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オオカミ皇帝は、巫女妻を喰らうように愛する 陛下、夜が激しすぎです、もうお許しください

すずね凜 / 著
敷城こなつ / イラスト
定価 1,320円(税込)
発売日 2020/03/27

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内容紹介

皇帝を幸せにできるのはお前だけだ
満月の夜、巫女見習いのペネロープがひとり水汲みをしていると、突然皇帝グレコワールに「運命の乙女を捕らえた」と抱きかかえられてしまう。水の場所で出会う女性が、神の決めた皇妃であると御神託を下されたのだった。抵抗するも「今宵、私の妻にする」と夫婦の儀式を進めるグレコワール。男女の交わりに無知なペネロープだったが、皇帝からの賛美に心乱される。熱い腕で灼けつくような深い悦楽を与えられ思考が蕩けるペネロープは、そのまま純潔を散らされて……。優しい眼差しに吸い込まれそうになるも、違い過ぎる立場に、素直な気持ちを伝えられなくて……不器用な二人の恋のゆくえは——!?恋に一途な若き皇帝陛下と神殿に仕える巫女見習いの溺愛

立ち読み

 序章


 初秋、オーロール皇国の空には、見事な満月が煌々(こうこう)と光り輝いていた。
 この国では、満月の光には神秘の力が宿るとされ、人々は特別な願いをこの日に祈ることが多かった。

 皇国の首都の東に位置する大神殿の一角に、皇帝のみが使用する禊(みそぎ)の間がある。
 今年二十四歳になる若き皇帝グレゴワールは、そこに籠って祈りを捧げていた。
 すらりとした長身、鍛え上げられた体(たい)躯(く)、艶やかな金髪が映える男らしい美貌、切れ長の黒曜石色の目は鋭く、形のいい唇は意志が強そうにきりりと結ばれている。
 皇室騎馬隊の隊長も務めるグレゴワールは、まだ皇太子時代、混乱時代の大陸において、各地の紛争をおさめるべく軍隊を率いて戦った。
 先陣を切って勇猛(ゆうもう)果敢(かかん)に剣を振るう姿は、草原を駆け巡る群狼の頭(かしら)のようで、人々は彼を「オオカミ皇太子」と渾名(あだな)した。
 大陸が平定され、病気で逝去した前皇帝の跡を継ぎ、グレゴワールは若干二十歳で皇位に就いた。しかし、その若さにも関わらず、彼は堂々と徳を持って国を統治した。
 冷静沈着でかつ行動力に優れた彼は「オオカミ皇太子」から「オオカミ皇帝」と、呼び慣らされるようになったのである。
 
 グレゴワールは神像の前に跪き、一心に祈っている様子だが、その知的な額にはかすかに憂いを帯びた皺が刻まれていた。
 先日グレゴワールは、大神殿の最高位のルイ教皇から神託を下された。
 曰く、満月の夜、水のある場所で出会う女性が、神の決められた未来の皇妃であると。
 大神殿は絶対的な権力を持った組織で、長(おさ)である教皇の言葉は皇帝家も従わせるほどであった。
 だが、柔軟で進歩的な考えを持ったグレゴワールは不満でならない。
 広大な大陸を統べるこの国で、権力が分散されることは好ましくない。その上に、大神殿の上位に位置する教皇や司祭たちは、長年の安定した権力にあぐらをかき、物欲や色欲に溺れている者も多かった。下される神託には、大神殿にとって有利で利益があるものが多い。
 そこにはもはや本来の神の意志は存在せず、薄汚れた権力者の思惑(おもわく)しかない。
 今回の皇妃選びの神託も、形骸化されたものだ。
 この神託に合わせて、すでに国内外から年頃の貴族の娘たちに白羽の矢が立たれ、次の満月の夜、皇城の中庭の噴水周りに、その娘たちが配置されることが決定されている。皇帝は、噴水へ赴き、そこにいる娘たちの中から、皇妃を選ぶのだ。
 歴代の皇帝は大神殿の意思に逆らえず、皇妃選びも神託のままに行(おこな)ってきた。
 賢明なグレゴワールにはわかっている。
 実際には、皇帝に選択の余地はないのだ。
 大神殿と繋がりの深い縁を持つ娘を選ぶよう、事前に示唆されるに違いない。歴代の皇妃の家系を見れば、教皇や司祭を親族に持つものばかりだ。
 このままでは、大神殿はますます権力を増大させ、皇帝家を意のままに操るようになるだろう。
 グレゴワールは祈りを終え、ゆっくりと立ち上がった。
 彼はかすかにため息をつく。
 若い頃から国を支え、政事(まつりごと)に一心に打ち込んできた。
 武力や政事に関する武勇伝は数知れないが、色恋沙汰とは無縁の人生を送っていた。清廉な性格のグレゴワールは、浮わついた目的で女性と付き合うことを意識的に避けてきた。
