書籍詳細
友情婚!〜そろそろ恋愛してみませんか?〜
定価 | 1,320円(税込) |
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発売日 | 2019/09/27 |
電子配信書店
内容紹介
立ち読み
1
「君塚(きみづか)くん! 聞いて、聞いて! 私が企画した商品が、今度発売されることになったのよ」
「へぇ、ずっと眉間に皺(しわ)を寄せて考えていたヤツか?」
「……そうだけど。眉間に皺を寄せては余計よ!」
笑里(えみり)は面白くなくて渋い顔を作りながら、ロンググラスを手にする。
迷いに迷って決めた今日一杯目のカクテルは、モヒート。スペアミントとライムの爽やかさが夏にピッタリなカクテルだ。秋と呼ばれる十一月には似合わないかもしれないが、ようやく仕事に目途がついた今、爽快なカクテルが呑みたくなったのである。
このお店ではガムシロップではなく、ブラウンシュガーを使っているためか。深みとコクがあって、笑里のお気に入りなのだ。
仕事も終わり、まずはスッキリとさせてオフの気分にしようとしたのだが……君塚の余計な一言のせいで眉を顰(ひそ)めた。そして、グラスに口を付けたあとに口を歪める。
そんな笑里に対し、隣のスツールに座っている男、君塚は相(そう)好(ごう)を崩す。
「ははっ、悪い。でも、良かったな。住(すみ)田(た)は、ずっと頑張っていたから」
最初こそ仏頂面で唇を尖らせていたが、君塚に頭を撫でられた笑里は次第に顔がほころび始めた。
「うん、めちゃくちゃ頑張ったもの」
笑里は得意げに胸を反らしたあと、ライムとミントの香りを楽しみながら再びモヒートに口を付けた。
住田笑里、二十七歳、独身。外食産業向け食品会社に勤務し、新商品を企画提案する商品企画部に所属している。
日々探究心を持っているため食べ歩きが趣味で、こうして呑みに行くことも大好きなOLだ。
ワンレングスの黒髪がチャームポイントとなっており、学生時代から髪型を一切変えていない。
容姿は中の中。平均並みだと言い続けている笑里ではあるが、周りはそう思ってはいないようだ。
初対面、もしくはあまり付き合いがない人からは〝大和(やまと)撫子(なでしこ)のように楚々(そそ)としている〟などと言われることが多い。
一見してはおっとりとした雰囲気を醸し出しているらしく、それこそ〝立てば芍薬(しゃくやく)、座れば牡丹(ぼたん)、歩く姿は百合の花〟だと笑里を賞賛してくれる。
しかし、それはあくまでも笑里本人と話したことがない人限定だ。
笑里と面識がある人からは『笑里が大和撫子? はぁ? ちゃんちゃらおかしいわ!』と口を揃えて言われる始末。
なにげにバカにされて悔しい笑里ではあるが、あながち間違いでもないので反論の言葉も出ない状態だ。
笑里の見た目は〝大和撫子〟だと誰もが頷くが、中身は大和撫子とはほど遠いのは自他共に認める事実でもある。
そして、意地っ張りでなかなか人に弱みを見せることができないのが欠点だ。
笑里がロンググラスを指で弄(いじ)っていると、隣に座っている君塚が再び頭を撫でてきた。
彼の大きな手で頭を撫でられると、嬉しくなって頬が緩んでしまう。
君塚は笑里が頑張っているときや落ち込んでいるとき、こうして頭を撫でてくれる。
手のひらから伝わる彼のぬくもりを感じていると、心がほんわかと温かくなる気がした。
だからこそ、彼から頭を撫でられるのは大好きだ。
笑里は目を閉じて、そのぬくもりを幸せ気分で味わう。例えるならば、ご主人様に甘える猫である。
撫でられるまま大人しくしている笑里に、君塚は小さく笑った。
笑われてもいい。もっとしてほしい。そんなことは口が裂けても言えないが、知らず知らずのうちに行動に表しているようだ。
少しずつ少しずつ気づかれないように、と彼の手に頭を近づけてしまうのだから、喜んでいる気持ちを隠していたとしてもバレバレであろう。
そんな気まぐれな猫の気分になっている笑里を、君塚は今日も元気づけてくれる。
「住田は、本当によく頑張っているよ」
「ふふふ、もっと褒めて!」
「調子に乗るな」
ポンポンと優しく笑里の頭に触れながら、彼は目尻に皺を寄せた。
君塚(きみづか)誉(ほまれ)、二十七歳、独身。
都市銀行本部法人営業部でバリバリ働いている彼は、所謂エリート街道を突っ走っている。
一八五センチの体(たい)躯(く)はバランス良く鍛えられており、〝脱いだらすごいんです〟を地で行く男だ。
