた。
 未だかつてヴァレッドがこんなに怖く見えたことはない。
 ティアナは頭をフル回転させながら、彼が怒っている原因を考えた。
「……私がヴァレッド様との約束を破って教会にいたからですか?」
「教会にいたのは無理矢理連れてこられたからだろう! 俺がそんなことで怒ると思うのか!? 馬鹿にするのも大概にしろ!」
 その瞬間に射殺すような視線がティアナに向けられる。
 ティアナは困惑したまま次の言葉を探したが、どうにも答えが見つからない。
 黙ってしまったティアナから視線をはずし、ヴァレッドは先ほどよりも冷静な、それでも怒りを含んだ声を響かせた。
「俺は、君が残した髪に対して怒っているんだ」
「髪……。あ、遺髪のことですか?」
 どうしてそんなことで? そう言わんばかりの驚いた顔をしてティアナは首を傾げた。
 その瞬間、彼のアメジスト色の瞳が一瞬にして怒りの色へと姿を変えた。
 眉間の皺を更に深く刻んで、眉尻を跳ね上げたヴァレッドがティアナに向かって声を荒らげた。
「何であんなことをしたっ! 俺の助けがそんなに信用できなかったのか!? あんなものを残さないと俺が教会に乗り込まないとっ!」
「そういうわけでは……。ただ、私の存在がご迷惑になってしまうぐらいなら、死んだものとして扱ってほしいと……」
「扱えるわけないだろうっ!!」
 ティアナがカロルに託した髪は〝遺髪〟だ。
 つまり、自分は死んだものだと思ってほしい。
 迎えに来なくても、見捨ててもいい。
 そういう意味だ。
 怒声を上げたヴァレッドの左手がぐっとティアナのスカートを握りしめる。
 あまりにも力を込めているためか、その手は白み、小刻みに震えていた。
「ヴァレッド様……」
「君は……、君は自分の置かれた状況を理解していないっ! あんなものを渡されたら、俺は君を見捨てることも出来てしまうんだぞっ!」
 ヴァレッドは顔を真っ赤に怒らせたまま怒鳴り上げた。
 ティアナは啞然としながらも、その言葉を受け止める。
 そして申し訳なさそうに視線を落とした。
「君は俺が見捨てても良かったというのか!? 自分の命はどうでも良いと? 君のその性格は本当に嫌になるっ!」


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