書籍詳細
訳アリおじ様の幼妻になります! 甘ーい新婚生活は幽霊屋敷で
定価 | 1,320円(税込) |
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発売日 | 2022/05/27 |
電子配信書店
内容紹介
立ち読み
第一章 素敵なおじ様に出会いました
「あ、あの……一体どこへ?」
ルフィナは、がっしりと自分の手首を掴んで離さない青年に問いかける。
青年は「まあまあ、いいところだよ」とはぐらかすように笑いかけてくるが、どこか余裕がない。
キョロキョロと視線を彷徨(さまよ)わせては、人気(ひとけ)のない場所へとルフィナを連れていこうとする。
強引に手を引っ張られ、慣れないヒールの高い靴を履いているルフィナは、何度も転びそうになる。
その度に短い悲鳴を上げ、瞳と同じ色のサファイアのイヤリングが激しく揺れる。
今夜のために母が手ずから巻いてくれたキャラメルブロンドの髪も、不愉快そうに背中で跳ねた。
ルフィナはだんだん苛(いら)ついてきて、小さくて愛らしい唇をひん曲げる。
今鏡を見たら、優しく見えるように整えた眉毛もきっとつり上がっているだろう。
『淑女は楚々として、紳士に従うものです』と礼儀作法の家庭教師に習ったから、渋々されるがままにここまで来たが、いい加減腹が立ってくる。
仮にも淑女の手を引いているのだから、こちらの様子を気にかけるのが紳士ではないか?
なのに、青年は自分の目的を達成することしか頭にないのか、ルフィナに「大丈夫?」など言って気遣う様子もない。
これが紳士と言えるのか? いいや、言わない。
自分の父の母に対する思いやりのある接し方を思い出して、ますますムゥ、と口をひん曲げた。
確かこの青年の名はセドリック。姓は忘れた。確かどこかの伯爵家の次男坊だと言っていた。
さぞかし羽振りがいいのだろう、身につけている物も高級品だと一目でわかる。
しかし、ルフィナは会ったときから気に入らなかった。
何せ、自分に対する眼差しが溶けたキャンディのようにドロリとしていて、『お近づきになりたくない相手リスト』一番乗りの相手だったからだ。
だからなるべく友人たちの傍(そば)にいて、一人になるのを避けつつ、本来の〝目的〟である結婚相手を探すべく会話に励み、物色していた。
言い方は悪いが、それほどまでに今夜の舞踏会にルフィナは賭けていたのだ。
自分の家の事業を助け、借金を返済できるほどの財力を持つ伴侶を探すことに。
ストレイス子爵の娘で貴族の一員でもあるルフィナだが、生活は困窮していた。
父の父、つまり祖父が始めた製紙事業が傾き、借金を返すので精一杯なのだ。
事業ごと、どこかの実業家に売却しようとしても、使っている工場の設備が古いせいでどこも引き取ってくれず、逆にお金を払う結果になるため、売ろうにも売れない状況だ。
それでも父と母はルフィナと弟のエディの教育だけはと、金を工面してくれた。
そんな両親の愛情に応えたい。
そう考えたルフィナは普段、菓子作りや編み物、刺繍(ししゅう)をし、それらを売りに出して家計の足しにしていた。
そうして十八歳の今。
結婚適齢期真っ最中である。
ルフィナの住むこのリスルナ王国では、成人は男女ともに十七歳と決まっていた。
そして女性は、大体二十歳くらいまでに結婚していく。
(売り時に売らなくては! そして掴め、金持ちの旦那様!)
借金を返せるお金持ちというのが第一条件で、性格がよければなお良い。
顔なんて二の次。歳だって、ヨボヨボのお爺ちゃんでも構わない。
金銭的な問題で、社交界へのデビュー以来舞踏会や夜会等に出席はしなかったが、花の命は短いのだ。今売り込みをしなくて何時(いつ)するの?
幸い自分の容姿は〝まあまあ〟の部類に入る。
特に父親譲りの波打つキャラメルブロンドと、母親と同じサファイア色の瞳はお気に入りだ。ちょっと鼻は低めだが及第点だろう。
大きい瞳と低い鼻のせいで実年齢より少々幼く見えるようだが、それがいいという殿方だっているはずだ。
肌だって、節約のため庭に植えている果物や家庭菜園の野菜ばかり食べているせいかツルツルの艶々だ。
先日、ルフィナは意を決し、両親に相談した。
『お父様、お母様、どうか夏の王宮舞踏会に出席することをお許しください』
いきなりの頼みに面食らっていたが、適齢期の娘をこのままにしてはおけないという気持ちのあった両親も立ち上がった。
デビュタントのときに使ったドレスを染め直し、多少デザインを変え、飾りを取り替える。
それらの飾りは、髪飾りや靴飾りに仕立て直した。無駄は許されない。
――金持ちで気前のよい殿方と知り合って親しくなって、そのまま結婚へ!
