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強面閣下の心の声は、愛してるしか聞こえない!

八巻にのは / 著
KRN / イラスト
定価 1,320円(税込)
発売日 2022/11/25

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内容紹介

叶うなら、ずっと愛し合いたい
伯爵家の養子であるリーファは、人の心の声が聞こえるという魔法能力を持つせいで、弟を人質に取られ義父母の都合のいいように働かされていた。そんな中、冷酷無慈悲と恐れられている帝国軍総帥であり皇兄のサイクスとの結婚が決まる。サイクスには謀反を企てているという噂があり、彼に取り入りたい義両親に命じられ、スパイ同然で嫁いだのだが——。いざ顔を合わせてみると、鋭い目つきのサイクスから【なんだこの可愛さは…!? 可愛すぎてつらい】という心の叫びが聞こえてきて!? さらに彼の思惑を読もうとしても、リーファを前にすると【可愛い】と連呼するばかり。閣下、ギャップが激しすぎませんか…?

立ち読み

■プロローグ


【可愛い……! なんだこの可愛さは……!? こんな可愛い生き物が、この世に存在していていいのか!?】
 頭に響く興奮しきったその声に、リーファはただただ戸惑っていた。
 目の前には、彼女の婚約者となった男が立っている。
 しかし二人の間に言葉はなく、一見すると張り詰めた空気しかない。
 男は先の大戦を収めた英雄だった。帝国軍総帥にして、ザバード帝国皇帝の兄でもある。
 その名を『サイクス=ガル=ザバード』という。
 わずか五つで銃の撃ち方を覚え、十歳で己を殺そうとした叔父を銃殺し、十二という若さで軍に入り戦場に出たとされるその彼は、額に大きな傷を持つ厳(いか)つい男だった。
 凍(い)てついた雰囲気をもたらす短い銀髪と灰色の鋭い瞳は、視線だけで相手を殺せるという噂(うわさ)を肯定しているようだった。
 そして冷え冷えとしたまなざしが今もリーファを射抜いている。
 睨んでいるとしか思えぬ相貌に、周りにいた人々が小さく息を呑む。
 サイクスは先ほどからリーファの手首を掴(つか)んだままで、そのままボキリと骨を砕きかねない剣(けん)呑(のん)な雰囲気なのだ。
【目が可愛い……眉毛が可愛い……まつげも可愛い……もう全部……可愛い……!!!】
 しかし見た目に反して、リーファにだけはそんな声が届いてくる。
【それにこの黒い髪も綺麗だ。最近は東方からの移民も増えたが、その中でも彼女の髪は特に美しく見える】
 彼の口は全く動いていない。それでもこうして声が聞こえてくるのは、リーファの持つ特殊な力のせいだった。
 彼女には、触れた人の心を読む力がある。
 相手が自分に心を開けば開くほどその力は強まり、更にリーファの方からも心を開けば、相手の心を操り意のままに動かすことさえできるというものだった。
 それはリーファの一族に伝わる『魔法』と呼ばれる力だ。
 かつては誰しもが使えた力だが、今は世界から消えかけている。その血に魔力を宿す特別な者たちにしか使えず、故に存在さえも忘れ去られていた。
 そんな貴重な力を使える血が、リーファには流れているのである。
 けれど彼女はそれをある種の呪いだと考えていた。触れただけで心を暴くなんて人の理に反することだし、力のせいでリーファはずっと苦しめられてきたのだ。
 しかし今日、このときばかりは聞こえてきた声に救われたような気持ちになる。
