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過保護な旦那様に新妻は溺愛される ~記憶のカケラを求めて~

佐木ささめ / 著
天路ゆうつづ / イラスト
定価 1,320円(税込)
発売日 2021/04/30

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内容紹介

君を離さない、ずっと一緒にいよう
見知らぬ豪華な部屋で目覚めた縁は、自分が20歳からの4年間、事故が原因で記憶喪失だったと知らされる。更に、幼馴染みの御曹司・征士と結婚していると聞かされショックを受ける。彼を好きだった牧場での幼い頃の思い出が蘇るも、彼の祖父は親の仇ともいうべき人で、父を亡くしている事実に彼を許す事が出来ない。記憶を取り戻したかわりに、“事故にあってから今日までの記憶”を失くした縁。抱き締められた感覚を身体は次第に思い出す。――私はどうして彼と結婚したんだろう? 征士と結婚した自分自身の想いを知りたくなるけど……。大好きだった馬が縁繋ぎしてくれる。運命に翻弄されても想いを支えあう溺愛ラブ

立ち読み

 寝すぎたような、頭の中に靄(もや)がかかった気持ちで彼女は目を覚ました。
 ぼんやりとしたまま周囲を見回せば、床から天井まである大きな窓の向こう側に、広そうなテラスを認めた。のろのろと視線を上へ向けると、部屋の隅に二階へ上がる階段がある。
 ――ここ、どこ?
 天井からぶら下がるペンダントライトは点灯してないが、窓から差し込む光で十分明るく、日差しの角度から今の時刻は昼頃だろうかと思う。
 のっそりと体を起こしてみたところ、自分はベッドでなく大きなソファに寝転がっていた。見知らぬ場所で気持ちよく寝入っていたことに、ひどく戸惑う。
 ふと、超大型テレビにうっすらと映っている己を認めて、ぎくりと身を竦(すく)めた。髪が胸のあたりまで伸びているではないか。鬘(かつら)かと思って髪を引っ張ってみると本物だった。
 ――どういうこと? 急に髪が長くなるなんて。
 いつも自分は、ギリギリひとくくりにできるショートボブにしていた。
 ソファから立ち上がって自身を見下ろせば、薄山吹色のマキシ丈スカートに、クリーム色のシフォンブラウスを着ている。
 スカートなんて、学校の制服以外で着たことなど数えるほどしかない。着るとしても、いつ汚れても構わない、安く買える服ばかり選んでいた。このような洗練されたデザインのおしゃれな服など、自分は持っていない。
 ――誰の服? 本当に、ここってどこなの?
 まったく知らない服を着て、知らない部屋で目が覚める異常事態に、呆然と周りを見回した。
 ――綺麗な部屋。うちとは違って広くておしゃれ。
 アイボリーの壁と重厚感のある木の家具が、落ち着いた空間を作っていた。ところどころに置かれている観葉植物が目に癒やしを与えてくれるよう。
 ドラマで見る高級マンションみたいだと思った。父親と暮らしていた古い家屋とは大違いだ。
「……お父さん」
 父親という単語から、自分の身に起きたことを思い出す。父の葬式を終えて、これからどうすればいいのかと考えながら外を歩いて……その後のことがわからない。
 どれだけ考えても、ここに至る経緯が思い出せなかった。
 ――もしかしてどこかで倒れて、親切な人が拾ってくれたとか?
 そんな人がいるのだろうかと疑問を覚えながらも、それ以外にこの状況が説明できない。
 ――この家の住人と話ができれば……
 おそるおそる広い空間の奥へ向かえば、キッチンとダイニングテーブルがあった。この広すぎる部屋はリビングダイニングなのだろう。
 ここにあるドアは一つしかない。そのドアをそっと開けると廊下で、すぐ先に玄関があった。廊下にあるもう一つのドアをノックしてから開けてみると、広々としたトイレだ。
 ――人の気配がない。じゃあ家の方は二階にいるのかしら?
