書籍詳細
転生侯爵令嬢はハッピーエンドを模索する
ISBNコード | 978-4-86669-147-3 |
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定価 | 1,320円(税込) |
発売日 | 2018/09/21 |
ジャンル | フェアリーキスピンク |
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電子配信書店
内容紹介
立ち読み
「エステル! 僕たちの可愛い妹。元気にしていたかい?」
「兄様!」
案内された応接室で待っていると、程なくして二人の青年が部屋を訪れた。
エステルと同じ、金髪にヘーゼルの瞳を持つ二人は、ぱっと見では区別できないほどそっくりだ。身長も同じなので横に並ぶとまるで鏡に映したかのよう。同じ服装に同じ髪型。襟足を同色のリボンで括っている兄たちを目にしたエステルは、まだやっているのかと嘆息した。
二人は、自分たちを見分けられるかを試しているのだ。もちろん、エステルにはどちらがどちらかなんて一目瞭然なのだけれど、初見の人間に見分けろというのが無理な話だということくらいは分かっていた。
中性的な顔立ちの兄たちはエステルを見ると目尻を下げたが、レアンドロとテオには厳しい目を向けてきた。
「で? 留学中の妹がなんの連絡もなしにエステバンに帰ってきたのはどうしてかな? 見たところ、ルクレツィア様も護衛騎士のキールもいないようだけど」
刺々しい態度で口火を切ったのは、双子の兄であるロディだった。その声音を聞き、エステルは慌てて口を開いた。
「あ、あの! ロディ兄様。実は今日はお願いがあってエステバンまで来たのです。ルシウス殿下と陛下に謁見させていただきたくて……」
「陛下とルシウス様に? 一体なんの用があって?」
不審げな顔をしたのは弟のリアンだ。テオが一歩前に出る。
「初めまして。僕はテオ・クレスポ。フロレンティーノ神聖王国王太子、レンブラント殿下にお仕えしている者です。本日は、殿下より緊急の封書を預かっておりまして、是非お取り次ぎをお願いしたい次第なのです」
挨拶を済ませたテオは、にこやかに笑い、封書を差し出す。間違いなくレンブラントの押印がされていることを確認した双子は互いに目を見合わせた。
「……緊急の封書?」
「はい。それゆえ、ラヴィアータさんにご同行願いました。彼女が一緒なら、誰よりも早く陛下や殿下にこの封書をお渡しできると思いまして」
「……まあ、確かに。エステルが連れてきたお前たちを僕が偽物と判断するはずもないしね。……良いだろう。リアン」
ロディが弟の名前を呼ぶと、リアンは心得たように身を翻した。
「分かった。殿下と連絡を取ってくる」
「緊急案件だ。早急に頼む」
「了解」
リアンは手紙を受け取り、応接室を出て行った。それを見送っていると、ロディがエステルに話しかけてきた。
「しかし、本当に久しぶりだね、エステル。正直言って、もう一度お前に会えるとは思わなかったよ。婚約したそうだし、そのままフロレンティーノ神聖王国に残って嫁いでしまうのかと思った」
とろりと蕩けるような甘い目線を向けてきた兄に、エステルは正直に返す。
「いえ、元々一度は挨拶に帰ろうと話してはいたんです」
「へえ、そうなんだ」
エステルの答えに、ロディは大袈裟なポーズで頷いた。
「いや、だけど僕らも吃驚したよ。まさかエステルが留学先で婚約、なんて話になるとは思ってもみなかったからさ。なにせお前は勉学とルクレツィア様のお供として留学したはずだ。誰が結婚相手を見繕ってくると思うんだ」
「……すみません、兄様」
返す言葉もなくエステルは項垂れた。実は、少しだけだが彼女はこの展開を予想していたのだ。兄たちは、年の離れた妹を可愛がっていた。その彼女が知らない内に婚約者を作っていたなどと知れば、きっと怒るのではないかと思ったのだ。
