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不器用侯爵の再愛 ~大好きな婚約者に忘れられましたが絶対に諦めません!~

八巻にのは / 著
森原八鹿 / イラスト
定価 1,320円(税込)
発売日 2021/10/15

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内容紹介

二度と君を手放すものか
「婚約を解消しよう」「……はい?」社交界の花、“妖精令嬢”として名をはせるベルベットは、周りの反対などお構いなく、二十も年上で偏屈と噂される侯爵・キリアンと結婚できる日を心待ちにしていた。しかし、彼女に告げられたのは別れの言葉だった。秀才ゆえに人の気持ちにうとく、誤解されやすい彼のことを理解しているのは自分だけ。そう思っていたのは勘違いだったのだ。それでも諦められず彼のもとへ突撃するが――「女中だな?」出迎えたキリアンは事故のせいでベルベットのことを忘れてしまったようで…? 「もう一度君に恋をする」記憶喪失のカタブツ侯爵の一途すぎる鍾愛。

立ち読み

■プロローグ


 美しい金糸の髪が揺れるたび、うっとりとしたため息がダンスホールのそこかしこからこぼれる。
 ジュエル国の秘宝とまで言われる伯爵令嬢の登場に、女王までもが穏やかに目を細めた。
 どこか儚(はかな)さをおびたその姿からベルベットは『妖精令嬢』などと呼ばれ、ジュエル国の社交界で一目置かれていた。男性はもちろん女性たちもまた彼女に羨望の目を向け、ベルベットを目標にする令嬢も少なくない。
 今も、今年社交界デビューを飾ったばかりの若い令嬢の一人が、声をかけたくて仕方がないという顔で近寄ってくる。
 ベルベットもそれに気づいて微(ほほ)笑(え)もうとしたとき、二人を遮るように若い男が現れた。男は令嬢に気づかなかったのか、その足がドレスの裾を踏んだ。
 気をつけてとベルベットが声をかける間もなく、令嬢の身体が床に倒れ愛らしい顔が泣き顔へと変わり始める。
 無様な倒れ方ではなかったが、それでも恥じらいを感じるには十分だったのだろう。そして倒してしまった男の方も、どうしてよいのかわからない顔で立ち尽くしていた。
 それを見ていられず、ベルベットはすぐさま令嬢に近づきその手を取った。
「大丈夫? 足などは痛めていない?」
「あ、あの……はい……」
「ならよかったわ」
 そう言って令嬢を立たせながら、ベルベットはそこであえて少し体勢を崩す。
 無様にならない程度に膝を突き、彼女は恥ずかしそうな顔を片手で覆った。その仕草すら美しく、皆が助け起こすのも忘れて見入っている。
「ごめんなさい、これでは格好がつかないわね」
 そう言ってもう片方の手を、先ほど令嬢を倒してしまった若い男にさりげなく向けた。
 ようやく我に返った男に助け起こされながら、ベルベットはそっと若い男女の距離を近づける。
「ありがとう。私もよく転んでしまうのだけれど、いつもなら支えてくださる婚約者が今日はまだ来ていなくて」
「いえ、そもそも私が……」
「いえ、自分が!」
 令嬢が慌てて口を開くと、男の方もそれに続く。
 動揺する若い二人を可愛らしく思いながら、ベルベットはにっこりと笑いかけた。
「お二人とも、見ない顔だけれど王都の社交界は初めて? ならこのダンスホールの床には気をつけて、とっても滑りやすいの」
 最後の方は僅(わず)かに声を潜(ひそ)めてから、ベルベットは親しみやすい笑みをあえて二人に向けた。
 令嬢たちの顔にはようやく笑顔が戻り、その後慌てて謝罪し合っている。二人の空気が穏やかになったのを感じ、ベルベットは「人を待たせているから」と微笑んで、その場を離れた。
 途端に「お怪我はないですか?」と、言いながら近づいてきたのは別の男たちだ。
 中には足を確認させて欲しいと下心が見え見えの発言をする者もいてベルベットは内心辟(へき)易(えき)するが、笑顔だけは崩さない。
