書籍詳細
神官長様の罠に嵌められて、元の世界に帰れません
ISBNコード | 978-4-86669-177-0 |
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定価 | 1,320円(税込) |
発売日 | 2018/12/27 |
ジャンル | フェアリーキスピンク |
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電子配信書店
内容紹介
立ち読み
——一体何がどうなった。
頭が痛い。痛すぎる。
あの夜会の日、私とライは戦友というだけではなく偽の恋人という新たな関係を持つことになった。
ヤンデレたちに惚れられるのを防ぐため。そのためには恋人がいると言った方が効果的だとライに助言され、私がそれを受け入れた形だ。
正直に言おう。ライを舐めていた。
恋人といっても偽だ。夜会の時に、それっぽく振る舞うだけだろう、それくらいなら大丈夫と高をくくっていた私の推測は大いに外れた。
ライの態度はあの日を境に大きく変わり、まるで私を本当の恋人であるかのように振る舞うようになったのだ。
鋭い目線は鳴りを潜め、甘ったるいものに変わり。
俺様な口調は変わらなかったが、私を口説くような言葉が明らかに増えた。
偽の恋人になっても、今までとは何も変わらないだろう。
そう思っていたからお願いしたのに予定外にもほどがある。甘ったるすぎて、いっそ砂糖の塊でも投げつけてやりたいくらいだ。
ほとほと困った私は、ライに懇願した。
「お願い、ライ。今まで通りにしてくれないかな……。さすがにやりすぎだと思う」
「何を言う。やるなら徹底的に、だ。どこで誰が見ているか分からないのだぞ? もし恋人らしからぬところをゼクスあたりに見られたらどうするつもりだ? 全て台無しになってしまうぞ」
「そ、それは……」
「お前はヤンデレになりそうな王族たちに惚れられたくなくて、ここまで無関係を貫いてきたのだろう? ここで変に手を抜いて、もし、恋人ではないと知られたら? あっという間にヤンデレに変化するかもしれないぞ?」
脅すように言われ、私は見事に竦み上がった。
「ひぃっ……それはやだ」
「そうだろう。それならこのままだ。いいな?」
「で、でも、身が持たないんだけど」
「ヤンデレ」
「ハイ、分かりました」
このような感じで、何度か止めて欲しいと頼んだのだが、全て拒否されてしまったのだ。
「うう……ううう。ライが……ライがおかしくなったよー」
「そんな顔をするな。可愛い顔が台無しだぞ?」
「だからそれ! 何その甘ったるいの! ライじゃない!」
「私は私だ。何も変わってはいない。ただ、お前への愛を隠さなくなっただけだ。愛しいという気持ちをな」
「うわっ……」
クイッと人差し指で顎を持ち上げられる。きゃあという黄色い声が上がった。
今日も今日とて参加している夜会。
あの恋人宣言以来、誰も話しかけてこなくて楽になったが、代わりに酷い注目を浴びていた。どうやらライは、神官長という立場からか、今まであまり夜会には出てこなかったらしい。そのライが、毎回私と一緒に夜会に来るどころか、結婚前提の恋人などと爆弾発言したため、噂の的になっているのだ。
今も、綺麗なドレスを着た令嬢たちが顔を真っ赤にしながらこちらを見ている。ライは美形だし、嫉妬されるかと思ったのだが、意外にもそれはなかった。どちらかと言うと「お似合いです」と喜ばれているようだ。
?でしょ。どこが似合いだと言うの。そうか、聖女だからか。それならもう、聖女を止めてしまいたい。
「……見られている中でよく、そんなことできるわね。私はもう、すっかり疲れたわ」
「私とお前の仲が順調かどうか、皆気にしているのだろう。それなら入る隙などないくらい順調だと見せつけてやるのが正解だ。違うか?」
「……私、別に社交界の有名人になんてなりたくなかったんだけどね?」