(うう。やっぱり怒ってる……)
チラリと兄を見上げる。その目は先ほどまでとは打って変わって、氷のように冷ややかだった。
「お前が留学から無事帰ってきた暁には、僕らや父上が厳選した文句のつけどころのない男を紹介しようと思っていたのにね。……ねえ。お前の婚約者、確かカルデロン侯爵と言ったね? 彼は今日、一緒には来なかったのかい? 婚約者を一人で、なんて考えられないと思うのだけど」
「もちろん来ております。ご挨拶が遅れ申し訳ありません。私が、レアンドロ・カルデロンです」
兄の分かりやすい煽りに応える形で、レアンドロが前に出た。ロディが実にわざとらしく驚いた顔をする。最初から気づいていたのが丸分かりだった。
「ああ、なんだ。良かった。妹の婚約者殿もいらっしゃったのですね。こちらこそご挨拶が遅れました。ロディ・ラヴィアータと言います。先ほど出て行ったのが弟のリアン。お目にかかれて嬉しく思いますよ」
好意的な笑みを張りつけながら挨拶をするロディに、レアンドロも薄くではあるが笑顔を見せた。
だが怖い。二人とも笑っているのに怖いというのはなんなのだろう。心なしか体感温度が五度くらい下がった気がする。エステルはビクビクとしながら二人の様子を見守った。
「こちらこそ、一度彼女のご家族には挨拶に行かねばと思っていましたので、お会いできて嬉しく思っています」
「これはこれはご丁寧に。こちらの意向など丸々無視で、いきなり王族から結婚許可をもぎ取るような方とは思えない丁寧な挨拶をどうも。いや、あの時は僕たちも父上も本当に吃驚しましたよ。王太子殿下から呼び出されたと思ったら、妹があなたと結婚することを認めろと命じられたのですからね。青天の霹靂とはまさにあのことを言うのでしょう。それも、そちらの国の王太子ご夫妻の連名の書面まで突きつけられて。ええ、ええ、二度驚きました。そこまでされればさすがに断れません。一体どんな魔法を使えば、二国の王太子夫妻の結婚許可など得ることができるのでしょうかね。おかげで僕たちの予定はめちゃくちゃです。ああいえ、責めているわけではありませんよ。貴族として、殿下の命令に従うのは当然のことですし、殿下方に認められるような素晴らしい方に妹が嫁げるのはとても有り難いことだと思います。現侯爵ということですし、王太子殿下の覚えもめでたい。のちのちは宰相になろうかというお方だ、という話も聞いております。妹の相手として文句のつけようもありません。ですがね、もう少しこちらの都合も考えていただきたかったな、と思う次第です」
ノンブレスで言い切った兄に、さすがのレアンドロも一瞬ではあるが口元を引きつらせた。
エステルはと言えば、小さくなるばかりだ。
勝手なことをした自覚はあった。父や兄たちに了承を取る前に結婚の約束に頷いてしまったのだから。だけど最終的に父は結婚を認めてくれた。苦情くらいは言われるだろうと覚悟していたが、ここまで言われるとは思っていなかったのだ。
だがびくつくエステルとは違い、兄がかける威圧にもレアンドロはほとんど動じず、堂々と答えた。
「突然の申し出であったことは謝罪しましょう。ですが聞いたところ、当時彼女には婚約者も恋人もいなかった。それに彼女は隣国の貴族令嬢です。前もって上の者に結婚許可を取ることはそんなに筋違いな話でしょうか。何かおかしいですか?」
言葉だけを聞くと何も間違っていない。
だが、今回の婚約がかなり強引なものであったことを知っていたエステルは目を逸らしたし、ロディは眉を吊り上げた。
「へえ? 妹は随分と性格の悪そうな男を選んだものですね。もう少し見る目があると思っていたのだけど、僕の見込み違いだったかな」