「皆様ありがとう。この通り元気ですから、気にせずダンスを楽しんでください」
 そう言ってもしつこくつきまとってくる男もいたが、そういう場合の避け方もベルベットは心得ている。
 妻や婚約者がいる男性には「そういえば奥様はお元気?」と釘を刺し、独り身の男には「自分には婚約者がいるから」とはっきり線を引けば、彼らはベルベットから離れていく。
 社交の場に出るたびこうした目に遭うので、彼女は参加者の素性はすべて頭にたたき込んでいる。それらを駆使して知人とはお喋(しゃべ)りの花を咲かせ、言い寄ってくる者はすげなくあしらう振る舞いもまた、彼女の評価を高めている一因だ。
 そしてもう一つ、皆が彼女を特別視する理由がある。
「あなたまた、新しい恋を芽生えさせたの?」
 そう言って近づいてくるのは、ジュエル国の女王『メイベル』である。ベルベットの父『ウィリアム』の双子の姉にあたり、彼女にとっては優しい伯母でもある。故に王宮での催しに参加すれば、必ず声をかけてくるのだ。
 女王自らもてなす客は少なく、だからこそベルベットを特別視する者は多いのである。
「私は何もしていませんよ?」
「でも先ほどあなたが間に入った二人、なんだかいい雰囲気ですよ」
 見れば、あの二人はホールの隅っこで何やら話し込んでいる。二人して赤くなっているところに、ベルベットは微笑ましさを感じた。そして同時に、羨(うらや)ましさも。
「あの二人はダンスの相手を決めたみたいですね」
「人ごとみたいに言っていますけど、あなただって相手は決めているでしょう?」
「残念ながらまだです。キリアン様は、こういう場では絶対に踊ってくださらないので」
 ベルベットが口にした名前は、彼女の婚約者のものだ。
「ねえベルベット。いい加減あんな冷たい男はやめて、あなたと踊ってくれる誰かと婚約し直したらどう?」
「みんなは冷たいと言うけど、私にとっては誰よりも優しくて親切な方なんです」
「あのキリアン=ケインズが?」
 メイベルが眉をひそめるのも無理はない。ベルベットの婚約者であるキリアンは、人嫌いで冷酷だと噂される侯爵なのだ。
 人前では決して笑わず、その顔に浮かぶのは常に冷たい表情ばかりだった。口を開けば遠慮のない物言いばかりが飛び出し、誰も彼もが彼と距離を取りたがる。
「あっ、噂をしていたらいらっしゃったわ!」
 ホールの入り口に婚約者の顔を見つけ、ベルベットが目を輝かせる。
「本当に、あれのどこがいいんだか……」
「すべてです。だから、キリアン様以外の誰かと婚約をするなんてあり得ません」
 断言する姪には何を言っても無駄だと思ったのか、メイベルは苦笑する。
「けれど、もしも何かあったらすぐに言いなさい。あれよりもっといい男を紹介してあげるから」
 そう言ってメイベルは別の貴族の方へと行ってしまった。
 途端に男たちや年頃の息子を持つ母親たちが彼女を取り巻くが、ベルベットはどこまでも冷静にそれを躱(かわ)してキリアンの方へと近づいていく。
(ああ、今日も格好いい!! どうしよう、顔を見ただけで倒れてしまいそう!)
 先ほどの洗練された立ち居振る舞いが嘘のように、ベルベットの心は童心に帰ったみたいに跳ね回る。
 歓喜を顔に出さないよう努めながら、その目が捕(と)らえたのは、せっかくの整った面立ちを気難しそうな表情で台無しにしている男の顔だ。
 近づきがたい雰囲気もあるが、そこにもベルベットは魅力を感じている。
 また彼の纏(まと)う大人の色気も、彼女を虜(とりこ)にするものの一つだ。
 キリアンは彼女より二十近くも年上だ。財務大臣であるベルベットの父『ウィリアム』を長年補佐していて、それ故ベルベットは幼い頃から彼を知っていた。
 そして出会ってからずっと、彼女はキリアンに想いを寄せ続けている。
 年の離れた二人が婚約者となったのも、キリアンとウィリアムが親しかったおかげだ。
 いつまでも結婚しないキリアンを見かねたウィリアムが、自分の娘が彼に好意を抱いていると知って半ば強引に婚約を取り付けたのである。
