書籍詳細
買われた花嫁〜公爵の溺愛に乱されて〜
ISBNコード | 978-4-86669-161-9 |
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サイズ | 文庫 |
定価 | 754円(税込) |
発売日 | 2018/11/16 |
レーベル | ロイヤルキス |
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内容紹介
人物紹介
リュシー・アントワーヌ
純粋で優しいが、気丈に振る舞う強さをもつ没落した伯爵家令嬢(20歳)
アルフォンス・ジェルマン
リュシーをオークションで競り落とした、若きディンゼル公爵(25歳)
立ち読み
第一章 買われた花嫁
窓を叩く音がした。春になったというのに、外はまるで冬に戻ったかのような冷たい風が吹いている。
隙間風に鳥肌が立ち、少しでも暖を取ろうとカーテンを閉めようとしたときだった。
窓から外を覗くと、一台の馬車が邸の前に停まったのが見えた。
誰かが邸を訪ねてきたようだ。まもなく日が暮れるというときに、いったい何の用事だろうか。
リュシーはおそるおそる玄関のドアを開く。そして、訪ねてきた人物を見た瞬間、驚き震え上がった。
「アントワーヌ伯爵家のご令嬢、リュシー・アントワーヌ様ですね」
黒ずくめの男に色のない声で問われ、リュシーは青ざめる。
男の後ろには同じように黒いコートを着た男二人が剣呑な表情を浮かべ、待機していた。
「あ、あなたたちは……誰? ここはもう伯爵家ではないの。あげるものは何もないわ」
リュシーは怯えて震える唇を精一杯動かし、そう訴える。
有名な美術品も、骨董品も、すべて邸から持ち出された。残されているのはリュシーただ一人。
彼女は僅かばかりの食料で生活を凌いでいた。しかしこの邸もじきに没収されてしまうだろう。
アントワーヌ家が没落したのはついこの間のこと。領内の不作と海難事故により、税収と借金の均衡がとれなくなったことが原因だった。
プライドが高かったアントワーヌ伯爵は家が没落したことに耐えきれなかったらしく、一人娘であるリュシーを遺して自決してしまった。
父の葬儀後、ひとり遺されたリュシーは邸の中で途方に暮れていた。
伯爵夫人はリュシーが幼い頃にとうに亡くなっており、頼れる親類もいなかった。没落した家の人間に手を差し伸べる者はそうそう見つかるものではなかった。
この邸からまもなく出ていかなくてはならないことはわかっているが、行く宛はどこにもなく、リュシーは藁にも縋る想いで、婚約していた恋人エドモンドからの手紙を握りしめていた。
手紙にはこう書かれてあった。
【もしも君に何かあれば、僕を頼るといい】
アントワーヌ家が没落したことは、家族ぐるみで親しくしていたエドモンドの耳にも入るはずだ。しかし葬儀の時に姿が見えなかったので、彼からの連絡をリュシーはずっと待っていたところだった。
リュシーは目の前に立ちふさがっている黒ずくめの男たちを見て、ハッとする。
もしかしたらエドモンドが助けてくれるために、使いを出してくれたのかもしれない。そう思ったのだ。
期待を込めて男たちを見る。すると、思ったとおりに男たちは言った。
「エドモンド様とのお約束どおりに、リュシー様をお迎えにあがりました」
「それじゃあ……ほんとうに、エドモンドが?」
リュシーの表情に光が広がる。瞳にはたちまち涙が溢れ出した。
ああ、やっぱり頼れる人だったのだ。父が紹介してくれた実業家の彼エドモンドは出会った時から、いつだってリュシーにやさしくしてくれた。葬儀に出られなかったのは、彼が忙しかったからだ。きっと今頃心配してくれているに違いない。
リュシーはようやく見つけた光に胸を高鳴らせる。
そして、早く彼に会いたい一心で、唇を開いた。
「今すぐ、彼のところに連れて行ってください」
「では、どうぞ馬車にお乗りください。ご案内いたします」
黒ずくめの男に言われるがままに、リュシーは馬車に乗り込む。すぐにも御者の手により、馬車はゆっくりと動き出す。
リュシーは手紙を大事に握りしめ、一刻も早いエドモンドとの再会を願った。
それからどのくらいの時間が経過しただろうか。
馬車の窓から外を見てみれば、出立したときには空にあった夕陽がすっかり落ち、辺りは真っ暗になっていた。
(ここはどこ……?)