「私の性格が悪いのは否定しませんよ。ですが、彼女を否定するような言い方は、いくら実の兄といえども良い気分にはなりませんね」
「そう聞こえたのなら申し訳ありません。もちろん、妹を否定する気などありませんよ。ただ、あなたのことが気に入らないだけです」
ズバリ言い切ったロディに、だけどもレアンドロは怯まない。
「おや、ようやく本音が出ましたね。最初からそう正直に言ってもらえた方がましですよ。結局、妹を取られた兄の嫉妬でしょう。それならどうぞ。負け犬の遠吠えのようなものですからね。いくらでも聞いてあげますよ」
にこりと美しく笑むレアンドロの視線は絶対零度だ。対するロディも笑っているようでいて目が全く笑っていない。
(レアンドロも兄様も怖い……)
怯えるエステルのことなど二人は気にもしない。レアンドロが嘲笑うように言った。
「あなた方も良い年なのですから、いいかげん妹離れをするべきです。見苦しい。彼女は私が責任を持って幸せにしますから、遠慮なく手を離してくれて結構ですよ」
「可愛い妹を僕らの納得した人物に任せたいと思って何が悪いのですか。悪い虫がつかないように、大切に育ててきたのに。結局、あなたのような害虫に食われてしまった。そうならないよう、キールにもきつく申しつけておいたのにあいつは何をやっていたのか……」
悔しげにキールの名を呟くロディ。
嫌みを言い続ける兄に耐えきれなくなり、エステルは声を上げようとした。
途端、敏感に察した兄の強い視線が彼女を貫く。
「エステル、お前は黙っておいで。僕は今、お前の婚約者と大事な話をしているのだからね。邪魔をしないでおくれ」
「でも……」
「エステル。僕の言うことが聞けないのかい?」
「……いいえ」
「うん、良い子だ」
兄に丸め込まれ、エステルは口を噤んだ。
エステルを言いくるめたロディは、じろじろと無遠慮にレアンドロを上から下まで眺めた。レアンドロは何も言わず、ただじっとロディを見つめ返している。
やがてロディは、ことさら大袈裟に息を吐いた。
「……ま、いいだろう。これくらいにしておくか。僕の妹の、人を見る目は確かのようだ。憎たらしいほど良い男だね。確かに性格は悪いが、エステルを思っているのは事実のようだし……うん。仕方ない。合格だ」
「兄様?」
恐る恐る声をかけると、ロディは顔を上げ、エステルを見つめた。その瞳には先ほどまでは見えなかった慈愛がある。口元を柔らかく緩め、ロディは笑った。
「悪かったね、エステル。お前の婚約者がどんな男なのか、悪いけど確かめさせてもらった。彼の人となりを知りたかったんだ。許して欲しい」
そう言うロディの顔には、先ほどまでの敵対心のようなものはない。更には驚くことに、レアンドロに握手を求めてきた。
「あなたになら妹を任せることができそうだ。僕の煽りをここまで見事に受けて立ってくれた男は初めて見ました」
微笑むロディを見て、ただ自分を試したかっただけだということに気づいたレアンドロは、眉を寄せた。
「随分と趣味が悪いですね。私を見極めたかったのでしょうけど、もしあなたのお眼鏡に叶わなければどうなっていたのか怖いところです」
「ご謙遜を。余裕で躱していらっしゃったではないですか。大体この程度あしらうことのできない男に妹はやれません。改めまして、ロディ・ラヴィアータです。これからよろしくお願いします」
「……レアンドロ・カルデロンです。こちらこそよろしくお願いします」
大人げないと思ったのだろう。一つ息を吐くと、レアンドロも笑みを浮かべ、ロディの手を握った。
一連の流れを見ていたテオがエステルの隣に来て、こっそりと囁く。
「ねえ、ラヴィアータさん。あまり言いたくはないんだけど、ラヴィアータさんのお兄さんって結構怖いね。……いい性格してる」
「すいません……」
同意しかなかったエステルは、項垂れながらも謝った。
