書籍詳細
可憐な美少年が猛獣騎士となって全力で愛を叫んでいます
定価 | 1,320円(税込) |
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発売日 | 2022/12/23 |
電子配信書店
内容紹介
立ち読み
プロローグ
エルフォード国城下町では、着飾った民が公道を所狭しと闊歩(かっぽ)し、王の住まう宮殿へ向かっている。
今日からエルフォード建国祭が開催される。初日ということで王と王妃、そして王子や王女たちが揃(そろ)ってバルコニーから国民に顔を見せるのだ。
建国から三十三年。国力の充実を目指した政策は概(おおむ)ね成功で、民はその恩恵を受け安定した生活を送っていた。
ゆえに国王やその家族に人気が集中するのはごく自然なことで、年に数回しか開放しない宮殿の広場にこぞって向かい、拝顔しようとするのもまた当たり前の行動であった。
それが終われば、貴族は宮殿内で行われる祝賀の儀に参加し、庶民は城下町で飲み、食べ、歌い、踊る。
年中休みなく働いている民にとっては年に数回の祭りは貴重な休息であり、思う存分楽しむ時間なのだ。
今や城下町は民で溢れ、大変賑(にぎ)わっている。
誰も彼も祭りの雰囲気に酔いしれ、笑い興じている。
そのように騒がしい表通りではあるが、少し奥に行けば細い路地が迷路のように入り組んでおり、そこは相変わらずの仄暗(ほのぐら)さと人通りのなさで辛気くさい雰囲気だ。
どんなに裕福な国でも、闇の部分はある。光には影が付きものだといわんばかりに。
そこから幼い少年がしゃくり上げながら出てきた。
表通りを目の前にして強張(こわば)っていた肩の力を抜く。
また一歩、足を踏み出したと思ったら何かを思い出したのかムッと口角を下げ、背中を建物の壁に擦り付けながら腰を下ろしてしまった。
「絶対……絶対、行かないんだからな。お父様なんか大嫌いだ。もちろん、お義母(かあ)様だって!」
そう呟(つぶや)くと抱えた膝に顔を埋めた。
「——もしもし、ねえ、大丈夫? 具合、悪いの?」
頭上から、少女らしき声が降ってくる。
幼い少年はそろそろと顔を上げ、無遠慮に声をかけてきた相手を見つめた。
自分と同じか、もしくは少し年下ぐらいか。足首までのチュニックを着て、その上からウプランドという外套着を羽織り、麻紐を腰に巻いている。
艶(つや)やかで豊かな黒髪はゆるく三つ編みにし、幅の太いヘアバンドをしていた。
身なりからして、中流から上流の庶民だろうか。よくわからない。今日は祭典なので、誰も彼も一張羅を着込んでいるのだ。
気軽に答えていいものかと、少年はジッと少女を見上げる。
自分の身分は理解しているつもりだ。だからこそ軽々しく答えていいのか悩む。
「ねえ、平気? 大人の人、呼んでこようか?」
少女はしゃがみ、少年と視線を合わせ、もう一度尋ねるが、ジロジロと自分を見つめるだけでウンともスンとも言わない少年に、少女は「あ」と声を上げる。
「そうか。突然話しかけたからビックリしちゃったのね。大丈夫よ。私、怪しい者じゃないわ。お忍びで庶民の格好をしているけどこれでも貴族なの」
と言って立ち上がると、チュニックの裾を摘まみペコリと挨拶をしてみせる。
にわか仕込みのものではない慣れたしぐさだ。そしてとても綺麗(きれい)なカーテシー。
胸がトクン、と波を打った。
「エナーシア家の息女ルイーズといいます」
「ルイーズ……」
名前を呼ぶ。少年にとって、とても特別な名前に思えた。
でも、少し前まで捻(ねじ)くれていた少年の心はすぐには回復しない。口角を下げたまま、捻くれた言葉を吐く。
「どこの誰なのか知らない奴(やつ)に自己紹介して、馬鹿じゃない? そんなことして僕が悪い一味の人間だったらどうするんだよ? ここで誘拐されてどこかに売られたって文句は言えないんだぞ」
少年の言葉に少女は朗らかな笑い声をたてた。
「だって貴方(あなた)、貴族でしょ?」
「えっ?」
「着ている服を見ればわかるわ」
と、少女は焦っている少年の服装を指さす。
「子供の私から見ても生地も仕立てもいいとわかるのだもの。釦(ぼたん)に宝石なんて使ってるの、お金のある貴族くらいよ。裕福な商人の中には虚勢を張るのに付ける人もいるけど」
「……知らなかった」
「外に出るなら庶民の格好くらいはしないと。追い剥(は)ぎに遭いたいと言ってるようなものだわ。お馬鹿さんは貴方だったわね」
逆にやり込められて少年はムッとする。おまけに貴族だと知りながら敬った言葉遣いをしないし。