 他人の家を勝手に歩き回るのは気が咎めるものの、状況がさっぱりわからないため立ち止まることはできなかった。
 落ち着かない心持ちで、そっと二階への階段を上る。広い廊下の先にはドアが三つあった。
「すみませーん、どなたかいらっしゃいますかー?」
 反応はなく、しんとした静寂を感じるだけで人の気配はない。二階も無人のようだ。
 ――どうしよう。もう勝手に出て行ってもいいかしら。
 助けてもらったならお礼を言いたいが、その相手がいないため迷ってしまう。本当にどうすればいいのだろう。
 左手で顔を撫でてため息を漏らしたとき、ふと感じた硬い質感に己の手を見る。
「……何、これ?」
 左薬指には、見たことがないプラチナの指輪がはまっていた。自分はアクセサリーを身に着けることはないため、なぜこんなものがあるのか、なぜすぐに気がつかなかったのかと訝(いぶか)しむ。
 指輪を外して矯(た)めつ眇(すが)めつ眺めてみても記憶にない。リングの内側には〝202□.2.14〟との刻印が入っていた。
 ――あれ? おかしくない?
 今は二〇一□年、平成二十□年のはず。リングの刻印に未来の日付を入れるものだろうか。いや、それ以前に他人の指輪をなぜ自分がはめているのだろう。
 ――やだ、なんか怖い……
 得体の知れない不安が、じわじわと足元からせり上がってくる気分だった。
 見知らぬ部屋で眠っていたことや、知らない指輪をはめていることなど、何がどうなっているのか。
 わけがわからないことの連続で体の震えが止まらず、あまりの恐ろしさから慌てて階段を下り、ダイニングテーブルに指輪を置いて玄関へ向かう。
 そこに自分が愛用するスニーカーはなかった。それでも靴ごときに構っていられないと、勝手にパンプスを拝借する。
 このとき、やけに自分の足にしっくりとはまるパンプスだと思った。が、それ以上の怯えから家を飛び出す。
 直後に足を止めた。
 玄関を出た先は、吹き抜けの空間を取り囲む回廊だった。吹き抜けには一本の大きな木が生えており、手すりに近づくと巨木がある空間は中庭のようだ。そしてここは一階ではなく四階だった。
 ――マンションなの? この家。
 二階建て一軒家だと思い込んでいたが、どうやらあの部屋は集合住宅の四階と五階のようだ。
 そういえば窓から見える景色が、高所からの風景だったと思い出す。動揺しすぎて思い至らなかった。
 ますますここにいる理由がわからない。
 オロオロしながらも、左右に伸びる廊下をとりあえず利き手側に進んでみる。すぐにエレベーターにたどりついたため、一階へ下りてみることにした。
 一階の広いエントランスで辺りを見回すと、出口らしき木製の大扉を見つけてやっと外に出る。
 その途端、歓声が零れ出た。
「わぁ……っ」
 マンションの入り口に植えられている桜が満開だった。そよ風になびく薄桃色の花弁が宙に舞い上がり、桜吹雪となって視界を横切っていく。幻想的なまでに美しい風景だ。不安や怯えなどが吹き飛んで、淡いピンク色の景色に見入ってしまう。
 このとき頭の奥で鈍い痛みを感じた。
 ――私、桜を……さくら、を……
 数秒後、痛みが消えて我に返った。……今、自分は何を考えていたのだろう。
 首をひねりながらも歩道に出て、ぐるりと周囲を見回してみる。自分の知る情景はどこにもなかった。
「何が起こってるの……?」
 整えられた美しい街並みではあるが、背の高いマンションが多くて圧迫感を覚えた。自分が知る都市といえば札(さっ)幌(ぽろ)になるけれど、その景色とは全然違う。
 ――それに暖かい……桜も咲いていたし、どう見ても冬じゃないわ……
 今は十一月下旬のはずなのに、明らかに季節が違う。
 知らないうちに時間が進んでいたのだろうか。馬鹿なことを考えたとき、ハッとして自分の左薬指へ視線を落とす。ここにあった指輪には、二〇二□年と彫られていた。
 ――まさか、今って二〇二□年?