エステルの兄たちは、不正を決して許さない、少々厳しすぎる存在として国ではあまりにも有名だ。
ルシウスの補佐として幼い頃からその手腕をいかんなく発揮し、現在に至っている。
彼らの前に出れば、どんな潔白な人間も「何かしてしまったのだろうか」と疑心暗鬼に陥ってしまう始末。
ラヴィアータの双子に目をつけられれば終わりだというのがエステバンにおける最近の常識であった。
「おーい、連れてきたよ」
エステルがテオとこそこそ話していると、扉が開き、もう一人の兄であるリアンが戻ってきた。その後ろには、エステバンの王太子、ルシウスがいる。
妹であるルクレツィアと同じ紫の瞳に白銀の髪を持つ中性的な美貌を誇る青年は、その肩の上に一匹の黒猫を乗せていた。もちろんただの黒猫であるはずがない。
本性を黒猫の中に押し込めた、ルシウスの契約獣である魔神イフリートだ。
国一番の召喚獣を従える彼は、優雅な仕草で部屋の中へと入ってきた。
リアンがロディに向かって言う。
「手紙はお渡しした。陛下はルシウス殿下に一任するって。詳しい話は殿下にしてよ」
「分かった。それが陛下のご意志なら」
ロディは頷き、己の主の後ろに下がった。
ルシウスがレアンドロとテオを見て、驚いたように目を瞬かせる。
「レアンドロ……テオ……フロレンティーノの使いとは、君たちだったのか」
「久しぶりですね。ルシウス殿下」
レアンドロが答えると、続けてテオも言った。
「こんにちは、ルシウス殿下。お久しぶりです。アリシア妃殿下はお元気ですか?」
隣国の王太子と会ったにしては随分とフランクな態度だ。友人と聞いていたので納得はできたが、それでも驚きの気安さだった。
目を見張るエステルを余所に、ルシウスは嬉しそうな顔をし、二人に駆け寄った。
「なんだ。君たちが来るのなら事前に連絡をくれれば良かったのに。喜んで時間を空けたぞ」
「手紙を見ていただければご理解いただけたでしょうが、そのような時間はありませんでしたよ。手紙を送って返事を待つくらいなら一緒に行った方が早いという結論です」
レアンドロの言葉を聞き、ルシウスはすぐに表情を引き締めた。
「そうだ。その手紙のことについて聞きたい。ルクレツィアが、毒で倒れたと書かれてあったが……エステル。君も戻っていたんだな。それなら君から事情を聞かせてくれ。最初から全部だ。フロレンティーノ側の報告を疑うわけではないが、自国の人間の話も聞きたいところだからな。あと……ん? 見当たらないが、キールはどうした」
エステルはルシウスに向かって礼をしながら口を開いた。
「ご無沙汰しております。ルシウス殿下。キールは、ルクレツィア様のお側にいたいということでしたので、私のみが参りました。ルクレツィア様は数日前、突然目を覚まさなくなりました。ゆすっても話しかけても反応はなく、病院へ運ばれましたが、いまだお眠りのままです」
現状を告げると、ルシウスは痛ましげな顔をした。ルシウスが妹を可愛がっていたのは、ルクレツィアの側にいたエステルもよく知っている。まさか妹がと信じたくない気持ちなのだろう。
「医師の検査結果によれば、ルクレツィア様がお眠りになっているのは、未知の毒が原因だそうです。毒は回復魔法すら受けつけず、解毒薬も作れないような状況です。八方ふさがりだったのですが、エステバン王国に保管されている神具『ピエタの壺』なら解毒薬を作れるのではないかと発言した者がおりまして、わらにも縋る思いでこうしてやって参りました」
トビアスの名前は出さなかった。わざわざ出す必要性を感じなかったのだ。もちろん誰だと聞かれれば素直に答えるつもりだったが、ルシウスは尋ねてはこなかった。
「ピエタの壺か。確かにあれはエステバンが所有している神具ではある。だが、あまり一般には知られていないと思っていた。よくその可能性に思い至ったな」