 だが彼は、胸の中で密かに、いつか甘い恋に落ちる女性と出会うことを望んでいたのだ。
 きっと、身も心も焦がすようにその女性に恋する時が来るだろうと、信じていた。
 それなのに、生涯の伴侶まで、政事的駆け引きで選ばねばならないのか。
 周囲はグレゴワールの性格を無骨で謹厳(きんげん)実直(じっちょく)だと認知しているが、実は彼はとてつもなくロマンチストな一面も持っている。その柔らかな感性を、皇帝であるが故に押し殺して生きてきただけなのだ。
 禊の間から出ると、入り口に待機していたカミーユ司教が深々と頭を下げる。
 カミーユはその聡明さと目から鼻へ抜けるような行動力で、まだ三十手前なのに高位司教の地位に就いていた。グレゴワールと同じ進歩的な思想の持ち主で、大神殿の権力が強まるのを憂(うれ)えている。そのため、グレゴワールは大神殿の中で唯一、カミーユ司教には信頼を置いているのだ。
「お疲れ様でございます。陛下。よい啓示がございましたか?」
 カミーユ司教の言葉に、グレゴワールは苦笑する。
「いや、どうも今夜の神はご機嫌が麗しくないようだ。神の声は聞こえず、私の気持ちは晴れないままだ」
 カミーユ司教は気遣わしげに眉を顰める。だが彼は、すぐに励ますように言った。
「陛下――真に正しい道を行く者には、必ずや正しい御神託が下されますとも」
「うん、ありがとう、カミーユ。私は少しこのあたりを散歩してから、皇城に戻る。警護のアランには、回廊にて待機するよう伝えてくれ」
「かしこまりました。明るい月夜ですが、足元にはお気をつけください」
「わかった」
 グレゴワールは、大神殿の奥庭に向かって、歩き出した。
 奥庭には綺麗な水が湧き出る泉がある。
 そのほとりまで行って、頭を休めよう。
 静かな月夜だ。
 虫の声も消え、あたりは清冽(せいれつ)な静けさに満ちていて、グレゴワールの気持ちを穏やかにさせた。
 と、その静謐(せいひつ)な空気を震わせて、かすかな歌声が流れてきた。
「こんな夜更けに、誰が歌っているのだ?」
 グレゴワールは耳を澄ました。
 鈴を振るような綺麗な歌声は、泉の方から聞こえてくる。
 グレゴワールは警戒しつつも、足早にそちらに向かった。
 彼は泉に近づくと、木陰からそっとうかがう。
 そこの水は大神殿の聖水にも使用されている。
 そのため、泉の東西南北には、守護神の女神像が四体建てられていた。
 西向きに立っている女神の彫像にもたれて、誰かが歌っていた。女性のようだ。大神殿に仕える巫女たちの一人だろうか。
「いつか 愛しいあなたが 私に会いに来るの」
 恋歌だ。
 大神殿の中で働く巫女たちは、生涯独身が義務づけられていて、色恋は無縁のはずだ。恋歌とは、不敬極まりないが、澄んだ歌声は叙情的で魂が震えるほど美しい。
「私は待っているの 運命の恋人が きっと現れるって
 その人は私だけを見つめ 私だけを愛してくれるわ」
 グレゴワールは目を伏せ、しばらくじっとその歌声に聞き惚れていた。
 ふっと、歌声が途切れる。 
 目を開くと、一瞬、月に雲がかかりあたりが闇に包まれ、視界が遮られた。
 グレゴワールは思わず身を乗り出した。
 次の瞬間、さっと雲が晴れた。
「あ――」
 声が漏れてしまった。
 月の光に照らされて、佇(たたず)んでいた女性の姿がくっきりと浮かび上がる。
 年の頃は十七、八歳か。砂金のような煙るブロンドがさらさらと風になびき、身体全体を覆う乳白色の巫女の服装をしているが、メリハリのあるすらりとした肢体の線は隠せない。透き通るように白い肌、女神の彫像よりなお整った小作りの美貌、憂いを含んだ緑の目。
 まるでこの世の者とも思えぬ美しさに、グレゴワールは息を飲んだ。
「誰っ?」
 人の気配を察知したのか、その乙女がこちらを振り返る。
 グレゴワールと視線がぴたりと合った。
 彼女のエメラルド色の瞳が見開かれる。
 二人は身じろぎもせずに見つめ合った。
 時間が止まったようだ。
 グレゴワールは、胸の奥が熱く震えるのを感じた。
 神託は正しかった。
 満月の夜、水のある場所で出会う乙女が運命の乙女。
 遂に出会ったのだ。
 ただ一人の、愛する人に――。



 第一章 神の遣わした乙女はオオカミに奪われる


「あら嫌だ、神殿の聖水盤が空っぽだわ」
 夜の祈りを終えた巫女たちの中で、一番年かさのエマ巫女長が、聖水盤のそばで甲高い声を上げた。
 一列になって神殿から宿舎へ戻ろうとしていた巫女たちが、一斉に足を止める。
「どなたが、今日の聖水係かしら?」
 太り肉(じし)のエマ巫女長が、じろりと列の後ろに並んでいる若い巫女見習いたちを睨んだ。
 七歳から十八歳までの巫女見習いの乙女たちは、身を竦(すく)める。
