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一妻多夫の淫らな世界で3

うすいかつら / 著
北沢きょう / イラスト
定価 1,320円(税込)
発売日 2022/06/24

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内容紹介

7人の旦那様から愛され継続中!
救世の乙女として異世界に連れてこられて三年、未だに常識の違いに驚き続きのアコ。立派に成長した第三王子ヨランと第四王子レイランとの、待ちに待たせた結婚と初めての××!? さらに息子の魔力暴走に家族中がてんやわんやで、解決策を求めて魔法使いのシャルカの実家へ。それぞれの分野で一肌脱ぐ第二王子ミュランと護衛騎士ラシードに、奔走する第一王子セブラン。そんな中、第一夫のグレイの身に異変が起き、アコに《8人目の旦那様》ができる危機に直面して…。愛され度120%の異世界淫蕩ダイアリー、夫婦の絆を描く、感動の第三巻!

立ち読み

   ◆アコのいままでとこれから

 わたしが生まれ育った日(に)本(ほん)からこの異世界に連れてこられたのは、神託があったからだと聞いている。
 神託というのは、わたしの降り立ったこの国、ゴルデアンビルグで信仰されてる神様を祀(まつ)った神殿で下されたもので、「救世の乙女を遣わす」という内容だったそう。それによってわたしと、他九人の女の子が違う世界から連れてこられたのだ。
 でも、今になって思い返しても、その神様と出会ったというような記憶はない。連れてきてもいいかと許可を取られるようなことはなかった。忘れているだけ……という可能性もあるが、憶えていないものはないも同じだ。
 憶えていない記憶は、最初からなかったのも、あったことを忘れてしまったのも、同じだとわたしは思う。
 記憶って大切だ。記憶が人を作るからだ。元の世界で育った記憶がわたしを作っている。
 勝手に連れてこられたと怒っているわけじゃない。だけど、先にこの世界の説明は欲しかった。
 ……そう、この世界で育った人とは、常識が何もかも違っているのだ。
 この国は一妻多夫で、女性は複数の男性を夫にする。わたしも最初から五人の夫を持った。家を継ぐのは女性で、男性は基本的にお婿さんだ。最初は何も知らないから、本当にびっくりの連続だった。
 あれから三年。
 とうとう、二回目の結婚式……この国の第三王子のヨランとの結婚式がやってくる。
 日本育ちのわたしは十八歳以下の少年と結婚する気にはなれなくて、最初の結婚の時には十六歳だったヨランにはあと二年待って……と待たせていたのだ。
 なのにヨランが十八歳になる直前に二人目の子を妊娠しちゃって、結婚式がさらに一年延期になったんだよね。ここの結婚式は妊婦にはハードすぎるのだ。地元の人たちの認識もこればかりは元の世界と同じ感覚のようで、『妊娠しちゃったら結婚式は延期』である。
 ちなみにヨランのお兄ちゃんである第一王子のセブランと第二王子のミュランとは、最初の結婚式の時に結婚した。『救世の乙女』としてこの国にやってきたわたしを守るためには、権力が必要だったのだ。
 そして王子様を夫にするために、わたしは何故か侯爵になった。権力者に守ってもらうために権力者になるとは、これ如何(いか)に。本末転倒な感じである。
 まあ侯爵のお仕事はみんな旦那様たちがやってくれるので、名前だけの権力者だ。