「その者は特に神具の知識に明るくて……ピエタの壺に関しても蔵書を読んだのだと申しておりました」
「なるほど。ところでその毒だが、盛った者は分かっているのか?」
その言葉には明らかな怒りが籠もっていた。可愛がっている妹を害した存在に腹が立つのも当たり前だろう。エステルは否定するように首を振った。
「いいえ、残念ながらまだ。ルクレツィア様が愛飲されていた美容ドリンクに混入されていたということまでしか分かっていないのです。その美容ドリンクについては、現在調査中です」
出所を聞き、ルシウスはきょとんとした顔をした。その顔にだんだん苦みが混じっていく。
「美容ドリンクか……。またルクレツィアのやつ、新しいものに手を出したのだな。あれだけ危なそうなものには手を出すなと口を酸っぱくして言っていたのに。あのミーハーめ」
「申し訳ありません。お側についておりながら。その……いつものことだと思い、重要視しておりませんでした。私の判断ミスです」
ルクレツィアが喜んで美容ドリンクを持ってきた時に止めていれば良かった。もしの話をしても仕方ないのは分かっているがどうしても悔やんでしまう。
「エステルのせいではないだろう。ルクレツィアがああいったものを好むのは、妹と親しくしていた者なら皆知っていることだし。うん、分かった。当たり前だがレンからの手紙に書かれていたままだったな。僕の権限で、ピエタの壺の貸し出しを認めよう。どうか妹を助けてやってくれ」
「ありがとうございます……!」
許可してくれたルシウスを感謝の目で見つめる。それにルシウスは頷き、レアンドロたちに目を向けた。
「君たちが来ているのなら、後でアリシアにも話しておく。彼女は今、娘と一緒にいるから邪魔をしたくないんだ」
「いえ、お気遣いなく。用事が終われば私たちは帰りますから」
気負ったところのない笑みを浮かべたレアンドロを見て、ルシウスが目を見張る。
そうして嬉しそうに言った。
「君が結婚すると聞いた時は驚いたが、その顔を見て納得できたよ。レアンドロ、エステルは良い子だろう?」
「ええ。殿下に言われるまでもなく」
「僕から言うのもなんだが、大事にしてやって欲しい。妹にずっと寄り添ってくれた子なんだ。僕も感謝しているし、幸せになって欲しいと思っている」
「……承知致しました。必ず」
レアンドロが頷くと、ルシウスは安堵したような顔をした。そうして双子に声をかける。
「お前たち、父上に宝物庫の鍵をお借りしてきてくれ。ピエタの壺を取りに行く。レアンドロ、エステル、テオ、君たちも一緒に来るといい。案内しよう」
「宝物庫に一緒に行っても構わないのですか?」
目を見張るレアンドロに、ルシウスは頷いた。
「ああ。僕は友人である君たちを信じているからな。君たちも僕を裏切るような真似はしないだろう?」
「それはそうですけど」
「だったら何も問題はない」
言い切り、ルシウスはさっさと歩き出してしまった。慌てて全員で追いかけると、追いついてきたことに気づいたルシウスがのんびりとした口調で言った。
「しかし——フロレンティーノからの使者と聞いた時は、誰が来たのかと思ったな」
「殿下? どういう意味です?」
レアンドロの問いかけに、ルシウスは「たいしたことじゃない」と笑う。
「君たちが魔法学園で教職についていることはレンから聞いて知っていたからな。忙しそうな君たちが来るとは思わなかったというだけなんだ。ただ、エステルの名前を聞いた時には、もしかしたらレアンドロくらいはいるかもと思った。なんといっても婚約者なのだし」
「ええ。彼女を一人にはできませんから」
柔らかく微笑みながらレアンドロが答えると、話を聞いていたテオがぼやくように言った。
