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王弟殿下と『仮』婚約生活!? 〜シークレット・ウエディング〜

立花実咲 / 著
えとう綺羅 / イラスト
定価 1,320円(税込)
発売日 2022/11/25

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内容紹介

おまえは俺だけの、かわいい花嫁
一生独身を貫くかと思われた王弟殿下・アンゼルムに、幼い頃から恋してきた公爵令嬢ニーナ。二人を応援する王からニーナの社交界デビューを期に、「『仮』の婚約生活を過ごすように」という命が下る。アンゼルムの密かな想い人にニーナは脅かされるも、アンゼルムから「かわいいと思う気持ちにフタをしていた。これからは、一人の女として見る」と宣言されて!? ずっと長い間、ただ大事にされるより、愛し合って結ばれたいと願うニーナに、「もっと可愛がりたくなった」と本能に任せて、重ねた年月分の想いが溢れるほどに愛され、純潔を散らされて——!? ツンデレ王弟殿下と愛らしい一途な公爵令嬢の婚活極甘ラブ!!

立ち読み

 プロローグ


 ある日、王宮からグライムノア公爵の邸(やしき)に一通の手紙が届けられた。
 ベルンシュタインの王家の紋章の封(ふう)蝋(ろう)がついたもので、国王よりグライムノア公爵の娘であるニーナに宛てられたものだった。
『親愛なるニーナ。先月は、社交界デビューおめでとう。僅かな時間ではあったが、君と素敵な時間を過ごせて何より光栄だった。さて、突然で申し訳ないのだが、私から君にとても大切な話がある。明日の午後、王宮に来てもらえないだろうか。迎えの馬車はこちらで用意させてもらおう。マルクス・ノア・ベルンシュタイン』
(大切な話って何かしら?)
 ニーナは不思議に思いながらも、国王の使いの者がよこした馬車に乗って王宮に向かい、国王への謁見を申し込んだのだが、出迎えた侍従によって通されたのは玉座の間や控えの広間といった公式の場ではなく、国王の執務室だった。
 いつもと異なる状況に緊張しながら訪ねた部屋の中には、思い描いていた国王マルクスの姿だけでなく、王弟アンゼルム・ノア・ベルンシュタインの姿があった。
(アンゼルム殿下……)
 まさかここで早々にアンゼルムと会えると思っていなかったニーナは予想しなかった光景に、心臓が飛び出るくらい驚いた。彼は、ニーナが誰より大好きな人なのだ。
 しかし喜ぶのは早かった。なぜか国王マルクスと王弟アンゼルムの間に不穏な空気が漂っている。
 昔は不仲だったこともあるが、今はお互いに信頼し合う関係ということを聞いているので、何が起きているのか不安になってしまう。呼び出された件と何か関係があるのだろうか。
「ニーナ、こちらに来てほしい」
 アンゼルムが感情の見えない声で言い、ニーナを外へと連れ出す。
「は、はい」
「うまくやるんだよ」
 と、マルクスは微笑んだ。一方、アンゼルムはどこか決まりが悪そうな表情をしている。
 ニーナの頭には疑問符ばかりが浮かぶ。大切な話の内容はどのようなものなのか、肝心なことは何もわかっていない。
 それから——部屋の前に到着すると、
「このお部屋で、何かあるのですか?」
 何か……という言葉に、アンゼルムはぴくりと反応し、彼は柄にもなく頬を赤くし、まくしたてるように言った。
「ここは、しばらくおまえが暮らすことになる部屋だ」
「——え? 私がここで暮らす……?」
 ニーナは耳を疑い、長身のアンゼルムを見上げた。彼は眉間に皺をよせ、顎のあたりに手をやりながら悶々と考えている様子である。常に物をはっきりと口にする彼らしくもない。
「あ、あの、アンゼルム殿下? 失礼ですが、よくお話がわかりませんわ。なぜ、私が……」
「我々に、これから、『仮』の婚約生活を過ごすように……という命が下った」
 任務を告げるかのように、アンゼルムは言った。
「……こ、婚約!?」
 ニーナは思わず、はしたない声を上げてしまった。
「落ち着け。『仮』だ。本当に婚約するわけではない」
「『仮』婚約生活……どうして突然そんなことに。意味がわかりません」
 動揺するニーナを見て、アンゼルムは額に手をあてがい、小さくため息をつく。
「俺もどうしてこうなったのか、受け止めるのに時間がかかっている。少し待ってほしい」
 しばらく妙な沈黙が横たわる。しかしそれはけっして不快な類(たぐい)のものではなく、こそばゆいような不思議な感覚だった。そればかりか、砂糖菓子のような甘い予感さえする。
(仮の婚約生活って、一体どういうこと……?)
?


