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僕を見つけて

風見くのえ / 著
カスカベアキラ / イラスト
ISBNコード 978-4-86669-148-0
定価 1,320円(税込)
発売日 2018/09/21
ジャンル フェアリーキスピュア

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内容紹介

年下夫にベタ惚れされた年上妻は、溺愛包囲網から逃げられるか!?
国の英雄になった夫に、転生しても追いかけられてます!!
人より長い寿命を持つ年下の夫チェムに溺愛されすぎて、前世であるメルの記憶を持ったまま転生させられた15才の伯爵令嬢エクレール。
国の英雄と謳われ美貌と名声を誇るチェムの未来を邪魔してはいけないと、彼に見つからないよう身バレ阻止に走るエクレールだったが、チェムは彼女の通う学園に臨時講師として赴任してきてしまう。
もしかしてバレている? バレていない?
逃げる妻に追いかける夫。
遂に前世の夫婦は正体を隠したまま御前試合で魔法バトルすることに!?
「————ああ。やっぱりメルだ。僕の剣を受け止められるなんて、メルくらいだよ。もう、絶対離れない」

立ち読み

「————エクレールさんは、貴族令嬢なのに、なんでもできるのだね」
 聞こえてきた声に、エクレールはドキリと胸を高鳴らせる。バケツの水の中に、赤くなった自分の顔が、映っていた。
「ランビリンス先生」
 キサが名を呼ぶ前に、エクレールには声の主がわかる。
「令嬢らしくなくて、申し訳ありません」
 立ち上がり、クルリと振り返ってエクレールはそう言った。
 目を合わせれば、チェムは焦ったように両手を前に上げ、横に振る。
「決して貶すつもりで言ったのではないよ。本当に感心したんだ」
 そんなことはわかっている。エクレールがクスリと笑えば、チェムはホッと息を吐いた。
「エクレール嬢は、いろいろなことに精通しているのです」
 キサは自分のことのように、エクレールを自慢する。
「野外訓練は、一年に一回あるのですが、今までの二回とも、私たちは彼女に助けられていますから」
 そう言ったのは、ようやくテントを張り終わったアミールだ。案外働き者の王太子は、いつも率先してテントを張ってくれている。
 パンパンと手を叩きながら、エクレールたちの方に来たアミールは、グッと胸を張ってチェムの前に立った。なんだか、睨みつけているように見えるのは、気のせいだろうか?
 チェムは、困ったように苦笑する。
(えっと? 二人とも、何かいつもと違う?)
 不審に思うエクレールだが、何がどう違うかは、はっきりしない。
 首を傾げていれば、別の方から声がした。
「おまけに、料理上手です。野外訓練でエクレールさんが作ってくれる料理は、とても美味しいのですよ」
 声の主は、毒キノコの周知が終わって戻ってきたワゼルだ。彼も手放しでエクレールを褒める。
「もう、そんなに褒めても何も出ませんよ」
 照れたエクレールは、ますます顔を赤くした。
 チェムは、長いため息をつく。
「羨ましいな。私も前の野外訓練に参加したかった」
 心底残念そうに、そう話した。
「そうでしょうね」
 アミールは、そう言って頷く。そのまま自分より背の高いチェムを、真っ直ぐ見上げた。
「でも、大丈夫です。その分、今回の訓練を思いっきり楽しみましょう」
 楽しみましょうと言いながら、やっぱりアミールは、チェムを睨んでいるように見える。
 チェムは「そうだな」と笑った。さっきと同じ、困ったような苦笑だ。どこから取り出したのか、黒いゴムを使って、長い髪を一つにまとめて結い上げた。
「私も料理は得意でね。手伝うよ」
 腕まくりしながら、エクレールの方へ歩いてくる。
 懐かしい髪型に、エクレールは胸を高鳴らせた。料理をする時は、髪を縛りなさいと教えたのは、メルだ。
 前世で、メルとチェムは、各地を放浪して生きていた。当然野宿をすることも多く、二人で料理を作った思い出は数多い。
「では、野菜の皮をむく手伝いをしていただけますか? 殿下とキサは、魚を獲ってきてください。ワゼルは香草を。お願いします」
 うるさく騒ぐ心臓をなだめながら、エクレールはそれぞれに役を割り振る。
 本来は学生だけで自給自足をする野外訓練だが、野菜の皮むきくらいなら、教師であるチェムに手伝ってもらってもかまわないだろう。
 みんな異論はないようで、快く頷いてくれる。
「行くぞ、キサ。どっちが多く獲るか競争だ」
