書籍詳細
一目惚れ召喚! 時の魔道士は異世界乙女を逃がさない2
ISBNコード | 978-4-86669-123-7 |
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定価 | 1,320円(税込) |
発売日 | 2018/06/27 |
ジャンル | フェアリーキスピンク |
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電子配信書店
内容紹介
立ち読み
「さて、皆も帰ってくれたことだし、僕たちも場所を移動しようか」
正体を隠してはいないものの、プライベートなので遠慮して欲しいと告げると、集まっていた人々は、比較的素直に解散してくれた。
祭りの主役でもあるディオを怒らせたくはないのだろう。面倒なことにならなくて良かったと思いつつもベンチから立ち上がると、オトハも無言で同じ動きをした。その様子に違和感を覚える。
(ん?)
そういえば、オトハは先ほどからずっと無言だ。今も返事すらしなかった。
「オトハ?」
「……別に、なんでもない。行こう」
「? うん」
どこか投げやりな口調を疑問に思ったが、返事をしてくれたことにはホッとした。気を取り直し、先ほどと同じように彼女の手を握ろうとすると、意外なほど強い力で振り払われた。
「えっ……」
想像していなかった展開に目を見開く。自分でも驚くほどショックを受けていた。
どうして拒否されたのか、理由がさっぱり分からない。先ほどまでは、?を染めて笑ってくれたのに、今のオトハはとても冷たい表情をしていた。
「オト……ハ?」
どうして、と理由を聞こうと口を開いたところで、先にオトハが言った。
「私たち、友達だものね」
「えっ……あの……」
「友達になろうって、確かに言ったものね。ねえ、ディオ。私考えたんだけど、普通、異性の友人って手を?いだりはしないと思うの」
棘のある言葉に驚きを隠せない。オトハを見つめると、彼女はディオを睨み返してきた。理由は不明だが、彼女は明らかに怒っている。どうしていきなりと思う間もなくオトハが泣きそうな声で言った。
「ただの友達……そうだよね。私が言ったんだよね。それなのに、どうしてこんなに悲しいの。恋人じゃないって否定されて、結婚するわけじゃないって言われて……ディオは何も間違ったことは言っていない。勝手に噂を広められても困るだけだっていうのは私も分かるし、恋人だって言われても困るよ。なのに——」
すっと視線を逸らし、オトハは小さく首を振った。
「否定されるのがこんなに辛いなんて、悲しいなんて知らなかったの。何これ……どうしてこんなに胸が痛いの? これじゃ、まるで私がディオのこと好きみたいじゃない!」
「オトハ——」
気づけば、ディオはオトハを抱き寄せていた。彼女は一瞬抵抗しようとして……張り詰めていた糸が切れたようにディオにしがみつき、その胸に顔を押しつけ、涙を流しながら訴えた。
「嫌。嫌なの。違うなんて言わないで。私のことを否定しないで。ねえ、どうして? 私、誰も好きになんてなっていないはずだったのに……ディオに否定されるのがこの上もなく辛いの。こんなの?なのに……」
泣きながら告げてくる言葉を聞き、ディオは身体の内側から生まれてくる歓喜に、こちらも涙が出そうになった。オトハは、間違いなくディオを異性として好きだと言ってくれている。それがはっきりと理解できたからだ。
ディオは嗚咽を漏らすオトハを抱き締め、その耳元で囁いた。
「ね、オトハ。そろそろ認めてよ。——君は、僕のことが好きなんだ。つまりはそういうことでしょう? さっきから、そう言ってくれてるんだよね?」
「っ!」
ビクンと腕の中のオトハが震える。そんな彼女をきつく抱き締めながら更に言った。
「僕はずっと言ってるよ。君が好きだって。君に迷惑をかけたくないから、さっきは否定した。だけど、君が僕の恋人になってくれるっていうのなら、二度と違うなんて言ったりしない。そう、約束する」
——だから、認めてよ。
もう一度、懇願するように告げると、オトハはディオの腕の中で小さく身体を震わせた。涙は止まっている。代わりに服をギュッと強く握られた。
「……」