1 運命の赤い糸


 結婚するなら、あの男性(ひと)がいい。
 小さな頃から、ずっと心の中で密かに願い、そして大切に想っていた。
 今日この日を迎えるまで、どれほど時計を早回ししたいと焦がれてきただろう。
 やっとあなたに追いつける。そう思えば思うほど、胸は弾むばかり。
 どうか、あなたにとって運命の女性(ひと)が私でありますように。

 遙かなるあの日、ネモフィラの花畑で生まれた運命はめぐりめぐって……。
 十三年越しの恋物語がはじまる——。



 ユーグラウス大陸において二千年以上の歴史と大陸一の国土を誇る南西の国、ベルンシュタイン王国に、此(こ)の程あたたかな春が訪れ、王都シュタルツのいたるところで花が咲きこぼれるようになった。
 青々と澄んだ空の下、黄色や橙色(だいだいいろ)のパンジーやポピー、薄紫のゼラニウムや純白のジャスミンといった爽やかな花々の香りが、そよ風に乗せて運ばれていく。
 あとひと月もすれば、赤やピンクといった薔薇も見ごろを迎え、縹(ひょう)渺(びょう)たる丘の花畑には瑠(る)璃(り)色のネモフィラが絨毯のように群生し、青々としたもうひとつの空を描くようになるだろう。
 そんなある日のうららかな昼下がり——。
 王都シュタルツの中央に構えられたノーブル宮殿内の広間の一室では、王女主催のサロンが開かれ、貴族の若い女性たちが集まっていた。
 サロンは定期的に開催され、王女が直々に挨拶に来ることもあれば、王女に代わって代理人が代わりにやってきて毎回サロンの議題を発表する。その議題に沿って、女性たちは時間を過ごすようになっている。
 今日の議題は、『歴史と文化より生まれし恋愛観』としており、課題として挙げられた本を順番に朗読し、互いに感想を交わし合うこととなっていた。
「運命の赤い糸ってたしかにあると思うわ」
「大昔のかつての王を愛に狂わせた、ベルンシュタインのミンディア妃の伝説みたいな?」
「ええ。でも、その反対に、どうしても運命に逆らえず、永遠に報われない恋もあると思うの。それを青い糸って表現されている作家がいるわ」
「赤い糸と青い糸……青といえば、瑠璃色の花の悲恋の神話なんかもありましたわね。たしか……ネモフィラという花だったかしら」
「あら。でも、私は悲恋って美しいと思うの。報われない恋こそ貫いてみせるのよ。とっても輝いて見えるわ。この本の御方みたいに」
「それはそうよ。この国では、悲劇こそが芸術の文化っていわれてきたでしょう。悲劇の中の純愛……ため息が出るくらい素敵だわ。結ばれる殿方の方だけじゃなくて、密かに想いを寄せている殿方の方にもドキドキするもの」
 可愛らしく着飾った貴族の若い女性たちのお喋(しゃべ)りは尽きることがない。延々と話が膨らんでいく。まるで色とりどりの上品な小鳥たちがまだ見ぬ世界に心を躍らせ、さえずっているかのよう。
 このサロンには、グライムノア公爵の娘であるニーナも参加していた。
 サロンは社交界デビューを控えた十二歳から十五歳の少女らが語らう場として、また、レディとして様々な知識や教養を身につけつつ交流できるようにというイレーネ王女の計らいから数年前に新設されたものだ。
 ご令嬢の身元を明らかにするため、会員登録は必要だが、自由参加性なので特別な縛りはない。
 ニーナも度々このサロンに顔を出しているのだが、ほとんどが聞き役だ。最初は皆に交じって会話を楽しんでいたのだが、時間の経過とともに、いつの間にか上の空になることが多かった。
「ねえ、ニーナさんったら聞いていらっしゃるの?」
 話題を振られ、ニーナはハッとする。
「ごめんなさい。ええと、なんだったかしら」
「もう、ニーナったら、とってもいいお話でしたのに」
 ご令嬢たちからはため息がこぼれ、ニーナは申し訳なくなり、肩を竦めた。
 今日はとくにぼうっとすることが多い。注意されてからも、彼女の興味は自然と窓の外へと向けられてしまう。今にも飛び立ってしまいそうな小鳥のように。
(どうしても気になって仕方ないんですもの)
 広間の開け放たれたバルコニーから外の様子が窺えるのだが、国旗が風にゆらゆらと揺れる中、王宮の玄関へと繋がる四方に整えられた庭園近く、騎士が隊列を組む号令が聞こえた。