「負けませんよ」
 アミールとキサは競い合って駆け出していく。
「今度はきちんと食べられる香草を採ってきますね」
 ワゼルもそう言って、森の方へと向かった。
「みんな、君の言うことをよく聞くんだね?」
 三人を見送りながら、チェムは、意外といった風に呟く。
 エクレールは、クスクスと笑い出した。
「一年の時の野外訓練で、懲りたのだと思います」
 学園に入って最初にあった野外訓練。その時も同じ班になったアミールたちは、最初、女性であるエクレールを庇い、何もさせずに全て自分たちでやろうとした。————結果は、言うまでもないだろう。王太子や彼の幼馴染の騎士。魔法だけを勉強してきた秀才と言えば聞こえはいいが、要はガリ勉のワゼルに、いきなりの野外生活ができるはずもない。
「テントはどうやっても張れないし、料理はグチャグチャ。お鍋の中に真っ赤な毒キノコを見た時は、『殺す気ですか!』って、思わず怒鳴りつけてしまいました」
 反省した三人は、その後、野外訓練では何をするにもエクレールの判断を仰ぐようになったという。
 鮮やかな手つきで芋の皮をむきながら、チェムはクックッと、笑う。
「やっぱり羨ましいな。私もエクレールさんに怒られたかった」
 怒られたいとか、おかしいだろう。
(ああ、でもチェムは、私に怒られても嬉しそうだったものね)
 基本、チェムはエクレールが相手をしてくれるなら、なんでも嬉しそうだった。褒めればもちろん喜ぶが、怒ったとしても『僕を心配してくれるんだね』と、非常にポジティブに受け止めるのだ。
 かつてのチェムを思い出せば、今のチェムのセリフも納得できる。
(そんなところは、変わっていないのね)
 エクレールは、なんだか嬉しくなった。こうして並んで料理をしているのも、昔に戻ったようで、懐かしい。
「芋は全部むき終わったよ。次は何をしたらいい?」
 チェムに聞かれたエクレールは、考えながら答えた。
「そうね。そろそろコンロに火をおこしてくれる?」
 アミールやキサ、ワゼルも戻ってくる頃だろう。魚は、シンプルに塩をかけ串焼きにしようとエクレールは思う。内臓をしっかり取れば、生臭さはなく、ホクホクで美味しく食べられるのだ。
(チェムも魚の串焼きは好物だったものね。……あ、でも串がないわ)
 串がなくては、魚を獲っても串焼きにできない。
 しまったと思ったエクレールは、何気なくチェムに声をかけた。
「チェム、火をおこしたら、魚を串焼きにするための串を作ってくれる?」
 チェムの体が、ピクリと震えた。
「チェムったら、聞こえたの?」
「……ああ。聞こえたよエクレール。僕に任せて」
 いつもの返事が聞こえて、エクレールはホッとする。
 ものすごく嬉しそうなチェムの笑みに、本当に彼は魚の串焼きが好きなのだと、そう思うエクレールだった。

 その後、大量の魚を手土産に、アミールとキサが帰ってきた。ほぼ同時にワゼルも戻り、全員で魚の下処理をして串焼きを作る。最初は強火で、後から弱火にしてじっくりゆっくり焼けば、とても美味しい串焼きができた。他にも野菜を煮込んだスープを作り、自ら作った料理に舌鼓を打つ。
 夕食後は、みんなで手分けして後片付けをした。
 エクレールはチェムと二人並んで、使った食器を洗う係だ。
「チェ————ランビリンス先生は、殿下と、とても仲良くなられたのですね?」
 食事中、気づいたことをエクレールは聞いてみた。
 以前は、一方的にアミールがチェムを尊敬し、うるさいくらいに話しかけ、それをチェムが適当にあしらっていた感じだったのだが、今日は違った。
(最初は、殿下がチェムを睨んだりしていて、ケンカでもしたのかと思ったのだけど)
 食事の時、二人は、今までなかったくらい、きちんと会話をしていたのだ。チェムからアミールに質問を投げた場面もあり、メル以外の人間に対し、ほとんど興味を向けなかったチェムにしては珍しいと、エクレールは驚いた。————まあ、その内容は、初対面の時のエクレールがどんなだったかとか、エクレールの魔法についてどう思うかなど、ほとんど彼女のことばかりだったような気もするが……それは置いておこう。
「特に仲良くなったつもりはないが————殿下には、宣戦布告をされてしまったからね」
 チェムは苦笑してそう答えた。
「宣戦布告?」
 エクレールは、驚き手を止める。チェムを見上げれば、彼は困ったように眉を下げた。
「先日の特別授業の後で、殿下が私を訪ねてこられたのさ。————自分は、絶対諦めないと宣言された」
 いったい、何を諦めないのだろう?