 最後尾にいたペネロープは顔を伏せて、息を詰めた。
「巫女長様、今日の聖水係はペネロープです」
 巫女見習いの列の先頭にいたマリーナが、さっと手を挙げて発言した。ペネロープはどきんと心臓が跳ね上がった。
 エマ巫女長の顔が険しくなる。
「まあ、またお前なの? ペネロープ!」
 ペネロープはうつむいたまま、反論しようとする。
「い、いえ……私は……」
「言い訳は聞きません。この後、すぐに聖なる泉まで聖水を汲みに行きなさい。ああついでに、聖水盤をもう一度綺麗に清めてね。では、残りの者は宿舎に戻って就寝です」
 ペネロープ一人を残し、列が動き始める。
 振り返った巫女見習いたちが、意地悪げにクスクス笑った。
 ペネロープは唇を噛み締め、屈辱感に耐えた。
 ほどなく巫女たちは神殿を立ち去り、がらんとした神殿の入り口広間に、ペネロープだけが残された。
「……仕方ないわ」
 ペネロープはため息をつき、神殿を出て物置きへ木桶を取りに行く。
 月の明るい晩だが、深夜に人(ひと)気(け)のない奥庭の泉へ行くのは心細かった。
 だが、エマ巫女長の命令を聞かないと、後でひどい罰を食うだろう。反省室に閉じ込められて、一日中お祈りを唱え、固いパンと水だけで何日も過ごすのは耐えられない。
 ペネロープは木桶を提(さ)げて、のろのろと奥庭の小(こ)径(みち)に向かった。
 彼女にはわかっていた。
 おそらく、マリーナを中心にした他の巫女見習いたちが、わざと聖水盤の水を抜いたのだ。ペネロープをおとしいれるために。
 巫女見習いの少女たちの中で、ペネロープばかりが虐(いじ)められる。
 理由もわかっている。
 巫女見習いの少女たちは、司教や司祭の家に生まれて、赤子の時に大神殿に送られ、そこで成長し巫女として一生神に仕えることが決められている。
 一方で、ペネロープは――。
 もともとは、由緒ある伯爵家の生まれだ。
 七歳までは、両親に愛情深く育てられた。
 だが、七歳の時に不慮の馬車事故で両親が死亡してしまったのだ。邪悪な親戚たちが、寄ってたかって両親の遺産を奪い取ってしまった。
 一人残されたペネロープを、金の力で大神殿の巫女見習いにねじ込んだ。巫女は死ぬまで独身で大神殿を出ることができない。だから、成長したペネロープが両親の遺産を取り戻しに来られないように、親戚たちが手を打ったのだ。
 生まれながらに巫女見習いとして育ってきた少女たちは、突然現れた外の世界を知っているペネロープに妬みと反感を隠せなかった。しかも、ペネロープは群を抜いて美しい少女だった。
 巫女見習いたちは、ペネロープをよそ者扱いし、なにかにつけて意地悪をするようになった。
 ペネロープはそれに耐えるしかない。
 大神殿以外に、どこにも行き場はないのだから。
 聖なる泉に辿り着き、ゴミなどが入らないように気をつけて木桶に水を汲んだ。
 虫の声もやみ、世界はしんしんと寝静まっている。
 ペネロープは東西南北に建てられている女神像のひとつの台座にもたれ、満月を仰ぎ見た。
 この国では、死者の魂は天に昇り、月にある永遠の極楽の世界へ行くとされている。
 こんな夜は、まだ両親が健在で幸福だった頃を思い出す。自分とよく似た風貌の優しい母は、寝る前に幼いペネロープを膝に乗せ、よく歌を歌ってくれた。
 童謡から恋歌まで、母はいろいろな歌を知っていた。
「お母様、お父様……会いたい……」
 ペネロープは孤独感に押し潰すされそうになり、思わず小声で覚えている歌の一節を口ずさむ。
「いつか 愛しいあなたが 私に会いに来るの」
 空気は澄み渡り、自分の歌声が月にいる両親のもとへ届くような気がした。
 ペネロープは月を見つめ、心を込めて歌い続けた。
「私は待っているの 運命の恋人が きっと現れるって
 その人は私だけを見つめ 私だけを愛してくれるわ」
 ふいに月が雲に隠れ、あたりが闇に包まれた。ペネロープは思わず口を閉じた。すぐに雲は晴れ、再び金色の月光が降り注ぐ。
 その刹那、
「あ――」
 艶めいた男性の声が、どこからか聞こえた。
 ペネロープはぎくりとして、声のする方をさっと見遣る。
「誰っ?」
 茂みの向こうに、長身の青年が立っていた。
 月の光に照らされ、綺麗に整えた金髪がきらきら輝き、切れ長の青い目と男らしい彫りの深い面立ちはこの世のものとも思えぬほど美しい。軍服風の濃い青い服装が、すらりとした肢体を際立たせている。まるで神話の中の月の神が降臨したようで、ペネロープは息を詰めてその青年を見つめていた。
 心臓がドキドキ早鐘(はやがね)を打ち、全身の血が熱くなる。