 そして二人よりも前、最初に結婚するって決めたのはグレイとシャルカだった。彼らと出会った時、わたしは突然お城の宝物庫に現れた侵入者だった。神様に文句を言いたいところがあるとしたら、そこだ。
 何故そんな一発犯罪者になっちゃうような場所に出したの……。自由になるためには二人と婚約して身元引受人になってもらうしかなかったのである。
 そのあとグレイのお兄ちゃんであるラシードとも結婚することになって、最初の結婚式ではトータル五人の夫とだったわけだ。
 この結婚式、ハードなだけでなく、いろいろと曲者(くせもの)だ。……実はもう三回目が控えてるんだよね。今はまだ十五歳の第四王子レイラン殿下とも、十八歳になったら結婚するって約束をしているから……。


   ◆アコと二回目の結婚式前夜

「すごいですね、兄上。この婚礼衣装」
「本当に頑張ったんだよ、綺麗だろう? アコもそう思うでしょ?」
 シャルカを超える長身に成長したヨランは、ウェディングドレスを着せつけたトルソーの腰を抱くようにしてウインクした。大人びても、ヨランの年下の男の子感はまだまだ強い。
 ドヤ顔のヨランがわたしたちに披露したのは、二年と半年ちょっとくらい前に初めての結婚式で着た婚礼衣装をお直ししたもの。この国の女性は生涯に何回も結婚式をするので、婚礼衣装は最初に作ったものを手直ししながら着るのだという。
 作るのも直すのも夫の役目だ。わたしとしてはあってほしくはないが、ちゃんと体型が変わった時のために同じ布を残してあり、最初の時点でいろいろと仕立て直しができる工夫が施されている。
 だいぶ前から、ヨランが仕立て直しの準備をしていたことは知っていた。結婚が延びたせいでヨランがドレスをお直しする時間も一年延びたので、どんな魔改造が行われるかドキドキしていたのだけれど……これはすごい。
 白一色で作ってもらったドレスは元々、パンツ丸見えなところ以外はすごく素敵だった。それがお直し後は、上品さも清(せい)楚(そ)さも可愛らしさもさらにアップしている気がする。ヨラン渾身(こんしん)の作だというのに納得する。
「うん、すごく綺麗……!」
 しかし、なにより。
「でもこれ、いいの!?」
 パンツ丸見えドレスだったウェディングドレスのスカートの前部分に、チュールレースのような目の粗(あら)い生地に刺繍(ししゅう)を施したミニスカみたいなものがつけられて、パンツよく見えないドレスに生まれ変わっている!
 結婚式だと、これは駄目なのかと思っていたのに!
 わたしの質問の意味がヨランにもわかったのか、そのチュールレースっぽい部分に手を触れた。
「アコはよく見えないほうが好きでしょ?」
 好きとか嫌いとかじゃないのよ。パンツ見える文化に育ってないのよ。
「僕としてはアコが一番美しく見える、綺麗に足の見えるドレスを着てほしいけど、アコの望みが一番優先だからね。だから近くにいる夫からは見えるけど、離れたら見えない。そんな感じを目指してみたんだ。どう?」
 今、何かこう、三年この世界で暮らして初めて知ったことがある気がする。まだまだこの世界にはわたしの知らないことが溢(あふ)れているらしい。
 パンツ丸見えドレスへと、この国のファッションが進化していった過程がわからないと常々思っていたが、この国の美人の条件というか美の基準は、もしや足にあるのか。
 顔には、あまり美人の条件がなさそうだと思ってはいた。ここの国の人たちとわたしの顔だちはだいぶ違うのに、個性の範囲くらいの扱いな気がしていたからだ。そして確かに、すべて丸見えの足に局部しか隠してない紐パンは、間違いなくセックスアピールではある。足が綺麗な人が、美しい人……?
