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仮面の心を奪うのは ~黒狼陛下と噂の王女様~

水上涼子 / 著
天路ゆうつづ / イラスト
定価 1,320円(税込)
発売日 2022/03/25

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内容紹介

オレの妻だ。誰にも渡さない。
「弱い部分も、過去も含めて愛している。あなた以外目に入らない」美姫と名高い王女・アリーチェが、適齢期を過ぎても未婚なのには“ある事情”があった。国同士の利害が一致したことで、隣国の新皇帝・オルウェイのもとへ嫁ぐことに。人間離れした強さを持ち、腐敗した前政権を倒した国の英雄。アリーチェがそんな彼と結婚するのは、ただ参謀として国の復興を支えるため。そう思っていたのだけれど。「オレの妻だ。誰にも渡さない」まるで本当に愛されているかのような情熱と執着で楔を埋め込まれ、高まる期待を止められず…? 黒狼皇帝と、悪女と噂の王女。二人がたどり着く、唯一つの純愛。

立ち読み

噂(うわさ)の王女様


「こんな石で私を買えると思ったのですか」
 意図せず出た低い声に、アリーチェは自分自身でも驚いた。目の前の男はさらに驚(きょう)愕(がく)したようで、手を差し出した姿勢のまま固まっている。反射的に振り払った手は彼の手を直撃し、質量のあるものが謁見室の上質な絨毯(じゅうたん)の上に転がり落ちた。金細工の施された赤い小箱。中から飛び出したのは虹色に輝くダイヤモンドで、猫の目ほどの大きさもある。
 部屋にいた者たちは一斉に非難の目をアリーチェに向けた。王族に対して不(ぶ)躾(しつけ)な態度だが、悪女と名高いラトニア王国第一王女アリーチェに対してだけは、このような視線も日常茶飯事だ。
 男は唇を震わせながら口を開く。
「そ、そんなつもりではありません! ただ、王女殿下に喜んでいただこうと……」
 アリーチェは大袈裟にため息をついて見せた。
 強欲で淫乱、金を積めば誰にでも体を許す。アリーチェに関して、そんな噂がまことしやかに囁かれている。それを知った上で宝石を差し出すのだから、彼の目的など明らかだ。
 だが、問題はそんなことではない。アリーチェはダイヤを横目で睨(にら)みながら問いかける。
「一介の商人が買えるものではありませんよね?」
「実は、クリケイティアで小麦がいい値で売れたのです」
 男は直立の姿勢になり、得意げに北方の友好国の名を挙げた。アリーチェを見る目には度を越えた思慕が滲(にじ)む。悪女と非難される一方で、女神と謳(うた)われる美貌に吸い寄せられる輩(やから)が多いのも事実だった。もう一度大きなため息をつくと、そんな仕草にも男はうっとりと頬を染めた。
 アリーチェは突き放すように、敢(あ)えてさらに低い声を出す。
「クリケイティアに売った金額だけではこのダイヤは買えないでしょう?」
「えっ……」
「本当のことを言ったらどうです? クリケイティアを経由してオーランドに売ったと。それも、協定の三倍の値で」
 アリーチェの指摘に、男は目に見えてうろたえた。何故分かったのかと表情が訴えている。敵国であるオーランドとは正式な国交がないから、バレないと思ったのだろう。
 しばらく逡巡(しゅんじゅん)した後、男は苦しい言い訳を口にした。
「オーランドでは物価上昇が著しいため、小麦が高値で売れるのです」
 商人なら利益を追求して当たり前、と言いたげだ。しかし、主食である小麦に関して、ラトニアでは人々の生活を守るために価格の上限を定めている。それは卸先が敵国だろうと関係ない。
「協定はご存知でしょう?」
「もちろんです。ですが……この宝石を買うために、急ぎで現金が必要だったので」
 男はダイヤを拾い上げ、そっと小箱に戻す。そして、まるでアリーチェのために協定違反をしたとでも言うように、もう一度差し出した。アリーチェが本気で宝石を喜ぶと信じているのだ。
 アリーチェは黙って宝石を見つめる。それを納得と捉えたのか、男は急に熱弁をふるいだした。
「オーランドの弱みにつけ込む好機でもあります! かの国はもはや瀕死の竜。このまま物価の高騰を後押しすれば、直(じき)に内部から崩壊するでしょう。大陸の脅威がなくなれば、我々も安泰です」
 侵略戦争を繰り返すオーランドは、各国共通の敵だった。だからこそ、周辺諸国は手を組んできた。その脅威がなくなれば、どうなるか。
 裕福で軍事力の劣るラトニアは、たちまち恰好の獲物として狙われるに違いない。
 最悪のシナリオだとも気づかず恍(こう)惚(こつ)と語る男の様子に、アリーチェは寒気を覚えた。
「だから協定違反をしてもいいと? 誰が許可をしたのですか?」
「え、いや、許可は……」
 男は再び口ごもる。
 アリーチェはクイッと顔を上げ、毅(き)然(ぜん)とした顔で宣言した。
「協定違反をした商人と二度と取引はしません」
「王女殿下!?」
 男は悲鳴にも似た叫び声を上げた。手から力が抜ける。ダイヤが再び絨毯の上に落ちると、周りから一斉に非難の声が上がった。
「そこまでしなくても」
「思わせぶりに気を引いておいて」
 聞こえよがしにメイドたちが言う。しかし、アリーチェは全く表情を変えなかった。
「だ、だって……会うたびに笑いかけてくださったじゃないですか」
 震える足取りで一歩、二歩と男が近づいてくる。うんざりした態度で二人の衛兵が男の行く手を阻んだ。
「王女殿下!」
 縋(すが)るような声に、アリーチェはくるりと背を向けた。
「今後一切、私の前に顔を出さないように」
 背中越しに言い、足早に部屋を出る。
「お待ちください!」
 呼び止める声にも振り返ることはなかった。