 なぜか、胸がぎゅっと締めつけられるようなせつない気持ちになる。
 青年は瞬きもせず、まっすぐこちらを凝視している。
 ペネロープは、その視線に囚われたように身動きできなかった。
 突然、青年がこちらに近づいてきた。
 ペネロープははっとして、後ずさりしようとした。
 それより早く、青年は目の前に立ち塞がった。彼が口を開く。
「お前か?」
 響きのいいバリトンの声が、背中をぞくぞく震わせる。
「お前が、神の遣わした乙女か?」
「え……?」
 青年の言っている意味がわからず、ペネロープはその場に立ち尽くした。
 すうっと青年の手が伸ばされ、ペネロープの頬に触れてきた。節高な男らしい指の感触に、肌が粟(あわ)立った。だが、神に仕える巫女見習いが、異性と触れ合うことは禁じられている。
 ペネロープは我に返って、背中を向けてその場から立ち去ろうとした。
「し、失礼します」
 しかし、むずと手首を掴まれてしまう。
「待て」
「きゃっ……」
 強い力で引き戻されて、青年の広い胸に倒れ込みそうになった。
 たくましい腕が、さっとペネロープの腰を抱える。
 かと思った直後、ふわりと身体が宙に浮いた。
「あ――?」
 一瞬、何が起こったのかわからなかった。
 青年に横抱きにされていた。
 間近に彼の端整な顔があり、ペネロープは動揺して目を見開く。
 青年はわずかに目を眇(すが)め、口元に笑みを浮かべた。
「私は運命の乙女を捕らえた」
 笑うと少し冷たいくらいの美貌が柔らかくなって、息が止まりそうなほど見惚れてしまう。
 青年は軽々とペネロープを抱きかかえたまま、歩き出した。
 ペネロープはやっと正気に戻り、青年の腕の中で身悶えて逃れようとした。
「離して、離してくださいっ。何をするのっ」
 青年はわずかに腕に力を込めただけで、ペネロープの抵抗をふさいでしまう。彼はこともなげに言った。
「知れたこと。お前を皇城に連れていく」
「こ、皇城……?」
「私の城だ」
「!?」
 ペネロープはびくりと身が引き攣った。
 もしかしたら、この青年の正体は――?
「あ、あなた様は、どなた?」
 青年は大股で奥庭を抜け、皇城へ続く小径に向かっている。
 彼はふっとため息で笑う。
「さすがは深窓の巫女だ。私を知らぬのか」
 芳(かぐわ)しい青年の息が頬を擽(くすぐ)り、ペネロープは動揺して声を失う。
「私の名はグレゴワール=フィリペ七世だ」
 ペネロープは衝撃で目(め)眩(まい)がした。
「こ、皇帝陛下……!?」
「その通りだ。今宵、神託を受け、神殿で祈りを捧げていた――そこでお前に出会った」
「わ、私は……」
「神託は下った――満月の夜、水のある場所で出会う乙女が、私の生涯の連れ合いであると」
「つ、れあい……?」
 グレゴワールがうなずく。
「その通り。神託のまま、今宵、お前を私の妻にする」
「っ!?」
 ペネロープにはなにがなんだか理解ができなかった。
 ただ、皇帝が自分を大神殿から攫おうとしているのだとはわかった。
 身の危険を感じたが、相手が皇帝では無下に抵抗するわけにもいかない。
 声を震わせ、懇願した。
「後生です。陛下、わ、私は一介の巫女見習いです。そ、その……生涯を神に捧げて生きることを課せられております。どうか、ご無体はおやめください。どうか――」
「これが神の意志だ」
 グレゴワールはぴしゃりと言葉を切る。
「もう私は決めた。お前だ」
「……」
「娘、名はなんという?」
「ペ、ペネロープ・バイイ……でございます」
 グレゴワールはまっすぐペネロープを見据え、きっぱりと言った。
「ではペネロープ、お前が私の妻だ」
「……」
 もはや声も出なかった。
 ペネロープは茫然自失のまま、グレゴワールに抱かれて皇城に連れ去られてしまったのである。

 大神殿から皇城へ向かう回廊の途中で、巨大な体躯の騎士が一人待ち受けていた。
 刈り込んだ黒髪に鋭い黒い瞳、日に焼けた無骨な風貌とがっちりした身体つきだ。
「アランか。待たせたな」
 グレゴワールが声をかけると、アランと呼ばれたその騎士は、さっとその場に跪いた。
「いえ。陛下――その娘は?」
「神託で、妻となる娘を見つけたのだ――只今から、夫婦の儀式を行う。お前は私の部屋の前を警護せよ。ことが済むまで、誰も入れてはならぬ」
 グレゴワールの言葉に、アランはちらりともの問いたげに顔を上げたが、すぐに落ち着いた態度で答えた。
「御意」
「夫婦の儀式」と聞いて、ペネロープは気が遠くなりそうだった。
 巫女見習いとして生きてきた彼女は、男女の交わりについてはまったくの無知だった。
 七歳までは普通の伯爵令嬢として育ったペネロープの胸の奥には、淡い初恋の思い出が秘められてはいたが、男女の性のことは想像もつかなかった。