 そういや確定足フェチのシャルカ以外も、足を執拗に撫でたり舐めたりすることは多い気がする。そういうことだったのか。
 ちらっと自分の足を窺う。相変わらずちょっと太めだ。お世辞にも細くはない。わたしは下半身がややむちむち系なのだ。太すぎの大根足というほどではないのだが、細くはない……。太くても大丈夫なんだろうか。
 いや、うちの旦那様たちには、今更か。
 気を取り直して、まじまじとトルソーに顔を近づけて見る。生地の目が粗いから、ここまで近づくと透けて見えるが、変わってなければパンツも同色だ。これはきっと遠くからなら見えなくなる。
「……すごくいいわ!」
 着用姿を想像すると、綺麗で可愛くてパンツが見えない。
 これはいい。
「アコに喜んでもらえてよかった。あとで試着してね、合わないところがあったら直すからね。アコに似合う、アコが喜んでくれるドレスを目指して全力を尽くしたんだ。きっとそのための一年なんだと思って……!」
 ヨランがドラマティックに盛り上がっている。ごめんね、ヨラン。わたしはあの結婚式まで一年延びたことを、ちょっと喜んじゃってすらいた。
「本当にすごいです、兄上。ぼくの時にここまでできるかな」
 ヨランとの結婚式が終わっても、レイラン殿下と三回目がある。でも……それが最後だ。最後にしたい。
「……アコさん、ぼくももう成人しました」
 ぼそりとレイラン殿下が呟いた。レイラン殿下との結婚式を最後にしたいと考えていたところだったので、余計に動悸が大きくなった気がする。
 ヨランがもう十九歳になるわけだから、レイラン殿下ももう十五歳である。この国においては、成人の年齢だ。仕事はまだ始めたばかりで一人前ではないが、世間では十五で結婚する子も多いようだ。
「ぼくも、もう結婚してもおかしくない歳なんですが」
 わたしたち、シンクロしていたのかしら……と思うようなセリフがレイラン殿下の口から出て、ドキドキがさらに高まった。
 そう、ここではレイラン殿下の歳で結婚もおかしくはない。今はわたしもこの国のことを学んで、それを理解している。
「レイラン」
 切り札を切るべく息を吸ったところで、ヨランがレイランの肩を抱いた。
「文官にも礼装があるでしょ。今回は兄上たちも文官礼装で出るって」
 ヨラン、急に何を言い出したの。ていうか、文官礼装ってなんだ。見たことない。そもそもセブランとミュランは公式の場では王子様の立場優先で、盛装なんじゃないの?
「文官礼装……」
「礼装は、見習いのうちは着れないからね。見習いの立場のうちに結婚式したら、着れないよ」
「…………」
 レイラン殿下の眼差しがわたしに向く。ヨランの発言に謎は残るけれど、わたしへの援護射撃であることは間違いない。
「レイラン殿下……三回目の結婚式まで、あと三年ね。それを最後にしたいわ」
 これがわたしの切り札だ。ヨランを十九歳まで待たせたことだし、やっぱりまだ十五歳の夫はちょっとね……。
「……はい!」
 満面の笑みで答えてくれてありがとう、レイラン殿下。最後の夫になることへのこだわりを利用して、ごめんね。
「じゃあ、二人とも、部屋に戻ろうか」
 そしてありがとう、ヨラン……たまにものすごく有能で、空気読めるよね。
 もしや、普段、えっちの時に割と空気を読まないのはわざとなの?

   ◆◆◆

 三人で衣装部屋を出て、大部屋に戻った。
 大部屋というのは居間で、普段家族の集うところだ。巨大なワンルーム構造というか、途中で柱が何本も立っている。子どもたちが遊ぶ場所も、もちろん大部屋の中にある。ここから部屋として独立しているのは、浴室洗面の水回りと、寝るためというよりもイロイロするための寝室、そしてさっきまでいた衣装部屋。もう少し子どもたちが大きくなったら空いている衣装部屋を模様替えして、子ども用の寝室を作るそうだ。
 上の子のマコは一歳半。可愛い盛りとはこのことか、と思うくらい可愛い。
 マコはかなり動くようになった。マコの遊ぶ中心エリアにはふかふか絨毯(じゅうたん)が敷いてあって、転んでもそんなに痛くないようにしてある。その周りは木の柵で区切ってあり、そこから外に出ると音がしてわかるようになっている。ヘンリエッダお義母(かあ)様、わたし、旦那様の誰かがお部屋に常駐し交代で一緒に遊んでいるから、全員の視界から外れることはないと思う。
