書籍詳細
野獣な若頭はウブな彼女にご執心
定価 | 1,320円(税込) |
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発売日 | 2021/11/26 |
電子配信書店
内容紹介
立ち読み
一.ホステスは簡単なバイトではありません!
「雅(まさ)姫(き)〜! あそこ、あそこが空いてるから席を取っといてー!」
所々で新入生が初々しい姿を見せている女子大学のカフェテリア。派手な身なりの女性が大声を出し、一つのテーブルを指差す。雅姫と呼ばれた女性——篠田(しのだ)雅姫は盛大に注目を浴びたために少し耳が赤い。黒髪のサラサラロングヘアーをなびかせて歩いているが、視線は恥ずかしさから下を向いている。
カフェテリアにいた学生たちが、コソコソザワザワと小声で何かを話しながら、一斉に雅姫たちを見ていた。そのカフェテリアは一階と二階が吹き抜けのガラス張りで、とても明るく広々としており、女子たちのお喋(しゃべ)りの場所にはもってこいだ。
「涼子(りょうこ)、わかったから。ちょっと静かに! 新入生もいるし……」
雅姫はパッチリと大きく開いた、くっきり二重の目を更に見開き、シーッと桜色の淡いリップが光る唇の前で、指を一本立てながら先程大声を出した派手な女性を窘(たしな)める。シンプルな服を好んで着る雅姫と華やかな見た目の涼子。二人は傍(はた)から見ると正反対だが、一年前の入学式で涼子が雅姫に派手にぶつかってからの友人だ。それから二人は「でこぼこコンビ」などと大学内で言われている。因みに身長も小柄な涼子とスラッとした体型の雅姫は、その点でもでこぼこだった。
「えー? なんで? まあ、ええわ。雅姫はきつねうどんな。関東出身のアンタには関西の透明出汁(だし)の良さをわかってもらわんとな。もう、神戸(こうべ)に住んで一年以上やろ? 身体(からだ)のDNAも、関西風にとっくに作り変えられとるんちゃうか? ほら、私が買っとくから先に座っといて」
涼子にポンッと背中を軽く押されて席に向かう。本当は関東の濃い出汁のうどんが好きだったが、根っからの関西人の涼子には「絶対にあかん」と食べることを許してもらえない。強引で周りをも巻き込む性格の涼子。それに対して「友達だし」と流されてしまっているところがあるのも事実だ。
まだチラチラ見てくる学生たちを無視し、席に座って涼子がやって来るのを眺めていると、涼子はヒョイッと両手にお盆を持ち、右手には雅姫のきつねうどん、左手には涼子のカレーうどんを載せて器用に運んでくる。
——おいおい、大丈夫か?
雅姫は心配でハラハラと落ち着きなく手を動かしている。涼子はとても大雑把なところがあるからだ。何度もお盆を手から滑らせて、雅姫のお昼御飯を台無しにした過去がある。
「はい、お待たせ!」
涼子はドンッとテーブルにお盆を載せる。案の定、お盆の上には少し汁がこぼれていた。それを「あ、こぼれてもた」と気にする様子もなく、涼子は何食わぬ顔でそのまま「冷めるで、早(は)よ食べよ」と言うだけだった。
「夏にな、ヨーロッパに行こかって真紀(まき)ちゃんとかと言ってるねんけど、雅姫も一緒に行かへん?」
チュルッとカレーうどんを啜(すす)りながら涼子が尋ねてくる。隣の椅子には有名なブランドバッグが無造作に置かれていた。
涼子は須磨(すま)の実家から通っている、お嬢様だ。父親は地元では知る人ぞ知る与儀(よぎ)建設という会社の社長で、大きな家に住んでいるらしい。綺麗(きれい)な顔立ちで派手な見た目ではあるが、お嬢様風(かぜ)を吹かせることもなく、大学では一番の仲良しだ。家族仲もいいらしく、海外旅行にも家族揃って何度も行っているのだとか。
