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再会した一夜の恋人は、初心な乙女に愛を囁く

橘柚葉 / 著
壱也 / イラスト
定価 1,320円(税込)
発売日 2022/08/26

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内容紹介

十個も年下の女に……溺れそうだ
「一瞬で、一生忘れられない恋をした」OLの天羽衣都は2年前、10歳年上の馨に出逢い失恋を慰めてもらった。馨の手ほどきが情熱的で、あの夜を忘れられないでいると、衣都の前に新CEOとして現れて!? しかし馨は衣都に気づかず、お似合いな美人秘書を連れていて……。諦めて応援しようとすると、なぜか急に熱い視線を送ってきたり、豪華な食事に誘ってきたりと積極的に迫ってきて!? 「好きだ。君は忘れたがっているみたいだが——」濃厚なキスで蕩けさせてきて……。ハイスペックCEOと初心なOLが再びめぐり逢う一途なラブストーリー!!

立ち読み

プロローグ


 恋を知らない私が恋をした。
 でも、それを自覚したのは、彼と二度と会えないとわかってから。
 あの夜、私は自暴自棄になっていた上、酔っ払っていたからこそ彼に抱かれた。そう思っていたのに……。
 色々な男性に出会うたびに、私を救ってくれた彼のことが今も好きな自分に気がつく。彼の取り巻く空気感や彼の優しさに惹かれていたのだ。
 一瞬で、一生忘れられない恋をする。そんなことがあるのだと、私は思い知った。
 恋に落ちるのに時間は関係ない。それを私は心が追いつかないうちに、本能で嗅ぎ取ったのだ。
 この人に恋をした、と。
 あの夜に戻れるのなら……。何度そう考えては後悔しただろうか。
 恋は突然やってくる。そして、それに気がつかずに通り過ぎてしまう人がどれほどいるのだろうか。
 会いたい。でも、会えない。好きなのに伝えられない。もう二度と会えないから……。
 ——私、貴方のことずっと忘れられないんですよ?
 天羽(あもう)衣都(いと)、二十四歳。彼以外の人とはもう恋はできないだろう。
 この恋が、報われる日は来るのだろうか。
 いつかは忘れなければならない想いかもしれない。だけど——。
 ——もう少しだけ、貴方を好きでいてもいいですか……?
?