 そして部屋が広いので、動き回るだけで十分運動になるのはありがたい。お日様に当たるためにテラスのあるお部屋まで行ったり、お庭を散歩したりもしている。
 次女のミコはまだ産まれて二ヶ月だ。マコよりずっとおとなしい感じがする。
「どうでした?」
 衣装部屋から戻ってきたわたしたちに、柵の中でマコと遊んでいたミュランが訊(たず)ねてきた。
 今日のお休み当番はミュランだ。朝から出かけていって、午前中は領地の役所でお仕事をして、今日はもう午後の早いうちに戻ってきた。一年前に頑張った甲斐があって領地の仕事をするのにも近くなり、必要に応じてこういうこともできるようになった。
 そしてレイラン殿下は成人後、ミュランの下についてお仕事の勉強をしているので、ミュランとお休みが一緒なのである。
「すごく綺麗だったわ」
「それはよかった。ヨランは私たちにも、あまり見せてくれなかったんですよ」
「そうなの?」
 わたしがヨランのほうを振り返ると、ヨランは笑っていた。
「だって、驚かせたくって」
「ミュランたちも?」
「そうだよ」
「まだ見せないの?」
「もう明日だし、完成したから、いいよ。試着の時にみんなに見せても」
 これは芸術家的なこだわりなんだろうか。
「それは楽しみですね。今日は皆、早めに帰ってくるでしょうから、全員で見られるといいのですが」
 ソファーのほうにいたシャルカは、ミコをあやしている。今日は皆早く帰ってくるとシャルカに言われたのが、少し恥ずかしい。
 そう、ミコの産後のお休み期間が明けて、今日からえっち再開なのだ。そして明日はもうヨランの十九歳の誕生日で、ヨランとの結婚式……。
 ヨランはもう結婚式前で休暇に入っている。結婚式が終わったら、そのまま約一ヶ月の蜜月休暇に入る。これは結婚式前後、この国で一般的に新婚の男性に与えられるお休みである。
 新婚旅行に行くというような習慣はない。ただ、基本的には何事も夫の順位がものを言うが、あとから結婚した夫はこの蜜月の間、色んなことが優先されるのだそうだ。
 夫の順位は一般的に、あとから結婚した男が下につく。元々の身分も考慮されるらしく、先に結婚していた男の順位を落として繰り上がることもあるそうだ。
 たとえばヨランは王子様で、シャルカは伯爵家の息子さんだ。このくらいの差があると先に結婚していたシャルカの順位を落として入れ替わることもできるらしい。でもそういうことはせず、ヨランはシャルカを尊重して、最下位の夫になる。
 蜜月の間は、夫の順位を無視する。第一位の夫であるグレイよりも優先権があるのだそう。夫が加わるのは初めての経験なので、具体的に思いつくのはえっちの順番くらいだ。
 ともあれ明日から一ヶ月はヨランが優先権を持つので、その前の日からえっち解禁してほしいというグレイのお願いを受けてのことだった。
「あら、試着はグレイとセブラン殿下の帰りを待つの? もう明日なのに、間に合うの?」
 ソファーでくつろいでいたヘンリエッダお義母様が、首を傾(かし)げている。
「大丈夫、不都合があっても僕がちゃっちゃと直すからね!」
 ヨランの腕なら多分大丈夫だろうと思う。
 ラシードはわたしの護衛がお仕事だから、わたしについて歩いているか、今のように仕事机のところにいるかのどちらかが多い。だから今お部屋にいない旦那様は、グレイとセブランの二人だけ。
「そろそろマコもお昼寝の時間だから、その間に試着してしまったらどう?」
 ヘンリエッダお義母様が立ち上がる。遊び場のマコのところへ行って、音の鳴る積み木で遊んでいたマコに手を伸ばした。
「ばあ!」
 マコはヘンリエッダお義母様が大好きなので、その手が届く前から立ち上がって、勢いよく突っ込んでいく。そしてヘンリエッダお義母様は、軽やかにその勢いを殺して抱き上げる。ここは見習いたいところだ。
 どうやったらいいのか。わたしだとお相撲さんの取組みたいに「どすこーい!」ってなっちゃうんだよね。
「そろそろおねむよね」
「んーん」
 マコは否定していても、ヘンリエッダお義母様がそう言うなら多分もうじき眠くなるんだと思う。相変わらず、ヘンリエッダお義母様の先回り力はすごい。
