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幼馴染の護衛騎士をふりむかせようと奮闘したら、呪いをかけられました

綾瀬ありる / 著
すずくらはる / イラスト
定価 1,320円(税込)
発売日 2023/01/27

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内容紹介

あなたに触れて良いのは俺だけだ
王女リーゼロッテは、冷静沈着な幼馴染の護衛騎士エリアスに幼い頃から憧れを抱いていた。しかし、手厳しい彼からは王女としての自覚が足りないと小言を言われてばかり。そんな中、リーゼロッテは思いがけず「催淫」の呪いを受けてしまう。しかもその呪いは、発散させなければ催淫状態が強まっていくというもので…。こんなのどうしたらいいのかなんてわからない! さらに、催淫状態に陥っているところにやってきたのはエリアスで!? 「俺以外には、もう触れさせたりしない」呪いを解くためには、護衛騎士の甘い手ほどきから逃れられません!

立ち読み

プロローグ

「こんなの、どうしたらいいかなんて……知らないっ……! わからないの……っ」
 小さく息を呑む音がして、部屋の中に沈黙が落ちる。
 振り絞るようにそう叫んだリーゼロッテは、はあ、と唇から熱い息を漏らし、ままならない自らの身体をぎゅっと抱きしめた。
 身体の奥がじくじくする。もどかしい気分だけれど、こんな感覚に支配されるのは初めてで、どうしたらこれを解消できるのか全くわからない。
「ふっ、あっ……」
 身じろぎした拍子に妙な声が口からこぼれてしまい、リーゼロッテは唇を噛みしめた。とにかく、恥ずかしくてたまらない。
 こんな声を、人に聞かせるなんて。
 しかも、その相手が彼だなんて。
 悔しさと、情けなさと、そして恥ずかしさで目の前が真っ赤になる。枕に顔を埋め、びくびくと震える身体をどうにか横たえると、リーゼロッテは波がおさまるのを待とうとした。
 このまま、どうにかやり過ごせたりはしないだろうか。
 ——たぶん、むり……。
 寝台の脇に落ちているであろう革張りの本のことを思い出して、リーゼロッテは身震いした。
 あの本の内容が真実ならば、きっと——この熱を発散しない限り、どうにもならない。でも、どうしたら発散できるのかがわからない。では、永久にこのままなのか——そう思うと、恐ろしさにじわりと滲(にじ)んだ涙が枕に吸い込まれていく。
 ——ああ、熱い、熱いの……。
 服に擦(こす)れて、胸の先端がうずうずする。お腹の奥がきゅうきゅうして、腰が小さく跳ねてしまう。
 どうにかしなければ、気が狂ってしまいそうだ。
「リーゼロッテ殿下、その——」
「う、あ……っ」
 不意に、よく通る低い声に名を呼ばれて、リーゼロッテはびくりと身体を震わせた。
 ただ、名前を呼ばれただけなのに。それだけなのに、と自分の身に起きた反応に混乱して、枕に頭を擦りつける。
 それは、例えるならば、まるで雷に打たれたかのような衝撃だった。背筋にびりりと甘い痺(しび)れが走って、お腹の奥がきゅうっと引き絞られるように疼(うず)く。そこから何かがとろりとこぼれだして、足の間にわずかな湿り気を感じた。
 ——やだ……なに、これ……っ?
 本当に、もうどうしていいのかわからない。リーゼロッテは、思わず縋(すが)るような視線を声の主に向けた。わななく唇で、青年の名をなんとか口にする。
「エリアスっ……」
「……っ、殿下」
 ごくり、と喉を鳴らしたのは一体どちらだったか。それきり、沈黙が部屋の中を支配する。聞こえるのは、せわしないリーゼロッテの息づかいだけだ。
 ——ああ、ちょっと見返してやりたかっただけなのに……!
 室内に灯る柔らかな橙(だいだい)色の明かりを映して、彼の金の髪が揺らめいている。それをじっと見つめながら、リーゼロッテは荒い息の下で思った。
 そう、この青年を——リーゼロッテの護衛騎士であるエリアスを、ちょっと見返してやれればそれでよかったはずなのに。
 こうしている間にも、身体に灯った妙な熱は、どんどんその温度を上げていく。尖(とが)った胸の先端は、今度は衣服に擦れて痛いほどだ。
 ——どうして、こんなことになっちゃったの……?