 全国的に寒波に見舞われた二月下旬。私、天羽衣都は女友達と大学の卒業旅行で九州に来ていた。
 一緒に旅行をしていた友人は大分県出身だ。今日の午後から数日実家に滞在するということで彼女とは昼過ぎに別れ、今は一人でとあるこの港近郊を観光中。
 数年前にこの港近くの駅舎の復元工事が完了したので、それを見てみたくてやって来たのだ。
 福岡県北九州市にある港は、貿易で栄えた時代の面影が今も残っている。
 明治、大正時代の空気がこの場にだけ止(とど)まっている錯覚に陥る街だ。
 そこかしこに古きよき時代が感じられるのだが、特に夜景が素晴らしい。
 私の家がある横浜も異国情緒に溢れているが、ここにも似たような空気を感じられる。
 どちらも貿易港として栄えた街だからだろうか。
 先程、焼きカレーを食べたのでお腹はいっぱいだ。身体がポカポカになって幸せを噛みしめる。
 だが、一歩お店から出ると、海風が吹き付けてきて凍えてしまいそうだ。とても寒くて、手が悴(かじか)んでしまう。
 コートの襟を立てて寒さを凌ぎながら、ライトアップされた町並みを歩く。
 あちらこちらでカップルが身体を寄せ合っているが、それには目もくれず歴史的建造物の明かりを眺めた。
 今夜はこのまま港のレトロな雰囲気と夜景を楽しんだあと、近郊にあるホテルに宿泊して明朝には新幹線に乗って帰路につく予定だ。
 ——もうすぐ卒業だもんね! そうしたら告白できる!
 大学の卒業式まで、あと数日。何度カレンダーを見ながら、指折り数えただろう。
 私には、ずっと憧れていた助教がいる。アラサーの大人の男性だ。
 すごく格好いいという訳ではなく、どちらかというと冴えない方かもしれない。
 そんな周りの声をよく聞くが、私からしたらあんなに素敵な男性はいないと思っている。
 とても優しくて、憧れの人だ。そんな彼だからこそ、私が恋に落ちるのに時間はかからなかった。
 少しずつだが彼との距離を縮めていき、名前も知られていない学生から名前を呼ばれる学生に昇格したときはとても嬉しかったことを思い出す。
 今ではフランクに話せる仲になったと自負している。
 昨年の夏にそれとなく「貴方が好きで、告白したい」と匂わせた。
 あくまでもそれとなく、だ。だから、助教が私のその言葉を本気にしたのかどうかはわからない。
 ただ、「卒業式が終わってから話を聞きましょう」と笑ってくれたのだ。
 これは完全に脈あり、というやつなのではないか。そう思った私は、天にも昇るような気持ちだった。
 彼との距離を縮めたいと思っても、その言葉を信じてグッと我慢し続けて早半年。
 ようやく私の気持ちを助教に伝えることができる。
 両想いほぼ確定の状況なのに、中途半端な関係のままでいなければならないのが辛かった。
 でも、学生と助教という関係を考えれば、彼の言葉に納得がいく。
 だからこそ、耐え忍ぶ恋を続けていたのだ。だけど、そんな不遇の日々はもうすぐ終わる。
 フフフと笑って頬を綻ばせながら、港の夜を楽しむ。
 この春には、彼と手を繋いでデートができるはずだ。そう考えると心が躍る。
 思わずスキップをして鼻歌を歌いたくなってしまう。
 恋人同士になったら、何をしようか。二人で旅行をするのもいいだろう。
「あ! 写真に撮っておこうかな」
 この夜景を写真に収めておいて、助教に見せながらお土産話をしたい。
 そう思って、コートのポケットから携帯を取り出した。
 港の向こう、ライトアップされた明治時代の雰囲気が残るレトロな駅が写る。時間を切り取るように、パシャッとシャッター音をさせて写真に収めた。
「うん、素敵!」
 悴む指で操作していると、ブルルと携帯が震える。どうやら所属していたサークルのSNSメッセージが届いたようだ。
「そうだ。この写真を載せようかなぁ」
 そんなことを考えながらSNSアプリをタップし、先程届いたメッセージを確認するうちに指先が止まった。
 そのメッセージには、衝撃的な情報が書き込まれていたからだ。
『スクープ!! 荻野(おぎの)助教が結婚するんだって。それも、できちゃった婚みたい。相手は、うちのサークルOG。あの、深山(みやま)さんなんだって』