内心鼻息荒く、外面(そとづら)は貴族の子女らしく楚々と。
仕立て直したドレスを翻し、堂々と王宮の夏の舞踏会に出席した。
デビューした舞踏会以来、ご無沙汰していた友人たちとも再会できて盛り上がった気分の中、最初に会った青年たちの一人が、このセドリックだった。
品定めするような眼差しの中にあった好色な光に嫌な予感がしたので、害のない会話をしながら徐々に離れた。
――はずだったのに。
向こうは機会を窺っていたらしい。
友人たちの化粧直しに同行した際に、強引に腕を引っ掴まれて、王宮の庭に連れ込まれてしまったのだ。
舞踏会に出るのは今回で二回目のルフィナだとしても、この状況が貞操の危機かもしれないと察するくらいはできる。
それが奥へ奥へと歩を進め、セドリックの息遣いが荒くなっていくにつれ、その予感は現実味を帯びてきた。
(まずいわ……これはまずいわ)
ルフィナは決心した。
いつまでも楚々とした嫋(たお)やかな淑女のふりなどしていられないと。
こんな男に礼儀正しくしてやる必要なんてない。
「離して」
ルフィナは足を踏ん張ると、力一杯彼の手を振り払う。
いきなりの抵抗に一瞬怯んだセドリックだったが、作り笑いをしながらルフィナに迫る。
「どうしたんだ? 急に抵抗して。ここまで来たんだから、君だって期待していたんだろう?」
「期待? 何の期待もしていないわ。強引に引っ張ってこられて、しかも何度も転びそうになっていたのに気遣いもできない殿方になんて、何の期待をするの? 女性にこんな振る舞いしかできない方ともういたくないわ。二度と私に近づかないで」
そう言い放って踵(きびす)を返したら、後ろから抱きつかれた。
「きゃあああ!」
思わず悲鳴を上げる。
今まで王宮内で騒ぎを起こしてはいけないと思って声を上げなかったが、四の五の言っている場合ではない。
「澄ましやがって! 金に困ってるお前の相手をして、施しをしてやろうって気遣いを無下にするのかよ!」
「な……なんですって!?」
「一晩いくらだよ? その倍、いや三倍は出してやるよ……だから、な?」
下卑た笑みを浮かべてルフィナを見据える。
ルフィナは愕然としたあと、怒りで身体(からだ)が熱くなるのを感じた。
一夜の相手にするつもりだったのか。いくら生活が困窮している貴族だからと言って、身体を売るような真似などしない。いや、貴族とか関係ない。自分より劣ると勝手に判断して上から目線で蔑む奴(やつ)なんかに身を捧げるものか。
「大人しくしろよ」と、口を塞がれる。
(馬鹿にして!)
木陰の奥へ引き込もうとするセドリックの手に噛みつく。
痛みで力が抜けた隙に離れたルフィナは、靴の片方を脱ぐと、渾身の力で彼に殴りかかった。
「この色きちがい! 変態! すけべえ! 性欲のかたまりめ!」
思いつく罵詈雑言を浴びせる。
セドリックの方は楚々として可愛(かわい)らしい見かけとは裏腹に激しく抵抗してくる彼女に狼狽(うろた)えていたが、このまま逃げ帰るなんて恥と思ったのか、「ちくしょう」と叫ぶと反撃してきた。
靴で殴りかかってくるルフィナの手を掴むと、
「この女! いい気になるなよ!」
と、頬めがけてもう一方の手を振り落ろそうとした。
叩(たた)かれる! ルフィナが思わず目を瞑(つむ)ったときだった。
「やめなさい。女性になんという狼藉を」
怒りに染まった声音と同時に、セドリックの呻き声が聞こえた。
「?」
恐る恐る目を開けた途端、ルフィナは目の前の光景に声も出せずにいた。
セドリックの腕をしっかりと掴み、その上、俯せで地面に組み伏せている男性の姿が目に入ったのだ。
薄闇で顔は見えないが、背が高く上背のある男性ということだけはわかる。
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