 タイムスリップなんて言葉が脳裏をかすめたとき、不意に飲料の自動販売機が目についた。
 自動販売機には住所表示ステッカーが貼られていることを思い出し、急いで自販機へと駆け出す。
 機械の表面を舐めるように探せば、下の方に白いステッカーを見つけた。そこには〝港区南麻布〟と記されている。
 ――これって東(とう)京(きょう)の地名よね……どうして私は東京にいるの? 北海道(ほっかいどう)で暮らしていたのに。
 ショックと混乱からその場にしゃがみ込む。このとき突然、背後から男性の声で名前を呼ばれた。
「――縁(えん)!」
 反射的に振り向いて息を呑む。忘れたくても忘れることができない、ややきつめだが美しい男性が近づいてくるところだった。
 ――征(まさ)士(し)お兄ちゃん……ううん、一(いち)柳(やなぎ)さん。
「大丈夫かっ? 頭が痛いのか!?」
 彼は矢継ぎ早に話しながら、すばやくこちらの両脇をつかんで立ち上がらせてくれた。縁は久しぶりに会う、記憶の中の彼よりも幾分か年齢を重ねた征士を見上げる。
 あいかわらずの男前だと思った。
 顔のパーツが完璧な配置で整っており、初めて会ったときから綺麗な人だと見惚れたことを思い出す。彼以上の美男子など、自分はリアルで見たことがなかった。
 背も高く、体つきはやや細めだが頼りないというわけではなく、まるでテレビで見る俳優のような人だと常に思っていた。
 ――でも、なぜあなたがここに……?
 しかも征士は、こちらを案じるような表情で顔を覗き込んでくる。思わず数歩、後ずさった。
「縁? どうした?」
 二度と会わないはずの人物が目の前にいて、しかもやたらと距離が近い。まるであのことなどなかったかのようにふるまう彼に、猛烈な苛立ちを抱いた。
 ――私のお父さんに何をしたか、忘れたの?
 何も話そうとしない縁を見下ろす征士は、「とりあえず帰ろう」と彼女の腰を抱き寄せる。
 びくりと身を竦めた縁が身をよじって彼の手から逃れ、その場から逃げ出した。
「縁!」
 制止の声を振り解くように駆け出したが、すぐさま彼に追いつかれて腕を捕らわれた。
「やっ、放して!」
 なぜ彼が話しかけてくるのか、なぜ自分は東京にいるのか、なぜ今は暖かいのか、すべての疑問に混乱して無我夢中で暴れる。
 彼女の様子に征士も異常を察したのか、いきなり縁の腰をわしづかみにすると、華奢な体を勢いよく持ち上げた。
「きゃっ!」
 縁の両脚が宙に浮く。グラついて倒れそうな恐怖から、反射的に彼の肩をつかんだ。征士を見下ろす体勢になったことに驚き、体から力が抜ける。
「落ち着いたか?」
「…………」
「とにかく家に戻ろう。今の君は心配だ。頼む」
 切羽詰まった彼の表情と眼差しに、縁は彼を心から好きだった頃の気持ちを思い出した。もう捨てたはずの恋心が胸の奥を甘く焦がしたのか、逃げ出そうとする気持ちがしぼんでいく。
 それでも秀麗な容姿を見続けることは苦しくて、顔を背けた。このとき通りかかる人たちがチラチラと自分たちを眺めており、衆目を集めていると気がつく。
 恥ずかしさで一刻も早くここから離れたくて、渋々と頷いた。自分のことを知っている彼に状況を聞きたい気持ちもある。
 あからさまにホッとした表情を見せる征士は、縁を下ろすと彼女の手をつかんだ。が、縁はその手を慌てて振り解く。
「縁……」
 ショックを受けたような、彼の蒼ざめた表情を見て目を逸らす。征士はこちらの横顔を穴があくほど見つめてくるが、やがて無言のまま歩き出した。
 大人しく彼についていくと、やはり先ほど出てきたマンションに戻った。
 ――私、一柳さんの部屋にいたってこと……?