オトハは何も言わない。ディオも口を開かなかった。
言うべきことは言った。次に行動を起こすべきはオトハだ。
「……私……」
「うん」
できるだけ優しく、彼女を追い詰めないように返事をする。ここで急かせば、全ては台無しになる。それくらいは恋愛初心者のディオでも分かっていた。
ディオの上着を、皺になりそうなほど強く握り、オトハが蚊の鳴くような声で言う。
「私……ディオのことが……好き」
消え入りそうな好きという言葉が、何故だかディオにははっきりと聞こえていた。
「っ!」
全身の毛という毛が逆立ったような、そんな気がした。寒くもないのに身体が震える。
干上がったかのように喉はカラカラで、それなのに鼻の奥がツンと痛む。泣くつもりはないのに涙が滲み、頭は血が上りすぎて、踏ん張っていなければ倒れてしまいそうだ。
(死んでしまう……)
——分かっている。これは歓喜だ。
想像を凌駕する喜びに、身体がついていけないだけなのだ。ぶるぶると喜びで震える全身を必死で宥め、今すぐ声を上げて泣いてしまいたい気持ちを、意思の力で封じる。
そうして、今自分が抱き締めている誰よりも愛しい人に、心を込めて囁いた。
「うん……僕も、オトハが好きだよ」
残念ながらあまり格好はつかなかった。緊張のあまり声は震えてしまっていたし、上ずっていた。先ほどから心臓の音がうるさくてたまらない。ドクドクという音が、もしかしてオトハに聞こえてしまっているのではないかと、そんな頓珍漢な心配までしてしまう始末だ。
「ディオ……」
「やっと……やっと言ってくれたね。君がこうして僕を見てくれるのを、君が召喚されてからずっと夢見てきたんだ」
「ずっとって……さすがに大袈裟じゃない?」
ディオの紡ぐ言葉を聞いていたオトハが、小さく笑いながら指摘してきた。いつもの調子を取り戻しつつあるのか、その声には張りが戻っている。そんなオトハに、ディオは至極真面目に答える。
「大袈裟でなんてあるものか。初めて君を見た時から、ずっと君に恋い焦がれてきたのに。……ねえ、もう離さないから。やっぱり兄さんがいいなんて言っても、物分かり良く別れてなんてあげないからね。君は僕を好きだって言ったんだから、僕と結婚して、一生一緒にいるしかないんだ」
腕の中にいる彼女を力いっぱい抱き締める。ようやく手に入れた温もりを絶対に手放さないとディオは自らに誓っていた。
たとえ、兄と争っても絶対に。彼女だけは譲れないと、そう思っていた。
ギュウギュウに抱き締められたオトハは、苦しいはずなのに、それでも微笑みながらディオに言った。
「私はディオの側にいる。ううん。今はいたいって、自分の意思でそう思ってる」
「オトハ」
「ディオが好き。仕方ないからそれは認める。だからもう二度と、私のことを否定しないで。さっきは胸が切り裂かれたと思ったくらい辛かったの……」
「ごめん。二度と言わない」
オトハを思って告げた言葉が、まさか逆に彼女を傷つけることになっていたとは思いもしなかった。だけど、とディオは思う。そのおかげで、オトハはディオへの思いを認めてくれた。自分のことを好きだと言ってくれたのだ。何がどう転ぶか本当に分からない。
「オトハ……愛してる。君は僕の恋人で、そして未来の奥さんだよ。そう皆に言っても、いいんだよね?」
「うん」
素直すぎる頷きに、何故だか不安を覚えてしまう。彼女は本当に分かって頷いてくれたのだろうか。つい、確認してしまった。
「ねえ、僕、今君にプロポーズしてるんだよ? 分かってくれてる? 僕のお嫁さんになって欲しいってそう言ってるんだけど」
「どうして確認するの。ちゃんと分かってる。元々私は、ディオかクロノスさんと結婚しなければならなかったんでしょう? それなら私は、ディオを選びたい。あなたと結婚したいって思ってる」
「ああ——嬉しいな」
オトハの口から、はっきりと兄ではなく自分を選ぶと言葉にされ、歓喜で涙が溢れてくる。心に広がる荒ぶる感情の波に耐えきれず目を瞑ると、涙が?を伝い、流れていった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
オトハと結ばれ、次の日になった。