そんな涼子とは対照的に、雅姫の親は未だ娘の進学先に不満を持っているようで、家族仲はギクシャクしている。関東の有名進学校から国立大に進学するはずが、重圧に負けて受験に失敗したからだ。近所では噂の的になり、肩身の狭い地元や親から逃げるために神戸の大学に進学した。今は親に連絡を取ることも避けている。流石(さすが)に海外旅行の費用を貰うことはできなそうだ。地方公務員の父の稼ぎでは、学費に下宿代でいっぱいいっぱいだと兄からも聞いていた。雅姫は住んでいるマンションの最寄り駅のコンビニで、少しバイトもしているが、そこの稼ぎでは日々の洋服代と交際費で粗方消える。女子大生はお金がかかってしょうがない。
「う〜ん、行きたいけれど、私にはその軍資金はないよ。ごめん!」
ヨーロッパに行けば、本の中でしか見たことがない美術品を鑑賞できるだろうし、有名な街並みも歩けるだろう。雅姫は想像しながらハァーッと大きく溜め息を吐(つ)いた。無理だ、行けない、と。
「親に言って旅費を出してもらえば?」
「む、無理だよ……。うちはしがない地方公務員だし。お父さんがまだ私のことを怒っているの……。お母さんも、一人暮らしが心配だから実家に帰ってこいって五月蠅(うるさ)いし」
「雅姫んとこのお母さんて、めっちゃ過保護やったよね……。話を聞いてなかなかヘビーやと思ったもん。こんなん言ったら悪いけど、毒親系ってやつ」
「あ、アレね。子供の頃から持ち物点検に服装チェック。行動制限に友人関係にも口出し。学校と塾と家との往復だけが許されてた。まともに友達もできなくて、お兄ちゃんも私も本当に苦労したもん、ハハハ……」
雅姫は自分の小中高時代のことを思い出し、身震いをしてしまう。今は親元を離れたことで、やっとあの異常さが理解できている。当時はそれが当たり前だと洗脳されていたが。
雅姫の話を聞いて少し黙り込んだ涼子が、何かを決断したようにカレーうどんの汁をゴクリと飲み込んで口を開いた。
「……雅姫が行かへんねんやったら、私も行かへん!」
——え、何言っているの? そんなことしたら涼子の友達の真紀ちゃん激怒じゃん! 私が責められる!
雅姫は必死に涼子を説得しようとした。自分が行かなくても真紀ちゃんたちがいるじゃん、と。真紀とはそれほど親しいわけでもないので、彼女にあまり悪い印象を与えたくなかった。
「あ、それやったら雅姫。アンタ、他にバイトしたらええねん。割りのええバイトあるわ」
涼子が雅姫を舐め回すように見て、ニヤーッと笑っている。
——あ、嫌な予感。
「風俗とか絶対に駄目だからね!」
雅姫は少し立ち上がりキレ気味に言う。処女なのに風俗とかあり得ないと心の中で叫びながら。無論、涼子は雅姫が処女だとは知らない。涼子がチッチッチーッと指を一本横に振り、ニヤーッと更に口角を上げる。
「風俗ちゃうちゃう。ホステス、クラブホステス!」
雅姫は色白の清楚系やから人気出るで〜っと、なおもニヤニヤしている。
「ホ、ホス、テス? 水商売?」
無理無理無理っと大袈裟に首を左右に振るが、涼子は聞く耳を持たない。
「大丈夫、大丈夫。友達が店長と知り合いやねん。Moonlight Sonataってお店。ヘルプのバイト探してるから綺麗な子紹介してって言われてたんよ」
安全な店やから大丈夫って聞いたで〜と付け加えるが、雅姫は冷めた目つきで涼子を見る。
「涼子ー! どうやったら私にホステスなんてできると思うのよ。こんな地味でお子ちゃまな私が……!」
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