 おそらくこれから外間から王宮内へと進み、騎士の間にて騎士叙任式ならびに叙勲式が行われるところだろう。それは、見習い騎士が新人騎士へと認められる厳かな儀式であり、また、騎士が活躍を称(たた)えられ勲章を授けられる輝かしい式典でもある。
 ニーナはサロンの他愛もないお喋りよりも、その場にいるだろう王族の『あの人』のことが気になって仕方ないのだ。
 もし『あの人』の声が聞こえてこようものなら、即座にこの場を飛び出しているだろう。はしたないとわかっていても何度となく腰が浮きそうになっていた。
 サロン内はいくつかの小さなグループに分かれているのだが、そのうちの離れた場所にいた女性たちが噂(うわさ)話をしている声が聞こえてきた。
「……ねえ、ニーナさんって、かつての王が溺愛したミンディア妃の末(まつ)裔(えい)にあたるんですって?」
「……ええ。そうみたい。でも、彼女のお母様、グライムノア公爵夫人もミンディア妃の末裔でありながら、王族とはご結婚されなかったわ。王立騎士団の第一団長ランドルフ様とご結婚されたのよね」
「あら。騎士様との結婚だって素敵だわ」
「ええ。先代の国王より公爵位を授けられた特別な名誉ある騎士様ですもの。でも、恋愛的には悲劇よね。王様と結ばれなかったんですもの」
「そうかしら? さっきだって、ベルンシュタインでは悲劇こそが美学っていうお話でしたでしょう?」
 女性たちの話はまた盛り上がっていく。彼女たちは別に意地悪をしたいわけではなく、目の前にある生きた教本に興味津々なのだ。
 しかしニーナが口を挟んで詳細を語ることは一切なかった。
 ミンディア妃の伝説は様々な逸話として本にも描かれ、間違って伝わっていることも多い。おとぎ話のようなもの。
 二千年以上もの長い歴史を持つベルンシュタインで、かつて危機に瀕(ひん)した国を豊かに導き、美と豊穣(ほうじょう)の女神と呼ばれて崇(あが)められたミンディア妃。そんな彼女を心から愛していた二人の男性がいた。一人は国王、もう一人は騎士であった。
 王はミンディア妃を寵愛(ちょうあい)し、ミンディア妃もまた王を愛していた。しかし彼女の才と美に魅せられ、狂った者たちにより囲われた彼女はやがて幽閉されてしまうことになる。
 その後、紆(う)余(よ)曲(きょく)折(せつ)を経て、幽閉されていたミンディア妃を救いに向かった騎士と彼女が結ばれることになる。ここまでが国民の知るミンディア妃の伝説。
 実はその先には王家であるシュタルツァー家とグライムノア公爵家のみが知る物語の続きがある。ニーナは両親からその話を聞いたことがあった。
 ミンディア妃の末裔にあたる人物がニーナの母エルナ、騎士の末裔にあたる人物がニーナの父ランドルフであるという。つまり、二人の恋は運命の上に導かれたといっても過言ではない。
 しかしニーナはこんなふうに思う。
 王と妃(きさき)の物語としてはたしかに『悲劇』だ。けれど、妃が選んだ相手が王であるか騎士であるかの、ただそれだけの違いではないだろうか、と。
 王と騎士に愛された女神ミンディア妃……彼女はかつて王を愛していたけれど、彼女を救った騎士を愛したことも事実。王と妃の物語、騎士と妃の物語、そのどちらも真実の愛だったに違いない。
(私は悲劇こそが芸術だなんて思わないわ。ただ、好きな人と恋をしたい。それが運命の恋だって信じたい)
 ニーナは心の中に秘めた情熱を灯しつつ、ある人物を思い浮かべる。
 そうしたら、たちまち恋しさが募り、いてもたってもいられなくなってしまった。
「私、やっぱり、ここで失礼するわ」
「ニーナったらどこへ行くの。次はお庭でお茶会よ。王女殿下もお見えになる機会なのに」
「王女殿下にはお詫びのお手紙を出すわ。これから、騎士叙任式がはじまるから、どうしても見たいの」
 ニーナは逸(はや)る気持ちを抑えきれず、サロンの部屋から出ていき、小走りで駆けてゆく。
 優雅なお茶会より騎士叙任式の方が好きだなんて珍しいわと、また噂されてしまうかもしれない。やっぱり彼女は騎士の誰かと結ばれる悲劇の運命なのかも、と。
(いいえ。私が恋をしている人は騎士ではなくて……)
 ニーナは愛しい人への想いに胸を焦がしながら、式典の間へと急ぐのだった。


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