【それに、すごく優しそうな子だ。俺を見ても怯えていないし、可愛い目をずっと向けていてくれる】
 声と共に流れ込んでくるのは喜びの気持ちだ。高まる感情は声だけに収まらなくなり、視覚としてもリーファの中に流れ込んでくる。
 見えたのは、冷酷と呼ばれた男に似合わぬピンク色の世界だ。鳥や花が歌い、その中でなぜだか自分とサイクスが手を取り合っている。
 そんな光景はなんだかおかしくて——でも不思議と幸せで、リーファの顔に笑みが浮かんだ。
【え、笑顔はだめだ!! 可愛すぎて、目が死ぬ!! もはや俺はもう死んでいるのでは?!】
 サイクスの心は大混乱に陥り、リーファは少し慌てる。
 そして落ち着かせようと握られた手をそっと撫でると、彼が小さく息を呑んだ。
「……すまない、強く握りすぎたか」
 どうやら彼は、リーファが腕を放して欲しがっていると考えたらしい。
 途端にピンク色の世界が霧散し、彼の落胆が伝わってくる。
「ち、違います……! むしろ、謝らなければならないのはこちらの方です!」
 そこでリーファは、そもそも腕を掴まれたのは転びそうになったところを助けてもらったからだと思い出す。
「助けていただきありがとうございます」
【よかった、嫌われていないようだ】
 感謝の言葉に、サイクスは無言だった。でも代わりに、安(あん)堵(ど)の声が頭に響いてくる。
 どうやら彼は相当無口なようだと気づきを得ていると、思い出したように彼がゆっくりと手をほどく。
「怪我などされたら、迷惑だ」
【うおおお、ち、ちがう。……そんな……冷たい言い方をしたら嫌われるのに……】
「俺の妻になるなら、もう少ししっかりしろ」
【いや、今のはだめだ……今の言い方はだめだった気がする……】
「……君は細すぎる、転んで骨でも折られたらかなわん」
【今のもだめだ。怪我をしないか心配だと言いたいだけなのに、声が……言葉が……上手く出てこない……】
 冷たい言葉の間に挟まる心の声に、なんだかリーファは気の毒な気持ちになってしまう。
(この方は、きっと思ったことを上手く言葉にできないのね)
 その気持ちは、リーファにもわかった。
 彼女も緊張してしまうとすぐ声が出なくなるし、本当に伝えたい言葉はいつも喉の奥に支えてしまうのだ。
 その辛(つら)さを知っているからこそ、彼の気持ちに寄り添いたいとリーファは自然に思ってしまう。
 だから怖がっていないと示すために再び笑みを浮かべ、離れていこうとする彼の手をぎゅっと握った。
「心配してくださってありがとうございます。これからは、もっと気をつけて歩きます」
 心を読んでいるのを悟られないようにしつつ、リーファは彼に感謝を告げる。
 途端にまたピンク色の光景が見え始め、声にならないサイクスの悲鳴が聞こえた。
 その間も彼の表情は険しいままで、使用人たちは二人のやりとりを見て息を呑んでいる。
 中には「嫌みを言われたのにお礼を言うなんて、なんて子だ」と戦(おのの)いている人もいる。
 だが少なくとも、サイクスはリーファの言葉に喜びを感じてくれている。
 それにほっとしつつも、胸がわずかに痛む。
(この人は見た目よりずっと優しい。でもそんな人を——夫となるこの人を、私は裏切ることになるのね)
 サイクスはリーファを可愛いと思い、少なからず好意を寄せてくれている。
 結婚の申し出があったのも、きっと自分を見初めてくれたからだろう。
 しかしその気持ちを、リーファは受け入れることができない。
 なぜなら彼女は、彼の気持ちを利用するためにここにいる。
 皇帝の兄である彼の心を読み、家のために利用すること。それがリーファに課せられた逃れられぬ義務なのだ。?