***


 自分の執務室に戻ったアリーチェは椅子に座って大きく息を吐いた。紙とインクの香りが充満したこの部屋は、一番落ち着く場所だ。王族としては異例だが、五年前から専属の護衛と侍女を置かなくなったため、呼ばなければ誰も入ってこない。寂しいと思う気持ちはとっくになくなり、今では一人の気楽さにすっかり慣れてしまった。
 机に置いた鏡には、眉尻を下げた情けない顔が映っている。
「また……こんなことになるなんて……」
 アリーチェは苦しげに呟(つぶや)く。
 彼とはずっと事務的な関わりに徹してきたのに、まさか挨拶程度の微(ほほ)笑(え)みで勘違いされるとは思ってもみなかった。
 苦い記憶とともに一人の人物の顔が蘇(よみがえ)る。王太子アルフレッド。彼は今、クリケイティアを訪問している。今回の件も彼が関わっていると見て間違いないだろう。
 七歳年上の従兄である彼は幼くして優秀さを認められ、国王の後継ぎとして育てられてきた。端整な容姿と優美な物腰で男女を問わず人気が高い。しかしその裏で、幾度となく不可解な行動をしてきた。言葉巧みに周囲を唆(そそのか)し、アリーチェにけしかけるのだ。憧憬、嫉妬、敵意。あらゆる感情を煽(あお)って相手を操り、結果としてアリーチェを貶(おとし)める。それは魔術でも使っているかのように巧みだった。
(そんなに私が目(め)障(ざわ)りなら……いっそのこと殺してくれればいいのに)
 アリーチェは唇を噛みしめる。ただアリーチェを貶めるためだけに利用された商人の今後を思うと胸が抉(えぐ)られるようだった。
 鏡の中に映るのは、サファイアと称される碧(あお)い瞳、薔薇色の頬、絹糸のような金髪。アリーチェはトラブルばかり起こすこの顔が好きではない。しかし、本人の思いとは裏腹に、二十歳になってますます容姿に磨きがかかっているように見えた。
 アリーチェはふるりと首を振って鏡を伏せ、仕事に取りかかることにした。各地からあがってきた小麦の相場をまとめ、国王に提出しなければならないのだ。今は国の問題を片付けるのが先である。
 表にまとめてみると、各地の情勢がよく分かった。オーランドの急激な物価上昇は異常とも言える状態で、早急に手を打たなければ、先ほどの男の言葉が現実となるだろう。
「それだけは避けないと」
 アリーチェは自分に言い聞かせるように呟き、壁に掛かっている大陸の地図に目を向けた。中心に位置するオーランドは大陸の三分の二を占める大国だ。大陸統一を夢見て無謀な戦争を続けてきた結果、国力は衰えてしまったが、騎馬隊を中心にした軍事力は最強を誇る。一方、大陸の東に位置するラトニアは周辺諸国の中でも一際小さい。しかし、温暖な気候と貴重な資源に恵まれているため、大陸で一番豊かな国だ。隣接する国々とは今のところ友好を保っているが、虎(こ)視(し)眈々(たんたん)と資源を狙っているのは明白で、オーランドの脅威がなくなればすぐにでも行動にでるだろう。
 ラトニア軍は空中戦に特化しており、地上戦の経験がほとんどない。国境に巨大な山脈があるオーランドとは優位に戦えたが、他の国が相手では厳しい戦いになる。
(解決策は一つしかないわ)
 アリーチェは紙を取り出すと、ペンを走らせた。