濡(ぬ)れ羽(ば)色(いろ)の短髪、キリリとした眉。そして切れ長の目は鋭い視線を向けている。
凜(りん)とした佇(たたず)まいの彼は、まさしくイケメン武士だ。
見た目だけでなく、雰囲気も武士っぽいのである。
弓道をしているせいだろうか。
男前で武士のような彼の袴姿がまた……素敵なのだ。
学生時代、彼の袴姿を見たいがために弓道場に押しかける女子がとても多かった。
顧問の先生に、彼女たちはよく追い払われていたことをふと思い出す。
あのときの光景を思いだし、思わず口元が緩んでしまった。
思い出し笑いしていることを隣に座る君塚には内緒にしたくて、慌ててグラスに口を付ける。
一見〝大和撫子〟だが本性ははねっ返り女と、凜とした佇まいのイケメン武士。
なんの繋がりもなさそうに見える二人だが、なかなかに強固な縁で結ばれている。
二人は同じ高校で勉学に励み、そしてお互い弓道部の主将として協力し合い、励まし合い、そして切(せっ)磋(さ)琢(たく)磨(ま)してきた仲間だ。
一度は大学進学のときに縁が切れたかのように見えたが、社会人になった今も尚、二週間に一度『二人呑み会』をする関係を続けている。
そして『二人呑み会』の会場は決まって、このバーだ。
ここは、弓道部OBでコーチをしていたおお大むら村がオーナーをしている店である。
時折顔を出す大村と一緒に呑むこともあり、すっかり二人は常連客だ。
今日、大村は店にいないらしく、笑里と君塚は二人でお酒と会話を楽しんでいる。
二人で話す内容は様々だ。お互いの近況を報告し合ったり、仕事の話をしたり。愚痴を言ってはストレス発散をする。
そして、落ち込んでいるときは励まし合う。そんな時間を、このバーで過ごすのだ。
何でも話せる間柄だからこそ、弱音を吐ける。笑里にとってありがたい存在だ。
今でこそ、何でも話せる仲になったが、高校生の頃からかといえばそれは違う。二人で呑み会をするようになってからである。
こうして『二人呑み会』をし始めたのは、成人式を終えてからだ。
笑里はその頃の記憶を辿りながら、グラスに再び口を付けた。
当時、笑里には彼氏がいた。生まれて初めての彼氏だ。
その彼との出会いはバイト先で、彼の方から『住田が好きだ。付き合ってほしい』と告白されて付き合いだしたのである。
バイト仲間だったので、大学は違っていても週の大半は彼と会うことができた。
とはいっても仕事をしながらなので、甘い雰囲気になるのは難しかったけれど。
だが、帰り道はいつも彼と一緒。バイトの休みが合えば、夜ご飯を食べに行ったり、お互いの部屋へ遊びに行ったり。そんな、ごくごく普通のお付き合いをしていたのだ。
笑里とは、二つ違いの彼。少しだけ年上の彼に、大人の香りを感じていた。
付き合い出して三ヶ月。仲も深まりつつあり、彼の優しさにどっぷりと浸っていた笑里は浮き足立っていたと思う。
そんな彼が先日、『成人式が終わったあと、高校の同窓会があるのか。じゃあ、同窓会が終わったら連絡を寄こせよ。会場のホテルまで迎えにいくから』そう言ってくれていた。
彼からの愛を感じ、笑里は有頂天になっていたのは間違いない。
そして、当日。同窓会が終わるにはまだもう少し時間があるのに、笑里のスマホがブルブルと震えて着信を知らせてくる。ディスプレイを確認すると、電話は彼からだった。
そろそろお迎えを電話でお願いしようとは思っていたのが、その前に彼から連絡が入るとは……もしかして、彼に時間を間違えて伝えてしまっていたのだろうか。
笑里は、盛り上がって騒がしい会場を抜け出してロビーへ行く。会場のざわめきが微かに聞こえるロビーでは、笑里の声は少しだけ響いた。
「どうしたの? まだ同窓会の真っ最中だよ?」
早く会いたいと思って迎えに来てくれたのだろうか。それで、連絡をしてくれたのかもしれない。
もしかしたら、晴れ着姿の笑里を早く見たいと思ってくれたのだろうか。それなら嬉しい。
そう思っていた私にとって、彼からの言葉は晴天のへき霹れき靂だった。
『悪い。今日、迎えに行けない』
「え? どうして? ……急用でも出来た?」
忙しいときに、迎えに来てもらうのは申し訳ない。だけど、なにか彼の身に大変なことが降りかかっているのだとしたら大変だ。
心配して聞いた笑里に、彼は冷たい声で言った。
『ごめん、別れてほしい。俺、笑里と付き合う気なくなったから』
