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はねっかえり令嬢は初恋の王子様と結ばれたい!

水城のあ / 著
みずきたつ / イラスト
定価 1,320円(税込)
発売日 2021/03/26

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内容紹介

もう僕から逃げられないよ。
社交界の花と噂される侯爵令嬢のクラリッサは、子どもの頃から淑女として扱ってくれた第二王子エルマーに淡い恋心を抱いていた。しかし社交界に出てみれば、彼は毎回違う女性を侍らせるとんだ放蕩者。クラリッサのことは眼中にないという態度に打ちのめされたが――。「君の婚約相手とは誰なんだい?」普段飄々としているエルマーから、感情あらわに突然唇を奪われる。深く埋められた楔で繋ぎとめられ、情感的な快楽からもう逃れられない…。さらに国政に関わる秘密を彼と共有することとなって!? 秘密の恋人の情愛ラブ。

立ち読み



 天井に輝くシャンデリアが目(ま)映(ばゆ)い光を放つ中、ダンスフロアでは宮廷楽士たちの奏でる華やかなメロディに合わせてたくさんの男女が踊っている。
 色とりどりのドレスの中でも人目を惹くのはやはり今年社交界にデビューした娘たちで、眩(まぶ)しいほど純白のドレスがその目印だ。その中でもほぼどの曲にも新たなパートナーと参加している娘がおり、その美しさは女性たちの中で際立っていた。
 小柄でほっそりとした身体つきだけ見ればまだ少女のようだが、引き締まったウエストラインのわりに大きく開いた襟ぐりからわずかに覗(のぞ)く胸元は肉感的だ。
 大粒の真珠が巻きついた首筋やふんわりと膨らんだパフスリーブの下から伸びた腕は、男の手にかかれば簡単に手折(たお)られてしまいそうなほど華(きゃ)奢(しゃ)だった。
 艶やかな金の巻き毛にガラス玉のような透明感のある緑の瞳は愛らしく、キュッと吊り上がった口角のおかげで、唇はいつも笑みが浮かんでいるような美しいカーブを描いている。
 ターンするたびにスカートの裾がふわりと広がる様は、そこに一輪の可憐な花が舞うようで、ダンスのパートナーはもちろん、舞踏室にいる人々の目がその娘の姿に釘(くぎ)付(づ)けになってしまう。
 娘の名前はクラリッサ・ハイネン、十七歳。先日社交界にデビューしたばかりのエクハルト侯爵家の次女だった。
 彼女には二年前王太子妃となった三歳年上の姉がいる。姉妹にはさらに兄がひとりいたが幼いときに他界しており、現在はクラリッサがエクハルト侯爵家唯一の跡継ぎで、王太子夫婦の後ろ盾を持つ社交界で最も注目されている令嬢だった。
 ハイネン家は代々エクハルト領という広大な土地を管理する一族で、山岳地帯に近いそこでは羊毛が盛んなことから、良質な織物を産出することで知られている。
 後継者と言っても、クラリッサの務めは広大なエクハルト領を切り回してくれる夫を見つけることと次代のハイネン家の跡継ぎを産むことで、実際に采配をふるわけではない。
 社交界でのもっぱらの噂(うわさ)は、美しいクラリッサ嬢の心を射止めるのは誰かということだった。
 見目形が麗しいのはもちろんだが、クラリッサを射止めれば侯爵位に豊かなエクハルト領、そして王太子夫妻の後ろ盾を手に入れることができるのだ。
 音楽会や舞踏会に出るたびにそんな人々の好奇の視線を浴び続けているクラリッサは、内心うんざりしている気持ちを巧みに笑顔の下に隠していた。
 裕福なハイネン家に生まれたおかげでなに不自由なく育ってきたクラリッサは、兄や姉に代わって領地に残るのを当然のこととして受け入れていた。
 もちろん、年頃の娘だから恋に憧れはある。クラリッサがなにより愛しているのは恋愛小説で、王子様や騎士に見初められ、幸せに暮らすお姫様になるのが子どもの頃からの夢だったからだ。