 恐怖と混乱で呆然としているうちに、皇城の中へ入ってしまう。
 神殿は平屋で広大な建物だが、皇城は吹き抜けのドーム型の天井がはるか頭上にあり、上へ上へと伸びている高い建物のようだ。
 堅牢(けんろう)な石造りで、天井から下がるシャンデリアはすべて金張り、床はアイボリーと茶色の市松模様のタイルが敷かれ、壁には美しいタペストリーが無数に飾られている。広い廊下には大理石の彫像や東洋の壺などがあちこちに置かれていて、ため息が出るほど豪華絢爛(けんらん)だ。
「陛下、他の護衛兵に知られぬよう、こちらの陛下専用の階段をお使いください」
 先導していたアランが、小声で壁画の一部を押した。すると、壁の一部がくるりと裏返り、奥に螺旋(らせん)階段がある。天窓から月明かりが射(さ)して、中がぼんやりと見えた。
 やはり皇帝の地位にいれば、身の危険に遭うことも多いのだろう。だからこのように、隠し扉などが設けられているのか。
「うん、アラン、さすがにお前は気が回るな」
 グレゴワールは満足げに言って、隠し扉の中へ入った。後から入ったアランは扉をピタリと締め、すばやく腰に下げたランタンに、火打石で灯りを入れる。彼はランタンを掲げ、螺旋階段を先に上った。
「陛下、足元にお気をつけを」
「なに、子どもの頃から使っているんだ。目を閉じても上れるさ」
 グレゴワールは軽快に、螺旋階段を上っていく。心なしか、彼の足取りは弾んでいるようにも思えた。
 一方で、ペネロープは恐怖でがたがたと小刻みに震えていた。
 世間から隔絶された大神殿の中であっても、「オオカミ皇帝」の噂は知れ渡っていた。
 血気盛んで勇猛果敢、かつ冷酷で正義に反する者には容赦なく鉄拳制裁を行うらしい、と。
 だからペネロープは、グレゴワールのことを野性的で粗暴な風貌だと想像していた。出会ってみると、彼はどちらかと言えば知的で繊細な容姿をしていたが、ペネロープを有無を言わさず攫ってきたやり方を見ると、やはり噂通りの恐ろしい人物なのだ。
 おそらく、目の前に突然現れたペネロープを、淫らな欲望の対象として捕らえたのだろう。
 権力者は色を好むと聞いている。
 歴代の皇帝は、正妃の他にも無数の側室を囲っていたという。
 だからグレゴワールも、ペネロープを数多いるだろう愛人の一人に付け加えたいに違いない。
(こんなことになるなんて……)
 巫女は生涯無垢であることを義務づけられている。もし、グレゴワールに汚されたら、もう二度と大神殿には戻れない。巫女として生きたいと心から願ったことはないが、皇帝の慰み者として生きることも、自分の意ではない。
 運命に見捨てられた気がした。なんという哀(かな)しい人生だろう。
 ペネロープは目を閉じ、グレゴワールの腕の中で両手で顔を覆った。頭の中がぐるぐる回って、もうなにも考えられない。
 その直後、ふうっと意識が遠のいてしまった。

 あれは、ペネロープの両親が健在で、愛に包まれ未来には希望しかなかった七歳の頃だ。
 週末の休息日は、昼前に両親と連れ立って、街の神殿を訪れ、礼拝に参加するのが習わしだった。よそゆきのドレスでちょっとだけおめかしをし、礼拝の後には、街のカフェでふわふわのパンケーキを食べるのが、幼いペネロープの楽しみのひとつだった。
 その日は新年が明けて最初の休息日だった。神殿の礼拝所で祈りを捧げ、司祭様に年頭の挨拶をしに行く両親を、神殿の隅の聖水盤の横で待っていることにした。
 大きな円盤状の聖水盤は、大理石の太い円柱で支えられている。
 聖水盤に近づいていくと、その陰に隠れるようにして、背中を震わせている一人の少年がいた。
 着ているものは極上の天鵞絨(ビロード)で、身分の高い貴族にしか許されていない深紫色だ。どこかの公爵家の息子だろうか。その少年は、右腕を顔に押しつけて声を押し殺して泣いていた。
 心優しいペネロープは、その悲痛な姿に胸が痛んだ。
 手提げからハンカチを取り出し、足音を忍ばせて少年に歩み寄った。
「あの……あなた」
 声をかけると、少年はびくりと身を竦め、こちらを振り返った。
 直後、ペネロープは心臓が跳ね上がった。
 十四歳くらいか。さらさらした黒髪、澄んだ青い目、天使のような美しい美貌の少年だ。泣いていたせいか、形のいい鼻のあたりが赤く染まっている。
「お前は、誰だ?」
 少年は警戒するような表情で、じっとペネロープを見た。声変わりし始めの低めの声だ。少し尊大な口調に、やはり身分の高い貴族の子息だとわかる。でも、泣きべその顔と偉そうな言葉遣いがちぐはぐで、いとけなくて可愛らしい。
 ペネロープは柔らかく微笑んで、ハンカチを差し出した。