噂の黒狼(こくろう)陛下


 ラトニア王国の朝は畑仕事から始まる。この国唯一の王女、アリーチェも例外ではない。陽が昇るのと同時に起き、身支度に取りかかる。綿シャツともんぺがお決まりの恰好だ。宝飾品は小指に嵌(は)めたサファイアカラーのねじれリングだけ。王族に連なる者だけが持つことを許されるもので、通信機能を有するため肌身離さずつけている。
 最後に麦わら帽子を深くかぶると、籠を片手に部屋を出た。
 初夏を迎える日差しは、早朝にもかかわらず痛いほど強い。陽が高くなる前に作業を終えてしまおうと、急ぎ足で裏庭へ向かう。こぢんまりとした王宮に比べ、裏庭は端が見えないほど広大で、様々な種類の野菜が育てられている。今年は天候に恵まれたおかげで、例年より生育がよい。
 むせかえるような青い空気の中を進んでいくと、背丈を超えるほどに成長したトマトの木の陰に先客がいた。
 アリーチェよりややくすんだ金髪、濃い碧の瞳。麦わら帽子にもんぺ姿という服装も、小指の碧いリングも同じ。この国の王である。
「おはようございます、陛下」
 アリーチェが膝を折って臣下の礼をとると、国王は盛大に顔をしかめた。
「おはよう。堅苦しいねぇ」
 父とはいえ、相手は国王。アリーチェは十五歳の時から感情を見せないよう王女の仮面をかぶり、一貫してこの態度をとっている。薄く笑って国王の言葉を受け流し、用件を促した。
「どうされました?」
「昨日は派手にやったようだね」
「派手にやったつもりはありませんが、そういう話になっているのですね」
 大方、ダイヤを投げ捨てたとか、相手を罵ったとか、大袈裟に伝わっているのだろう。噂による偏見のせいで、大体はアリーチェが悪者だ。けれど、いまさら悪女伝説が一つ増えたところで何とも思わない。王太子の目(もく)論見(ろみ)通りの結果になっただけだ。
 言い訳もしないアリーチェに、国王は残念そうな視線を向ける。しかし、それ以上深追いはせず、話を切り替えた。
 彼はポケットから手紙を取り出し、ヒラヒラと振りながら言う。
「黒狼陛下がやってくる。迎えの準備を頼むよ」
 半ば予想していた人物の名に、アリーチェは軽く頷(うなず)いた。黒髪黒目の風貌から黒狼と呼ばれるその人は、オーランド国皇帝オルウェイ。異国出身の妾(しょう)を母にもつ不遇の第三皇子であったが、数か月前にクーデターで帝位を手に入れた。
「思ったより早かったですね」
「そうだね。君が出してくれた資料が役に立ちそうだ」
 来訪の目的は支援の要請に他ならないだろう。オーランドを救うにはラトニアが援助をするしかないと考えたアリーチェは、提供可能な食料や燃料の量を予(あらかじ)め見積もっておいたのだ。
「早い来訪は何よりです。金貨の対策も早いほどいいでしょうから」
 突然あがった金貨の話題に、国王はにんまりと笑う。
「やっぱり気づいていたの。さすがだね」
「恐れ入ります」
 オーランドの前皇帝は残虐な暴君だった。オルウェイは簒奪者(さんだつしゃ)ではなく、国を救った英雄として国民に支持されている。本来なら国内の物価は安定していいはずだ。それなのに高騰を続けるのは、オーランド金貨そのものの信用度が下がっているからである。