彼女は誰かに見つかるのが恥ずかしいからと、早朝のうちに自室へと帰ってしまった。ディオとしてはもう少しゆっくり彼女と過ごしたいところだったが、恥ずかしがる気持ちも分かる。オトハは気づいていないようだが、昨夜はあちこちに所有印をつけた。使用人たちに見つかるのも時間の問題だろう。
(ふふっ……オトハ、可愛かったな)
気がつけば、昨日のことを考えてしまう。オトハと無事、結ばれたことをディオは心から嬉しく思っていた。鼻歌でも歌ってしまいそうなほど上機嫌で着替え、準備を整える。食堂へ行けば、またオトハと会える。彼女はどんな顔をして自分を見てくれるだろうか。考えただけで心が浮き立った。
「照れすぎて、逃げなければいいけど……あれ?」
想像して笑っていると、突然扉がノックされた。使用人は来ないはずだ。訝しみながらも返事をすると、予想外の人物の声が聞こえた。
「……ディオ」
「兄さん?」
声の主は兄だった。急いで扉を開けると、そこには目の下にくっきりと隈を作ったクロノスが、疲れたようにディオに向かって微笑んでいた。
「どうしたの? 兄さん。もうすぐ朝食の時間だっていうのに、わざわざ僕の部屋に来て……何かあった?」
「……おはよう、ディオ。いや、朝食の前に、お前と話しておきたくてね。少しいいか?」
「えっ、うん、もちろんだけど」
頷きつつも、ディオは内心安堵していた。
——オトハが帰った後で、良かった。
別に悪いことをしていたわけではないのだが、もしオトハがこの部屋にいる時に訪ねてこられたら、失恋したばかりの兄に追い打ちをかけることになっただろう。それはあまりに申し訳がなさすぎる。
「なんの用なの? お茶は? 使用人を呼ぼうか」
「いや、いい」
硬い口調で首を横に振る兄の様子がどこかおかしい。
とにかくソファを勧めて座らせた。兄はしばらく黙っていたが、何かを決意したかのように顔を上げ、ディオを見据えてはっきりと言った。
「——ディオ。一晩考えたのだが、私はこの国を出ようと思う」
「え?」
兄が何を言い出したのか、分からなかった。しばらく経って、ようやくその言葉の意味を理解する。驚愕は遅れてやってきた。
——国を出る。兄が、どうして。
なんと言っていいのか、驚きのあまり目を丸くするディオに、クロノスは淡々と己の考えを述べた。
「オトハはお前を選んだ。そして、お前はオトハと結婚し、公爵位を継ぐことを了承した。私にできることは何もない。このまま爵位を継ぐわけでもない私が王都に残ったところで争いの種になるだけだ。国を出て、どこかの田舎で静かな隠遁生活を送ることにするよ」
「ちょ、ちょっと待ってよ!」
想像もしていなかった話に、ディオは慌てて話を止めさせた。
「国を出るって、何を言ってるの? 本気? 兄さんは、次の騎士団長候補でもあるんだよ。そんな勝手に……」
「いや、前々から考えていたのだ。お前が公爵位を継ぐことになれば、国を出ようと。騎士団長の話はまだ本決まりではないし、私でなくても適任はいくらでもいる。……すまない、ディオ。分かってくれ」
「兄さん……」
兄の言葉に、言い知れないほどの衝撃を受けた。
「お前たちの幸せを祈っている。その気持ちは本当だ。結婚したくないと言っていたお前が、ようやく結婚する気になったこと。私の大切な弟であるお前と、オトハが結ばれたことを嬉しく思っている。だが、だからこそ私は出て行こうと思う。爵位争いに敗れたとはいえ、私の立ち位置は利用されやすい。外国に行くのが良いだろう」
「……兄さん、嫌だよ……」
「ディオ……」
クロノスの存在はディオにとって、何かと比べることができないほど大きい。兄がいたから、兄が自分を気にかけてくれたから今までディオは歩いてこられたと言っても過言ではないのだ。自分にとって、クロノスはある意味オトハと同じくらいに大切な存在。そんな兄が、自分の側から離れてしまう。
ディオには到底頷ける話ではなかった。
「兄さん。馬鹿なことを言わないで。僕が公爵位を継ぐって言ったから? だから兄さんは出て行こうとしているの? それなら最初に言っていた通り、爵位なんて要らないよ。オトハを連れて、僕が家を出る。王都に屋敷を構えることにするよ」
国王は、時の魔道士であるディオをできるだけ手元に置きたいと考えている。声をかければ喜んで王都の一等地に屋敷を用意してくれるだろう。そこにオトハと二人で住めばいい。近くにはグラーデン公爵家の本邸があるから、そこでなら兄との交流も十分に可能だ。
