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憧れの王子様でしたが、この結婚お断りします!

火崎勇 / 著
ODEKO / イラスト
定価 1,320円(税込)
発売日 2022/04/28

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内容紹介

君の前では、恋に狂った愚かな男だ
公爵令嬢アンネリーゼは、憧れていたルーファス王子の「婚約者は誰でもいい」という台詞を聞き大ショック。拒否するも、兄の策略で婚約者候補筆頭となり、宮廷に部屋を賜るアンネリーゼ。本当に愛しあって結婚したいと、ルーファスの求める従順な女性とは正反対の態度をとるが、それがなぜか「面白い女」とルーファスの興味を引いたようで!?「君 以上に王妃に相応しい女性はいない」と、最奥まで疼くような愛撫で身体を絶頂へ引き上げられ、純潔を散らされて……。自分だけを見つめて欲しいのに、誰でもいいという言葉にアンネリーゼは素直になれなくて――。恋に興味のなかった王子様と愛を大切にしたい公爵令嬢の溺愛!!

立ち読み

 デアル国のルクセリア公(こう)爵(しゃく)家の娘として生まれた私、アンネリーゼ・ルクセリアは何不自由のない生活を送っていた。
 お父様は筆頭大臣、少し年の離れた眼鏡の素敵なクロウドお兄様も既(すで)に城での勤めを始め、王子の友人という立場も得ている。
 私自身も、亡くなられたお母様譲りの銀の髪に紫がかった青い瞳を持つ美しい娘と言われている。
 でも外見だけでなく、およそ貴族の令嬢としての教養と思われるものは全て身につけていたし、本を読むことも好きということの方が自慢だ。
 新しいこと、知らないことを学ぶのが好きなので、本当は社交界のデビューよりアカデミーに行きたかったのだが、それにはお父様にもお義(か)母(あ)様にも反対されてしまった。
 後妻に入ったエレーナお義母様はお兄様や私のために自分の子供は作らないと言い、私達を本当の子供のように扱ってくれるとても優しい方だ。
 ただ後妻であることに引け目を感じていらっしゃるのか、私に強くものをおっしゃらない。
 毎日が平穏で、楽しく過ごしていたのだが、社交界へのデビューが決まり、数日後には王城でのパーティに出席が決まった。
 いよいよだわ。
 従姉妹(いとこ)のお姉様から、社交界は華々しいけれどあまり気持ちのいい場所ではないわよ、と聞かされていたので少しの不安があったけれど、公爵家の娘として社交界デビューは避けて通れない道。
 立派に務めてみせようと思っている時だった。