(やっぱり、正々堂々チェムと戦いたかったのかしら? いつかは正面から勝負して、勝つのを諦めないとか、そういう意味?)
 それは申し訳ないことをしたなと、エクレールは思う。アミールでは、どんなに努力したとしても、チェムに勝てないと思うが、そういう現実的なこととは別に、男には男のロマンがあるのかもしれない。
 首を傾げるエクレールに、チェムは苦笑を深める。
「君は、絶対わかっていないのだろうけれど……仮にも宣戦布告してきた相手をよく知らないとか、悪いだろう? だから少しは知ろうと思ったのさ」
 ————王太子をよく知らなかったのか。
 あんなにチェムに憧れていたアミールが、可哀想になってくる。
「万に一つも殿下に勝ち目はないと思いますが、どうぞお手柔らかに」
 同情してそう言えば、チェムは機嫌よく笑った。
「勝ち目はないか。……本当にそう?」
「当たり前でしょう」
 チェムに勝てる相手なんて、いるはずない。
 チェムは、大声で笑った。こんなに楽しそうなチェムは、久しぶりに見る。
「ハハハ、嬉しい。君がわかっていなくても、そう言ってくれるのが、本当に嬉しい。……エクレール、今の言葉、絶対忘れないでね」
 チェムはそう言って、エクレールの顔を覗き込んできた。
 既に日は落ち、満天の星が頭上を彩る。手元を明るくするために放った魔力灯が、二人の周りにフワフワと浮かんでいた。
 その光に照らし出されたチェムの青紫の目が、妖しく光る。赤い唇が蠱惑的に弧を描き、月の化身と呼ばれる美しい男が、うっとりとした笑みを受かべた。
 はっきり言って、反則的に色っぽい。
(もうっ! もうっ! 私に、そんな顔を見せて、どうするのよ!)
 真っ赤になったエクレールは、プイッと横を向く。
「そんな保証できません!」
「そんな! お願いだよ。エクレール」
「できないものは、できないんです。覚えていてほしいなら、自分で覚えておけばいいでしょう?」
 チェムが、フッと笑った気配がした。
「そうだね。そうしよう。————君が何を忘れようとしても、僕は絶対忘れない。……決して、忘れないから」
「………………チェム?」
 チェムの言葉が、違って聞こえた。
 視線を戻せば、そこには、真剣なチェムの顔がある。強い視線がエクレールを射抜く。
「……あ」
 その目にからめとられ、息が止まったその瞬間————。
「キャァァァッ! 魔獣よぉっ!」
 切羽詰まった悲鳴が聞こえた。

 途端に、チェムとエクレールの間に緊張が走る。
「どっちだ?」
「右手前方! 今のは、ショーラ先生の声です。隣のクラスの野営地はそちらですから。二百メートルほど先のはずです」
「わかった。私が先に行く。君は杖を取ってくるんだ。学生たちの防御を頼む。できれば近寄らせないでくれれば助かる」
「人数が多いので、確約はできません」
「できるだけでいい!」
 そう言ってチェムは、走り出した。
 エクレールは、言われた通り杖を取ろうとテントに戻る。
「エクレール!」
 使い慣れた杖を握った時、食後の残飯を離れた場所に埋めに行っていたアミールたちが、戻ってきた。
「大丈夫か?」
「はい。声はショーラ先生でした。今、ランビリンス先生がそちらに向かっています。私たちには、生徒の避難指示を頼んでおられました」
 エクレールの答えを聞いて、アミールはホッとした顔をする。
「そうか。ランビリンス先生が向かったのなら安心だ。言われた通り、避難の手伝いをしよう。行けるか?」
 アミールの問いかけに、キサが力強く頷く。
 ワゼルは、青い顔をしていた。
「魔獣だなんて、大丈夫なのですか?」
 魔獣とは、魔物の一種で、野生の獣の特徴や性質を強く持つ魔の存在だ。通常の獣よりはるかに大きく、性質は狂暴。中には炎を吐いたり毒霧を噴射したりするものもいる。たいていは魔の森に生息しているのだが、時折森から彷徨い出て、被害をもたらす時がある。
