書籍詳細
悪役令嬢になりたくないので、王子様と一緒に完璧令嬢を目指します!
ISBNコード | 978-4-86669-195-4 |
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定価 | 1,320円(税込) |
発売日 | 2019/03/27 |
ジャンル | フェアリーキスピュア |
お取り扱い店
電子配信書店
内容紹介
立ち読み
「大概の『悪役令嬢』は、『攻略対象』と呼ばれる人物と婚約していて、最終的にはその人物に婚約破棄をされる運命にあるそうだ。その後は、親兄弟に見捨てられ、親子の縁を切られるか、もしくは親ごと没落。酷い場合には、処刑ということもあり得るそうだよ。そこまでされるとは、『悪役令嬢』というのは一体どんなに酷いことをしてきたのだろうね。今まで散々好き放題してきた『悪役令嬢』が最後に酷い目に遭うのが楽しいと、醍醐味なのだと弟は言っていたよ」
「それが……私だと、ウィルフレッド殿下はおっしゃるのですね」
声に力が入らない。『悪役令嬢』という存在が、どんなに酷い目に遭うのかを知り、ぷるぷると身体が震えた。処刑なんて恐ろしい。でも、私は本当に、そこまでされてしまうほど、酷いことをしてしまうのだろうか。
悪役と言われただけでもショックだったのに、そんな未来が待ち受けているのかと思うと、吐き気でお腹の中が気持ち悪くなってくる。今にも倒れてしまいそうだ。
愕然としていると、アルが私を慰めるように言った。
「大丈夫だよ。安心して。僕は信じていないから」
「アル……」
縋るようにアルを見上げる。彼は私の目を見てしっかりと頷いてくれた。
「ウィルは昔からこの話をし続けてきたけれど、僕は信じていないし、君を『悪役令嬢』なんかにしたりもしない。だけど悲しいことに共通点はあるよね。名前もそうだし、立ち位置もそうだ。だから、全てを無視することはできないと思うし、それは賢くない」
「はい」
「僕たちにできることは何か。真偽は分からないけど、せっかく弟から情報を得られるんだ。最大限にそれを生かせばいい。『悪役令嬢』にならないようにそれとは真逆の行動を取る。そうすれば、君が『悪役令嬢』になることはない」
コクコクと何度も頷いた。
アルの言う通りだ。
まだ、何も始まってはいない。私は何も——いや、ドレスの件は反省したけれども——していないのだから、『悪役令嬢』が取る行動をしないようにすれば済むだけの話なのだ。
つまり、昨日決意したのと同じ。完璧な令嬢になればいい。
そうすれば、私は『悪役令嬢』にはならないし、今後酷い目に遭うこともない。
「頑張ります……」
心から告げると、アルは頷いた。
「うん。僕も協力する。と言っても君は大丈夫だと思うんだけどね。本当、君みたいに素直で可愛い子のどこが『悪役』だっていうんだろう」
「あ、ありがとうございます……」
気づかなかった時なら、「そうですよね!」と心から同意しただろうが、今となっては視線を逸らすしかない。本当に、心臓が痛い。
今までの私、一体何をしていたのか。
あまりにも自分の行動が見えていなさすぎて、今更ながらに溜息が漏れる。
「アルをがっかりさせないように努めます。それで、ですね。早速なんですけど、一つご相談したいことがありまして」
「何?」
首の傾げ方に色気を感じる。思わずドキッとしてしまった。それを押し隠し、私は昨日のことを話した。元々相談しようとは思っていたが、こんな話を聞けば、より一層一人で太刀打ちなどできないと思ってしまう。アルが協力者になってくれて本当に良かった。
「あの、私には、専属の執事がいます。先ほどもお茶を運んでくれたのですが、その、彼との付き合い方について悩んでいまして」
「ああ、さっきの。まだ若そうだったよね、彼」
思い出すように頷くアルに、私は同意した。
「はい。本人の申告ではありますが、今年で十四歳になるそうです。名前はルーク。そしてその……私の悩みなのですが、どうにも彼と意思の疎通ができていないような、そんな気がするのです」
「意思の疎通? 具体的には?」
「私の顔を見るだけで怯えるというか……それでつい、私の方もカッとなってしまって当たってしまうんです。あ、もちろん手は上げていません。言葉、だけなのですけど……」
「言葉だけ、か。それは最近の話? それともずっと?」
細かく尋ねてくる様子から、真剣に話を聞いてくれているのが伝わってくる。それを有り難いと思いつつ私は答えた。