 そこから導き出される答えは贋(にせ)金(がね)の流通。しかも、大量の。規模からして国家主導としか考えられない。
 国王はにこやかに話を続ける。
「見た目はそのままに、金の含有率を減らしていたようだ。重さの違いで商人たちは気づいたらしい」
「そうだったのですね」
 アリーチェは神妙に頷いた。
 対照的に国王はにんまりと笑う。
「黒狼陛下に会うの、楽しみだね」
 軽い調子で言うが、それはそれで別の心配があった。オルウェイが黒狼と呼ばれるのは、風貌だけではない。その強さだ。人間離れした身体能力、容赦なく敵を討ち取る残忍性……たった百騎で十倍以上のサザール軍を殲滅(せんめつ)させたのは有名な話だ。万が一ここで暴れられれば、ラトニア兵に為す術(すべ)はないだろう。
 しかし、アリーチェの不安を読んだ国王は軽快に笑い飛ばした。
「ハハハ、君の心配はもっともだが、彼は無駄な戦いなどしないよ」
「そう……なのですか」
「戦い方を見ていれば分かる。勝利後は深追いせず、有利な条件で停戦をつきつけた。すべての戦争を終わらせたのは彼だ」
「第一、私の首を取ったところで食料は手に入らないでしょ」
 物騒なことをさらりと言われ、思わず顔が引きつる。だが、言われてみればその通りなのだ。
「分かりました。それで、いつ頃いらっしゃるのですか?」
「二週間後ぐらいかな。今日、返事を書いたから」
「え? オーランドの王都からここまで、一か月以上かかりますよ」
「おそらく、もう出発しているだろう」
「はあ……?」
 アリーチェは思わず間抜けな返事をしてしまう。
「逆にそれぐらいでたどり着かなければ、その程度の人物だったということだ」
 オーランド国民の困窮は限界に近い。真に国民のことを考えるなら、何をおいても駆けつけてくるだろう。また、疾風のように戦場を駆け抜けた猛者(もさ)なら、それも可能なはず。国王の言葉にはそんな期待が滲んでいた。
(会ったこともない相手に、珍しい……)
 アリーチェは、自分が今では失ってしまった期待を寄せられる相手を、少しばかりうらやましく思った。
 国王はポケットからもう一枚紙を取り出し、アリーチェに差し出す。開いてみると、皇帝と側近に関する情報が書いてあった。外見的特徴、戦歴、性格……女の好みまで。幅広い情報網をもつ国王だが、ずいぶん手回しのいいことである。
「商人たちはスパイなんかよりよっぽど情報を持ってるからねぇ」
 からからと国王は笑う。
「そうそう。舞踏会も開くから。君も着飾って出るんだよ」
 予想外の言葉に、アリーチェは目を瞬いた。
「よろしいのですか?」
 不名誉な噂のある王女など、重要な駆け引きの場では邪魔になるのではないかと思ったのだ。
 しかし、国王は小さく肩をすくめるだけだった。
(人柄を見極めるために、敢えて噂の王女を使うおつもりなのね)
 この容姿が役に立つなら喜んで参加しようと、アリーチェは膝を折って了承の意を伝えた。



