書籍詳細
隻眼の辺境伯は妻を愛しすぎる
ISBNコード | 978-4-86669-453-5 |
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サイズ | 四六判 |
定価 | 1,320円(税込) |
発売日 | 2021/12/15 |
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内容紹介
人物紹介
マリアンヌ
元々体が弱かったが、医師からこのままでは命に関わると 宣告されてしまい、とある計画をたてる。
ディーター
ファインガルド辺境伯。
鉄道事業を成功させ、鉄道王と言われる。
妻に匙ひとつ持たせてはならないと言いつけている。
立ち読み
「逆なんです……。あなたに抱かれると、わたしは強くなれるの。生きていることを感じられるんです。だから──」
だから、抱いて。
声にしなかったその懇願を、ディーターは理解してくれた。
脱ぎかけたマリアンヌのドレスに手をかけると、荒い息を抑えながらゆっくりと脱衣を手伝ってくれる。
シュミーズ一枚になると、マリアンヌの体の線が暖炉の炎に透けて現れた。
すでに何度も見ているはずの体であるにもかかわらず、ディーターはまるで幾年も探し求めていた宝石がやっと見つかったかのような陶酔の表情で、妻を見つめた。
「君は卑怯で……そして残酷だ」
言葉の意味とは裏腹に、ディーターの口調は愛情深かった。
「どうして……?」
「もし君を知らなかったら……。もしあの日、ハーマン男爵と共に君がここに来なかったなら……俺はずっと心穏やかなままでいられた。こんな地獄を知る必要はなかった」
ディーターの指が、マリアンヌの肩にかかっているシュミーズの紐をそっと引き下ろす。
マリアンヌは、そんなディーターの動きのひとつひとつを受け入れた。
呼吸が逸る。
「わたしは……地獄ですか?」
「いいや」ディーターは静かに否定する。「君は天国だ。しかし天国から追放された時、ひとは地獄に落ちる。それが俺の未来だ。だから君は残酷なんだ」
はらりとシュミーズが床に散った。
ディーターはすでに上着を脱いでいたが、前のはだけた白いシャツがまだ残っている。
一糸纏わない裸体の妻が無言の懇願をすると、ディーターは素早くシャツを脱ぎ去った。そしてマリアンヌを横向きに抱きかかえる。
ディーターはそのまま寝台に向かった。
そしてマリアンヌをシーツの上に座らせると「待っていてくれ」とだけ言って、寝室の扉に近づき、なにかを床から拾った。
「あ……」
ディーターが片手に抱えているのは、白い花をふんだんに使った花束だった。部屋に入ってきた時、床に落としたものだ。
──『マリアンヌは白が好きだと聞いた。食堂の壁紙を白に変えてくれ』
エドリンドが教えてくれたことが思い出された。
「機嫌を損ねた美しい妻に」
そう言って、ディーターは柔らかい微笑を浮かべて妻に花束を差し出した。いつもは眼帯に隠れている目尻の薄い皺が、彼の笑みを優しげなものにする。
「わたしに……?」
「俺に妻はひとりしかいないのだから、そういうことになるね。本来なら薔薇にするべきだったのだろうが、生憎(あいにく)季節外れで見つからなかったんだ」
冬に自生する可憐ながらもたくましい小花が、黄緑色の葉っぱと一緒に揺れる。
マリアンヌは花束を受け取り、香りを嗅いだ。
「素敵……。可愛いです」
別の女性のところへ行ってくれと彼を追い払ったのはマリアンヌなのに……浮気をするどころか、こんなロマンチックなものを用意してくれていたのだ。
必ずしも長さの揃っていない花束は素朴で、町で注文したものには見えなかった。
「あなたが摘んでくださったのですか……?」
「そう、滑稽だろう? 俺のような厳(いか)つい見てくれの男が、妻の愛情を取り戻そうと森の茂みで花を摘む……。自分のなにが悪かったのだろうと自問自答しながら」