 なんで先にわかるのか……これは経験なのか、魔法の力なのか。ヘンリエッダお義母様は魔法は使ってないって言うけれど、わたしが経験を積んでいっても、こういうのが先にわかるようになる気がしない。
 さて遅ればせながら、わたしもヘンリエッダお義母様に抱っこされたマコのところに行く。
「マコ」
「まー!」
 わたしにもにこにこしてくれて、ほっとする。一応、ママだと思われている。
「マコのベッドに行こうね」
 ヘンリエッダお義母様の横について、大部屋の中に設(しつら)えた子ども用ベッドのほうにマコの視線を誘導すると、ぱっと嬉しそうな顔になった。
 ベッドが大きいこの国では子ども用ベッドも大きいので、そこでも遊べるんだよね。マコが一歳になる前に、子ども用ベッドが二つ置かれた。夜寝る用と、大部屋でのお昼寝用だ。あと、えっちが再開したら、わたしは同じ部屋にマコを寝かして睦(むつ)み合うのはNGなので、夕飯後に寝かしつけてヘンリエッダお義母様に見ててもらうため。
 さて、大人でも横になれるサイズのふっかふかのベッドの高さはわたしの太ももくらい。周りには柵があって、一面は開くようになっている。ベッドに入ったマコと遊ぶために、横には椅子が三つ置いてある。
「おねむになるまで、何をしましょうね。お絵描き?」
 ヘンリエッダお義母様が歌うように言って、手を動かした。その手にキラキラ輝く青い光が生まれて、マコの手に飛んでいく。
「きゃー!」
 マコがめっちゃ嬉しそうだ……。
 これ、空中でもベッドのシーツでも、何にでも絵が描ける魔法なんだよね。時間が経つと消えちゃう。子どもがぐちゃぐちゃに描いて遊ぶにはすごく便利な魔法だ。
 この青い光は掴(つか)むことができる。掴んで、適当に描きたいところで動かすと、そこに紙があるみたいに自在に描ける。線の太さは描く人の気持ちで変えることができる。それには、出力を変えるための魔力が必要だからわたしにはできないのだけど。
 マコは魔力のない世界から来たわたしの子だが、どうやらちょっとだけ魔力があるらしい。だからこの色魔法のコントロールができるのだ。不思議。
 そしてこの色魔法、青だけじゃなくて……。
「赤、緑、黄、橙(だいだい)、紫、茶、黒、白、何で描くのかしら?」
 各色、取り揃(そろ)えられている。いわば魔法のクレヨンだ。キラキラクレヨン。
 そして赤ちゃんが口に入れても大丈夫! ここ重要だ。そして完璧だ。
「あー」
 黒を掴んで、白いシーツの上でぐるぐるする。
「ばー」
 赤を掴んで、またぐるぐるする。
 これは、わたしとヘンリエッダお義母様か。わたしは間違いなく黒髪だし、ヘンリエッダお義母様は赤っぽい茶色の髪だ。ヘンリエッダお義母様の息子であるシャルカの髪は赤錆(あかさび)色なので、もうちょっと赤みが強い感じ。どちらにせよ、二人とも、この魔法クレヨンの中では赤が一番近いだろう。
 マコは色の区別がもうできてるのね。
「上手ね、マコ」
 わたしを描こうと思ってくれたのが嬉しい。
「僕は?」
 後ろから来たヨランがベッドの柵を掴んで身を乗り出すと、マコは黄色の光を掴んだ。ヨランはまさに黄金色って感じの髪の色だから、黄色が一番近いだろう。本当に色がわかってる。
「よあー」
「おー、上手上手!」
 黄色のぐるぐるにヨランが拍手をする。
「何をしてるんだ?」
「グレイ!? セブランも!? もう帰ってきたの?」
 さらに後ろからグレイに覗き込まれて、びっくりした。早い。まだ午後もそんなに遅くないのに。
「今日は久しぶりにアコを抱けるからな、早上がりで帰ってきた」
「私はグレイが迎えに来たので……」
「だって、セブランもいないと一人足りないからな」
 グレイに、朗らかに言われてしまった……恥ずかしい。そしてセブランも恥ずかしそうだ。終業前に迎えに来られたら、それだけでセブランなら恥ずかしがる気がする。この国の人なら、何も言われなくても時期的に、えっち解禁だから一緒に帰ろうって意味だとわかりそうだし。だけどおそらくこの調子だと、グレイはセブランを迎えに行った時にも同じことを言ってそう……。
 ヤバい、恥ずかしい……!