甚だ不本意である。そんな気持ちを込めてライを睨むと、彼はははっと快活に笑った。
「だが、予定通りではあるだろう。これでゼクスに派手好きな女だという印象は与えられたはずだ。しかも私と付き合っている。良かったな、セツナ。このままいけば、奴の恋愛対象からは綺麗に外れるぞ。あいつは貞淑で一途な女が好きだからな」
「私が奔放で、気が多い女みたいな言い方止めてくれる? 初恋もまだだし、誰とも仲良くなっていない状態でそんな風に言われるのは不快だわ」
「深読みしすぎだ。お前が誰にも恋愛感情を向けていないことは分かっている。……こんなに私がお前を求めているのにな? 愛していると告げても、お前はしらん振り。いい加減、応えてやろうという気にはならないか?」
「そういうの、本当、要らない」
ぱしっと彼の手を払いのける。
ゼクス王子から嫌われようと思って始めた作戦なので、上手く話が進んでいることは嬉しい。
だけど、甘ったるいライにはなかなか慣れなかった。特に今みたいな言葉遊びは疲れるだけだ。
「つれないな」
ライが腰に手を回してくる。それだけでは物足りないのか、私を側に引き寄せ、耳元で囁いた。
「そろそろ二人きりになりたい。……夜会はもういいだろう。抜けないか?」
ついでにチュッと耳の下辺りに口づけられた。
「ちょ、ちょっと……ライ」
「私たちは恋人同士だろう? 愛しい恋人にこれくらい構わないと思うが」
「構わなくない……! 恋人なのは振りだって言ってるのにっ」
「ここは夜会会場だぞ? 皆も見ているのだからそれらしく振る舞った方が良いというのに。……ああ、でも大丈夫か。どうやっても今のお前は、恋人との触れ合いに恥ずかしがって照れているだけの女にしか見えないからな。皆もそう思ってくれているだろう」
「っ!?」
カッと?が熱くなる。思わず周りを見回してしまった。
……私が視線を向けると、皆、微笑ましいものを見たような顔で上品に目を逸らす。
ふふ、仲がよろしいのですね、という彼らの心の声が聞こえてきたような気がして、私は自分の両耳を塞いだ。
「いやああああ……」
「恥ずかしがるお前も可愛い」
「やめてぇー」
そして頭の天辺に口づけを落とすのは止めて欲しい。
ライの恋人同士の演技は、どうにもスキンシップが多いのだ。
もちろん口でも今のように「可愛い」などと言ってくるが、それくらいならまだましな方だ。唇でこそないが、顔のあちこちに口づけてくるし、夜会に参加している時は、常に私の腰を抱き寄せている。密着率がすごすぎて正直言ってついていけない。
生まれてこの方、彼氏などいたことのない身には、過度なスキンシップは毒にしかならないというのに。
本当ドキドキするから止めて欲しい。
再び腰を引き寄せてきたライの身体を一生懸命両手で押し、少しでも彼から離れようとする。だが、ライの力は思った以上に強く、引き離せない。
「なんだ、それが全力か? そんなものでは嫌がっているようには見えないぞ?」
ニマニマと笑うライが憎たらしい。
「放してよ! っていうか、どうして離れないの! このっこのっ!」
暴れてみてもライの腕からは逃れられない。悔しい気持ちでライを見上げると、彼はしれっと言った。
「私は鍛えているからな。お前は、どこを触っても柔らかい」
「言い方!」
「うん? 何か問題があったか?」
そう言いながらライが私の?を指で突く。
くそう、魔法が使えればライなんて簡単に吹っ飛ばせるのにと思いつつ、皆に見られているところであんな魔法は使えないなと思い直した。
ライを吹っ飛ばしたいだけのために、皆にあの呪文や格好を見られるとか私のリスクが高すぎる。
ステッキと呪文だけで魔法が使えるのは便利だが、ある意味、使いどころを限定されているような気がする。ライ以外の人間がいるところでは絶対に使いたくないので、私は基本、無力な女でしかない。
魔法を使えば最強聖女でも、その魔法が使えなければ意味がないのだ。