ディーターはまったくユーモアのない男というわけではなかったが、大抵は皮肉の効いた乾いた冗談を言った。
それがどうだ。
今の彼は繊細で、柔らかい。裸なのはマリアンヌなのに。死を宣告されているのはマリアンヌなのに。それでも今はマリアンヌが彼を守るべきなような気がした。
「それは、本当に可哀想なひとですね。同情してしまうわ」
ふふ、と小さく笑いながらささやく。
「そうだ。だからどうか……この男を憐れんでくれ。この男のために生きてくれ。この男を残して、どこかへ行かないでくれ」
これは二度目のプロポーズだったと、あとになってマリアンヌは思う。
ディーターは寝台に乗り、すでにシーツの上に座っていたマリアンヌの前にかがみ込んだ。ディーターは妻のつむじ辺り、それから額に口づけて、ほっそりとした白い背中を撫でる。
夢のように甘やかな時間だった。
ふたりの体がさらに親密に重なると、マリアンヌは花束を手から落とした。花の香りよりも濃厚な、互いの体からほとばしる芳香に理性が薄れていく。
大胆な気持ちになって、マリアンヌは自らディーターの唇に唇で触れた。舌を入れようとすると、ディーターは感極まったようにきつくマリアンヌをたぐり寄せる。
深い口づけが呼吸を奪った。
「は……っ、んっ」
胸の頂の蕾がディーターの硬い大胸筋にこすれて、マリアンヌはピクッと震える。
マリアンヌが握ろうとしていた口づけの主導権は、すぐにディーターの手に渡ってしまった。マリアンヌは首を反らして、ディーターの舌が口腔を犯し尽くすのを受け入れる。
ピチュ、クチュ、と唾液が混じり、マリアンヌの体は火がついたようにぐんと熱くなった。
熱気に浮かされたトロンとした瞳でディーターを見つめると、彼はなにか聞き取れない言葉をうなるように漏らした。ディーターはマリアンヌの背中をシーツに下ろすと、彼女を仰向けに横たえた。
「俺がこれからすることは、君を傷つけるだろうか」
ディーターの切ない声が寝室に響く。
「いいえ。ディーター様。いいえ……」
「たとえそうでも、止めることのできない俺を許して欲しい」
マリアンヌ、とうわ言のように妻の名を呼びながら、ディーターは細やかな愛撫をはじめた。
自分の想いに素直になれたことで、マリアンヌの体はいつもよりさらに正直に反応する。
「う……ひぁ……ん、あぅ……」
「今夜は特によく……感じてくれているようだな」
「だって……。あ! はぅ……っ」
両手でマリアンヌの片方の乳房をぎゅっと揉み上げたディーターは、その桃色の頂を口に含んだ。快感が稲妻のように頭のてっぺんから爪先まで駆け巡る。
マリアンヌはディーターの髪に手を差し入れて彼の頭を抱えた。
眼帯をしていないディートリッヒ・クラウスフェルドはいつもより野性的で、それでいて繊細で……マリアンヌは再びこの男性に恋に落ちた。
さらに深く。
ずっと強く。
この肉体が消えても、マリアンヌの慕情はなんらかの形で存在し続け、この男性を愛し続ける。そうとしか思えなかった。この恋が消えるなんてありえなかった。
「……っ、はっ、ディーター……様……」
「ずっと、言いたかったことがある。マリアンヌ」
「なん……ですか……? あんっ」
「その『ディーター様』はやめてくれ。君にはもっと親しく……親密に俺を呼んで欲しい」
「で、でも……あなたを呼び捨てにするわけには……」
結婚後も伴侶を敬称つきで呼ぶことは特に珍しいことではない。貴族間……特にマリアンヌとディーターのように元の身分に差がある場合は、まったく普通のことだった。
夏の氷のようにマリアンヌを溶かしていた愛撫をピタリとやめ、ディーターは顔を上げた。
マリアンヌはもどかしさに戸惑い、身をよじる。
「ど、どうしてやめてしまうの……?」
「ゲームをしようか」
ディーターは大人の色気を孕んだ笑みを浮かべながら、低い声でささやいた。
「ゲーム……」
「そうだ。君が大人しく俺の名前を呼ぶなら……ご褒美をあげよう。こんなふうに」
「きゃう……っ!」