 アミールやキサは、王宮で実際に魔獣の討伐を行う騎士隊を見聞きしていたし、後学のためにと安全な場所から魔獣を見たこともあるのだと、エクレールは聞いていた。
 対してワゼルは、王都に住む学生。伯爵家の優秀な次男で、大事に育てられた、いわゆるボンボンだ。魔獣を知ってはいても、現実に出会うのは、はじめてだろう。
「安心だと言っただろう。ここには、世界一の英雄がいる。魔獣なんて問題にもしないだろう。……しかし、そうだな。ワゼルは先生方のいるベースキャンプの方に行って、避難していく生徒をまとめる手伝いをしてもらった方がいいかもしれない」
 考えながらアミールが話す。
 それに対して、ワゼルは表情を強張らせた。
「私も一緒に行きます。安心なのであれば、今のうちに魔獣を見ておいた方がいいですから。……それに、エクレールさんも行くのでしょう?」
 ギュッと拳を握り締め、頭を上げるワゼル。
 エクレールは、フッと笑ってワゼルの拳に手を重ねた。
「はい。一緒に行きましょう。ワゼルさまがいてくださるなら心強いです」
 ————本当は、置いていきたい。魔獣を見たこともない学生など、いくら魔法が上手くても足手まとい以外の何者でもない。それでも、ここで否と言うのは、何よりワゼルのためにならなかった。
(誰にでも、はじめてはあるのだもの)
 チェムがいるなら大丈夫だ。それに、いざとなれば自分が守ればいい。そう思ったエクレールは、同意を求めてアミールを見る。
 アミールも、迷いながら頷いた。
「そうだな。————ただし、ダメだと思った時は、意地を張らずに直ぐ逃げること。それだけは約束しろ」
 言われてワゼルは、硬い表情で頷く。
「よし、行くぞ!」
 アミール、キサ、ワゼル、そしてエクレールは、魔獣を目指し駆け出した。
 騒乱の音と、誰かが光の魔法を唱えているのだろう、眩い明かりを目指し、ひた走る。
 着いてみれば、そこは、開けた草地だった。きらめく星々を圧倒して輝く魔法光が、常ならば夜闇に沈んでいるはずの光景を映し出す。
 草地の真ん中を川が流れ、遠くに森が見えた。川の向こうが戦場で、魔法光をも霞ませる戦いの閃光が走っている。
 照らし出される大きな影は、魔獣の群れか。
 川のこちら側では、ハルツィートをはじめ、先に来ていた教師陣が、防御魔法を展開しつつ生徒を誘導していた。青い顔の生徒たちは、それでもパニックを起こさず、大人しく指示に従っている。
「ハルツィート先生!」
「殿下! ルシエルナガたちも、無事だったか」
 四人の姿を見たハルツィートは、ホッとしたように息を吐いた。
「お手伝いできることはありますか?」
「無いから逃げろと言いたいところだが、正直、防御が限界だ。ルシエルナガ、ダーチェン、魔法の補助を頼む」
 野外訓練に参加している学生は最上級生全員で総勢二百名ほど。対する引率教員は三十名が来ているのだが、広大な訓練場に散らばった学生たちを避難させ、点呼するのに、ほとんどの人員をとられている。この場に救助に駆けつけることができたのは、ハルツィートを含め四名だけだった。最初からいたショーラ先生を入れても五名でしかない。その内、魔法使いは二名で、避難をする生徒や教員の周囲に防御魔法をかけ続け、限界を迎えているのだという。
 言われるままに、エクレールは、防御魔法を唱えた。はじめて魔獣の影を見たワゼルも、顔色を悪くしながらも、続けて魔法を唱える。
 二人の参加で自分たちの負担が減った教師たちが、疲れた顔で礼を言ってきた。
 アミールとキサは、ハルツィートを手伝って、学生の避難の誘導をする。王太子であるアミールが声をかければ、どの生徒も安堵の表情を浮かべた。