そのあともあれこれ言われたが、笑里は何も返事ができない。
じゃあ、と一方的に別れの言葉を言われて電話を切られてしまった。
ツーツーと無機質な電子音が聞こえるだけ。彼からの声は、もう聞こえない。
『好きになってくれるまで、俺は待っているから。友達から始めないか?』
彼の言葉を信じて私も彼を好きになろうと努力していたし、実際少しずつ彼を男性として好きになっていた。
うまくいっていると思っていたのだが、そう思っていたのは笑里だけだったようだ。
電話一本で終わってしまった関係。彼からの別れの言葉が笑里の心を蝕(むしば)んでいく。
愕(がく)然(ぜん)とした。それが、彼から別れを告げられたときに笑里が抱いた感情だ。
この三ヶ月で所謂(いわゆる)彼氏、彼女の関係になれたと喜んでいたのに……電話で一方的に振られてしまった。
彼から別れの予感がすることはなかった。それなのに、どうして一方的に、それも突然別れを切り出されてしまったのか。
車で迎えに行くからな、と彼の方から言ってくれていたのに……
付き合いも三ヶ月続き、より強い絆を感じ始めていた。もしかしたら、このままずっと彼と一緒にいることができるかもしれない。そんなふうに思っていたのに。
笑里は成人の日を迎えて、社会で言う大人の仲間入りをした。
これからは将来について、考えることも増えていくのだろう。それにはもちろん、一生のパートナーについても……
それが、付き合っている彼だといいのに。そんな淡い期待を抱いていた。だけど……
大人になるという高揚感で幸せを噛みしめていた笑里だったのだが、それは叶わなかった。
高揚していた気持ちがプシュッと音を立てて萎(しぼ)んでいき、同窓会の会場に足を運ぶ気力もなくなってしまう。
友人に『用事が出来てしまったから、先に帰るね』とメールをしたあと、笑里はフラフラとおぼつかない足取りでホテルの外へと出た。
年も明けて寒さが一層厳しくなっている。凍えるような冷たい風が頬を切っていくが、タクシーに乗る気にはなれなかった。
暖かい車内に入ったら、我慢している涙が零(こぼ)れてしまうかもしれないと危(き)惧(ぐ)したからだ。
タクシーは諦めようか。そう思ったのだが、このホテルから駅までは少し歩かなければならない。
着慣れない着物で動きづらい上に、足元は草履だ。
このまま歩いていけるだろうかと不安が脳裏を過ぎったが、早くここから立ち去りたい気持ちが勝った。
もう少ししたら、同窓会は終了の時間を迎える。そうすれば、会場にいる同級生たちはホテルの外に出てくるだろう。
だが、友人の顔を見ていつものように接する自信が今の笑里にはなかった。
早く立ち去ったほうがいいと考えた笑里が駅へと向かおうと一歩足を踏み出したとき、肩をポンと叩かれた。ビックリして身体が震えてしまう。
ドキドキしながら振り返ると、そこには長身の男性がスーツを着て立っていた。君塚だった。
まだまだ初々しい感じではあるが、体格の良さと彼の凜とした佇まいのせいなのか、スーツ姿がとても似合っている。
今日はまだ顔を合わせてはいなかったが、彼との久しぶりの再会に頬が緩んだ。すると、急に涙が零れ落ちそうになり、慌てて顔に力を込めた。
いつもとは様子が違う笑里を見て、何かを感じたのだろう。彼は心配そうに顔を覗き込んできた。
「住田、どうした? ああ、そうだ。これ会場で落としただろう?」
「あ」
「落とした瞬間を見て、慌てて拾ったんだが……肝心の住田が見つからなくて」
「……」
「でも、見つかって良かった」
硬直している笑里に、彼はハンカチを差し出してくる。確かに、そのハンカチは笑里の物だった。
彼は笑里の落とし物を届けるために、こうしてわざわざホテルの外まで笑里を探してくれていたのだろう。高校時代もとても優しい男だったが、今もそれは変わっていないようでなぜだか安堵する。
だが、今は誰にも会いたくなかったのに、こうして君塚に会ってしまった。
優しい彼のことだ。笑里の様子がおかしいと気がついてしまうだろう。
フイッと彼から視線を逸(そ)らすと、背の高い彼は心配そうに腰を屈めて私の顔を覗き込んでくる。
その瞳を見ていたら、高校の頃を思い出した。
君塚は、昔から笑里が困っているときに現れる。それもスーパーヒーローみたいに鮮やかに。
ただ、本人はそんな気は全くないのだろう。それが、君塚誉という男性だ。
だけど、笑里からしたら救世主だ。彼がなんと言おうとヒーローだと言いたい。