「これで、顔を拭いて」
 少年はまじまじとハンカチを見つめていたが、やがて遠慮がちに手を差し出した。
「ありがとう」
 彼は小声で礼を言い、ハンカチでごしごしと顔を拭いた。涙でぐしょぐしょだった顔がすっきりして、ますます美少年ぶりが際立った。
 ペネロープは脈動が速まり、頬が熱くなる。
「ううん。なにか、悲しいことがあったのね」
 少年は首を横に振る。
「悲しいことなんか、なにもない」
「嘘、さっきまでしくしく泣いていたわ」
 少年の耳が、真っ赤になる。
「ちょ、ちょっと涙ぐんだだけだっ」
 ペネロープはむきになって言い募る少年の姿が、なぜかとても愛おしく胸に響いた。先ほど、礼拝で司祭様が話してくれた言葉を思い出す。
「神様は、いつでも私たちの苦しみや悲しみをわかっていて、天から救いを差し伸べてくださると聞いたわ。だから、泣きたい時には泣いてもいいと思うの」
 少年がひどく心打たれたような表情になる。
「――泣いても、いいのだろうか?」
 ペネロープはこくんとする。
「ええ、きっと」
 少年の口元に笑みが浮かんだ。ペネロープはその笑顔に息が止まりそうなほど、魅了されてしまう。
「ハンカチ、返すよ」
 少年が差し出すハンカチを、ペネロープは手で押し返す。
「それ、あげる。また涙ぐんだら、それで拭いてね」
 少年は素直に手を引っ込めた。
「うん、ありがとう」
 二人はにっこりして、しばらく見つめ合っていた。ペネロープは心臓がさらにドキドキして、なにか言いたいのに言葉が思い浮かばない。
 と、少年の背後から一人の背の高い騎士が音もなく現れ、小声で声をかけてきた。
「そろそろ――参りましょう」
 少年は、ハッとしたように居住まいを正した。彼は素早くハンカチを上着のポケットに押し込めた。
「わかった」
 少年はその騎士とともに、くるりと背を向けた。
「あ……」
 ペネロープは思わず呼び止めようとしたが、騎士がちらりと振り返り、厳しい眼差しを送ったので、声を呑んでしまう。だが、なにか一(ひと)言でも――。
「泣いて、いいのよ」
 やっとそれだけ告げると、少年の背中がわずかに強張り、ペネロープの声が届いたことがわかった。
 少年はそのまま歩き去ってしまった。
「……」
 ペネロープは自分の小さな胸に手を置き、まだ動悸がおさまらないのを感じていた。
 名前くらい聞けばよかった。
 来週の安息日にも、あの黒髪の少年はここに泣きに来るだろうか。
 きゅん、とペネロープの心が甘く疼(うず)いた。
 また会いたい。
 そう強く願った。
 翌週から、安息日の礼拝を、ペネロープは心待ちにしていた。
 礼拝が終わると、こっそりと聖水盤のあたりで立ち止まり、少年がいないかと期待した。
 けれど――その後、少年に会えることはないままだった。
 ほどなく両親が事故死し、幼いペネロープは親族の遺産争いに巻き込まれ、大神殿へ巫女見習いとして追いやられた。
 永遠に、あの少年に再会できる機会は失われたのだ。
 だから、ペネロープは胸の奥底に、少年への淡い想いを大事にしまい込んでいた。
 最初で最後の恋のときめきと喜び――一生の宝物。

「――ペネロープ、ペネロープ」
 そっと揺り起こされ、水底から浮かび上がるようにゆっくり意識が戻ってきた。
 瞼をそっと開けると、一瞬、初恋の黒髪の少年が覗き込んでいるのかと勘違いしたが、輝く金髪を目にして、相手がグレゴワールであると気がつく。
「あ……」
 ペネロープは大きな寝台の上に横たわっていた。
 四柱式の天蓋付きの立派な寝台だ。
 もしかしたら今までのことは、満月が見せた幻惑かと思ったが、やはり現実だったのだ。
 グレゴワールの大きな手が、そっと額を撫でた。
「さすがにショックを与えてしまったか。すまない――どこか痛めたりはしてないか?」
 思いもかけない優しい言葉に、ペネロープは胸がじわりと熱くなるのを感じた。もしかしたら、自分を強引に攫ってきたのは、なにか深い事情があるのかもしれない、と淡い期待を持ってしまう。
「いいえ――お心遣い感謝します」
 ペネロープはゆっくりと身を起こし、そっと部屋の中を見回した。
 広い寝室は、大きな大理石の暖炉に火が赤々と燃えて、心地よい暖かさだ。
 高い窓には厚い無地のゴブラン織りのカーテンがぴったりと張られていた。寝室の中は、飾り気のないソファと小さな雪花石膏(アラバスター)の丸テーブルがあるだけだ。幾何学的な蔓(つる)模様を浮き彫りにした壁には、淡い色調で描かれた夕暮れの森の風景画が一枚飾られているのみ。皇城内のこれでもかというほどの豪華さとはまるで違う、簡素で落ち着いた雰囲気だ。