リュシーはだんだん心配になってきてしまった。
エドモンドの邸に向かっているのかと思ったが、どうやら違うようだし、どこの街の中を走っているのか、リュシーにはまったく見当がつかない。
見たことのない街並みを眺め、彼女が不安に思いはじめたとき、馬車はようやく停まった。
車窓から外を見てみると、目の前には黒い鉄柵に囲まれた立派な邸が視界に映った。
鉄門の前には門番が二名待機している。先頭を走っていた馬車から出てきた男が招待状らしきものを門番に見せると、門はゆっくりと開かれた。
馬車はゆっくりと闊歩し、再び停まる。するとドアが開かれ、黒ずくめの男にどうぞと手を差し出された。
リュシーはおずおずと男の手に掴まり、馬車のタラップを降りる。
とにかくこれからエドモンドに会えるのだ。手紙を握りしめながら、リュシーは男たちに従う。
邸の扉が開き、中から初老の男性が出てきた。
邸の人間だろうか。執務服を着ているからきっとそうだろう。しかし彼に見覚えはない。
リュシーは一刻も早くエドモンドに会いたくて、気が急くばかりだ。
それだというのに、男たちは初老の男性に突き合わせるなり、そのまま立ち去ってしまうではないか。
「あ、あのっ」
リュシーは焦った。すると、初老の男性がこちらにやってくる。
「さあ、お嬢さんはこちらへ」
初老の男性はリュシーに紳士的な微笑みを向ける。
リュシーは藁にも縋る思いで、彼に問いかけた。
「教えてください。こちらにエドモンド・ローランはいますか?」
男性は鷹揚に微笑む。
「ええ、おりますとも。順番にご案内しておりますよ」
順番に? リュシーは首をかしげた。
名乗ることもせず、初老の男性はリュシーを案内する。ここまで来たなら、リュシーはとにかくついていくほかない。
邸の中は薄暗かった。長い廊下を歩くにつれ、湿った空気がまとわりつき、ぞくっと鳥肌が立つ。リュシーは思わず自分の腕をさすった。
ここは、あまり好んで来たい場所ではないかもしれない。
ある部屋の前に到着すると、ようやく初老の男性はリュシーに声をかけてくれた。
「こちらでお待ち下さい」
そう言い、初老の男性は重たい鉄のドアを開く。
「この部屋で待っていれば、エドモンドと会えるんですね?」
「では、私はこれにて失礼します」
リュシーの問いに答えることなく、初老の男性は恭しく頭を垂れたとおもいきや、リュシーを押し出すように部屋に入れ、ドアを閉めようとする。
「きゃっ……」
重たい鉄の扉はすぐにも閉まり、遅れて施錠された音がした。
灯りのついていない部屋に怖くなり、リュシーはおそるおそる辺りを見回した。
「な、なんなの。どうしてこの部屋は真っ暗なの」
パニックになりリュシーが騒ぎ立てる声が響いた。すると、ひそひそとナイショ話をしているような声が聞こえ、リュシーは息をのむ。
真っ暗でわからないが、何かがいる。否、誰かがいる—。
だんだんと目が慣れてくると、なんと同じ年頃の女性たちの姿が見えてきた。その光景に、リュシーは絶句する。
彼女たちは怯えたような顔をして座りこんでいた。それも一人や二人ではない、十人以上はいる。
(一体ここは……)
「突っ立っていると邪魔よ」
側にいた赤毛の女性に睨めつけられ、リュシーはハッとする。
女性たちの好奇の視線が一斉に寄せられるのが居心地悪かった。
しかしどこにどうしていればいいのかわからない。
「へぇ。美人じゃない。新入りのあなたがいちばん高く売れそうね」
右往左往していると、別の黒髪の女性に不穏な言葉を投げかけられ、リュシーは不安になり、彼女に尋ねた。
「どういう……意味なのかしら」