ようこそ黒狼陛下


 それから十日後。皇帝一行と見られる人物たちが国境を越えたと辺境伯から連絡があった。顔ぶれも国王の予想通りで、オルウェイと五人の側近たち。側近は全部で六人いるが、近(この)衛(え)騎士隊長のマクシムだけが来ていないようである。
 マクシムはクーデターで大粛清を担い、オルウェイ以上に恐れられる人物だ。ラトニア戦で兄を亡くしているため、留守役にまわったのだろう。今回の支援を機にオーランドと友好を結べればいいと思うが、戦いの中で命を落とした者の遺族がいることを思えば、そう簡単にはいかないのかもしれない。アリーチェはいくつか案を練ってみたが、妙案は思い浮かばなかった。
 国境を越えてから五日後、皇帝一行は王都に到着した。国内に入ってから五日もかかったのは、街を視察していたためらしい。アリーチェはその報告に眉をひそめたが、国王は笑い飛ばす。
「街づくりに興味があるのだろう。真摯に我が国から学ぼうとしている。いいことじゃないか」
 報告を聞くたびに、国王の評価は上がっていった。
 いよいよ皇帝一行がやってくる日。アリーチェは朝から補佐官たちと議案の最終調整を行っていた。国王がよりオーランドに有利な内容に変更するよう指示してきたため、ぎりぎりの作業になってしまったのだ。今年の収穫予想を睨みながら、融通できる量を上積みする。燃料については、ラトニアが誇るジルコニア鉱石の採掘量を、十パーセント増産し提供することになった。
 だが、一時的にしのいだところで、オーランド国内の生産性を上げなければ、根本的な解決にはならない。農地改革等の技術支援も必要なはずだが、国王には何か考えがあるのだろうか。
 ほどなくして皇帝一行到着の声が届く。アリーチェは窓辺に寄り、そっとカーテンの隙間から外をのぞいた。二階にあるこの部屋からは正面の入り口がよく見える。外からは曇りガラスに見えるため、訪問者を観察するにはもってこいの場所なのだ。
 馬車から降りた一行は黒い軍服姿で、夜を纏(まと)った集団のように見えた。誰もが長身で、丸腰だというのにやけに凄みがある。聞きしに勝る迫力だ。
 アリーチェは国王の情報を思い出しながら一人一人を観察する。一人だけ白い服装なのが宰相ミハイラだ。オルウェイとは幼なじみの間柄で、側近の中で唯一の文官である。銀髪に紫の瞳と神秘的な容姿をしているが、中身は実直な仕事の虫と聞く。優れた記憶力と処世術でオルウェイの治世を支える、現政権のブレーンだ。
 とりわけ大柄なのが将軍ラズベルだろう。二メートルを超える身長と鋼のような筋肉を持ち、オーランド一の剛剣と名高い。今現在軍のトップだ。オルウェイに戦闘のノウハウを叩き込んだ人物でもあり、側近の中では最年長の三十歳になる。
 若い二人は戦場でオルウェイの部下だった人物で、赤髪の方がクラウス、茶髪の方がエヴァン。現在は近衛騎士という立場にある。
 残る二人がオルウェイと護衛のダリウスだ。どちらも黒髪で、容姿もどことなく似通っている。公爵家出身のダリウスは皇族と親戚関係にあるためだろう。だが、圧倒的なオーラを見れば、中心に立つ人物こそが皇帝オルウェイだとすぐに分かる。鋭い眼光、鍛え抜かれた肢体……本当に野生の狼そのもののようだ。いや、むしろ狼の方が可愛く思えるほど。
「すごい……」
 おそらく、ラトニア兵が十人がかりでも傷一つつけられないだろう。アリーチェはぶるっと身震いした。
 次の瞬間、急に皇帝がこちらを見た。
「え!?」
 アリーチェは咄嗟にカーテンの陰に隠れた。今、目が合わなかったか。
「そんな馬鹿な!」
 かなりの距離があるし、向こうからは見えないはず。視線に気づくなどありえない。ドキドキと早鐘を打つ心臓を押さえ、気のせいだと自分に言い聞かせる。もう一度そうっとのぞくと、もう皇帝はこちらを向いておらず、迎えに出た国王と握手をしていた。
 しかし、今度は別の意味でアリーチェは悲鳴を上げた。
「陛下!?」
 なんと国王は農作業着姿だったのだ。


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