「……お恥ずかしながら、その……わりと長い期間にわたり、この状態です。言い訳のしようもありませんが、昨日になって初めて、彼の様子が普通ではないと違和感を覚えました」
「昨日、突然態度が変わったということはないの?」
当然の疑問だったが私は首を横に振った。
「いいえ。ありません。不思議な話なのですが、思い返してみればいつもルークは、私に対し、あんな態度だったように思います。そしてそれを一度も疑問には思いませんでした」
「なのに、昨日は気になったの?」
「その……『悪役令嬢』のことがありまして。私も色々なことに過敏になっていたのだと思います。普段は気にならないところまで気になったというか……」
正直なところを告げる。アルは少し考える素振りをみせた後、真面目に私に言った。
「その執事に君が言った言葉というのは、どんなものなの? 僕に教えることはできる?」
「それ、は……」
アルの言葉に、私は思いきり動揺してしまった。
私がルークに言った数々の言葉。それを思い出すことはできるが、アルに教えられるのかと言われれば答えは『いいえ』だ。私が彼に何を言ったのか、それをアルには知られたくない。
——ああ、そうか。
それで、ようやく気がついた。
私は、他人に知られては困るようなことをルークに言っていたのか。
唇を?みしめる。
黙りこくってしまった私を見て、アルが静かに告げた。
「その様子だと気づいたかな? 一応言っておくけど、もし君が僕に詳細を教えられないというのなら、それは『悪いこと』だよ、リリ。君は、君の執事に悪いことをし続けていたんだ。言葉は暴力になり得る。時には、殴るよりもね。君も昨日、経験したから分かるだろう?」
「あ……」
アルの言っているのは、ウィルフレッド王子のことだ。
私はウィルフレッド王子の言葉に、酷く傷つきはしなかったか。
言葉だけ、なんて言って笑い飛ばせないほどのショックを受けたから、今こうしてアルの協力を得ようとしているのではなかったか。
そしてよく考えてみれば、ルークは私に直接棘のある言葉を投げつけられていたのだ。話を盗み聞きしていただけの私より傷ついたのは間違いない。しかも、長い間。
「……」
自分のやってきたことに気づき、絶句した。
先ほどのドレスの比ではない。手を出していないのだからなんて言い訳にもならないと思った。
「わ、私……どうしたら……」
「今までのことを謝るしかないね。君が、悪いことをしたという自覚があるのなら、なおさらだ」
「謝る。そ、そうですね」
それでルークが許してくれるかは分からないが、とりあえずはそうするしかない。
ルークに謝る段取りを必死で考えていると、アルがボソリと言った。
「そういえば、弟が、『悪役令嬢』は家族や使用人にも嫌われていることが多いって言ってたな……」
「ひぃっ!」
なんと恐ろしい話を言ってくれるのだ。全く笑い飛ばせない。特に『使用人にも嫌われている』というあたりが、ひしひしと身に染みる。
ああ、『悪役令嬢』という言葉が心に突き刺さってくる。キツい。
私は涙目になりつつも、アルに宣言した。
「私、早速今日にでもルークに謝りますっ! ええ! 許してもらえるまで謝り倒しますとも! だって、私は! 『悪役令嬢』なんかではありませんからねっ!」
「ふふっ……うん、そうだね。君はちゃんと悪いことをしたら謝ることができる子だ。そうだろう?」
「はいっ! もちろんですともっ!」
半分自棄になりながらも頷くと、何故かアルは手を伸ばし、私の頭を撫でてきた。
「うんうん、リリは良い子だね」
「ア、アル?」
温かい掌の感触が頭に伝わり、心臓が口から飛び出るかと思った。
突然の行動に驚いていると、アルは苦笑しながら手を引いた。
「あ、ごめん。子供扱いしたわけではないんだ。ただ、可愛いなあと思ってね」
「え、ええと」
「嫌だった?」
「い、いえ、そんなことは。大丈夫です」
ただ、いきなりでびっくりしただけだ。
「そう、良かった」
ふわりと微笑み、アルは「そうそう」と少々わざとらしくはあったが話題を戻した。
「あと、弟が言っていたのは、何故か『悪役令嬢』の周りには『攻略対象』が多いらしく、大概『悪役令嬢』はその『攻略対象』たちに嫌われているのだとか。『悪役令嬢』が成敗される時、その『攻略対象』たちに酷い言葉を投げつけられたり見捨てられたりするそうだよ」
「こ、『攻略対象』ですか。先ほどもおっしゃられておりましたね。『悪役令嬢』は『攻略対象』と婚約している、とか」