 もしかしたら、こういう内装がグレゴワールの好みなのかもしれない。
 寝室の中には、かすかに甘い南国の花のような香りが漂っている。
 物珍しげにあたりを見回していると、グレゴワールがおもむろに立ち上がって、丸テーブルまで歩いていく。彼は踵(かかと)までの長さの締めつけのない白い夜着を纏(まと)っていて、古代神話の神のように気品ある佇まいだ。
 グレゴワールは丸テーブルの上に載っていた白鳥の形の香炉を手にして、戻ってきた。濃厚な甘い香りが鼻を突く。
 南国の花の香りの元は、この香炉だったのだ。
 グレゴワールは、その香炉を寝台のヘッドテーブルへ載せた。その隣に、琥珀色の液体の入った小さなガラス瓶を置いた。追加の香料だろうか。
 再びベッドの端に腰を下ろすと、グレゴワールは長身を屈めるようにして、ペネロープの顔を覗き込んできた。あまりに近くに美麗な顔があるので、ペネロープは思わず息を詰めてしまう。
「ペネロープ、今宵からお前は私の妻だ」
「っ――」 
 甘い期待をした自分が愚かだった。グレゴワールはやはり自分を抱くつもりなのだ。
「ど、どうして……私みたいな、一介の巫女見習いなどを……」
 声が震える。
 グレゴワールは、熱を孕んだ危険な眼差しで見据えてくる。
「お前が神の遣わした運命の乙女だからだ」
「神が……?」
「そうだ。神は満月の夜、水のある場所で出会う運命の乙女が、私の妻になると予言した。そして、お前に出会った――これは神の御意志で、運命なのだ。お前は神に仕えるのだろう? では、神の御意志に従うのだ」
 ペネロープは神や皇帝の意思に逆らう恐怖に、必死で抗った。
「私が陛下のお気に召すなどとは、到底思えません――ですから、どうか……」
「ひと目で魅了された」
「――」
「ひと目で、お前に恋した」
 あまりに臆面もなく言われ、ペネロープは呆然としてしまう。
 そんなことはあるはずない。
 大国を統べる皇帝が、爪弾きにされている平凡な巫女見習いの自分に恋するなど、あり得ないと思った。しどろもどろで言い返す。
「そ、そんな……陛下は、御神託のせいで、そのように思い込みたいのです。私は身分も財産も持たないしがない巫女見習いです。陛下のお眼鏡にかなうはずがありません」
 グレゴワールがぐぐっと顔を寄せてきた。
「お前は、己のことを知らないのか?」
 ペネロープは思わず尻をついたまま、後ずさった。
 グレゴワールの長い指が、そろりと頬に触れてきた。その瞬間、ずきんと下腹部の奥が甘苦しく疼いたような気がした。
「真っ白い透き通る肌」
 そろそろと指が鼻先を撫で、唇を辿る。
「完璧な鼻筋、形のいい赤い唇。そして」
 指が睫毛に触れ、瞼を撫でる。その感触だけで、ぞくぞく背中が震える。
「どんな宝石よりも美しい緑の瞳――」
 グレゴワールの手が、ペネロープの腰まである艶やかなアッシュブロンドの髪をゆっくりと梳き流した。
「砂金のような煙る金色の髪。そして、声は揚(あげ)雲雀(ひばり)のように澄んで、なにもかも、私の心を震わせる」
「……」
 ペネロープは強い酒でも飲んだように、頭がクラクラしてくる。
 異性に、いや誰にも、このように手放しで賛美されたことなどない。
 両親だけは深く愛してくれたが、彼らの死後は、いつも罵られ揶揄され嘲笑われてきた。
 自分で自分を好きになれず、毎日うつむいてびくびく生きてきた。
 それなのに――この美麗な若き皇帝は、ペネロープに恋していると口にして憚(はばか)らない。
 これが夢でなくて、なんであろうか。
 心臓がドキドキ早鐘を打つ。
 ペネロープも心乱されている。
 月明かりの中で、完璧な彫像のように立っていたグレゴワールをひと目見た時から、心が甘くざわついて苦しい。
 その上に、臆面もなく過分な賛美を受け、恋をささやかれている。
 気持ちが蕩けてしまう。
 けれど、こんな気持ちは不敬だ。自分は神にすべてを捧げる身なのだ。
 だが、若く美しい権力者が迫ってきて、拒める乙女などいないだろう。
 それにしても。
 グレゴワールが本気であるかはわからない。
 御神託がほんとうなら、グレゴワールは神の意志通りに行動しようとして、このような甘い口説き文句を並べているのかもしれない。
 きっと、数多の女性を相手にしてきただろうグレゴワールの手管なら、初心で純情なペネロープを凋落(ちょうらく)することなど、赤子の手を捻るより容易いだろう。
 ペネロープは力なく首を横に振る。
「私は、神にこの身を捧げると誓いました――ですから」
「私が今宵、お前の神以上の存在になる」
 グレゴワールはきっぱりと言い切ると、ぐぐっと身を寄せてきた。