 「えっ……」
 携帯のディスプレイを食い入るように見つめながら、涙が零れ落ちそうになるのをグッと堪えた。
 ——嘘だ、嘘だ、嘘だ……!
 私が目に涙を浮かべている間にも、メッセージは次から次に続く。
『嘘〜! 意外すぎる組み合わせ!』
『草食系荻野助教と肉食系深山さん!? 二人の接点なんてあったっけ?』
『噂だと、年末に再会したらしいよ〜』
『この情報は、本当なの?』
『本当だよ。だって、助教が教授に報告しているのを聞いたんだから! ガセネタじゃないよ』
 流れていくメッセージを呆然と見つめていたが、涙で視界がぼやけて見えなくなってしまった。
「嘘よ……、そんな……」
 本当は大声で叫びたい。嘘だ、信じない。何度も何度も叫びたかった。
 ギュッと携帯を握りしめ、空を見上げる。今にも雪が舞い落ちてきそうなほど空気は冷たく、空は冴え渡っていた。
 この空は、世界中と繋がっている。だけど、住み慣れた街の空とはひと味違うように見えるのはなぜだろうか。
「……そうか。私、泣いているから」
 涙で視界がぼやけて、夜空をしっかり見ることができなかったのだ。
 先程まではスキップをしたくなるほど心が高揚していたのに、今はどん底にまで落ちてしまった。心境の落差に、心が追いつかない。
 きちんと告白もしていないのに、私の恋は終わってしまったようだ。
 何もできず、何も残らず、消化不良を起こしたようですっきりしない終わり方だ。
 こんなことなら、告白しておけばよかった。
 もし、彼の言葉を鵜呑みにせずに、昨夏のうちに私が気持ちを伝えていたのなら未来は変わっていたのかもしれない。
 それに振られたとしても、失恋をしたことで区切りをつけられたはず。
 今更告白したとしても何もかもが遅いし、結局は彼に迷惑がかかってしまう。
 好きな人を困らせたくないと思うのなら、私はもう何もできないのだ。
 これ以上苦しくなるような情報を目にしたくなくて、携帯の電源を落とした。
 ショルダーバッグの奥底に携帯を押し込んでから、靴の音を立てて歩き出す。
「失恋、しちゃった……」
 重い足取りで、宿泊先のホテルに向かう。その途中で、チラリチラリと白いモノが視界に入ってきた。雪だ。
 見上げれば、冷え切っている空からは次から次に雪が降ってくる。
 もし、失恋が確定する前だったのなら、その美しさに喜んでいただろう。
 だが、今の私はそんな余裕や情緒など持ち合わせていない。
 弱り目に祟り目。容赦なく私に押し寄せてくる不幸の数々に苛立ちを覚えてしまう。
 身体を縮こまらせ、両腕を手で擦る。
 寒い。とにかく寒い。身体が冷えてしまっているが、心も冷たく凍えてしまいそうだ。
 失恋してしまったのなら、仕方がない。だが、この恋心を昇華させる必要はある。それも即座に。
 現在、私に残されている選択肢はただ一つ。酒を飲んで忘れることしかない。
「……飲んじゃおう! うん、飲んで忘れよう!」
 このままベッドに突っ伏したって、悶々と考え込んで眠れないはず。
 枕を涙で濡らすのなら、酔ったままベッドに直行した方がいいだろう。
 お酒の力を借りて酔っ払っても、どうせ明日になれば地の底まで落ち込むのだ。
 それなら、今夜ぐらいは何もかも忘れていたい。せっかく九州に旅行に来て、こんなに素敵な夜景を見て思い出を作ったのである。
 最終日ぐらいは、いい思い出だけでこの旅行を終わらせたい。
 悩んで落ち込むのを少しだけ遅らせたいのだ。
 おしゃれでレトロな町並みだが、路地を奥に入っていくと赤提灯が見えた。
 地元密着型の居酒屋といった外観だ。チェーン店でしか飲んだことがないので、いつもなら絶対に躊(ちゅう)躇(ちょ)しているだろう。だが、今は迷わず足を向ける。
 暖(の)簾(れん)をくぐって店内に入ると、「らっしゃいっ!」と店員に威勢のいい声をかけられた。
 とても繁盛している店なのだろう。空席は残りわずかだ。
 カウンター席に案内されて、すぐさま熱(あつ)燗(かん)を頼む。
 冷えてしまった身体を温めたいと注文したのだが、若い女の子が飲む酒としては渋すぎただろうか。
 突き出しの辛子明太子と一緒に、熱燗が運ばれてきた。