 じわ、と再び目に涙が滲んだ瞬間、顔を上げたエリアスの青い瞳と視線がかち合った。途端に心拍数が急激に上がって、背筋にぞわぞわと痺れが走る。
「エリアスぅ……」
「姫……」
 名前を呼んだのは、無意識に近かった。
 唇から漏れたのは、なんとも頼りない、甘えるような声。けれど、それを恥ずかしいと思う余裕も、情けないと思う余裕も、既に今のリーゼロッテにはなかった。
 ただ、この身体の熱を、妙な疼きを、どうにかして欲しい。それだけで頭がいっぱいだ。そして、今頼りにできるのは、目の前の青年だけ。
 だというのに、エリアスは何も言わず、ただ黙ってリーゼロッテを見つめている。けれど彼の瞳がどこか熱っぽく見えるのは、室内灯の橙色を反射しているせいなのか、それともリーゼロッテの気のせいか。
 ——ううん、なんでもいい……はやく……。
 早く、どうして欲しいのか。わからないまま、けれどこの状態から解放されたい一心で、エリアスの瞳をじっと見つめる。
 しばし無言のまま、エリアスもまたリーゼロッテの瞳を見つめ返してきた。やがて、彼の唇から大きなため息が漏れる。
 まるで呆れられているようだ、と感じてしまい、心臓がきゅっと音を立てて縮んだ。目の前が一気に暗くなったような心地がして、枕を掴(つか)む指先に力が籠もる。
「え、エリ……?」
 不安に駆られたリーゼロッテが彼の名を呼ぼうとすると、それを遮るようにしてエリアスが口を開いた。
 だが、その内容に——リーゼロッテは大きく目を見開く。
「お願いします、って言えたら助けてあげてもいいですよ」
「ん、なっ……?」
 愚かなことに、リーゼロッテはこの時になってようやく——どうやらこの護衛騎士が、とてもとても怒っているらしいことに気付いたのだった。
?
第一章

 遙(はる)か昔、この地には神秘の力を扱う人々が暮らしていたという。そして、その中でもひときわ力の強い一族が民をまとめ上げ、この地を狙う外敵を打ち払い——やがて一つの国を作り上げた。
 キルシュネ王国の建国譚には、そのように記載されている。
 ぱたん、と開いていた革張りの本を閉じ、固まった身体をほぐすために軽く伸びをすると、リーゼロッテは小さく息を吐いて窓の外を眺めた。柔らかな春の日差しと、そよ風に揺れる花。それに誘われるようにして席を立ち、窓を開け放つ。
 そうすると、春の始まり特有の少しだけ冷たい風が頬を撫で、リーゼロッテの青銀の髪の毛を揺らしてゆく。
 頬にかかる髪をそっと押さえて、リーゼロッテは建国譚の続きに思いを馳(は)せた。
 世が平和になるにつれ、人々の持つ力は徐々に薄れてゆき、今ではその力は直系王族が受け継ぐのみ。
 だが、それは今の世には必要のない力だ。さまざまな技術の発達に伴い、神秘の力の出番はもはやないに等しい。
 そのため、王族は神秘の術のほとんどを封印することに決めた。その中には、使い方を誤れば危険なものも含まれているという。
 そして、封印のために建てられたのが——
「神秘の塔……か」
 リーゼロッテは窓の外に視線を向けた。自身の住まう宮から見える、森の向こうの真っ白な塔。あれがその「神秘の塔」だということは、十の歳(とし)に教えられて知っていた。
 リーゼロッテ・キルシュネライトはキルシュネ王国の王女である。そして、建国譚に記載されている、直系王族の一人でもある。
 銀の髪は、その証(あかし)だ。
 さらにリーゼロッテのように青みの強い銀の髪は、一種の先祖返りであり、神秘の力を強く受け継いでいる——とされていた。
 もうすっかり力の使い方など廃れてしまって本当のところはわからない。けれど幼い頃のリーゼロッテは、時折不思議な声を聞くことがあった。それは、翌日の天気や花の開花などの些細なことばかりではあったけれど。
 その頃は教えてもらったことを父や母に話し、それが当たると父は必ず「さすが先祖返りだな、リゼ」と笑って頭を撫でてくれたものだった。
 だから——とリーゼロッテは何の根拠もなく思うのだ。先祖返りという話は本当で、きっと使い方さえ分かれば自分は神秘の力を扱えるのではないだろうか、と。
「リーゼロッテ殿下、そろそろお時間です」
「……もう?」
 考え事に没頭していたリーゼロッテは、背後から声をかけられてはっと我に返った。振り返ると、その声の主、護衛騎士のエリアスが無表情にこちらを見ている。
 その視線を受けて、リーゼロッテは小さなため息をついた。
「ねえ、エリアス……」
「殿下、わがままを言わないでください」
 声の調子で、リーゼロッテの言いたいことがわかったのだろうか。エリアスは最後まで言わせることなく、強い口調で彼女の言葉を遮った。仕えるべき主、王女であるリーゼロッテに対して不敬な態度だが、それを咎(とが)めるものは存在しない。護衛騎士であるエリアスだけには、その態度が許されているからだ。
 慣れたもので、リーゼロッテ本人も、ちょっと唇を尖らせて「はぁい」と大人しく肩を竦(すく)めただけである。
 だが、それにしても——とエリアスの横顔をちらりと眺めて、リーゼロッテは何度目になるかわからない疑問を頭に浮かべた。
 ——どうしてエリアスは、私の護衛騎士なんてやっているのかしら……?