「見てみて! マコがお絵描きしてるんだよ。これ僕だよ」
「お、上手だなー。マコ、グレイは? グレイ」
 この国、お父さんがたくさんいるから、子どもが呼ぶ時も名前呼びが普通なんだそうだ。成長すると名前+お父さんって呼ぶみたい。確かに「お父さん」ってだけじゃ、誰のことだかわからないものね。
 母親は一人しかいないが、わたしのこともたまに名前呼びになる。多分「あー」はわたしのことを呼んでると思われる。みんな、アコって呼ぶからね。「まー」なこともある。「ママよ」って語りかけてたせいだろう。ヘンリエッダお義母様は「ばー」「ばーば」なのは、ヘンリエッダお義母様がマコに「ばーばよ」って言ってたからだ。お祖母様は三人いるわけだが、その接触頻度がまったく違うから。
 女王様とデュラニールのお義母様もマコを見にこの部屋を訪ねてくることがあるが、そこまで頻繁じゃない。女王様のお出迎えも、女王様を訪ねていくのも大変なので、お互い遠慮があるのだ。
 この世界のお祖母(ばあ)ちゃんが「ばーば」なはずはないなとは、前にちらっと考えたことがある。しかしそうすると赤ちゃんの喃(なん)語(ご)すら訳されている……? という自動翻訳の謎に行き当たってしまうので、悩むのはやめた。自動翻訳が働いている限り真実はわからないし。
 さて、マコは橙色っぽい光を掴んだ。グレイの髪の色は濃いめの蜂蜜色で橙色とはちょっと違うが、一番近いのはこれだろう。形は同じくぐるぐるだ。
 セブランを描くとしたらもっと淡い感じの蜂蜜っぽい色だから、黄色を手に取るだろうか。ミュランは白かな。ラシードは……ダークチョコレートの色だから、黒かなあ。茶色かもしれない。レイラン殿下はミルクティー色だから、きっと茶色だ。
 この魔法って、もっと微妙な色も作れるんだろうか。作れるなら、作ってもらいたいな。お父さんたちの髪の色バリエーションで。
「すごいな! マコはすごい!」
 ベッドの柵を越えて、グレイがマコを抱き上げる。抱き上げられたマコは興奮してきゃっきゃしている。
 そう、グレイはマコに泣かれなくなったのだ……!