もし、それを分かった上であの呪文を選んでいたのだとしたら、女神様すごすぎる。
「はあ……」
「何を憂えている? 悩みがあるのなら、私に言え。お前の憂いは私が払ってやる。いや、それとも万能の聖女に私は不要か?」
「いや……あの……」
チュ、チュと、ライが?や喉に唇を落としてくる。最早周りは、ガン見してくる令嬢か、見て見ぬ振りをしてくれている善良な貴族しかいないのではないかと言いたくなってくる状況だ。
居たたまれなくなった私は白旗を揚げ、ライに言った。
「ライ、このままここにいても、邪魔なだけだし神殿に帰ろう。私はこれ以上見世物にはなりたくない……」
「——ああ、それがお前の望みなら」
にこりと笑ってライは了承してくれた。
◇◇◇
いつもより少し早めの時間ではあるが、夜会会場から出る。
神殿まではそう距離もないし、気分的には歩いて帰りたかったのだが、ドレスの裾が汚れるのはよくないと思い、神殿所有の馬車に乗った。車内には窓があり、外の景色がよく見える。
「ねえ、ライ。もうそろそろ夜会に出なくても良いんじゃない?」
窓から外を眺める。空には今日も綺麗な月が輝いていた。その月に手を伸ばす。頑張れば届きそうな気がするから不思議なものだ。
そんな私を見ながら、ライが尋ねてくる。
「どうしてだ? 先ほども言ったが、お前は確実にゼクスに嫌われたいのだろう? それなら続けるべきだと思うが」
「ライのおかげで、迷惑なバカップルって思われてる気がするから。もう十分でしょ。それに、そろそろ恋人の振りをするのが辛くなってきたの。本当は恋人でもなんでもないのに、周りからは恋人だと思われて。ライもなんだか態度が違うし。それがきつくって……」
結局恋人の振りなんて私にはできなかった。そういうことだ。
ライに触れられたり甘い台詞を言われたりするのは嫌ではなかったが、どうして私に触れるのかを考えれば良い気分にはならない。
恋人の振り、だからだ。振りで、甘い言葉や態度など聞きたくないと思ってしまうからだ。
お互い納得ずくで行っているはずなのに、どんどんモヤモヤしてくる自分が嫌で仕方なかった。だからもう、終わりにしたい。
そう言うと、ライは「そうか」と小さく頷いた。
「ライ?」
「……お前の気持ちは分かった。それなら夜会にはもう行かないでおこう。お前の言う通り、十分皆に周知されただろうから。だが、恋人関係は継続だ」
「ちょっと、それが一番辛いって言ってるんだけど」
夜会へ行かなくて良いと言ってもらえたのは嬉しかったが、偽の恋人関係の継続は勘弁して欲しい。夜会でだけならまだしも、瘴気を払っている最中でもライは同じような態度をとってくるからだ。私の心の平穏のためにも是非止めてもらいたい。
だが、ライは頷かなかった。
「せめて——瘴気を消し終わるまでは。それまでは恋人ということにしておいてくれ。お前が嫌だというのなら、以前の態度に戻すから。……頼む」
「どうしてそこまで。だってこれ、私のためにやってくれていることでしょう? ライが頼む必要なんてどこにもないじゃない」
元を正せば、私の我が儘を叶えてくれるために始めたことだ。それなのにどうしてライが懇願するような表情を見せているのだろう。
「それでも、だ」
じっと見据えられ、私ははあ、と溜息を吐いた。
そうだ、元々こちらの都合で恋人役を演じてもらっているのだ。少しくらいはライの我が儘も聞くべきだろう。
「分かった。分かったわよ。偽の恋人関係は継続。これで良い? でも、瘴気を消し終わったら、別れたってちゃんと皆に言ってよね。いつまでも恋人だって誤解されたままなのは嫌なの」
とはいえ、いつも一緒に来ていた恋人関係の男女が突然夜会に現れなくなれば、周囲は勝手に別れたと判断してくれるだろう。そういうものだ。
仕方ないと息を吐く。ライはホッとしたように頷いた。
「約束する」
助かったと笑うライは、本当に安堵しているように見えた。