 しかし同時に夢は夢で、そんな奇跡は稀(まれ)にしか起こらないことも知っていた。そしてその奇跡は誰よりも美しい姉にこそ相応(ふさわ)しく、彼女だからこそ王太子レオナルトの心を射止めることができたのだ。
 クラリッサは一時期美しいともてはやされる姉を真似て努力したこともあったが、すぐにそれは無駄だと諦めた。緑柱玉のような濃い緑の瞳や透き通るような白い肌、冴(さ)え渡る美貌と称される姉にはどんなに頑張っても敵(かな)わないと気づいたからだ。
 そしていつからか、姉が唯一苦手としている社交の分野で誰より明るく振る舞うことがくせになっていた。
 甘やかされた末っ子らしく明るく元気に振る舞えばみんなが可愛がってくれるし、完璧な姉と比べられることもない。
 我ながらあざといと思うが、ニコニコと無邪気にしていれば大抵のことは乗り越えられる。それが完璧な姉を持つクラリッサの処世術だった。
 この処世術の唯一の欠点は愛想の良さを売りにしているせいで、興味のない男性相手でも簡単につれない態度ができないことだった。
 今夜も断り切れずに次から次へとパートナー希望者が押し寄せ、休む間もなくフロアへと連れだされて、いい加減ダンスにも疲れていた。
 足も痛いし、なんとかして姉の元へ戻れないだろうか。クラリッサが思案し始めたところで、タイミングよく楽士が終わりのメロディを奏でた。
 次のパートナーに捕まる前に人混みに紛れてしまおうか。クラリッサがそんなことを考えていた矢先、たった今踊っていた男性が上擦った声で口を開いた。
「クラリッサ嬢、このあと庭でも」
 クラリッサは男性が言おうとしていることに気づいて、早口でそれを遮った。
「ああ、楽しかった! でもすっかり疲れてしまったわ」
 そう言いながら給仕が運んでいたトレーの上からパンチのグラスをひとつ取った。男もクラリッサに倣(なら)ってグラスを手にする。
 ダンスの相手フランツはラング伯爵の次男で、舞踏会では必ずクラリッサにダンスを申し込んでくる顔ぶれのひとりだ。父に言わせればラング伯爵家は借金もないし、すでに長男に代替わりをしているので親が結婚にうるさく口出しをすることもない。なによりフランツ本人にギャンブルや酒などの悪い噂がなく穏やかな性格なのも、義理の息子として御しやすく相応しいと考えているらしい。
 しかし社交界デビュー前から王太子レオナルトやその弟エルマーといった地位の高い一流の男性たちと交流のあるクラリッサには、フランツがこちらの顔色ばかり窺(うかが)う、話の面白くない愚鈍な男に見えてしまう。
 どうやら庭に誘い出すつもりらしいが、その手の誘いを断るのならこちらの方が上手だ。言葉を遮られ口を噤(つぐ)んでしまった男に向かって、クラリッサはニッコリ微(ほほ)笑(え)んで小首を傾(かし)げてみせた。
「フランツ様のおかげでとても楽しく過ごすことができましたわ。ありがとうございます。私、次のダンスに誘われる前に少し休みたいのですが、姉のところまでエスコートしてくださいますか?」
 がっかりしたのかフランツの顔がわずかに曇ったが、それは想定内だ。クラリッサはその顔色に気づかないふりをして、可愛らしく小首を傾げ強請(ねだ)るように男を見上げた。
「ほら、トレンメル卿が近付いてきたわ。お願いです、助けてくださいな。本当にくたくたですの」
 男は縋(すが)るような眼(まな)差(ざ)しに庇(ひ)護(ご)欲をかき立てられたのか、こちらに向かって歩いてくる男からクラリッサを庇うように身体の向きを変えた。
「喜んで。僕があなたをお守りしましょう」
 心なしか声に張りがあるのは彼の騎士道精神の表れなのか、それともクラリッサを送り届ければ少なからず彼女の結婚に発言権のある王太子夫妻に顔を売ることができるからかはわからないが、他の男性にダンスフロアへと引っぱり出されることなく姉の元にたどり着くことができた。
「お姉様」
 クラリッサの声に、夫と話をしていた王太子妃フロレンティーナはその顔をパッと輝かせた。