そう考えたのだが、クロノスは頷かなかった。
「駄目だ。何を言っている。それは単にお前の我が儘でしかない」
「我が儘でいいよ。兄さんがいないなんて、そんなの僕には耐えられないんだ」
「大丈夫だ。私がいなくとも、お前にはもうオトハがいるだろう」
「兄さん!」
「時間を取らせたね。話は終わりだ」
「待ってよ、兄さん!」
話を切り上げ、クロノスは立ち上がった。そうして一度も振り返ることなく部屋を出て行く。追いかけようとしたが、目の前で扉が閉まり、それがなんだか、兄の拒絶のように思え、足がそれ以上動かない。
「……兄さん、どうして……」
オトハと結婚するのに都合が良かったから、爵位を継いでもいいと思っただけだ。爵位に未練などあるわけがない。それを放棄すれば兄が王都に、自分の近くにいてくれるというのなら、いくらでも捨て去りたいと思った。
「……でも、そんなことをしたら兄さんは……」
烈火のごとく怒るだろう。ディオとは違い、クロノスは公爵家を大切に思っている。ディオになら任せられると思ったからこそ彼は退いたのだ。それを捨てるなどと言えば、どういう反応が返ってくるか。兄をよく知っているだけに前途多難だった。
「こんなことなら、爵位を継ぐなんて言わなければ良かった」
その方が丸く収まると思ったのに大失敗だ。
しかしこれからどうすればいいだろう。外国へ行くなどとんでもない。だって兄のことだ。きっと外国に行けば、そのまま行方をくらませるに決まっている。そうすれば、もう二度と兄とは会えなくなってしまうだろう。それはどうしても許せなかった。
「兄さん……」
悄然としながら廊下に出た。朝食などどうでもいい。とにかく兄を引き留めるにはどうすればいいかと考えるだけで頭がいっぱいだった。
俯きながらディオを、使用人たちが無言で避けていく。ゆっくりと歩き、気づけば玄関ロビーまで移動していた。玄関ロビーは吹き抜けになっており、中央には大階段がある。大階段の上から下をぼんやりと眺めていると、扉の近くで、見たことのある二人が話をしているのが分かった。
(あれは……オトハと兄さん!?)
どうして、あの二人が。
訳が分からないながらも、手すりから身を乗り出す。向こうからはこちらの姿は見えない。だが、彼らの声はよく響いた。何を言っているのかはっきりと聞こえる。
「クロノスさん。こんなところに呼び出して一体なんの用ですか? 食堂でディオも待っています。早く行きましょう」
先に言葉を発したのはオトハだ。彼女の台詞から、呼び出したのが兄であることが分かった。
(兄さんが、オトハになんの用なのだろう)
そういえば、オトハが言っていた。兄は昨夜、オトハを訪ねて来たと。その様子がなんだか怖かったと言っていたことを思い出し、ディオは盗み聞きは駄目だと理解しつつも耳を澄ませた。
(なんでもない。きっと何もないはずだ。だけど……気になる)
向こうからは見えないと分かっていたが、小さく指を鳴らし、念のため自らの姿を消す魔法をかける。様子を窺っていると兄が口を開いた。
「——オトハ。あなたを呼び出したのは、お願いがあるからです」
「願い、ですか?」
「ええ」
言葉を区切り、兄はオトハをじっと見つめた。その目に焦がれるような光が灯る。
「あなたとディオを私は祝福すると言いました。ですが、私はここにきてようやく自分の気持ちに気づいたのです。あなたを愛しているのだと。諦めることなんて、私には到底できそうにない。だからオトハ——どうか、弟ではなく私を選んで欲しい。一緒に国を出ましょう。あなたに苦労はかけません。だから——」
(兄さん!)
ディオは衝撃のあまりその場に座り込んだ。兄の言った言葉が信じられなかった。
(どういうこと? 兄さんは僕たちを祝福してくれたはずだ。それなのに……)
今の言い方では、祝福どころかオトハを連れて公爵家を出て行こうとしているように聞こえる。何よりも家を大事に生きてきた兄が放った言葉だとは到底思えず、ディオは頭を振った。
(オトハと結婚して自分が爵位を継ぐ、じゃないの? オトハを連れて、この国を出る? 僕一人をここに残して?)