それを不思議に思いはしたが、深追いはしない。なんだかやぶ蛇になりそうな気がしたからだ。
「じゃ、じゃあ、明日の話でもしようか? 明日は、どこの瘴気を消せば良いの?」
だから賢明な私は何も言わないことにした。
◇◇◇
夜会に出るのを止めたことで、当たり前だが瘴気を消すスピードは以前よりも上がった。
今日のノルマを終わらせれば、残りは後一カ所。そうすれば私は自分の家に帰れる。
帰ることだけを考え、私は目の前の魔物と対峙した。
「マジカルマジカル、ルルルルル! お願い、セレネたん! ここにいる魔物たち、みーんなやっつけて!」
今日の瘴気は、王都から離れた山間の村で発生していた。瘴気の発生が確認されると同時に住民は避難をしたらしい。今は、立ち入りが禁止されている。その場所に魔法で飛んだ私とライは、うじゃうじゃいる魔物を見て顔を歪めた。
瘴気の発生源を守るように魔物たちが集まっている。最近、いつもこんな感じだ。気持ち悪いと思いながら、私は容赦なく魔法をぶっ放した。
半年以上、こんな生活を続けていれば嫌でも慣れる。
やけくそのように呪文を口にすれば、ふざけたオモチャのようなステッキから、白いビームのようなものが飛び出てくる。冗談みたいな呪文と冗談みたいな杖から出る魔法は、凶悪な威力を発揮し、瘴気に群がる魔物たちを簡単に一掃した。
「ふぅ、一丁上がり!」
「セツナ、油断するな! 新たな魔物が生まれる前に、発生源に触れろ!」
「分かってるって!」
ライの怒鳴り声が聞こえてきた。彼はたった今発生した魔物と戦っている。
瘴気からは絶え間なく魔物が生まれてくるので、何度魔法を撃ってもきりがないのだ。結局片付けた直後の一瞬の隙をついて、発生源に触れるしかない。
実際もう、新たな魔物が次から次へと生まれていた。
「片付けたと思ったのに! 早すぎるっての! マジカルマジカル、ルルルルル! お願い、セレネたん! 私の通る道を作って!」
ステッキを発生源に向けて振り下ろす。今度は雷撃のようなものが出た。私はどうして欲しいか言うだけなので、魔法の種類など選べない。最初の時に見た光の柱のようなものの時もあれば、炎が出てきた時もあった。おそらくは女神のきまぐれ。
可愛らしいステッキから出る雷撃は、やはり考えられないほどの威力をもって、魔物を襲った。
発生したばかりの魔物が消えていく。それを確認し、私は走った。
もう一度、ステッキを使う羽目になるのはごめんだ。次に魔物が発生する前に瘴気を消す! と私はかなり必死だった。
「よしっ!」
瘴気は、村の共同井戸から発生していた。井戸の中が発生源なら、底まで降りなければならないのだろうかと一瞬迷ったが、井戸に触れるだけで真っ黒だった瘴気は見事にかき消えた。
これで、新たに発生する魔物はいなくなる。残った魔物を剣で片付けたライが、汗を拭い、私の側へとやってきた。
「相変わらず見事だな。瘴気は消えた。これで後一つだ」
「ありがとう。……はあ、ようやく帰れるのね」
とても感慨深かった。
毎日毎日、瘴気を消すためだけに駆けずり回った。途中、夜会に参加してペースが落ちたが、それでもかなりのハイペースで瘴気を払ったと思う。
この世界に来て半年と少しで、私は聖女の役目を全うしようとしていた。
「長かったような短かったような……」
魔法を使って神殿に戻る。最初に魔法を使った場所だからか、神殿に飛ぶと必ず同じ場所に着いた。階段を上り、私の部屋へ行く。ライも当然のようについてきた。
部屋の近くを歩いていた神官にお茶を頼み、部屋に備えつけられているソファに腰掛ける。
しばらくすると恥ずかしいばかりの衣装が元のものへ戻った。
日本から召喚された時の服は目立つので、さすがに着てはいない。代わりに神官たちが用意してくれたのは、先代聖女もよく着ていたという服だった。
もちろん同じものではなく、意匠を真似しただけの新しい服だが、これもこれでスカート丈が短いし、じゃらじゃらとしたアクセサリーが色々と付いている。