 半年前に王女を出産したばかりだというのに、やつれた様子どころか日々輝きを増していくフロレンティーナの笑顔は、大輪の薔薇(ばら)が咲き誇るように美しい。
「クラリッサ。やっと戻ってきたのね。ちょうど殿下にあなたを探しにいってもらおうと思っていたのよ」
 フロレンティーナはクラリッサの手を握りしめてホッと溜(ため)息(いき)を漏らした。
 姉はとにかく真面目で心配性だ。軽口も本気に捉えてしまうし、なによりクラリッサのことを溺愛していて、彼女のためなら王太子にすら妹を探す使いを頼む始末だ。
「休む間もなくダンスに誘われて困っていたら、フランツ様がここまで連れてきてくださったの」
「ラング伯爵のご子息でしたわね。妹がお世話をかけました」
 フロレンティーナが優雅に微笑みかけると、フランツの顔がたちまち赤くなる。見慣れているクラリッサでさえドキリとするぐらい美しい笑みなのだから、男性なら見蕩(みと)れてしまうのは当然だった。
「い、いえ……そんな」
 姉の美しさに男性がしどろもどろになるのもいつものことだ。フロレンティーナは昔から美しい人だったが、王太子妃となってさらにそれが増したように思える。
 以前よりも社交的になったし、レオナルトに愛され大切にされて幸せなことが、彼女をさらに輝かせているのだろう。
 クラリッサがそんなことを考えながら姉を見つめていると、不機嫌な声が割って入る。ずっと姉に寄り添っていたレオナルトで、その顔は端(はた)で見てもわかるほど不機嫌に歪(ゆが)められていた。
「ご苦労だった。義妹のことなら心配いらない。あとは俺が面倒を見るから行ってかまわないぞ」
 さっさと消え失せろ――もちろんそんなことは口にしていないが、空気からはビンビンその気配が伝わってくる。要するにフランツがフロレンティーナに見蕩れているのが許せないのだ。
 その不穏な空気とレオナルトの眼光に追い払われ、フランツは早口で挨拶をするとそそくさとその場をあとにした。
「まったく」
 フランツの姿が人混みに消えると、レオナルトが呆れたように溜息をついた。
「あの男を体(てい)よく追い払うためにわざとここまでエスコートさせたのだろう? 俺がティナのそばに男が近付くのを嫌がることを利用したな?」
 レオナルトは忌々(いまいま)しげにクラリッサを睨(ね)めつけた。普通の人なら震え上がってしまいそうな鋭い眼光だが、姉を溺愛する彼をよく知っているクラリッサはそれぐらいのことでは怯(ひる)まなかった。
「だってお義兄(にい)様はしつこい男がいたら追い払ってやるって、いつもおっしゃっているじゃない」
「だからと言って、俺は君が片っ端から男を誘惑しているのを許しているわけじゃないぞ?」
「そんなことをおっしゃるなんてひどいわ。殿方が私を誘ってくるのは、私がお姉様の妹で殿下とお近付きになりたいからなのに。それに殿下はお兄様の代わりに私を守ってくださるのでしょう? ギルベルトお兄様がこの場にいらっしゃったら、きっと今の殿下のように追い払ってくれたと思うわ」
 わざと拗(す)ねたように頰を膨らませると、レオナルトは堪(こら)えきれずに噴き出した。
「まったく、俺の義妹は相変わらず小(こ)賢(ざか)しいな」
 くつくつと喉を鳴らしながら、小柄なクラリッサの頭をクシャクシャッと撫でる。子どもの悪戯(いたずら)を面白がっている大人の顔にクラリッサは顰(しか)めっ面(つら)を向けた。
「殿下、私はもう大人なのよ。ほら、髪が乱れてしまうわ」
「中身はまだまだ子どもだ。まさか俺の義妹に不(ふ)埒(らち)なことをする輩はいないとは思うが、あまり勝手をしてティナを心配させるんじゃないぞ」
「はーい」
 クラリッサのおどけた返事に、レオナルトは肩を竦(すく)めて妻の腰を抱き寄せた。
「まったく。君たち姉妹ときたら、容姿は似ているのに中身は正反対だな。片方は礼節に厳しく、片方はその抜け穴をかいくぐろうとする」
「もちろん後者が私のことを指しているんでしょうけど、お綺麗なお姉様と似ていると言ってくださったから許して差し上げるわ」