「レアンドロ先輩は今やすっかりラヴィアータさんに骨抜きですからね。絶対に連れて行くに決まってますよ。最初は自分の気持ちすら認めなかったのに、この変わりようには僕もびっくりしています」
「テオ」
レアンドロが睨んだが、テオは堪えなかった。両手を頭の後ろで組み、知らん振りを決め込む。
「別に僕、?は吐いていませんからね。本当のことしか言っていないのに睨まれるのは心外です」
(相変わらず、仲が良いなあ)
二人のやりとりを、エステルは少し後ろを歩きながら聞く。友人同士の気の置けない会話の邪魔をする気はなかったし、三人が話すのを聞くのは純粋に楽しかった。
声を出さずに笑っていると、ルシウスが立ち止まり、エステルの方に振り向く。
「そうだ。エステル、君も召喚獣と契約をしたと聞いたぞ。僕のフレイヤと同じく、外に出たがるタイプの契約獣なのだろう? この城の中だけという限定はさせてもらうが、なんなら呼び出してくれても構わない」
「本当ですか?」
ルシウスの提案を聞き、エステルは目を輝かせた。ケルベロスは、異界にいることをあまり好まない。出していいのなら出してやりたかった。
「ああ。よければ君の契約獣を僕にも見せてくれ。ルクレツィアは無理だろうと元々思っていたが、君も召喚士にはならないものだと思っていたよ」
長年召喚獣と契約をしなかったエステルなのでそう思われても仕方ない。実際そう思っていた時もあった。
「私もそれで良いと思っていたのですけど、これも巡り合わせだと思います。——ケルベロス」
『呼んだか、主』
名前を呼ぶと、応えるように目の前にケルベロスが現れた。三つ首の本性をさらした姿だ。雄々しい姿にルシウスが感嘆の声を上げる。その肩に乗っていた黒猫も、少しではあるが目を見張っているように見えた。ルシウスがケルベロスに近づき、じっとその姿を観察する。
「なかなか頼りになりそうな契約獣だな。君はこういうのが好きだったのか。うん、これなら大抵のものが来ても追い払うことができるだろう。エステル、良い契約をしたようで何よりだ」
「ありがとうございます」
最強の契約獣を持つ自国の王子に褒めてもらえるのは嬉しい。エステルが?を染め喜んでいると、現れたばかりのケルベロスが言った。
『それで、俺たちはどうすれば良いんだ? 何か用があるのか?』
「ううん。異界にずっといるのは退屈かと思って。城の中なら連れて歩いてもいいって許可をいただけたから呼んでみたの」
『そうか!』
「ここはフロレンティーノではなくエステバンだ。色々勝手が違う。できれば単独行動はさせないようにしてくれ」
「分かりました」
ルシウスの言葉に、エステルは素直に頷いた。言われた言葉は至極尤もなことだったし、問題を起こすような真似もしたくない。エステルはケルベロスに念を押すように言った。
「ケルベロス、おとなしくしててね」
『分かった!』
尻尾をブンブンと振り、喜びを示すケルベロスが可愛く見えて仕方ない。その頭を思わず撫でていると、レアンドロが舌打ちをした。
「犬など放っておけば良いでしょう。どうせフロレンティーノに帰ればしつこいほど出てくるのだから、わざわざ呼ぶ必要などありません。今からでも異界に返してしまいなさい」
「おい、レアンドロ」
ルシウスが目を瞬かせる。テオが笑いながら言った。
「ね、だから骨抜きだって言ったでしょう? 契約獣にまで嫉妬できるのがレアンドロ先輩なんですから。いつもその契約獣とラヴィアータさんを巡って大人げなく眉を吊り上げているんですよ」
「それは本当に僕の知っているレアンドロなのか」
真顔で尋ねてきたルシウスにテオもまた真面目に応えた。
「僕も、多分別人かなって最近は思っています」
もちろんその後、テオはレアンドロに強烈な嫌みをもらった。
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