敏感にとがった乳首を再び咥え込まれて、マリアンヌは啜り泣く。硬くなった蕾を舌で転がされ、ビクビクと肢体を震わせる。
「ん……ぁ……」
「しかしその『ディーター様』に固執するなら、罰を与えなくては」
マリアンヌの水色の瞳は大きく見開かれた。「罰?」
「そう、罰だ。大人しく夫の言葉に従わない罰……もしくは、夫と精神的な距離を置こうとする罰……か」
「そんなことじゃ、ないんです……」
マリアンヌはあくまで、ディーターを敬っているからこそ敬称を使っていたのだ。ふたりの親密さや精神的な距離とは関係ない。そう説明しようと唇を開きかけた時、ディーターがマリアンヌの両手首を捕まえ、彼女の頭上に押さえ込んだ。
「だったら呼んでごらん。今すぐ」
硬くしこった胸の頂に、フッと短く息を吹きかけられる。
マリアンヌはピクンと痙攣した。でも足りない。しっとりと濃厚に愛されていた肌は、もっと強い刺激を求めて泣いている。
「でも……こんな格好で……はじめて……なんて、恥ずかしいわ」
「じゃあご褒美はおあずけだ、マリアンヌ。そんなに難しいことじゃない。俺の名前を呼ぶだけだ……君の口から俺の名前を聞きたい。名前だけを。爵位も立場もない、俺たちふたりの魂だけがここで愛を交わしているのだと、その可愛い唇で証明してくれ」
爵位。立場。事業への責任……。
ディーターのような男性の妻になるということは、そういった彼に付随する義務や役目をも、彼と一緒に背負うということだ。マリアンヌは自身の健康が許す限り、その債務をまっとうしてきたつもりだった。
でも……。
「つまりあなたは……わたしに甘えたいんですね」
ちょっと意地悪くからかうと、ディーターはそれをマリアンヌからの挑戦と受け取ったらしかった。
「間違った答えだな。生意気な妻には罰を与えなくては……」
「あん!」
もうひとつの乳首の先端を、チロリとかすかに舐められる。やっと触れるか触れないかの微小な接触で、快感を得るには弱すぎた。
でも、なにも感じないには、艶めかしすぎた。
「や……そんなに焦らさないで……」
小刻みに震えながら懇願するマリアンヌに、ディーターは切なくも優しげな笑みを浮かべる。
「どうやったら欲しいものが手に入るのか、君はもう知っているはずだ。一度でいい。言ってごらん」
「ふ……っ」
「こんなに膨れて、ひくついている……。可哀想な蕾だ」
そしてまたフーッと息を長く吹きかけられると、たまらなくなってマリアンヌは涙ぐんだ。
「ディー……タ」
「もっと強く。もっとはっきりと」
ディーターはマリアンヌの胸の谷間に指を滑らせ、するすると絵を描くように肌をたどった。
「ひぅ……っ、ディ……ディー……ア」
「そうだ……。いい子だ。君は俺に愛されるために生まれてきたんだ。その声。この肌……」
再び舌の先端で触れるだけの悪戯を両方の乳房に仕掛けられる。マリアンヌの中で、羞恥が欲望に負けた瞬間だった。
「ディーター」
マリアンヌはかすれた声で、夫の望み通りに彼を呼んだ。
「いやよ……お願い。ちゃんと……して。こんなふうに、いじめないで」
ディーターは一瞬だけ目を閉じ、マリアンヌのささやきを胸に刻んでいるようだった。そして隻眼を開くと、マリアンヌを賛美する微笑を浮かべた。
「君が悪いんだ。君がそんなに可愛らしくて、愛らしくて……俺から逃げようとするから、俺はろくでもない男になる」
「ディーター……」
「そしてこのろくでもない男は、どこまでも君を愛している。いいかい、それを忘れないでくれ」
「はい……。はい。だから……お願い……」
マリアンヌの懇願は具体性を欠いていたが、それにわからないフリをするほど、ディーターは意地悪ではなかった。彼の言う『ご褒美』を与えるがごとく、適度な強さでキュウッとマリアンヌの乳首を口に含んで吸い上げる。
「はあんっ! あ!」
「どこにも行くな。行かないでくれ……いや、行かせない……」
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