■第一章


 ——サイクスとの婚約が決まる一ヶ月ほど前。
 リーファは伯爵令嬢とは思えぬ地味なドレスに汚れたエプロンを纏(まと)い、義理の両親が営む工場で事務仕事に明け暮れていた。
 元々リーファは、この国生まれではない。
 祖国が戦火に巻き込まれた際、多くの子供たちと共に難民として逃れてきた戦争孤児である。
 ザバードにやってきたのは今から十年ほど前のこと。
 リーファの住む村は山奥にあったものの、空襲によって焼かれてしまった。
 両親や村の人々は亡くなり、身寄りのないリーファは弟のマオを連れてザバード行きの船に乗ったのである。
 二人はいつ沈んでもおかしくない小さな船に乗り、嵐を越えて帝国にたどり着いたのだ。そこでようやく平和な暮らしができると思ったが、残念ながらそれは間違いだった。
 彼女を引き取ってくれたアーヴィング伯爵家は、慈善事業の一環としてリーファと弟のマオを引き取ってくれたが、そこに善意はなかったのだ。
 長いこと使用人同然に扱われ、リーファの魔法が露見してからはそれを伯爵家が所有する会社のために利用している。
 伯爵家が営んでいるのは、武器や兵器の開発と製造を行う会社だ。
 その中の一つ、帝都の外れにある銃の組み立て工場で、リーファはこの一年ほど事務員として働いていた。
 その目的は、この工場で働く人々の監視である。
 ここで組み立てられる小銃は、ザバード軍にも卸されている会社の売り上げの要だ。
 しかし労働者に払われる給金は安く、そのせいで何度もストライキが起きていた。
 それを未然に防ぐため、心を読む力があるリーファを伯爵夫妻はこの工場に派遣したのだ。
 彼らの考えを読み、不穏な動きがあれば知らせよと二人は言った。
 会社に楯(たて)突(つ)く者がいれば、騒ぎになる前に解雇してしまいたいという考え故だろう。
 従業員を物のように扱う伯爵夫妻には憤りを覚えたし、従業員たちの不遇には心を痛めていたが、夫妻に弱みを握られているせいで従わざるを得なかったのだ。
「リーファちゃん、今ちょっといいかい?」
 監視と共に押しつけられた事務仕事をしていたリーファに、老いた工員が声をかけてくる。
「はい、何でしょうか」
 監視役ではあるが、リーファはここの工員が好きだ。
 自分からはあまり距離を詰めないようにと心がけているけれど、気さくな彼らを前にすると無意識に顔がほころんでしまう。
「カシムが流行病にかかっちまったんだよ。だから代わりに誰か、臨時で来てくれる人を探せねぇかと思って」
 納期も近いし……と言う顔には疲れが浮かんでいて、リーファはすぐさま候補者を思い浮かべる。
「明日からなら当てはあります」
「今日は無理そうかい?」
「他にも何人か病で伏せっていて、さすがに今日は……」
 リーファが来る前は、どんな状況でも無理矢理工員を呼び出し働かせていた。
 作業ノルマを遵(じゅん)守(しゅ)することを第一と考え、工員の体調や事情は二の次。そうした体制のせいで、ストライキが何度も起こっていたのである。
 それを知っているからこそ、リーファがこの工場に来てからは極力彼らに無理をさせないようにと勤務体制に余裕を持たせてはいる。
 彼女とて理不尽な理由で工員をクビにしたくはない。むしろ少ない賃金で必死に働いている彼らには、頭が下がる思いだった。
 だから伯爵夫妻に密告せねばならない不穏な動きが起きる前に、手を回すことにしたのである。
 勤務体制や労働環境の改善など、伯爵夫妻の目を盗んで行ったことは実を結び、この一年はなんとかストライキもなくやってくれた。
 とはいえ流行病と厳しい納期で工員たちは疲弊し、その心の内には苛(いら)立(だ)ちもにじみ始めている。
(今無理をさせたら、またストライキをしてしまうかも)
 そんな不安を覚えたリーファは椅子から立ち上がる。
「今夜は私が代わりに出ます。それで、なんとかしのぎましょう」
「で、でもいいのかい? 事務仕事もまだ残っているんだろ?」
「明日までに出せばいい書類ですから、工場の仕事が落ち着いてからやります」
 問題ないと言えば、工員は申し訳なさそうな顔でリーファを見つめる。
「リーファちゃんには苦労ばっかりかけるね」
「いいんですよ。むしろ薄給なのにノルマばかり厳しくてごめんなさい」