「あら、知らないで連れてこられたの? ここは貴族の闇のオークション会場……私たちがいるのは控室よ」
嘲るような彼女の言葉を聞いて、リュシーは絶句する。
「なん、ですって?」
「仕方ないから教えてあげる。あなたはここで順番に競売にかけられるのよ。まずは目玉の商品が呼ばれるわ。そしてお金持ちが値をつけていく。その繰り返し。一日に何十人くらいかしら。落札した貴族に私達は買われるの」
リュシーは愕然とする。
そんなの嘘だ。なぜ自分がこんなところに連れてこられたのだろう。何かの手違いとしか思えない。
「買われるだけマシよ。ずっと鎖に繋がれているよりね」
「私はただ、エドモンドに逢いたくて……」
衝動的にドアに駆け寄り、ノブを回す。しかし空回りするだけで開かなかった。外から鍵がかけられているらしい。
ここから出られない……リュシーの顔から血の気が引いた。
「誰か! お願い! ここから出して」
リュシーは必死にドアを叩いた。何度も、何度も。けれどびくともしないし、手が痛むだけ。
悲痛なリュシーの叫びが虚しくその場に響きわたると、まわりの女性たちから同情の視線が寄せられた。
「やめなさいよ。みっともない。無駄よ。ここに入れられたらもう二度と出られないわ。壇上の鳥かごに繋がれるのよ」
諦めきった顔をして、一人の女性が言った。
きっと彼女も連れてこられた日にリュシーと同じ行動をとったのかもしれない。哀れみの表情を浮かべていた。
「そんなっ」
こんなことが現実だなんて思いたくなかった。あるはずがないと信じたかった。
「かわいそうに。誰かに騙されたのね。大方、落ちぶれた貴族のお嬢さんが、恋人に捨てられたというところかしら」
別の真っ赤な口紅をした女性がくすくすと嘲笑する。
「……っ」
まさか、やさしくしてくれたエドモンド……彼ははじめからこのつもりで?
エドモンドへの信頼が初めて揺らいだ瞬間だった。だが、そんなことはないと必死に浮かんできた思考を散らそうとする。
では、そうではなかったら、なぜこんなことに。その理由が思い当たらなかった。
「あら、当たり? でも、一番悲惨なのはあたしみたいな売れ残り。自分をアピールするのに必死よ。可愛いあなたは安心していいわ。まあ、せいぜい良いお金持ちに買われることを祈ることね。私たちはみんな貴族の玩具になる運命から逃げられないんだから」
彼女は自虐的にそして愉しげに言った。
「そうよ。どうせなら可愛がってくださるオジ様はいないかしら。掃除女になるくらいなら娼婦になった方がいいわ。薄汚れていくより女としての快楽を選びたいじゃない」
「バカね。ここに来る貴族たちがまともなはずはないじゃない。モノ好きしかこないわよ」
女たちは口々に好き放題言う。何も言わない女性もいたが、もう喋る気力もないといった様子だ。リュシーと目を合わせることすらしなかった。
いつまで閉じ込められていればいいのだろう。
リュシーが不安を抱いていたそのとき、部屋の奥のカーテンが開き、一筋の光が入る。
まばゆさに目を眇めていると、名を呼ばれた。
「次はリュシー、君だ」
指名されたリュシーは首を横に振る。
部屋に入ってきたのは先ほどリュシーを小屋に案内した初老の男性だった。どうやらこの男性こそがオークション主催側の管理者らしい。
(ひどいわ。最初からエドモンドに会わせる気なんてなかったのね……)
「いや……」
リュシーは後ずさりをして逃げようとする。だが男に手首を捕まれ、そのまま枷をつけられると、鎖に繋がれてしまう。
「早くしなさい。お客様がお待ちだ」
「待っ……」
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