思い出しながら言うと、アルは頷いた。
「うん。まあ、君も気づいたと思うけど、弟曰く、僕は複数人いる『攻略対象』の一人らしい。『攻略対象』というのは『ヒロイン』のために用意された、顔が良く、地位が高い男性のことなんだそうだよ。『ヒロイン』は、この『攻略対象』たちの中から自分の相手を選ぶらしい。あ、『ヒロイン』というのは、『悪役令嬢』と真逆に位置する存在で、大抵は『攻略対象』の皆に愛される、可愛らしくも優しい女性だそうだ。……ねえ、リリ、大丈夫? ついてきている?」
「な、なんとか……」
一応頷きはしたが、与えられる情報量が多すぎて頭が破裂しそうだ。
『悪役令嬢』だけでなく、『攻略対象』に『ヒロイン』。全く意味が分からない。
混乱しながらも頭の中で情報を整理していると、アルが言った。
「僕としては、全部弟の作り話だって思いたいんだけどね。だって、君の『悪役令嬢』もそうだけど、自分が『攻略対象』なんて言われても困ってしまうよ」
「そ、そうですよね」
私の『悪役令嬢』ほどではないが、それでも自分が『ヒロイン』と呼ばれる存在に選ばれるなんて聞かされて嬉しいはずがない。
「僕は選ばれるのではなく、自分で好きな人を選びたいよ。見も知らぬ誰かに『攻略』されるのではなく、どうせなら自分が好きになった人を自分の意志で『攻略』したい」
「はい。私も、『悪役令嬢』になんてなりたくありません」
「だよね」
うんうんと何度も同意するアル。
そんな彼に私はおそるおそる尋ねてみた。
「でも、本当にウィルフレッド殿下はすごいですね。なんと言うか設定が凝りすぎているというか……あの、もしかして殿下は『予言』の魔法が使えたりなさるのでしょうか」
『予言』とは、使えるものが殆どいない、未来を予知する魔法のことだ。ウィルフレッド王子がその魔法を使えるなんて聞いたことはないが、アルの話を聞けば、可能性はあると思ってしまう。
だがアルは、あっさりと否定した。
「実際にいる人物についての話ばかりだから、僕も考えたことはあるけどね。本人曰く、違うってさ」
「そう、ですか」
「でも、時折、弟の言うことが当たっていることもある。だから、馬鹿らしいと一笑に付したりはできないんだ」
「はい」
実際、彼の言う『悪役令嬢』像に、私は見事に嵌まっていた。
それに気づいてしまえば、あり得ないと無視することはできなかった。
「気をつけます。その……色々ありがとうございました。私一人では、気づけなかったと思います。助かりました」
感謝を込めて頭を下げる。アルが教えてくれなければ、私は色々なことに気づけなかった。
ドレスのこともそうだし、ルークのこともそう。『悪役令嬢』のなんたるかだって、分からなかった。
知らないままなら、きっと私はウィルフレッド王子が言うところの『悪役令嬢』になっていただろう。その未来は、酷く恐ろしいことに私には思えた。
「ありがとう、ございます。本当に」
心から告げると、アルは柔らかく微笑んだ。
「……いいんだよ。僕は、君が弟の言うような酷い女性だとは思っていないしね。だって君はこうして反省することができている。自分の間違いを認めるのはとても大変なことだ。それができる君は、とても良い子だと僕は思うよ」
「いいえ。良い子だなんて……」
そんな風に言ってもらえる資格は私にはない。本当に、指摘されなければ自分が間違っていたと気づけないなんて情けなさすぎる。
「同じミスを繰り返さなければいい。大丈夫。これからも僕が側にいてあげるから。一つ一つ、一緒に解決していこう?」
「はい。ありがとうございます」
優しい言葉をかけてくれるアルに、涙が零れそうになってしまう。
ああ、この人は本当に優しい人だ。この人についていけば大丈夫だ。
熱い思いが胸の奥から込み上げてくる。その思いを私は自然と口にした。
「アル、あなたがいてくれて良かった。昨日、ああしてあなたが声をかけてくれたから、私はこうして自分を変えようと思えたんです」
「言いすぎだよ。僕でなくてもよかったはずだ。他の誰でも、あの場所にいさえすればきっと君を助けたと思う」
「いいえ」
否定は、するりと口から零れた。
「いいえ、あなた以外では駄目だったと思います。あなた以外では、私はきっと、話すらまともに聞こうとしなかった」
誰でもよかったわけではない。
王子である、婚約者となる、一目惚れをしてしまったアルが差し伸べてくれた手だったからこそ、私は握ろうと思ったのだ。他の誰かなら、きっと撥ね除けていただろう。