「そっちなんて躾(しつけ)ができてないじゃないか」と言い返そうと口を開きかけたら、少女が突然、手を掴んで引っ張り少年を立たせた。
「貴方もお忍びできたんでしょ? こんなところで座っていたら勿体(もったい)ないわ。せっかくなんだからその辺を見て回りましょうよ」
「ね」と強引に表通りに引っ張っていき、キョロキョロと屋台を見始める。
「ちょ、ちょっと。僕はお忍びじゃなくて逃げてきたんだ。家出」
ようやくお目当ての物を見つけ何かを買っている少女に、少年は思い切って告白した。
「えっ? そうなの? 本当は待ち合わせの場所があるとか、陰でこっそり従者が見ているとかじゃなくて?」
「それは君……じゃなくてルイーズでしょ。僕は違うよ」
「確かに私のメイドはこっそり後ろからついてきてるけど。それはいいのよ。わかってるもの。六歳の女の子で、中くらいとはいえ貴族の私が一人でお祭りの町をうろつけるほど世の中安全じゃないってことくらい」
冷静な子だなぁと少年は思う。その大人びた感覚に感心すると同時に、また胸がトクンと波打つ。
ルイーズは買った蜜菓子を一つ少年に渡すと、人気(ひとけ)の少ない場所を探す。
ちょうど日陰になる植え込みを見つけ、二人でそこに移動した。
「お祭りでしか売られてないの、このお菓子。とても美味(おい)しいのよ。プリャーニクっていうらしいわ」
「……とても硬そうだけど」
「見かけより柔らかいのよ」
ほら、とルイーズが両手で半分に割ってみせる。小さな紅葉(もみじ)のような手でもあっけなく割れた。
一口食べてみると、クッキーのような、スポンジケーキのような生地がホロリと崩れる。粉にたっぷりと蜂蜜が染みこんでいて、口の中にジュワッと溢れる。素朴だけど癖になる味だ。
「美味しい」
宮殿にはない味に思わず呟く。
「美味しいでしょ? これが買いたくて我が儘(まま)を言って買いに来たの。きっとこれを食べれば、うちのお母様だって元気になるわ」
と、少女は中身が零れないよう紙袋の先をしっかりと丸め、横がけしているポシェットの中に入れた。
「家族と仲がいいんだね」
「普通よ。貴方は違うの?」
「僕の母親は小さい頃に病気で亡くなった。今は義理の母親がいるけど」
「冷たいの?」
少年は首を横に振る。
「優しいよ。でも、本当は僕を憎んでると思う」
「どうして?」
「僕は、お父様の浮気でできた子だから」
「まあ」
少女はよほど驚いたのか、青い目を大きく見開いた。キラキラした宝石のような瞳だな、と思いながら、少年は話を続ける。
「貴族ならよくあるでしょ? 愛人の子を引き取って自分の子と一緒に育ててるんだ。でも、女の人は夫の浮気でできた子供なんて育てたくないものだろ。愛情を奪った憎い相手の子供だもの。普段は自分の子供と同じようにしてくれるけど、きっと腸(はらわた)が煮えくりかえっているに決まってる。……だから僕を遠くの領地へ養子に行かせるんだ」
「そうだったの」
「僕は『行きたくない』って言ったんだ。でも子供がいない遠縁の夫婦が、お父様を頼って子供を養子に欲しいと言ってきたんだ。子供が欲しいなら別に僕じゃなくったっていいのに。領地にある施設から子供を引き取って育ててもいいはずなんだ。なのに、お父様は僕に行けっていうんだ。お義母様も『きっと本当の息子のように大切にしてくれる』って勧めてくるし。……やっぱりお父様もお義母様も、僕のこと厄介者だと思ってたんだってわかったんだよ」
「だから家出してきたわけね」
「悪い?」
彼女が溜め息を吐(つ)いたことに少年はカッとなり、顔を真っ赤にする。
「ううん、別に。ただ、本当に厄介者だと思って養子に行くように言ったのかなあ? って思って。それに、話を聞いてて、貴方がお義母様に邪険にされているようには見えないし。着ている服も一流の物で、髪も整えていて、お肌も艶々、とっても綺麗で女の子みたいよ。ちゃんと栄養とってる体つきしてる。それに家出した一番の理由は、お父様に言われた時よりも、お義母様に養子に行くことを勧められたのがショックだったからじゃない?」
「お、女の子? 僕が? そう見えたの?」
「遠目で、女の子に見えたわ。『女の子があんなところに?』と思って近づいたけど、髪は短いし、声も男の子だったから『綺麗な男の子だったのね』って」
ルイーズの言葉に、少年は雷に打たれたような衝撃を受けた。
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