 噎(む)せるような花の香りが強くなった気がした。頭がぼうっと酩酊してくる。
 必死で言葉を紡ぐ。
「わ、私は、陛下のことを、なにも知りません……だから、どうか……」
「これから、深く知り合うのだ」
 グレゴワールはペネロープの訴えを一蹴し、それ以上口を開かせまいとしてか、強引に唇を奪ってきた。
「んんっ……!」
 ペネロープにとって、異性からの初めての口づけだった。
 驚きにエメラルド色の瞳を見開いた。
 グレゴワールの濡れた熱い舌が、性急にペネロープの紅い唇を割り開いてくる。
「ふ、あ、んぅっ」
 ぬるりと肉厚の男の舌が口腔に押し入ってきて、ペネロープは必死で顔を振りほどこうとした。だが、それより早くグレゴワールの大きな手が後頭部を抱え、がっちりと固定してしまう。
 そのままグレゴワールの舌は口腔を探り、怯えて縮こまるペネロープの舌を捕らえてくる。息が詰まり、気が遠くなる。
「や……ぁ、んんんっ、んぅ」
 震える舌を搦め捕られ、ちゅうっと強く吸い上げられた。
 刹那、身震いするほどの甘い快感がうなじのあたりから腰骨に向かって走った。
 生まれて初めて知る官能の悦びは、あまりに心地よく、溺れそうになる。
 いけない――ペネロープは薄れる理性を振り絞って、抵抗しようとした。
「……は、ふぁ、んん、んんっ」
 くぐもった悲鳴を上げるが、くちゅくちゅと卑猥な音を立てて舌を擦られると、媚悦に肌がざわめき、力が抜けていく。
 抵抗が弱まったと知ると、グレゴワールは顔の角度を変えては、執拗にペネロープの舌を貪り味わう。嚥下し切れない唾液が口の端から溢れ、白い喉元まで濡らしていく。
「……い、やぁ……ぁ、あぁ……」
 舌の付け根まで吸い上げられ、甘噛みされると、下腹部の奥がざわめき、なにかに追い立てられるようなせつなさが膨れ上がってくる。淫らな欲望が生まれてくるのを遣り過ごそうと、腰をもじもじとくねらせるが、いっそう身体は熱く燃え上がる。
 頬を擽るグレゴワールの乱れた呼吸の感触にすら、ぞくぞく感じ入ってしまう。全身が弛緩し、身動きもできなくなる。
 もはやなすすべもなく、ペネロープはグレゴワールの思うままに口腔を蹂躙(じゅうりん)された。
 気が遠くなるような長い時間、深い口づけを仕掛けられた。
 漸(ようよ)う唇を離したグレゴワールは、満足げにため息を漏らし、ぐったりしたペネロープの身体を抱きしめた。
「――頬が薔薇色に染まり、瞳が蠱(こ)惑(わく)的に潤んでいる。――感じてしまったか?」
 ペネロープの火照った頬や汗ばんだ額に唇を何度も押しつけながら、グレゴワールが色っぽい表情で見つめてくる。
 その艶(あで)やかな青い目に見据えられると、下腹部の奥のざわめきがさらに大きくなり、媚(び)肉(にく)がきゅんと甘く締まるのがわかった。
「か、感じて、など……」
 息も絶え絶えで答えると、ふいにグレゴワールの手がふっくらしたペネロープの胸元をまさぐってきた。
「あ、きゃ……っ」
 男らしい大きな手が、ゆっくりと乳房を揉みしだく。
「やめ……触らないで……あ、ぁっ」
 ゆったりしたチュニックの上から探り当てられた乳首を、グレゴワールの指が撫で回すと、痺れるような快感がそこから下肢に走り、腰がびくりと浮いた。
「お前の胸の蕾は、もうすっかり硬く勃ち上がっている」
 グレゴワールは耳元で艶めいた声でささやき、服を押し上げて、尖ってきた乳首をきゅっと摘み上げた。
「は、あっぁ」
 ぞくりとした刺激が身体の中心を駆け抜け、下腹部の奥がいたたまれないほど疼いた。
「可愛い小さな蕾だ――とても感じやすいな」
 グレゴワールは左右の乳首を交互に撫で回し、捻り上げ、緩急をつけて刺激してくる。
「だめ、やめて……やめて、ください……ぁ、んん……」
 弱々しく首を振るが、下腹部のざわめきはますます強くなり、それを遣り過ごそうと太腿を擦り合わせるが、それはさらに快感を増幅させるだけだった。
「欲しくなってきたか? 私が、欲しいだろう?」
 色っぽいバリトンの声が耳(じ)孔(こう)に吹き込まれると、それだけできゅんと膣奥が感じ入って、気持ちいいのになにかに追い立てられるような感覚が膨れ上がってくる。
「ちが……あぁ、あ、どうして……? あぁ、こんなの……」
 今まで一度も異性に触れられたことがないのに、なぜこんなにも淫らに感じ入り乱れてしまうのか。
 あまりにあっさりと理性が瓦解しそうで、ペネロープは涙目でグレゴワールを見つめて声を振り絞る。
「だめ……です、これ以上……私……私は……」


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