 春の陽光に照らされて煌(きら)めく金の髪に、リーゼロッテの空色の瞳よりも、もう少し濃い青をした瞳。少し垂れ目がちだが整った顔立ちをしていて、護衛騎士の証である黒い騎士服に包まれた身体はほどよく鍛えられしっかりと厚みがある。
 騎士としての腕も確かで、騎士団内のあちこちの部署から声がかかっていたと聞く。だが、三年——いや、もう四年前のリーゼロッテが十四歳の時のことだ。御前試合で優勝した彼は、なぜか自らの希望でリーゼロッテの護衛騎士に就任したのである。
 物好きなことだ、とリーゼロッテは思う。
 なぜなら彼は、元は王家にも連なるシュトライヒ公爵家の嫡男である。兄である王太子マティアスの学友も務めていたため、リーゼロッテは彼のことを幼い頃からよく知っていた。年齢こそ七つも違うが、まあリーゼロッテにとって幼(おさな)馴(な)染(じみ)と言って差し支えない相手だ。いや、むしろ兄弟のようだった、と言うべきだろうか。あの頃、エリアスは城に住み込んでいたのだから。
 本来なら騎士になどならず、次代の王である兄の側近として仕えるべき人材である。それは今からでも遅くはないだろう。彼が優秀な学生だったことは今でも語り草になっていて、宰相補佐室からは毎年のように異動の打診があると聞いている。
 だが、何を考えてのことか知らないが、彼は十六の歳に突然「騎士になる」と言いだし、騎士団に入団してしまったのだ。
 その頃のリーゼロッテは九歳。仲良く過ごしていたはずの幼馴染が、突然「明日からは来られなくなります」と言い出したときには、かなり泣いて困らせてしまったことを覚えている。
 ——あの頃は、まだ幼かったから……っ。
 思い出すと、顔から火が出そうなほどに恥ずかしい。けれど、それだけ彼に懐いていたことは間違いない事実だった。
 ——まあ、だからエリアスが私の護衛騎士に志願してくれたと聞いたときは、嬉しかった……のだ、けれど……。
 着替えのため、侍女のカルラとともに衣装室に移動しながら、リーゼロッテはため息をついた。そのカルラを呼び止めて、エリアスが何事かを指示している。おそらく、このあと着用するドレスに関することだろう。
 ——護衛騎士の職務に、王女のドレス選びは含まれていないと思うのだけれど、ね……。
 真顔でカルラと話しているエリアスの横顔を見つめ、リーゼロッテは頬を引きつらせた。
 どうやら、過去に皆の度肝を抜いてやろうと奇抜なドレス姿を披露したことを、彼は未だに忘れていないらしい。あれは、流行の衣装がどうこう言う令嬢を黙らせてやろうとした結果だったのだが。
 思い出してくすりと笑ったリーゼロッテは、だがその後彼に散々お説教されたことを思い出して顔をしかめた。
 王女へのお説教も、護衛騎士の職務ではあるまい。自身の行動を棚上げして、リーゼロッテは唇を尖らせる。エリアスはリーゼロッテが何かしでかすたびに必ずお説教をして、反省を示すまで許してくれないのだ。
 幼い頃の憧れの君が、まさかこれほどまでに口うるさい男に成長するとは。
 そう、リーゼロッテにとって、エリアスは出会った頃から完璧な憧れのお兄様だった。
 本を一緒に読んでくれたり、「ごっこ遊び」に付き合ってもらったり。年の離れた女児の相手など退屈なばかりだっただろうが、エリアスは時間の許す限りいつでも笑顔で相手をしてくれた。
 その中でも特に印象に残っているのは、リーゼロッテが庭の隅で子猫を見つけたときのことだ。
 当時のリーゼロッテは、至極おてんばな子どもだった。それこそ、庭を端から端まで駆け回ったり、植え込みの下に潜り込んだりするのは日常茶飯事だ。
 キルシュネ王国では、女性に対して淑(しと)やかで大人しいことが求められる風潮がある。その観点からすれば、リーゼロッテはかなり型破りであり、なおかつ自由にさせてもらった方——ということになるだろう。