 やはり慣れなのか。しかし生後二ヶ月のミコにはまだ泣かれるので、慣れたのはどうやらマコのほうらしい。ともあれ、マコを抱っこできるようになってグレイはめちゃくちゃ喜んだ。いやいや、本当によかった。
「おや、寝てしまったな」
 セブランがグレイに抱っこされたマコを撫でて、そう言った。
 グレイに抱き上げられて興奮が最高潮に……と思ったら、もうグレイの腕の中でマコが寝落ちしているとは。早いなあ。そしてヘンリエッダお義母様の予想はやっぱり当たった。
「おやすみ、マコ」
 グレイはマコをそっとベッドに戻して、毛布をかけてあげている。
「じゃあ、マコも寝ちゃったし、ドレスの試着しようか。グレイもセブラン兄上も帰ってきて、みんな揃ったし」
「ん、でも」
 ラシードがまだ仕事中なんだよね。
 そう思って振り返ったら、すぐ後ろにラシードが立っていた。レイラン殿下に連れられて……。
「今日はラシードも早上がりさせてくれるように近衛のみんなにお願いしたので大丈夫ですよ、アコさん!」
 レイラン殿下もやっぱりうちの旦那様たちの一人だな、とこういう時に思うわ。わたしが気にするようなことは先に考えてて、その対応にも抜かりない。
 ラシードは真面目だから多分そのつもりじゃなかったんだろうと思う。レイラン殿下に先回りされたんだろう。いいのかしらとラシードを見上げたら、微(ほほ)笑(え)んでくれた。……ちょっと苦笑にも見える。
「結婚式前日の夫に働けと言える者はいないさ」
 すでに結婚した旦那様たちも、二回目の結婚式の当事者だ。この国の結婚式は家族になる儀式だから。
「俺も顔は出さないといけなかったが、早上がりしてきた。セブランだって兄上だって、明日のために仕事は配慮されてるだろ」
「まあ……そうだな」
 セブランが頷(うなず)く。
 ラシードの表情はちょっと読めない。寡黙だから、正確に何を考えているかはわかりにくい。だけど態度で絶対優しいと、信頼できる人だ。優しすぎるから……ちょっと心配にはなる。
 明日は特別態勢らしい。その調整は終わってるみたいだし、大丈夫なのかな。
「普通はもっと支度でバタバタしているから、数日前から仕事を休む者も多い。気にすることはないんだ、アコ」
 当人だけが忙しいわけじゃないってことか。確かに前回は、みんな数日前から休んでたっけ。
「ましてやヨランはこれでも王子だしな」
 ヨラン、これでもって言われてるよ!
 でもヨランは、この程度のことじゃ怒らない。そういう意味では人間ができているのか、それとも王子様として型破りな自覚があるのか。後者かな……。
 確かに結婚式の前日は、少なくともわたしは忙しい。昨日も今日の午前中も、髪を切ったり特別なトリートメントっぽいのをしたり、ムダ毛を剃(そ)ったり美容パックをしたり、いろいろやっている。
 これらをやってくれたのは、もちろん旦那様たちだ。ずっと部屋にいて家事をしてくれているシャルカがやってくれることが多いが、基本的に交代制である。であれば旦那様たちだって忙しいに違いない。自分の支度だってあるもんね。
 わたしのウェディングドレスの試着を確認して、明日に備えるのは確かに必要なことかもしれない。全員で確認する必要はなくない? という疑問には目を瞑(つむ)ろう。旦那様たちは平等でなくてはいけないんだし。
「じゃあ、さっと試着終わらせちゃおうか」
 それに、いざ着てみて「サイズが合わない!」なんてことになったら大惨事だ。旦那様たちがみんなお針子さん並みの腕前でも、試着は早いほうがいい。
 本当は合わせながら縫うけど、今回はヨラン君が一人でぎりぎりまで隠して縫ってたからね。
「よし行こう」
「きゃ!」
 グレイがわたしを抱き上げて、びっくりした。抱き上げられるのなんか今更だが、今日は縦抱きだったのだ。子ども抱っこである。マコの抱っこで癖になったのか。
 いつもより視界が高くて、思わずグレイの頭にしがみついた。気にせず、グレイは衣装部屋に向かっている。
「ゆっくりしてらっしゃい」
 その「して」は、「シて」ですか……? ヘンリエッダお義母様にこうして見送られるのは久しぶりだ。やっぱりちょっと恥ずかしい。この国の着付けは愛撫抜きでは語れないので、そのままなだれ込むことが多いのだ。ウェディングドレス、汚さないようにしないと。
 先回りしていたミュランが扉を開けて待っている。ぞろぞろと全員が衣装部屋に入ると、最後尾にいたシャルカが扉を閉めた。
 ミコは揺り籠に寝かされたんだろう。ミコはマコよりずっとおとなしくて、よく眠る気がする。
 ドレスの前まで来たところで、床に降ろされた。それを待っていたかのように、ヨランが埃(ほこり)避(よ)けのドレスカバーを外す。
「おお、素晴らしいな」
「これは美しいですね」


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