もちろんただのアクセサリーではない。いわゆる護符と呼ばれるもので、身を守ってくれる防御効果があると聞かされれば、付けないわけにもいかなかった。
とはいえ、『魔法少女!』とでも言いたくなるような格好よりはよほどマシなので有り難く使わせてもらっている。しかもこの服、汚れないのだ。予め生地に魔法がかけられているとかで、汗をかいてもべたつかないし、地面に擦れても破れない。いや、一応破れるのだが、次の瞬間には元に戻っているのだ。
異世界すごいと驚いたが、さすがに異世界でもこれは普通のことではないらしい。聖女用に作られた、術士が何人も関わった世界で一着の特別仕様のものだと聞かされ、どれだけ聖女が彼らに期待されている存在なのか思い知った気がした。
「あー……変身が解けるとホッとする……」
服が戻ったことに気づき、思わず伸びをしてしまった。ライがそんな私を見て、不思議そうに言う。
「先ほどの服装だろう? 私はよく似合っていると思うが。そんなに嫌か?」
「最初に見た時、大笑いしたライだけには言われたくないわね」
じとっとライを睨めつけると、彼はいけしゃあしゃあと言った。
「慣れというものは恐ろしいな。今はこれ以上なくお前に似合っていると思う。まさにお前のためだけに作られたと思える服だ」
「ぜんっぜん嬉しくない。かつてこれほどまでに嬉しくない褒め言葉があっただろうかってくらい嬉しくない」
魔法少女な服がお前だけに似合う、なんて言われても全く喜べないのである。これが似合うのは小学生までだ。大学生にもなった私が着てよいものではない。
げっそりとしていると、ライが楽しそうに笑った。
「はははっ、嫌そうだな」
「それで、どうして笑うのか教えてもらいたいわ」
ますます気分が下がった。
ライは笑いの沸点が低く、些細なことでもよく笑っている。人生楽しそうで羨ましいが、彼が笑うのはほぼ百発百中で私のことだ。
それはつまり私が笑えるほど面白いという——いや、止めておこう。考えるとこちらの気分が悪くなる。
「ライってほんっとよく笑うよね。笑い上戸って言われない?」
「言われたことは一度もないな。笑ったところを見たことがない、血も涙もない冷血漢だと言われたことはあるが」
それは一体誰の話だ。
「誰それ、別人でしょ。?を吐くならもう少し上手く吐いてよね。さすがにそれは騙されないわ」
あり得ない、と呟くと、ライも真顔で頷いた。
「そうだろうな。私も時折、お前といる時の私は別人なのではないかと思う時がある」
「私はむしろ、この世界にいる私は別人であって欲しいかなって思うけど。順調に黒歴史を刻んでいっている身としては、強く別人であることを主張したい……」
毎日きゅるるんなポーズをとり、ふざけた呪文で魔物を片付けていることを思い出せば、乾いた笑いしか出てこない。嘆息していると、ライが「一つ良いか?」と口を開いた。
「前から不思議に思っていた。お前はよく『黒歴史』と言っているが、どういう意味なのだ?」
「……誰にだって思い出したくない過去の一つや二つ、あるでしょう? そういうことよ」
あまり詳しくは説明したくないところだ。
日本に帰ったら、聖女のことは記憶の奥底に沈めてしまいたい。ライという友人のことは覚えておきたいと思っているが、マジカルな話は私の中では地雷だ。
「あと、一カ所かぁ……」
ソファに座ったまま大きく伸びをする。
ちょうどそのタイミングで扉をノックする音がし、神官がお茶を持ってきてくれた。
それにお礼を言って、カップを手に取る。
「美味しい……」
ハーブの香りが心を癒やしてくれる。
「明日、最後の箇所を回って……そうしたら、次の満月を待てば帰れる……」
小さく呟く。感慨に浸っていた私を、ライがじっと見つめていたことには気づかなかった。
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