 絶対にありえない状況に、縁の表情までも蒼くなる。動揺から自分の手のひらを爪が食い込むほど強く握り締めた。
 征士にうながされて四階の部屋に戻り、自分が寝ていたソファに腰を下ろす。
 キッチンに向かった征士は、やがていい香りのする紅茶をローテーブルに置いた。
 自分のためにお茶を淹れてくれたのはわかるが、萎縮する縁は手元に視線を落として動けない。
 それでも征士が隣に腰を下ろしたときは、跳び上がる勢いで彼との距離を開けた。下を向いたまま話し出す。
「あのっ、私どうしてここにいるかわからないの。一柳さんと会ったことも驚いたけど、東京にいるのもわけがわからなくて……」
「そうか。……記憶が戻ったんだな」
 ひどく寂しそうな声に、横目でそっと彼を盗み見る。征士は蒼ざめた表情のままうつむいていた。
「えっと、記憶って、どういうこと?」
「君のお父さんが亡くなったことは覚えてる?」
 その言葉に頭を殴られたような衝撃を感じ、目の前にいる男への憎しみがぶり返す。
「……覚えているわ、忘れると思ったの? 父が死んだのは誰のせいだと思ってるのよ!」
 あんたたちのせいじゃないか。そう叫びたかったのに、こみ上げる感情が大きすぎて声にならなかった。
 縁の激昂を感じたのか、征士は彼女に視線を向ける。
「君が俺や俺の家族を憎んでいることは十分わかっている。でもすまない、今は話をさせてくれ」
 端整な顔からは生気が抜け落ちたようで、いきなり憔(しょう)悴(すい)した印象に縁は口をつぐんだ。話をしたいのは自分も同じだったので頷くと、征士は言葉を続けた。
「お父さんが亡くなってすぐ、君は交通事故に巻き込まれて記憶喪失になったんだ。君が二十歳(はたち)になったばかりの頃だ」
「私が、記憶喪失……」
「そう。自分のことさえほとんど思い出せない状態が続いてた。もちろんお父さんが亡くなったことも忘れていたよ。この四年間ずっと」
 四年という時間の長さにショックを受けた縁は、額に手を当ててうつむいた。
 記憶喪失なんて現実で起きるものなのかと疑うが、たしかに父親の葬式後のことが思い出せない。
「……じゃあ、私って今は二十四歳なの?」
 頷いた征士に愕然とする。二十歳の誕生日を迎えたとき、成人式に行くべきかどうかを考えていた。それがいきなり二十四歳に成長しているなんて。
「つまり、今って二〇二□年なのよね? それを証明することってできる?」
「西暦の証明? そうだな……」
 征士がポケットからスマートフォンを取り出した。インターネットの検索欄に〝今日の西暦〟と入力すると〝今日は、二〇二□年(令和□年)四月四日(日)〟と出てきた。
 ――本当に四年がたってるんだ……って、元号が変わってる! 平成じゃない!
 再びショックを受けた縁の表情が虚(うつ)ろになる。浦島太郎が竜宮城から戻ってきたとき、このような気持ちを抱いたのかと、混乱からおかしなことを考えた。
 直後、縁の意識が左薬指とダイニングテーブルに向かう。記念日らしき日付を刻んだ、左薬指にはめる指輪。刻印には二〇二□年二月十四日とあった。
 ちらりと征士の左手を盗み見れば、彼もまた薬指にプラチナと思われる指輪がある。自分の指にはめてあったリングと似ているような気がした。
 じわじわと胸に広がっていく焦燥感に、縁は手のひらで心臓辺りを押さえる。同時に征士が力のない声を吐き出した。
「君は今朝から頭痛がすると言っていた。だから薬を買いに行ってたんだが……頭痛は記憶が戻る前兆だったのかもしれない。良かったよ……」
 良かったという割には、まったく嬉しそうではない声だった。床へ視線を落としている彼の横顔はぼんやりとしており、そのような征士を初めて見るため落ち着かない。
「……あの、聞いてもいいかしら」
「ああ……」
「記憶喪失って言われると、信じられないけどそうかもしれないって思うの。お父さんのお葬式を終えてからのことが思い出せないから。……でもなんで私、北海道じゃなくて東京にいるの? それにこの家って一柳さんの家よね? なんで私はここで寝てたの?」
 おそるおそる尋ねてみると、征士は唇を引き結んで答えようとしない。縁が焦(じ)れるほど長い沈黙の後、彼はためらいがちに口を開いた。
「ここはたしかに俺の家だ。君はここで暮らしていて……その、俺と君が、結婚しているから、それで」
「嘘……」
 否定をしたものの、状況からそうではないかと感じていた。
 けれど自分が征士と結婚することは絶対にない。彼だってそうだろう。なのに実際は夫婦になって一緒に暮らしている……倒れそうな気分になった。


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