「ルーファス王子様?」
「はい。クロウド様が先程お戻りになられたのですが、ご一緒にルーファス殿下が」
 ルーファス殿下、と聞いて私の胸は高鳴った。
 今までも何度かお兄様と一緒にこの屋敷を訪れた美(び)貌(ぼう)の王子に、娘らしい憧れを抱いていたからだ。
 私は社交界のデビュー前なので、いかに相手が王子と言えど言葉を交わしたのはご挨拶程度だけれど、とても凛々(りり)しく、聡明な方だという噂は耳に入っていた。
 そしてきっとそうなのだろうなと思わせる雰囲気のある方だった。
 社交界にデビューすれば、お兄様とのお話に同席させて戴いたり、パーティなどでお会いして、もっとお話をすることができるだろう。
 でもまだ今は、だめね。
 いらっしゃったというのに挨拶をしろと呼ばれなかったことから、今回はお顔を見ることもできないかもしれない。
 今までだって、私が屋敷にいるのに『いらしてましたよ』の事後報告で終わることは何度かあったのだ。
「お兄様達は今どちらにいらっしゃるのかしら?」
 私室に入られてしまったら、もうお会いすることはないだろう。そういう時はお二人で内々のお話をする時だから。
 でも今日は少し違うようだ。
「お庭をご覧になるとおっしゃってましたよ」
「お庭?」
 珍しい。
 私室でお兄様と二人きりか、居間でお父様達とお茶が通例なのに。
 ちなみに、お茶の時にはご挨拶をさせて戴ける。
 眼を輝かせた私に何かを察したのだろう。侍女のシアはじろりと私を睨んだ。
「アンネリーゼ様、クロウド様と殿下がお二人だけでお話になってらっしゃるのですから、何か重要なことをお話になられているのかもしれません。お邪魔をしてはいけませんよ」
「わかっているわ。呼ばれてもいないのに、のこのこと顔を出しに行くわけがないじゃない」
「よいお返事です」
 シアは満足げに頷(うなず)いてから続けた。
「お嬢様が浮足立つのもわかりますわ。殿下は素敵な方ですものね。真っ黒な髪に深い緑の瞳。あんなに黒い髪は我が国では珍しいですわ。南のファムから嫁がれた先代の王妃様が黒髪でしたから、その血が出たのでしょう」
「そうなの、あの黒髪は素敵よね」
 お父様は薄いブラウンの髪、お兄様もお父様と同じく薄いブラウン。お義母様は金髪。この国の人間は大体が茶か金の髪だ。
 私のお母様と私は銀色だけれど、これは金髪が薄くなったものだろう。
 黒髪は珍しい髪の色だった。
 私が殿下に憧れる理由の一つでもある。
「お茶の支度を命じられてましたから、きっとお茶の席でお会いできますわ」
「そうね。それを楽しみにするわ」
 私の返事を聞いて、彼女は微笑んだ。
「それでは、私は奥様のお支度を手伝ってまいりますので」
「ありがとう、シア」
 シアはお義母様の侍女なので、私は礼を言った。
 突然彼女が部屋を訪れてドレスを着替えるように言ったのは、殿下がいらっしゃっているから歩き回らないようにという注意と、呼ばれるかもしれないからもっといいドレスに着替えなさいということだったのだろう。
 私は躾(しつけ)の良い娘だという自覚はある。
 けれど同時に普通でいることがつまらないと感じる娘であることも自覚している。
 おとなしく部屋で呼ばれるのを待つのが普通なのだが、私は我慢ができなかった。
 彼女が出て行くと私は暫(しばら)く耳を澄ませ、もう彼女が戻って来ないことを確認してからそっと部屋を出てしまった。
 シアの言う通りなら、殿下はお茶に呼ばれるだろう。
 でもその席に私が呼んでもらえるとは限らない。あと数日とはいえ私は社交界デビュー前だから、呼ばれなかったり、またご挨拶だけで終わるかもしれない。
 私がはしたないことを考えたのは、珍しく二人がお庭に行ったと聞いたからだ。
 私室や居間では追い出されたらおしまいだけれど、お庭ならそっと物陰から二人の様子を見ることができるかもしれない。
 お兄様と殿下はとても親しいと聞いていた。
 二人がどんなことを話しているのか、興味が出たのだ。
 難しい政治のお話なら、すぐに離れよう。でも他愛のない服や馬の話だったら、ちょっと耳を傾けてみたい。
「お庭に行ったということはきっとガゼボね」
 私はわざわざ屋敷の端まで行ってから庭へ出た。
 正面から出たのでは誰かに見つかるかもしれないし、ガゼボの方からも見えてしまう。なので遠回りでも端から植え込みづたいに近づいた方がいいと思ったのだ。