 その様子を確認し、ハルツィートも、表情をゆるめ額の汗を手で拭う。
「助かった。ランビリンス卿が魔獣を一手に引き受けてくれているとはいえ、防御を怠るわけにはいかなかったからな。今のうちに移動するぞ」
 ハルツィートが視線を向けた川向こうでは、チェムが一人で魔獣を相手に戦っているという。
「……あれは、フォレストウルフですね」
 ジッと、魔獣の姿を見ていたエクレールは、確信して言い切った。
 灰色の毛皮に身を包んだ複数の巨大な狼が、牙をむいている。
 フォレストウルフとは、狼の魔獣の一種で、普通は魔の森で群れを成して暮らす生き物だ。一体一体の攻撃力はそれほどでもないが、防御力が高いのと、頭が良くて複数で連携して攻撃してくるので、油断のできない相手だ。
(まあ、チェムの力をもってすれば、問題のない相手だけれど)
 事実、十体以上いるフォレストウルフを、チェムは余裕で圧倒しているようだ。何より、魔獣がこちらに近づいてこないのがその証拠だろう。
(囲まれたりしたら危ないけれど、そうでなければ余裕のはずだわ)
 エクレールは、遠くの森に視線を向ける。
「あの森が、フォレストウルフの縄張りだったということでしょうか?」
「ああ。先月下見に来た時は、そんな様子はなかったんだが、一カ月の間に住み着いたのかもしれない」
 自給自足を目的とする野外訓練。この草地にテントを張った学生たちは、薪や食べられる木の実を求め森に入ったのだろう。そして、その痕跡をフォレストウルフに見つけられた。
 それは、運が悪いとしか言いようがないことだった。————もちろん、フォレストウルフにとってである。
 もっと、よく見ようとエクレールは暗視と遠見の魔法を使う。
 思った通り、炎や雷の攻撃魔法で、フォレストウルフを足止めし、止めに剣で切り伏せるチェムの姿が見えた。彼の攻撃に、防御力の高いフォレストウルフもバッタバッタと倒れていく。
(本当に可哀想だけれど、仕方ないわよね)
 この分では、全滅するのも時間の問題だろう。
 それでも、油断するわけにはいかなかった。不測の事態はいつだって起こりえる。
「早く移動しましょう。私たちがいない方が、チェ————ランビリンス先生も、もっと遠慮なく攻撃できるはずです」
 チェムの力からすれば、明らかに威力を抑えた攻撃の数々を見てとって、エクレールは全員を急き立てる。
「……あれで遠慮しているのか?」
 雷魔法の稲光に照らされたチェムの攻撃を見ていたワゼルが、呆然と呟いた。今の稲妻で、一際大きいフォレストウルフが、ドウッ! と、倒れる。
「当然です。フォレストウルフくらいならメテオストームの一発で、即座にやっつけられますもの」
 エクレールはサラリと、そう答える。
 メテオストームとは、炎を纏った隕石を空から落とす魔法で、殺傷能力抜群。広範囲の敵を瞬時に一掃できる優れものだ。
「ただ、メテオストームは、発動するのは簡単ですが、範囲の微調整が難しいんです。手元が狂うと半径十キロくらいは、あっという間に吹き飛びますから。だからランビリンス先生も使わないのだと思いますわ」
「……半径十キロ?」
 エクレールの説明に、ワゼルは顔を引きつらせる。
「……そんなものが、簡単に発動できるのか?」
 同じく顔を引きつらせたハルツィートの問いに、同僚の魔法科教師は、力いっぱい首を横に振った。
 そんなにむきになって否定しなくてもいいのにと、エクレールは思う。
(ずいぶん、謙虚な先生なのね。私も見習わなくっちゃ)
 しかし、今はそんなことを考えている場合ではなかった。
「行きましょう!」
 エクレールは、全員を促す。
 その瞬間————。

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