 カウンター席で、手酌酒。成人になって数年経っただけの私では、浮いて見えるだろうか。
 そんなことを頭の片隅で思いながら、ちびちびとお猪(ちょ)口(こ)に口をつける。
 口当たりのいい日本酒が身体を温めてくれる。芯まで冷えてしまっていた身体は、少しずつ解(ほぐ)れてきた。
 だが、心はかなりダメージを受けているようで、気分は高揚してくれない。
 涙が滲んでしまい、お酒がしょっぱく感じる。
 お店で涙を流す訳にはいかないから、グッと唇を噛みしめた。
 周りの客の目には、私はどんなふうに映っているのだろう。
 そう思ったら、この場にいるのが気まずくなってきた。
 なんとなく居心地が悪く感じ始めている自分は、結局小心者なのだ。
 失恋したからといって自棄(やけ)になれず、かと言って玉砕覚悟で告白もできない。
 いつも通り、優等生でいようとする自分にため息が出てくる。
 外はまだ、雪が舞っている。
 雪が酷くなる前にお店を出た方がいいだろう。
 そうと決まったら、さっさと残りのお酒を飲み干してしまおう。
 お猪口を両手で持って口に運んでいると、声をかけられた。赤ら顔をした男性二人だ。
 二十代後半ぐらいだろうか。少々柄が悪い二人を見て、思わず眉を顰(ひそ)めてしまう。
「ねぇねぇ。彼女、一人? 一緒に飲もうよ!」
「こんなにかわいいのに、一人で手酌酒なんてさ。つまんないでしょ?」
「そうそう! 俺たちが奢(おご)ってあげるから。一緒に楽しもうよ〜」
 お猪口に注いだお酒が終わったら店を出よう。そう思っていたのに、厄介な人たちに絡まれてしまった。
「いえ、一人で楽しんでいますから」
 本当はすぐに会計を済ませ、店を出て行きたかった。だけど、今出て行ったとしたら、彼らがあとをつけてくるかもしれない。そうなったら、危険極まりないだろう。
 店で時間をやり過ごした方が安全だとは思うけれど、そうしたらこの酔っ払いの相手をしなくてはならない。どちらもイヤだ。
 早く諦めてくれないかな、そんな気持ちを込めて言ったのだが、察してくれずに、より私に近づいてきて誘ってくる。
「そんなこと言わないでさぁ〜。一緒に飲む相手がいた方がいいでしょ?」
「いえ、一人で大丈夫です」
「またまたぁ〜。そんな強がり言わなくてもいいよ? お兄さんたちが、君の話を聞いてあげるから」
「一人でヤケ酒より、俺たちと飲んだ方が憂さ晴らしできるよ?」
「で、ですから……。一人で飲みたい気分なんですっ」
 少し口調を強めて断るのだが、彼らには私が嫌がっていると伝わらない。
 ——どうしよう……。
 カウンター越しに店員を見つめる。声をかけてきた二人の言動が目に余るようなら、店員は助けてくれるだろうか。
 でも、面倒事になりそうなのに首を突っ込んでくれるとは思えない。
 いい手が全く見つからず途方に暮れていると、その男性たちは私を挟むように両隣の席に座ろうとしてきた。
 隣に陣取られてしまったら、逃げられない。万事休す。
 慌てふためいている間にも、彼らは両隣の椅子を引いている。
 困って涙目になっていると、背後から誰かが私を抱きしめてきた。
 ふわりと男性らしい香水の香りが鼻孔を擽(くすぐ)る。人のぬくもりを直に感じてドキッと胸が高鳴った。
「一人で待たせていて悪かったな」
 驚いて振り返ると、そこにはスーツを着た男性がほほ笑んでいた。
 心を揺さぶられるようなほほ笑みだ。
 私の身体を抱きしめているその身体は、がっしりとしていて男らしい。
 腰をかなり屈めているから、長身であることは間違いないだろう。
 百五十八センチの私と並んだら、二十センチ以上は差がありそうだ。
 緩くウェーブのかかった黒髪は艶やかで、大人の色気を漂わせている。
 薄く魅力的な唇、キリリとした眉と目元。周りの視線すべてを奪ってしまいそうなほどの存在感。どれを取っても、極上の男だと言える。
 だけど、私の知り合いにこんなに格好いい男性はいない。彼は人違いしていないだろうか。
 指摘しようとしたそのとき、彼の唇がゆっくりと動いた。
 ——助けてやる……?


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