 とはいえ年の差が気になったのか、キリアンは『ベルベットが十八になるまで、相手が見つからなかったら』という条件をつけた。
 ジュエル国の令嬢たちは十六で社交界デビューし、十七になる前には結婚相手を見つける。十八を過ぎれば結婚しているのがほぼ当たり前なので、それまでにキリアンはベルベットが別に誰か相手を見つけると思っていたのだろう。
 実際、彼女に求婚する者は多かった。
「あんな男よりは俺が!」と無駄な闘志を燃やす男が後を絶たないのである。
 というのも、ベルベットがキリアンと婚約していることと同じく、彼が偏屈で気難しいことも、社交界中の皆が知っているからだ。
 何せ彼は、外に出るたび顰蹙(ひんしゅく)を買う。言葉選びが辛辣(しんらつ)で愛想がないせいで、もめ事もしょっちゅうだったのだ。
 だから婚約しているというのに引く手あまたで、少々面倒な男に言い寄られて辟易することも多かった。
 しかしベルベットの気持ちはずっとキリアンだけに向けられている。
 そして先日、ベルベットは無事約束の年齢を超えたのだ。
(きっと、今日こそは私を迎えに来てくれるはず)
 そんな思いで男たちをやり過ごしていると、不意に暗い影が顔にかかる。
 はっとして顔を上げると、キリアンが側に立っていた。
 大柄な彼の顔を見るには、かなり首を上に向けなければいけない。
 出会った頃よりはだいぶ身長も近づいたけれど、それでもまだ二人の身長差は大きい。
 でも見上げることを苦痛だとは思わない。そうすれば、大好きな顔をはっきりと見ることができるからだ。
(あぁ、今日の正装はひときわ素敵だわ……!)
 仕事の虫であるキリアンは、普段はあまり身だしなみを整えていない。けれど今日は少し長めの髪をきちんと撫でつけ、髭(ひげ)もちゃんと剃(そ)っている。普段は少しよれたスーツを着ていることが多いが、今日の彼は仕立てのいい礼服を纏っていた。
 それに見惚れながら、ベルベットはそっとお辞儀をする。
「ごきげんよう、キリアン様」
 こういうとき、声をかけるのはいつもベルベットからだ。
「ああ」
 その返事が、短くて愛想がないのもいつものことである。
(ああ、この低い声……やっぱり素敵!)
 けれどその一言が、ベルベットの心を浮き足立たせる。
 淡泊な声で素っ気ない返事も、彼女の心をがっかりさせることはない。
 むしろ普段は誰にも構わない彼が、自分に近づいてきてくれるだけで嬉しいのだ。その上言葉まで返してもらえたなんて、この場で叫び出したいくらい嬉しい。
 とはいえ、公の場でそんなことをしては末代までの恥になるので、慎ましい微笑みだけを顔に貼り付ける。
 そうしていると、キリアンはじっとベルベットを見つめる。
 しばし無言で見つめ合い、「では」と一声残して立ち去るのがキリアンのくせなのだ。
「ベルベット」
 なのに今日は、突然名前を呼ばれた。
(うそ……! 名前、名前!? 名前ーー!!)
 お淑(しと)やかな令嬢として知られているベルベットだが、その内面は清楚な容姿に似合わず騒がしい。そして根は単純なため、些細なことで一喜一憂してしまうのである。
 もちろんこれも顔には出さないが、キリアンの一言に心の中は幸せで荒れ狂い、神への感謝を叫んでしまう。
(もしかして、ついに求婚なの!? 十八歳になったから、結婚しようと言ってくださるの!?)
 そうに違いないと確信し、こらえきれない期待を瞳に宿しながら、ベルベットはキリアンを仰ぎ見た。
 目が合い、僅かな沈黙が流れる。
 早く早くと騒ぐ心を落ち着かせながら待っていると、ついに彼が口を開いた。
「婚約を――」
「はい!」
 喰(く)い気味で返事をすると、キリアンはそこでベルベットの頬をそっと撫でる。
 普段はあり得ない公の場でのスキンシップに期待は否応なく高まる。
 しかし続いた言葉はあまりに衝撃的なものだった。
「……婚約を、解消しよう」


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