 園(えん)丁(てい)が美しく整えた庭を抜け、星の飾りの付いた白いドームを目指す。
 近くまで来ると、お兄様と黒髪の男性がこちらに背を向けて座っているのが見えた。
 やっぱりここだったわね。
「……人のことを言えた義理か」
 不服そうな男性の声。
 殿下の声ね。
 何の話をしているのかしら?
「言えた義理ですよ。私と貴方では全然違いますからね。これといった相手は思い浮かばないんですか?」
 こちらはお兄様の声だわ。
「いないな。女など誰でもいい。さっさと婚約を決めて煩(わずら)わしい見合い話から逃げられれば」
 え……?
 女など誰でもいい?
 今のは殿下の声よね?
「まあ、あの山積みの釣(つり)書(がき)を見ればそう言いたくなるのもわかりますが」
「それだけじゃない。肖像画も届いている。包みを開かずそれも山積みだ」
 ああ、そういうこと。
 周囲にうるさく言われてふて腐れていらっしゃるのだわ。王子様って大変なのね。
 ルーファス様はお美しくて聡明だし、現王のただ一人のお子様。次期国王は決定だもの、誰もが結婚したがるのでしょう。
 令嬢達だけでなく、その親達も同じに違いない。
「恋愛に興味はないのですか?」
「ない。そんなものは幻想に過ぎない」
「したこともないのでしょう?」
「するほどの相手がいなかったということだ」
「では理想の結婚相手は?」
 私は思わず耳をそばだてた。
「容姿がよく、家柄がよく、私に代わって社交をこなし、私の言葉に逆らわない柔順で煩わしくない女だろうな」
 一瞬、聞き間違いかと思った。憧れの王子様が言うセリフではなかったから。
 そんなことを考えていたの?
 そんな風に女性を見ていたの?
 何て失礼な人だろう。女性をお飾りか従属物とでも思ってるのかしら。
 従姉妹のお姉様が社交界のお話をしてくれた時、『どんなによい人に見えても何を考えているかわからないのよ』と言った言葉を思い出した。
 だから気持ちのいいものではないのだと。
 素敵な王子様だと思っていたのに、ルーファス殿下も中身は違っていたのだわ。
 落胆し、来るのではなかったとその場から離れようとした私の耳に、お兄様の声が届いた。
「では私の妹はどうです?」
 お兄様?
 ちょっと待って、恋愛はしない、都合のいい女が欲しいと言ってる人に私を推挙するの?
「お前の妹? 確か社交界デビューが遅れている娘だな?」
 遅れてるんじゃないわ。去年はお義母様が風邪を召したから遠慮したのよ。
「今なら、誰も見ていない花が見られますよ」
「くだらん。王妃の兄になりたいのか」
「なれるのなら。お茶の席で見合いをしてみましょう。きっと……」
 私は最後まで聞かずその場を離れた。
 もうこれ以上二人の会話を聞きたくなくて。
 幻滅。
 ルーファス様が、女なんかどうでもいいと思ってる人だったなんて。
 年が離れていてお務めもしていらっしゃるから、あまりお顔を会わせる機会のなかったお兄様が、王子がそんな人とわかっていて私をどうか、なんて。
 王妃の兄になりたがっていたなんて。
 きっと、もしも私が王子の婚約者になったら立身出世は思いのままになるからね。
 私の幸せより、ご自分の出世を優先させたのだわ。
 悲しみを通り越して、怒りすら湧いた。
 男の人ってみんなこんなものなの?
 私は部屋へ戻ると本を開いて読み始めた。
 傲(ごう)慢(まん)な王子様より読書の方が有意義だもの。
 けれど暫くするとメイドが私を呼びに来てしまった。
「お嬢様、クロウド様がお呼びでございます」
「……お兄様だけ?」
「いいえ、旦那様と奥様、お客様もご一緒です」
 お兄様だけなら気分が悪いと逃げたかったのだが、お父様達も一緒では逃げるわけにはいかないわね。
「今行きます」
 渋々と私はメイドについてティールームへ向かった。
「お兄様、お呼びでしょうか?」
 入り口で軽く会釈をして中に入る。
「お客様だ。こちらに来なさい」
「はい」
 しずしずと入ると、正面の席には黒髪の男性が座っている。
 夜の闇のように真っ黒な髪、エメラルドのような深い緑に輝く鋭い瞳、整った顔立ちはきりっと凛々しく威厳すら感じる。
 もしも、さっきの話を聞いていなかったら、また会えたと喜んでいたでしょう。