自分のことだ。それくらいは分かる。
「私、面食いだし、プライド高いし……その、面倒な女だから。あなたの言うことだから素直に聞こうと思うのであって……」
なんとかアルに説明しようと色々言っているうちにだんだん分からなくなってきた。混乱する私に、アルが優しく目を細める。
「分かってるよ。僕じゃないと駄目だったって、それを君は説明しようとしてくれているんだよね」
「……はい」
「ありがとう。そう言ってもらえると、僕も嬉しいよ」
そう言って笑ったアルは、本当に嬉しそうで、私は思わず彼に見惚れてしまった。
「アル……」
笑みを浮かべたまま、アルが立ち上がる。
彼は暖炉の上に置かれた時計を見ながら言った。
「ごめんね。本当はもう少し一緒にいたいんだけど、執務があるからそろそろ失礼するよ」
「あ、申し訳ありません。私のせいで……」
慌てて私も立ち上がった。
そうだ、アルは第一王子。単なる公爵令嬢である私とは違い、様々な執務を行っているのだ。暇なはずがない。
だが、アルは、緩く首を横に振った。
「僕が来たかっただけだからリリは気にしないで。それに、今日はとても良い話ができたと思うんだ。とっても楽しかったしね。それは僕だけかな?」
「い、いえ。私も有意義な時間を過ごせたと思っています」
?はどこにもなかったので頷いた。
「うん。ならそれでいいじゃないか。仕事は帰ってからすれば済む話だし、緊急案件はちゃんと先に片付けてきたから、君が気にすることは本当にないんだよ」
「それなら……いいのですが」
「でも、仕事が残っているのは本当だから、帰るね」
「はい」
頷くと、アルは言った。
「見送りはいいよ。公爵には僕から話しておくから。じゃあね、リリ」
「……はい」
さよならと手を振られ、胸がつんと痛んだ。当たり前の行動のはずなのに、どうしてそんな気持ちにならなくてはいけないのだろう。
その場に立ち尽くす私を見て、アルが困った顔をする。
「リリ、そんな顔をしないでよ。立ち去りがたくなるじゃないか」
「えっ……そんな顔って……」
自分ではよく分からない。思わず?に手を当てると、アルは言った。
「ものすごく寂しいって、顔に書いてある」
「っ!」
感情が顔に出ていたと知らされ、羞恥でボッと顔が赤くなった。アルがクスクスと笑う。
「本当、リリはいちいち可愛いんだから。大丈夫だよ。今は帰るけど、また時間を見て、ここに来るから。約束する」
「っ! 本当ですか」
「うん。指切りげんまん」
すっと小指を立て、アルが笑う。
——指切りげんまん。
これは、小さな子供がよくする呪いの一種だ。小指同士を絡めて約束をする。私も昔、父や母とした覚えがある。
そのことを思い出し、私は口元を綻ばせた。
「ふふっ……懐かしい」
「ほら、リリ。君も指を出して」
「はい」
アルに促され、小指同士を絡める。
なんだか酷く気恥ずかしい気がしたが、同時に心が温かくもなった。
「指切りげんまん、?吐いたら……うーん、どうしようか? リリは何をして欲しい?」
「えっ……きゅ、急に言われても」
困ってしまう。
戸惑う私を見て、アルが「じゃあ」と言った。
「?吐いたら、僕が君にキスすることにしよう」
「えっ?」
「指切った!」
パッと小指が離される。アルの言った言葉が頭の中でグルグルと回る。
え? キスする? 私に? アルが?
?でしょう!?
「あ、アル! き、キスって……」
「動揺しないでよ、可愛いなあ。キスって言っても、?にだよ。それともリリ、違うところに期待した?」
「????!!」
じっと唇を見つめられ、恥ずかしさで頭に血が上るかと思った。
「わ、私! そんなこと思ってませんっ!」
「残念。君が期待してくれるのなら、是非と思ったんだけどね? でも、それは約束を破った場合になるから……うーん。君との約束は破りたくないし、難しいところだ」
「難しくなんてありませんっ!」
「君はそうだろうね。でも、僕は違うんだ。……じゃあね」
ヒラヒラと手を振り、今度こそアルは部屋を出て行った。
一人残された私は、これ以上なく赤くなった?を両手で押さえた。
「??! もう、アルってば!」
冗談にしても性質が悪すぎる。
「こんな顔じゃ、外に出られない」
少なくとも、茹だった気持ちと?の赤みが消えるまで、ここにいた方がよさそうだ。
「……」
アルが消えた扉を見つめる。
不安な気持ちはいつの間にか消えていた。
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