こうしてまた……心が潰れて苦しんでいるときに、彼は颯(さっ)爽(そう)と現れた。
大学は別々のところに通っていて、この数年は顔を合わさなかったのに、それでも彼は笑里のピンチに現れてくれる。
笑里がギュッと唇を噛みしめると、目の前の瞳が戸惑いと憂いに揺れた。
大きな身体にシャープな顔、キリリとした眉に切れ長の目。見た目は少し厳(いか)つくて怖い武士のようだが、瞳の奥は優しさに溢れている。
その優しさに触れた笑里の心は、ようやく安堵の地を見つけた。
強ばっていた顔から力が抜けると、涙腺も緩んできてしまう。
もう一度、ギュッと唇を噛みしめたあと、淡々と心中を吐(と)露(ろ)する。
「今、彼氏に振られちゃった」
「……」
「私は、演技をしているんだって。俺のことを好きだって思い込んで無理しているだろうって……別れようって言われちゃったよ」
「住田」
「確かにさ。告白されたとき、彼のこと気になり始めたばかりだったのは本当だけど、段々好きになっていったんだよ」
「……うん」
「向こうから告白してきてさ。少しずつ好きになってくれればいい、友達から始めよう。俺は待っているって言ってくれたんだよ? それなのに、私の気持ちを勝手に解釈してさ、振るなんて……。横暴だと思わない?」
視界が滲(にじ)んでいく。ますます戸惑い始めた君塚の顔がぼやけてしまう。
そこで、ようやく自分が泣いていると気がついた。
グスグスと鼻を啜(すす)りながら、先ほど彼氏に電話で言われた内容を君塚に話す。
「私が、彼のことを好きなフリしているのを見ているのが辛いんだって。何もかも演技するなよって……」
確かに最初のうちは戸惑っていたかもしれない。だけど、今は穏やかな気持ちで彼に接していたのに……好きになり始めていたのに。
彼に自分の気持ちを告げたのだが、取り合ってもくれなかった。
何度も『無理をするな』って言うだけで……
実は最近、妙なことを耳にはしていた。彼が他のバイトの子と食事をしていたという目撃情報だ。
まさか彼に限って、そんなふうに考えていた笑里は、彼にそれを問うことはしなかった。
だが、彼にしてみたら疑ってこない笑里に業を煮やしたのだろう。
自分のことはやっぱり好きになってくれない、そんなふうに考えを纏(まと)めてしまったのかもしれない。
笑里はただ、彼を信頼していただけなのに……信じていただけなのに。
「フッ……ッ!」
声を出したら、ますます涙が止まらなくなってしまう。
ゴシゴシと涙を拭(ぬぐ)っていると、君塚が笑里の背中に手を当ててきた。
「行こう、住田」
ビックリして彼を見上げたのだが、返事はなく笑里の背中を押したまま足早にこの場を離れようとする。
どうしたのかと思っていると、ガヤガヤと声が聞こえ始めた。
声のした方向に視線を向けると、ホテルのロータリー辺りに人が溢(あふ)れかえり始めた。どうやら同窓会が終わったようだ。
君塚は駅とは反対方向へと笑里を促して、皆と顔を合わせないようにしてくれた。
二人で足早に歩いて行くと、人の声が聞こえなくなっていく。
誰も笑里の姿を見て声をかけてこなかったことに、心底安堵した。
駅とは反対方向に向かっているため、人の姿もまばらだ。
泣き顔を誰にも見られることもなく、ホッと胸を撫で下ろす。
少し歩いて行くと、そこには小さな公園が見えた。彼は、その公園へと足を向けて笑里を促す。
キョロキョロと公園を見回したが、誰もいなくて閑散としている。
笑里をベンチに座らせたあと、君塚は自動販売機で温かいココアを買ってくれた。
手渡されたココアは温かく、かじかんだ手にはありがたい。
指先を温めていると、君塚は缶コーヒーを開けて一口飲んだあとに呟く。
「そんな男、忘れろよ。住田」
「っ!」
デジャブ。笑里は君塚の言葉を聞いて、昔の記憶が戻ってくるのを感じた。
そう……昔。あれは、高校生の頃だっただろうか。
数年前。笑里は、先ほどの君塚と同じ言葉を彼に言ったはずだ。
目を見開く笑里に、君塚は真剣な面持ちで言う。
「住田には、もっといい男がいるはずだ。太(たい)鼓(こ)判(ばん)を押してやる」
「……めちゃくちゃモテる君塚くんに言ってもらえるのなら、そうなのかもね」
昔のことを思い出した笑里は、あえてあのときと同じ言葉を彼に返した。
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