 けれど今は、その美しさもご自分の容姿に自信があるから女性を軽んじる理由なのね、としか思えない。優雅な落ち着きすら、高慢に見えた。
「やあ、アンネリーゼ久しぶりだね」
 にこやかに声をかけられても、もう前のようにはときめけない。
「はい、殿下」
 でも中身がどんな人であっても、王子に対する礼儀は尽くすわ。
 私はスカートを摘(つ)まんで膝(ひざ)を屈(かが)め、正式な礼をした。顔を上げると、にこっと微笑まれる。
 ……本当に見かけは素敵なのよ。
「アンネリーゼ、私は別室で父上達に話がある。お前が殿下のお相手をしなさい」
 下心が見え過ぎよ、お兄様。今まではすぐに部屋から追い出していたのに、突然二人きりでお相手だなんて。
 これをお見合いにするつもりね。
 でも『嫌です』とは言えない。
「かしこまりました」
 私は歩み寄り、殿下と同じテーブルについた。
 お茶が運ばれ、私と殿下の前に置かれると、示し合わせてお父様とお義母様とお兄様の三人は部屋を出て行く。
 給仕(きゅうじ)をしていたメイドも退室し、完全にお見合いの席となった。
「アンネリーゼ嬢は、今何に興味をお持ちなのかな?」
 今までだったら、他の令嬢達と同じようにダンスや花と答えただろう。でももう彼に気に入られたいとは思わないので正直に答えた。
「パンですわ」
「パン? パンが好物なのか?」
 殿下がちょっと引いたのがわかる。
 でも私は続けた。
「いいえ。地方によってパンに違いがあるのが面白くて調べております。本当は自分で食べ比べてみたいのですが出歩くことが許されておりませんので、本を読んでおります」
 これはおよそ貴族の令嬢がしないような話題だろう。
 もし王子との婚約となったらいかに公爵家といえど断ることはできない。でも、誰でもいいと思っている人のところに嫁ぎたくはない。
 私は私を望む人の手を取りたいのだ。
 貴族の結婚は本人の自由にはならないが、公爵家の娘ならばある程度は選べる。お父様も私に甘いし、愛する人ができたらそれを許してもらえるだろう。
 だから、『女なら誰でも』の人は無視よ。
「どのような違いがあるのかな?」
「バターの量ですとか、小麦の粉の挽き具合ですとか、発酵の時間や発酵させるための種ですとか、様々です」
「何故(なぜ)そのようなものに興味が?」
「食べ物は大切ですもの。それに、私は見たことのないものが好きなのです。知らないことを知るのも」
「お芝居等は観ない?」
「もちろん観ますわ。大好きです」
「では宝石やドレスは?」
「それはあまり。お義母様がご用意くださるので」
「ルクセリア夫人は君の産みの親ではなかったな」
「はい。でも私は大切にして戴いておりますわ。私の産みの母は病気で亡くなりました。その時もしもこの病に効く薬があればと思ったものです。色々調べるのが好きなのはきっとそのせいですわね」
 ルーファス様はポツポツとした話し方で会話を続けた。
 先程お兄様と会話をしていた時とは違う。
 これは私に興味がないからね。柔順な女性が好きならば、こんな話題を選ぶ女性は望みとは違うでしょうし。
「君は今度社交界にデビューするのだろう?」
「一年遅れましたけれど」
 さっき言われていたことを思い出して厭(いや)味(み)っぽく言った。とはいえ、聞かれていたことを知らないのだから厭味にはならないか。
「どうして一年遅らせたのかな?」
「義母が病気になったので。お義母様が私のデビューに立ち会わなかったら口さがない人々が何を言うかわかりませんでしょう?」
「たとえば義理の親子だから祝わない、とか?」
 その言い方にムッとした。
「それは私の望むことではありません」
 誰もが私とお義母様の仲がよくないことを望むのよね。実の母子とまでは言わないけれど、私達はとても仲がいいのに。
「今回は夫人も立ち会う?」
「もちろんですわ。デビュタント用のドレスも選んで戴きました」
「ではそのパートナーを私が務めてあげようか?」
「まあとんでもないことでございます。私のような者が殿下の隣に立つなんて」
 彼は『おや?』という顔をした。
 断られるとは思っていなかったようだ。
「王子と踊りたいとは思わないのか?」


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