 あれは、確か強い雨の降った翌日のことだったと思う。庭で遊んでいたリーゼロッテは、植え込みの下でにゃあにゃあと鳴きながら震える泥だらけの子猫を見つけた。
 だが、何の知識もないリーゼロッテには、それをどうしたらよいか全く見当もつかない。ただ、その声の弱々しさから「放っておいては死んでしまうのではないか」という漠然とした不安を覚えた。
「どうしよう……」
「どうしたんだい、リゼ」
 困り果て、おろおろするばかりのリーゼロッテに、そう声をかけてくれたのはエリアスだ。まさに、天の助けだと、彼女はそう思った。
 ——エリアスにいさまなら、きっとたすけてくれるわ!
 実際のところ、今ならばわかるがエリアスだってその時は十歳くらいの子どもだ。それほど頼りにされては、普通ならば困るだろう。
 だが、エリアスは彼女の話を聞くと、服が汚れるのも厭(いと)わず子猫を植え込みの下から救い出してくれたのだ。
 これには歓声をあげて喜んだリーゼロッテだったが、ほっとしたのもつかの間のこと。ううん、と唸(うな)り声を上げて、彼は少し厳しい顔で手の上にのせた子猫を見た。
「ずいぶん冷えてしまっている……」
 エリアスの手の中にいる子猫は、見ただけでわかるほどに震えている。鳴き声も先ほどよりも弱々しくなっているようで、リーゼロッテは言いようのない不安感を覚えた。
「エリアスにいさま……だいじょうぶ……?」
 けれど、エリアスならばなんとかしてくれる。そう期待を胸に、リーゼロッテは彼を見上げた。すると彼は、少し困ったように微笑んで、どうにかしようと奮闘し始めた。
「うんと……このハンカチでくるんで……これだけじゃだめか、僕の上着と……」
「にいさま、リゼのハンカチもつかって!」
 リーゼロッテがハンカチを差し出すと、エリアスはそれを受け取って子猫に巻き付けた。さらに自分の上着を脱ぐと、それも使って子猫を何重にもくるむ。
「あとは、湯を用意してもらって……」
「リゼがたのんでくるっ……!」
 そう言うと、リーゼロッテはくるりと身を翻し、自分の部屋の方へと走り出した。
 ——さすが、エリアスにいさまは頼りになる……!
 自分だけではどうしてよいかわからなかったのに、ちゃんと助ける方法を考えてくれるなんて。
 リーゼロッテは感激し、ますますエリアスへの憧れを強くしたものだった。
 そんなこともあって、リーゼロッテは実の兄であるマティアスよりも彼に懐いていて、よく「どっちが本当のお兄様だと思っているんだい」とからかわれたものだ。
 その兄が、よく言っていたのが「リゼが完璧な王女になれば、きっとエリアスももっともっと褒めてくれるよ」という言葉。リーゼロッテ自身、その言葉を信じて勉学に励んでいた。
 そんな日々がずっと続いていくのだと無邪気に信じていたところに、寝耳に水の「騎士になる」宣言だ。
 すっかり拗(す)ねてしまったリーゼロッテだったが、マティアスに言われた言葉を思い出して自分なりに努力を重ねてきた。
 そして十四歳の時、いよいよ彼がリーゼロッテの護衛騎士となり、再び傍(そば)で過ごせるようになる。
 護衛騎士として初めて挨拶に来るエリアスを、リーゼロッテは胸を躍らせ、どきどきしながら待っていた。
 だが、その彼から浴びせられたのは、容赦のないダメ出しだったのだ。
 その時のことを思い出し、リーゼロッテの眉間にぐっとしわが寄る。
 あの日、リーゼロッテは胸をときめかせながらエリアスが王女宮を訪れるのを待っていた。護衛騎士への叙任式では全く話もできなかったが、これからは違うのだ。
 あの頃憧れたお兄様が、これからは毎日近くにいてくれる。そう思うと、跳ね回りたくなるような嬉しさが、じわじわと胸に沸き起こってくる。
 ——久しぶりに、何からお話ししようかしら……!