あまりにも兄らしくない行動に、混乱が止まらない。呆然としつつ、兄とオトハに視線を向けると、オトハもまた驚いたような顔をしていた。それでもなんとかクロノスに言い返す。
「クロノスさん。何を言っているんですか。自分が言った言葉の意味、分かってますか? 私、ディオが好きだって言いました。彼と共に生きていくつもりです。それなのに——」
「私だってあなたのことが好きなのです。むざむざと弟に愛する人を奪われて、それで笑っていられるような聖人君子ではありません。私だってあなたと共に生きたい」
「無理です。私はあなたを愛していません」
「何が駄目なのです? 私の何が弟に劣っていると?」
「別にどこも劣っていません。ただ、あなたは私の恋愛対象にはならなかった。それだけです」
縋られても動じず、自らの考えを告げるオトハを、ディオは嬉しく思った。クロノスは辛そうに唇を?みしめる。
「それだけのことがどれほど悔しいか。オトハ——。私はようやく気づいたのです。あなたが弟の手を取ると告げて初めて。私が——どれほどあなたを愛していたのかということを。遅くなってはしまいましたが」
「それを今言われたところで、私の答えは変わりません。私はあなたの手は取れません。……ごめんなさい、クロノスさん」
(オトハ……!)
ぐっと胸にこみ上げてくるものがあった。オトハが迷わず自分を選んでくれた事実が嬉しくて、涙が零れそうになる。
だけど、と同時に思う。やはり兄は、オトハのことを諦めきれてはいなかったのだ。
オトハは、ディオだけではなく、兄にとっても運命の相手。そう簡単に諦められるようなら苦労はない。
(ああ、見ているだけじゃ駄目だ。僕も行かないと……)
オトハがここまで言ってくれたのだ。じっと見ているだけなんて、そんなの恋人として失格だ。自分も一緒に、兄を説得しないと。そうして国を出るなんて馬鹿なことを言うなと、引き留めなければならない。
「オトハ、僕も——」
「アハハハハハハ! アハハハハハハ!」
姿消しの魔法を解き、大階段を下りようとしたその瞬間、オトハを見つめていた兄が突然狂ったように笑い始めた。何が起こったのか分からない。ただ、驚愕しすぎて、その場に縫い止められたように、足が止まった。
「クロノスさん!?」
オトハもギョッとした表情でクロノスを見つめている。そんなオトハに、クロノスは笑いながら言った。
「どうして私は選ばれない? どうして皆、ディオ、ディオ、ディオと。陛下も、父上も……そうしてようやく見つけた、初めて愛した人も皆、ディオを望む。こうなるはずではなかったのに!」
兄の言葉を聞き、ディオは大きく目を見張った。
まさか、そんな風に思われているとは考えもしなかったのだ。
自慢の兄だった。兄は、ディオの理想だった。こうありたいとディオが望む姿、それがクロノスだったのに。
(違う、そんなことはない。皆、兄さんが好きだ。人望があって優しくて、僕なんかとは全然違う。僕はただ、時の魔道士という立場にあったから望まれただけ)
それは利用と何も変わらない。彼を彼として見てくれたのは、兄とオトハだけ。父ですら、公爵家を更に繁栄させる道具としてしかディオを見ていないのだ。
たった二人。ディオに与えられたのは、兄とオトハというたった二人だけ。
大勢の人間に慕われる兄とは全く違う。
それでも、ディオは何も言えなかった。結果として確かに父は、ディオが後継となることを望み、国王は時の魔道士であるディオを重用したからだ。
特に、生まれた頃から爵位を継ぐべく育てられ、期待に応えようと努力してきた兄には、父の行動は裏切りにも感じただろう。
兄の慟哭を聞き、ディオは何も言えず、その場に立ち尽くすしかなかった。
兄はひどく耳障りな声で笑い続ける。狂っているのではないかと思うような声だった。
「そうだ、やり直そう。もう一度初めから。今回はただ、間違えただけだ。オトハは私を選ぶはずだし、全ては上手くいく。こんな認められない結末はやり直してしまえばいい。簡単なことだ。どうして思いつかなかったのだろう!」
良いことを思いついたとばかりに、兄は魔法陣を発動させた。紫色の魔法陣が宙にいくつも浮かび上がる。それには歪んだ時計の形が描かれており、兄がどんな魔法を発動させようとしているか理解したディオは顔を青ざめさせた。
思わず、声を上げる。
「兄さん! 駄目だ。それは——その魔法は……!」
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