「ティナ。俺たちの妹はああ言えばこう言うでずいぶん生意気なんじゃないか? 王太子妃として躾(しつ)け直しが必要だとは思わないか」
 レオナルトはクラリッサをからかうためにそう口にしたが、真面目なフロレンティーナはそれを額面通りに受けとって眉を寄せた。
「申し訳ございません。わたくしの躾(しつけ)の仕方が悪かったのですわ。クラリッサ、殿下にお詫(わ)びなさい」
「ねえお姉様、お義兄様は怒ってなどいらっしゃらないわ」
「いいえ。あなたは殿下に対して生意気な口をきいたのです。きちんと謝罪なさい」
 生真面目な姉の言葉に、クラリッサが仕方なく形ばかりの謝罪を口にしようとしたときだった。
「ティナ。相変わらず妹の心配ばかりしているのかい? それは君のせいじゃなくて、クラリッサが持って生まれた性格のせいだから、君が責任を感じて気に病む必要はないと思うけどな」
 新たに加わった男性の声に、フロレンティーナは寄せていた眉を開きパッと顔を輝かせた。
「エルマー! 間に合ったのね! 心配していたのよ」
 歓迎の笑みを向けられた男性は、優雅に一礼すると姉の手を取って恭しく口づけた。
「そんな笑顔を向けられるとまだふられていないんじゃないかって、期待してしまいそうだよ」
「もう、すぐそんな冗談を言うんだから。戻る予定よりも遅れていたから、なにかあったんじゃないかと心配していたのよ」
「こんなに熱烈に歓迎されると、兄上に押しつけられた仕事の疲れも吹っ飛ぶね」
「もう、冗談ばっかり」
 微笑み合うふたりの横で、レオナルトがたちまち苦虫を噛みつぶしたような顔になっていく。理由はもちろんヤキモチだ。
 エルマーはレオナルトの弟でフロレンティーナと歳(とし)が近いことから、子どもの頃から親しくしており、人見知りのフロレンティーナが唯一気安い口調で話す男性だ。
 レオナルトはそれが面白くないらしい。クラリッサから見れば姉がレオナルトに夢中なのは明白なのに、彼は自分以外の男をひどく警戒している。他の男性と口をきいただけで手を握り合ったかのような目で睨(にら)みつけるのだ。
 不機嫌に顔を顰めたレオナルトが可哀想になり、クラリッサは仕方なく自分に挨拶もしない男に話しかけた。
「こんばんは、エルマー。どこかに行っていたの?」
 するとエルマーは、まるで今存在に気づいたかのようにこちらに視線を向けた。
「ああ。兄上の命でヴェーデルまでちょっとね」
 唇には慇懃(いんぎん)な笑みが浮かんではいたが、それだけだ。姉に向けたような打ち解けた雰囲気はない。
 彼が子どもっぽい自分になど興味がなく、それよりも姉の気を引こうとしていることは明白だが、レオナルトの手前ここで引き下がるわけにはいかない。
「ヴェーデルって、国境の州でしょう?」
 ヴェーデルはブルーデンス王国の北の外れにあり、隣国ラングハンスとの国境の州であることから、国防の要(かなめ)として重要な場所とされている。
 王都から一番遠い州で、今はラングハンスと商業での国交があるが、昔から小競り合いが少なくないため特別に警備のために専用の軍を置いている場所だった。
「そうだよ。兄上の使いでちょっと散歩に行ってきたんだ」
 エルマーは冗談めかしているが、姉の心配具合からなにか大変な任務を任されていたのだとわかる。
「それで? 散歩の成果は出たんだろうな?」
「まあね。兄上の読み通りといったところかな。まあもう少し調べてみないとわからないけれど」
「明日の朝一で報告書を提出しろ」
「たった今帰ってきたばかりなのに容赦ないなぁ」
 エルマーは大(おお)袈(げ)裟(さ)に肩を竦めたが、レオナルトは意に介する様子もない。
「報告の内容によっては俺が視察も兼ねて顔を出すつもりだ。その方が軍の士気も上がるだろう」
 その言葉にフロレンティーナが顔色を変えた。
「レオナルト様もヴェーデルに出向かれるのですか?」
「君が心配しなくても大丈夫だ。行くとしても視察だからな」
 レオナルトは宥(なだ)めるようにフロレンティーナの頰を撫でた。