 きちんと礼儀作法を頑張っている話か、それとも昔教えてくれた乗馬を今でもきちんと続けているという話にしようか——リーゼロッテがそんなことで頭をいっぱいにしていると、居室の扉をノックする音が聞こえてきた。続けて、落ち着いた低い声が名前を名乗り、入室の許可を求めてくる。
 ——エリアス兄様、声が大人っぽくなっていらっしゃる……。
 先ほどの叙任式でも思ったが、なんだか知らない人みたいだ。
 彼が騎士に任じられ近(この)衛(え)隊の所属になってから、姿自体は何度も見かけたことがある。だが、言葉を交わす機会はないままだった。そのため、エリアスの声を聞くのはずいぶんと久しぶりだったのだ。
「殿下」
 ぼうっと考え込んでいると、リーゼロッテの斜め後ろからカルラがこほんと咳(せき)払(ばら)いをする。慌てて手順を思い出し、ドレスがおかしくないかを素早くチェックすると、リーゼロッテは軽く頷(うなず)いて見せた。するとカルラが心得顔で「入室を許可します」と扉に向かって声をかける。
 カチャ、とノブを押し下げる音がして、それからゆっくりと扉が開く。それを、リーゼロッテは固(かた)唾(ず)を呑んで見守った。
 そこから現れたのは、護衛騎士の証である黒い騎士服に、左肩にだけ儀礼用のマントをかけた姿のエリアスだ。こうして近くで見ると一段とその精(せい)悍(かん)さが際だつ。昔とは全く違う——すっかり伸びた身長と、鍛えられた体つき。
 その姿を間近にして、リーゼロッテの心臓が、どきりと大きく音を立てた。
 室内に入ってきたエリアスが、すっとリーゼロッテの前に膝をつき、頭を下げる。
「……殿下、本日よりお傍で仕えさせていただきます。エリアス・シュトライヒにございます」
「エリアス兄様……!」
 本来ならば、リーゼロッテが「許します」と答えるべき場面だった。だが、もう我慢できない。これまでずっと会えなかった憧れの人。彼に褒めて欲しい一心で磨いてきた礼儀作法も何もかも、頭の中からすっ飛んでしまう。
 思わず立ち上がった彼女を、エリアスが驚いたように見上げる。その表情だけは、昔とちっとも変わっていない——!
 きゅんと胸が疼く。リーゼロッテは懐かしさのまま、衝動的にエリアスに抱きつこうとして——そこで、彼に制止された。
「殿下……一体何をなさるおつもりなのですか」
 厳しい声音に、リーゼロッテの身体がぴしりと固まった。え、と彼の顔を見れば、そこには無表情にこちらを見つめる青い双(そう)眸(ぼう)がある。
 視線の険しさに、リーゼロッテは身を竦めた。慌てて両手を下ろすと、彼の視線から逃れるように、そっと俯(うつむ)く。
 しかしエリアスは、まるで追い打ちをかけるかのように厳しい声で苦言を呈してきた。
「殿下、もうリーゼロッテ殿下は十四歳におなりでしょう。そろそろ、淑女として落ち着きを身に着けた頃でいらっしゃるのでは? この様子では、まだまだでしょうか。元気なのは殿下の美点で大変結構。ですが、それも時と場合を……」
 ——これが、記念すべきエリアスとの再会の場面というわけだ。そして、これ以来彼はずっとこの調子で、リーゼロッテに対し、お小言を言うようになってしまったのだ。
 しかし言われてばかりのリーゼロッテは、当然意地になってしまう。
 ——ぜったいぎゃふんと言わせてやる……!


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