「そりゃあ、リーファちゃんのせいじゃないだろう。むしろあんたも、あのがめつい社長たちの被害者だ」
 呆れた声に、リーファは苦笑をこぼすことしかできない。
 今のは聞かなかったことにしようと考えていると、まだ若い女性工員が大量の銃身が入った箱を抱えながら、ヨタヨタと歩いてくるのが見えた。
 この工場で作られているのは小銃が主だが、慣れない女性にはそうとう重い。
 慌てて手助けに入ると、工員がほっとした顔になる。
「これは、どこへ?」
「奥の作業場に……」
「なら私が運ぶからあなたは組み立てを始めてください」
「で、ですが……お嬢様にそんな……」
「私、こう見えても腕の力はあるんです。それにあなたはまだ、作業に慣れていないでしょう?」
「……はい、とても時間がかかってしまって、昨日もご迷惑を……」
「なら組み立て作業に集中した方がいいと思います。それにほら、あそこにいるネイサンは無駄に力があるし女の子が大好きなので、今度重いものを運ぶときは頼るといいですよ」
 そんなふうにアドバイスをしながら、リーファは銃身を作業台まで運ぶ。
「他にも何か問題や不安があったら気軽に言ってください。少しでも改善できるよう努めますから」
「ありがとうございます。なるべく、お嬢様にご迷惑をおかけしないように頑張ります……」
 気にしないでと優しく励ましたかったけれど、これ以上優しい言葉をかけるべきかリーファは迷う。
 年若い工員はリーファと年も近いし、すぐに打ち解けられそうだ。けれど特定の誰かと絆(きずな)を深めることを、リーファは自分に禁じている。なぜなら絆を深めた相手に対して魔法はその強さを増すのだ。
 それが良い結果を招かないと知っている故、必要以上に距離を縮めすぎないようにと常に自分を戒めている。
 とはいえリーファには、工員に冷たい態度をとることもできないのだけれど。
「働いてもらっているんだから当然ですよ」
 なるべく素っ気ない言葉を選んでかけてから、残りの銃身を運ぶためにリーファはきびすを返す。
(……あら?)
 そんなとき、リーファはふと視線を感じた。
 見れば先ほど彼女を呼びに来た老いた工員が、見知らぬ男に捕まっている。
 その横には工場長もいて、彼の顔はわずかに強(こわ)ばっていた。
(そういえば今日、誰かが視察に来るって言ってたかも)
 深く被(かぶ)った帽子のせいでよく見えないが、とても上背のある男だった。
 その横には軍服を着た若い男性が何人かいる。
(視察って、軍の方かしら?)
 そう思うと、ほんの少しだけ気が重くなる。
 ここ最近、軍からの受注がなくなるかもしれないという噂が流れていた。
 ザバード帝国は、元々戦争によって国土と国益を広げてきた国だ。
 だが数年前に即位した若い皇帝は争いを好まず、大陸の国々と和平条約を結んでいる。
 戦争に飽き飽きしていた国民は若い皇帝の方針に賛同しているが、アーヴィング伯爵家のような戦争によって懐を潤していた者たちからは評判が悪い。
 特に伯爵家の会社は売り上げも下がり、ここ最近は経費削減のためにと大規模な解雇を行ったばかりだった。
 その中には熟練の職人も多く含まれていたため、製品の品質も落ちている。
 組み立てのために運ばれてくる銃身やパーツにも歪(ゆが)みが増え、いくら磨き上げてもお粗末さは隠せない。
 銃は人の命を預かるものでもあるから、誤作動だけはしないようにと工員たちが頑張って調整しているものの、品質の悪化に軍から苦情も来ているようだ。
(いま軍に切られたら、ここの人たちはクビになってしまうかもしれない……)
 そんな不安を抱く一方で、こんな苦しい場所ではなく、もっとまともな働き口を見つけてもらうべきなのではと思ってしまう。
(……伯爵たちに人生を奪われるのは、私だけで十分よ)
 伯爵たちは労働者を人として扱わない。だとしたら、人として生きられる場所で働いてもらった方がいいのかもしれない。
 ならば今のうちに、工員たちが働けそうな場所を探そう。
 全員は無理かもしれないけれど、それでもやれることはやろう。
 覚悟を決め、リーファはまずは目の前の仕事を片付けようと前を向く。
 そんな彼女をじっと見つめている者がいることに、気がつかないままに。


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