「でも……彼(か)の地はあまり治安がよくないと聞いております」
 フロレンティーナが心配する気持ちはクラリッサにもわかる。
 ブルーデンス王国軍の最高責任者であるレオナルトは、万が一戦争が始まったとき先陣を切って最前線へ向かわなければならない立場だ。
 もちろん世継ぎの王子をむざむざと死なせることはないだろうが、レオナルトの性格なら自ら戦禍の中へ飛び込んでいくだろう。姉はそれを心配しているのだ。
 幸い何十年も大きな戦は起きていないが、エルマーがわざわざ出向くとなるとヴェーデルになにかしら火種となる事件が起きているのかもしれない。
「そんな顔をするんじゃない。別に戦いに行くと言っているわけじゃないだろう。俺が責任者になってから大きな戦は起きていないし、これからも起こさないつもりだ。そのためにエルマーにも動いてもらっている」
「……」
 唇を引き結んで黙り込んでしまったフロレンティーナに、レオナルトは小さく肩を竦めて溜息をついた。
「それより今夜は俺と一曲踊る約束だっただろう。ちょうどワルツが始まるぞ」
「でも……クラリッサをひとりにはできないわ」
「大丈夫だ。クラリッサの相手ならエルマーがする。そうだろう?」
 レオナルトの視線にエルマーが笑顔で頷(うなず)いた。
「もちろん。僕もちょうど彼女をダンスに誘おうと思っていたんだ。安心して踊ってきていいよ」
 その言葉に安(あん)堵(ど)したのか、硬い顔をしていたフロレンティーナの表情がわずかに緩む。
「では奥方殿、一曲お相手願えますか」
 レオナルトにしては珍しい芝居がかった仕草で手を差しだされ、フロレンティーナはまるで初めてダンスを申し込まれた少女のようなはにかんだ笑みを浮かべて夫の手を取った。
「喜んで」
 いそいそとダンスフロアに出ていくふたりの姿にひととき見蕩れていたが、次に聞こえた男の声にクラリッサは現実に引き戻される。
「では、ティナとの約束もあるから一曲お相手願えるかな」
 まるで姉のためでなければダンスに誘う気などなかったというような言い草に、クラリッサは衝動的に男に背を向けてこの場を立ち去ろうかと考えた。しかし姉の心配そうな顔が脳裏に浮かび、辛(かろ)うじてその場に踏み止(とど)まった。
「……喜んで」
 せめてもの意思表示に、クラリッサは言葉とは正反対の渋々という顔をしてエルマーの手を取った。
 お互い乗り気ではない態度とは裏腹に、ふたりはまるで初めから対(つい)となるように作られた人形のようにスムーズに人の輪の中に加わった。
 クラリッサが社交界にデビューして初めてワルツを踊った男性はエルマーだった。ブルーデンス王国では大抵最初のワルツは身内の男性と踊ることになっており、兄が他界しているハイネン家であれば、父エクハルト卿と踊るのが通例だ。
 しかし長女のフロレンティーナを王家に迎える代わりにクラリッサを後押しすると王陛下が約束していたため、クラリッサの最初のパートナーは第二王子エルマーと決められた。
 つまりはクラリッサが王家の一員であるという意思表示で、そのおかげでクラリッサは一貴族の娘と粗略に扱われることもなく、デビュー以来社交界の花形として注目されているのだ。
 初めてワルツを踊ったときはまるで背中に羽が生えたみたいにフワフワとした気持ちで楽しくて、まるで自分が特別ダンスの上手なお姫様になったような気分を味わった。
 あのときはまだ社交界でのエルマーの女性に関する芳(かんば)しくない評判など知らなかったから、ただただ彼の腕に抱かれて踊ることを無邪気に楽しんでいた。しかし評判を知ってしまった今は、時折王家の威光を示すために習慣的に誘われるダンスが煩(わずら)わしくなってしまった。
 話題もなく黙り込んでいることがあまりにも苦痛で、クラリッサは気持ちここにあらずという男の顔を見上げた。
「エルマーはお姉様のことが好きなんでしょ」


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